勇者ルカは海を越え、ついにセントラ大陸へとたどり着いた。
さまざまな頼みごとを引き受けながら、父の足跡を追い続けたルカは、やがて風の精霊であるシルフの力を借りることに成功する。
ルカ一行は、次の情報を集めるべく、モンテカルロへと足を運んでいた。
「まったく、オレがわざわざエルカのところに行く羽目になるなんてな。まったくよお……」
ルカの隣では、ドン・ダリアがブツブツと文句を言いながら歩いている。
ダリアはイリアス大陸の裏社会を牛耳る大物であり、かつてルカ一行とはひと悶着あったものの、その後に和解し、今では旅の仲間となっている。
「むー! ドンはヴェークのことが心配だったんじゃないのかー! ほら、早く話を聞きに行くのだ!」
ダリアのすぐ目の前で、小さな翼をぱたぱたと動かしながら、女の子が飛び跳ねている。
彼女はフェニックス族のミニ。かつてはダリアにうまく丸め込まれ、尾を毟られて売られていた。とはいえ、そこまで酷い扱いを受けていたわけではなく、二人の関係は良好だ。
「わーかってんだよ。だからこうして、わざわざ俺が向かってんだろうが」
「心配だな……。ヴェークさん、無事だと良いけど……」
ダリアは旅についてきた理由の一つに、ヴェークさんの行方を知るためというのがあった。
ヴェークさんは今、連絡がつかない状況にあるのだ。以前は魔法がかかった手紙か、遠方でも通信できるマキナを使って連絡を取ることができたのだが──今では、どちらの手段もまったく反応がない。
魔法の手紙は、宛先を指定すれば自動的に相手のもとへ飛んでいく仕組みになっている。
しかし、ヴェークさん宛に送った手紙は、なぜか途中で消えてしまい、戻ってくることもない。マキナのほうは電源自体が入っていないようで、いくら呼びかけてもまったく応答がないのだった。
ダリアとヴェークさんは、幼なじみらしい。
同じ孤児院で育ったそうで、年齢も近いのだとか。大人になってからも、時おり連絡を取り合っていたらしく、それなりに縁は続いているようだ。
ミニの場合、森で迷子になっていたところを、ヴェークさんに保護されたのだという。
そのあと、ヴェークさんはミニをダリアのもとへ連れて行き、『ミニが旅立つまで、しばらく面倒を見てあげてほしい』と頼んだらしい。ダリアはミニを手放すつもりはなく、金稼ぎに利用していたようだが。
「あいつは簡単に死ぬタマじゃねぇよ。溶岩に落っこちてもケロッとしてた男だぜ?」
「あたしと一緒に、火山のマグマで泳いだこともあったのだ!」
「本当に人間か?」
「多分……そうだったと……思う」
アリスとソニアは話を聞いて、揃って引いていた。
ルカも、ヴェークさんのことは普通の人間だと思っていたが、最近はその認識も怪しくなってきた。
「昔っからトラブルメーカーではあったな。迷いの森で行方知れずになったかと思えば、普通のツラして帰ってきたりよ。海で遊んでたら流されて、一カ月後にマンタ娘に乗って帰ってきたり……」
「ミニと初めて会ったときもすごかったぞ! サンタのお姉さんに頭をガブガブ噛まれながら歩いてきたのだ! ……薄暗い森だったから、すっごく怖かったぞ!」
「サンタのお姉さんって……ぺこさんのことかしら?」
「そうだと思うけど……どういう状況だったんだろう……」
ルカは旅を続ける中で、多くの魔物たちと出会い、次第に仲間が増えていった。
その中には、ヴェークさんのことを知っている者も多く、自然とさまざまな情報が集まってきた。あるカニ娘は、『キラキラまみれで海岸を彷徨ってたよ』と言い、またあるエルフは、『妖精にセクハラをした疑いで逮捕された』と証言した。
そんな話が飛び出すたびに、一行は驚いたり呆れたりしていたのだった。
・・・・・
モンテカルロにたどり着いたルカ一行は、情報収集を行おうとした。
しかし──。
「人間にしてはなかなかやるじゃない! だけど、私に敵うと思ったら大間違いよ!」
「おのれ悪党! ヒーローは決して負けないんだからっ!」
街の入口で、二人の女性が衝突していた。
片方はピッチリしたスーツを着ており、拳をぎゅっと握っている。もう片方は、黒の下着みたいな服を着ていて、背中に大きな羽根を生やしていた。おそらく、サキュバスだろう。
「どういう状況?」
「おお、外から来たのか? スーツの方はジャスカ。この街のご当地ヒーローさ!」
「もうひとりの子は、最近よく暴れてるサキュバスだよ。この街を支配するとかなんとか……。こんなスラムを手に入れて、いったい何をするつもりなんだかねえ」
二人の周囲には多くの人々が集まっており、歓声を上げている。
ヒーローショーではないらしく、一応この街の命運が懸かった戦いのようだ。ただ、街の人たちは特に真剣に捉えているわけではないようで、どこか楽し気な雰囲気が漂っていた。
「覚悟なさい! これが私のとっておきの必殺技! 正義のファイヤーパンチ!」
「甘いわねっ! 真空波動掌!」
「ふざけた戦いに見えるが、なかなかハイレベルだぞ」
アリスは感心した様子で言った。
二人は技名を叫びながら攻撃を繰り出し、互角の勝負を繰り広げていた。
「素晴らしい提案をしてあげる! あなたも力の同盟に入りなさい!」
「ならないわっ!」
「即答しなくてもいいじゃない……。各種保険も完備、ブランクも気にしないわ! 社宅もイリアスベルクにあるわよ!」
「……そうなの?」
「ジャスカー! 揺らがないでー! 社会奉仕なんてしたら健全な人間になっちゃう!」
「そうだ! そうだ! お父さんが悲しむぞー!」
「労働なんてクソだー!」
「この街、ダメ人間ばっかりじゃない!」
ソニアがこらえきれない様子で、ツッコミを入れる。
その傍らで、二人の戦いは白熱し、ついに勝負が決まった。
「もらった! カイザーキーック!!」
「ぐっ……ここまでね……。今日のところは、引き分けということにしておくわ! でも次こそは必ず勝つから……待ってなさいっ!」
サキュバスはそう言い残すと、ふわりと宙に舞い上がり、そのまま空へと飛び去っていった。
ジャスカはその背中を見送りながら、どこか満足げな笑みを浮かべ、軽やかにポーズを決める。すると、周囲に集まっていた観客たちからは、拍手と歓声が湧き上がった。ジャスカはしばらく手を振ったあと、路地裏へと姿を消した。
「おいおいおい……ジャスカのやつ、まだヒーローごっこなんかしてんのか?」
「ダリアさん、彼女を知ってるんですか?」
「この街のボス──エルカの娘だよ。前に死ぬほど娘自慢してきたから、嫌でも覚えるっての」
ダリアは髪をガシガシと搔きながら、うんざりとした表情をしている。
背中に乗っていたミニがすかさず、乱れた髪を整える。まるで毛づくろいだ。
「まあ、丁度いい。オレが直接会いに行ったら話が捻れるから、あいつに仲介をしてもらうか。クソ、前はヴェークにやってもらったんだがな……」
「ヴェークさんが仲介役? 裏社会の大者同士の?」
ダリアの発言に対し、ソニアが驚いた様子で問いかけた。
「エルカの恩人で友人だからな、ヴェークは。ウロコ盗賊団に襲われたときに助けたとか何とか……。とにかく、あいつがヴェークの情報を持ってる可能性が高え。もちろん、他の情報もな」
「そっか、じゃあ早速、ジャスカさんにお願いしてみようか」
ルカは仲間を引き連れ、まずはジャスカの情報を集めることにした。
・・・・・
街の人から話を聞き、ジャスカの家を教えてもらうことができた。
彼女は街の北側にある小さな家に住んでいるらしく、ルカ一行はすぐにそこへと向かうことにした。家の中に入ると、信じられない光景が目に飛び込んできた。
「ちょっと、料理中に抱きつくのはやめてもらえる?」
「あたしのスピリッツが囁くのよ! 今日はあなたをぎゅっとしたいってね!」
「私が料理担当になったら、いっつもしてるじゃない……」
なぜか先ほど飛び去ったサキュバスがいた。
台所で料理をするサキュバスの背後から、ジャスカが思い切り抱きしめている。その様子はどう見ても仲良しであり、先ほどまで戦っていた二人とは思えない。ルカとソニアが唖然としていると、彼女らに気づかれてしまう。
「これは……どういうこと?」
「あら! お客さんかしら?」
「えっと、お邪魔してます」
「よく来てくれたわね! 瞳に正義のスピリッツを宿す少年!」
ジャスカはルカのことを興味深そうにじっと見つめてくる。
そこに、ダリアが割って入り、彼女に話しかけた。
「よぉ、久しぶりだな、ジャスカ」
「ダリアじゃない! 久しぶりね、元気にしてたかしら?」
「ぼちぼちってトコだな。んで、そこのサキュバスはどうしたんだ?」
「エヴァのこと? うーん、最初はお互い敵視してたんだけど、戦っていくうちに仲良くなっちゃったの!」
ジャスカはとても嬉しそうに微笑んだ。
どうやらサキュバスの名はエヴァというらしい。ソニアは呆れたように額を押さえながら溜め息をついている。アリスは面白いと言いたげな表情を浮かべており、ミニは不思議そうな顔をしていた。
・・・・・
「ウッソー!? あのヴェークが行方不明!?」
「うーん、それは大変ね!」
ルカが事情を説明すると、二人は心底驚いたような反応を見せた。
どうやら、二人ともヴェークさんのことを知っているらしい。
「ま、あいつのことだし、生きてるとは思うがな」
「そうよ! 私の師匠も一緒に居るんだし、きっと無事よね! 力の同盟は永遠に不滅よ!」
「力の同盟? なんだそれは」
アリスが眉をひそめながら訊ねると、エヴァが得意げに答える。
「世界を力で支配するための組織よ! 私は仮だけど、メンバーの一人なの!」
「すごく危険な思考の集団じゃない!!」
「力こそがパワー! 私は師匠にそう教えられたわ! この混沌とした時代には、圧倒的な暴力が必要なの! 私が目指すべき楽園への道筋は──力の果てにあるって悟ったのよ!」
「やっぱりヴェークさんって、悪の親玉か、変な宗教の教祖だったのかな……?」
ルカが呟くと、ダリアが笑って肩を叩く。
「そりゃあ、ないない。あいつの根っこは鈍感野郎だからなぁ。勘違いされてるか、変なもんに巻き込まれてんだろ。それよりも、エルカに会って情報を聞きてぇんだが、頼めるか?」
ダリアの頼みに、ジャスカは腕を組んで考え始める。
しばらく悩んだ末に口を開く。
「うーん、それは難しいわね。アポ無しで行っても追い出されるだけだし。……あ、そうだ! 一人だけ、パパに取り次いでくれるかもしれない人がいるわ!」
「誰だ? そいつは」
「イリアスヴィルのラザロさん!」
「ぶーっ!!」
ソニアがお茶を吹き出し、その勢いのままルカの顔に直撃した。
・・・・・
「そうか、ヴェークの坊主が……。あいつが居ねえってことは、ミクリの嬢ちゃんの行方も分からなくなってるってことか……」
ルカ一行は一度、故郷イリアスヴィルへと帰還し、ラザロおじさんに事情を説明した。
ラザロおじさんは、ルカとソニアの幼いころから面倒を見てきた人物であり、二人にとっては育ての親のような存在だ。ルカの父である勇者マルケルス、そしてソニアの母で僧侶のカレンと共に、かつて冒険を共にした仲間でもある。
「ちょっと、ラザロおじさん! 悪党と関わって悪いことをしてるんじゃないでしょうね!」
「ただの顔見知りってやつだよ。トランプゲーム同好会で知り合っただけさ。ああ、ミクリの嬢ちゃんもよく顔を出してたな」
「ひどい! 可愛くて純粋なミクリちゃんの教育に悪いわよ!」
「どちらかと言えば、嬢ちゃんは自分から──いや、今は関係ねえ話だな。ほれ、紹介状だ。これを見せりゃあ、エルカに取り次いでもらえるハズだ」
ルカはラザロおじさんから、メモ用紙を受け取った。
これで、エルカ商会の建物に立ち入ることができるはずだ。ルカが道具袋に紹介状をしまっていると、横にいたダリアがニヤニヤと笑みを浮かべた。
「へぇ、あんたにも弱みってモンがあったんだな。イイこと知ったぜ……」
「お前がルカに同行してるとはな。昔はヴェークの後ろに引っ付いて──」
「わー! わー! 言うんじゃねえ!」
慌てて制止するダリアを見て、ラザロおじさんは愉快そうに笑い声を上げた。
・・・・・
ラザロおじさんの紹介状は無事、効力を発揮した。
ソニアは強面の連中がヘコヘコし始めたのを見て、ラザロおじさんへの疑念をさらに強めていたが。ともかく、ルカ一行は、エルカの執務室へ通された。
「まさか、ラザロさんの家族が来るとはな。酒を控えてるといいんだが。あの人の頼みなら仕方ねえ。あんたらの力になってやる。ラザロさんについては、言えねえがな」
「ありがとうございます!」
「……ありがとうございます」
ルカとソニアがお礼を言うと、エルカは小さく頷いた。
それからソファーに座るように促し、自身も対面に腰を落ち着ける。エルカはダリアとミニを見ると、ふっと笑みを浮かべた。
「お前は相変わらずみたいだな」
「まあ、変わってねえよ」
「……むむっ!? ドンを馬鹿にするのはダメなのだぞ!」
「いい意味で言ってんだ、鳥の嬢ちゃん。それで、何が聞きたい?」
「えっと、僕の父のことと、白兎についてなんですけど──」
ルカはこれまでの旅の過程を簡単に説明し、現在の目的を語った。
エルカは腕を組みながら聞いていたが、最後まで話が終わると目を閉じた。それからしばらく沈黙が続いたあとで口を開いた。
「すまねぇな。マルケルスと白兎についての情報は無ぇ。マルケルスについては、また旅に出たってラザロさんから聞いたくらいだ。それにしても、ヴェークが行方不明……か」
「そうなんです。なにか情報はありませんか?」
「一年もしない前に、ここで直接会ってるんだ。ぺこって言う愛らしい魔物の嬢ちゃんを連れてよ。てっきり年下の嫁さんでも連れて、自慢しに来たんだと思ったんだがな」
「どこに向かうか、聞いていませんでしたか?」
ルカが問うと、エルカは首を横に振る。
「最終的な目的地は分からん。だが、最後に会ったときは、サバサに行くって言ってたな。砂漠越えに必要な道具を買いに、ここに寄ってったんだ。忙しい時期だったから、よく覚えてる」
「サバサ……」
「まっ、あいつのことだから、デカい足跡を残してるに違いねえ。もしヴェークを見つけたら、心配かけさせたことを叱ってくれ。ああ、それと、これを持っていけ。プレゼントだ。ラザロさんによろしくな」
「ありがとうございます! 大切に使わせていただきます!」
ルカはお礼を言ってソニアと立ち上がり、エルカ商会をあとにした。
・・・・・
情報収集が終わり、モンテカルロを出ようとしたとき、二人の女性が現れた。
ジャスカとエヴァだ。
「私も旅に同行するわ! 困っている少年少女を助けるのがヒーローの使命!」
「そろそろ、師匠から渡されたゴールドが底を突きそうなのよ。食べた分はちゃんと働くから、私も冒険に連れていきなさい!」
二人は強引に素早く、断る暇もなく仲間に加わった!
ソニアとアリスは呆れ顔で溜め息をつき、ダリアとミニは愉快そうに笑っている。ミニはダリアのマネをしているだけなようだったが。
「脈略無く仲間になったわね。どれだけ図々しいのよ、この二人……」
「まあいいじゃない。世界を旅してるんでしょ? それに私、とある狐に狙われてて、逃げ回ってる最中だったのよ。あなたたちと一緒に居れば安全そうだし!」
「その狐に何をしたのだ、貴様は……」
「ちょっとお尻を爆破しただけなのに、カンカンに怒ったのよ。不思議よね~」
ルカはジャスカとエヴァが仲間になり、少し不安を感じながらも旅を続けるのだった。