新たな仲間シェーディを迎え、力の同盟は縦に列を作ってタルタロスの内部を進んでいた。
どうやらシェーディは、この整列移動が気に入っているらしい。
列が崩れると、尻尾をパタパタと振り、不満を訴えるのだ。とはいえ、危険そうな場所では強制する気はないようで、頼めば素直に引き下がってくれる。
「なんだこりゃ……。ヴェーク、前に行ったタルタロスもこんな感じだったのか?」
「いや、イリアスヴィルのタルタロスとはぜんぜん違うな……。中に森やら砂漠やらなんて無かった。それに……」
「気を付けよ。おそらく、落ちれば二度と戻れまい。もしものときは我が触手を伸ばすが、それでも無事は保証はできんぞ」
「キレイ……」
「ミクリの感性が分かりませんわ……。ワタクシには不気味にしか見えませんわね」
「…………」
視界の先に現れたのは、金属の通路から続く半透明の床だった。
真下に揺らめくのは無数の光の帯。青や紫、緑といった色彩が交錯し、まるで極光そのものが果てしなく広がっているかのようだった。
だが、その美しさの裏側には底知れぬ恐怖が潜んでいる。
下へ落ちれば、果たしてどこへ行き着くのか――想像することすらできない。
荒野と金属の建物が融合したような場所を過ぎると、見覚えのある扉が見えた。
扉には術式が彫り込まれており、どういった作用を持っているのかは分からない。
「ここにもあったか。この扉、開かないんだ」
「衰えましたわね、ヴェーク! ワタクシにかかればこんな扉――」
得意満面で近付いたエクレアは、ぐっと両手で扉を押し上げる。
だが、扉はびくともしない。
「ふぎぎぎぎ……!! ひ、開きませんわ~……!」
「貧弱……! 貧弱ゥ……!」
「むうー!! そこまで言うなら、ミクリ! 今度はあなたがやってみなさいなっ!」
挑発に乗ったミクリが扉へ手をかけ、渾身の力を込める。
ぎぎ、と鈍い音を立てて、扉がほんの少し――拳一つ分ほどだけ、持ち上がった。
「おっ、ちょっとだけ動いたな」
「むぅぅぅん……!!」
ミクリは全力で扉を押し上げるが、拳一つ分から動かない。
アイシス、ぺこも代わる代わる挑戦するが、二人は扉を動かすことすら叶わなかった。力自慢ばかりが揃って歯が立たない――何か条件があるのだろうか。
「んぬぬぬぬっ! ……ダメだ、開かねえなあ……」
「我がやっても動かぬ。……ヴェーク、お前がやってみろ」
「分かった。よっと……!」
俺が力を込めると、重苦しい音を立てて扉が三割ほど持ち上がった。
しゃがみ込んだ仲間たちが、食い入るように隙間を覗き込む。
「どうだ? 向こう側になにか見えるか?」
「お城が見えますわ! でも……壁が変な色をしていますわね」
「兵隊さんが立ってるけど……なんだか怖い……」
「……アタシは見たことある。ありゃ、レミナ城だ」
「レミナ? レミナは滅んだのではなかったのか?」
「そのはずなんだが……どうなってんだ?」
「…………」
俺は一旦、扉から手を離した。
そうすると、ゆっくりと下に落ちていく。完全に閉まって、元の状態に戻った。俺たちは一度、扉から離れて、話し合いを始める。
「ぺこ、触手は大丈夫か?」
「問題ない。なにかに弾かれて、扉の先には潜れなかったがな」
「うーん。この刻まれた術式……どっかで見たんだよなあ。あーあ、もっと真面目に魔術の勉強しときゃよかったぜ……」
「面白変人のヴェークはともかく、なぜミクリも少しだけ持ち上げられましたの? もしかして――愚か者にしか反応しない扉、とか?」
ミクリの拳が怒りと共に振り下ろされる。
エクレアはひらりと身を捻って回避。俺たちはあれこれ議論をするが、結局何も進展はなかった。
「こうなったら陽絹の知恵を借りたいとこだけど、ここは危険だしな……」
「──シェーディ? どうしましたの?」
「…………」
いつの間にか、シェーディが扉の前に立っていた。
俺たちは一体何をしているのだろうと、彼女を眺めていた。
すると──包丁を扉に突き立てた。
俺が驚愕するより早く、シェーディはガリガリと扉を削り始めた。
「うるさいですわ! うるさいですわ!」
「こ、黒板を爪でひっかく音……!」
「アタシっ、この音苦手なんだよー! やめてくれー!」
「我は平気だが」
「う、うぐぐ! 鎧でも防げないこの不快感……! な、なにやってるんだシェーディ……!?」
「…………」
尻尾を左右に楽しげに振りながら、シェーディは夢中で扉を削り続ける。
仲間たちの悲鳴も気にせず、ひたすらに術式を削っていく。
しばらくすると、包丁を引っ込めて満足げに一礼してみせた。
エクレアは耳を押さえながら、シェーディに抗議する。
「シェーディ! パーティーは協調性が大事なのですわ! 何かをするときは動作を──ああ~」
「また骨抜きにされてる……。骨は無いけど……」
「それどころじゃねえ! 見てみろ、術式が変わってるぞ!」
エクレアと抱き合っているシェーディを除いた全員が扉の前に集まる。
先ほどまで彫り込まれていた紋様はすっかり削られ、代わりに別の術式が浮かび上がっていた。淡く光を帯び、まるで呼吸しているかのように脈打っている。
「これは……なるほどな……」
「ほう? アイシス、分かるのか?」
「いや、まったく!」
「分かんないのかよ。どうして得意げな顔をしてたんだ?」
「政治の場では、相手より優位に立つことが必要なんだ。強がりも時には武器になんだよ」
「扉にマウントを取ってどうするんだ……。とにかく、開くかどうか試してみるぞ」
俺はそう言って、もう一度扉に手をかける。
全身の力を込めて押し上げると――先程とは違い、鈍い音を上げながら、扉は半分ほどまで持ち上がった。
「ヴェーク! 頑張れよ! もうちょっとだぞ!」
「グググ……!! 精一杯やってる……!! そうだ、手伝ってくれ……!」
「全員で持ち上げたことはなかったな。では、我も加わろう」
「いいですわよ!」
「むぅぅぅん……!!」
「…………」
全員が力を合わせて押し上げると、扉はギギギと鈍い音を立てながら上昇していく。
その瞬間、重々しい抵抗感がふっと途切れ、あっけないほど簡単に開いてしまった。
「おっ、開いたぞ!」
「やりましたわね! 圧倒的なパワーの前には、どんな術式も無意味! つまり、筋肉に敵う者などいませんわ!」
「さっきとは違う光景だね……」
「レミナ城はどこ行ったんだ……?」
俺たちは息を整え、警戒を怠らずに扉の先へ進む。
「なんとも不気味な道だな」
「道中の金属とはまた違うみてえだ……」
「底が見えませんわ!」
「夜空を歩いてるみたい……」
「…………」
そこは真っ白な金属でできた一本道だった。
左右も上下もなく、周囲には夜空のような闇が広がり、星々が遠くで瞬いている。足下は確かに地面があるのに、まるで宙に浮かんでいるかのようで、不安が胸にこみ上げる。
無言で足を進めると、道の先に別の構造物が見えてきた。
床一面には複雑に絡み合った紋様が描かれ、それが淡い光を帯びて脈動していた。まるで心臓の鼓動のように、一定のリズムで明滅している。その魔法陣を取り囲むように、巨大な柱が十本、規則正しく立ち並んでいた。
「この魔法陣は知ってるぜ。転移の魔法陣だ」
「どこかに繋がってるってことか。白兎の話を聞く限り、別の並行世界に繋がってるんだろうな」
「なんだかワクワクしてきましたわね~!」
「石の中に出たりしない……?」
「そうなったら、我が周りを食い尽くしてやるから安心するといい」
「…………」
俺は一度深く息を吸った。
この先に何が待ち構えているのか分からない。だが、立ち止まっているわけにもいかない。
「よし、行ってみるか」
俺を先頭に、力の同盟は転移の魔法陣に飛び込んだ。
・・・・・
視界が真っ白に染められ、浮遊感が体を包み込む。
次に目を開けると、そこは──。
「ここが……並行世界?」
「そのようだが……。ヴェーク、お前の故郷ではないよな?」
「いや……似てはいるけど、こんなに自然は残ってなかった」
「…………」
俺たちの目の前には、荒廃した草原が広がっていた。
風は乾いており、空気にはどこか焦げた匂いが混じっている。
緑はわずかに残る程度で、地表の大半は灰色に枯れ果てていた。
動物や虫の気配もなく、ただ風が音を立てて吹き抜けるだけだ。
「えっ、ここよりも荒れてましたの? そっちの話も聞きたいのですが……」
「まっ、それは今度にしようぜ。それにしても、どこなんだろうな? アタシらが入ってきたタルタロスの近辺とはぜんぜん違うなあ」
「あっ……!」
ミクリが突然、鋭い声をあげて指を差す。
俺は振り返り、彼女が指し示す先を追う。そこには──遠くに聳える大きな山があった。その山を見た瞬間、俺はミクリが声を上げた理由がすぐさま分かった。
「あれ、イリアスヴィルの近くにある大山か!」
「なんだと? 我が記憶している限り、あの大山はもっと自然豊かだったはずだが」
「でも、あの形は間違いないよ……」
「た、確かに言われてみれば……同じ形に見えますわね……」
「一体全体、どうなってんだ? この世界じゃ、ゴルド火山が大噴火でも起こしたのか?」
山肌は無残に荒れ果て、岩が剥き出しになっていた。
頂の一部は崩落し、まるで巨大な手に抉られたかのような異様な形をしている。
俺たちが慣れ親しんできた景色と、いま目の前に広がる荒廃の光景。
その落差が、既視感と違和感を同時に胸へ突き刺す。
「とりあえず、イリアス大陸にいるってことで間違いはなさそうだな。なら、イリアスヴィルに歩いて行くのが良さそうだ」
「村があるとしたらの話だがな」
「うう、裏山はどうなってますの……ワタクシの妹分たちは……」
「──待って……! なにか聞こえる……」
「…………」
ミクリの耳がピンと上に立ち、なにかの音を拾う。
俺も耳を澄ませると、微かに音が聞こえてきた。どこか聞き覚えのある音だ。
「……これ、エンジン音か?」
「マキナの動力部品の名だったか」
「ちょっとずつ近付いて来てるぞ!」
「あっ……! あれ……!」
砂混じりの風が頬をかすめる。
音のする方向を凝視すると、地平の向こうに砂煙が立ちのぼり、じわじわとこちらへ迫ってきていた。俺たちは思わず息を呑み、武器に手をかけながら、正体のわからぬ影を警戒する。
やがて、視界の中にその姿がはっきりと浮かび上がった瞬間、俺は目を剥いた。
「バイクだ……!」
・・・・・
やって来たのは──バイクに跨がったスライムの集団だった。
重厚な車体にデカくてゴツいタイヤ、地を震わせるような独特の低音。風を切りながら疾走する姿は圧倒的で、後方には旗がはためいている。旗にはヤマタイ地方の文字で、『羽理衣羅』と記されていた。
数は十数台ほどだろうか。
その運転手はみなスライムで、全員がヘルメットを被っていた。異様な光景に呆気を取られているうちに、気づけば俺たちの周囲は完全に包囲されていた。
唸りを上げていたエンジン音が次々と止み、重苦しい沈黙が一瞬だけ訪れる。
次の瞬間、スライムたちはヘルメットを外し、口々に好き勝手な声を上げて騒ぎ立てた。
「わー! 見ない顔だー!」
「ここは私たちの縄張りなんだよー! 夜露死苦ー!」
「棍棒焼きしちゃうぞー!」
「ワタクシの妹分たちが……グレていますわ……」
エクレアが愕然とした表情を浮かべ、スライムたちを凝視していた。
俺も胸の奥で同じ感想を抱きながら様子を伺っていると、奥から一際目立つ一台のバイクが姿を現す。
車体は他のバイクより大きく、全体的に装飾が派手で凝っている。
運転手のスライムはジャケットのようなものを羽織っており、体が黄色く、髪と瞳が燃えるように赤い。
「ここらじゃ見ねえ顔じゃねえか! ナニモンだ、オメーら!」
「あー、えっと……。俺はヴェーク。冒険家をやってるんだ。後ろにいるのは俺の仲間だ」
ジャケット姿のスライムはエンジンを止め、バイクからゆっくりと降り立つ。
その目が俺たちを一人ひとり舐めるように見ていく。視線には好奇心だけでなく、明らかな警戒と値踏みが混じっていた。俺はできる限り落ち着いた声で名乗りを上げ、続いて仲間たちも順々に挨拶をする。
「冒険家! こんな時代にそんな無茶するヤツが居るなんてな! ブラディが出してる本に感化でもされたか?」
「ブラディ……」
俺は気になる名前を耳にしたが、深くは追及しなかった。
今は目の前のスライムたちに対処をすべきだ。幸いなことに、警戒は向けられているが、敵意がむき出しというわけではなさそうだった。
「おっと、こっちの自己紹介がまだだったな。俺はボムボム! この暴走族“機動爆発”の頭だ!」
胸を張り、誇らしげに名乗るボムボム。
その口調は豪快だが、スライムらしい人懐っこさも滲んでいた。
「よろしく」
「よろしくですわ~!」
「よ、よろしく……」
「よろしく頼む」
「…………」
ボムボムはそう言って、ニカっと笑顔を浮かべた。
どうやら、悪人……というより、悪いスライムではないらしい。胸の緊張がひと息ほど抜けたそのとき、アイシスがずっと黙り込んでいることに気がついた。
俺は振り返り、アイシスを見る。
すると──彼女は目を輝かせ、まるで宝物でも見つけたかのようにボムボムのバイクを凝視していた。
「バイクって──かっけぇな!! なんだよその乗り物! すげえカッコいいじゃねえか!」
「ははっ! だろ? 自慢の一台さ! 巡回の合間にちょいちょいカスタムしてんだぜ! 俺は燃料が無くても、自前の爆発で──」
興奮を隠しきれないアイシスの声に、ボムボムは得意げに胸を張る。
そのやり取りは打ち解けた友人同士のようで、空気が次第に柔らかくなっていく。アイシスは矢継ぎ早に『あれは何だ』『ここはどうなってんだ』と質問を浴びせかけ、ボムボムも嬉しそうに次々と答えていた。
どうやらバイクは、アイシスの“ド真ん中”に突き刺さったらしい。
「……わりーんだけどさ、あんたらを俺の姉御に会わせねえといけねぇ。面を通しておかねえと、この辺りを好き勝手歩かせるわけにもいかねえんだ」
「私たちのシリ持ちなんだよー!」
「バイクのメンテナンスもしてくれるんだ~♪」
どうやら、ボムボムの姉御なる人物がこの地域を取り仕切っているようだ。
荒廃しているが、ある程度は治安が維持されているらしい。
「それはありがたい。是非とも、その姉御さんに会わせてくれないか?」
「そりゃ良かった! んじゃ、バイクの後ろに乗せてやるよ。アイシスは俺の後ろだ!」
「うっひょー! すっげぇ嬉しいぜ!」
「ははっ、やっぱりな! アイシスは姉御とも馬が合いそうだ! 他のヤツらも、うちのメンバーに乗せてもらえよ!」
「楽しそうですわー!」
「ちょ、ちょっと怖いかも……」
「…………」
「ああ~! シェーディちゃんにギュッとされると、なんだか癒やされるよ~!」
それぞれが誘われるまま、スライムたちのバイクの後ろに跨がっていく。
さて、俺も誰かのバイクに乗せてもらおう──そう思った矢先、ぺこがこちらをじっと見つめていることに気がついた。
「ぺこ、どうした? バイクが怖いわけじゃないよな?」
「怖いわけなかろう。……ヴェークはこれに一人で乗れるか?」
「うーん、どうだろうな? 俺が知ってるバイクと同じなら乗れると思うけど……ちょっと見せてもらっても良いかな?」
「いいよ~!」
断りを入れてから、バイクの各部分を確かめていく。
ハンドル、ブレーキ、ペダル──配置は見覚えのあるものばかりだった。試しに近くにいたスライムへ操作方法を尋ねると、やはり俺の記憶と大差はない。
「詳しいんだね~! 私じゃなくて自分で運転してみる? このバイク、もうすぐ交換する予定だから、傷つけたり壊しても気にしなくていいよ~!」
「そうなのか。……なら、久しぶりに運転してみようかな」
バイクに跨りハンドルを握ると、懐かしい感触が指先に伝わってきた。
朧げになっていた前世の記憶が徐々に蘇る。俺は手探りのような感覚で操作方法を思い出していった。
「バリバリだね~! じゃあ、私は別のバイクに乗せてもらうから~!」
「ありがとう。えっと、アクセルは……」
アクセルを軽く回し、エンジンの鼓動を確かめる。
排気音が地面に反響し、車体が小さく震えた。指先に伝わる感触は思った通りで、懐かしさが胸を満たしていく。
少し感傷に浸っていると、後ろにぺこがすっと乗り込んできた。
「二人乗りの場合は、運転手の腰に手を回して、しっかり掴まるように」
「……こうか?」
ぺこが俺の腰にぎゅっと抱きつく。
落ちないようにしっかり密着させ、体の位置を微調整する。
「うん、それでいいぞ」
「ほう……これは、なかなか……」
「揃ったみたいだな、出発するぞー!」
エンジンの轟音が荒野を通り抜け、砂煙が風に乗って空高く舞い上がる。
先行するボムボムたちの背を追い、未知の地平へと突き進んだ。
こうして俺たちは、新たなる冒険の旅路へと踏み出したのだった。