ガブリエラを標的とした電撃戦は、計画通り成功を収めた。
並行世界のプリエステスの奮戦により、植物族の大半が離反し、修羅同盟からの離脱を表明。
ガブリエラに従っていたわずかな残党も、主の敗北を悟ると次々に投降。
抵抗を続けたものたちは、力の同盟によって速やかに制圧され、幽閉が決定した。
そして当のガブリエラも、無事に拘束される。
腐っても強大な天使であることに変わりはなく、ウリエラの一撃と城の崩壊という二重の衝撃に晒されながらも、命を繋いでいた。
「ぐべっ!? ごべえっ!?」
「おらっ! お前が汚した大地だぞ! たっぷり味わっとけ! ワーッハッハッハ!!」
ウリエラの豪快な笑い声が荒野に響き渡った。
再びバイクに跨り、力の同盟とウリエラはイリアスヴィルへと帰還中。
ガブリエラは特注の拘束具でぐるぐる巻きにされ、口には猿轡を嵌められていた。さらに足に巻かれた縄の端がバイクに結びつけられており、地面を引きずられながら悲鳴とも呻きともつかない声を上げている。
「あー、ちょっとやり過ぎじゃないか?」
「この程度じゃ生温いぜ! こいつ、イリアスヴィルの周りに塩を撒きやがったんだぞ! それだけじゃねぇ! 水源に爆発的に増える水生の毒草を投げ込んだりよお! そんな嫌がらせを月イチでやってたんだぞ、こいつ!」
「……気にせず続けて」
「むーっ!! むーっ!!」
ガブリエラは涙目で抗議の声を上げるが、誰も止めようとしなかった。
泥道や瓦礫の上を引きずられ続けているが、流石は強力な天使だけあって傷は付いていない。だが、痛いことには痛いようで、石や瓦礫にぶつかるたびにずっと騒いでいた。
「こっちに仮設の橋が──あったあった!」
「ふふっ、ようやくイリアスヴィルに帰れますね。有給休暇を申請しないといけません……♪」
ウリエラの後ろに乗ったプリエステスが、心底うれしそうに微笑む。
俺の知る“比較的平和な世界”のプリエステスはあれほど疲弊していたというのに、この過酷な世界の彼女の方が、ずっと生き生きしている。
なんとも不思議な話だ。
「すまねぇ、プリエステス! 戦争が終わるまではよ、長期の休みは我慢してくれねぇか……? あんま良くねぇのは分かってんだけどよ……」
「……仕方ありませんね。今は非常時、私とて理解しておりますよ」
「助かるぜ!」
「──ぐっはぁ!? ぺっ! ぺっ! ……プリーステス! この裏切り者っ!!」
「ウリエラ、猿轡が外れたぞ。我が付け直すか?」
「いや。久しぶりに鳴き声を聞きたいから、そのままでいいぜ!」
地面に突き出ていた岩に顔面をぶつけた拍子に、ガブリエラの猿轡が外れた。
途端に彼女は憤怒の形相でプリエステスを睨みつける。しかしプリエステスは、飄々とした様子で肩をすくめるだけだった。
「裏切りも何も……私は最初からこちら側の陣営ですよ。まったく、あなたには振り回されてばかりです」
「それはこちらのセリフです! 突然ピエロのメイクにされたかと思えば、薬品タンクに落とそうとしたり! あなたのイタズラに、私は今までどれだけ目を瞑ってきたと思っているんですか!?」
「それくらい、目くじらを立てるほどのことじゃないでしょう。それよりも、私がこれまで何度“休暇が欲しい”って言ったと思います?」
「慈愛に満ち溢れ、高貴なる私の身の回りの世話を行うのは、休暇と同義ではありませんか!」
「聞きました? 聞きましたか、皆さん? こういう天使なんですよ、これ」
「……そりゃ植物族も離反するわけだ」
「これはひどいな……」
ぺこが信じられないものを見たとでも言いたげに呟く。
ガブリエラは悪びれることもなく持論を展開し続け、俺たちは顔を見合わせる。
「力の同盟は、有給消化を推奨する組織だぜ! ガブリエラのやり方は最悪だな!」
「筋肉にも休暇は必要ですわ!」
「ひどい……」
「…………」
非難轟々の力の同盟。
しかしガブリエラは、まるで他人事のように首を傾げ、心底理解できないといった表情を浮かべていた。
――なるほど、なかなか“良い”性格をしている。
「ふふふっ……。今のうちに好き放題言っておくといいでしょう。私の同盟相手は、必ずやこの私を救いに来ます。それまでは──ごふっ!!」
「あっ、わりぃわりぃ! ここから砂利道が続くんだ。舌噛まねぇようにな!」
「いふのがおひょい! いひゅもいひゅもあにゃたは~!」
抗議の声を上げるガブリエラを完全に無視して、ウリエラはバイクを加速させる。
こうして、俺たちはイリアスヴィルへと凱旋することになった。
・・・・・
「どういう状況だ、これ……」
「いや、俺にも分かんねえ……どうなってんだ?」
「ごぼぼぼぼぼっ! おぼれっ! ごぼぼぼぼ!! プリーステス! た、たすけて!」
「ウフフ……」
イリアスヴィルへ近づくにつれ、地面の状態は見る見る悪化していった。
出発前から荒れ果てていたが、今はその比ではない。バイクのタイヤが水を跳ね、潮の香りが鼻を突き、まるで海辺を歩いているようだった。
「ヴェーク、あれが原因ではないか?」
ぺこが指差す先に、巨大な青い山がそびえていた。
最初は敵の仕業かと思ったが、よく見るとそれはイリアスヴィルの入口を塞ぐように立ちはだかっている。
そして、次の瞬間、山全体がぶるぶると震えだした。
俺たちが呆然と見守る中、山頂から轟音とともに大量の水が噴き上がる。
まるで火山の噴火のようだが、噴き出しているのは溶岩ではなく――海水だ。噴き上げられた海水は陽光を受けて虹を描きながら、雨のように辺り一面へと降り注いでいった。
「う~ま~い~ぞ~!!」
「やややっ、山が喋りましたわ~!!」
「いや、あれは多分、魔物だぞ! ヘルゴンドの巨竜よりデケェ!」
「たぶん、川を逆流して海から来たんだろうね……。地面がビチャビチャなのは、そのせいかな……」
「…………」
驚くことに、イリアスヴィルの前に居るのは、巨大な魔物のようだ。
きっと、彼女が話に出ていたトロなのだろう。大きいとは聞いていたが、まさかここまでの規模とは思わなかった。
俺は以前、砂漠で巨大なサンドワーム娘と対峙したことがある。
あのとき、『これ以上デカい奴なんているわけがない』と本気で思っていた。
だが、現実はいつも俺の想像を軽々と超えてくるらしい。
『散らかっていて申し訳ありません。捕虜にした敵兵以外は全員撤退。それと、正面から入れるようになっています』
通信機から、メフィストの落ち着いた声が響く。
『重症者は出ましたが、防衛に徹していたおかげで、犠牲者は出ておりません。被害は最小限に抑えることができました』
「そうか……それは良かった」
『ただし、肉の備蓄と土地の一部が犠牲になりました。しかし、これはいわゆる“コラテラルダメージ”というものに過ぎません。軍事目的のための、致し方ない犠牲ですね』
「それくらいどうってことねぇ! トロには俺からもお礼を言わなきゃな~!」
『ぜひそうしてあげてください。それに、ガブリエラの確保にも成功しているのなら、土地の問題はすぐに解決できるでしょう。――では、イリアスヴィルでお待ちしております』
通信がぷつりと途切れる。
防衛戦は、どうやら最良の形で終わったらしい。緊張がふっと解け、俺は小さく息を吐いた。
・・・・・
「トロ~!! 俺たちの街を守ってくれてありがとな~!!」
「暴れるのは好きだからな~! それに、いっぱい食べさせてもらえてうれしいぞ~!」
「では、私は久しぶりに我が家に戻るとしましょうか。もしエージェントを雇いたい場合は、ぜひ私にお声がけを」
「ああ、そうさせてもらうよ」
バイクを止め、ウリエラはトロに挨拶しに行った。
プリエステスは自宅に戻り、力の同盟とガブリエラを連れ、イリアスシェルターに向かう。
街のあちこちでは、怪我をした魔物や天使たちが手当てを受けていた。
誰もが傷だらけで、泥や水にまみれていたが――それでも、その顔には確かな安堵と誇りの色が浮かんでいた。
「あの建物は一度、救護所として――戻られましたか」
目的地へ向かう途中、指示を飛ばしていたメフィストが、こちらに気づいて顔を上げた。
「それで、ガブリエラはどちらに?」
「あー、これがそうだ」
「もがもがもが……!」
俺は、台車に乗せられた“土塊”を指差した。
つい先ほどまでは確かにガブリエラだったのだが、汚れた海水でドロドロになった挙句、ずっと引き摺られたことで完全に土塊になってしまっていた。
「なんとも……愉快な姿ですね。では、ドクターの元へ連れて行きましょう。ちょうど準備も整ったはずです」
「準備?」
「この街を恒久的に守るための仕掛けですよ。ガブリエラの力を“死なない程度に”吸収し、結界の維持に利用する装置を用意しました。普通の檻に閉じ込めても、彼女なら簡単に抜け出してしまうでしょうからね」
「弱らせるだけでなく、力も利用するとは……なるほど、一石二鳥というわけか」
ぺこが感心したように頷く。
メフィストを先頭に、俺たちはそのあとをついていった。
「それともう一つ“処置”を行いますが……。まあ、言わなくても良いでしょう」
しばらく進むと、中央広場に出る。
そこには、俺たちが街を発つ前には存在しなかった鋼鉄製の巨大な檻が設置されていた。地面には緻密な魔法陣が描かれ、四方には透き通るような水晶玉がはめ込まれた柱が立っている。
さらに、上には“てんしのおり”と書かれた看板が掲げられていた。
『かってにえさをあたえないでください』と注意書きが書かれている。
「では、私はここまでです。ドクター、ガブリエラを連れてきました。準備はよろしいですか?」
「待ちわびたぞ。――さて、実験体を渡してもらおうか?」
檻の確認をしていた白衣の天使が、こちらを振り返った。
気だるげにポケットから手を抜き、燃えるような赤髪を雑にかき上げる。目の下には深い隈が刻まれ、赤い縁の眼鏡の奥の瞳が、じっとこちらを射抜いた。
「これがそうなんだが……そのままでも大丈夫か?」
「なんだこれは。地中から発掘でもしてきたのか? 私は面倒が嫌いなんだ。早く掃除してくれ」
「分かりましたわ~! えっと……ドクター、とお呼びすればよろしいのかしら?」
「プロメスティンでも、ドクターでも、好きに呼ぶがいい」
プロメスティンはそう言って、しっしっと手を振る。
エクレアが土塊を包み込むと、徐々に溶けていき、ガブリエラが現れた。
「なんという屈辱……! このままでは済まさ──あなたは、天界で書記をしていた天使ではありませんか! 私を助けなさい! 今なら特別に、私の側近にしてあげますよ!」
「ふむ……面白い精神構造だ。この状況でそういった反応をするとは。神経細胞をじっくりと観察してみるのも一興かもしれないな」
プロメスティンはガブリエラの言葉をまるで聞いていない。
軽く鼻歌を口ずさみながら、彼女を乱暴に椅子へと座らせる。直後、檻の内部が淡い光を放ち、設置されたライトが点灯した。
「様子のおかしい天使です」
それと同時に、檻の死角になっていた場所から、ひょっこりと小さな少女が現れる。
彼女は明らかに生身の部分はなく、精巧な機械仕掛けの魔物だった。
「これが今度の実験体ですか?」
「ああ。昔の話だが、元七大天使だとかなんとか。野望だけは相当の大きさだったようだ」
「夢破れたり……と言った具合でしょうか。ですが、この実験で生まれ変わるのですね」
「生きていれば、な」
「そういうことですね。では、始め──おっと、力の同盟の皆さんですね。ご挨拶が遅れました」
機械仕掛けの少女は、こちらを向いて小さくお辞儀をした。
「私はラプラス。自律AIを搭載する、イリアスシェルターの管理マシンであり、プロメスティン様の助手を務めております」
「……なんか、今すごく怖い話を聞いたような気がするんだが……。俺はヴェーク。後ろが──」
力の同盟は、順に自己紹介を交わしていく。
ひと通り終わると、プロメスティンがわざとらしく咳払いをした。
「お喋りはここまでにしよう。――早速、“処置”を始めるとしようじゃないか」
「準備は万端です。では、開始します」
「い、一体何を──もがっ!?」
ラプラスが無言でガブリエラの口に再び猿轡を押し込み、金具を締める。
直後、檻の周囲を覆うように分厚い布が掛けられた。
金属の擦れる音とともに、中の様子は完全に見えなくなる。
そして──。
「んんー!! んー! んー!」
「処置も重要だが……女神自らの手で造られた天使が、いかなる生体構造を持ち、脳内でどのような物質を分泌するのか――その観測も欠かせん。映像記録、バイタル、思考波動……すべて漏らさず記録しておけ」
「了解しました、プロメスティン」
「なあに、なにも心配することはない。何があっても……悪い夢のようなものだからな……」
「ん~~~っ!!!」
あの布の下で何が行われようとしているのか。
俺たちは戦々恐々としながら、じっとその行方を見守るしかなかった。
・・・・・
しばらくすると、ガブリエラの声は聞こえなくなった。
代わりに、ドリルの唸りと何かを焼き切る音が響く。
時折、プロメスティンの楽しげな声が混じり、俺たちはただ顔を見合わせるしかなかった。
「……俺、味方選びを間違えたかもしれん」
「ヴェーク、まだ判断するのは早いぞ……」
「ふむ、思っていたより詰まっているな……。ラプラス、この部分が利用できそうだ」
「この位置に設置を行います……」
今度は檻の中から、にちにちと肉をかき分けるような音がする。
なにかされているようだが、嫌な予感しかしない。
「アタシもちょっと後悔し始めたかも……」
「怖いですわ! 怖いですわ!」
「イリアスヴィル、想定より文明レベルが高いね……」
「…………」
「……我が間違えていたかもしれんな……」
恐怖を和らげるために仲間同士でハグをしてると、檻の布が払われた。
「やはり七大天使は、我ら普通の天使とは根本的に構造が異なる。腹立たしい話だが、女神イリアスはやはり卓越した科学技術を有していたようだな……」
姿を現したプロメスティンは、白衣を鮮やかな赤に染めており、心底楽しそうに息をつく。
ぐぐっと背筋を伸ばすと、汚れたゴム手袋を外して、無造作にゴミ箱へ放り投げた。
俺たちがその光景を戦々恐々と見つめていると、背後からウリエラの声が響いた。
「プロメスティーン! 終わったかー!」
「ええ、天使長。手術は無事に完了しました。“頭の中に爆弾”手術は成功です」
「これで安心だな! ちょっと酷いかもしれないけど、仕方ねえ!」
「……」
先程まで行っていた処置の話を聞くことになった。
どうやら、ガブリエラの頭の中にはニトログリセリンを主成分とした小型爆弾が埋め込まれたらしい。
ウリエラの手にある自爆スイッチを押せば――ガブリエラは即座に爆発するという。
「今のガブリエラは“天使爆弾”だ。もし反逆を試みれば、起爆すると脅せばいい」
「俺はやりたくなかったが、街の平和のためだ。イリアス様、お許しくださいってヤツだぜ!」
「女神イリアスも、きっと許してくださいますよ。今も空の向こうから、私たちを見ておられるはずです。私は機械なので死生観はよく分かりませんが……たぶん、そういうものだと思います」
プロメスティンは満足げに口角を吊り上げ、ウリエラは力強くうなずいた。
ラプラスは青空を見上げ、感傷に浸るように小さく瞬きをした。
そして――檻の中では、白目を剥いたガブリエラが、ぐったりと椅子に座っていた。
「……」
「…………」
シェーディが俺たちの背中を、順番にぽんぽんと撫でていく。
普段は無口で、何を考えているのか分からない彼女。
だが、今日はしっかりと思いが伝わってきたのだった。