俺たちは王城に招待され、ささやかな祝賀会を開いてもらった。
戦時中ということもあって、並べられた料理や飲み物は華やかさこそあまりなかったが、どれも心のこもった品々で、十分な量が用意されていた。うちには量にも質にもうるさい奴がいるので、少し心配していたのだが、皿を前に満足げに舌鼓を打っている様子を見て、俺は胸をなで下ろした。
「もぐもぐもぐもぐ……」
「故郷の味ですわ! 故郷の味ですわ!」
「いてて、やっぱり急にする技じゃねえなあ……。それ、取ってくれるか?」
「寿司、寿司を補給しないと……」
俺は兜を少しずらし、フォークを口に運んだ。
ふと前方に視線をやると、グランドノア女王がこちらをニコニコと見守るように眺めているのが目に入り、背筋がピンと伸びる。
気分は、まるで試合本番のときと変わらないほどの緊張感だった。
付け焼き刃のテーブルマナーが今にも露見してしまいそうで、心配で仕方がない。
俺以外の四人は慣れた様子で、優雅に食事をこなし、テーブルマナーも完璧だった。
その様子を見て、なんだかとても悔しかった。
祝賀会は立食パーティーに切り替わり、仲間たちは思い思いに過ごすことになった。
俺はノア産のぶどうを使ったワインを飲んでいると、グランドノア女王がこちらに近づいてきた。
「ささやかながら、楽しんでいただけていますでしょうか?」
「ええ、はい。もちろん……!」
「そこまで緊張なさらず……と言いたいのですが、実は私も緊張しています。まさか、あの著名な冒険家ウォークと会食できるとは思ってもいませんでしたから」
グランドノア女王はそう言って、意味ありげに視線を横へ流した。
その先に置かれていたのは一つの棚。その一角には、俺の著した本が収められていた。ガラスの箱に厳重に封じられ、さらに目を凝らすと――複雑な魔法の守りが施されているのが分かる。
その本に、俺ははっきりと覚えがあった。
イリアスベルクの競売で落札された、サイン入りの一冊。エヴァがショートケーキと交換し、ミンクの手に渡った、あの本だ。やはり、あのとき競り落としたのは、グランドノア女王だったようだ。
「高貴な方にも読んでいただけているとは、至極恐悦です」
「どうかご謙遜なさらずに……。私はあなたの大ファンなのです。今回の武王杯でのご活躍を見て、さらに拍車がかかりましたよ」
グランドノア女王は、実に楽しそうに話してくれた。
武王杯での俺たちの戦いぶりを熱心に語り、本の中に書かれている些細なエピソードにまで触れて笑顔を見せる。
俺はといえば、緊張で喉がこわばりながらも、なんとか相槌を打つのに精一杯だった。
正直なところ、自分の本をここまで熱心に読んでもらえるのはありがたい。だが同時に、大国の女王が熱烈な読者だなんて、畏れ多すぎて居心地の悪さすら覚えてしまうのだった。
「配下のものには、あなたの本の中での活躍を疑問視するものも居ました。ですが、今回の大会を見て、彼らも考えを改めたようです」
「私は以前から疑ってはいませんでしたよ?」
そのとき、グランドノア女王のそばから、すっと一人の魔物が姿を現した。
深い色合いのローブに身を包み、頭には魔法使いらしいとんがり帽子を被っている。背後からは存在感のある大きな黄色い尻尾がのぞき、思わず目を奪われた。
「ご挨拶が遅れました。私はグランドノア魔導顧問メフィスト。魔術師の育成及び、女王陛下の相談役を務めております」
「冒険家ウォークです」
俺とメフィストは簡単に挨拶を交わしたあと、固く握手をした。
間近で見ると、やはりどこか怪しげな雰囲気を纏った魔物だ。しかし女王の相談役を務めているのなら、その実力も人柄も信頼に足るのだろう。
それに、その名には聞き覚えがある。
たしか魔導学園の長を務める人物であり、名高い魔導師の一人だったはずだ。
メフィストはそんな俺をじっと見据え、まるで品定めするかのように視線を動かす。
そして次の瞬間、口元に不敵な笑みを浮かべた。
「もう少しこう、無骨で豪胆な人物を想像していたのですが。ああ、いえ……別に悪い意味で言ったわけではありませんよ?」
「南の勇者なんて大げさに言われてますけど、実際のところ根っこは小市民ですから」
メフィストは俺の返答を聞くと、くすくすと笑い出した。
彼女は控えていたメイドに手を軽く振り、静かにワインを注がせると、グラスを指先で弄びながらゆるりと視線を流した。
その先にいたのは――アイシスと談笑するアルマエルマの姿。
「まさか、また先生にお会いできる日が来るとは思っていませんでした。相変わらず、知的なのか脳筋なのか分からない方ですね。そこが、実に面白くて魅力的な部分なのですが」
「先生って……あのアイシスが?」
俺が不思議に思ってそう言うと、メフィストは目を丸くした。
「おや、ご本人からはお聞きになっていないので? 先生は以前、魔王城にてしばしば講義を開かれていました。未熟だった当時の私は、一介の生徒として法学と政治学を学ばせていただいたのですよ」
その言葉に、俺は思わずアイシスへ視線を向ける。
ちょうど彼女はアルマエルマの尻を撫でようと手を伸ばし、容赦なく叩き落とされていたところだった。痛みに顔をしかめながら手をぶらぶらさせる姿は、どう見ても“先生”とは程遠い。
だが、メフィストの言葉に虚飾は感じられなかった。
彼女が語る声色には懐かしさと敬意が確かに宿っていたからだ。
メフィストはワインを一口で飲み干すと、また新たに注がせて唇を湿らせる。
そして、どこか上機嫌な様子で、さらなる思い出を紡ぐように話を続けた。
「時の魔王様は、先生を重宝されていました。あのお方は魔王城を空けることが多く、内政を任されていたのですよ。……当時の先生は、口を開けばそのことについて文句を言っていましたが」
「今の……メフィストさんと似たような立場だったってことですか?」
「そうなりますね」
俺は手元のワインを一口含み、視線をアイシスへ移した。
彼女は今度は、どこか不慣れな様子で給仕をしている赤毛の短髪のメイドに、ちょっかいを出していた。
戸惑うメイドに絡みながらも、妙に楽しげな笑みを浮かべている。
その姿を見ていると、とてもかつて魔王城で内政を担っていた人物とは思えない。
「ア、アイシス様……。えっと、とても胸が踊る試合でした。あたし……いえ、私はジュリアと申します。普段はメイドではなく、戦士として活動しておりまして。えっと……」
「……へへ、試合を見てくれてありがとな。メイド服、似合ってるぜ……」
「あ、ありがとうございます。その、一度お話をしてみたくて、知り合いのメイドに頼み込んでここに……」
「へえ……アタシとお近づきになりたいと……。むふふ……」
……このアイシスの態度には、見覚えがあった。
彼女には明確な好み――いや、正確に言えば性癖がある。該当する相手を前にすると、途端に態度がわかりやすく豹変するのだ。
鍛え上げられた体つきに、どこかボーイッシュな雰囲気。
そして仕上げに、メイド服。
「な、なあ……特別にアタシが鍛えてやるよ。今からこっそり、一緒に汗を流さねえか?」
「ほ、本当ですか!? ぜひ、お願いします!」
アイシスは挙動不審に手をもじもじさせながら、ジュリアをどこかへ誘おうとしていた。
その様子をじっと見つめていたメフィストは、少し困ったように口元をゆるめ、くすくすと笑みを浮かべる。まるで、予想通りの展開に内心ほくそ笑んでいるかのようだった。
「……まあ、教師としてはあまり良くなかったかもしれませんね。教え子にセクハラを頻繁にしていましたし。今なら……いえ、当時でも問題視されてしかるべき人物だったと思います」
「そうですね……。ちょっと失礼──おい、アイシス! 何やってんだ!」
コロシアムではあんなに格好良かったのに、台無しである。
俺はすぐさまアイシスを止めに向かったのだった。
・・・・・
結局、アイシスはジュリアを連れて、どこかへ消えてしまった。
さっきまで何をするにも痛い痛いと言っていたのに、随分と元気なものだ。
俺は会場に戻ると、エルベティエに声をかけた。
「あの、エルベティエさん?」
「呼び捨てて構わないわ……。あなたには同胞が世話になってるから……」
「それなら、そう呼ばせてもらうよ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
「どうしたのかしら?」
俺は、テーブルに手が届かずにぴょんぴょん跳ねるエクレアを見た。
皿のひとつを取ってあげたあと、エクレアに聞こえないようにそっと、エルベティエに声をかけた。
「美味しいですわ~!」
「その……エクレアは、元に戻るんですよね?」
「そのことなら、心配いらないわ。特殊な魔術で小さくなってるだけだから……時間経過で効果が切れるわ。明日の朝には戻ってるんじゃないかしら……」
エルベティエの言葉に、俺はほっと胸を撫で下ろした。
試合が終わってしばらく経つというのに、エクレアはまだ子ども状態のままだった。まあ、小さくなる前も中身は子どものようなものだったので、あまり変わりはないが……。
「なら良かった。エクレアがこのままじゃ困るからな」
「あなたのこと、よく話に聞いてるわ……イリアスヴィルの子たちからね」
「そうなのか……。悪い評判じゃなければいいんだけど」
エルベティエは俺の言葉に、ふふと笑った。
「ブーメランを投げるのが下手で、田植えが好き。子どものときに、村近くの毒沼から抜け出せなくなったこともある……」
「ええっ! ブーメランと田植えはまだしも、どうして毒沼のことを……? 誰も見てなかったはずなのに」
「スライムはどこにでもいるのよ。あなたみたいに目立つ人は、座っているだけでも情報が自然と入ってくるんだから……」
「そ、そうか……。恥ずかしいな……」
そう言うと、エルベティエは静かに窓辺に寄り、澄んだ夜空の星々を見上げ始めた。
スライムのネットワークは、想像していたよりもはるかに広範囲に及ぶらしい。俺はスライム族に対して、少しだけ恐怖を覚えたのだった。
・・・・・
しばらくエルベティエと星を眺めながら雑談したあと、ぺこの様子を見に行くことにした。
なぜか、たまも様はぺこによく話しかけている。
ヤマタイ村でもずっと一緒にいたし、仲が良いのだろうか。
それにしては、よく口論しているのだが……喧嘩するほど仲が良いというやつなのかもしれない。
そんなことを考えていると、ぺことたまも様の姿が目に入った。
ぺこは相変わらず、テーブルの料理を片っ端から平らげている。わたわたと慌てる数人のメイドに紛れて、なぜかたまも様まで給仕の手伝いをしていた。
「もぐもぐもぐ……」
「つ、疲れた……。ただでさえ尻尾の回復で魔素が足りておらんのに……」
「おかわりだ。早く持って来い。残りの尻尾を毟るぞ」
「暴君か、お主は! ほれ、ヴェークもなにか言ってやるのじゃ!」
たまも様が俺が来ていることに気付くと、助け舟を求めてきた。
ぺこも食事の手を止め、こちらに顔を向ける。
「狐が小うるさくてかなわん。ヴェーク、注意してやってくれ」
「ドアホめ! なんでウチが注意されねばならんのじゃ!」
「すいません、たまも様……。ぺこ、今日はこれくらいにして、デザートを食べて終わりにしよう。ほら、ちょうど向こうに大きなケーキが用意されてるぞ」
俺がケーキの置いてある方角を指差すと、ぺこは目を輝かせ、一目散にそちらへ向かっていった。
たまも様はほっとした様子で大きくため息を吐き、近くの椅子に腰を下ろす。俺は水を一杯持ってきて、そっとたまも様に手渡した。
「んっぐ、んっぐ……ぷへえ~! まったく、あやつには困ったものじゃのう!」
「まあ、そこが可愛いところなんじゃないですか? ああ、そうだ。試合の礼を言わないと。結界を張ってもらって助かりました」
「むむむ……割れ鍋に綴じ蓋かのう。結界の件は気にせずとも良い。ウチも久々に体を動かせて楽しかったわい♪」
たまも様はそう言って、自分の尻尾を撫でた。
毛並みこそ戻っているものの、まだわずかにボリュームが足りない。
ぺことの戦いも、それだけ激しいものだったのだろう。
俺はグランベリアの相手をしていたので様子を見られなかったが、相当な死闘だったに違いない。ミクリは早々に脱落していたらしく、ほとんど一対一の戦いだったようだ。
「あやつはその、よく食べるが……。お主は困っておらぬか?」
「あー、まあ……困ってないと言ったら嘘になりますけど、以前よりはマシになりましたからね」
俺はそう言って、たまも様の横に腰を下ろした。
出会った当初のぺこは本当に酷いものだった。
腹が減れば見境なく何でも食べようとし、人どころか、同族の魔物ですら襲うことをためらわなかった。けれど長い旅路を通じて、少しずつ自制を覚えるようになってきたのだ。まだまだ危なっかしいところは残っているが……。
「ミダス村のある出来事があってから、かなり食欲を抑えるようになってくれたんです」
「あやつが食欲を抑えるようなこと……。それは……かなり気になるのう。どのようなことがあったのだ?」
「えっと、鉱石学者さんからの依頼で、調査の護衛を請け負ったんです。力の同盟がまだ家に転がってきたばかりのころで──」
あれはまだ、力の同盟がお互いの距離感を探っていた時期のことだ。
ミダス村はイリアス大陸にある、畜産で栄える村である。力の同盟は当時、親睦を深めるための催しとして、この村へ小旅行に出かけていた。
「道中は順調だったんですけど、途中でぺこが勝手に牧場のブランド牛を何頭か焼いて食べてしまって……」
「容易に想像がつくのう……」
俺の手持ちのゴールドでは到底弁償できなかったため、現地で仕事を探すことにした。
そこで出会ったのが、鉱石学者のメイ・カラットさんだ。彼女はミダス廃坑での地質調査に同行してくれる護衛を探していた。もっとも、彼女に資金的な余裕はなく、報酬金は正直しょっぱい額だった。
しかし、ミダス廃坑はかつて金の採掘で栄えた金山。
今は廃坑となっているものの、まだ金鉱石が眠っている可能性はある。そこで、調査の副産物として得られるかもしれない金を探し、弁償費用を工面しよう――そんな話になったのだ。
「家に一度帰ればゴールドは用意できたんですけど、みんながやりたいって言い出して。俺も正直、やってみたいと思ったんで、依頼を受けたんです」
「ふむ、一攫千金を狙うか。……それこそ浪漫というやつじゃな!」
たまも様は、ふむふむと相槌を打ちながら耳をぴくりと動かす。
俺は水をひと口含み、喉を潤してから話を続けた。
「途中からメイさんも調査より金採取の方に熱心になって……。結局、みんなで金の発掘をすることになったんです」
研究資金が欲しいと真顔で語るメイさんの姿は、今でも印象に残っている。
俺たちは彼女の指示のもと、まだ未探索の可能性が高いエリアへと足を踏み入れた。最下層に到達すると、全員で掘り進めることになった。
「掘り始めてから一時間後くらいだったかな。空洞を見つけて、調べることになったんです」
「ほほう……!」
「奥に進むと──大きな金鉱脈を発見しました。それと、青く光る変な鉄の塊みたいなものがあって。危険かもしれないから、メイさんには下がってもらって、俺たちだけで近づいたんです」
力の同盟が近づくと、青い光は一度だけ強く輝き──気づけば消え失せていた。
不気味な色合いで、どうにも健康に悪そうだったので、体に異常がないかを念入りに確かめたが、特に問題は見当たらなかった。結局、アイシスが『焼肉用の鉄板にする』と言ってその塊を拾って持ち帰り、他は金塊を持って帰ることになった。
「そういえば、ミクリが帰り道でずっと変な予想をしてましたね。あれは宇宙の忍者が使う力が宿った鉱石で、体が岩になったりゴムになったりするかも……とか、なんとかって」
「うーむ、ウチもそのような話は聞いたことがないのう。青く光る鉄か……」
「それからですね。ぺこの空腹がマシになったのは」
「……そのようなことがあったとはのう。おそらく関連性はあるのじゃろうが……」
たまも様は唸りながら思案していたが、やはり情報が少なすぎたようだ。
青い光に包まれた力の同盟に、目立った変化は見られない。健康面も問題なく、むしろ体が軽くなったようにさえ感じられた。
ただ──ひとつだけ変わったことがある。
ぺこが以前より、飢えを訴えることが少なくなったのだ。
俺たちがそんな話をしているうちに、賑やかだった祝賀会も次第に落ち着き、いつの間にか終了の時間を迎えていた。
「まあ、食欲が軽減されたのは良いことじゃな。以前、ウチの家族が似た症状で困っておった。漢方薬を煎じても効果がまったく無くてのう……」
たまも様はそう言って、遠い目をしていた。
もしかすると、ぺこに構いたがるのは、その家族とどこか似ていたからなのかもしれない。時折、ぺこに向けるその眼差しには、保護者のような優しさがにじんでいて──それが彼女の過去をほんの一瞬だけ垣間見せるのだった。
「そのケーキはミクリが貰う……!!」
「駄目だ! 我が先に目をつけていたのだ!!」
「ケーキが欲しいからって、サンタの格好をしてアピールするなんてズルい……!」
「これは我のオシャレな私服だ! サンタではない!!」
そんな感傷めいた思いに浸っていると、ぺことミクリの言い争う声が耳に飛び込んできた。
顔を向けると、二人はテーブルの端で一つのケーキを挟み、にらみ合っている。どうやら、そのケーキを巡って対立しているらしい。
「まったく。いつまでも子どもじゃのう……」
「ミクリは成長してもこの様子かな……。おーい、二人とも! 半分ずつ分けろよ!」
俺は騒ぐ二人に近づき、仲裁に入った。
小さな争いの向こうにある、この平穏なひとときが、いつまでも続けばいいと願いながら。