俺はどうにか人混みを抜け出し、人気のない裏路地へと駆け込んだ。
肩で息をしながら急いで鎧を外し、乱暴に片付ける。街で過ごす用の服に着替え、ようやく胸の奥に溜まった息を吐き出す。
「はあ……。一体何だったんだ? 南の勇者って。それに、ウォークだってことがバレてるし……」
俺の頭の中は、疑問符で埋め尽くされていた。
“南の勇者”なんて謎の呼び名に、なぜかあの全身鎧の姿がウォークだと知られていることまで――。
混乱しすぎて、思考が止まりそうになる。
裏路地からそっと顔を出し、表通りの様子をうかがった。そこには、人だかりができていて、誰もが口々に『ウォークがいた』『ウォークに会えた』と興奮気味に語り合っている。
その光景に、俺は再び困惑するばかりで、どう動くべきか頭を抱えた。
「……鎧の姿がバレてるだけで、素顔はバレてない……よな? このまま、街の人に聞いてみるか」
仲間と合流したい気持ちはあるが、その前に情報を集める方が先だ。
俺は裏路地を抜け出し、近くにいたマーメイドとハーピーに声をかけた。
「すいません。騒ぎになっているようですけど、何があったんですか?」
「南の勇者ウォークがこの街に来たんだって~!」
「屋根の上から眺めてたけど、人が多くて見えなかったなぁ……」
「南の勇者? えっと、俺はこの辺の人間ではなくて……何の話なのか詳しく聞かせてもらっていいですか?」
「いいよ~♪ お兄さん、ワールドウォーカーは読んだことあると思うんだけど──」
俺は二人に事情を聞くことに成功した。
・・・・・
二人に礼を言ってその場を後にした。
どうやら、俺がかつて“竜の王”を名乗るブラディを退けた場面を目撃されていたらしい。
……その事実を知らず、俺はあの時の出来事を冒険家ウォークの本に書いてしまった。
結果として、全身鎧を身につけていたのはウォークだと特定されてしまったようだ。
“南の勇者”という二つ名も、ブラディとの戦いで見せたその勇ましい姿に由来するものだという。
「そういやあいつ、自分を魔王だとかなんとか言ってたな。……そのせいで勇者扱いされているのか。俺は冒険家であって、勇者じゃないんだけど……」
俺はしょんぼりしながら、街を歩く。
勇者扱いされるのは、あまり良い気分ではない。俺は勇気とは程遠い存在だし、人々を守るためでもなく自分が楽しむために旅をしている。誰かを助けるのも、その“ついで”に過ぎないのだ。
「まあ、悩んでても仕方ないな。事情も分かったし、みんなと合流しないと。……またトラブルになってなければ良いけど」
気分を切り替えて、力の同盟の仲間、エリゴーラさんとメリーを探す。
まだ宿泊先も決めていないし、次に向かう場所についても相談していない。とりあえず、街の中心にあるグランドノアの広場を目指すことにする。
広場には、実に多種多様な魔物たちが行き交っていた。
アルラウネが花壇の世話をし、フェアリーと奇妙な黄色いスライムが陽気に踊っている。その傍らでは、体格の良いミノタウロスが牛乳を売っていた。
「……おーい、エクレアー」
「るんたった~♪ るんたった~♪ あら、ヴェーク! 探しましたわよ~!」
「俺には踊ってるようにしか見えなかったけど……まあ、いいか。探してくれてありがとう。他のみんなは?」
「エリゴー……エリゴスさんはワタクシたちに宿を紹介してくださったあと、お仕事へ行かれましたわ。他のメンバーは自由に散策しておりますわ!」
どうやら、先に宿を取っておいてくれたらしい。
俺はエクレアから場所を聞き、荷物を置くため一度宿へ向かうことにした。
・・・・・
夜になり、ようやく全員と合流し、食堂に集まることができた。
ただ、エリゴーラさんとメリーは急な仕事が入ったらしく、残念ながら今夜は一緒に夕食を取れなかった。
「もぐもぐ……お前が勇者とは……世も末だな」
「勇者扱いされるのは嫌だけど、その言い方にはちょっとムカつくな」
「まあまあ悪くないぜ? 勇者ってのも。アタシも知り合いに居たけど、爽やか真面目ちゃんでイイ奴だったぞ。まっ、女の趣味はちょっと……いや、かなりアレだったけどな~!」
アイシスは泡立つビールジョッキを片手に掲げ、白い歯を見せて豪快に笑った。
「ミクリはあんまり良いイメージがない……。初めて見た勇者は、覆面にパンツ一丁で、マントを羽織ってた……」
「おー、そりゃあまた古風な。その装備は一応、勇者の伝統装備なんだぞ? まあ、今の時代には合わねえよな!」
「昔も合ってなかったと思うんだけど」
特製ジャンボハンバーグを頬張りながら、俺はアイシスにツッコミを入れた。
すると、その横でエクレアがふと疑問を口にする。
「勇者呼ばわりの原因は、滅びの竜王と愛の呪いのことですわよね? あれって、どこまでが本当の話でしたの?」
「大体は本当のことだぞ。指輪は俺が火口に投げ込んだって事になってるけど、実際は俺とドラゴン娘が揉み合いになって一緒に落ちて、指輪だけが溶けたのが真相だな」
「どうして生きてるの……こわ……」
「鎧の性能と気合でなんとかした。めっちゃ熱かったけどな」
「鎧はともかく、気合でどうとなる問題じゃねえだろ! 蒸し焼きにならずに生きてるのが不思議すぎるぜ!」
「まあ……正気に戻ったドラゴン娘と、マグマの中で泳いでたサラマンダーが助けてくれなかったら危なかったかも」
俺は口の中の油をビールで流し込みながら答える。
あのときは本当に大変だった。冒険家として活動を始めてまだ間もない頃で、しかも燃費は最悪だが腕の立つぺこが仲間になる前。一人で、すべての問題に対処しなければならない時期だったのだ。
「うーん。あの話はワタクシのお気に入りですので、真実を聞きたいような、聞きたくないような……複雑な気持ちですわ~!」
「ミクリは聞きたいかな……。竜の王ってどんなドラゴンだった……?」
「暑苦しくなった支配欲の擬人化……擬竜化かな? 本では、火山で対峙したときがブラディとの初対面になってるけど、実はそうじゃなくてな。なんでか分かんないけど、騒動が起こる前のグランゴルドで一度会ってたんだ」
ミクリとエクレアは目を丸くした。
俺はブラディと初めて出会ったときのことを思い出す。彼女はなぜか、高笑いを響かせながら街を練り歩き、遠巻きから民衆に見られていた。俺は絶対に関わったら面倒だと思い、横を通り抜けようとしたのだが――。
「ふははは! 書店はどこだー! って話しかけられちゃってさ。それで書店の場所を教えて、俺は帰ろうとしたんだけど、今度は肩をガッチリ掴まれて、オススメの本を紹介しろって言われたんだ」
「まあ、そのようなことがあったのですね!」
「んで、書店に連れてったら、俺がまだ出したばかりの本を見て、“初めて見た”って言いながら買っていったんだよ。俺のオススメはガン無視して。そのあとは、本の通りだな。呪いを解いて、魔物の軍団と戦って、ブラディをなんとか追い返して……」
あの戦いは、本当に大変だった。
呪いが解かれたドラゴン娘とサラマンダー、そして偶然近くを散歩していたご当地ヒーローと協力し、操られた大量の魔物を無力化。
そのあと、俺はブラディとの一騎打ちに挑んだ。
なんとか退けることはできたものの、ブラディは本調子ではなかったらしい。
どうやら、無理やり行った転移とやらで力を使いすぎたらしい。
さらに、辺りの魔物に手当たり次第に呪いをかけまくったことが、弱体化に拍車をかけたようだ。
相手が万全の状態なら、息を吐くようにやられていただろう。
インテリを自称していたものの、どこかずさんで無計画な様子が透けて見えた。力の同盟と同じように、本質はパワータイプなのかもしれない。
「ほえー……。マジで勇者みたいな活躍してんじゃねえか。今からでも勇者になっちまえよ!」
「勇者冒険家……勇者忍者のお供にぴったり……」
「属性過多が過ぎるだろ。二人なのに四人組みたいになってるぞ。……おっかしいな。まりんちゃんが、マジカル☆記憶処理をしてくれたのに。なんで情報が漏れたんだ?」
俺はあまり良くないことだと思いながらも、酒を呑みつつ愚痴をこぼした。
・・・・・
ある程度愚痴をこぼしてすっきりしたあと、ふとあることを思い出した。
「そういえば、俺たち、コロシアムの大会に出るんだよな。街の人が武王杯がどうって言ってたけど、それに参加するのか?」
「へっへっへ……もうエントリーは済ませてきたぜ! アタシらは運がイイな! 武王杯に参加できるなんて、超ラッキーだぞ~?」
アイシスは身振りを交えながら、熱心に武王杯について語り始めた。
彼女の話によれば、武王杯とはコロシアムで開かれる大会の一つで、女王杯に比べると人気は劣るものの、武人にとっては武王杯こそが出場を夢見る大会なのだという。
「人間にはもう知られてねぇけど、この大会はもともと、四代目の魔王様が創設したんだぜ?」
「……ん? じゃあ、どうしてグランドノアで行われるようになったんだ?」
「ここが4世陛下の凄いとこでさ! 当時、人間と魔物はお互い距離がありすぎて──」
アイシスは楽しげに解説を始めた。
四代目魔王――アリスフィーズ四世は、政治家として非常に優秀で、人望も厚く、多くの実績を残した人物だという。人間の国家と初めて和親条約を結んだのも彼女であり、武王杯はその偉業を記念して設けられた大会なのだとか。ちなみに“武王”の名は、アリスフィーズ四世の母であり、武名高きアリスフィーズ三世に由来するらしい。
「それだけじゃなくてさあ! アタシが学んだ魔王法典も4世陛下が編纂したもので──」
アイシスはテンションを上げ、早口で語り続けた。
どうやら、彼女はアリスフィーズ4世を相当尊敬しているらしい。ここまで熱く語る姿は滅多に見られない。俺は相槌を打ちながら、アイシスの話に耳を傾けた。
ふと隣を見ると──ぺこが窓の外の夜空をぼんやりと眺めていた。
その先には、キラキラと輝く星々が瞬いている。
「知識とは……深淵なる力の次元にあるのだな……」
「宇宙ぺこだ……」
どうやら、難しい話を聞きすぎて、ぺこの脳がオーバーヒートを起こしてしまったらしい。
このままでは脳に栄養を回しすぎて空腹になってしまうかもしれないと思い、俺は追加でハンバーグを注文した。
「──それで、それで……聞いてるか? ミクリ? エクレア?」
「う、うん……」
「き、聞いてますわ~……」
エクレアとミクリは苦笑いを浮かべ、明らかに辟易していた様子だった。
・・・・・
アイシスのありがたーい講義は、食堂の閉店時間まで続いた。
そのあとも、酔ったアイシスに連れられ、グランドノアの広場で講義は続けられることになった。
「なるほど……魔王の王権というのは、そこまで強力に守護されたものだったのですね!」
「私は英雄ハインリヒの時代──アリスフィーズ8世の時代を専攻しているのですが、かの時代において魔王法典の権威は大きく損なわれていなかったのでしょうか?」
「おっ! その時代についてなら、アタシより詳しいのはあんま居ないだろうな! まず、8世のアホは魔王法典を軽視することはあまりしてなくて、むしろ、妹ちゃんの9世のほうが軽んじてたんだ」
アイシスはグランドノアで歴史を研究する学者たちの注目の的になっていた。
気がつけば広場は講義の場と化し、彼女はいつの間にか眼鏡をかけていた。なにか言うたびに眼鏡をクイッと動かす仕草が、ちょっと気になる。
「もぐもぐもぐ……意外な一面だな……」
「そうだな」
俺とぺこは、その様子を眺めながら、食堂で作ってもらったハンバーガーを頬張っていた。
ミクリとエクレアは知恵熱でダウンしてしまったので、宿のベッドに放り込んである。
「面白いことに、魔王法典に照らし合わせると9世のほうが違反行為が多いんだよ。まあ、後々の行いは悪いもんじゃなかったから、どっこいどっこいって扱いになってるけどな!」
「なるほど……。本来ならば9世は処刑されてもおかしくない状況だったんですね?」
「そうだな! ちなみに、8世のアホが数少ない、魔王法典に逆らったのはその部分なんだよ。当時、反乱は死罪を持って償わせるのが通例だったからな。王権の揺らぎを避けるために」
「聞いていると、グランドノアの法に似通った部分があるような気がしますな……」
「それは敬愛する4世陛下がこの地域と交流を持っていたからかもな! 五日後に開かれる武王杯は4世陛下が記念で作り出したものだし。推測だが、この国の法律の草案に魔王法典が参考にされたんじゃねえのかな?」
「なんと! 武王杯はそういった由来だったのですか! 人間側には資料が残っておらず、長年の疑問だったのですが……」
日が落ちて、人通りが少なくなってきたにも関わらず、まだまだ熱心な方々。
ハンバーガーがなくなったので、俺とぺこは先に宿に戻ることにした。
・・・・・
──朝。
「11世陛下が優秀な点は、放漫財政に切り込んだ部分だけじゃなくて、緊急時の緊縮財政政策を確立されたところにあるんだ。そのおかげで14世陛下の時代に発生した、未曾有の経済危機を乗り切ることができたわけだ」
「……我がぐっすり寝たあとも、ずっと喋り続けていたのか?」
「なんなら学者の数が増えてるな。……あそこにいるの、女王陛下じゃないか?」
「聞かなくても、見ているだけで頭が痛くなってきますわ~!」
「そうだね……」
広場には二十人を超える人数が集まっており、昨日よりも騒がしくなっていた。
どう見てもグランドノアの女王陛下が、側近らしい妖魔を連れてアイシスの講義を受けている。彼女は時折うんうんと頷きながら、熱心に聞き入っていた。
「なるほど……。そういった経緯があったのですね。我が国としても耳の痛い話です」
「緊縮財政政策については、参考になる部分が多いですね。メフィスト、早速検討を」
「はい、女王陛下……」
「じゃあ、これで終わりにしとくぜ。アタシは武王杯に出場するからな! 応援してくれよ~!」
アイシスが締め括ると拍手が沸き起こった。
そして満足そうな顔をしてこちらにやって来る。
「久しぶりに賢い話ができて楽しかったぜ!」
「一晩中ぶっ続けで講義をするのは賢い……のか?」
「学習効率としては最悪ではないか? 我には分からんが」
「頭痛が……痛い……」
「頭がクラクラしますわ~……」
すっかり上機嫌のアイシス。
ミクリとエクレアは心底信じられないと言った感じでアイシスを見つめていた。
「とりあえず、宿で休んだらどうだ? さすがに疲れてるだろ」
「そうだな……言われると、なんか急に眠くなってきたかも」
目を擦るアイシスを連れ、俺たちは宿に戻った。