『武王杯──優勝者は“キュバとゆかいな仲間たち”となりました!!』
──武王杯の決勝戦。
俺たち“力の同盟”は、勝利を掴むことができなかった。
あの瞬間、グランベリアの乱刃・気炎万丈の一撃が俺を真正面から貫き、体が宙を舞った記憶だけが鮮明に残っている。
防ぐことも、受け流すこともできず。
ましてや、ルシフィナさんから授かった技を放つ余裕などまるでなかった。
意識が闇に沈む中で、仲間の声が微かに聞こえた気がした。
そして、次に気がついた時には、すべてが終わっていたのだ。
俺は担架に乗せられ、静けさだけが漂う控室へ運ばれていく。
ベッドに寝かされた身体は重く、悔しさばかりが胸にのしかかっていた。
「悪い……。俺が足を引っ張った……」
「そんなことねえよ! ヴェークは世界一の剣士に正面からぶつかったんだぞ! むしろよくやったっての!」
「そうですわ!」
アイシスとエクレアが俺を慰めてくれる。
負けてしまって申し訳ないと思う反面、二人の優しさが有り難かった。
「ほれ、我も慰めてやる」
「子供か、俺は……。まあ、ありがとう」
ぺこはツンとした表情のまま、ぎこちなく俺の頭を撫でてくれる。
珍しいこともあるものだ。俺は照れ臭くなりながらも、感謝の気持ちを伝えた。
「その、ヴェーク……腕は……」
おずおずと問いかけてくるミクリの視線が、俺の左腕へ向かう。
俺もつられて目を落とす。
ひしゃげていた篭手は外され、包帯すら巻かれていない。傷跡も、歪みも見当たらず――見た目だけなら、何事もなかったかのように綺麗だ。
「……くっ……!」
「ああ、動かしては駄目ですよ。見た目は治りましたが……まだ無理をしてはいけません」
いつの間にか側に来ていた陽絹が、そっと俺の手を押さえ、胸の上へ戻してくれた。
グランベリアの必殺の一撃――あれは本当に、全てを断ち切るような力だった。
左腕は吹き飛びかけ、元の形を失った。すぐさま白魔法を施したものの、内部の何かが致命的に壊れてしまっているのが、自分でもわかる。
──俺の腕はもう、元には戻らないだろう。
「まあ……名誉の負傷ってやつだな。名高い戦士と戦った証だ」
「ヴェーク……」
珍しく悲しげな声で、ぺこが頭を撫でてくれる。
俺もいつものように、左手で撫で返そうと思った――だが、激しい痛みが走り、思わず顔を歪めた。
「まだ諦めては駄目ですよ。あなたは私を救ってくれた。今度は私が救う番です。治す方法は、きっとあります」
陽絹の真っ直ぐな瞳に、一瞬だけ俺の中の想いが揺らいだ。
けれど――。
「ありがとう、陽絹。でも、俺は……これで良かったんだと思う」
ふと、心のどこかがすっと軽くなった。
限界はいつか訪れるもの。これは、冒険家として生きてきた俺への、一つの終着点なのだろう。
「……俺、引退しようと思うんだ」
「──はあっ!? そんな悲しいこと言うなよ!! まだなんとかなるかもしんねぇだろ!? 諦めんなって!」
「そうですわ! 一緒にもっと、たくさんの冒険をして……笑って……そういう未来を、私はまだ諦めておりませんのに!」
「ヴェーク……そんなの、嫌だよ……!」
俺の言葉を聞き、三人は狼狽えた様子を見せる。
「前にヤマタイ村で言っただろ? 俺だってどこかで引退して落ち着く日が来るかもしれないって。……たぶん、今がその時だ」
「ヴェーク、我は──」
「冒険を続けることは、きっとできる。右腕も、足も動く。……だけど、俺はここで区切りをつけたいんだ。今度は自分で、終わり方を選びたい」
ぺこが何かを言いかけたその瞬間、俺はそっとその言葉を遮り、続けた。
みんなの想いを踏みにじっているかもしれない――それでも、引き返す気はなかった。
このまま冒険を続ければ、いつか本当に取り返しのつかない傷を負うかもしれない。
そしてもし、俺の不自由な腕が原因で誰かが傷つくことになったら……その罪を、俺は一生抱えて生きていくことになるだろう。
だから――今が、きっと最良のタイミングだ。
ゆっくりとベッドから起き上がり、仲間たちの顔を一人ずつ見つめる。
「ぺこ、アイシス、エクレア、ミクリ……。ほら、別に死に別れるわけじゃない。会いたいときに会えばいいしさ。また俺の家に住みついたって構わないんだぞ?」
「そりゃあ……そうだけどよ……」
俯いたアイシスの手が、ぎゅっと拳をつくって震えている。
「ちょっとした旅にも行ける。飯だって一緒に笑いながら食える。俺が冒険を辞めるってだけで、絆が切れるわけじゃない。……だからさ」
俺は無理にでも明るく言おうとした。
胸が痛い。まだ一緒に冒険をしたい気持ちがないわけじゃない。けれど、俺はただの人間で――過去にも未来にも逆らえない。
しばらく沈黙が続いたあと、四人はゆっくりと頷いてくれた。
・・・・・
こうして、俺の冒険は終わった。
嬉しいことに、たまも様が俺が引退すると知ると、魔王城に招待してくれた。
力の同盟は当初の目的である、ヘルゴンド大陸への到達を果たしたのだった。
魔王──アリスフィーズ16世は、想像よりずっと若い容貌だった。
その姿は次世代の風を感じさせ、まさに新しい時代を切り拓くもののそれ。
俺はその姿を前にして、俺はなんだかレトロな人形になったかのような気分になってしまう。
時代は進み、世代は移り変わっていく。俺もようやく、その流れの端に立てたのかもしれない。
アリスフィーズ16世は、魔王と言うには程遠い穏やかな様子で俺たちを迎え入れてくれた。
パーティーが開かれ、力の同盟は盛大な祝福を受けた。
アイシスは五百年ぶりに旧友と再会したらしく、笑い声を弾ませながら思い出話に花を咲かせていた。
エクレアは魔王城に暮らすスライムたちと可愛らしいお茶会を開き、彼女らしい優雅さを振りまいている。ミクリは自分から持ち込んだカードゲームにすっかり夢中で、時折ガッツポーズをしながら楽しそうに叫んでいた。
そしてぺこは、皿いっぱいの肉を豪快に頬張りつつ、たまも様と肩を並べて何やら盛り上がっていた。
俺はみんなの様子を眺めながら、グラスに残った赤ワインをゆっくりと口に運んでいた。
ついさっきまで冒険者としての人生を終えたばかりだというのに――胸の中は驚くほど静かで、柔らかな穏やかさに満たされていた。
俺のファンだと言ってくれた魔物たちとの会話を終えたころ。
グランベリアが俺の前にやってきた。
罪悪感を抱えているのが一目で分かるほど、彼女の表情は沈んでいた。あの戦いで俺の左腕を奪ってしまったことを、ずっと気に病んでいたのだろう。
俺はそんなグランベリアに、気に病む必要なんてないと伝えた。
俺という存在を糧にして、これからもさらに強くなってほしい――そう言葉にした。
グランベリアは唇を噛みしめて俯き、それから涙を滲ませながら、力強く頷いてくれた。
その仕草に、俺は救われていくような気がした。
・・・・・
俺がイリアスベルクの自宅に戻ってからしばらくして。
ぺこ以外の皆は、それぞれの未来へ向かって家を出ていった。
決してケンカ別れをしたわけじゃない。
むしろ、最後まで笑顔で別れの挨拶を交わせた。ひとつの冒険が終われば、また別の冒険が始まる……ただそれだけの話だ。
アイシスは魔王城へと戻り、スライムたちと交流を深めつつ修行を続けることにしたらしい。
後進の指導にも意欲を見せているようで、意外と面倒見が良いところが評価されているらしい。……ただし、気に入った子にすぐセクハラを仕掛ける悪癖は相変わらず治っていないようで、現在の住居は地下牢だとか。
ミクリはというと、一度里へ戻って陰陽や礼儀の修行に励んでいる。
時折送られてくる手紙には、たまも様への怨嗟の呪文がびっしり書かれているものの……内容とは裏腹に、どこか楽しそうな文字の運びで、読んでいて思わず笑ってしまう。ちょくちょくイリアスベルクにも顔を出すのだが、ほとんどは修行から逃避してきているだけなんだろう。まあ、それもミクリらしい。
そして、エクレア。
彼女はグランドールへ移り住み、アイドルとして新しい活動を始めた。世界一のお姫様になる夢を捨てたわけではないが、少し寄り道をしながら、楽しげに未来へ向かって歩いている。
最近では、サキちゃんとタッグを組み、ライブツアーであちこちを回っているらしい。
近々イリアスベルクにも来てくれるとのことなので、その時は元プロデューサーとして、全力で応援をしようと思う。
そして、ぺこはというと……。
「ヴェーク、第四倉庫が一杯になったぞ」
「おお、今年は本当に豊作だな。魔王城にもまた送っておくか」
「イモも大量に送ってやろう。ははは、アイシスが喜ぶからな……」
イリアスベルクの郊外。
収穫の季節、風に揺れる黄金色の穂が、どこまでも広がっている。俺は額についた土を手の甲で拭いながら、目の前の光景を眺めた。
俺とぺこは、農家として第二の人生を謳歌していた。
最初は本当に小さな畑だった。
二人で鍬を振るって、ようやく自分たちが食べる分が採れるかどうか――そんな日々が懐かしい。
いろいろな人や魔物が来て、俺とぺこの手伝いをしてくれた。
幼馴染のダリアは、忙しい合間を縫って畑仕事を手伝ってくれる。
孤児院がいっぱいで入れず、彼女に保護をお願いしたフェニックスのミニは、雑草を燃やす達人になった。時折、収穫前の作物を燃やして怒られてはいるが。
それと、孤児院から脱走したヴァニラとパピ、プチが気がつけば働いていた。
さらに友達のゴブまで加わって、毎日のように畑には笑い声が響いている。
そして、俺の旅路で出会った面々が、ふらりと現れては、短い時間でも手伝ってくれる。
彼女らと話しながら種を蒔き、土を拓き、新しい作物を試して――気づけば土地は広がり、畑は次々と形を変えていった。
そうこうしていると、俺たちはかなり広大な農地を管理するようになった。
収穫量は多くなり、イリアスベルクはもちろん、遠く離れた国々にまで作物を出荷できるようになったのだ。
戦争は、残念ながらまだ消えていない。
相変わらず愚かな争いが起こり、人も魔物も傷ついている。けれど俺たちの育てた食べ物で、飢えに苦しむものが少しでも救われるなら……その分だけ世界は、きっと良くなっていくはずだ。
「そろそろミンクに言って、出荷の準備を整えてもらわないとな」
「ミンクなら、ヴァニラに商人の勉強を教えていたぞ。朝からずっとだ」
「なら、邪魔しない方がいいな。よーし、今日はここまでにしておこう」
収穫の匂いを纏いながら、俺とぺこは並んで家へ向かう。
夕暮れは畑の端を赤く照らし、遠くで鳥が帰りの声を上げていた。肩が触れるか触れないかの距離で歩くこの時間が、俺は案外気に入っている。
玄関を開けると、メイド服がすっかり板についた陽絹が、箒を手に誇らしげな笑顔を見せた。
「おかえりなさいませ。お風呂にしますか? 晩御飯にしますか? それとも……?」
「飯にするぞ」
「私はヴェークにしか聞いていませんよ」
頬を抓り合うぺこと陽絹。
この賑やかさも、もうすっかり日常の一部だ。
「ああ、そうそう……応接室にお客様がいらっしゃってます。イリアスヴィルから参られた──自称勇者のルカさんと、自称女神の小さな天使です」
「……あぁ、もう洗礼の儀式を受ける時期か。ルシフィナさんの息子が勇者になって旅立つなんて、感慨深いな……」
時の流れというものは、本当に容赦がない。
ついこの間まで宿屋を切り盛りしていた小さな少年が、ついに大人の仲間入りを果たしたのだ。
「その言い方、年寄り臭いぞ」
「ひどいな……。陽絹、お客さんにはお菓子を出してあげて。それと、少し待ってもらえるように言ってくれないか? 急いで土汚れを払ってくるから」
「ならば、我が客人をもてなしてやろう。小粋なトークで、場を沸かせてみせるぞ」
「小粋? 小生意気の間違いではありませんか?」
「なんだと……!」
「……粗相のないようにな?」
俺は新たな勇者と会えることに高揚感を覚えつつ、土汚れを落としに向かった。
・・・・・
体を綺麗にし、着慣れた服に袖を通す。
近所ではちょっとした評判になっている口ひげと髪型を整え、鏡で軽く確認してから応接室へ向かった。
「イリアス……洞窟では“世話”になったな。なんとも良い目覚ましを用意してくれたものだ……」
「あっ、あばばばば……! た、たべないでください!」
「たべないぞ? 味は気になるが、別にお前を食べなくとも良いぐらいに満たされている」
応接室では、ルカと見覚えのない小さな天使がソファに座っていた。
ぺこは天使に対し、腕を回してほっぺをぷにぷにと押している。ルカは困ったような笑みを浮かべて、その様子を眺めていた。俺が入ってきたことに気がつくと、立ち上がって頭を下げた。
「ヴェークさん。お邪魔してます」
「久しぶりだね、ルカくん。それと……」
「ほれ、お前も挨拶をしろ」
「わ、私は創世の女神イリアス……です……」
小さな天使は、震える声でとんでもない自己紹介をした。
冗談にしては悪質……いや、恐れ知らずすぎる。いくら天使といえど、女神の名を軽々しく騙ることなど、決して許されるはずがない。
三十年前、女神イリアスは姿を消しているのだから──。
俺はそう思っていると、ハッと可能性に気づく。
「ぺこ、もしかして……」
「くくく……。ヴェークの想像通りだ。こいつは女神イリアス──我と同じく、小さくなってはいるがな」
「お、おじゃましています……」
ぺこはニヤニヤと笑いながら、イリアス様を解放する。
するとイリアス様は、ドタドタと不器用に走ってソファの背に隠れてしまった。小さな頭だけひょこりと覗かせて、こちらの様子をじっと窺っている。
「あー……えっと。初めまして。ヴェークと申します。女神様にお会いできて光栄です」
「矮小な人間らしく、私に敬いと畏れを持って──いえ……その……なんでもありません……」
ぺこの触手がずるりとイリアス様の首に絡みつく。
涙目で小さな翼をバタバタさせる姿は──どう見ても、ただのイタズラされてる子供だ。
「ぺこ……そのくらいにしておけって」
「我の過去は知っているだろう? これでも最大限譲歩している。こやつが偉そうにしていると、つい手が出そうになるのだ」
伝説の六祖と女神イリアスが俺の家に──。
人生は本当に分からないものだ。
・・・・・
ルカくんを送り出してから、しばらく経った。
倉庫の奥にしまっていた愛用の全身鎧を、久しぶりに引っ張り出す。
分厚い埃が積もり、ところどころに赤茶けた錆が浮かんでいた。
それでも──幾度も死線を越えてきた相棒だ。
手をかければ、まだまだ一緒に戦える。
「ヴェーク……本当に行くのか?」
振り返ると、ぺこが不安そうにこちらを見ていた。
「放ってなんておけないさ。ルシフィナさんの息子だ。俺が必ず見つけ出す」
道具袋に、必要な物を次々と放り込む。
この感覚は懐かしい。しかし、胸の奥に渦巻くのは冒険への高揚ではなく、焦りだった。
俺がこうしているのには理由があった。
──ルカくんと仲間たちが行方不明になってしまったのだ。
「それに、俺だけじゃない。オーシャンも、アイシスも一緒だ。危なくなったらすぐ逃げるから、大丈夫だ」
そう言いながら、俺は錆を落とすために布を滑らせる。
本来ならば親方にメンテナンスを頼みたいが、残念ながら彼も行方不明になってしまっている。仕方ないので、俺自身で装備の具合を確認することにした。
「……やはり、我も付いて行く」
「もう何回も話しただろう? ぺこはかなり体力が落ちてるし、俺が居ない間は家を守って欲しい」
ぺこは俺の言葉に対し、何も言わなかった。
俺も黙って装備の点検を進め、準備を完了させた。最後に弓を取り出して、久々に感触を確かめる。
ルカくんと仲間が最後に目撃されたのは、ゴルドポートだ。
幽霊船の調査のために船へ乗り込んだが、そのまま消息を絶った──そう聞かされている。
俺はSNSでオーシャンに連絡を取り、海上での捜索に協力してもらえることになった。
アイシスも魔王城を離れていて暇らしく、二つ返事で同行を申し出てくれた。
準備を終え、俺は家から出る。
振り向くと、不安そうなぺこの額に軽めにキスをして、微笑みかける。
「大丈夫だ。なあに、俺は冒険家で南の勇者だからな! すぐに探し出して、また農家に戻るさ」
「……ふふ、なら我は大人しく家で待つとするか」
ぺこは納得してくれたようだ。
俺はほっと安心して、庭の方に目を向ける。そこには、いつも通りの陽絹の姿があった。
「……陽絹も俺が留守の間、頼んだぞ」
「ええ、お任せください。ですが、なるべく早く戻って来てくださいね? いろんな方々が寂しがると思うので……」
「そうだな。じゃあ……行ってくるよ」
俺は苦笑いを浮かべ、軽く手を振ってその場を後にした。
背中に刺さる視線を振り払うように、一歩、また一歩と歩みを進める。
──こうして。
俺にとって最期となる冒険が、静かに幕を開けたのだった。