ヘルゴンド大陸──スーパーウルトラゴールデンブラッドブラディ城MK2。
外壁は紅と黄金で燦然と輝き、空にまで届かんとする塔の頂には、ひときわ豪奢な謁見の間があった。
玉座は、まるで竜の骸を飾り立てたかのように荘厳で、金細工と紅宝石が幾重にも嵌め込まれている。
ここに優雅に腰をかけているのは、一人のドラゴン娘。
自らを、ヘルゴンド大陸一の強大な高嶺の主であり超絶有能最強魔王にして滅びの尊く猛き竜であり魔物の皆さんにとっての憧れである支配者の王にして灰燼を統べる美少女と名乗る存在。
──竜の王、ブラディである。
ブラディは脚を組み直しながら、手にした小さな球体を弄んでいた。
その中では紅蓮の炎が渦を巻き、熱の揺らぎが空間を歪ませる。まるで、彼女の内に眠る力そのものを象徴するようだった。
「コンピューターが弾き出した計算によりますと、この侵略戦争は完全なる勝利となりますのじゃ!」
「……」
ブラディの眼下には、クリップボードを持った黒髪のサキュバスが立っていた。
クロム・アルテイスト──かつて名門として栄華を誇ったアルテイスト家の末裔にして、今はブラディの側近として働く才女である。
「それに加え、大陸のいたるところから集めたならずものたちが、あなた様に服従の意を誓いましたのじゃ!」
「クロム……」
「イリアスヴィルを打ち倒し、平穏なる並行世界を統べるのは──ブラディ王! あなた様しか居ませんのじゃ!」
「──クーロームー!!」
その瞬間、ブラディは球体を手の一振りで霧散させ、立ち上がった。
目を吊り上げ、妙に長い階段を肩を大きく揺らして降りてくると、目の前に立つクロムを睨みつけた。
「先ほどのヴィジョンは一体なんなのだ!! もう二桁は失敗しておるぞ!!」
咆哮のような声が玉座の間に轟いた。
赤と金の壁がびりびりと震える中、クロムはびくっと肩を跳ねさせ、手にしていたクリップボードを慌てて頭の上に掲げる。
「し、仕方ないのじゃ! ヘルゴンド大陸とイリアス大陸は真逆の場所! あの距離であの誤差なら、むしろ奇跡的な精度なのじゃ!」
「口を開けば言い訳ばかり~!」
「痛いのじゃ~!? ほっぺ、伸びるのじゃぁ~!」
ぷにっとした肌が左右にびよーんと伸び、クロムの目に涙が滲む。
イリアスヴィルの連中に堂々と宣戦布告をしてから、すでに一時間。
ブラディは、溜まりに溜まった鬱憤を今こそ晴らす時とばかりに、部下の失敗を徹底的に追及していた。
──同盟相手たちの前では、流石のブラディも面子があって派手に怒鳴れなかったのだ。
「連中の顔を見たか!? この最強の魔王たる我を、哀れみの目で見おったのだぞ!? ……くんくん、待て。おいクロム! 貴様、また風呂に入っておらんな!?」
「……明日まで! 明日までお待ち下さいなのじゃ!」
「その台詞も何度目だ!? クロム! お前には失望したぞ!!」
ブラディはクロムの顔をがしっと掴み、まるで万力のような力で締め上げた。
空中に持ち上げられたクロムは足をばたつかせ、涙目で必死に叫ぶ。
「いたたたたっ!? 勘弁してくださいのじゃ~!?」
「今度という今度は許さんぞ!」
暴れるクロムを容赦なく締め上げるブラディ。
満足するまでたっぷりと制裁を加えると、ブラディは鼻を鳴らし、掴んでいたクロムをぽいっと放り投げた。雑に床へと投げ捨てられたクロムは、しばらく起き上がることが出来ずに悶絶していた。
ブラディは両手を軽く叩き、ゆるりと踵を返した。
玉座へと続く階段は、威厳を示すために必要以上に長い。
その見栄の代償として、戻るたびに少なくない時間と体力を奪われる。
それでも、歩いて戻るからこそ“カッコいい”のだと、本人は思っている。
──ただし、誰も見ていないときは、こっそり飛んで座っているが。
「ふう……。さて、クロムよ……我は非常に怒っている。よって、貴様には“罰”を与えることにする」
クロムは床に這いつくばったまま、涙で潤んだ瞳をブラディへ向けた。
「くくく……これから貴様が最も嫌がることを行う。覚悟するがよい」
「まっ、まさか──」
「地獄の釜を開き、そこへ叩き込んでやろう……」
「ヒィィィ!! 嫌じゃ! 嫌なのじゃあああ!!」
ブラディは玉座に腰かけながら、ゆっくりと片手を上げる。
すると、真っ黒な鎧で全身を覆った巨大な兵士が現れ、クロムの首根っこを掴み上げた。
「クロム、早く行くぞ」
「なっ、お前の主人は儂じゃろ! はーなーせー!!」
「今はブラディが言っていることが正しい……」
ズルズルと引きずられながら、クロムは王座の間から退出する。
「……では、我も向かうとするか。甘美なる我が熱をその身に受け、浄化される姿を堪能させてもらうぞ」
紅のマントをひるがえし、ブラディは静かに立ち上がる。
目の前には、妙に長い階段。
「……ううむ。少々、設計を見直すべきかもしれんな……」
重々しい足音を堂々と響かせながら、クロムのあとをゆっくりと追っていった。
・・・・・
「ぶくぶくぶく……」
「百数えるまでは出ちゃ駄目だ……」
「フ、フレデリカ……クロムの全身が沈んでおるぞ……」
ここは、ブラディ城の威信をかけて建造された特製の大浴場。
黄金の柱が立ち並び、湯面には香草の香りが漂う──本来ならば、贅沢と癒しの象徴たる場所である。
だが今、湯船の中央では、ゾンビの助手フレデリカによってクロムがずぶずぶと沈められていた。
湯の中で泡がぼこぼこと弾け、やがて沈黙。
「お、おいっ!? クロムっ!」
ブラディは慌てて駆け寄り、クロムの襟首を掴んで引き上げた。
クロムはゲホゲホと咳き込みながら、顔中から湯を滴らせる。
「お、お姉ちゃんが……川の向こうで……手を振っておったのじゃ……」
「そ、そうか。危なかったな……」
「それに……鎌を持った黒尽くめの女が、こっちに歩いてきておったのじゃ……」
「それは……その……大変だったな……」
ブラディは気まずそうに視線を逸らし、頬をぽりぽりと掻いた。
そのまま湯縁に体を預け、ふぅ、と大きく息を吐く。
「まったく……なぜこうも我とフレデリカの手を煩わせる? 素直に入ればよかろうに」
「頻繁な入浴は肌に悪いのですぞ……」
「入らなさすぎるのも悪いだろうが!」
ブラディは大きくため息をつき、濡れた黒髪をかき上げた。
この風呂嫌いの部下には、何度言っても改善の兆しがない。
ブラディ自身は浴場に対して並々ならぬこだわりを持っている。
設計段階から自ら関わり、素材から香料、湯温の調整に至るまで完璧を追求した。一日に何度も湯に浸かることすらあるほどで、自室にも専用の浴室を備えているほどだ。
「今日は客人たちも、この我が誇る大浴場を楽しんでいる。これ以上、劣悪な姿を見せることは許さぬぞ」
ブラディがそう言って視線を動かすと、広い浴場のあちこちで賑やかな声が響いていた。
鳥魔の戦神リフレツィアが湯面の上で羽を伸ばし、うっとりとした表情を浮かべている。その隣では斉天大聖孫悟空が牛乳瓶を片手に豪快に笑い、向こう側では妖精王タイタニアが床に濡らした石鹸を大量に並べて遊んでいた。
「おい、あの羽蟲を止めてこい」
「ブラディ、あれも大事な客人……」
「……はあ、そうだったな。まったく、どいつもこいつもクセが強すぎる。我の気苦労を分かってくれるのは、お前くらいのものだ……フレデリカよ」
フレデリカはゾンビでありながら、高度な知能を持つ。
その身体の大半はマキナ――精密機械によって構成され、脳には特殊な思考補助チップが埋め込まれている。
一緒にお風呂に入ることもできるし、お互い読書家で話も合う。
肉体がほとんど機械の塊になってしまっており、ゾンビであるのか怪しい部分があるが。
「ブラディ、偉い……」
「そうだろう! そうだろう!」
得意げに胸を張るブラディ。
そのとき、背後から上品な声が響いた。
「あら、その声はブラディではありませんか。此度はお招き頂き、ありがとうございます」
ブラディの動きがぴたりと止まる。
声を聞いただけで分かった──強力な力を持つ大天使、ガブリエラだ。
ブラディにとっては重要な同盟相手の一人。
その能力はたしかに強大であり、対イリアスヴィル戦において欠かせぬ存在……のはずだが、ブラディの胸中には微かな猜疑があった。
先の聖魔大戦での話を聞くに、裏切る可能性がある人物だからだ。
灼熱を操る自分とは相性が最悪で、もし敵として相まみえたなら、ガブリエラに勝ち目はないだろう。ゆえにこそ、彼女がこちら側についたことには、明確な打算が見える。
とはいえ、ガブリエラが敵側の天使を憎悪しているのもまた事実。
自分が一番の天使となるまでは、裏切ることもないだろう。
敵陣にいるウリエラへのあからさまな劣等感――。
それが、今のガブリエラを縛りつける鎖であり、同時に彼女を戦いへと駆り立てる核でもあった。
だが、ブラディもまた、背後から刃を突き立てられる可能性を完全には捨てていなかった。
ゆえに今回の戦役では、予防の意味も込めて、ガブリエラを一番槍として前線に立たせることにしたのだ。
「あー……我が高貴なる同盟者、ガブリエラよ。楽しんでもらえて──」
振り返った瞬間、ブラディの言葉が途切れた。
目の前に立つガブリエラを見た瞬間、思わず息をのむ。
「ど、どうしたのだ……!? その姿は……!」
「……」
──ガブリエラは、全身真っ赤だった。
汗が滝のように流れ落ち、いつもの余裕そうな笑みは歪んでいた。神々しい光を放っていた頭の輪はチカチカと明滅し、背中の羽は熱で縮こまり、まるで茹で上がった鳥のようだった。
「……サウナを楽しんでいたのですが、私の側近が真顔で唯一の扉を塞いでしまいまして……。困った忠誠心の表し方をするものです……」
「それは忠誠心……なのか? それよりも、大丈夫か? 緑色の部分が全部真っ赤になっておるが……」
「この程度で倒れる私ではありませんよ……。換えの効かない優秀な部下なのですが、時折……行動が独創的でしてね……」
ガブリエラは右手を口元に添え、上品に微笑んだ。
だが、その手の指先に至るまで、真っ赤に染まっており、ややプルプルと震えている。
「少しだけ、入りすぎましたね……。今度は水風呂を楽しんできます……」
「あ、ああ。ぜひそうしてくれ……」
ふらつきながら歩くガブリエラを、ブラディは半ば呆然と見送った。
しばし沈黙。そして、ブラディは眉間を押さえて深くため息をついた。
「……我、味方選びを間違えたかもしれんな」
「ブラディ、元気出せ……」
フレデリカが無表情のまま、ブラディの背を優しく叩いた。
・・・・・
なんだか肩が凝った気がしたブラディは、薬草風呂に入ることにした。
フレデリカはゾンビであるため、この湯に入浴すると体にダメージが入ってしまう。そのため、クロムの監視役を任せてここには来ていない。
「こちらをどうぞ……ブラディ殿」
「ああ、白天狐か。いただこう」
湯気の向こうに、雪のように白い毛並みの九尾が静かに佇んでいた。
白天狐──アスカノミコトに仕える側近にして、世界最高峰の魔道士とも謳われる存在。ヤマタイ地方では神そのものとして信仰されている。
ブラディは湯船に身を沈め、白天狐が差し出した杯を受け取る。
てっきりヤマタイ酒かと思って口にしたが、ただの冷たい茶。香りはよいが、好みからはやや遠かった。
「ふふ、そのお顔……お酒だと思われましたね?」
「イタズラ狐め。……それにしても、お前がアスカノミコトに降るなど、未だ信じられん。悪いものでも食べたか?」
ブラディは湯面を軽く揺らしながら、冗談めかして言う。
白天狐は九つの尾をゆるやかに揺らし、薄く笑みを浮かべた。純白な容姿も相まって、幻想的で美しい妖艶な印象を与えている。
「ここ最近、心に寒さを感じることが多くありましてのう。気分を変えるためにも、お誘いに乗ることにしました」
「そうか。まあ、お前が姫君を紹介してくれたおかげで、我々は計画を進めることができた。感謝しているぞ」
「お手柔らかに頼みましょう。姫君は誰に似たのか、繊細なようでいて大雑把な方ですからね……」
白天狐が湯面を指でなぞるようにして笑う。
その声音には、どこか慈しみの響きがあった。
ブラディはその言葉を聞き流すように、ゆっくりと薬草風呂へと身を沈める。
地下深くから湧き上がるマナが肌を通して体内を巡り、凝り固まっていた力がゆるやかに解かれていく。
「アスカノミコトはどこに?」
「先にヤマタイへ帰られました。おそらく、戦いに備えて瞑想を行っておるのでしょう」
「無尽大帝──その名に違わぬ強さの根本には、やはり精神の冴えがあるということか」
「あなたも同じでしょう? 異界から戻られたブラディ殿は、肉体こそ変わられたものの……精神は、以前と少しも違わぬようで」
その言葉に、ブラディはわずかに眉を上げた。
「分かるか?」
「混沌に触れたものなら、分かるものでしょう」
「そう言えば……お前も異なる世界に赴いたのだったな」
ブラディは納得したように頷いた。
かつてブラディは膨大な魔力を行使し、異世界に渡った。
その地では、全身鎧に身を包んだ奇妙な男に進路を阻まれ、支配の野望は潰えることとなった。
激戦の果てに魔力を失い、この世界へ帰還するには中継地を経由するほかなかった。しかもその中継地に、土産として買った本をうっかり置き忘れてきてしまい──泣く泣く、保管用の貴重な一冊を実用品に回す羽目になったのだ。
そして、元の世界に戻ってしばらく経ったころ。
ブラディは、自らの身体に明確な変化が生じていることに気づいた。
以前にも増して魔力の流れが鮮明になり、ついには核熱の炎さえ自在に生み出せるほどとなっていた。
「妾は聖魔融合を使って、どうにか渡っただけですからのう。ブラディ殿のように影響は受けておりません」
「まあ、あの力はじゃじゃ馬だからな。我のように精神が強くなくては、使いこなせまい!」
そう言ってブラディが胸を張ると、白天狐は無言で茶を一口すする。
ゆっくりと茶を飲み干したあと、白天狐は静かにこちらへ視線を向ける。
「……この戦い、勝てるとお思いで……?」
「油断するつもりはない。だが、勝算は高いだろうな。気をつけるべきはウリエラとエデンのみ……。あやつらさえ片付けてしまえば、イリアスヴィルは手に入ったも同然よ」
「二名が斃れ──降伏、しなければ?」
「無論。街ごと、骨の髄まで焼き尽くすまでよ」
ブラディの掌に紅蓮の火球が浮かび上がる。
揺らめく炎が頬を照らし、加虐的な笑みがその影に滲んだ。白天狐は細めた目を逸らさぬまま、わずかに息を呑む。
「そう、ですか……。では、妾はそろそろ上がるとしましょう。ガブリエラ殿と話し合いがございますのでのう」
「あー。水風呂に寄って、ガブリエラが沈んでないか確認しておいてくれ」
「……? 分かりました」
白天狐は軽やかに立ち上がり、その白い尾を優雅に揺らしながら浴場を後にした。
残されたブラディは、微かに笑みを漏らしながら湯に身を沈めた。
・・・・・
ブラディはいつも、入浴の締めにサウナを選ぶ。
扉を開けた瞬間、籠った熱気が一気に押し寄せ、肌を刺すような感覚が全身を包み込んだ。室内は高温の空気で満たされ、天井からは白い蒸気がゆらゆらと揺れ落ちている。
その中に、ひとつの影があった。
異なる世界からやってきた虫魔の勇者──瑠渦である。
「どうだ? 我が城の大浴場は」
「とても楽しめたわ。こんなにリラックスしたのは……いつぶりかしらね」
「そうかそうか! ロウリュをしても?」
「構わないわ。……満月草の香り、落ち着くわね」
瑠渦は羽を大きく伸ばし、心地よさそうに息を吐いた。
彼女はこの世界の住人ではなく、別の世界からやってきた存在。かの世界では、瑠渦の姉妹が増えすぎたことで、世界そのものが崩壊の危機に陥った。
そこで、瑠渦は新たな地を求めて旅立ち──この世界へと辿り着いた。
ここで出会ったのは、行き場を失い困窮する虫族たち。
彼女らを見捨てることができず、気づけば瑠渦はその民を導く存在となっていた。
より良き新天地を求めるその志が、やがてブラディとの協力関係を生むことになる。
「配下の具合はどうなっておる?」
「はあ……蜘蛛族の生き残りは少なくて、増やすのも難しいわね。元女王は出家してどこかに行っちゃったし、正直、ちょっと疲れてるの」
瑠渦はそう言って、羽でぱたぱたと自分を扇いだ。
その羽は虫のような翅ではなく、白く柔らかな天使の羽。その異質さに、ブラディは小さく目を細め、瑠渦の向かいに腰を下ろす。
「そういえば、聞いてもいいかしら。あなたが行った世界の勇者の話」
「……ヴェークのことか?」
「あれ? 本だと“ウォーク”って名前だったわよね?」
「ペンネームというやつだ。本名はヴェーク……あの世界のサラマンダーがそう呼んでおった」
サウナの熱気が、じりじりと肌を焼く。
だがその熱は、空気だけのものではなかった。
ヴェークの名を口にした瞬間、胸の奥に古い灼け跡が疼く。
瑠渦はそんなブラディの変化を察したのか、興味深げに身を乗り出しながら言葉を継いだ。
「全身鎧だって言ってたけど、どんな体格だったの?」
「人間にしては大柄で──なんだ? あいつは我の獲物だぞ。手を出すことは許さん」
「あっ、違うの! そういう意味じゃなくて……。私の父さんが、勇者だったって聞いたことがあるのよ。もしかしたら、そのヴェークって人がそうなんじゃないかなって……」
「なんだ、そういうことか。……ふむ、瑠渦、少し寄ってこい」
「えっ、ええ……」
おずおずと近づいてくる瑠渦に、ブラディは鼻をひくひくと動かした。
その仕草に、瑠渦は目を丸くして身を固くする。
「に、臭うかしら……!?」
「違うわっ! ……血の匂いがあの男とは別物、ヴェークはお前の父ではない。……それにしても、お前は妙な魔物だな。天使に魔物に人間……我よりもよほど“混沌”としておるわ」
「そう……残念だわ。もしかしたら、父親と会えるかと思ったのだけど」
瑠渦は小さく肩を落とし、しゅんとした表情を見せた。
「まあ、ヴェークは勇者と呼ぶと怒るからな。『冒険家だー!』だと言って。当時は魔王であった我と対峙しておるのに、勇者ではないなどと主張しておったな」
「そうなの? 変わった人間ね。勇者のほうが、ずっとかっこいいのに」
「ふむ、そう思うか? 我は“冒険家”という響きも悪くないと思うぞ。我はもともと冒険小説が大好物でな。勇者の物語は数多あれど、真に冒険家を描いた物語は少ない。だからこそ、冒険家であることに誇りを持つヴェークには、妙に好感が持てたのだ」
「すごい早口で話すじゃない……」
ブラディは自分でも気づかぬうちに、熱を帯びた口調になっていた。
少し咳払いをして、気恥ずかしそうに視線をそらす。
──弱っていたとはいえ、自分に唯一土をつけた存在。
ヴェークという存在は、ブラディにとって決して忘れがたい特別な名だった。
「イリアスヴィルの連中を片付けて、そのあとはどうするの? ヴェークと戦うの?」
「そうだな」
ブラディは拳をゆっくりと握りしめた。
前回の戦いは、決して満足のいくものではなかった。敗北を認めるつもりはあるが、あのときは万全の状態ではなかったのだ。
だが、今度は違う。
クロムと白天狐が共同で開発した、並行世界への扉を開ける装置のおかげで、魔力を消耗せず異世界へと渡ることができる。
「人間の成長は早い。あの男がどれほど実っているか……楽しみだ」
「案外、腑抜けてたりして?」
「それはない。そのようになる男に我が負けるはずなど無いだろう。……必ずや、成長した姿を我に見せてくれるはずだ! ワーッハッハッハ!!」
唇に滴る汗を舐め取り、ブラディは熱気の中で不敵に笑った。
その迫力に、瑠渦は思わず引いて苦笑いを浮かべる。
──そのとき、サウナの扉が勢いよく開け放たれた。
「ブラディさまー! 大変だよー!」
「たいへんたいへんー!」
「うさこ、もふゆ……どうしたのだ? むむっ! お前たち、服を着たまま……! マナー違反だぞ!」
ブラディの側近である、バニースライムのうさこと、二尾銀狐のもふゆが慌てて入ってきた。
うさこは泡立つように跳ね回り、もふゆは和服の裾をずぶ濡れにしながら必死に訴えた。
「カニ労働者組合がストライキを起こしちゃったの!」
「ソープ書記長がみんなを巻き込んで、お城に詰めかけてるよー!」
「──どいつもこいつもおおおぉぉぉ!!」
怒号とともに立ち上がるブラディ。
その背に、瑠渦がのんびりと手を振った。
「いってらっしゃーい♪ 私はもう少し、サウナを満喫させてもらうわね~」
ブラディはうさこともふゆを連れだって、浴場を後にした。