俺の放った矢は、アスカノミコトの一閃によって、あっさりと切り払われた。
だが、それも計算のうちだ。斬られた矢から黒い煙幕が噴き出し、彼女の周囲を一気に包み込む。
「猪口才な……」
その声音にはわずかな苛立ちが混じっていた。
視界を奪うことができれば、それで十分。俺は即座に身を低くして位置を変え、次の一手の準備に移る。
アスカノミコトは扇をひと振りして煙を払いのけ、静かに刀を構え直した。
その仕草に隙はない。俺は再び弓を手に取り、矢を番えて狙いを定める。
――だが、次の瞬間、直感が全身を貫いた。
俺は反射的に飛び退く。
直後、さっきまで俺が立っていた岩が真っ二つに斬り裂かれ、続けざまに粉々に粉砕された。
「一回でも斬られたら……終わりだな……!」
アスカノミコトはゆるりと扇をこちらへ向ける。
その動きと同時に、どこからともなく桜の花びらが舞い始めた。
鋭利な花片が嵐のように吹き荒れ、俺の皮膚を切り裂かんと迫る。
さらに、空気そのものが刃と化した――カマイタチの如き追撃が続く。
これは避けることはできない。
俺はそう判断し、回避は諦めて迎撃をすることにした。
「オーバーグラビティ!!」
俺は叫ぶと同時に、時魔法を展開する。
見えない圧力が空間を歪ませた。空中を舞う花びらたちが一斉に落下し、重力に引きずられて地面へ叩きつけられる。
しかし、すべてを抑え込むことはできなかった。
鎧の表面に花片が何枚かぶつかり、金属を裂くような鋭い音を立てる。
花びらが舞い終わったと同時──アスカノミコトが突っ込んで来た。
すぐさま矢に力を込め、乱れ打ちにして時間を稼ごうとするが、その全てが刀で防がれてしまった。
「守るだけでは、どうにもならない……」
俺が体勢を立て直すよりも早く、アスカノミコトは錫杖を高く振り上げた。
風を裂く唸りとともに、その一撃が俺めがけて振り下ろされる。
咄嗟に弓を構えて受け止めると、鈍い衝撃が腕を駆け抜け、骨の芯まで痺れる。
歯を食いしばって押し返そうとするが、相手の腕力は俺を凌駕していた。武器が擦れ合う甲高い音が響き、鍔迫り合いの緊張が続く。
「くっ……!」
アスカノミコトはギロリとこちらを睨みつけると、俺の胸元へ向けて掌を当ててきた。
彼女の掌から強烈な衝撃波が放たれ、俺は大きく弾き飛ばされる。
「──」
内臓を直接掴まれ、無理やり揺さぶられたような衝撃が腹の底から突き上げる。
視界が一瞬、白く弾けた。それでも俺は歯を食いしばり、指先に力を込めて弓弦を引き絞った。
アンシェントグレイブ──。
飛鳥命に教えてもらった大技の一つ。矢が放たれた瞬間、周囲の空気が唸りを上げて纏わりつき、轟音とともに一気に加速する。
「秘められしエルフの弓技を知っているな……。どこの阿呆が漏らしたのやら……。そして、体の動かし方は、天使に見られるもの……。何とも不思議な人間よ……」
アスカノミコトは一歩、大地を割るように踏み込み、俺の矢に合わせて刀を振り抜いた。
互いに拮抗した攻撃がぶつかり合い、地面を大きく抉る。俺は着地と同時に呼吸を整えようとするが、胸を抑えて咳き込むことしかできなかった。
「ごほっ! ごほっ!」
咳き込みながら立ち上がり、横目で戦場を確認する。
シェーディは高速の動きで相手を翻弄しながらも、決定打を与えきれていない。
ぺこは触手を盾のように広げ、防御に徹している。そしてアイシスは魔力の流れを研ぎ澄まし、最大火力を放つ瞬間を息を潜めて待っていた。
──仲間たちはそれぞれの限界で戦っている。
俺が崩れたら、その均衡は一気に崩れる。
「仲間の心配をしている場合か……?」
「速──」
いつの間にか俺の正面に、アスカノミコトが立っていた。
振り下ろされた錫杖の一撃を紙一重で躱し、後方に大きく飛び退く。俺は距離を取ろうとするが、それを許すはずもなく、再び俺の懐へ入り込んできた。
今度は刀を素早く切り返し、こちらの胴体を狙ってくる。
俺は弓で受け止めるが、圧倒的な力によって弾かれてしまった。続けて刀による鋭い斬撃が間断なく、繰り出される。
一度でも当たれば、終わる。
息をする暇もなく、迫る連撃を本能で必死にかわしていく。
「ぐう……!?」
「──獲った……」
回避に夢中になりすぎて、足元の冷たい気配に気がつけなかった。
見ると、いつの間にか骸骨が召喚され、その骨の指がギリギリと音を立てながら俺の足首を掴んでいる。逃れようと力を込めるが、骨の腕は鉄よりも硬く、解くのに時間がかかりそうだ。
──ここまでなのか。
刀身が俺の胸を貫く光景が脳裏によぎる。時間がゆっくりと流れ始め、酷い耳鳴りだけが世界を支配した。
反射的に体を捻ろうとするが、足が動かない。
間に合いそうにない……俺はそう思った。
刀の切っ先が鎧に到達しようとした、その瞬間──。
「──そうはさせません!!」
突如、真横から鋭い声が響いた。
次の瞬間、閃光のようなものを纏った槍が飛来し、刀の切っ先を弾き飛ばす。その隙を逃さず、俺は足元の骸骨を蹴り飛ばし、転がるようにして距離を取る。
「エデン!」
俺を助けてくれたのは、エデンだった。
投げ放たれた槍は、彼女の手の中に戻り、淡く聖なる光を放っている。
「新手か……」
「遅れました、ヴェーク」
「いや、最高のタイミングだった! 他のみんなはどうなった!?」
「どこでもてれぽくんが乗っ取られて、そこから敵が侵入してきています。他の幹部や天使は、そちらの対応に追われていて、私しか来られませんでした」
どこでもてれぽくんが乗っ取られている。
ミクリに化けていた白天狐の仕業に違いない。
……これでは、エクレアたちが援軍に来てくれるかどうかも分からない。
俺とエデンで、なんとかしなくては。
「私が前に出ます。援護を頼めますか?」
「もちろんだ! 任せてくれ!」
俺とエデンが肩を並べて戦うのは、これが初めてだ。
けれど、不思議と息が合う気がした。
・・・・・
エデンは槍を構え、腰を深く落としてアスカノミコトへと踏み込む。
地面を裂くほどの勢いで突き出された槍が、刀と激しくぶつかり合い、轟音とともに火花を散らした。
空気が震え、聖と魔がぶつかり合って渦を巻く。
「……」
一方、アスカノミコトは依然として冷静だった。
表情ひとつ動かさず、淡々と槍を受け止め、静かに足を運ぶ。俺は錫杖や扇で攻撃しようとするのを止めるため、矢を放って妨害をする。
「はあああっ!!」
次の瞬間、聖なる波動が爆ぜた。
まばゆい光が二人の間で膨れ上がり、天地を震わせる衝撃波が地を抉る。
エデンとアスカノミコトは同時に弾き飛ばされ、宙を舞った。
そのうち、俺の方へ吹き飛ばされてきたエデンを、俺はとっさに抱きとめる。
「ありがとうございます。……なんだか、懐かしい気分です」
「俺もだ。師匠と修行していたころを思い出すよ」
ルシフィナさんとの訓練の記憶が脳裏によみがえる。
彼女が槍兵となり、俺が弓で援護する――あの息の詰まるような練習の日々。
──少しでもミスをすれば、容赦なく顔面を掴まれ、空高く放り投げられた。
痛みとともに刻まれた時間は、今となっては不思議と懐かしい。
だが、今は思い出に浸っている場合ではない。
地の利を得るために、次の行動に移らなければ。
「──陰陽外行・天地人」
「これはマズい……!」
アスカノミコトの詠唱とともに、大地が呻き声を上げた。
立つのが困難なほどの暴風が身を襲い、地面から暴水が噴き出してきた。まるで天変地異が起きているようだ。
エデンは槍を地に突き立て、全身で耐える。
俺も必死にその槍を掴み、足を滑らせながらも、なんとか吹き飛ばされずに踏みとどまった。
「──妖陰陽・蒼の極界」
今度は錫杖を掲げると、濡れた地面が凍っていく。
濡れた体が凍りつき、突き立てた槍から手が離せなくなり、その場から動けなくなってしまう。
荒い息が、真っ白な霧になって消えていく。
俺はこの寒さで、うまく思考が回らなくなってきていた。しかし、アスカノミコトが悠然と歩み寄って来る気配を感じ取り、思考を働かせる。
「エデン……何とか注意を逸らせないか?」
「無茶を言いますね。姉を思い出します……。ですが、ここは──やらねばなりません……!!」
お互い、声に出して合図はしなかった。
だが、体が勝手に動き、二人同時に飛び上がる。
「十四連斬……」
アスカノミコトのすべての手に、刀が魔力で形作られる。
そして、一瞬で十四もの斬撃が同時に放たれた。この攻撃を回避することはできない。エデンは真正面から突っ込んで行く。
「真・聖槍乱舞!!」
エデンの槍が光り輝き、目にも止まらぬ速さで突きが放たれる。
繰り出した槍が、次々と斬撃を打ち消していく。
だが、その最後の一撃を弾き返せずに、エデンの身体は大きく吹き飛ばされた。
エデンは地面を転がるが、すぐに立ち上がった。
しかし、その身体には多くの傷ができており、血が滲んでいる。どう見てもすぐに動けるような状態ではない。
「……ヴェークはどこに行った……?」
「こっちだ!!」
俺は鎧の姿のまま、無手で真正面から突っ込んだ。
無謀にも見える特攻に、アスカノミコトは呆れたように息を吐き、刀を静かに鞘へと納める。
「血迷ったか……。──終ノ閃」
そして、一線──。
鎧は斬撃を受け、まるで弾かれたかのような勢いで吹き飛んだ。
確かに強烈な一撃ではあるが、それにしても飛びすぎだ。
無理もない。
その鎧は“中身が空っぽ”なのだから。
「なっ……!」
その瞬間、俺は動揺するアスカノミコトの背後へと回り込み、首筋をがっちりと掴んだ。
刀で反撃しようとするが──こちらのほうが早い。
「我は宵の明星、黄昏の子。旧き宇宙から墜ち、世界を旅する者──」
俺の手に重力が凝縮され、渦巻く力が一点に収束していく。
──そして、轟音。
アスカノミコトの体は勢いよく地面に叩きつけられ、砂塵が舞った。
・・・・・
「な、なんとかなったな……。いてて……」
アスカノミコトが完全に動かなくなったのを確認し、俺はエデンの方へと歩みを向けた。
彼女は槍を杖代わりにし、辛うじてその身を支えている。
「あの動きは……ルシフィナ姉さんの……。……そういうことでしたか。道理で息がぴったりだったわけですね」
「ルシフィナ姉さん……? 気になるけど、今はそんなこと言っている場合じゃないな」
エデンの傷は深いが、致命傷は免れているようだ。
凍っていない地面まで彼女の肩を抱えて運び、そっと座らせる。
時魔法で回復させていると、ぺこたちがこちらへ歩いてくるのが見えた。
全員、ボロボロで満身創痍といった様子だ。
白天狐はぺこの触手に雁字搦めにされ、ズルズルと地面を引きずられている。
「終わったか……?」
「ああ。なんとかな……」
「アタシの必殺技を二度も流されるとは思わなかったぜ!」
「…………」
シェーディは尻尾をしょんぼりと垂らし、ズルズルと引きずっている。
その姿には、疲労と安堵が入り混じっていた。どうやら、こちらも相当苦労したようだ。
ぺこは無言で白天狐を俺の前に放り出し、視線だけで“任せた”と告げる。
「無駄に殺し合いはしたくない。降伏してくれ」
「ほう、その瞳が……もう一度、妾を見つめる日が来るとは。ふふ……そのような目で見られるのも、新鮮で悪くはないのう」
「何を言っているんだ? 早く降伏を──」
「それよりも、妾ばかりに見とれていて良いのかのう?」
その言葉とともに、白天狐はゆっくりと視線を横へ滑らせた。
つられて俺もそちらを見る。
そこは──アスカノミコトが倒れている場所だった。
胸の奥を、冷たいものが走り抜ける。
「おいおい、嘘だろ……!?」
「なんと……あの技を受けて立ち上がるとは……!」
俺たちの視線の先で、アスカノミコトがゆっくりと身を起こしていた。
服はところどころ裂け、全身が血に濡れている。
それでも、その眼光はまだ消えていない。
首だけをぎぎ、と音を立てるように動かし、俺を真っすぐに睨みつけていた。
「自らの血を味わうなど、久方ぶりよ……。流石、と言うべきでしょうね……」
落ちていた刀を拾い、だらりと体を脱力させる。
刀の切っ先を地面に引きずりながら、ゆっくりとこちらへ向かってくる。その目は完全に血走っており、今まで見たことが無いほどに恐ろしい姿となっていた。
「……みんな、まだ終わってないみたいだ」
「今度は我も居るからな。すぐ終わらせてやろう」
「あと一発しか打てねえからな! 援護は頼むぜ!」
「…………」
「くっ、申し訳ありません……」
シェーディがエデンを支え、後方へと下がらせる。
アスカノミコトの体は明らかに限界に見えた。
だが、それ以上に──その“気迫”が、こちらを圧倒していた。
「さあ、私の刀の錆に──」
「ちょーっと! お待ちなさいな!!」
アスカノミコトが言葉を発そうとした瞬間、地響きのような音が遠くから聞こえてきた。
そちらの方向に目を向けると──。
大勢のスライムを引き連れたエクレアが全速力でこちらに駆けてきていた。
・・・・・
「なにかと思えば……スライムか……。邪魔をするならば、容赦はしない……」
「違いますわ! ──こちらを、御覧なさいませ!」
エクレアはそう言って、なにかを取り出した。
それは――応援で使う、カラフルなポンポンだった。
「なんだ……馬鹿にしているか……?」
「練習通り! 行きますわよー! ──フレー! フレー! ア・ス・カ・ノ・ミ・コ・ト!!」
「そーれ! 頑張れ頑張れ~!」
「可愛いよ~! アスカちゃーん!!」
次の瞬間、地面が震えるほどの大歓声が響き渡った。
どこから持ってきたのか、スライムたちが設置した巨大なスポットライトがアスカノミコトを照らし出す。それに加え、スライムたちはどんどん分裂して、数を増やしていく。
その視線、その声援。
数多のスライムの瞳が、一斉にアスカノミコトへ注がれていた。
「……何をするかと思えば。血迷いましたかの? あなたは面白い人ではあると知っていましたが、とうとう狂ってしまわれたか……」
「……まあまあ、見てろって」
白天狐が口元を歪めて嘲笑う中、俺はその光景をじっと見守った。
アスカノミコトは明らかに困惑した表情を浮かべており、キョロキョロと応援している姿を見る。
それに対して、エクレアとスライムたちは気にすることはなく、せっせと声援を送り続ける。
ダンスに合わせて演奏まで加わり、まるで小さなライブ会場のような賑やかさだった。
「とっても容姿冷麺ですわ~! ヤマタイ一の美少女ですわ~!」
「黒髪がスベスベで素敵だよ~♪」
「強くて強くて、超かっこいい~♪」
場の空気が、どこかおかしな方向へと転がっていく。
アスカノミコトはしばらく黙ったまま、その声援を受け止めていた。
「……」
そして──ゆっくりと刀を下ろした。
その目から、殺気が薄れていく。血走っていた瞳が揺らめき、戸惑いの色を帯び始めた。
「無尽大帝を舐めているのですか? 最強にして最悪の──」
「あれ、見てみろ」
俺は顎をしゃくり、白天狐にアスカノミコトの方を見るよう促した。
「……や、やめて……!!」
「……は?」
さきほどまで鬼神のようだったアスカノミコトが──。
おどおどと肩を震わせ、視線を彷徨わせていた。頬の血の気がみるみる引いていき、握る手がかすかに震えている。
額から流れた汗が頬を伝い、顎先から滴り落ちていく。
まるで滝のように絶え間なく流れ続けていた。
「照れ屋さんなところも可愛いですわ~!」
「わわわ~い! もっと応援してあげよう~!」
「まだまだいっぱいスライムが来るよ~!」
「──ほっ、ほっ!? ほわああああああ!!!?」
アスカノミコトは顔を青ざめさせ、恐怖に駆られるように周囲を見渡す。
そして、ためらう間もなく武器を投げ捨て、地面を蹴った。
その身体は瞬く間に視界から消え、風の音だけが残った。
・・・・・
白天狐は困惑した様子で、エクレアたちを見つめた。
「……どういうことですか、これは……?」
「ヴィジョンで紹介されたとき、気付いたんだよ。──あのとき、アスカノミコトは緊張してたってことに」
これは、俺が自分の世界にいるアスカノミコトを知っているからこそ気付けたことだ。
他の面々がヴィジョンで挨拶する中、彼女だけは何も言わなかった。威圧感は振りまいていたが、それだけではないと、俺は悟った。
──大勢に見られていることを意識してしまい、緊張していたのだろう。
並行世界である以上、生まれや育ちは全く異なっている。性格だって大きく変化している可能性が高い。
だが、この前会ったエヴァの性格は、世界が変わってもほとんど変化は無かった。
それを確認したことで、俺は今回の作戦を実行に移す決意を固めた。
俺たちの世界のアスカノミコトは、極度の人見知りで引きこもりである。
その根っこの性質は、世界を超えても残っているのかもしれない。
俺はそう予想し、こちらの知るアスカノミコトが一番嫌がりそうなことをすることにした。
大量の視線を集め、声援を送らせる。
本来なら、集中力を鈍らせる程度に考えていた。
だが、予想以上にうまく当たったというわけだ。
「まあ、かなりの賭けだったな。……ミクリのギャンブル好きを笑えないレベルの賭けをしたわけだ、俺は」
「……」
白天狐はポカンと口を開け、呆然としていた。
そして──。
「くく……くふふふふ!!」
「おい、ヴェーク。狐が壊れたぞ」
ぺこが心配そうな顔をして、白天狐を見る。
俺が困惑していると、ミクリがシェーディにおんぶされて運ばれてきた。
「むう……偽物のミクリ……。よくもやってくれたね……」
「この世界では、そちらが偽物ではないか? 幼き妾よ……」
ミクリは地面に下ろしてもらうと、木の枝でツンツンと白天狐をつつく。
白天狐はうっとおしそうにするが、体を動かせないので、されるがままになっている。
「ええい、やめんか。かたつむりか、妾は」
「早く部下を撤退させてくれ。アスカノミコトは……もう戦いどころじゃないだろうし」
「安心せい。妾が敗北した時点で、撤退するように指示を飛ばしておるわ」
「ふん、なんとも弱腰だったのだな?」
ぺこがミクリに木の枝を渡され、いっしょにつつく。
それに対し、白天狐はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。
「イリアスヴィルを襲ったのは、ブラディに対する義理を守ったまでのこと……。正直なところ、そちらにヴェークが居ると知った時点で、アスカノミコト殿も妾も乗り気では無くなっておったわ」
「……俺?」
「ヴェークがどうしたってんだよ?」
「…………」
どうして俺が居ることを知って、やる気を無くしたのだろうか。
もしかすると、俺の本のファンなのかもしれない。そう思っていると、白天狐はゆっくり口を開いた。
「そうじゃ。……夫に害を為す妻など、この酷い修羅の世界においても下衆扱いよ」
「……夫?」
「世界が違えど……同じ人ではあるからのう。妾の……旦那様よ?」
「俺が……旦那……?」
白天狐はそう言って、俺を見てニッコリと微笑んだ。
俺はその言葉を聞いて──雷撃が走ったかのような衝撃が体を巡った。
「えっ……。ヴェークがミクリの旦那様……?」
「そ、それは本当の話ですの!?」
「…………」
「結婚したのか……? ヴェークが冒険以外と……?」
「は? は!? はあ!? どういうことだ!? 我に説明しろ!!」
「どうもこうもせぬ。言葉のままの意味──あばばばばば!」
ぺこが白天狐を触手で締め上げ振り回している中、俺は思考が完全に停止してしまった。