それから、白天狐からさまざまな話を聞いた。
どうやら俺は死後、現人神のように崇められ、俺を祀る神社まで建てられたらしい。死んでしまったので分からないが、きっとこの世界の俺は恥ずかしい思いをしていることだろう。
「ブラディ殿の誘いに乗ったのは、南の大穴に用があったからよ。妾はお主たちの世界へ渡り、旦那様にもう一度お会いしたかったのじゃ。アスカノミコト殿も同じ理由でな」
「……あー、だから途中から乗り気じゃなくなったのか」
白天狐とアスカノミコトからすれば、自ら会いに行こうとした人物がすでに来ていたのだ。
俺と対峙し、相まみえたその瞬間、二人の目的は達成されていた。そして、今までミクリのフリをしていたのは、ブラディに対する最後の義理を果たすためだったらしい。
「乗り掛かった船ではあったからのう。それに、いろいろと事情があったのよ」
ブラディと手を組んだのには、いくつかの理由があった。
まず、南の大穴がイリアスヴィルの勢力下にあり、容易に近づけなかったこと。
さらに、白天狐ひとりなら並行世界へ移動ができたが、アスカノミコトを伴うとなると話は別。
扉を開き、複数人で同時に通過できる方法を確立する必要があった。そして、偶然にもブラディの部下が、それを実現できる手段を持っていたという。
「ブラディの部下――クロムが作り上げた時空移動戦艦。それに、妾が用意した“ある存在”を組み合わせれば、複数で世界を渡ることが可能になったのよ」
「時空移動戦艦? ……なんか、とんでもないものが出てきたな。アタシにはさっぱりだけど」
「“戦艦”とはいっても、名ばかりよ。実際の大きさは漁船ほどのものじゃ。けれど、世界を越える手段を求めていた妾とアスカノミコト殿にとっては、まさに値千金の宝じゃったわ」
「……で、その戦艦と何を組み合わせたんだ?」
白天狐は指先で頬を掻きながら、気まずそうに目を逸らした。
そして、申し訳なさそうに口を開く。
「旦那様は、この世界を含め……わずか三つの世界にしか存在しておらん。これについては、まだ仮説の域を出ぬが――ひとつ、有力な説があってのう……。それが、ブラディ殿が原因ではないかという説よ」
「ブラディが? 一体どういうことだ?」
「うむ。旦那様は以前、自分の世界へ戻ったとき、ブラディ殿に“本”を渡したじゃろう? あれが引き金になった可能性があるのじゃ。あの本を媒介に、異なる世界でも旦那様という存在が“誕生”してしまった――そう考えておる」
白天狐はゆっくりと語りながら、尾を揺らした。
彼女の話によれば、俺たちの世界では“ワールドウォーカー”は俺が生み出したものだ。だが、別の世界では事情が逆なのかもしれないという。
つまり――他の世界では、“ワールドウォーカーの存在が俺を生み出した”のではないか、と。
「卵が先か、鶏が先か……。まさしく、因果のジレンマとも言える状況が起こったのじゃ」
「あー、なんとなく分かったぜ。本があるのに、作者がいねぇってのはおかしいからな。本が持ち込まれた瞬間に、“作者”の存在も同時に生まれた……そういうことか?」
「頭が痛いですわ! 頭が痛いですわ!」
「わかんない……。偽物のミクリ、もっと優しく説明して……」
「…………」
俺は、以前に白兎から聞かされた言葉を思い出した。
──俺の存在は極めて稀で、並行世界においても唯一無二の存在である。
そして、かつて異世界のドラゴンに本を渡したことで、二つの世界に影響を及ぼした……とも。
ブラディは俺と対峙したあと、この世界へ来る前に、ひとつ別の世界を経由したらしい。
そして――その世界に“本”を置き忘れてきてしまった、と彼女は白天狐に語ったそうだ。
白兎が言っていた“影響”とは、もしかすると俺が別の世界で誕生してしまったことを指していたのではないだろうか。
白天狐はゆるやかに瞳を閉じ、言葉を続けた。
「旦那様が訪れた世界とは別に、もうひとつ。旦那様が“存在していた”世界へ、妾は向かったのじゃ。そこは――瑠渦殿の姉妹が増えすぎ、世界そのものが滅びを迎えようとしていた世界……」
「……なんだ? 我の顔を見て、何を言うつもりだ」
「妾は旦那様の残留気を頼りに、その存在を探し求めた。しかし……すでにそちらの世界でも、旦那様は命を落としておった。代わりに――妾は“別の存在”を見つけてしまったのじゃ」
俺たちは固唾を呑み、白天狐の言葉を待った。
彼女は少し言いにくそうに視線を彷徨わせ、それでも覚悟を決めたように口を開く。
「旦那様と――ぺこ殿との間に生まれたお子……その名は“ヴェペリア”。魔蠅に呑み尽くされようとしていた世界で、唯一生き残っていた強き姫君よ……」
「ヴェペリア……」
「我と……ヴェークの、子供……?」
ぺこは目を丸くし、息を呑んだままかすれた声を漏らした。
その反応を横目に見ながら、俺は白兎の手紙に記されていた言葉を思い出す。
俺にとってかけがえのない“何か”。
それが何を指すのかなんて、もはや考えるまでもない。
――それは、俺とぺこの娘のことだったのだ。
・・・・・
俺の娘がいた世界というのは、ハスターが話していた世界と同じらしい。
その世界の俺は、怪我が原因で冒険家を引退し、イリアスベルクでぺこと二人、静かに農家として暮らしていたそうだ。
しかし、ある日のこと。
知人を助けに向かった俺は、そこで“良い性格”をした瑠渦の姉妹たち――しかも数が異常に増えていた彼女らに襲われ、命を落としたという。
同行していたサキュバスは、瀕死の中でなんとか俺の遺体を回収。
イリアスベルクへと帰還したが……その地にたどり着いてしばらくしてから、力尽きて息を引き取ったそうだ。
「妾が姫君から又聞きした話ゆえ、細かいところまでは分からぬ。――じゃが、ぺこ殿は……食事も喉を通らぬほど深く落ち込み、姫君が独り立ちできる年頃になったころに、息を引き取ったそうじゃ」
「我が……飢え死にするとはな。まったく、笑わせてくれるわ……」
「ぺこ……」
「……ヴェーク、話はあとだ。――まずは、我らの娘のことを聞こうではないか」
そう言って、ぺこはゆっくりと俺から視線を外した。
白天狐は頷き、話を続ける。彼女は、シェーディの娘たちが襲撃を仕掛ける前にその世界を訪れ、ヴェペリアをこちらの世界へと連れ帰ったのだという。
「……さすがに、旦那様の血を引く娘を放ってはおけなんだ。それに、驚いたものよ。妾が聖魔融合を行い、やっとのことで開ける扉を、姫君はあっさりと開いてみせたのじゃ」
「……俺の血が、影響したのか」
俺は完全ではないにせよ、世界を隔てる扉を開くことができる。
並行世界や時間そのものに干渉するその力――それが娘にも受け継がれていたのだろう。
そして、魔物の中でも頂点に立つ“六祖”であるぺこの力がそこに加わった。
二つの血が混ざり合ったことで、娘は世界すら容易に飛び越える力を手にしたのだ。
「ヴェークの娘は、どのような子ですの?」
「それはそれは、愛らしい娘よ。皆に“姫君”と呼ばれ、心から慕われておった。妾の部下で、姫君の世話役でもあった人形遣いの陽絹は、それはもう――猫可愛がりしておったわ。くくっ」
「こっちの世界にも、陽絹は居たんだね……」
「おお、異なる世界でも縁があったのか? ふむ、これも因果というものじゃのう。――残念ながら、陽絹は亡くなってしもうた。自ら作り出した最高傑作の人形と相打ちになり、命を落としたのじゃ」
「そうか……」
陽絹は、この世界でもすでに命を落としていたようだ。
話を聞いていたぺこは、はっと息を呑み、強張った表情で白天狐に詰め寄った。
「まさか、我とヴェークの子はブラディの元に居るのか?」
「残念ながら――そうじゃのう。だが誤解せぬように。決して無理強いをしたわけではない。姫君自身が、母上と、そして会ったことのない父上に会うために……自らの意思で協力してくれたのじゃ」
「……なら、行かないとな。会いに」
「姫君は今、時空移動戦艦の中で眠っておる。並行世界を渡るには膨大な魔力を要するゆえ、その魔力を艦のコアに蓄えるため、船内に留まらねばならんのじゃ。退屈であろうと案じた妾が、深き眠りを与えたというわけじゃな」
ヴェペリアは、時空移動戦艦の内部で眠り続けている――。
だが、俺の事情を知ったとしても、侵略を掲げるブラディが、素直に娘を返すとは到底思えない。並行世界に軍を送り出す術を失うことは、侵略そのものを根底から崩す行為だからだ。
「……なんとか、こっそり連れ出すことはできないか?」
「不可能じゃ。姫君は船の最奥。もっとも、はいせきゅりてぃが整った部屋に眠っておる。ああ、それと。ブラディ殿は姫君が旦那様の子であることを知らぬ。妾が全力で隠蔽しておったからな」
「そうか……」
俺はほっと胸を撫で下ろす。
「……ちなみに、姫君は侵略については、そこそこ乗り気であったぞ。イリアス大陸を領地とし、すべての土地を畑に変え、食物に満ちた夢のような大地へと作り変えてやる――と、目を輝かせておったわ」
「な、なんか……ぺこの娘って感じだなあ。アタシの中で容易に想像できたぜ」
「まぁ! それならワタクシが英才教育を施してさしあげますわ! 姫君といえばワタクシ、ワタクシといえば姫君ですもの!」
「ぺこはともかく、ヴェークの娘なら、きっと悪い子ではないはず……。変だとは思うけど……」
「…………」
力の同盟の仲間たちが、あれこれと言葉を交わしている。
ぺこが、じろりとミクリを睨みつけ、鋭く指を突きつけた。
「おい、ミクリ……。我の娘が“変”だと言ったか? 世界で一番可愛いに決まっておろうが」
「もう親バカ発動してる……。まだ会ったこともないのに……」
「ともかく、俺たちがやることは変わらないな。――ブラディを倒して、娘と会う。それで、この世界の問題は全部終わりだ!」
「…………」
「ふふ……なんと軽妙な方々じゃのう。旦那様、まことに良き仲間をお持ちで」
「ああ、自慢の仲間たちだからな。……白天狐、お前も仲間にならないか?」
俺が手を差し伸べると、白天狐はわずかに目を丸くした。
けれど、すぐに柔らかな笑みを浮かべ、クスクスと喉を鳴らして笑う。
そして、静かにその手を取った。
・・・・・
やることは決まったので、酒場で食事を取ることにした。
お腹も満たされ、気持ちが落ち着いたころ、俺たちは白天狐を連れてイリアスシェルターへ向かった。
「ガッ…………ガブリエラッッッ」
「なっ……なにがあったのだ…………」
シェルター内の会議室に入った瞬間、思わず声が漏れた。
ガブリエラは床に敷かれた新聞紙の上へ座らされており、顔面がまるで別人のようにボコボコに腫れ上がっていた。
近づいてよく見ると、どうやら完全に気絶しているらしい。
すぐそばではウリエラが、珍しい標本でも見るようなキラキラした目で彼女を観察していた。
さらにその隣では、プロメスティンが無言で顕微鏡を覗き込んでいる。
片手で試験管を軽く回しながら液体を混ぜ、もう片手でシャーレにその内容物を慎重に垂らしていた。まるで何か重大な発見の寸前、といった雰囲気だ。
「こいつを檻に入れとくのは、勿体ねえ気がしてきたな! 落ち着いたら、畑の鍬代わりにも使えそうだ!」
「実に面白い……。どういった原理だ? ガブリエラによって粉砕された土が、肥沃な土へと生まれ変わっている……。栄養価が数倍に跳ね上がっているぞ」
「掘削ドリルの先端に取り付けんのはどうだ? トンネル掘るついでに、いい土が集まるぜ!」
「面白いですね。今度、大学の研究素体として──」
「…………!」
会議室の空気は、完全に研究と実験の熱気に支配されていた。
ガブリエラは依然として床の新聞紙の上で気絶したまま、時折ぴくりと指先だけが動く。
そんな中、ようやく俺たちの入室に気づいたウリエラが、ぱっと手を上げてこちらを振り向いた。
「おっ! 我らが英雄の登場ってヤツだな!」
その軽口に続くように、メフィストが柔らかく頭を下げる。
「力の同盟の皆さん。アスカノミコトの撃退、感謝致します」
「撃退……まあ、あれも撃退か。それよりも、大丈夫なのか? 白天狐とアスカノミコトをこの街に置いといて……」
俺は気になっていたことを聞いた。
酒場で食事を開始する前、俺は事の顛末を無線でメフィストに伝えた。その際に、白天狐とアスカノミコトは滞在を許可され、捕虜としていた部下たちも解放されることが決まったのだ。
「問題ありません。捕虜の数も少数ですし、アスカノミコトはプリエステスが監視することになりました。白天狐については……力の同盟の皆さんが保証してくれるのでしょう?」
「ああ、そうだな。白天狐はもう俺たちの仲間だ。俺の顔を潰すような真似はしないだろう?」
「勿論よ、旦那様……」
白天狐はしなやかに頭を垂れ、尻尾をゆらりと揺らした。
「それにしても……なんともまあ、不思議な情報ですね。あの“魔物殺し”がヴェークさんと同一人物だったなんて。『通った道には草は残らず、ただ紅血で咲く花が残るのみ』――そんな物騒な言葉まで残されていますよ」
「この世界のヴェーク、怖すぎですわ~!」
どうやらイリアスヴィル内でも、この世界の俺を知る魔物や天使は多いらしい。
中には、名前を聞いただけで白目をむいて倒れる者までいると聞かされた。
鎧を着ていて、本当に良かったと思った。
もしも、そのまま街に入っていれば、吸血鬼あたりは血の匂いで魔物殺しが再来したと勘違いしていたに違いない。
「まあ、俺のことは置いとこう。相談したいのはブラディの件だ。予定通り、俺を餌に釣り上げようと思う。……白天狐、ブラディが今どうしてるか分かるか?」
「そうじゃのう……」
白天狐は唇に指を添え、少しだけ上を向いて思案した。
「妾が最後に聞いた話だと、ブラディ殿はカニ労働者組合との権力闘争に負け、自らの居城を追い出されてしもうたと聞いたぞ」
「……カニ労働者組合?」
俺は聞き覚えのない言葉を聞き返した。
カニ労働者組合というのは、セントラ大陸で最大規模を誇る組織らしい。
ブラディがカニ労働者組合に追いやられてしまったのは、彼女が組合を通さず、勝手に荷物の運搬をしたのが原因だそうだ。本来ならば、カニ労働者組合が行うはずだった仕事を横取りしたことで、怒りを買ってしまったらしい。
「……思っていたよりも、上手く工作が出来たようですね」
メフィストはにっこりと微笑んだ。
だがその笑みは、どこか底意地の悪さを含んでいる。
「メフィストよお……お前、なんか仕込んだだろ?」
「いえいえ。私はただ、先生の教えに忠実に仕事をしただけですよ?」
アイシスに顔を向け、メフィストは涼しい顔で続ける。
「例えば――本来ならブラディ側につくはずだった魔物たちに、ちょっとした“お使い”を頼んでみたり。その結果集まった情報を、さりげなく組合に流してみたり……」
メフィストは悪びれる様子もなく、むしろ楽しげに肩をすくめた。
どうやら彼女が仕掛けた内部工作は見事に成功したらしい。ブラディが追い出される原因のひとつには、イリアスヴィルによる裏からの情報操作があった――そういうことのようだ。
「とはいえ、ブラディが城を追い出されるなど、これが初めてではありませんからね。今回の狙いは、この時期にカニ労働者組合との間へ軋轢を生じさせること――それに尽きます」
「……チャンスじゃないか? 今のブラディの配下って、どれくらい居るんだ?」
「最大勢力を誇るアスカノミコト殿が離れた今。側近と、ほんの数名の配下だけがブラディの動かせる戦力じゃろうな」
俺はその言葉を聞き、今が動くべき時だと思った。
ほとんど単独の状態である今なら、俺を餌にしたとしても、ブラディが引き連れて来られる戦力は限られているはずだ。
「白天狐、ブラディを呼び出す手段はあるか?」
「うむ。連絡用のマキナを預かっておるぞ」
そう言って白天狐は、胸元に手を入れ、小ぶりな端末を取り出した。
・・・・・
イリアスヴィルとの協議を終えると、俺たちは間を置かずブラディへ連絡を取る段取りへ移った。
今回の作戦は、こちらの戦力を“段階的に”投入していく形となっている。
まず最初に動くのは、力の同盟とウリエラ。
ウリエラには実態がよくわかっていないブラディの部下たちの相手をしてもらい、力の同盟でブラディと対峙する。俺たちが負ければ、イリアスヴィル側から追加戦力を投入してもらう手筈となっている。
俺たちで勝てればそれでよし。
もし届かなければ、後方から一気に押し切る。そんな二段構えの戦略だ。
エデンと白天狐には、イリアスシェルターで待機してもらうことにした。
まだ前線で動くにはダメージが残っているし、俺たちが全員出払って街をがら空きにしてしまうのは危険すぎる――そう判断したからだ。
「よし、押すぞ」
白天狐から渡された端末を、円卓の中央にそっと置く。
通話ボタンを押すと、黒い画面がじわりと光を帯び始めた。数秒の静寂のあと、“通話中”の文字が浮かび上がる。
『白天狐か! 我は今、とても優雅に暇を持て余して──』
『ブラディさまー! これってなんの警告音なの~!?』
『うぅ……お酒、呑みすぎちゃった……床が回ってる……』
『のわー! 燃料が空になっておる!! おい誰じゃ、補給を忘れたのは!』
『クロム、第四エンジンが落っこちたぞ……』
……どう聞いても、優雅どころか修羅場の真っ最中だった。
端末から流れてくるのは、明らかに異常事態以外の何物でもない音声。
蒸気が噴き出す甲高い音、小さな爆発音、ピーピーと耳障りに鳴り続ける警告音。さらに、ドタドタと慌ただしく走り回るような振動音と、誰かの絶叫が入り乱れていた。
「……ブラディ殿。お忙しいのなら、またあとにしようかのう?」
『あー……な、何も! 問題などない! それより侵攻の状況はどうなっておる? 我も今、前線に向かっておる途中で──』
『なんてことじゃ! もう助からないぞ!』
『メーデー! メーデー! メーデー!』
『最後かもしれないし……二十本くらい呑んじゃおうかな……』
『クロム、高度が維持できなくなったぞ……』
「……」
どう聞いても、明らかに重大トラブルの真っ最中だ。
だがブラディは、こちらに察されまいと必死に余裕を装っているらしい。
少し迷った末に、俺は意を決して口を開いた。
「久しぶりだな、ブラディ』
『──まさか!! いや、我が聞き間違えるはずがない……! その声は、我がライバルのヴェークか!!!』
『いたいっ、いたいのじゃ! ブラディ様! 儂の尻尾を引っ張らないでほしいのじゃ~!』
ブラディの声が一際大きく跳ね上がり、続いて誰かの悲鳴が混じった。
『……なぜ、白天狐の無線に、お前が出ている……? ま、まさか!』
「残念だったな。全滅だよ。お前の同盟相手は……俺とイリアスヴィルの前に敗れた」
ブラディはしばらく黙ったあと、息を吹き返したように笑い声をあげた。
『なんという奇縁! なんという運命! まさか我が永遠のライバルが、イリアスヴィルの味方になるとは!! ──良い。実に良い! お前にリベンジすることだけを胸に抱き、この侵略を続けてきた甲斐があったものだ!! ふはははは!』
「なんとも熱烈な言葉だな……。ブラディ、イリアスヴィルに来るつもりはないか? お前と俺で、決着をつけよう」
途端に、ブラディの笑い声がぴたりと止まった。
『望むところよ!!! 今行くぞ!!! ヴェェェェーク!!』
『ブラディさまが運転席の窓から外に出たぁぁぁ!』
『ぐびぐびぐび……楽しい狐人生だった……』
『のんびりしとる場合か! ええい! 儂が運転を代わる!!』
『クロム、免停中だからダメだぞ……。私が、代わる……』
ガシャンと何かが割れる大きな音がしたあと、通信は途切れた。
・・・・・
白天狐に通信機を返すと、俺たちはイリアスシェルターの外へ出た。
ブラディの飛行速度を考えれば、今日中にイリアスヴィルへ到達するのは確実だ。
郊外へ移動し、迎撃のための準備を整えたところで──遠くの空に、異様な影が見えた。
「あれか……」
木造船に金属板を無理やり貼り付けたような、不格好な飛行船が空を滑ってくる。
あちこちから煙を吹いているが、そのスピードは落ちる気配が無い。
その理由は、すぐに理解できた。
船の正面。
ワイヤーロープを肩に巻き、歯を食いしばりながら空中を全力で引っ張るブラディの姿があった。
「最初からこうすれば良かった! マキナも同盟も必要ない!! 我が突っ込んで、すべてをぶっ飛ばせば良い話だった!! ふはははは!!」
「声、大きいですわね~!」
「ポンコツっぽいけど、油断できねえな。こっからでも分かる魔力量……アタシの足が震えてやがる……!」
「久しぶりに体を動かせる……」
「…………」
力の同盟の面々が横一列に並び、迫りくる飛行船を見上げる。
アイシスは拳を鳴らし、エクレアはブーメランを振り回して妙なステップを踏み始め、ミクリはヤマタイニンジャブレードを抜いては戻し、シャキンシャキンと音を響かせる。
シェーディは、ただじっと空を見つめていた。
「ぺこ。これが終わったら……デートにでも行くか」
「……! そ、そうだな。娘も連れて……きっと楽しいぞ!」
思わず二人で笑い合う。
戦いが終われば、娘と一緒にのんびり過ごせる穏やかな時間が待っているかもしれない──そう思うだけで、胸の奥から力が湧き上がってきた。
気持ちを切り替え、俺は弓を構え直す。
張り詰めた空気が肌にまとわりつく中、背後から仲間たちの緊張と覚悟が伝わってくる。
「さあ、やるぞ!!」
一瞬だけ深く息を吸い込み――俺は鋭く号令を放った。