進め! 我らは力の同盟!   作:クラウス道化

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(48)もう一人のオレ! 力の同盟!

 白天狐から衝撃の話を聞いたあと。

とりあえず詳細はあとに聞くことにして、どこかに行ったアスカノミコトを探すことにした。

 

 街はすっかり落ち着きを取り戻していた。

襲撃を行っていたアスカノミコトの部下が転がっていたり、怪我を治療するイリアスヴィルの民が見受けられたが。

 

『そうですか……。力の同盟の皆さんには頭が上がりませんね。あのアスカノミコトと交戦して、生き延びるなんて……』

 

『くっそー!! 俺も戦いたかったぜ!!』

 

 俺は通信機を使い、メフィストに状況を報告する。

 

 襲撃時、メフィストたちは何とか内部から結界を破壊しようとしていたそうだ。

色々試したあと、最後の試みとして、ウリエラがガブリエラの足を持って振り回し、岩を破壊しようとした。しかし、その試みは上手くいかず、逆に事態を悪化させてしまったそうだ。

 

『そろそろ、私たちも外に出られそうです……』

 

『うっ、そんな目で俺を見るなよ……。わざとじゃなかったんだからよお……』

 

 力任せにガブリエラで岩を殴りつけた結果。

自分たちがいた部屋の天井をぶち抜き、落下してきた岩盤のせいで、逆にさらに閉じ込められてしまったという。

 

 メフィストにこっぴどく怒られたウリエラは、すっかり大人しくなっているらしい。

俺は少し呆れながらも、彼女たちの無事を確認できたことに胸を撫で下ろしていた。

 

『天使長……』

 

『ちょ、ちょこまで俺をそんな目で見るなよ……! 本当にわざとじゃねぇって!』

 

「ともかく、俺たちはこれからアスカノミコトを追う。街の中に入っていったのを見たんだ」

 

『無力化していそうとは言え、無尽大帝がそこらを歩いているなんて……考えるだけでゾッとしますね。では、よろしくお願いします』

 

 通信がぷつりと途切れた。

俺は通信機をしまい、ふと後ろを振り返る。

 

 そこには――絡んでくるぺこを、飄々とした態度で軽くいなし続ける白天狐の姿があった。

その余裕ぶりが、逆にぺこの苛立ちを煽っているようだった。

 

「おい白狐……。本当にアスカノミコトはこっちに居るのか? 罠だろう? 罠だな? 我が屠ってやろう……!」

 

「ぺこ、一旦落ち着こう」

 

「旦那様の言う通りじゃ。短気は損気というやつじゃぞ」

 

「オイ……! オイ……!」

 

「ぺこがずっと壊れてますわ~!!」

 

「お、落ち着けって……! アタシの食べ残したイモやるからさ、なっ?」

 

 わちゃわちゃとした空気の中、白天狐は微笑を崩さぬまま、俺たちを街の一角へと案内した。

 

 辿り着いたのは、イリアスヴィル内のやや大きめな家。

白天狐曰く、陰陽術の応用でアスカノミコトの残留気を追跡し、ここに行き着いたのだという。

 

 もっとも――白天狐が嘘をついている可能性も捨てきれない。

罠である確率も十分にあった。

 

 だが、アスカノミコトは凄まじい速度で逃走しており、普通に探しても埒があかない。

苦肉の策として、今は白天狐の言葉を信じてみるしかなかった。

 

 白天狐はすでに拘束を解かれていた。

どうやら彼女は魔導師として、かなりの実力者らしく、ずっと捕らえておくのは至難の業だという。物理的にも魔法的に拘束したとしても、抜け出される可能性がかなり高いらしい。

 

「……妾の貼った護符が粉々にされておるのう。あれほど強固な結界で護符自体を守っておったというのに。流石は無尽大帝よ」

 

「あれ、建物を守るための護符じゃなかったのか……」

 

「いや、間違いなく守るための護符であったぞ? くく……建物は岩で守られたであろう? 中の連中も、怪我をせぬように“保護”しておったしのう」

 

「性格わるい……」

 

「おお、幼き妾が自己評価をしておるわ。感動じゃのう」

 

「ミクリ、何を言ってもブーメランですわよ! 老けたミクリの挑発に乗らない方が身のためですわ!」

 

「その呼び方はやめよ……!」

 

 ミクリはプイッと白天狐に背を向けた。

 

 白天狐――ミクリの未来の姿。

わんぱくでギャンブル好きな少女が、あんな知的で余裕のある雰囲気を醸し出すようになるとは……正直、想像が追いつかない。

 

「どこの世界の九尾も、こうまで腹黒い性格なのか? それよりも――ヴェークを“旦那”と呼ぶのをやめろ」

 

「なら、なんと呼べば良い? ……だーりんか?」

 

「──うがあああああ!!」

 

「耳が壊れる……」

 

 ぺこの絶叫を背に、俺は耳を押さえながら白天狐の案内する二階建ての家へと足を進めた。

街の一角にひっそりと建つその家は、どこか落ち着いた気配を漂わせている。

 

 広々とした庭には一本の大木が根を張り、その枝にはハンモックが揺れていた。

周囲には色とりどりの草花が植えられ、丁寧に手入れされた花壇が並ぶ。全体的にグリーンが目に優しく、どこか落ち着いた静けさがあった。

 

「ここは……プリエステスの家ですね」

 

「……」

 

 白天狐の監視役として同行していたエデンが小さく呟いた。

プリエステスは確か、今日は休暇だったはず。先日、酒場で自慢気に話されたのを覚えている。出かけていない限り、この家に滞在していたはずだ。

 

 やや心配になりながら、俺は扉を叩く。

すると、中から返事が返ってきた。しばらく待っていると、扉が開かれる。

 

「おや、力の同盟の皆さんがお揃いで……。どうされました?」

 

「その、敵の親玉がこの家に居るらしいんだけど……」

 

「ああ、アスカノミコトですか。路地裏で段ボールに隠れていたので、私が保護しました。最初は新種のミミックだと勘違いして捕獲したのですが……」

 

「アスカノミコトと面識があったのか?」

 

「ええ。潜入任務の際、何度か会話を交わしたことがありまして。立場は違えど、友人と呼べる関係です。もっとも、彼女は敵対組織の頭ですから、さすがに勧誘は控えましたが」

 

 この修羅世界においても、二人は友好な間柄になっていたようだ。

 

「その、アスカノミコトの様子はどう?」

 

「先ほどまで、浴びるように酒を呑んでいましたよ。何か、相当嫌なことがあったようで……。今は客室に閉じこもっています」

 

「そ、そうか……。あんまり刺激しないほうが良さそうだな」

 

「そうですね。うっかり近づくと、斬撃のひとつやふたつ飛んでくるかもしれませんし」

 

 俺たちがプリエステスと会話をしていると、家の中からガタンと大きな音が鳴る。

そして、ドタドタと誰かが駆け寄ってくる音が聞こえた。

 

「あれ、ピザの配達じゃない……」

 

 降りてきたのは、アスカノミコトだった。

 

 和服は脱ぎ捨て、だぼっとした部屋着姿。

髪も少し乱れている。アスカノミコトは一瞬だけ俺を見て、少しだけ嬉しそうな顔をした。

 

「──ひええっ……!!」

 

 しかし、エクレアと目が合うと、今度は顔を真っ赤にして階段を駆け上がっていった。

 

「ワタクシの顔を見るなり逃げ出すなんて! 酷いですわ~!」

 

「あんな服、どこにあったの……?」

 

「ああ、あれは私の服ですよ。潜入任務用に衣装は山ほど持っていますから。そのうちの一着です」

 

「さっきまでの、あのおっそろしい殺気はどこ行ったんだよ……」

 

「まあ、良いではありませんか。アスカノミコトにもお休みをあげましょう」

 

「まあ、うん。そっとしといてあげようか……」

 

 俺が考えた策ではあったが、まさかここまで効果があるとは思わなかった。

何だか拍子抜けしてしまうものの、とにかく戦いを終わらせることができた。それは良いことだと思う。

 

「アスカノミコトの居場所も分かりましたし、私はイリアスシェルターの様子を見てきます。白天狐の話と街の様子からして、もう戦闘は起こっていないようですが……」

 

「ああ、そうだ。色々あって言いそびれてたけど、本当にありがとう。エデンが来てくれなかったら、今ごろどうなってたか分からない」

 

「いえ、それはこちらも同じです。あなたたちがいてくれたおかげで、争いが長期化することがなくなりましたから。……今度時間が空きましたら、少し雑談でもしましょう」

 

 エデンは柔らかく微笑んで一礼をすると、身を翻して街の中へと消えて行った。

 

「アスカノミコトも無力化したし、残るはブラディだけだな。よーし、この調子で──」

 

「おい、ヴェーク……。この白狐から根掘り葉掘り事情を聞くまでは、我は休むことを許さん……」

 

「いや、だって並行世界の自分のことだから関係は──」

 

「良いな?」

 

「はい」

 

 ぺこの鋭い眼光に逆らえるはずもなく、俺はそのまま彼女に引っ張られていった。

 

 ・・・・・ 

 

 白天狐の話を聞くために向かったのは、つい先ほどまで滞在していた酒場だった。

ここの店主さんは、なぜか力の同盟を懇意にしてくれており、顔を出すたびに何かとサービスしてくれる。

 

 彼女なら、込み入った話をしても他言はしないだろう。

そう信じて、俺たちはこの店を選んだ。

 

 店の前では、店主さんが箒を片手に、のんびりと掃き掃除をしていた。

軒下には、見るもボロボロにされた妖狐たちがいくつも吊るされており、風に吹かれてぷらりぷらりと揺れている。

 

 おそらく、先ほどこの酒場へ忍び込もうとした──アスカノミコトの部下たちだろう。

俺たちの姿を見つけると、店主さんは顔を上げ、にっこりと人懐っこい笑みを浮かべた。

 

「よお! 新しいお得意様がたじゃねえか。襲撃はもう片付いたのか?」

 

「ええ、もう終わりましたわ~!」

 

「そいつぁ結構! んじゃあ、もう店を開けても大丈夫だな! ──酒場『アリスフィーズ』、営業再開だぜ!」

 

 威勢よく箒を肩に担ぐ店主さん。

ぺこは、初めてその店名を聞いたときと同じように、眉をひそめ、深々とため息をついた。

 

「まったく、酒場に邪神様の名をつけるなど……。だが、忘れ去られるよりは良いか。……おい、店主。話をするのにちょうどいい場所はあるか?」

 

「二階の個室が空いてるぜ! ──まあ、全席空いてんだけどな!」

 

 店主さんが店の看板をクローズからオープンへと入れ替える。

そのまま軒下に吊るされた妖狐たちを気にも留めず、鼻歌まじりに酒場の中へと入っていった。

 

 続いて俺たちも中へ足を踏み入れると、誰もいなかった店内にふわりと灯りがともる。

階段を上がり、一番奥の扉を開けると、十人ほどが宴会を開けそうな広さの部屋があり、中央には大きな机がどっしりと据えられていた。

 

「へえ~! このマキナを触ると注文ができるのか!」

 

「オレンジジュースが飲みたいですわ!」

 

「…………」

 

「シェーディはお茶が飲みたいんだね……。ミクリも同じのにしようかな……」

 

「お前たち……。はあ、まったく……」

 

 テーブルの上に置かれた、タッチ式の注文端末を前に大はしゃぎする力の同盟の面々。

ぺこはそんな様子に肩をすくめ、頬杖をついたまま、じろりと白天狐を睨みつけた。

 

「なんと、この店はラムネを取り扱っておるのか。妾はそれを貰おうかの。──旦那様はどれにする?」

 

「あー、えっと……。俺もラムネで……」

 

「なら、我もラムネを頼むぞ。この白狐と違って、我は百本はゴクゴク飲めるぞ?」

 

「どういう自慢だよ……」

 

 くだらないやり取りに、白天狐がくすりと笑う。

端末で全員分の注文を済ませると、間もなくしてメイド服姿のロボットがやってきた。銀のトレイを掲げながら、一人ひとりにおしぼりを手渡し、恭しく一礼する。

 

「ハイテクだ……。ヤマタイ村もこうなればいいのに……。お掃除してくれる猫型ロボットが家に欲しい……」

 

「──何にしマスか?」

 

「えっと……もう頼みましたわよ?」

 

「申し訳ありマセん。言語モジュールの故障につき、何にしマスか? 意図せずともこの言葉が出てくるノデす……」

 

「えっと、お大事にって言えばいいのか? アタシは機械に疎いから、分かんないけど……」

 

「…………」

 

「──おーい! ラディオ! 飲み物を運んでくれ~!」

 

 一階から、店主さんの声が聞こえる。

 

「お気遣イ、ありがとうござイマす……。何にしマスか? 今行キマす……」

 

 ラディオと呼ばれたメイドロボは、ぎこちないお辞儀をしてから部屋を出ていった。

 

 やがて、数分も経たぬうちに──銀色のトレイを抱えたラディオが戻ってきた。

ガラス瓶のラムネと湯気の立つお茶が、きちんと並べられている。……お茶はちょっとこぼれていたが。

 

「何にしマスか? では、ごゆックり……」

 

 それぞれの前に飲み物を置くと、ラディオは軽く頭を下げて部屋を後にした。

 

 エクレアとアイシス、そしてミクリが、興味津々といった様子で注文端末を操作し始める。

画面にはお菓子の名前が次々と追加されていくが──ぺこが凄まじい剣幕で睨みつけると、三人はピタリと動きを止めた。

 

「それで、白天狐。お前の“戯言”を聞こうか?」

 

「忘れもしませぬ、あれは妾がまだ子狐だったころ──」

 

「おい、もっと簡潔に話せ」

 

「ぺこ殿はいけずじゃのう……。ならば、単刀直入に申そう。妾はかつて、この世界のヴェークと夫婦であったのじゃ」

 

「……かつて?」

 

 俺が思わず聞き返すと、白天狐はわずかに目を伏せ、寂しげな笑みを浮かべた。

彼女の指先が、手の中のラムネ瓶をそっと包み込む。

 

 ──カラン。

ビー玉が小さく転がる音が、部屋の静けさに溶けた。

 

「この世界の旦那様は……随分と前に亡くなってしもうたのじゃ。おお、なんと寂しきことか……」

 

 俺はそれを聞いて、黙って話を聞く姿勢を取る。

ぺこやエクレア、それにアイシスとミクリも黙っていた。シェーディは分からないが。

 

 そして白天狐は、ゆっくりと語り始めた。

──この世界に存在した、“もう一人の俺”のことを。

 

 ・・・・・ 

 

「今は昔。ヤマタイ地方にヴェークと名乗る男が現れた。魔物がはびこるこの世界において、愚かにも一人さすらう旅人じゃった」

 

「世界が違っても、ヴェークは冒険してたんだな~!」

 

「うむ、その通りじゃ。男の出自は定かではなかったが、誰もそれを気に留めなかった。それよりも、魔物たちの目はただ彼の強さに向けられておったわ」

 

 白天狐はラムネの瓶を傾け、炭酸の泡が弾ける音を聞きながら、ふうと息を吐いた。

 

 ――どうやら俺は、この修羅の世界では旅人だったらしい。

結局、どんな世界でも似たようなことをしているんだな。そう思うと、なぜか少しだけ嬉しくなった。

 

「詠人不知と呼ばれる名刀を携え、迫りくる魔物を次々と切り捨てていく。いつしかその背に刻まれた異名は──“魔物殺しのヴェーク”。そんな男が、妾の暮らす村へと現れた……」

 

「思ってたより、こっちの俺は苦労してそうだな。なんとなくそんな気はしてたけど……。それで?」

 

「妾は女神なき世において、人々や魔物から信仰を受ける身となっておった。民に崇められ、いくつもの地を治める主として――そのような得体の知れぬ男を、野放しにしておくわけにはいかなかったのじゃ」

 

「そりゃ、そうだろうな。アタシだっておんなじ立場なら警戒するぜ」

 

 白天狐はゆるやかに頷き、その瞳を細めた。

 

「まあ、妾の警戒は杞憂に終わった。あやつは、なんとも言えぬ不思議な男でのう。異名に違わぬ実力を持ちながらも、気さくで、誰にでも分け隔てなく接する――そんな人物じゃった」

 

「ヴェークはヴェークだったんだね……」

 

「結局、妾は男と刃を交えることもなく、男の願いを聞き入れることになった。曰く、“終の住処を求めて、この地に来た”とな……」

 

「ふん、随分すんなりと受け入れたものだな」

 

「ふふ、当時の妾には、色恋の情など微塵もなかったわ。妾が求めたのは、男の名がもたらす威光のみ。――魔物殺しと呼ばれた高名な“老人”が、妾の加護を望んだという、その事実こそが価値であったのよ……」

 

「老人……?」

 

 白天狐は頷き、話をしてくれた。

俺はてっきり、今の自分と同じ年頃だと思い込んでいた。だが、どうやらそれは違っていたらしい。

 

 この世界の俺は、七十歳を迎えるまで自由気ままに各地を渡り歩いていたという。

だが、さすがに寄る年波には勝てず、静かに余生を過ごせる地を求めて、自然が多く残るヤマタイ地方へと足を運んだのだ。

 

 そこで出会ったのが、平和的に村を治める白天狐。

二人は刃ではなく言葉を交わし、やがてヴェークはこの地に住まうことを許された。

 

 それからの暮らしは穏やかなものだったようだ。

朝は畑を耕し、昼は道場で稽古をつけたり、子どもたちに読み書きを教えたりする。夕暮れ時には温泉に浸かり、湯けむりの中で一杯を楽しむ。夜になると、子狐たちや村の子供たちを相手に旅の話を語って聞かせた――。

 

 そんなのどかな暮らしに満足し、この世界の俺は幸せを感じていたという。

 

「語りがそれはもう興があってのう。妾もつい、足繁く通ってしまったのじゃ。そのうちに……妾の方が、すっかり男に惚れ込んでしもうてな。妾は何度も家に押しかけ、“あぷろーち”を繰り返したものよ」

 

「情熱的ですわ~!」

 

「…………」

 

「じゃろう? まあ、旦那様は最初こそ年齢のこともあって、あまり乗り気ではなかった。じゃが、妾が毎日欠かさず通い続けておったら……ついに折れて、妾を娶ってくれたのじゃ」

 

「お、大人だ……! 偽物のミクリ……!」

 

 ミクリは顔を両手で覆い、指の間から白天狐をちらちらと見つめている。

どうやら、この世界の俺は、想像以上に熱烈な“あぷろーち”を受けていたようだ。

 

 ・・・・・ 

 

「子を設けることはなかったが、二人で穏やかな日々を過ごしておった。それが妾にとって、何よりの幸福であり――日々は満ち足りておった」

 

 白天狐は、どこか遠くを見つめるように目を細め、静かに微笑んでいた。

この世界の俺は、彼女を本当に幸せにすることができたらしい。

 

 やるじゃないか――そんな自画自賛めいた言葉が、自然と胸の内に浮かんだ。

 

「じゃが、旦那様も人の子である。やがて冥土からの使いが近づいておった。九十二の齢を越えたころ、ついに床に伏せがちになってしもうたのじゃ」

 

「その年齢なら……仕方ない気がするな。むしろ、そこまでは元気に生きられたのか」

 

「刀と鍬を置き、静かに最期の刻を迎える準備をしておったころ――旦那様の弟子のひとりが、とあるエルフを連れて参った。その名は……アスカノミコト」

 

 その名を聞いた瞬間、胸の奥で何かが結びついた。

アスカノミコトが、なぜ俺と対峙したとき、あの表情を見せたのか。

 

 世界が違えど、彼女はかつての師――俺に、再び出会っていたのだ。

 

「……なら、もう少し手加減してほしかったな」

 

「くく、わかっておろう? 全盛期であろう、かつての師と相まみえたなら、全力を尽くすのが弟子というものよ」

 

「ワタクシ……少し、悪いことをしてしまいましたわね」

 

「いや、アスカノミコト殿は悪く思っておらぬ。旦那様は最後の弟子に、すべてを託したのじゃ。刀の道のみならず、卑劣と呼ばれる技までもな。勝敗の果てに、彼女は満ち足りておるはずよ」

 

「……なら、いいんだけど」

 

 あんなやり方で、俺は異なる自分の弟子を無力化してしまったのか。

そう思うと、ちょっとだけ申し訳なく思ってしまう。

 

「ともかく、旦那様はアスカノミコト殿に免許皆伝を授けてからしばらくしてのう。妾と並んで桜を眺めながら……まるで春の眠りに落ちるように、静かに逝ってしまったのじゃ」

 

「……そうか」

 

 ぺこはしんみりとした声で呟いた。

その顔からは不機嫌そうな色が消え、ただ、深い敬意と哀しみが滲んでいた。

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