俺が矢を放つと、唸りを上げながら上空のブラディへと一直線に走った。
対してブラディは腰の剣を抜き放ち、瞬く間に刀身が血のような紅に染まる。振り払うように剣を一閃すると、紅の斬撃が飛び散り、矢は空中で細かく砕け散った。
「むう、船が邪魔だな……。フレデリカ! 上手く着陸させるのだぞ!」
そう叫ぶとブラディは船に向き直り、手にしていたワイヤーを勢いよく引き寄せる。
そして船体をハンマー投でもするかのように大きく振り回し、別方向へ放り投げた。船は煙を噴き出しながら、凄まじい速度で迷いの森の方角へと飛んでいく。
「ヴェーク! どうしますの!」
「ウリエラ、頼めるか!」
「俺に任せとけ! ブラディは任せたぞ!」
ウリエラは羽を大きく広げ、一気に迷いの森へと飛び去っていった。
あの船にどんな勢力が乗っているのかは不明だ。だからこそ、最高戦力のウリエラに任せる判断を下した。
本当なら俺が直に向かいたい――娘が乗っている可能性は高いのだから。
だが俺が動けば、ブラディまでそちらへついてきかねない。それだけは避けたかった。
ブラディが地面へと軽やかに降り立つ。
満面の笑みを浮かべ、剣を納め、両腕を大きく広げた。
「この刻を待っていた……。我の方から向かおうと思っていたが、わざわざ来てくれるとは!! 色々と口上を考えておったのに、喜びですべて吹き飛んでしまったぞ!!」
「サプライズは好きだって言ってたよな。――今日は“友達”も連れてきたぞ」
俺の背後から、力の同盟の仲間たちが一斉に姿を現す。
「ほう……。竜の王たる我に挑むとはな。愚かで――だが勇敢だ! 歓迎しようではないか! ふははははは!」
「お前に恨みはないが、我にとって邪魔なのでな。消えてもらおう」
「……吠えるではないか、小さき魔物よ。しかし、その肉体に秘める力……我には分かるぞ!!」
「あ、暑苦しいですわ~!!」
「当たり前であろう! 我はすべてを灰燼に帰す王よ! 荒ぶる炎は我の激情と共に燃え盛るのだ!」
次の瞬間、ブラディの周囲に燃え上がる火の玉がいくつも出現した。
熱が空気を揺らし、地面までも灼けるように赤く照り返す。
――来る。
あの動作は、確実にブレスだ。
「ミクリ! エクレア!」」
「任せて……! 陰陽外行・万祓陣……!」
「アクアシールドですわ~!!」
呼びかけに応じて、二人がすっと前へ踏み出す。
ミクリは素早く印を結び、両手を地面へと押し当てた。触れた場所から水色の光紋が走り、円陣のように広がっていく。
同時に、エクレアの身体から淡い粘膜が溢れ出し、それが瞬く間に硬質化して膨張。
俺たちを包み込む半透明のドームへと形を変えた。
「ガアアァァッッ!!」
ブラディの口腔から、極大のブレスが解き放たれた。
八色の光が混ざり合い、稲妻のような轟音とともに奔流となって押し寄せる。
初めて見る技だが――受け切るほかない。
極彩色のブレスは、視界を塗りつぶすほどの勢いで襲いかかり、俺たちを一瞬で呑み込んだ。
「前とは桁違いだ……。とんでもないな」
「くく、これを耐えるか……! だが、これはまだ序の口よ!」
立ちこめていた煙がゆっくりと晴れていく。
そこには、俺たちを中心に円形にえぐり取られた地面が広がっていた。エクレアの防護壁は跡形もなく蒸発し、ミクリの陣も光が消えかかっている。
ブラディは愉悦に満ちた笑みを浮かべ、両手をゆっくりと掲げた。
するとその掌の上に、灼熱の火球が二つ、渦を巻きながら出現する。
そして――振りかぶるようにして、それらを一気に投げ放ってきた。
「これならどうだ!? ──ドラゴンフレアバースト!!」
「ぺこ! アイシス!」
「右は任せよ……」
「熱そうだな! けど、アタシの拳はもっと熱いぜ! 紅蓮大挙舞ッ!」
ブラディが放った二つの火球が、彗星のようにこちらへ迫る。
ぺこは無数の触手を伸ばし、そのうち数本を鞭のようにしならせて火球を絡め取った。
触れた瞬間、じゅう、と焦げ付く音が響き――触手に呑まれた火球は跡形もなく消滅する。
一方のアイシスは地を強く蹴り、空へ一直線に跳躍した。
燃え盛る火球へ拳を突き出し、まっすぐに叩き込む。衝突の瞬間、火球は破裂し、極彩色の火花を散らしながら空気へと溶けていった。
「ヴェークが連れてきただけはある! 我の技をこうも容易く防いでくれるとは!」
「余裕ぶってる場合か!」
俺が声を張り上げ、弓を引き絞る。
流星のように矢を打ち放ち、ブラディめがけて飛ばした。しかし、ブラディは不敵な笑みを浮かべると、優雅に剣を構える。そして、連続で剣閃を放つと、次々と矢が蒸発していった。
「腕を上げたようだな! ヴェークよ! だが、この程度では我に届くことすら叶わぬ!」
次の瞬間、ブラディの姿がぶれた。
彼女は翼を畳んで、隕石のように猛スピードでこちらに突っ込んできた。その剣に切っ先がこちらに届こうとしたとき──。
「…………」
「なんと! 我のアンファンテリブルを包丁で受け止めるとは……!!」
「包丁を持つのはシェーディだけではないぞ!」
ぺこが勢いよく踏み込み、手にした包丁を鋭く振りかざした。
対するブラディは、左手に構えた小さなシールドでその一撃を軽々と受け止める。
ブラディは両手を上に振り払うと、凄まじい風圧が巻き起こった。
シェーディとぺこは吹き飛ばされ、俺は慌ててぺこを受け止め、ミクリが素早くシェーディをキャッチする。
ブラディは剣を収めると、静かに一歩だけ前へ踏み出した。
「そうだ、聞くのを忘れていた……。我の部下となれ、ヴェーク! さすれば――世界の十六分の一をくれてやろう!!」
「言うたびに減ってんな!! 八分の一じゃなかったのかよ!」
「我をケチ呼ばわりするな! これでも領地経営のあれこれを真面目に考えた結果、渡せるギリギリの量なのだぞ!!」
以前と同じようなやり取りに、どこか懐かしさを覚えた。
そんなことを言っている場合ではないため、すぐに返答する。
「断る!! お前が何を言おうと! 世界は守ってみせる!」
「……それでこそヴェークよ。だが――愚かな過ちを犯したな!!」
その瞬間、ブラディの身体から炎とは違う何かが噴き出した。
聖と闇――相反するはずの二つのエネルギーが同時に溢れ、空気を震わせながら膨張していく。やがてそれらは重なり合い、渦を巻き、一つの強大な力へと収束した。
ブラディはゆっくりと両手を突き出し、俺たちへ向けて構える。
その動作だけで、視界が揺らぐほどの圧が押し寄せた。
「滅びこそ我が喜び!! 従うものこそ美しい!! さあ!! 我が腕の中で安らかに眠るが良い!」
巨大な竜巻を思わせる力の放流が解き放たれ、俺たちは一瞬で飲み込まれた。
・・・・・
視界がぼやけ、耳鳴りが頭の奥でキーンと響く。
なんとか意識を手繰り寄せ、身体を動かすと、自分がうつ伏せに倒れていたことに気づいた。顔を上げて前方を見ると、ブラディとシェーディが激しく武器をぶつけ合っている。
「貴様、やはり頭一つ抜けて厄介だな! ……だが、弱っているな!? それも時の運よ!」
「…………」
シェーディは無言のまま、その身を紙一重で翻し、ブラディの剛撃を次々と躱していく。
しかし、ブラディの攻撃は止まるどころか勢いを増し、怒涛の連撃が襲いかかるにつれ、シェーディは少しずつ後退を余儀なくされていた。
「魔王煉獄剣!!」
「…………!!」
ブラディの剣が赤熱し、周囲の空気が歪むほどの熱量をまとっていく。
そして炎を纏ったまま連撃が放たれた。一撃目、二撃目はかろうじて受け流したものの、三撃目――渾身の一振り――がシェーディの腹部を捉え、彼女の身体は弾き飛ばされた。
「シェーディ!!」
俺は反射的に立ち上がり、足が勝手に地面を蹴っていた。
とんでもない速度で吹き飛んでくるシェーディを受け止め、そのまま二人で地面をゴロゴロと転がる。
「大丈夫か?」
「…………」
彼女はいつものジト目をさらに細め、ゆっくりとコクコクと頷いた。
ダメージはあるが、戦えないほどではない。ほっと息をつきつつ、俺はブラディの追撃を警戒して顔を上げる。
「──やってくれんじゃねえか!! ブラディさんよぉ!!」
振り返ると、アイシスがブラディへ突っ込んでいた。
紅蓮に染まった拳が、嵐のように連続で叩き込まれる。そして最後に放たれた右ストレートが、ブラディの顔面へ直撃した。
衝撃でブラディの頭が跳ね上がり、上半身がのけぞる。
だが次の瞬間、ブラディの腕が素早く伸び、アイシスの拳をわし掴みにした。
ニヤリと獣めいた笑みを浮かべ、その拳を握り潰さんと力を込める。
しかしアイシスも負けていない。
すぐさま踏み込んで、ブラディの腹部へ強烈な膝蹴りを叩き込んだ。
「良い一撃だ……。だが、我には届かんぞ!!」
「それじゃ!! これはどうだ……!!」
アイシスは距離を取り、拳を合わせて足を大きく広げる。
魔力が奔流となって拳に集中し、炎と氷――相反する二つの力が混ざり合い、唸りを上げながら一つのエネルギーへと昇華されていく。
「ほう!! 面白い!! 聖魔融合と同じように、異なる力を混在させるか……!!」
「喰らっても!! 同じこと言えんのかよ!! ──炎拳氷巴ッッ!!」
アイシスは歯を剥き出しにして笑うと、必殺の一撃を放つ。
拳が氷と炎に覆われ、唸りを上げて一直線にブラディへと迫る。
次の瞬間、大地が大きく揺れた。
相反する力同士が正面からぶつかり合い、その衝撃が空気を裂き、暴力的なまでのエネルギーが四方へ吹き荒れる。
俺が以前コロシアムで見た時よりも、明らかに威力が跳ね上がっていた。
だが──。
「……おい、マジかよ……!!」
舞い上がった煙がゆっくりと晴れていく。
そこに立っていたのは――ブラディ。
まるで何事もなかったかのように背筋を伸ばして立っていた。ダメージと呼べるのは、服がわずかに煤けた程度。
そして、ブラディは楽しそうに笑いながら、ゆっくりと拍手を送ってきた。
「面白いものを見せてくれた礼だ! 我も、一撃をお見せしよう!!」
ブラディは剣を正面に構え、力を溜め始める。
刃の表面が震え、溢れ出す魔力が熱となり、轟音となって空気を揺らす。灼熱の炎が立ち上り、その中を青白い稲妻が奔り、絡みつくように混ざり合っていく。
「──メギドカブラ!!」
「クソ! まず──」
俺は間に入ろうとして、すぐにやめた。
触手が地面から伸びており、アイシスを横へ引っ張ったからだ。
ブラディの一閃は広範囲を焼き、灰に変えた。
青白い稲妻が空を駆け巡り、雲の一部まで吹き飛ばすほどの威力だった。
「危なかったな」
「す、すまねえ……助かった!」
ぺこは伸ばした触手でアイシスを掴んだまま俺の隣へ滑り込むように移動し、アイシスをそっと降ろす。
「アイシス、ぺこ。大丈夫か?」
「大丈夫じゃねえよ! アタシの必殺技が効かねえなんて、初めてだぜ……!」
「我は平気だ。ミクリとエクレアも──」
その言葉に合わせるように、ブラディの背後で白い影が高速で閃いた。
エクレアのブーメランが飛び、同時にミクリが手裏剣を数枚、流星のように放つ。
だがブラディは身体をわずかに捻り、真紅の翼を広げて豪快に振り払う。
旋風のような羽撃きで、二人の攻撃はまとめて弾かれた。
「そこの狐……どこかで見た覚えが──」
「エクレア……!」
「合わせますわ~!! キラッ☆」
エクレアが回帰の歌を歌うと、俺たちの傷が癒えていく。
ミクリの速度が加速していき、目にも止まらぬスピードで動き始める。ブラディの周辺を動き回り、摩擦で雷が発生するほどの速度になった。一度も足を止めず、あらゆる角度から忍者刀で斬りつける。
刃が空を切る音が連続し、あらゆる角度から斬撃が降り注いだ。
「……足りない、足りないぞ!! 気品も優雅さも情熱も!! そして何より──」
「うう……!!」
「速さが足りておらん!!」
次の瞬間、ブラディの脚がしなやかにしなり、鞭のようにミクリの腹部へ叩き込まれた。
あまりの衝撃にミクリの身体は弾丸のように吹き飛び、エクレアが慌てて飛びつくように受け止める。
エクレアも衝撃を吸収しきれず、二人まとめて後方へ押し流されていく。
「ぺこ!」
「任せよ……!」
ぺこが素早く触手を伸ばし、同時に俺は弓を構えた。
狙いはブラディの足元――動きの起点を乱すための一射。
爆裂矢を放つと、着弾と同時に地面が炸裂し、巨大な土埃が巻き上がる。
ブラディの姿が完全に視界から消えたその一瞬を逃さず、ぺこがミクリとエクレアを触手で絡め取り、こちらへと引き戻してくれた。
「なんとも愉快な戦いよ! まるで万華鏡の如く、鮮やかに色彩が変化する……! 引き出しの多い相手と戦うのは、本当に楽しいぞ!」
「俺は一ミリも楽しくない……!」
「ん~、相も変わらずつれない男よ! だが、それもまた良し! 我が愛しきライバルよ、さあ共に――この戦場で最高の音色を奏でようぞ!」
ブラディは真紅の翼を大きく広げ、高らかに笑った。
その瞳には狂気と悦楽が混じり合い、ぞっとするほどの光が宿っている。
「……やっぱり、あの技を叩き込むしかないか……!」
俺は自らの技、宵の明星を使わないとブラディを倒せないと判断した。
しかし、この技を使うには問題がある。
ブラディに近付いて拘束しなければならないし、発動まで維持しなければならない。ブラディ相手では、隙が多すぎる。
「どうした? 来ないなら──」
ブラディが言葉を言い放っている最中。
彼女の後ろから暴風のような音が聞こえてきた。
目を向けると、そこには──。
「誰かのことを忘れてねぇか!? おらあ!!」
大剣を持ったウリエラが、ブラディに対して切りかかった。
・・・・・
「ウリエラ!! 貴様ともこうして死合をしたいと思っていた! ……我の部下はどうした!?」
「牢屋にぶち込んだぞ! それよりも! 派手に行こうぜ!!」
空の彼方へと舞い上がり、ウリエラとブラディの激しい攻防戦が始まった。
剣と剣がぶつかり合うたび、空中に鋭い火花が散る。互いに一歩も引かず、金属音が連続して鳴り響く。
その一瞬、こちらへの注意がかすかに逸れた隙を利用し、俺たちは短い相談を始めた。
「このままでは、ジリ貧ですわ~!」
「完全無欠かよ! ヴェーク! 前はどうやって倒したんだよ!」
エクレアとアイシスが焦り混じりの声を上げる。
現状、わずかではあるがウリエラが押されている。
前回、俺と戦ったときのブラディとはもはや別人だ。
あのときは転移と呪いを酷使したせいで弱体化していたが、今のブラディにはその枷がない。力を惜しみなく解放し、圧倒的な気迫を放っている。
俺たちは事態を見つめながら言葉を交わしていたが、その緊迫した空気を破るように、ぺこの腹がぐーっと鳴り響いた。
「……腹が減ったな。そろそろ昼食にしないか?」
「いや、言ってる場合か! どうする……前はブラディは弱ってたしな……」
状況は切迫しているのに、ぺこのマイペースな一言で思考が一瞬だけふっとぶ。
だが、すぐに現実へ引き戻される。俺は必死に作戦を巡らせるが、決定打になる案はひとつも浮かばなかった。
そんな中。
ミクリがむくれた顔で頬をぷくっと膨らませ、上空で戦うブラディに向かって思い切り声を張り上げた。
「オババ……! 若作り……!」
「なんだと!? 我はまだ若いぞ!!」
挑発が刺さったらしく、ブラディは目を吊り上げ、怒りのままに火球をこちらへ放り投げてきた。
ウリエラと激戦を繰り広げている最中だというのに、同時にこちらへ敵意を向ける余裕があるようだ。
「……こうなりゃ、とっておきの“あれ”をやるしかねえか!」
「……! あれをやるの……?」
アイシスが何かを閃いたように拳を握りしめた。
その横で、ミクリはわずかに肩を震わせ、不安げにアイシスを見上げている。
「アイシス、なにか作戦があるのか?」
「いや、作戦ってわけじゃねえけど。アタシの必殺技を更に昇華させた技を使おうと思ってんだ!」
「アイシスとミクリの合体技……。とっても危険だけど、やるしかない……!」
「危険……って、どのレベルの……?」
俺の胸の奥がざわつく。
ミクリの真剣な声色と、漂う不穏さが不安を煽った。しかし、アイシスはそんな気配を吹き飛ばすように親指を立て、いつもの勝気な笑みを浮かべる。
「任せとけって! 本番につえーんだ、アタシらは!」
「うん……。やろう……!」
二人の目に迷いはなかった。
仲間が覚悟を決めた以上、俺たちは支援に徹するほかない。
「俺たちはどうすればいい?」
「そうだなあ……。ブラディを地上に釘付けにしてくんねえか? ここからでも届くけど、あいつの頑丈さだと、耐えられるかもしんねえからな」
「ミクリたちは防護壁を張るから、多分大丈夫……。エクレアは、ヴェークとぺこが守ってあげて……」
「わかりましたわ~!」
「危険な賭けになりそうだな……。だが、我は嫌いではないぞ」
「…………」
「よし、決まりだな。その間、俺たちがブラディを足止めする……!」
俺たちはアイシスとミクリから距離を取り、四人でブラディの真下――ちょうど影が落ちる位置へと駆け込んだ。
ぺこが伸ばした触手がしなるように天へ伸び、ブラディの足を絡め取る。
「小細工を! お前から始末してやろう!!」
「よそ見してんじゃねえ!」
「貴様は後だ!」
怒声と同時に、ぺこの触手は瞬く間に細切れにされた。
だが、そのわずかな隙を見逃すウリエラではない。すぐさま大剣を振り抜き、空中で火花が散る。ブラディは苛立ったようにその剣圧を押し返すと、まるで空気を蹴るようにして急降下してきた。
「ワタクシの歌を聴きなさいな~!」
銀河の煌めきを帯びたような響きが空に広がり、音の粒がブラディにぶつかる。
その瞬間、ブラディの動きがじりっと鈍り、わずかに目を細めて恍惚とした表情を浮かべた。
――今だ。
俺は弓を構え、息を呑んで狙いを定める。
「──!!」
限界まで引き絞った弦から、四本の矢が一斉に解き放たれる。
閃光のように軌跡を描き、夜空を裂きながら飛ぶ矢は、まるで月を貫く勢いでブラディへ迫った。
ブラディはその殺気を感じ取ったのか、目を見開き、空中で身体をひねって避ける。
矢はスレスレを通り抜け、ブラディの髪を数束ちぎり取り、黒色の欠片が宙に散った。
ブラディは驚愕を浮かべながらも、逆に楽しげな満面の笑みを広げた。
「今のは危なかったぞ──」
「…………」
そのとき、ぺこの触手によって勢いよく投げ飛ばされたシェーディが、ふわりとブラディの正面へと出現した。
無表情のまま、手に持った小さな包丁を、まるで日常の延長のようにそっと突き出す。
「──いかん!!!」
ブラディは本能的に危険を察し、素早くシールドを構えた。
次の瞬間、大砲が炸裂したような轟音が、シールドと包丁の接触点から一気に弾け飛ぶ。
反動で二人の身体が弾かれ、ブラディは上空へ吹き飛ばされる。
シェーディも同じように地面へ跳ね飛ばされたが、エクレアが軽やかに身を躍らせてキャッチした。
「くっ、この程度で──」
「おいおい! 俺を忘れちゃ困るぜ!」
空高くに飛び上がっていたウリエラが、上昇していくブラディめがけて急降下した。
そして、大剣を両手に持ち、突き出すように構えると──刀身に紅蓮の炎が宿った。
「──乱刃・気炎万丈!!」
「がはあ!?」
炎をまとった無数の乱撃が、ブラディを襲う。
ブラディはシールドを展開し、必死に受け流そうとするが──三撃目で盾は粉々に砕け散った。
続く一撃が、容赦なく胴へ突き刺さる。
ブラディは大きく血を吐き、叫び声も上げられないまま地上へ真っ逆さまに落下していく。
衝突の瞬間、地面が爆ぜるような轟音が響き、巨大な窪みが形成された。
土煙の中から、ブラディがよろめきながら立ち上がる。
焦げた外套を引きずり、血を滴らせ、それでもなお──俺たちを睨みつけるその目に、闘志は消えていなかった。
「ぐうう……! 今のは、なかなか良い一撃だった……! だが、我はまだまだ──」
「ほぉら! おかわりだ!」
ぺこが勢いよく触手を放つ。
空間一面を覆い尽くすほどの数で、逃げ場を完全に塞ぎにかかる。同時に、俺は煙幕矢を射ち込み、一気に視界を奪った。
「この程度で我を止められると──」
「やるぞ、ミクリ!」
「うん……!」
ブラディはふと動きを止め、何かに気づいたように目を見開く。
視線の先では、アイシスが炎拳氷巴と同じ構えを取っていた――が、決定的に違うものがある。
燃える火でも、凍る氷でもない。
まるで深い奈落を凝縮したような、“闇”の色に拳が染まっていた。
「うおおおおぉぉぉ!!」
「……」
アイシスのすぐ後ろで、ミクリが祈るように両手をぎゅっと組んでいた。
その掌からは清らかな白い輝きがあふれ出し、糸のようにアイシスへと流れ込んでいく。
闇を宿したアイシスの拳に、ミクリの放つ聖なる力が重なり──混ざり合っていく。
相反するはずの力が、まるでひとつの生命を得たかのように脈動し、拳の周囲の空間がきしむ。
「バカな!? 聖魔融合だと!! それも二人で!? ……こうなれば、相殺するしか道はないか……!」
「こりゃ、ヤバそうだ……!」
「隠れるぞ!!」
「こっちですわ~!」
「…………」
アイシスとミクリ以外の全員が、エクレアが作り出した地面の穴に飛び込み、ぎゅうぎゅう詰めになりつつ身を潜めた。
頭だけをそっと出し、固唾を呑んで見守っていると──。
ついに、その瞬間が訪れた。
拳が輝き、聖と闇のエネルギーが激しく渦巻く。
アイシスの周囲の空気は震え、まるで嵐の如く荒れ狂っていた。
「──天地開闢拳!!!」
「魔煌炎舞──!!!」
次の瞬間、両者から放たれた膨大なエネルギーが、世界を揺るがすかの如く炸裂した。
・・・・・
「ごほっ、ごほっ……! 大丈夫か……」
「我は平気だ……。まったく、とんでもないことをしてくれたな……」
「ワタクシより派手でしたわ~!」
「…………」
俺は体の上に乗った石を払いのけながら、なんとか立ち上がる。
穴の中にいたはずなのに、気づけば地表に押し上げられていたらしい。
ぺこもエクレアもシェーディも、砂埃まみれになりながらもなんとか無事に立ち上がってきた。
「アイシスとミクリは……!!」
俺はすぐさま二人が居た場所に向かった。
「──今日はもう動けねえ!!」
「つ、疲れた……!」
二人は大の字になって倒れていた。
体のあちこちに傷が出来ており、服はボロボロになっていたが、なんとか無事のようだ。
「良かった……」
「なんとかな! ひえー! 今回ばっかはマジでヤベぇかと思ったぜ!」
「成功し──」
ミクリが安堵の笑みを浮かべ、言葉を続けようとしたその瞬間──。
ガラガラと背後で大きな崩落音が響いた。
「ぐう……!! なんとも、危ない一撃であった……!!」
そこには──ボロボロになったブラディが立っていた。
片足を引きずり、右腕は垂れ下がっている。だが、その目にはまだ闘志が残っているように見えた。
「しかぁし! 我はまだまだ──」
俺は時魔法を使い、体を加速させる。
そして、ブラディの顔面を掴むと、手に魔力を集中させた。
「ま、まて! じょ、冗談だ! 我はもう──」
「我は宵の明星、黄昏の子。旧き宇宙から墜ち、世界を旅する者──」
重力が凝縮され、俺の拳に一点に集中する。
次の瞬間──轟音とともにブラディの体が地面へと叩きつけられた。
煙が晴れると、俺はブラディの顔から手を離す。
彼女は口から煙を吐いて、涙目になっていた。俺は再び顔を掴むと、ブラディを上に持ち上げる。
「我は宵の明星、黄昏の子。旧き宇宙から──」
「──降参だ!!」
ブラディの敗北宣言を聞き、俺は彼女の顔面から手を離す。
地面にボトリと落ちると、そのまま仰向けになって気絶した。
俺は右手を天に突き上げ、声高々に宣言した。
「──力の同盟が勝ったぞ!!」
「なんとも……締まらない最後ではあったがな」
「よっしゃー!!」
「やりましたわ! やりましたわ!」
「バンザーイ……!」
「…………」
喜びの声が、荒野に木霊する。
力の同盟はついに、長き戦いの果てに勝利を掴んだのだった。