街を歩けば、立派な装備を身に着けた冒険者たちや、個性豊かな魔物たちの姿があちこちに目に入った。
喧騒と活気に満ちた空気が肌を包み、街全体がどこか気力が入ったように感じられる。
武王杯に出場するため、各地から腕自慢たちが集まってきたらしい。
話によれば、グランドノア中の鍛冶屋は武具の調整でてんてこ舞い。稽古場もまた、大勢の人で賑わっているそうだ。
この活気ある喧騒の最中、力の同盟はというと――。
「今日は卵とミルクを使ったサンドイッチを作ったんだ。どうだ?」
「ふわふわだ……美味いぞ、ヴェーク」
「ほわぁ~!! ぽかぽか陽気にピッタリなお料理ですわ~!」
「うまい……! うまい……!」
「んん~、これだよこれ! 分厚い卵サンドイッチって、サイコーに心が満たされるよな!」
みんなで、グランドノア近くの湖畔へピクニックにやって来た。
北を見れば、豊かな森と、そびえ立つグランドノアの魔導学園。その間を抜けて、心地よい風が吹き抜けていく。
俺たちは大きな木陰に腰を下ろし、昼食を楽しんでいた。
湖面を眺めれば、ときおり魚が跳ね、その波紋が静かに広がっていく──実に穏やかな光景だ。
「ふ~、天気も良くて、飯も美味くて今日はピクニック日和だなぁ──じゃなくてー! アタシらがここに来たのはのんびりするだけじゃなかっただろー!?」
「そういえば、なにかの練習で来ておったのだな。すっかり忘れておったわ」
「このまま、のんびりしない……?」
「ちょうデッカいちょうちょですわ~!」
俺が作ったレジャーシートの上から立ち上がり、アイシスが怒ったように声をあげた。
今日ここにやって来たのは、彼女の提案だ。本来なら、もうすぐ開催される武王杯に向けて訓練をするはずだったのだが──。
俺たちはすっかりピクニック気分。
訓練の“く”の字もない。ぷんすかと怒っているアイシスをよそに、ぺこは両手にサンドイッチを抱え、ミクリとエクレアは蝶を追いかけてはしゃいでいた。
俺は手を二度叩き、散漫になった空気をまとめる。
「のんびりしたいのは分かるけど、俺たちはもうすぐ武王杯に出る。ある程度、準備は必要だと思うんだ。下手な試合したら、観客が白けちゃうだろ?」
「もぐもぐ……それはそうだな。つまらん見世物よりも、退屈なものはない」
「スーパーエンターテイナーお姫様として、手は抜くべきではありませんわね!」
「ちょうちょ……」
俺の言葉に、ぺことエクレアはすぐさま同意の声を上げた。
ミクリは名残惜しそうに蝶を眺めながらも、しぶしぶ頷く。アイシスは満足げな笑みを浮かべ、皆を引き締めるように告げる。
「武王杯は最大六人までチームを組める。つまりアタシらは今、一人足りていない! この穴を埋めるには──連携!! 息の合った連携が大事になってくるはずだ!」
四人制の女王杯とは異なり、武王杯は六人制だ。
一人増やすことも考えたが、急にチームに加わってもまとまりがつかない可能性が高い。そこで、このまま五人で挑戦することにした。
「……決勝まで、全員ぺこが相手を飲み込む技で倒しちゃ駄目か? あれでだいたい何とかなるし」
「駄目に決まってんだろ! ヴェーク! お前は今回、ウォークとして客に見られんだぞ!? 後ろで腕組みして高みの見物なんてしてたら、読者はガッカリするだろ!」
「──はっ! それはそうだ」
俺は今回の大会に、ウォークとして出場する。
仲間の戦いをただ傍観するなんてことをすれば、俺のイメージは間違いなく落ちるだろう。
それに、評判が落ちれば本の売上にも影響しかねない。
食費が稼げなくなるなんて……考えただけで背筋が寒くなる。
「よし、真面目に考えよう。連携だったな……。まずは、全員の役割を明確にしとこう」
まずは、全員の得意分野を整理することにした。
・・・・・
今までを振り返ってみると、力の同盟でまともに連携したことなんてなかった。
道中で荒っぽい魔物に襲われることは何度かあったが、俺が咆哮すれば大抵は逃げてしまうからだ。
それに、みんなそれなりに鍛えているから、基本的に一人でも対処できてしまう。
今回の旅でも、砂漠で遭遇した服泥棒のサキュバス以外、手こずるような相手はいなかった。
アイシスは全員を横一列に並ばせ、順番に一人ずつ質問を浴びせていった。
その鋭い視線と無駄のない動きは、まるで鬼軍曹のようだった。
「じゃあ、まずはぺこ! 得意な技を教えてくれ!」
「丸呑みだ。今回のコロシアムでも、相手を徹底的に溶かし、圧倒的な勝利をもたらしてやろう」
「スプラッター過ぎんだろ! 丸呑みは禁止!」
「ならば……七割ほど溶かしてから吐き出すことにしよう」
「逆にグロいわ! それも禁止! ぜってぇ禁止!」
アイシスはぺこに釘を刺す。
ぺこは不満そうだが、武王杯はあくまでも試合。殺し合いをするわけではない。俺も、この意見には全面的に賛成だ。
「むむ、ならば……触手で攻撃をするのはどうだ? 拘束したりする技もあるぞ」
「おぉ~! そういうのを求めてたんだよ! うーん、役割で言えば……前衛になるのか? 次、エクレア!」
エクレアはぴょこぴょこと跳ねながら、元気よく何度も手を挙げた。
「はいですわ! 相手をボコボコに殴るのが得意ですわ!」
「よし! エクレアは……前衛だ! 次、ミクリ!」
「相手を殴るのが得意……」
「……前衛だな!」
「おい待て」
俺は思わず横槍を入れた。
アイシスに任せようと思っていたが、このままではいくらなんでも極端すぎる。
「一応、聞いておくけどさ。アイシスはどのポジションを担当するつもりなんだ?」
「アタシはもちろん前衛だぜ! 自慢の拳で対戦相手をブッ飛ばしてやる!」
「五人中、四人が前衛で敵に殴りかかることに違和感はないのか? なんかこう、あるだろ!」
「じゃあ、そういうヴェークはどうするつもりだったんだよ? ん~?」
「……前衛に立って、鎧で相手に突っ込もうかと思ってました……」
アイシスにジトっとした目で睨まれる。
まさかの前衛比率百パーセントである。このまま出場していれば、華々しさの欠片もない、蛮族たちによる拳の宴が開かれるところだった。
・・・・・
サンドイッチが入っていたバスケットを片付け、今度はパンとシチューを食べることにした。
この地域の名物、ノアパンは食感がカリカリでサクサクしており、シチューとの相性は抜群だ。俺たちはレジャーシートに腰を下ろし、改めて役割分担を考え始めた。
「ぺことアイシス。前衛はこの二人で良いと思ってる」
「ぶー! ですわ!」
「エクレアはほら、歌と踊りでフォローに入る役ってことで。全員が前に出て殴るだけじゃ面白味に欠けるだろ? 後衛にだって目は向けられるし、華はあるぞ」
「むう……その意見にも一理ありますわ。花とはどこにでも咲くもの……分かりましたわ! ワタクシはお姫様らしく、バックアップに徹しましょう!」
エクレアは納得したようで、喜んでシチューを食べ始める。
次は、俺の顔を尻尾でバシバシ叩いて抗議するミクリの説得だ。
「ミクリは前衛寄りの中衛を担当してもらいたい。臨機応変に忍術を使って、相手を撹乱するんだ。どうだ? 一流の忍者っぽくてよくないか?」
「悪くはないかな……。乗せられてるみたいで、ちょっとムッとするけど……」
俺の問いかけに、ミクリは頷いた。
忍者らしい動きができるという説得が、どうやら彼女の琴線に触れたらしい。
「アタシとぺこは普通に戦うとして……ヴェークはどうすんだ?」
「俺はほら、今回はウォークとして出るわけだから。弓を使って援護しないとな」
弓の話題を出すと、全員が怪訝そうな顔をする。
そういえば、俺が弓を使う姿を見せたことがなかった。
弓を使うのは、本気で戦わないと勝てない相手と出会ったときだけだ。それに、弓を使っているとウォークだとバレてしまう可能性もあったので、普段は拳とタックル、咆哮で乗り切っている。
「本当は隠し玉なんだけど、今回はウォークとして試合に出るわけだしな。逆に使わないと怪しまれるかもしれん」
「ああいや、弓が得意なのは本で知ってるけどさ。……その弓、なんかキモくね?」
「グロいですわ~! キモいですわ~!」
「ぷにぷにしてて、きも……」
俺の手には、うねうねと蠢く赤黒い弓が握られていた。
スルーしてほしかったが、やはり突っ込まれたか……と心の中で呟き、溜め息を吐きながら答える。
「いや、最初は普通の弓だったんだ。ルシフィナさん──俺の師匠から貰った『竜殺しの弓』っていう弓が……いつの間にかこんな感じになっててさ」
「どうしてそんなんになったんだよ?」
「ぺこがうっかり間違えて食べたあと、吐き出させたらこうなってた」
「なんだ、文句があるのか……? 我のおかげでオシャレに仕上がっているではないか」
「オシャレな弓か? これが……」
俺以外からの批判を浴びて、不機嫌そうにするぺこ。
見た目はちょっとアレだが、性能は以前より格段にアップしているので使っている。しかし、やっぱり少しグロテスクで、正直俺も扱うのには少し躊躇してしまう。
「ふん。芸術の分からん素人脳筋ポンコツ連中め……。ヴェーク、この弓の良いところを紹介しろ」
「えっ、俺がアピールするのか? ……えーっと、この弓の一番便利な部分は、矢の用意が必要ないところだな」
「まあ、本当なら便利ですわね! でも、矢が無いのにどうやって撃ち出すんですの?」
俺は弓を構え、狙いを定めた。
すると、弓本体から赤黒い矢がじゅるじゅると生まれる。誕生した矢を引き絞り、俺は放った。矢はビュッと風を切り裂き、空高く舞い上がる。
「ふふん。どうだ? 素晴らしい弓であろう?」
「気持ち悪いですわ~!」
「きもちわるい……」
「なんか、正気度が下がりそうだな!」
「……そこまで言わなくても良いではないか……」
さすがに言われすぎて傷ついたのか、ぺこがいじけて地面を指でつつき始める。
俺は彼女に駆け寄り、声をかけた。
「真の芸術は理解されにくいんだ。これもまた……個性だな。この弓にはいいところがいっぱいあるぞ! えっと……うん、個性的……個性的な部分が良いと思う。食べ物を与えるだけで簡単に維持できるのも、またいいな」
『喰ワセロ……ニンゲン……喰ワセロ……』
「その弓、なんか喋んなかったか? 誰か、アタシの正気度をチェックしてくれ」
「ひえっ……。えんがちょ……。エクレア、えんがちょ……」
「きっも!」
「……我のセンスは……悪くない……」
「大丈夫だ、ぺこ! キモくない! キモくないから! ダークファンタジー感があって、俺は格好良いと思って使ってるぞ! うん!」
グランドノアへ戻る道中、俺はしょんぼりするぺこを必死に慰めることになった。
・・・・・
あれから、俺たちは連携の練習を行うようになった。
再びピクニックをした草原に足を運び、用意してきた丸太を的に、あれこれ試していく。
「──ほぉら!」
ぺこの触手が何本も一斉に伸び、丸太を絡め取って宙へと持ち上げた。
「アタシに任せろ! おらあ!!」
そこに、アイシスが拳を高く振りかざして飛び込み、勢いそのままに丸太を殴りつけた。
鈍い衝撃音とともに木材はバラバラに砕け散り、破片が草原の上に雨のように降り注ぐ。
「忍奥義・火遁焔舞……!」
そこへ、ミクリが印を結び、忍術で業火を呼び出した。
炎は飛び散った破片を逃さず包み込み、轟々と燃え上がる。
「ファイト! ですわ! ファイト~!」
エクレアの踊りが俺に活力を与え、力が体の底から湧き上がる。
俺は最後の仕上げに弓を構え、呼吸を整えた。
次の瞬間、六本の矢が閃光のように放たれ、一直線に炎の渦へと消えていく。
矢の風圧で炎が晴れると、灰と化した丸太が空に舞っていた。
その光景を見て、俺たちは思わずハイタッチを交わす。
「今のはかなり良かったんじゃないか?」
「うむ……完璧と呼んで差し支えないだろう」
「ああ! かなりいい感じだな! アタシらの連携技──完成だ!」
「強力……最強……無敵……」
「これなら優勝間違いなしですわね~!」
練習を始めてからまだ日も浅いというのに、俺たちの呼吸は驚くほど噛み合っていた。
普段から一緒に筋トレを重ねてきたおかげで、お互いの力量や癖はすでに把握済みだ。その積み重ねが今、しっかりと形になっている。この調子なら、十分に実戦で通用するだろう。
「あの~、すいません。……少し、意見を述べて良いでしょうか?」
盛り上がりの裏で、背中にメリーを乗せたエリゴーラさんが控えめに手を上げる。
彼女には今回、俺たちの動きを見てもらうために同行してもらっていたのだ。
エリゴーラさんはヴァルキリーであり、戦闘面での知識や技術にも精通しているそうだ。
さらに、“瞑想”と呼ばれる特殊な秘技によって、傷を癒やすことができるらしい。試してみたが、残念ながら力の同盟で使えたのはミクリだけだった。
「エリゴーラさん、先程の連携技に何か問題がありましたか?」
エリゴーラさんはしばらく考え込む素振りを見せ、逡巡したあと、ようやく静かに口を開いた。
「ええっと……。皆さん、今の技を試合で使用するつもりですか?」
「ああ! 全員で頑張って考えたこの技を使って、このまま優勝まで行くぜ!」
「魅せることも忘れず意識した……完璧な連携技……」
「ワタクシの影がすこーし薄いのが気になりますが、許容範囲ですわ!」
エリゴーラさんは眉を寄せ、じっと考え込む。
言葉にしようかどうか迷っているのか、何やら言いたげな空気が漂っていた。
「……もう一度、確認なのですが。これはコロシアムで試合中に使う技ですよね?」
「そうだが? 我が捕まえた獲物をアイシスが打ち砕き、ミクリが燃やし尽くす。そして、エクレアの支援を受けたヴェークが木っ端微塵にする。はは、どうだ? 見栄えも良かろう?」
「……威力が強すぎる気がします。頑丈な魔物相手ならともかく……。いえ、頑丈な魔物でも跡形も無くなってしまいそうですが……」
「こんなの喰らったら、大体みんな消し炭なのら……」
「あっ」
俺は思わず声を上げてしまった。
そういえば、そうだった。
今は的相手に練習していたから忘れていたが、コロシアムでは魔物や人間に実際に攻撃を放つのだ。途中から俺たちは連携そのものではなく、連携技の精度を磨くことが楽しすぎて集中してしまい、肝心な部分を忘れていた。
「……これは封印だな。いや、なんとかして使いたい。今からでも改良案を出そうか」
「むむ、我が考える限り最も美しい連携技だったのだが」
「まっ、しゃあねえか。対戦中に事故でもなんでもなく、相手を消し炭にしちゃったら、問題になっちまうからなぁ~……」
「方向性は悪くなかった……。次は、もっと威力を抑えてみよう……」
「なら、ワタクシはもっと目立つように工夫してもよろしくて!?」
それぞれ反省点を話し合い、新しい戦術のアイデアを出し合う。
俺たちは夕方までひたすら没頭し、何度も修正を繰り返しながら、連携を磨いていくのだった。