親方に新たな装備の制作を依頼してから、四日が過ぎた。
力の同盟の面々は完成した装備を受け取りに、鍛冶屋に来ていた。
店内では、親方が布で見覚えのある黒い全身鎧を丁寧に磨き上げている最中だった。
やがて親方は俺たちの気配に気がつくと、手を止めて顔を上げた。
「親方~! アタシらの装備はできてるか~!」
「おっ、来たか!」
親方の挨拶も待たず、アイシスが弾かれたように駆け寄る。
目を輝かせ、今にも身を乗り出さんばかりの勢いだ。カウンターには、さまざまな装備品とアクセサリーが整然と並べられており、灯りを受けて鈍い輝きを放っていた。
「注文通りのものを用意しておいたぜ! それと……」
親方はそう言って、俺たちの後ろへ視線を向けた。
釣られるように振り返ると、そこには陽絹の姿があった。ニコニコと柔らかな笑みを浮かべ、ゆったりとした足取りでカウンターへ近づいてくる。
「陽絹、どうしたんだ?」
「うふふ、サプライズですよ。今回、私も装備の作成に参加させていただきました。……私の知人から素材を提供していただいたり、デザインを考えたりしました。皆さん、きっとお気に召すと思いますよ」
「ふん……」
「あー、あれか……」
隣にいたぺこが小さく鼻を鳴らし、アイシスは困ったように笑みを浮かべる。
そういえば陽絹は、時折『用事がある』と言って屋敷を留守にしていた。あのときの不在は、すべて親方と共に装備づくりに関わっていたかららしい。
親方の隣に、陽絹が並んだ。
彼女はどこか楽しげで、俺たちが新しい装備を受け取る瞬間を待ちきれないといった様子だった。一方でエクレアは、今にも身を乗り出しそうな勢いでカウンターを凝視している。やがて親方と陽絹は、丁寧に用意された装備を次々と俺たちの前へ並べていった。
「俺よりも、陽絹さんに紹介してもらったほうが良さそうだな。じゃあ、頼むぜ!」
「任されました……。では、ヴェークの装備から──」
陽絹は静かに息を整えると、品を手に取りながら説明を始めた。
その仕草はどこか誇らしげで、彼女自身もこの瞬間を心待ちにしていたことが伝わってくる。
俺の鎧は結局、作り直しになったそうだ。
俺たちが用意した鉄の塊を削り出し、新たに仕立てたほうが、より頑丈で機能的になると判断されたらしい。
「装備に加工する際に、様々な素材を混ぜ込んで耐久力を向上させました。細胞だったり、淫魔の尻尾だったり……」
「素敵なブーメランですわ~! むふふ……多くのスライムが羨ましがる姿が目に浮かびますわ~!」
「よっ! ほっ! 爪を使うのは久しぶりだけど、全然違和感ねえな!」
「オーウ……ヤマタイニンジャブレード……スゴイネ……」
「ヴェーク、今日の晩ごはん、我が腕を振るってやろう」
エクレアは新しいブーメランを手に、くるりと舞うように踊り出す。
ミクリはうっとりとした表情で忍者刀と手裏剣を眺め、刃先に映る灯りを指先でなぞっていた。
アイシスは慣れた様子で鉤爪を手にはめ、軽く振るって金属音を響かせる。
それぞれが思い思いに新たな装備を試し、喜びを隠しきれない様子だった。
――ただひとり、ぺこだけは違っていた。
彼女の手にあるのは、明らかに他とは毛色の異なるものだった。
「ぺこ、ちょっと聞いていいか? その、それってさ……」
「包丁だが?」
「ああ、やっぱり……。これは武器……なのか?」
「武器に決まっているだろう。敵を倒す以外に、料理にも使える。合理的だな」
ぺこは得意げに、ぎらりと光る包丁を掲げてみせた。
……まあ、今まで素手だったことを思えば、立派な進歩と言えるだろう。
「だが……ふむ。これはまだ我に似合うカスタムが出来そうだ。──あーん、もぐもぐもぐ……」
「おい! 何やってんだ!」
「見てるだけで痛いですわ~!!」
「朝飯は食べただろー!?」
「ひえっ……」
「……」
突如、ぺこが大口を開け、ためらいもなく包丁を口へと流し込んだ。
俺たちは一斉に息を呑み、慌てふためいて半ば悲鳴のような声を上げる。
しかし当の本人は何事もないかのように喉を鳴らし、そのまま飲み下してしまった。
ただひとり、陽絹だけが眉一つ動かさず、冷静にぺこの所作を見守っていた。
「──ぺっ」
「うわっ、出てきた! ん? これって……」
「あー、前にヴェークの弓をやったときと同じか?」
「任意で出来るようになったのか? どういう原理なんだ……?」
ぺこの口から吐き出されたのは、さっきとはまるで違う姿の包丁だった。
鮮やかな紫色を帯びていた刃は、黒打ちの包丁へと変貌し、鈍い光を放っている。形状自体は見慣れたはずの包丁なのに、どこか異様で、血の匂いを幻のように漂わせるその存在感に、背筋が思わず粟立った。
ぺこは満足げにうんうんと頷く。
「見せてもらえるか? ……ほお、なるほど……こりゃすごいな。仕組みはよく分からねえが、確かに性能が上がってやがる。……俺のトラウマが刺激されまくって、吐きそうになっちまったが……」
親方は顔を青ざめさせたまま、黒打ち包丁をしげしげと見つめていた。
理屈はまったく分からない。
だが確かに、その刃は研ぎ澄まされた気配をまとい、ただの武器ではないと直感させる迫力を放っていた。俺もかつて、同じやり方で弓を改造されたことがある。……あれと同じ現象なのだろう。
「最近、出来るようになったのだ。まあ、すべての装備にやれるわけではないがな。エクレア、そのブーメランを喰わせろ。我が鍛えてやる」
「イヤですわ! イヤですわ!」
「なあに、取って食うわけじゃない。より強い武器になるのだぞ?」
「取って食べてますわ~!」
ぺこが無言のまま、エクレアのブーメランへと手を伸ばした。
その瞬間、エクレアは甲高い悲鳴を上げ、ブーメランを頭上に掲げると、尻に火がついたように店の外へ駆け出していった。……ふと気づけば、いつの間にかミクリの姿もきれいさっぱり消えている。
「まったく、我の善意を無下に扱うとは。許せんな」
「まあまあ。まだ使ってもないし、急がなくていいんじゃないか? ここでやらないと駄目ってわけでもないんだろ?」
「……それもそうか」
俺の言葉に、ぺこはしぶしぶと頷いた。
ひとまず、これで一安心である。
・・・・・
逃げたエクレアとミクリを捕まえ、俺たちはとある場所へとやって来ていた。
イリアスベルク近くにあるタラスの丘。
街から離れ、広々とした草原と岩場が続くこの場所は求めていた条件にピッタリだ。思う存分、新調した装備の性能を試すことができるだろう。
エクレアは早速、ブーメランを指先で転がし、今にも投げ出したそうにしている。
ミクリは忍者刀と手裏剣を握りしめ、鼻歌を口ずさみながら身体を小刻みに揺らしていた。一方のアイシスは、軽快に足踏みを繰り返しながら、関節を伸ばすように入念な準備運動を行っている。
「しゅばばばばっ!」
「これは、こっち……」
「丸太を設置し終わったよ~!」
「でかした!」
たまたま近くを歩いていたインプの三人娘にお小遣いを渡し、丸太の設置を手伝ってもらった。
ルミ、レミ、ラミは丸太を設置し終えると、ニコニコと笑いながらこちらに戻ってくる。
「押忍! アイシス先輩! お手伝いできて光栄です!」
「へへ、ありがとよ! ルミは勤勉でいい子だな~!」
ルミはぴしっと拳法スタイルのポーズを決め、アイシスは嬉しそうに頷いた。
ルミはすっかりアイシスに懐いており、イリアスベルクで過ごしていたころには、彼女から直接手ほどきを受けていたらしい。微笑ましい先輩後輩の関係だった。
「ラミを、的にしたほうが、良かったかも……」
「ひーん! そんなことしたら、あたし死んじゃうよー!」
「いけるいける……」
レミとルミがそう言いながら、ラミを丸太にくくりつけようとする。
アイシスは困ったように笑って宥めた。
「まあまあ。それは今度にしようぜ」
「こ、今度……?」
「よーし……じゃあアタシから!」
アイシスはそう言うと、四つん這いに構え、腰を落として重心を低くした。
鉤爪が地面を引っかく音が微かに響き、全身の筋肉が張りつめる。
次の瞬間、彼女の身体は爆発したかのように前へ飛び出した。
凄まじいスピードで一瞬にして丸太の目前に迫り、目にも止まらぬ速さで斬りつける。
すぐに背を向けてこちらへ戻ってくると――数秒遅れて、背後の丸太が粉々に砕け散った。
アイシスは鉤爪を器用に回しながら、満足げに笑みを浮かべる。
「イイ感じだな~。握手を一回しただけで、ここまで完璧に調整できてるなんてなあ! あの親方、マジでスゲーよ」
「次、ミクリがやる……」
ミクリは忍者刀を抜き放つと、懐に忍ばせていた手裏剣を放ち、同時に駆け出した。
刹那、姿がかき消えたかと思えば、丸太の前に現れ、鋭く斬りつけていた。
「よく見えなかったんだけど……どうなってんだあれ?」
「手裏剣の影に潜ったのだ。丸太に手裏剣が刺さった瞬間に影から飛び出し、斬ったというわけだ」
「あー、コロシアムで俺がやられた技か」
ぺこの解説を聞き、俺は納得する。
丸太に刺さった手裏剣の周囲からヒビが広がり、ミクリが追撃で斬り裂くと、木片が雨のように飛び散った。
「満足……♪」
白い尻尾をパタパタさせ、ミクリは満足げに頷いた。
次はエクレアの番だ。
彼女は新しいブーメランを高々と掲げる。
「行きますわよ~! スーパーウルトラコズミックマーケットですわ~!」
放たれたブーメランは流星のように輝き、凄まじい速度で丸太を直撃した。
爆ぜるような音と共に丸太が粉砕される。
「こ、こんなの喰らったらタダじゃすまなかったよね……?」
「ラミなら大丈夫……」
「いけるいける……」
「無理だよー!」
俺の後ろでは、インプ三人娘が声を張り上げ、互いに騒がしく言い合っていた。
エクレアは鼻歌交じりにブーメランをくるくると弄び、まるで世界の中心にいるかのように上機嫌だった。
「えっと、ぺこはどうする?」
「試し切りは必要ない。それよりも、夕飯を楽しみにしていろ」
「そ、そうか……」
ぺこは何事もないかのように、持ってきていたパンを口に運んだ。
・・・・・
武器の性能を確かめたあと、俺たちはインプ三人娘と別れ、屋敷へと戻っていた。
夕日はすっかり沈み、空は群青から漆黒へとゆっくりと変わりつつある。
ぺこは帰り道の市場で、ありったけの食材を山ほど購入。
屋敷に戻るや否やキッチンへと駆け込み、中から施錠してしまった。
「任せとけって言われたけど……本当に大丈夫か?」
「本人がやりたいって言ってたんだろ? なら、任せてやろうぜ!」
「この四日間、私が手ほどきをいたしましたので……。ヴェークも今まで、色々と教えていたのでしょう?」
「まあ、そうだけど。……これって、武器の性能を確かめるって話だったよな? どうして料理をすることに?」
椅子に腰を下ろし、俺たちは顔を見合わせた。
エクレアとミクリは新しい装備の感想を楽しげに言い合っていて、今の状況を少しも不思議に思っていない。
これまで、ぺこに一人で料理を任せたことは一度もなかった。
つまみ食いを我慢できず、鍋ごと材料を平らげるのは日常茶飯事。だから必ず誰かが見張りにつき、場合によっては取り押さえる覚悟すら必要だったのだ。
前回など、任せてみた結果、出てきたのは空っぽの皿だけだった。
前々回は皿すらなかったのだから、皿が出てきただけでも、進化と呼べなくもなかったのだが。
俺は内心、今回も同じような結末になると思っていたが──。
「出来たぞ。新しい包丁が良い仕事をしたな。美味いものが完成したぞ」
そう言いながら、コック帽をかぶったぺこがキッチンから料理を運んできた。
触手を器用に操り、皿を揺らさずにテーブルへ並べていく。
皿の上には、上品に盛りつけられたステーキと、彩り豊かな添え物の野菜。
湯気と共に漂う香ばしい匂いが、食欲を刺激する。さらに、ワイングラスと赤ワインのボトルまで横に添えられた。
「おお……」
「何をぽかんとしてる? 冷めたら美味さが半減するだろう。早く食べろ」
俺たちは驚きつつも、言われるがままに料理を口に運ぶ。
ナイフとフォークを使い、柔らかい肉を切り分ける。一口食べると、肉の旨味と塩加減が絶妙にマッチしており、思わず顔がほころんだ。赤ワインも、肉とよく合うものが選ばれている。
「お~! 赤ワインに合うぜ!」
「美味しいですわ! 美味しいですわ!」
「ふふん……大人なミクリにピッタリの一品……」
「美味しいな。いや、本当に……」
感嘆の声が次々と上がり、食卓はたちまち賑やかになった。
一同が褒め称えると、ぺこはドヤ顔で上機嫌そうに胸を張る。……新しい武器との関連性は一切わからないが、ぺこが楽しそうなので、まあこれで良しとしよう。
「そういえば、陽絹。本当に良かったのか? 装備の費用とか諸々、払ってもらって……」
「ええ。こちらも色々と収入が入りましたので」
陽絹はそう言って、満足そうに微笑んだ。
俺たちの装備の代金を、彼女がすべて負担してくれたのだ。かなりの高額で、口にしたときには思わず遠慮したのだが、陽絹はまるで気にも留めないように支払ってしまった。
「少し前からやっている劇がとても好調でしてね」
「へえ。そうなのか」
「あのゴルド火山での戦いは、良い題材となりました……。今回の武王杯の影響もあり、また客足が伸びるでしょうね、うふふ……」
「それは良かった──ん? ゴルド火山の戦いって……」
俺は嫌な予感がした。
「もしかして、人形劇をしてるのか?」
「ええ、ええ! あの邪悪なドラゴンを追い払う姿……骨抜きにされました……。ヴェークの雄姿をもっと皆様に知っていただくため、等身大の人形を用意し、劇を拵えさせていただきました」
「……なあ。その人形ってさ、どれくらい再現度が高いんだ?」
「寸分違わず、そっくりそのまま再現させていただきました」
「……」
「劇を見に来てくださったお客様からは、大変高い評価をいただいております。劇に名はつけていなかったのですが、人々が口々に南の勇者と呼び始め、それが定着いたしました」
俺はその言葉を聞き、じっくりと考える。
ずっと疑問だった。なぜ、グランドノアの人々が俺の鎧姿を詳しく知っていたのか。なぜ、俺の動きや口調まで妙に広まっていたのか。
──今になって分かった。
原因はすべて、陽絹の劇だったのだ。
嫌な予感は、やっぱり的中してしまった。
俺は額を押さえ、今にもテーブルに突っ伏したくなる衝動を必死にこらえる。一方で陽絹は、何食わぬ顔でグラスを傾け、芝居の成功をしみじみと味わっていた。
「さて、お次は武王杯での戦いを題材にいたしましょう。特に、あの四天王との戦いは最高で──いひゃい、いひゃいですよ……」
「……稼いだゴールドを還元してくれたからな。このくらいで勘弁してやる」
モチモチとした陽絹の頬を、俺は優しく左右に引っ張った。
そうしていると、伸ばした両手の間に、にゅっとぺこが顔を突っ込んでくる。
「おい、我の料理はまだ終わってないぞ。こっちに集中しろ」
「悪い悪い。次は何だ?」
「食後のデザートは欠かせないだろう。さあ、我の特製チョコケーキを食すがいい」
笑い声と甘い香りに包まれ、夜は賑やかに更けていく。
多少、妙な場面もあったが──力の同盟は確かに進化を果たしたのだ。
次の冒険では、果たしてどんな展開が待っているのか。
そんな期待を胸に、俺はひと口、チョコケーキを頬張った。