白蛇様が帰ったあと、俺たちはひとまず布団にもぐり込み、眠ってみることにした。
たまも様も力の同盟のみんなも疲れていたので、なにか変なものが見えた可能性もあると思ったからだ。それに、妖狐や狸が悪戯半分に忍術で化かしてきた可能性もあった。
「夢じゃなかったか……」
「ど、どうなってるの……?」
朝を迎え、外に出てみた。
ヤマタイ村中がお祝いの雰囲気に包まれており、大盛り上がりだった。大通りにはたくさんの提灯が飾られ、人々の賑やかな声が響き渡る。忙しそうに行き交う村人や魔物たちが、次々と笑顔で祝辞を投げかけてきた。
俺とミクリは、お互いの頬を軽く叩き合ってみた。
ぱしん、と乾いた音が響くが──特に何も変わらない。ただ、少しだけ頬が赤くなっただけだった。困惑しながら歩いていると、二人の妖狐がこちらに走ってきた。
「うぉぉぉん!! ミクリちゃんが結婚して大人になっちゃうよぉぉぉ!!」
「き、きつね先輩……落ち着いてください……!」
「き、きつねちゃんにかむろちゃん……。ミクリはもう、とっくに大人なんですけど……」
「突っ込むとこはそこじゃないだろ。えっと、きつねちゃん? これはどういう状況なんだ?」
「私も先輩も呼び捨てで大丈夫ですよ。えっと──」
かむろと呼ばれた小さな妖狐が、事情を語ってくれた。
どうやら白蛇様が村中に触れ回ったらしく、ヤマタイ村全体がミクリの結婚式の準備で慌ただしく動いているという。妖狐たちは昨晩から大急ぎで準備を進め、村の人々も総出で手伝っているらしい。ミクリは困惑した表情で首を振り、焦りを隠しきれない様子だった。
「ミクリとヴェークは友達であって、恋仲ではないんですけど……」
「そ、それって、体だけの関係ってことですか……!? わ、わぁ……ミクリ先輩って、大胆なんですね……!」
「ち、違うっ……。そんな不純な関係じゃないから……」
ミクリは強く首を横に振り、はっきりと否定の意思を示した。
一方で、かむろは顔を真っ赤に染めながらも目を輝かせ、きつねは驚きに固まったまま動かない。
「とりあえず、白蛇様に話を聞きに行ったほうが良さそうだな。何か……変な勘違いをしてそうだ」
「勘違い……ですか?」
「うん。俺とミクリは親しい仲ではあるけど、恋愛関係ではないんだ。今回の結婚話も、俺たちは全く知らなかったんだよ」
「えぇ~! そうだったの!? あたし、スピーチまでばっちり考えてたのに~!」
俺は苦笑しつつ説明すると、きつねは肩を落としてがっくりと項垂れる。
「多分、白蛇様が勘違いしているだけだと思うんだ。二人は誰から話を?」
「えっと……私ときつね先輩は、白蛇様のお姉さんが言っていたのを聞いただけです」
「蛇ババ1号も2号も余計なことしかしない……」
昨日、家を訪れたのは、白蛇様の妹だったそうだ。
見た目は姉と瓜二つで、しかも名前まで同じらしい。そのため、区別するときは髪飾りや服の色を頼りにするしかないそうだ。
グランドールに来ていたのは姉で、鮮やかな赤い装飾を身にまとっている。
一方、昨晩訪れたのは妹で、落ち着いた青の装飾を身につけていた。
「とりあえず、二手に分かれて行こうか。一緒に歩いてたら、誤解が加速しそうだ」
「それもそうだね……。二人で歩いて噂されると恥ずかしいし……」
俺とミクリは一旦別れ、白蛇様が居るであろう蛇神社へと向かうことにした。
・・・・・
「ひ、ひえー!! 妾は知らぬっ! 知らぬぞぉー!!」
「あ、姉上ー!!」
「我は知っておるぞ。蛇は不味くて頑丈であるとな。この程度、ダメージにも入らんだろう? さあ、もっと情報を吐くがよい……」
「ぺ、ぺこよ。そろそろ離してやったらどうじゃ……?」
蛇神社に辿り着くと、二人の白蛇様が宙づりにされていた。
よく見ると、二人の身体に触手が巻き付いており、その先にはぺこが居た。さらに周辺にはアイシスとエクレア、たまも様が困ったような表情を浮かべているのが見える。俺は状況を理解しようと、ゆっくりと足を踏み入れた。
「なあ。どういう状況なんだ?」
「ミ、ミクリの婿殿、妾を助け──いたたたっ!? 締め付けが……!!」
「見た通りの状況よ。我が尋問を行なっている最中だ」
「もう情報は手に入ったじゃろう? ぺこ、そろそろ解放してやるのじゃ」
「……ふん」
白蛇様に絡みついていた触手が解かれる。
宙に浮いていた二人は、やや間抜けな悲鳴を上げながら地面に落ちる。俺は二人に駆け寄ると、身体を起こすのを手伝った。
「大丈夫ですか?」
「おお、ミクリの──んんっ! ヴェークよ! 貧弱な妹と違い、妾は健丈でのう! これっぽちも問題はない!」
「先ほどまで、ずっと悲鳴を上げていたではありませぬか……」
妹が呆れたような顔で姉をジトーっとした目で見つめる。
それを気にした様子はなく、姉は得意げに胸を張っていた。二人が着物の汚れを払っていると、ミクリが木の上から降りてきた。
「どうなってるの……?」
「うーむ……。実は今回の騒動、ウチが原因を作ってしまったみたいでな……。すまぬ」
ミクリの問いかけに、たまも様は顔を俯かせた。
そして、彼女が話してくれた内容は次の通りだった。
たまも様は部下である、とある妖狐の一族に俺の身辺調査を依頼していたらしい。
妖狐族の名家『六条家』がその任務を引き受け、俺がウォークであることを突き止めたという。ここまでは特に問題はなかったのだが、情報を知った六条家の現当主が、独断で行動を起こしてしまったそうだ。
「ミクリは六条家出身ではないが、一目置かれる存在じゃ。ヴェークと婚姻を結べば、妖狐族にとって利益になると踏んだのじゃろう」
「なるほど……。政略結婚みたいな感じか」
たまも様の話を聞いて、ようやく納得がいった。
俺は名前を隠してはいるが、知名度で言えば大陸規模の有名人と言っても差し支えない。自分で言うのは少し照れくさいが。ともかく、六条家の当主はミクリと婚姻を結ばせることで、俺を取り込もうとしているのだろう。
「すまぬのう、ヴェーク殿。“姉上が”六条家に吹き込まれたのが原因で……」
「なんじゃと!? 妾だけが悪いように言うでない! お前もノリノリで話を進めておったではないか!」
白蛇様姉妹はお互いの頬を引っ張り合い、取っ組み合いの喧嘩を始めてしまった。
アイシスが頭を抱えてため息をつくと、エクレアが口元に手を当ててくすくす笑っている。俺は二人の争いをよそに、たまも様に視線を向けた。
「たまも様……どうにかなりませんか?」
「妖狐に話は通しておくぞ。しかし……この騒ぎは簡単に収まらんじゃろうな。村中に話が広まっておるからのう……」
たまも様は扇子を開き、口元を隠すと目を細めた。
「うーん……。お祝いムードの中で、結婚は嘘でしたって言うのは気まずくなりそうだな……」
「みんなが悲しむのは……嫌だな……」
ミクリはしょんぼりと俯き、小さな声で言った。
尻尾と耳がぺたんと折れており、見るからに落ち込んでいるのがわかる。俺はそんな彼女の姿を見て心が痛んだ。なんとかしてあげたい気持ちが沸き上がる。
俺はしばらくの間、考えてみる。
この結婚騒動を解決するために、何か方法はないものだろうか。
・・・・・
蛇神社の本堂にて、俺たちは作戦会議を始めた。
蛇神社は小高い丘の上にあるので、村中の様子がよく見える。ヤマタイ村のお祭りムードはますます過熱しており、村人のテンションが上がっていくばかりだ。出店が次々と設営されていく様子もよく見えた。
「ワタクシの考えた作戦は! ヤマタイ村全域に火を放って混乱させ、婚姻を有耶無耶にいたしますの~! どうですの?」
「ウチの故郷を燃やすでない! 却下じゃ! 却下!」
「むむむ……良い案だと思ったのですが……」
「じゃあ、変装したアタシが棍棒を持って、村中で暴れまわって有耶無耶にすんのはどうだ?」
「物騒な案しか出せぬのか、お主らは! ダメに決まっておろうが! ウチの故郷を壊す案はすべて却下じゃ~!」
たまも様は額に手を当てながら大きなため息をつき、呆れ果てた表情をしている。
力の同盟は基本、力で解決しようとしかしない。良くもこれで智の同盟と名乗ろうと思ったものだ。……存在しているのかは知らないが、智の同盟の人たちが怒って来ても文句は言えないと思う。
「村の食糧を食い尽くすか。そうすれば、式を挙げることなど二の次にせざるを得まい……」
「ヤマタイ村が滅ぶわっ! まったく……。碌な案が浮かんでコォン……」
「つまらんギャグだな。たまも……お前は無いのか? 魔王軍でも知略がどうとか言っていた割に、意見が出ないようだが。ほら、その場でジャンプをしてみろ」
「そんなことで策が出れば苦労はせんっ! うーむ……」
たまも様は腕を組んで、唸りながら思案している。
その横では、ミクリが全く同じようなポーズで悩み続けていた。
「ヴェークが結婚詐欺師だったってことにするのはどう……? ちょっとだけ、村の牢屋敷で過ごすことになるかもしれないけど……」
「嫌だよ。なんでまた捕まらないといけないんだ」
「お主、真面目そうな見た目の割に、なかなかロックなのじゃな……」
「違います。ぜんぶ誤認逮捕です」
俺は遠い目をして言った。
上手くこの自体を軟着陸させる方法は思い浮かばない。会議は踊るばかりで、一向に終わる様子がなかった。
エクレアが飽きて本当に踊り始めたころ、俺は一つの答えを出した。
・・・・・
「そうだったのかい! 儂はてっきり、白天狐様がご結婚されるとばかり。早とちりじゃったか……」
「すいません……。全部、情報の行き違いで発生した誤解でして……」
結局、話し合った末、結婚の件は誤解だと真実を伝えて回ることにした。
がっかりさせるのは申し訳ないが、これか一番の解決方法だと俺は思う。
力の同盟は各自それぞれ散らばり、村人や他の魔物たちに事情を説明してくれている。
白蛇様姉妹やたまも様も、迷惑をかけたお詫びとして手伝ってくれていた。
「そうなの……。ヴェークとミクリはお友達であって、恋仲じゃない……」
「なんだと!? せっかく一度里に戻り、我とイヌガミが祝い酒を持ってきたのに……」
「ごめんね、黒狸ちゃん……」
ミクリは狸の魔物である、黒狸に平謝りをしている。
彼女は普段、少し離れた場所で暮らしているらしいが、ミクリの結婚式の話を聞きつけ参列するべく駆けつけたそうだ。
「代わりといってはなんだけど、今日はお祭りをすることになったんだ。黒狸さんも参加していってほしい」
「それは本当か!? たぬきの里の奴らには悪いが、今日は楽しむとしよう!」
黒狸は元気よく返事をすると、ぴょんと跳ねるように走り去っていった。
たまも様の提案で、今日は普通の祭りをすることになった。
ヤマタイ村の人々はお祭り好きが多いらしく、何かの折にはすぐに宴会や祭りを催すのだという。出店の準備が妙に早いと思っていたが、なるほど、そういう理由があったのかと納得した。
「思ったより、あっさり終わってくれそうだな」
ミクリとの結婚騒動は、意外にもすんなりと落ち着きそうな雰囲気があった。
村の人たちや魔物たちは最初こそ落胆した様子を見せたものの、事情を説明すると快く受け入れてくれた。思わず拍子抜けしてしまうほどだった。
「ヤマタイ村の人と魔物は良くも悪くも、のほほんとしてる……」
「なんとなく分かるかも……。毎日がのんびりしてる感じだもんなぁ」
「若い衆は特に酷い……。オロチのお家に行って、ヘロヘロになって帰って来る……」
俺とミクリは雑談を交えつつ、村のあちこちで事情を説明して回った。
途中からは周囲の協力もあり、午後にはほとんどの村人に話が行き渡っていた。
あとは祭りの時間を待つだけになった。
・・・・・
夕闇が迫りつつある空の下、ヤマタイ村は人のざわめきと活気であふれていた。
ミクリとの結婚騒動はひとまず幕を下ろし、当初の予定だった結婚式は、にぎやかな祭りへと姿を変えている。焼き鳥の香ばしい匂いと、綿あめの甘い香りが入り混じり、鼻腔をくすぐった。
「初めて着たんだけど、どうだ? 似合ってるか?」
「普通、その台詞は女の子が言う言葉……。まあ、似合ってると思う……」
俺は白い浴衣を身に纏い、草履を履いていた。
着物の一種であり、お祭りの際にヤマタイ村で着用される服なのだという。いつも着ている服とは違った、独特の着心地だ。以前、俺がこの村に来た際には着替えることができなかったが、今回はしっかりと着用することができた。
今回の騒動に対するお詫びとして、六条家が力の同盟全員分の浴衣を用意してくれた。
……ただ、俺の浴衣だけは、どこかミクリを意識したような配色になっている気がする。深く考えれば何かしらの意図が透けて見えそうだが――探らないことにしておく。
ミクリは桜模様の浴衣を身にまとい、頭には同じ桜のかんざしを挿していた。
いつも着物姿の彼女だが、今日の浴衣はどこか趣が違う。淡い色合いと桜の意匠が相まって、ほんのり大人びた空気を漂わせている。
ミクリを除いた三人は、それぞれ思い思いに別行動を取っていた。
エクレアは特設ステージで歌と踊りを披露中。アイシスは懲りずに、また飲み比べ対決に挑んでいるらしい。ぺこは屋台巡りをしたがり、今頃はたまも様を引きずりながら、食べ歩きを楽しんでいることだろう。
ミクリは今回、俺を案内してくれることになった。
俺は地元の友達と楽しまなくてよいのか聞いたが、何度も一緒に遊んでいるため、今日は俺と回ると言ってくれたのだ。
「よし、行きますか!」
「うん……」
俺とミクリは肩を並べ、石畳の道を歩き始めた。