グランドールでの滞在は、非常に充実したものとなった。
エクレアはサキちゃんと大劇場で何度かショーを披露し、すっかり人気者に。
アイシスは東西南北の酒を片っ端から味わい尽くし、ミクリは言うまでもなく、カジノで豪快に遊び倒す。最終的な収支はやや赤字だったものの、その程度なら笑って済ませられる範囲だ。
「ここが楽しいのは分かるけどさ、そろそろ出発しよう」
「黒字になるまでは絶対にヤダ……!」
「そういえば、旅の途中でしたわね。アイドル活動が楽しすぎて、すっかり忘れてましたわ~!」
俺は宿の一室でくたーっとした連中に声をかける。
このまま放っておけば、ここに根を下ろしてしまいかねない。
「アタシはそろそろ次に行きてえな! このままじゃ、ここでやれる遊びをコンプリートしそうだし。ここには帰りにまた寄ればいーだろ?」
「まだ……まだ遊び足りない……!」
ミクリは顔をくしゃくしゃにして、駄々っ子のように両腕を振り回している。
一方、アイシスは旅の再開にすっかり乗り気だ。エクレアも名残惜しさを滲ませつつも、決して嫌そうではない。
「我も再開に賛成だ。ここで食べられるモノは一通り食べたからな。次に行こうではないか」
「多数決で決定だな。まあ、旅支度をまだやってないから、それが終わるまでは遊んでても大丈夫だぞ」
「むぅぅぅん……!!」
ミクリ以外の意見がまとまり、次の目的地への出発が決定した。
とはいえ旅支度は手つかずだったため、三日間だけ猶予が与えられることになった。
「それで、次はどこに向かうのだ?」
「あー、実はかなり計画を変更しないといけなくてな……。本当はもう少しサバサを探検するつもりだったんだけど、予定より早くノア地方に移動しないといけなくなった」
これは、白蛇様がもたらしてくれた情報が原因である。
どうやら戦争の激化を見越し、海軍が海上の一時封鎖を始めようとしているらしい。
海軍とは名ばかりで、どこの国にも所属しておらず、海の魔物たちの自衛団的のような組織だ。
だが、その組織力……と言うよりも、所属するタツノコ海兵たちの数の多さは圧倒的であり、彼女たちが封鎖に乗り出せば、本当に船は一隻も出せなくなる。
「本当はオアシスとサファル砂漠遺跡にも行きたかったんだが……今回は見送ることにした」
本当は使いたくはなかったが、ハーピーの羽を使い、ノア地方へ飛び立つ決意をした。
本来なら、グランドールから北上してサルーンという町へ向かい、そこから海路で港町マールポートへ渡り、さらにノア地方を目指す――そんな道のりをたどるはずだった。
封鎖されても行けないわけではないが、戦況がどう転ぶか分からない。
今は小休止といったところだが、この静けさが長く続く保証はない。動けるうちに、ノア地方へ移動しておきたいのだ。
「まったく、戦争は何もかもぶち壊してくれる」
「壊すのは楽しいけど、壊されるのは楽しくないよな!」
「状況は理解しましたわ。それで、ノア地方のどこに移動しますの?」
「あー、実はヤマタイ村に直接──」
「ヤダ~……!!」
ミクリが、なぜか全力疾走で部屋を飛び出していった。
・・・・・
出発日当日。
ミクリは結局、最後の最後までゴネ続けていた。久しぶりの故郷だというのに、その拒絶ぶりは異様ですらある。俺は何度も理由を聞いたが、彼女は一度として答えようとはせず、ただそっぽを向くだけだった。
「ほら、行きますわよ! ミクリ!」
「観念しろって!」
「むぅぅぅぅぅぅん……!!」
ミクリはアイシスに首根っこをつかまれ、まるで子猫のように宙ぶらりんになっている。
旅支度はきちんと整えてあるあたり、本気で行きたくないわけではなさそうだが……。
「そんなに帰りたくないなら、やめとくか?」
「嫌だ。我は絶対に本場のおだんごとおにぎりを食べに行くぞ」
「ぺこには聞いてない。ミクリ、どうなんだ? どうしても行きたくないなら、グランドールに留まっておいて、あとから迎えに来てもいいぞ」
「うー、分かった……。ミクリも行く……。……笑わないでね……」
渋々ながら、ミクリも同行することになった。
何か意味ありげなことを呟いていた気もするが……気にしても仕方がない。俺たちは荷物をまとめ、宿を後にした。
宿の前には、サキちゃんとミューが立っていた。
どうやら見送りに来てくれたらしい。彼女たちのおかげで、今回のグランドール滞在は非常に充実したものとなり、感謝してもしきれない。
「エクレアちゃん! 今度会ったときは、また一緒にステージをやろうね☆ サキもグランドールで修行して、もっと成長するから☆」
「楽しみですわ~! ワタクシもそれまでに新しい歌と踊りを覚えますの♪」
「サバサに来たときは、またあたしたちに運ばせてほしいです! いつでも呼んでください!」
「ありがとう、ミューさん。じゃあ、また!」
力の同盟一行が挨拶を終えると、俺はハーピーの羽を天高く放り投げた。
・・・・・
なるほど、ミクリが嫌がったのはこういう理由だったのか。
俺はそう思いながら、残りの三人と一緒に目を丸くし、目の前の光景をじっと見つめていた。
「白天狐様の帰還じゃ!! 皆の衆! 祭りを開催せい!!」
「うおおおおお!! わっしょい! わっしょい!」
「なんと愛らしく、なんと神聖なお姿でしょう! 白天狐様の恵みに感謝じゃあああ!!」
大きな神輿の上に、ミクリが乗せられていた。
大勢のヤマタイ村の男たちが、彼女を乗せた神輿を力強く担いでいる。その周りでは、楽器を手にした少女や村娘たちが盛大な音楽を奏で、まるで凱旋パレードのような華やかな光景が広がっていた。
ミクリは顔を真っ赤にして縮こまり、こちらをチラチラと見ていた。
どうやら、この光景を見られるのが嫌で抵抗していたようだ。
……確かに、これほどの歓迎ぶりを見られるのは恥ずかしいかもしれない。
俺たちはそのまま神輿に続き、一緒の方向へと歩き出した。
「すごいな、こりゃ。勇者の帰還でもこんなに歓迎されることはなかなか無いぞ」
「あんなんでもミクリのヤツ、メチャクチャ尊敬されてたんだなー!」
「ぐぎぎぎぎ……ワタクシだって、故郷に帰れば、妹たちがこれぐらいはやってくれるはずですわ!」
「おだんご……うどん……そば……」
神輿の集団を追ってしばらく歩きながら、ヤマタイ村の景色を眺める。
まさしく和風の情景であり、田園風景や木造建築の集合住宅などがある。そして、道ゆく人たちは着物を身に纏い、特徴的な髪型をしている。この地域は、他と隔絶されているせいか、独自の文化が発達している。
北の方には、蓬来山と呼ばれる大きな山が見える。
あの山にはエルフが住む里があると言われている。魔法がかけられているらしく、山中を歩いているうちに元の場所に引き返してしまうため、誰も辿りつけないという話だ。
俺としては、一度は訪れてみたい。
だが、そんな魔法がかけられているということは、外部の者を拒んでいるのだろう。大人しく諦めるしかない。
ミクリを乗せた神輿はやがて石段を登り始めた。
長い道のりにもかかわらず、人々の熱気は冷めるどころか、ますます高まっているように感じられた。
・・・・・
ヤマタイ村には、少し変わった文化がある。
人間が魔物と共に暮らし、その存在を畏れ敬い、“神”として祀り上げるのだ。
村人たちは神社を建て、それぞれの魔物を敬い続けている。
今では村のあちこちに神社が点在し、祀られている魔物も社ごとにまったく異なるという。
ミクリが連れて行かれたのは、四つの大きな神社のひとつ――狐神社だった。
俺としては、道中に見かけた猫神社が気になったのだが、神輿から鋭い殺気が飛んできたので、お参りはまた今度にすることにした。
「なんとも立派な社ではないか。狐まみれではあるがな」
「おぉ~! 人懐っこい子ばっかりだな! ほらほら、いっぱい撫でてやるぞ~!」
「なっ、舐めないでくださいな! ワタクシを食べても美味しくありませんわよ!」
狐神社にたどり着くと、大量の狐たちが押し寄せてきた。
野生の獣だが人に慣れているらしく、じゃれついたり甘噛みしたりして、とても可愛らしい。
エクレアには食欲旺盛な狐が数匹噛みついているが……まあ、大きな問題にはならないだろう。
俺が本殿の方へ視線を向けると、ミクリもまた、大量の妖狐たちに囲まれていた。
金色や白銀の尾が揺れ動き、まるで波のように彼女を包み込んでいる。
「ミクリちゃーん! おかえりなさーい!!」
「どこに行ってたのー!? たまも様が心配してたんだよー?」
「お土産は~?」
「ふはははは! ミクリよ! 忍術の修行はちゃんとやっていたか!?」
「ひ、一人ずつ……話して……!」
揉みくちゃにされて困り果てるミクリ。
しかし、その顔には隠しきれない嬉しそうな笑みが浮かんでいる。やはり故郷で知っている顔に会えるのは嬉しいのだろう。俺としては、一人だけ黒いたぬきが混ざっているのが、どうにも気になるが。
しばらくすると、神輿の行列は解散した。
あれほど騒がしかったのが嘘のように、辺りは静まり返っている。ミクリはようやく解放されたらしく、本殿の縁側に腰を下ろし、ぐったりと肩を落として休んでいる。
「なかなか大変そうだったな?」
「ヴェーク……! 見てたなら助けるべき……!」
「いやあ、あの輪の中に飛び込む勇気は無いぞ。俺、勇者じゃないしな」
ミクリはむくれ顔で、俺の胸板をポカポカと叩いてくる。
鎧越しの攻撃なのに、かなり痛い。しばらく彼女の好きにさせていると、奥の方からトテトテと歩いてくる影が見えた。
「ミクリ!! 黙って家出をするなど、どういった了見なのじゃ!? 狐麗が心配しておったぞ!!」
「げげっ……。オババのたまも様……」
「ウチはオババではなぁい! まだまだプリチーな──」
どうやら、ミクリが頻繁に話している妖狐は、たまも様のことだったようだ。
ヤマタイ村で年長の妖狐で、見た目は幼いものの、数百年以上生きている魔物だという。
ミクリは、たまも様をいつも小うるさいオババだと話しており、苦手意識を持っているらしい。
今回もまた小言を言われるのだろうと思っているようだ。俺としては、一度しっかり怒られて反省したほうがいいと思うことが何度もあったので、雷を落としてほしいところだ。
可愛らしい姿をしているが、俺にはどこか威厳のようなものが感じられた。
尻尾の本数も九本あるし……きっとただ者ではない、凄い存在なのだろう。
近づいていたたまも様は、不意に言葉を止めた。
早速ミクリを叱るのかと思いきや、その視線はなぜかぺこに向けられていた。信じられないと言いたげな表情で、わなわなと手に持つ扇子を震わせ、ぽとりと落としてしまった。
「──相変わらず美味そうだな。ん? 我はなぜ初対面の相手にこんなことを……」
「なっ、なっ、なっ……!! なななななな!?!? おぬっ、おぬっ、お主は!!!」
「なんかものすごい驚いてるけど……ぺこ、知り合いか?」
「いや、知らん。だが、あの尻尾はきっと至上の味わいだぞ。我の胃袋がそう言っておるわ」
俺の問いに対して答えるぺこは、空腹を訴えるように腹をさする。
相変わらず美味そうなモノのことしか考えていない。だが、それを聞いたたまも様の表情は固まり、完全に停止した。
「ウ、ウチを覚えておらぬのか……?」
「だから、知らんと言っておろう。我は今、記憶喪失中なのだ。もしや、記憶を失う前の我のこと知っているのか?」
「……ウチの早とちりじゃった。すまんのう、ぺことやら。知り合いに似ておったので勘違いしてしまったわ」
「よぉ~! たまものオババ! 久しぶりだな! 元気にしてたかぁ~?」
「そっちは完全に知っておる顔じゃ!! アイシス! 自由になっておったのか!! お主までオババ呼びするでないわ~!」
たまも様はジタバタと暴れ始めた。
その様子が、里帰りを嫌がっていたミクリとそっくりで、俺は思わず少しほっこりした。
・・・・・
簡単な自己紹介を終えると、俺たちはたまも様に案内され、彼女の家へ招かれた。
神社の本殿のすぐそばに平屋があり、ヤマタイ村滞在中はそこで生活しているらしい。
俺たちが通されたのは、一番広い畳張りの居間だった。
座布団は人数分用意されており、俺たちはそこに腰を下ろして待つことになった。
「中も狐まみれだ……」
「舐めないでくださいまし! 舐めないでくださいまし!」
「羨ましいな、エクレア。我のところには、一匹も寄ってコン……」
「つまんないギャグですね……。サンタだから、冬が恋しくなったんですか……?」
「……丁度良い狐がおったわ。ミクリ、お前を代わりに可愛がってやろう」
「ひゃあああ……!?」
ぺこから伸びた触手が、ミクリの体に巻き付く。
そのまま、くすぐり始めた。ミクリは悶えながらも楽しげな悲鳴を上げており、ぺこも満足げな笑みを浮かべている。何をやっているんだろうか。俺は呆れつつも二人のじゃれ合いを眺める。
「目を離した隙に何をやっておるのじゃ……。ほれ、茶を持ってきたぞ。ウチが自ら入れることなど、滅多に無いからの。よぉ~く味わって飲むのじゃぞ」
俺たちの前に、湯飲みに注がれた緑茶が差し出された。
陶器には狐のデフォルメされた顔が描かれており、程よい温かさのお茶はとても香り高い。
苦みはほとんど感じられず、飲みやすく、後味は非常にすっきりとしていた。
「おい、腹黒狐。我の茶だけ間違えてないか? 苦いのだが」
「お主の茶は、菓子と合わせるために濃く煮出しておいたのじゃ。ほれ」
「もぐもぐもぐ……。うむ、悪くない……」
たまも様は近くの盆に置かれた、お菓子の詰まった箱を持ち上げて差し出してきた。
和風の焼き菓子の詰め合わせで、甘いお菓子と濃いお茶で味を整える組み合わせらしい。俺も一口いただいてみると、口の中で溶けるような滑らかな舌触りと、ほんのりとした甘さが広がった。とても美味しい。
「故郷の味……! 美味い……!」
「和菓子も実に美味しいですわ~! この地を平伏させた暁には、お菓子工場を建てるといたしましょう!」
「かぁ~! 変わらない味ってのも悪くないねぇ! ヤマタイ酒はないのか? たまも様よ!」
「お主は相変わらずじゃな……。祭りや宴会でもないのに、昼間から酒を出すわけがなかろう」
「ケチババ……」
「誰がケチじゃー! まったく、呆れるほど自由な連中じゃな。ヴェークとやら。よくもまぁ、こんな色物連中と旅を続けられるのう」
「まあ、慣れれば楽しいですよ。個性的な奴らなんで、苦労もそれなり──かなりしてますけどね」
たまも様は俺の言葉に納得したように頷いた。
幼い見た目に反して、かなり世話焼きなタイプらしい。
「ヤマタイ村に滞在中は、ゆるりと過ごすといい。お主らはミクリの連れじゃからな。無下にされることはあるまい。むしろ、歓迎されるじゃろう」
ヤマタイ村での滞在は、のんびりとした時間が過ぎていきそうだ。
俺はそう思いながら、再び緑茶を啜った。