新たな装備を身に着け、体の調子も整え終えた俺たちは、いよいよ旅を再開することにした。
次なる目的地は──グランゴルド。四大国の中でも屈指の軍事大国にして、機械技術や魔導科学の最先端を誇る国。そして、現在行われている戦争において、発端となった国でもある。
「うーん……。この様子だと、誰も通れないだろうな……」
「無理やり突破すればよかろう」
「出来る出来ないはともかく……。そんな真似したら、全員そろってお尋ね者だぞ」
「でしたら、“南の勇者”と吹聴して歩けば、通行を許してくれるのではありませんの? ゴルド地方でも、ウォークの姿は知られているようですし」
「やめとけやめとけ! ぜってー政治だの陰謀だのに巻き込まれるからな! グランドノアじゃあ、メフィストが裏で根回しをやってくれてたから、面倒はなかったけどよお」
「えっ、そんなことをしてくれてたのか? 今度会ったら、お礼をしないといけないな……」
力の同盟一行は、グランドノアには戻らず、別の村へと転移していた。
あの街から出発すれば、盛大なパレードでも催されかねない。俺たちは、そうした面倒を避けることにしたのだ。
やってきたのは、リマ村と呼ばれる場所。
もっとも、今ではすでに廃墟と化している。
数年前、ゴルド軍の進軍に巻き込まれ、村は無残にも滅ぼされてしまったのだ。荒れ果てた石垣と無数の骸骨が、かつてここに人々の暮らしがあったことをかろうじて物語っている。
リマ村を後にし、俺たちが目指したのはゴルド砦だった。
そこはゴルド地方とノア地方を繋ぐ、いわば境界の門。ここを越えなければグランゴルドへは辿り着けないのだが――砦は頑なに閉ざされていた。
俺たち五人はゴルド砦から離れた草陰から顔を出し、様子を伺っていた。
グランゴルドの兵士たちは神経を尖らせ、蟻一匹でも通さぬといわんばかりの厳戒態勢を敷いていた。さらに追い打ちをかけるように、魔導技術によって造られた巨大なゴーレムが複数体、門前にずらりと並んでいる。ただでさえ堅牢と名高い砦を、鉄壁の城塞へと変えていた。
それに加え、ゴルド地方の海岸線にも小隊を派遣しているらしい。
船で上陸すれば即座に拘束されるだろうと、出発前に陽絹が教えてくれた。
「まいったな。陸路も海路も完全に塞がれてる……」
「むぅ~ん……。むぅ~ん……」
「ミクリ、なんだその唸り声は。……目的地を変えて、月にでも行くか? 何も食うものが無さそうだが」
「妹が言ってましたわ! 月には真っ白な可愛いウサギさんが住んでいると! ああ、行ってみたいですわ! モフモフしたいですわ!」
「月に住んでるなんて、ぜってーヤバいウサギだろ。殺人ウサギとか……」
ぺこが珍しく月旅行などと突拍子もない提案をすると、俺以外の全員が想像を膨らませてはしゃぎ出す。
その光景を眺めながら、俺はふとルシフィナさんに読ませてもらった古い本を思い出した。たしか、生き物を乗せた砲弾を超巨大な大砲で月に撃ち込むという、とんでもない冒険譚だったはずだ。
ルシフィナさんは、ルカが生まれてなければ月に行っただろうと言っていた。
あの人にしては珍しい冗談だったから、今でも鮮明に覚えている。
俺自身、人類が月にたどり着いた事例を知っていた。
だからそれを夢物語として切り捨てることはしない。いつか、この世界の人々や魔物たちが月へと到達する日が来る──俺はそう確信している。あるいは、機械と魔術の融合によって、思っていた以上に早くその時代が訪れるかもしれない。
俺が存命中に叶う可能性もあるだろう。
そんな未来を思い描きながら、俺は隣で干し肉を齧るぺこの肩を軽く叩いた。
「兵士に見つかったら面倒事になるかもしれない。そろそろ離れよう」
「このあとはどうするのだ? グランドノアに戻って、パワーもりもり弁当でも買い漁るか?」
「それはぺこの願望だろ。仕方ないから、ハーピーの羽でゴルド地方に飛ぼうと思う」
苦肉の策だが、これしかないだろう。
空路も考えたが、残念ながらこのあたりに空を飛べる知人は居ない。近場にハーピーが何名か住んでいるのは知っているが、彼女らがいるのはゴルド砦を越えた先。呼ぶ手段もないため、今回は頼ることもできない。
「昔はハーピーの羽なんて、滅多に使えなかったのになあ。ヴェークがすっかり文明の利器に染まっちまって……アタシは悲しいぜ」
「便利なものは使うべき……。アイシスは子供のころ、木の棒と板で火を起こしてた原始人みたいだから、分かんないのかもね……」
「そんなに昔じゃねえよ! マッチくらい使ってたわ!」
「今はマキナライターを使用するのが普通ですわ~! やっぱりアイシスは古臭いですわ~!」
「殴られたいならそう言え! 月にぶっ飛ばしてやる!」
ミクリとエクレアの挑発に、アイシスが怒りを露わにする。
二人は小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、ゴルド砦の反対側に走って逃げた。アイシスは憤慨しながら追いかけていき、その姿はどんどん小さくなっていく。
「三馬鹿を追いかけなくてもいいのか?」
「放置でいいだろ。次の目的地は、あの方向だし」
「目的地? ハーピーの羽でゴルド地方に行くのではなかったのか?」
「その前に、プランセクト村に行こう。……あんまり行きたくなかったけど。プリエステスの水晶端末を借りよう。それで、ゴルド地方に居る知り合いに連絡を取って、地域の様子を聞いとこう」
「お前の知り合いか。どうせ変人なのだろうな」
「いや、別に普通の住民……ではないか。善性の人ではあるかな。ちょっと魔法少女だけど」
気がつくと地平線の彼方にいる三人を眺めながら、俺は答えた。
・・・・・
鬱蒼とした森に入り、魔物と何度か交戦したあと、俺たちはプランセクト村へと辿り着いた。
もっとも“村”といっても名ばかりで、家屋が立ち並んでいるわけではない。森の奥深く、自然に囲まれた広場のような一角を、魔物たちはそう呼んでいるに過ぎないのだ。
ここを初めて訪れたとき、火災が発生していたのを思い出す。
当時の俺は大慌てで広場の中心にある池から水を汲み、植物族の魔物たちと肩を並べて消火に奔走したのだった。
火事の原因は、プリエステスによる放火。
彼女には、一定の周期で村に火をつけるという奇妙な習性があり、村の住人たちにとってはもはや日常茶飯事らしい。むしろ、火災を防災訓練の一環として利用しているほどで、慌てることもないのが普通だったという。それを知らなかった俺だけが、必死に水を運んで右往左往していた。
「なんか……魔物が少ないな。前来たときは、もっと多かったんだけど」
池へと続く小道を歩いていると、妙に魔物の姿が少ないことに気がついた。
以前ここを訪れたときは、様々な種族の魔物が集まり、広場はそれなりに賑やかだったはずだ。
だが今日はどういうわけか、ちらほらと見かける程度。
風に揺れる木々の音ばかりが耳に残り、かえって静けさが際立っている。
結局、中央の池にたどり着くまでにすれ違ったのは、ほんのわずかな数の魔物だけだった。
プリエステスがいつも会議をしている場所に足を向けると、見知った顔の植物族が集まり、真剣な面持ちで何やら話し合っているのが目に入った。
「停戦するなら、ここにいても仕方がないわね。グランドノアに雇われると言うのもあまり──あら、ヴェーク。久しぶりね」
「うふふっ、武王杯の戦い……素晴らしかったわ」
「優勝おめでとう。ふふっ、儲けさせてもらったわよ」
「久しぶりだな、三人とも。里帰りしてたのか」
俺は三人に挨拶を返した。
長女ディーナ、次女ラフィ、三女ドローシー──プランセクト村出身のカナン三姉妹だ。彼女たちは傭兵として各地を渡り歩き、俺とも何度か顔を合わせている。その生業の性質上、衝突したこともあったが、今では幾度かの縁を経て、互いに信頼できる友人として関係を築けていた。
「そんなところね。同族からの応援要請があって、久しぶりに帰ってきたのだけど……」
「お留守番を頼まれるなんてね。同族のよしみで半額で雇われてるから、あまり危険は冒したくなかったけど、これじゃあ退屈しちゃうわね」
「私は姉さんたちとゆっくり過ごせて嬉しいわよ」
「そうなのか。もしかして、留守番を頼んだのはプリエステスか?」
「そうよ。昨日から部下を連れて、南の山でクィーンビーと交渉中。昆虫族と和平を結ぼうとしてるみたい」
ディーナの話を聞き、俺は思わず唸った。
昆虫族と植物族は昔から折り合いが悪く、些細なきっかけで争いに発展している。プリエステスにとっては頭痛の種で、SNSで愚痴をこぼしていたのを覚えている。彼女がその交渉に臨んでいるのだとすれば、帰還までにはかなりの時間を要するかもしれない。
「困ったな……。プリエステスに用事があったんだけど」
「一応、留守中は私が対応をすることになってるわ。どんな要件かしら?」
「プリエステスの水晶端末を借りたくて、ここに来たんだ」
「ああ、あのよくわからない機械のことね。別にいいんじゃないかしら? 妹も借りて使ってるし」
「楽しいわね、あれ。でも、高いのよね。それに、壊れたら自分で部品を買ったり作ったりして直さないといけないし……」
ディーナと雑談を交わしながら、プリエステスの部屋へ案内される。
その途中で、仲間たちは『少し村を見て回る』と言って散策に出ていき、最終的に部屋に足を運んだのは俺とぺこの二人だけとなった。
・・・・・
しばらく歩くと、ひときわ大きな木が姿を現した。
木の下は切り立った崖になっており、絡み合った根の隙間には、洞窟へと続く小さな入り口が口を開けている。
中に入ると、ランタンの灯りに照らされた広めの部屋が現れた。
ここがプリエステスの仕事場兼自室である。棚には正体不明の錠剤が詰まった瓶がぎっしりと並び、部屋の片隅にはアロマキャンドルや枕といった小物も積み上げられている。
「なんと言うか……我の知る、偉い植物族とは異なるのだな。もっとこう、チャラくて軽い感じだと思っていたのだが」
「プリエステスが特殊なだけだと思う……そうだと良いな」
「残念だけど、出世した植物族はあんな感じになるわよ。クィーンアルラウネなんて、体色が緑色から紫色に変化したらしいし」
「それは……恐ろしいな……」
ぺこが戦慄しているあいだ、俺は部屋の中をぐるりと見渡した。
しばらくすると、ベッドの横にポツリと置かれた水晶端末を発見する。
「……うわっ、これは凄いな! 最高級の部品ばっかりで、俺は持ってるやつより全然スペックが上だ」
「それにしか金を使う機会がないのだろうな……」
「悲しいこと言うなよ……。じゃあ、使わせてもらうから」
「見張ってるわよ……って言いたいけど、何をしているかわからないのよね。機械って苦手……」
ディーナから許可をもらい、水晶端末に手を伸ばす。
俺は懐から取り出した小さな水晶を差し込み、そっと魔力を流し込んだ。途端に水面のような光が端末に広がり、俺のプロフィール画面が淡く浮かび上がる。友達一覧を呼び出し、目的の人物を探し出すと、SNSを通じて短いメッセージを送信した。
「これでよし。返事が来るまでちょっと待たないと──あれ、もう返ってきた」
俺がメッセージを送ると、ほんの数十秒で返答が届いた。
送った相手は、ゴルド地方の街であるゴッダールに住む、マジカルまりんちゃん。自称魔法少女で、ご当地ヒーローとして日々活躍している人物だ。正義感にあふれ、頼りになる存在として、俺も信頼している。
俺は、彼女の返事を目を通す。
「……うーん」
「今日は唸ってばかりだな、ヴェーク。どうした?」
「どうも、グランゴルドの様子が変らしい。近づかない方がいいってさ」
ぺこに内容を教えると、彼女は目を細めた。
どうやら、ゴルド地方は全域にわたって奇妙な状態にあるらしく、特に首都であるグランゴルドは様子はおかしいそうだ。妙な瘴気のようなものが充満していて、遠く離れたゴッダールにも影響が出始めているらしい。
「あと、数日後に、移動魔術を制限する結界が張られるそうだ。ハーピーの羽を使って、ゴルド地方に行けるのは、もう少しの間しかないな……」
「それは不味いな。それに、瘴気……か。どのような効果があるのだ?」
「えーっと……少し悶々とする程度らしい。今のところ、あまり危険な影響はないそうだ」
「なら、それは淫気だな」
「淫気って……魔物が使う?」
ぺこは頷いた。
淫気とは主にサキュバスが用いる力で、対象者を性的に興奮させたり、魅了したりする効果がある。使用者の力量次第では、魔物にも効き、相手を洗脳したり植物状態にすることも可能だそうだ。アイシスも一応使えるらしく、試しに一度かけられたことがあるが、俺には効果がなかった。
どうやら、アイシスは淫気を使うのがあまり得意ではないらしい。
練習してみたものの、一向に上達せず、サキュバスとしての生き方は早々に諦めたという。代わりに、格闘術や鍛錬に力を注ぐようになったのだとか。
「ゴルド地方全域にそれが出来るなら、クィーンクラスの魔物の仕業か?」
「うーむ……どうだろうな。我の知る限り、そのような規模で淫気を操る魔物は少ないぞ。クィーンでもそうはおらん」
「……そうなのか。サキュバスでクィーンって言うと、アルマエルマさんだけど……。無差別にそんなことをする淫魔だとは思えないしなあ」
どうやら、状況は少しきな臭くなっているようだ。
まずは、他の仲間たちと相談してから行動すべきだろう。そう考え、俺は水晶端末の電源を切り、ディーナに声を掛けた。
「ありがとう、使い終わったよ。それと、ちょっと相談があるんだけど」
「何かしら?」
「これと、手紙を部屋に置いても良いかな?」
俺は綺麗にラッピングされた箱をディーナに差し出した。
中には音楽再生マキナが収められており、プリエステスへの贈り物として用意したものだ。
中身について説明すると、ディーナは部屋に置くことを快く承諾してくれた。
俺は箱を目についた机に置き、丁寧に手紙を書き始める。
「……これで、よしと。ありがとう、ディーナ」
「これでマシになってくれるといいんだけどね。あの子、最近は支離滅裂なことしか言わなくなってきて、ちょっと怖いのよ……」
「仕事はキッチリこなしているみたいだから、悲しいよな」
「なんだか、幽霊屋敷の中に居る気分になってきたぞ。早く広場に帰ろう。……別に、我は怖くなったわけではないがな」
プリエステスの部屋を後にし、俺は仲間たちの待つ広場へと戻った。
■■■■■
広場に戻ると、エクレアが池の中で水しぶきを上げながら、楽しげに踊っていた。
その隣では、ミクリがいつの間にか水着姿になっていて、無邪気に池を泳ぎ回っている。
ふざけたことをしているなと心の中で呟きながら、俺はアイシスの姿を探した。
周りを見て回ると、アイシスは池のほとりで仰向けに寝転がり、空を見上げていた。
「おーい、用事は終わったぞー。アイシス、二人はどうしたんだ?」
「さっき、オシャレな真っ白ウサギの魔物が居てな。エクレアとミクリがモフモフさせてもらってたんだ。それでテンションが上がって、踊りだしたんだ」
「へー、それはまた偶然だな。この辺りには、ウサギの魔物は居なかった気がするけど……」
「森林浴はもう十分だ。早く昼飯を食べにゆくぞ。肉食の植物族向けに、ジビエを料理出す屋台があるらしい」
「ああ、待ってくれ。そのウサギがよ、ヴェークの名前を出して、手紙をアタシに預けたんだ。時間がないって言って、すっげー慌ててさ。詳しいことは何も言わずに行っちまった」
「俺に……?」
首を傾げながら、アイシスから手紙を受け取る。
どこかメルヘンじみた模様が散りばめられた便箋には、時計を模した封蝋が押されている。宛先には確かに俺の名前が記されていたが、差出人の欄には名前はなく、ただ一言、“導くもの”とだけ記されていた。
俺はそっと封を切り、中から一枚の便箋を取り出す。
そして、内容を読み始めた。
「……」
「ヴェーク、どうしたのだ。難しい顔をして……腹が減ったのか?」
「まさか──文通か!? いつの間にそんな相手を作ってたんだよ!」
「なんだと!? おい、ヴェーク! 早く手紙を我に見せろ!」
「いや、そんな内容じゃ──って、もう無いし」
俺が止めるよりも早く、ぺこは触手を伸ばして手紙を奪い取った。
アイシスも好奇心を隠そうとせず、当然のようにその横から覗き込み、一緒に文面を追い始める。
ぺことアイシスが真剣な眼差しで読み耽る中、俺は思考を巡らせていた。
手紙に書かれていたのは、まったく予想だにしない内容だった。
「俺にとって、大事なもの……。一体何が……?」
手紙には、グランゴルドの西にあるタルタロスへ向かえと書かれていた。
その先に、俺にとってかけがえのない何かが待っている──そう記されていたのだ。さらに追記されるようにして書かれた文字に、俺は内心で動揺してしまう。
「なんだこの手紙は……。イタズラか?」
「いや、どうなんだろうな……。ん~? ヴェーク、この最後の文字ってさ、見たことあるか?」
「……いや、ない」
俺は反射的に嘘をついた。
この世界の誰にも分かるはずがない──そう信じていた。だが、手紙の最後に刻まれていたのは、紛れもなく前世で使っていた文字だった。
『健闘を祈る』──そう書かれていた。
俺は内心で動揺しながらも、表情を保つ。
「行ってみるか……タルタロス」
「魔王城はいいのか? 竜人から招待状を貰ったのだろう?」
「そっちも行くけど……」
まずは、ここに向かわなくてはならない──。
俺の直感が、そう告げていた。
「まあ、寄り道もアリだな。白ウサギを追って穴に落ちる……悪くねえ! こういうのを、冒険って言うんだろ!」
「まあ、気になるしな。ヴェークにとって大事なもの……食べ物の類か?」
「それはぺこだろ。とりあえず、調べて見ないと分からないな。よし、二人を連れて、腹ごしらえに行こうか」
「そうだな。まずは腹を満たしてから考えるとするか」
こうして、俺たちの旅路に大いなる寄り道がひとつ増えた。
次の目的地は──タルタロスだ。