勇者ルカは正気を失ったサバサの女王を救い、平和を取り戻すことに成功した。
さらに土の精霊ノームとの契約も果たし、一行は次なるタルタロスへ挑む前に、グランドールでしばしの休息を取ることにしたのだが──。
「うがー! 我の部下となるがよい! ウォークよ! さすれば、世界の半分──いや、四分の一か……八分の一をくれてやろう!」
「刻みすぎだろー! 断る! 貴様がいくら呪いを振りまき誘惑しようと、ボクは決して屈しない!」
「己の怒りを力に変えるのだ! 炎の力は必ずお前の求めに応えるだろう!」
「ゴルド火山の麓には、数多の魔物たちが倒れ伏していた。弓を構えたウォークは怒りの表情を浮かべ、竜の王ブレディに立ち向かう──」
「かわいいのに、すっごくいい再現度……!」
「がんばれウォーク! がんばれー!」
ランドールの大劇場では、ルカの仲間たちが演劇に挑んでいた。
題材は冒険家ウォークの著書『ワールドウォーカー』の中でも、ひときわ人気を誇る章『滅びの竜王と愛の呪い』である。
舞台に立つのは、かつて盗賊団として活動していた四名の小さな魔物たち。
吸血鬼のヴァニラはナレーションを担当し、ゴブリン娘のゴブが主人公ウォークを演じる。ドラゴンのパピは竜の王ブレディ役を、ラミアのプチはウォークの相棒サラマンダー役を務めていた。
この演劇では、演出のために複数の仲間たちがさまざまな役割を担っていた。
さらに、年少組の交流会という意味合いも込められており、出演メンバーはまだ幼い魔物たちを中心に集められていた。
「アリスは出演しなくて良かったの?」
「殴られたいのか貴様は。それにしても……観客の言う通り、なかなかの完成度だな。台本にはなかったアドリブも混ざっているぞ」
ルカとアリスは少し離れた席から演劇を見守っていた。
劇は佳境に差し掛かろうとしている。ウォークが操られていた魔物たちを無力化し、騒動の原因であるブレディのところまで辿り着いたところだ。
魔物の身体能力を活かした激しいアクションシーンに盛り上がる観客たち。
パピは実際に火を噴き、ゴブは華麗な動きで回避する。細かな火の調整はフェニックスのミニが担当。スライムのライムが石の役をしながら待機しており、火事にならないよう対策も施されていた。
妖狐のきつねとかむろの二人が、忍術と陰陽術で幻想的な演出を盛り上げる。
アリスは演劇のクオリティに満足そうに頷きつつ、パクパクと手元にあるチョコを口に運んでいた。
「この地から去るがいい! ブレディよ!」
「くっ、この世界に来るまでに力を使いすぎたのだ……。貴様との決着はいずれつける……。今回は見逃してやるのだ! 我はあまねく世界を支配するもの! ゆめゆめ忘れるなー!」
「ちょっと待て! 書店で買った本を置き忘れているぞ!」
「むっ、本当か? ……助かったぞ、ウォーク! では、一時の安寧を謳歌するがよいのだ! 次に相まみえたときには、血湧き肉躍る戦いをしようぞ!」
「こうして、ウォークは破滅をもたらす滅びの竜を追い払い、ゴルド地方に平穏を取り戻すのだった──」
幕がゆっくりと下り始めると、客席から盛大な拍手が巻き起こった。
ルカとアリスもまた、その熱気に応えるように惜しみない拍手を送った。
・・・・・
「はぁ~、お客様は満足してくれたようで……! 危うくまたヤケ酒コースになるところでした!」
「お役に立てたようでよかったです」
大劇場の支配人は感謝の気持ちを伝えようとルカの元へ駆け寄ってきた。
心底ホッとした様子でルカの手を取り、何度も上下に振ってみせる。大粒の汗が額に滲んでいるのもあり、相当焦っていたことが伺えた。
「サキちゃんが居なくなって以来の大ピンチでしたが、助かりましたよ!」
大劇場の看板アイドル、サキュバスのサキちゃんは、今はルカたちと共に行動していた。
彼女は、行方不明となったヴェークに同行していたスライムのエクレアと親しい間柄で、その消息を追うため一行に加わったのだ。
しかし、サキちゃんが居なくなると、大劇場の客足は激減。
焦った支配人は、起死回生の一手として有名な一座に出演を依頼したものの──運悪く、開演直前になって来られなくなるという不運に見舞われてしまった。
そこにやってきたのが、休息のために立ち寄ったルカ一行。
事情を聞いた仲間たちは、大劇場を救うべく公演を引き受ける。
即席の舞台ではあったが、その結果は大成功。
なんとか窮地を脱し、大劇場は再び歓声と拍手に包まれたのだった。
「うんうん☆ ここはエクレアちゃんとサキの大事な場所だからね☆ 無くなるなんて悲しすぎるよ☆」
「サ、サキちゃんにそう言ってもらえるなんて──ウオオオオオ!!」
「支配人さん☆ 嬉しいのは分かるけど、ちょっと声量下げて☆」
サキちゃんは耳を塞ぎ、笑顔で抗議する。
大の大人が子どものような涙を流し、喜ぶ姿は……正直言って異様だった。サキちゃんの言葉を受けてもなお泣き止まず、嗚咽を漏らしながら肩を震わせる支配人。
「ぐす……。それにしても、ここまでクオリティの高い、“南の勇者”の演劇は初めて見ましたな……。正直、彼女たちに再現は難しいんじゃないかと思っていたんですが……いや驚きました!」
「南の勇者だと? あれは冒険家ウォークの書籍を再現した演劇であったぞ?」
「ああ、こちらではあまり呼ばれない名でしたね! ゴルド地方では、ウォークのことを南の勇者と呼ぶんですよ。仲の良い常連のお客さんがその名でよく呼ぶので、自然と私もそう呼ぶようになったのですが」
ルカは初めて知る情報に少し驚いた。
ワールドウォーカーはルカ自身も読んだことがある。
作者が本当の話だと語っていないので、フィクションとして楽しみながら読んでいた。内容は非常に現実味のあるものだったので、一部は実際の出来事を元に書かれているとは考えていたが。
「今回の演劇の話は、少なくともゴルド地方においては、本当の話だと信じられているのですよ」
「初めて知りました……」
ルカは、滅びの竜王と愛の呪いの顛末を思い返した。
旅の途中、ウォークは様子のおかしいドラゴン娘と出会う。
彼女は呪いの指輪を身につけており、すべての人間を愛すべき存在と誤認して襲うようになっていた。
事の原因に気づいたウォークは指輪を盗み出し、破壊するために溶岩へと投げ込む。
無事、指輪に封じられた邪悪な呪いは消え去り、ドラゴン娘は意識を取り戻す。
だがその結果、竜の王ブレディに目をつけられることとなる。
ブレディは呪いで数多の魔物を支配し、世界征服を狙っていたのだ。
ウォークは火の精霊サラマンダーの助力を得て魔物たちと戦い、ブレディを退却させる。
こうして、ゴルド地方に平穏な日常が戻った――そんな物語である。
「それが本当の話であったならば、勇者呼ばわりされるのも理解はできるな」
「呼ばわりって……」
「しかし、竜の王ブレディとは何者だ? そのような大事が本当に起きていたなら、余の耳に届いても良いはずだが……。それに、そのようなことを起こす竜族に覚えがない」
アリスが腕を組みながら首を傾げる。
彼女の話を聞いて、ルカはたしかにと思った。今は小さくなってしまっているが、アリスは魔王。魔物の頂点に君臨する人物である。情報を知らないのは不自然だ。
「ウォークについても知る必要があるかもしれんな……。たまも辺りなら何か知っていそうだが……」
「一度、仲間に聞いて回るのはどう?」
「ふむ……それも悪くない。数も多くなったからな。一人くらいは知っている可能性はあるだろう」
ルカは一度、ポケット魔王城に戻ることにした。
・・・・・
情報は拍子抜けするほど早く、しかも予想外の人物たちから舞い込んできた。
「うが! 冒険家ウォークはヴェークのことなのだ!」
「ちょ、ちょっと! ヴェークに言っちゃ駄目って言われてたでしょ!?」
「……あっ、そうだった! ここは一度──聞かなかったことにしてほしいのだ!」
「流石にそれは無理があるよ……」
演劇の成功を祝う宴の席で、パピがうっかり真相を口にしてしまった。
プチが慌てて口を塞ごうとしたが、すでに遅い。仲間たちは一斉に目を見開き、ざわめきが広がった。
「ああ、私だけの独占情報が……! いざとなったら、新聞に売りつけようと思ってたのに!」
「……エヴァも知ってたんだ」
「知ってるもなにも、私は第一巻に出てるわよ。可憐で素敵な乙女としてね♡」
「まさか──村の少女のことか!? こんなのが!?」
「ちょっと!! こんなのって何よ!?」
アリスとエヴァは、見るに耐えない言い争いを始める。
一方で、ルカの隣にいたヴァニラは自慢げに腕を組みながらニヤニヤと笑っていた。
「くくく……ゴブ以外の三人は、実際に竜の王とヴェークが戦う現場に居たのだ。我らは操られ、給仕としてこき使われていたのだが……」
「ああ、そうか……実際に見た通りに演じてたんだ。だから、演劇も完璧だったんだね」
「少々、誇張した部分もあるがな。まあ、概ね真実といって差し支えないぞ!」
ヴァニラは得意げに鼻を鳴らし、ぶどうジュースを優雅に飲んだ。
その隣でお子様ランチを頬張りながらゴブも楽しそうに笑っている。
「ボクも会ってみたいなぁ、ヴェークさん」
「ゴブは会ったことないの?」
「戦いが終わったあと、ヴェークは身寄りのない我らを連れて、イリアス大陸に渡った。そして、孤児院に入れてくれたが……」
「悪くない場所だったのだ! だけど少し退屈だったから抜け出したのだ!」
「三人で冒険家の真似をしてるうちに、ゴブと会って……盗賊団ができたのよね」
四人は、どこか懐かしげに微笑み合っていた。
その笑みに包まれるように、ルカの胸の奥にやわらかな温もりがそっと芽生えた。
・・・・・
宴を抜け出し、ルカとアリスは会議室に居た。
途中でソニアも合流し、ヴェークさんについて得た情報を共有することになったのだ。
「可能性としては考えていたが……ヴェークが冒険家ウォークだったか。偽名にしては捻りがなさすぎるので、違うだろうと思っていたのだが」
「ヴェークさんは変な宗教の信者でも、裏社会の人物でもなかったのね!」
「あはは……。これでヴェークさんが大きな家に住んでて、お金に困ってない理由が分かったね」
ソニアは心底安堵した様子で胸を撫で下ろす。
ここしばらく、身近の人間が裏社会との繋がりがあるのではと悩まされてきたが、その疑念のひとつが晴れたことで、少しは気が楽になったようだ。
「早合点だな、ソニア。むしろ、怪しいのではないか?」
「……どこが怪しいのかしら?」
「ワールドウォーカーはイリアスの下らん教えが書かれた本より売れている。魔王城のような屋敷を何個も建てることだって可能だろう」
「えっ、そうなの? ワールドウォーカーは世界で二番目に売れている書籍だって、僕は聞いてたけど……」
「ドアホめ。それは人間だけの話だ。魔物も含めて見れば、ワールドウォーカーが一番だ。まだ本の流通が少なかったとき、魔王城で頻繁に奪い合いの喧嘩が──」
アリスは眉間を指で押さえ、ブツブツと呟く。
どうやら、過去の嫌な記憶がよみがえったらしい。
「特に酷かったのは、アルマエルマとグランベリアが食堂で──まあ、今はどうでもいい話か。問題は、稼いだ金は何に使っていたか……だ」
アリスは焼き芋を手に取って、そう言った。
たしかに気になる話ではあった。一人の人間では到底、使い切れないゴールドが懐に溜まり続けていることだろう。四人の魔物を養っていたとしても、余裕はあるはず。
「ヴェークさんは前に、稼いだお金の大概が食費に消えてるって言ってたんだけど……。冗談だったのかな?」
「そこらの都市よりも富を持つ者が、食費に頭を悩ますわけもなかろう。くくっ、ブラックホールにでも餌付けしているなら、話は別だろうがな」
「そんなこと、あるわけないじゃない。一度、話を変えましょう。竜の王様については何か分かったの?」
ソニアは話題を変えようと新たな質問を投げかける。
「元盗賊団の三人が言うには……赤い翼に長い黒髪、鋭く光る赤い目をしてたらしいんだ」
「いかにも竜族らしい見た目ではあるが……余に思い当たる節はないな。本当の名は“ブラディ”と言うらしいが、その名も聞いたことがない」
「……結局、本人に会わないと分からないことが多いのね」
「そうだね。僕たちはこれからも旅を続けて、ヴェークさんを探せばいいんだ。きっと、それが一番の方法だよ。タルタロスのことも調べないといけないしね」
次に待ち受ける新たな目標に向かって、ルカ一行は歩みを進めるのだった。