進め! 我らは力の同盟!   作:クラウス道化

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(20)祭りのあと! 力の同盟!

 祭りが終わった翌日──。

 

「ぬくぬく……♪」

 

「ぬっくいですわ! ぬっくいですわ!」

 

「うむ……悪くない……」

 

「ふぁ~♪ 堪んねぇな! 温泉サイコー!」

 

「ゴルド火山の近くの温泉も良かったけど、こっちも違っていいな……」

 

 力の同盟一行は、静かな山奥の露天風呂に身を沈めていた。

そこはヤマタイ村から少し離れた場所にひっそりと湧く秘湯。道中には魔物も多く、道も整備されていないため、地元の人ですら滅多に訪れることはないという。

 

 昨日の大騒ぎで疲れ切った体には、まさに至福の癒しだった。

巨大な岩をくり抜いて作られた野趣あふれる浴槽。硫黄の匂いが漂い、乳白色の湯面からは濃い霧のような湯気が立ちのぼり、体の芯まで優しく温めてくれる。

 

 ミクリとエクレアは泳ぎ回り、ぺこは景色を眺めている。

アイシスはぐでーんと体を伸ばし、完全にくつろぎモードだ。俺はといえば、湯に身を沈めながら、ぼんやりと空を仰いでいた。

 

「……結婚かー」

 

 思わず漏れる独り言。

昨晩は出来事に追われ、考える余裕すらなかったが、今になってふと胸に去来するものがあった。

 

 俺はこれまで、ただ自由気ままに生きてきた。

前世では争いが絶えることなく、安らぎのある時期などほとんど存在しなかった。そんな環境で育ったせいだろう。誰かと結ばれる――その意味について、真剣に思いを巡らせたことなど、一度もなかったのだ。

 

 しかし、今は違う。

世界全体を見渡せば、いまだ争いの火種は消えていない。だが少なくとも俺自身は、これまでにないほど穏やかな日々を手にできるのだ。

 

 もしも、平穏の中で――誰かと結ばれることがあるとしたら? 

それは一体、どんな形で訪れるのだろうか。

 

「んだよ~! ヴェークのくせに婚活する気か~? お前は冒険と添い遂げるんだと思ってたんだけどな!」

 

「“くせに”ってなんだよ。……まあ、生涯現役でいたい気持ちはあるさ。けど、どこかで引退して落ち着く日が来るかもしれないだろ?」

 

「うーん、どうなんだろう……。ヴェークのそんな姿、ミクリには想像できないや……」

 

「俺だって想像できない。でも、可能性ってのはゼロじゃないからなー」

 

 俺は人間だ。

魔物とは寿命も違えば、身体の仕組みも根本から異なる。切り落とされた四肢は、治療が間に合わなければ二度と戻らないし、老いてなお若い姿のまま生き続けることもない。そんな奇跡じみたことは、人間には許されていないのだ。

 

 それに、どれほど鍛えようとも、いつかは必ず限界が訪れる。

そのとき、俺は一体どんな選択をするのだろうか。

 

 自分でも答えを持ってはいない。

――いや、むしろ明確な答えを持って生きている人間など、世界のどこを探してもごくわずかに過ぎないのだろう。

 

「そうですわね~。ワタクシだって、これから没落してお姫様じゃなくなるかもしれませんもの……」

 

「エクレアは……今も“なんちゃってエセお姫様”だけどね……」

 

「──取り消しなさいな……今の言葉っ!」

 

「取り消す……? 決して取り消すことはないよ……」

 

「ワタクシの偉大さがミクリに分かるんですの!? この時代の名はっ! “エクレア”ですわ~!!」

 

「美味しそうな時代だな……。腹が減ってきたぞ」

 

 ミクリとエクレアの湯かけ喧嘩が始まったが、俺はそれを横目で見つつ思考に耽る。

未来……かつては考えようとも思わなかった漠然としたもの。しかし、今となっては少しだけ興味を惹かれてもいた。

 

「過去には戻れないからなぁ……」

 

「そうだな。……アタシは時々、過去に戻れたらどうなるんだろうなーって思うことがある」

 

「アイシスが? そういうの、あんまり気にしないタイプだと思ってたんだけど」

 

「おいおい! アタシだって考える生き物だぞ! 昔のことで悔やむし、懐かしむことだって……ちゃんとあるっての!」

 

 アイシスは腕を組み、プイッとそっぽを向いた。

その瞳の奥には、遠い過去を思い返すような淡い郷愁がにじんでいた。

 

 ・・・・・ 

 

「温泉は楽しめたかのう?」

 

「最高でしたよ……。本当に……」

 

「それは良かったのじゃ! あの湯は古来より湯治に使われておってな。傷の治りが早くなったり、疲れが取れたりと効果は確かなのじゃよ♪」

 

 温泉から帰ったあと、たまも様の家に戻り、ゆっくりくつろいでいた。

ミクリとエクレアは縁側に寝そべって日向ぼっこしており、アイシスは畳の上で雑魚寝をしている。俺とぺこは、いろんな種類のせんべいを食べながら、お茶を啜っていた。

 

「そういえば、ぺこ。たまも様に聞かなくていいのか?」

 

「聞く? 何をだ?」

 

「自分のことについてだよ。たまも様は博識だし、何か知ってるかもしれないだろ。記憶を失う前のぺこについて」

 

「ぎくぎくっ」

 

 俺がそう言うと、たまも様はピクリと肩を震わせた。

彼女は長命であり、しかも魔王軍の中で要職にある身だ。集まってくる情報量は、俺などとは比べものにならないだろう。

 

 加えて、ぺこと初めて出会ったとき、たまも様は『知り合いに似ている』と口にしていた。

もしかすると彼女は、ぺこの種族やその来歴について、何かを知っているのかもしれない。

 

「もうとっくに聞いておるわ。我は陸棲種の変異体である可能性が最も高いと聞いたぞ。──そうだな? 玉藻?」

 

「……え? あっ、ああ! そ、そうじゃな! ウチはぺこを見てそう感じたのじゃ!」

 

「あー、確かに陸棲種っぽい特徴があるとは思ってましたけど。触手とか粘液とか……。でも、俺はなんか違うような気がしてたんだけどなぁ……」

 

 どうやら、俺の居ない間に二人で話し合っていたらしい。

陸棲種は軟体動物や両生類、爬虫類などの総称である。イリアスベルクの近くに住むナメクジ娘や、ヤマタイ村のカエル娘なんかがこれに当たる。

 

 ぺこはそれらの特徴を持ち合わせているので、その可能性は十分に考えられた。

俺もぺこについて調べていたとき、陸棲種の魔物に酷似している部分が多いと感じていた。

 

 しかし、なぜだか俺には、ぺこが陸棲種であるとは思えなかった。

明確な根拠があるわけではない。ただ、どうしても胸の奥でしっくりこないのだ。だが――俺よりも知恵深く、経験も豊富なたまも様がそう断言するのなら、きっと俺の直感のほうが誤りなのだろう。ぺこも、その答えに納得しているようだったし。

 

 ただ、たまも様の態度がどこか妙にぎこちないのが気にかかる。

気づけば、ぺこはジトッとした視線をたまも様に向けていた。

 

「今の我はぺこ。ただの、腹を空かせた美食家。蛇でも、サキュバスでも、スライムでも、植物でもない……。もちろん、狐でもな……。ただ、その日食うものを楽しみに待つだけの存在よ」

 

「──っ!! お主、まさか──」

 

「自分が何者かなど、今はどうでもよい。我にとって大切なのは――愛しき本を永遠にする方法を見つけること。そのための漢方薬や魔術、玉藻……何か知らぬか?」

 

「……?」

 

 ぺことたまも様は視線を交わす。

俺には理解できない何かを、二人だけで共有しているように見えた。

 

 きっと、祭りを共に巡ったことで、ぺことたまも様はぐっと親しくなったのだろう。

ヤマタイ地方には“阿吽の呼吸”という言葉があるらしい。おそらく、今の二人の間に流れるものも、それに似たものに違いない。

 

「その、すまぬ……。お主の求めるものは……ウチには用意できぬ……」

 

「……そうか。ならば、せめてものお詫びに尻尾を一本もらおうか? 行き遅れの哀れな腹黒狐~」

 

「毛の一本たりともやらぬわ!! それに、お主じゃってまだ決まったわけではなかろうが! こうなれば六条家と結託して、ミクリとの結婚を推す側になってやるのじゃ~!」

 

「た、たまも様!? どうして急に裏切りを!? せっかく昨日、頑張って解決したばかりなのに!」

 

 ぺことたまも様はポカポカと殴り合いを始める。

俺は慌てて二人の間に飛び込み、必死に仲裁に走った。

 

 ・・・・・ 

 

 喧嘩する二人をなだめて、ようやく場に平穏が戻ったあと。

俺はひとりでブラブラとヤマタイ村の通りを歩いていた。旅に必要な物資を買い足したり、ふと気になった店をのぞいてみたりしながら、気ままに時間を潰していった。

 

「ヴェーク殿。プリエステス様を捕らえていただき、ありがとうございます」

 

「ミーンミンミンミン! マジムリイイイィィィ」

 

「村へ帰るんだな。お前にも仲間がいるだろう?」

 

 買い物を終え、たまも様の家に帰る途中、狂乱状態のプリエステスと遭遇。

なぜか木にしがみついていた彼女は俺を見るなり、『匿ってほしい』とお願いしてきた。

 

 俺がその要請を快く拒否すると、プリエステスは逆上して腕に噛みついてきた。

やむなく縄で縛りつけ、少し頭を冷やしてもらおうとそのまま引き摺って歩いていると、彼女を迎えに来た部下と遭遇。結果的に、無事引き渡すこととなった。

 

「亡命申請を行いました。私は今日から妖狐族の一員です。こぉん☆」

 

「さっきまで虫のマネしてたのはなんだったんだ。それに、妖狐族は流石に無理があるだろ……」

 

「可能性は無限大です。将来、私が天使や鳥類、虫魔に進化することがないと断言できますか? できませんよね?」

 

「逃げるために翼が欲しいのは分かった。部下の皆さん、この哀れでなんか可哀想な奴を連れ帰ってくれ」

 

「……わぁ……ぁ……」

 

「ウケケケケケケ! 帰るぞ」

 

「ヤダーッ!!」

 

 プリエステスは馬車の荷台に放り込まれ、連行されていく。

奇声を上げる彼女を少し気の毒に思いつつも、俺は馬車を見送った。

 

 ・・・・・ 

 

「ヴェークさん。僕は遠くから見ていましたが、昨日は大変そうでしたね……」

 

「まったく、あいつらと一緒に旅をするようになってから、ずっとこんな調子で……。ああ、そういえば、お祝いにジャガイモの花を贈ってくれてありがとう。ミクリが可愛いって喜んでたよ」

 

「そうですか! それは良かった。実は一週間ほど前に、村のジャガイモをすべて川に放棄される事件が発生して……。用意できたのはあれだけだったんです」

 

「そうだったのか。酷いことをするやつがいたもんだな……」

 

 帰りが少し遅くなったので、昼食は食堂で軽く済ませることにした。

席に座って料理が運ばれるのを待っていると、サムが歩いていたので、俺は手招きして呼び寄せたのだ。

 

「その……実は興味があって聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

 

「おっ、何でも聞いてくれ。答えられる範囲なら答えるぞ?」

 

「もしかしたら、あまり思い出したくないことかも知れませんが……。ヴェークさんが一番、危険な目に遭ったときってどんな状況だったんですか?」

 

「うーん、一番か。どれだろうな……」

 

 俺は箸で料理を摘まんで口に放り込みながら、サムの質問について考えを巡らせた。

過去の旅路を振り返れば、危険な場面がいくらでも蘇ってくる。森での遭難に海で漂流。ドラゴン娘と一緒に火口に落ちたこともあった。ぺこに丸呑みされたときも焦ったか。

 

 あとは、弓の師匠であるルシフィナさんとの訓練。

……思い出すだけで料理が胃から逆流しそうになるので、記憶の奥に封じておくことにする。

 

 改めて思い返すと、よく生き延びてきたものだと思う。

運が良かったに尽きるだろう。俺はどちらかと言えば慎重派を自称しているが、危険には何度も突っ込んできた。それが結果的に俺を強靭に鍛え上げたという面はあるが……。

 

「強いて言えば……。俺がまだ冒険家になる前に、調査されてないタルタロスに入ったときだな」

 

「タルタロスって……あの大穴ですか!?」

 

「そうそう。奥を調査する依頼。当時、ひっどい金欠で、どんな仕事でも受ける気になってたんだ。高額な仕事だったけど、誰もやりたがらなかったから、受けたのは俺一人」

 

 サムの瞳は期待と興奮で輝いている。

彼は好奇心旺盛で、いつも新しい知識を得ようとする貪欲さがある。そんなところも好ましいと思えるのだろう。

 

「イリアスヴィルって村の近くにある大穴だったんだけど、当時はまだ降りる手段が無くてな。まず縄梯子を設置するところから始まったんだ」

 

「危ない作業ですね……」

 

「そうだな。一応、地上ではハンスさんって人が見張りをしてくれてたけど……まあ、ほとんど一人でやったって言っても過言じゃないな」

 

 あの作業は大変だった。

とんでもなく長い特注の縄梯子におもりを付け、タルタロスの中へと落とす。一度、これで降りようとしてみたのだが、揺れがひどく、とてもじゃないが使える状態ではなかった。そこで俺は、途中途中で金具を使い、タルタロスの壁に縄梯子を固定していくことにした。

 

「作業自体はそんなに難しくなかった。問題は、大穴の下から魔物が這い上がって来ること。縄梯子を固定してない状態で、揺れる足場にしがみつきながら相手しないといけなかったから、キツかったな……」

 

 今思い出しても、無茶なことをしたものだと思う。

馬鹿なことに、当時の俺は一人でそれを行ったのだ。

 

「最後まで降りられたときは、本当にほっとしたよ。まあ、それからも中の調査とかで大変だったけど……。最奥には、“ちょっとしか”開かない扉があって……」

 

「ちょっとだけ……ですか?」

 

「そう。ちょっとだけ。上に持ち上げる扉だったんだけど、三割くらいしか開かなくてさ。俺が手を離したらすぐに閉じるから、しゃがんで潜ることもできなかった」

 

 俺は目を閉じ、あのときの光景をまざまざと思い出す。

薄暗く淀んだ空間。妙に乾ききった空気。金属の壁一面に刻まれた無数の傷跡……。忘れようにも忘れられない、不気味で肌にまとわりつくような気配。

 

 恐怖という点だけで言えば、ルシフィナさんに稽古をつけてもらったときの方がよほど恐ろしかった。

だが、自分の命が危ういと直感した瞬間としては――やはり、あの大穴の探索こそが最も鮮烈に記憶に残っている。

 

「道中にあれだけマキナがあったんだから、奥には何があったんだろうなぁ……。もしかすると、宇宙に行ける船なんか眠ってたり……」

 

「なんだか、ロマンがある話ですね」

 

「そうだよな! とにかく、このときの報酬で頑丈な装備と路銀を手に入れたんだ。仕事って名目はあったけど……まあ、実際は俺にとって初めての冒険だったんだろうな」

 

 命懸けの体験ではあったが、その代償として得られたものは大きかった。

あの一連の出来事が巡り巡って今へと続いているのだと思うと、実に感慨深い。

 

 サムとひとしきり談笑を交わしたのち、俺はたまも様の家へ帰ることにした。

 

 ・・・・・ 

 

 ヤマタイ村でしばらく休んだあと、次の目的地へと旅立つことにした。

 

 次の目的地は──グランドノア。

自然との調和を尊重し、魔物と融和する政策を打ち出した国で、多くの魔物が兵士として採用されている。

 

「へへへ……ついにアタシらの驍名(ぎょうめい)が轟くことになりそうだな! ついに“力の同盟”の名前が世界を駆け巡るわけだ! 野郎ども! コロシアムに行くぞ~!!」

 

「ふふふ……世界で一番のお姫様になる日が、着実に近づいていますわ~!」

 

「いや、お姫様って武力でなれるもんじゃないだろ」

 

 グランドノアの有名な観光地のひとつに、大きなコロシアムがある。

世界各地から集まった猛者たちが熱戦を繰り広げ、勝者には名誉と報酬が与えられる。……なお、男が敗れると、また違った“催し物”が行われるのだが。

 

 女王杯と呼ばれる大きな大会はまだ先の話だが、コロシアムでは日常的に試合が行われている。

力の同盟の名を広める絶好のチャンスだと、アイシスは意気込んでいた。

 

「浅学ですわね、ヴェーク! 王家が王家として機能するには、血筋だけでは足りませんの! 圧倒的なパワーに裏付けされた権力があってこそ、民は頭を垂れる!」

 

「それは……そうかも」

 

「兵を率いずとも、個の力で圧倒し、武名を轟かせる! そうすれば、人々はワタクシを畏れ敬い、崇め奉る! 結果、ワタクシは自然と“真のお姫様”へと至るのですわ!」

 

「まあ、蛮族の国だとしてもお姫様はお姫様だしな。一理ある……のか?」

 

 エクレアの謎理論はともかくとして、アイシスの瞳はやる気に満ちていた。

心からやりたいと思うことがあるなら──無茶でも付き合ってやるのが、仲間というものだろう。

 

「アイシス……お主は変わらぬのう」

 

「変わってないのはそっちだろ! たまも様! なんでアタシが魔王城に居たときから見た目が変わってないんだよ!」

 

「ははは。そこを突いてやるな、アイシス。これでも玉藻は裏で必死に若作りしているのだ……」

 

「失礼じゃな! お主だって歳は──もごごっ!」

 

 ぺこの触手が、たまも様の口を塞いだ。

どうやら、なにか不都合なことを言いそうになったらしい。

 

「めぇ~! もうすぐ出発するのら~!」

 

 ありがたいことに、俺たちは馬車に同乗させてもらえることになった。

御者台に座っていたのは、以前イリアスベルクの近くで行方不明になっていた男性商人とメリー。

 

「あの、そろそろ出発しないと……。中継地点に間に合わなくなります……」

 

「すいません、エリゴスさん。ほら、早く乗ろう」

 

「うん……」

 

 ミクリはどこか悲しげな表情を浮かべる。

あんなに帰りたくないと言っていたのに、いざ故郷の地を踏むと、この様子だ。きっと、故郷とはそういう場所なのだろう。

 

 やがて全員が荷台に乗り込んだのを確かめ、エリゴスさんが手綱を軽く振る。

馬車はきしむ音を立てながらゆっくりと動き出し、道に沿って次第に速度を増していった。

 

 遠ざかるたまも様の姿はみるみる小さくなっていく。

それでも、彼女は変わらず手を振り続けている。その姿に応えるように、ミクリも大きく手を振って応えた。

 

「ヴェーク……また、一緒に……ヤマタイ村に来ようね……」

 

「そうだな。今度は蓬莱山に行ってみようか」

 

「うん……そうだ──」

 

「──ぬわーっ!!!」

 

 ミクリが返事をしようとした──その刹那。

突然、馬車の後方から爆発音が鳴り響いた。俺は慌てて音のほうを見ると、先ほどまでたまも様が立っていた場所に土煙と黒煙が上がっていた。

 

「く、くくく……! 玉藻のやつ、打ち上げ花火が尻に……ははははは……っ!」

 

「な、何事ですの……?」

 

「地面に花火が仕掛けてあったらしいな。玉藻は気付かず、盛大に空へ吹き飛ばされた。くく……傑作だ……!」

 

「だ、大丈夫なのか……?」

 

「奴がこの程度で怪我をするものか。尻尾が少し焦げた程度であろうな……ははは! なんだあの情けない叫び声は! 我の腹が割れてしまう……く、くくくっ!」

 

 俺とミクリは安堵の息を吐く。

大事には至らなかったみたいで、心底ほっとした。誰がこんなことを──俺はそう思いながら煙を睨んでいると、人影が現れた。

 

「師匠よ、ご覧あれ! 私はやりました、やりましたよ!! この小うるさい狐を、発破して発破して発破して、まんまるな毛玉に変えてやったわよ! アーハッハッハーッ!!」

 

「あっ……」

 

「……アタシは知らねぇ。誰だろうなー、あいつの師匠って」

 

 人影の正体は──エヴァだった。

そういえば、以前……ミクリが彼女に妙な暗示をかけていたはずだ。たしか、たまも様を爆弾で吹き飛ばせとかなんとか。

 

 エヴァはこちらに嬉々として手を振ったあと、猛ダッシュで逃げていった。

その背中は以前よりも軽快で、足取りも力強い。どうやら日々の訓練を欠かしていないらしい。

 

「エリゴスさん……。馬車の速度を上げてください……」

 

「は、はい……」

 

 エリゴスさんは困惑しながらも、ミクリに言われるがままに馬車の速度を上げていく。

なんとも閉まらない、微妙な旅立ちとなってしまった。

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