四大国間の戦争は──ついに終わりを告げた。
サバサ女王と同じく妖魔に操られていたグランゴルド王の正気を取り戻し、ルカは人々から“救国の英雄”と称えられる存在となった。
諸国の王と廷臣たちが和平交渉を続ける中、役目を果たしたルカ一行は、束の間の休息を得る。
その日、ルカはアリスと肩を並べ、平和に沸き立つグランドノアの街を歩いていた。
「良かったね。アリス」
「もぐもぐもぐ……うまい♪」
アリスは両手にパンを抱え、幸せそうにかじりついていた。
ほんの数個だけ買うつもりだったルカだが、パン屋のお姉さんは『英雄に感謝を込めて』と、焼きたてを次々と詰めてくれた。気づけば、袋はずっしりと重く、アリスの笑顔は満開だ。
ルカは街を歩きながら、これまでのことを振り返った。
異世界への扉を抜けた先には、混沌が広がって崩壊する世界が待っていた。
次元の亀裂が世界を覆い、混沌が空間を侵食。ルカ一行はその世界に唯一残っていた、ラ・クロワから一冊のノートとラディオを預かり、元の世界に戻った。
混沌が──数多の世界を呑み込みつつあった。
世界の危機は刻一刻と迫っている。だが今だけは、その訪れを忘れ、束の間の平和を味わうことにした。
「ん……? あれって……」
ルカの視線は、グランドノアの中央広場へと向かう。
花々の世話をするアルラウネの傍らには、仲間の妖狐であるきつねとかむろが並び立ち、どこか困惑した表情で花壇を見つめていた。
「せ、先輩……どうしましょうか?」
「えっ、えーっと……衛兵さんに通報する? でも、あたしたちの仲間だから、捕まったら困るんだよね……?」
「そ、その……村長さん? そこはお花のために新しく整備した花壇でして……」
三人は花壇の周囲を、落ち着かない様子で歩き回る。
不思議に思ったルカは、彼女たちに近づき、事情を尋ねることにした。
「どうしたの?」
「あっ! ルカ! ちょうど良かった! 実は、魔物に花壇を占領されちゃったんだけど……」
「それが、その……」
きつねとかむろは一点に視線を集中させている。
視線の先には、綺麗に整備された花壇。雑草一つ生えておらず、ふかふかで上質な土の中に──下半身が埋めた緑色の女性がいた。
「何をしているのだ……プリエステス」
「土に埋まっているのですよ。セミの幼虫はこうして、何年間もの間を土の中で過ごすそうです。私もそれに習い、土の中で何年か過ごそうかと思いまして」
「そ、そうなんですね……」
土に埋まっていたのは、仲間のプリエステスだった。
ストレスが溜まると奇行に走る癖のある彼女だが、どうやら今日は格別に“元気”らしい。
「アルラウネが困ってるよ。とりあえず、土から出すね」
「やめてください。セミは短命なのですよ? 刹那のまどろみを妨害するなんて……そんな残酷なことをして何になるのですか」
「君はセミじゃないだろ……」
いつものようにこわばった笑みを浮かべ、プリエステスは無茶苦茶なことを口にする。
ルカは彼女の意見を無視し、彼女の体を土から引っこ抜き、花壇の縁に腰掛けさせる。プリエステスはジタバタと足を動かし抵抗していたが、すぐに諦めた。
「そこのお嬢さん。良い土を育てましたね。あなたにはプランセクト村の統治を任せます。これから頑張ってください」
「えっ、えっ?」
「聞かなくて良い。まったく、いつもおかしなことばかり言っているな」
「いろんな土壌と環境で、グリーンな職場が生み出されているのですよ。フフッ」
不気味な様子を見せるプリエステスに、全員が絶句する。
しかし当の彼女は気にする様子もなく、懐からある物を取り出した。
「それはそうとして。我が友、ヴェークの情報が手に入りましたよ。山のような書類の下に埋もれていたので、今まで発見が遅れていました。こちらをどうぞ」
「えっ、ああ……ありがとう」
プリエステスから手渡されたのは、手紙だった。
ルカは丁寧に手紙を開く。そこには、見覚えのある字で文章が書かれていた。
「えっと……『プリエステスへ。君の水晶端末を借りました。本当は直接挨拶をしたかったんだけど──』」
手紙の送り主はヴェークだった。
内容は、知人に連絡するためプリエステスの水晶端末を借りたこと、本当は一言断りを入れたかったが不在だったため手紙で報告すること。そして、とても良いマキナを手に入れたのでプレゼント箱に入れて机の上に置いた、という旨が綴られていた。
「『ありがたいことに、魔王城への招待状を貰いました。当初の予定通り、これからヘルゴンド大陸に向かおうと──』」
「なに!? 余の城に招待されただと!?」
「魔王城ってさ……あの、魔王城?」
「それしかないですよ、先輩……」
アリスは驚いた様子で声をあげた。
ルカは手紙を読むのをやめた。最後の文章だったので、これ以上読む必要がなかったからだ。ルカは手紙を丁寧に折りたたみ、プリエステスに返す。
「なんと。あの音楽再生マキナはヴェークの贈り物だったのですか」
「知らなかったの?」
「ある日、机の上に見知らぬプレゼント箱が置いてあったんです。私は自分の命を狙った爆弾だと思い、喜んで開封しました。残念ながら、結果はご覧の通りですね」
「ああ、うん……。アリス、これでヴェークさんがどこに向かってたか分かったね」
「人の身でヘルゴンド大陸に乗り込む気だったとはな。まあ、ウォークがあの本の通りの人物ならやるだろうと想像はできるが……」
アリスは腕を組んで頷く。
ルカは手紙の内容を思い返しながら、彼女に問いかけた。
「ねえ、アリス。魔王城に招待って誰でも可能なの?」
「ドアホめ。そんなわけなかろう。最低でも四天王クラス……それか魔王本人が認めないと無理だぞ。余はこんな話、まったく聞いておらん」
アリスの言葉に、ルカはハッとさせられた。
これまで当たり前のように各国の王城へ迎え入れられてきたせいで忘れていたが、本来はそう気軽に足を踏み入れられる場所ではないのだ。
「じゃあ、ヴェークさんは四天王の誰かから招待されたってこと?」
「そうなるな。可能性として考えるなら、グランベリアかアルマエルマだろう。ワールドウォーカーに熱を上げておった二人だからな」
「そうなんだ……アルマエルマはともかく、グランベリアは意外だね」
「本人は隠していたつもりだろうが、あれほど露骨だとバレバレだ。ウォークの新刊が出ると予告された日は、絶対に休暇を申請していたからな」
剣に生きる孤高の武人の意外な一面に、ルカは内心で少し驚いた。
「……余の城にウォークが来たという話は聞いておらん。魔王城には来客も多いが、大半は魔物ばかり。噂すら立っていないとなれば、余が居たころには、到達していなかったのだろうな」
「招待した人が隠したって可能性はない?」
「それはありえん。人間を招くなど、四天王の忠誠心が疑われかねぬ行為だ。とはいえ、今は別に人間の立ち入りを禁止しているわけではない。事前に話を通しておけば、余も許可を出しただろうし、隠す必要はなかっただろうな」
アリスはそう言って、両手のひらを上に向けると、軽く肩をすくめた。
・・・・・
──ポケット魔王城、会議室にて。
ルカは新たに仲間になった精霊に、これまでの旅路を話すことにした。そして、ヴェークがウォークであったこと。どうやら、魔王城がそびえるヘルゴンド大陸に向かっていたようであること。
「トカゲ……サラマンダーに会う理由が増えたわね」
水の精霊である、ウンディーネがそう言った。
彼女の言葉に同意するように、土の精霊であるノームがこくこくと頷く。
「サラマンダーには力を貸してもらうために会う予定だったけど……どうして?」
「あのトカゲが突然やってきて自慢してたのよ。見どころのある人間に力を貸して、少し手ほどきをしたって。ヴェークのことだったのね。あの子、まだあんな無茶を続けてるのかしら……」
「……」
「あの人がウォークさんだったんだね~。あたし、持ってた紙を空に飛ばしたり、森の中に隠したりするイタズラしちゃったけど……い、いたいよー! どうして叩くの~!?」
ノームが無言で、シルフをポコポコ叩く。
ルカは少しだけ申し訳なく思いながらも、苦笑を浮かべる。
「ちょっと待て……ヴェークは四精霊と面識があるのか?」
「そうね。スライムの一族、ラ・モード家の子を助けてくれたお礼に、泉で宴会をしたの。そのときに少し戦ってから、力を貸してあげたわ」
「森の中で追いかけっこをしたんだよ! あたしを捕まえることができたから、力を使いこなせるだろうと思って貸してあげたの!」
「……」
「ノームちゃんは、遺跡を荒らしてたサンドワーム娘を追い返してくれたお礼に渡したんだって~」
驚くことに、ヴェークは四精霊の力を借りているらしい。
ルカが尊敬する伝説の勇者ハインリヒのようで、南の勇者と呼ばれる所以も納得できるものだった。
「父さんの言っていた……歴史を正しく辿ることと、関係があるのかな?」
「無いのではないか? あの言葉はお前に当てられたものだったしな。……ヴェークが精霊の力を手に入れた順番は分かるか?」
「あたしが最後だったよ! 力を貸してあげるとき、すっごく驚いたなぁ~。ヴェークは器がすっごく大きいんだよ~!」
「シルフが最後なら、僕とはまったく違う順番だ。たしかに関係は無さそうだね」
「ノーム、私、トカゲ、シルフの順番だと思うわ。ふふふ……私が先に力を貸したって知ったときのトカゲの顔、今思い出しても笑えるわね……」
ウンディーネはくすくすと笑った。
ルカはこれから、サラマンダーの力を借りる予定だ。しかし、どうにもウンディーネとサラマンダーは仲が悪いらしい。
炎と水──彼女たちが出会ったとき、どんな事態になるのか、少し不安が胸をよぎる。
ハインリヒやヴェークさんはあの力を使いこなせたのだから、自分も大丈夫だと……ルカは信じたかった。
・・・・・
精霊たちが去ったあと。
会議室の机の上に、とあるマキナが置かれていた。ルカの正面には、ワクワクした表情の天使の仲間──プロメスティンが座っていた。彼女は複数のマキナを持ってきて急にセットしたかと思えば、そのうちの一つをルカに手渡してきたのだ。
「さあ、使ってみてください! 中の電波増幅装置を改良し、範囲を飛躍的に向上させました! ほんの少しだけ、脳波に影響が出るかもしれませんが──おそらく大丈夫です!」
「本当に? 心配だなあ……」
「おいおい、これ高いんだぞ? ミニの尻尾を百本抜いても買えない貴重な品だ。何かあったら許さねえぞ」
「そ、そんなに高価だったのか。高さが枕にちょうど良くて、お昼寝に使っていたのだ……」
「たまにホカホカしてたのはそれが理由か! また尻尾抜くぞ!?」
以前、ルカはダリアから通信マキナを預かり、プロメスティンに改良を依頼していた。
性能が上がっているらしいが、少し不安だ。プロメスティンが自信満々に改良した通信マキナをルカは使ってみることにした。
「このボタンを押せばいいんだよね? よいしょっと」
カチっとマキナのボタンを押す。
すると、マキナからザーザーと雑音が聞こえてきた。
「繋がりましたが、ノイズが酷いですね……。しかし、通信はかろうじて行えているようです。向こうが反応してくれればいいのですが……」
しばらくの間、マキナからは雑音しか聞こえなかった。
しかし突然、どこかで爆発があったかのような衝撃音が響くと、直後にマキナのスピーカーから、焦った様子の声が聞こえてきた。
『この……ま…………ジ……で……わ~!』
「声が聞こえたのだ! ヴェークか!?」
「しーっ! 静かにしろ!」
騒ぐミニを注意するダリア。
ルカは音量を調整しながら、通信マキナに耳を傾ける。だが、マキナ越しに聞こえてくる声は途切れ途切れで、内容をつかむのが難しかった。
「おそらく、道具袋の中にスイッチを入れたまま入れているのでしょう。これだけ雑音が混じっているということは、相当遠くにいますね」
「そうみたいだ……待って、他の人の声が──」
『…………よ! ヴェ……! 前は……やって……た……よ!』
『腹が…………な……そ…………食に…………か?』
『いや……あ……は……ディ……弱って…………』
「ヴェークの声だ! おいヴェーク! どこほっつき歩いてんだ、アホ! 世界の危機が迫ってんだぞ!?」
ダリアは通信マキナに向かって叫ぶが、返事は返ってこない。
どうやら一方通行の通信になっているらしい。悔しそうに、ダリアは唇を噛みしめる。
『オバ…………! 若…………!』
『なん……!? ……は……まだ……!!』
「誰かと言い争いをして──」
次の瞬間、通信マキナはぶつんと音を立てて切れた。
ルカたちは思わず顔を見合わせる。
通信マキナからヴェークさんの声を聞くことはできた。
それだけでなく、他の声も混ざっている。アイシスさんやエクレア、ぺこさんにミクリだ。さらに、聞き覚えのない女性の声まで混じっていた。
「向こうが持っている通信マキナの充電が切れたみたいですね……」
「おいおい、意味深な音声だけ流しやがって……。あいつ、一体どこで何やってんだ?」
「ヴェーク……」
「ふむ、これは……。なかなか面白いですね……」
プロメスティンが機械から吐き出された記録紙を見ていた。
彼女はそこに記されていた数値を見ると、嬉しそうに笑う。
「なにか分かったの?」
「ええ! それはたくさん! 逆探知を行った結果、判明したのですが……なんと驚くことに力の同盟の皆さんは──別世界に居るようです!」
「はあ!? あいつ、どんなとこ行ってんだよ!? ヘルゴンド大陸に行ったんじゃねえのか!?」
「ほえ~、凄いのだ……」
ルカはプロメスティンの言葉に驚いた。
自分たちと同じように、別世界へ行けるとは思っていなかったのだ。なぜかルカは、自分の力で空間を隔てる扉を開くことができる。しかし、話を聞く限りでは、別世界へ行くのは極めて困難なはず。
「気になりますね! ルカさんと同じように次元移動を行える方が居るのでしょうか? あるいは、私たちの知らない方法を発見したのか……」
「せっかく最近、ヴェークさんの正体について分かったのに、もっと謎が増えちゃったね……」
「あいつ、あたしにウォークだってこと秘密にしてた以外に、なんかあんのか……?」
「秘密の多い男なのだ!」
「まったく、何してんだか……」
こうして、力の同盟が生きていることが明らかになった。
しかし、ヴェークさんが別世界へ渡ってしまったという事実が浮上したことで、謎はさらに深まるばかりだった。