進め! 我らは力の同盟!   作:クラウス道化

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番外編 お姫様を打倒しよう! 力の同盟!

「おい、ヴェーク! 腹が減ったぞ! ハラヘリ! ヘリハラ!」

 

「我も腹が減ったぞ」

 

「父上、お腹が空きました」

 

「──おわあああああ!!!」

 

 四方八方から腹の虫が鳴る音が襲いかかり、俺は思わず悲鳴を上げた。

静寂とは程遠い、実にやかましい空腹の合唱である。

 

 俺たちは今、修羅世界を巡る旅の真っ最中だ。

現在地はセントラ大陸の北部。自分たちの世界に当てはめるなら、ウンディーネの泉がほど近くにあるあたりだろうか。

 

「ヴェークがまた壊れましたわ~! 叩いて直さなくては!」

 

「悪化しそうだから、やめとけやめとけ!」

 

「たぶん放置してたら治るよ……」

 

「おお、旦那様……。なんとおいたわしい……」

 

「…………」

 

 力の同盟は、新たな仲間を加えていた。

娘のヴェペリアに白天狐、そして――なぜか当然の顔で付いてきているブラディである。

 

 ヴェペリアと白天狐はともかくとして、問題はブラディだ。

どうして彼女が、さも最初からメンバーだったかのように、ここに居るのか。

 

 これを語るには、蓬莱山より高く、タルタロスよりも深い理由があった。

……と、言いたいところだが、実のところは至って単純である。

 

 簡単に言えば──無理矢理付いてきているのだ。

ブラディの部下たちはイリアスヴィルで待機しており、現在は街の仕事を手伝っている。

 

「そういえば、ブラディはいつになったらヘルゴンド大陸に帰るんだ? 城を放置したままなんだろう?」

 

「うおっ! いきなり落ち着くな!」

 

「我だって帰りたいぞ! しかし、カニ労働者組合が城に居座っている以上、どうしようもないのだ……!」

 

「ソープ書記長、強いですからね。サテライトカニ光線を起動されたら、ひとたまりもありません」

 

「ミクリの忍者ビームも、そろそろ次の段階に進化させなくちゃ……!」

 

 ブラディの長い名前を持つ城は現在、カニ労働者組合とやらに占領されている。

しかも驚くべきことに、そのトップを務めているのは、俺たちがナタリア海岸に漂着した際に出会った、あのカニ娘のソープらしい。

 

 城に近づこうものなら、組合員であるカニ娘たちが一斉に宙へ向けてカニ光線を放つ。

それは軌道上に浮かべた衛星に届いて収束され、反射して狙った地点へとピンポイントで照射される仕組みらしい。

 

 この悪夢のような迎撃システムは、サテライトカニ光線と呼ばれている。

ブラディがそれを過剰なほど警戒し、ヘルゴンド大陸へ戻れずにいるのも無理はない話だった。

 

 ブラディは悔しそうに顔を歪めると、自身の拳をぎゅっと強く握りしめた。

 

「うう……! 残念ながら、我と配下だけではなんともならん! ──そこで! 力の同盟の皆さんの力をお借りして、我の城を取り返そうと考えたのだ!!」

 

「なんで俺たちが巻き込まれる前提なんだ?」

 

「ふっふっふ! 我が力の同盟に加入しているならば、我のトラブルは同盟のトラブル! ということになるであろう? つまり! 嫌でも協力せざるを得んであろう!?」

 

「アタシたちを勝手に巻き込むなよ……」

 

 げんなりとした表情で、アイシスはブラディの背中を睨みつけた。

だがそんな視線など意にも介さず、ブラディは胸を張って豪胆に笑い飛ばす。

 

「ワーハッハッハ!! そう怒るでない、熱く気高き拳を持つアイシスよ! 我の城を奪還するためのこの旅を終えた暁には、極上の楽園が力の同盟の皆様を待っている!」

 

「お風呂のことでしょう? 確かに天国のようでしたね。私もまた入りたいです」

 

「……ヴェペリアがそう言うならば、我は全身全霊でカニに挑もうではないか! 鍋にするぞ!」

 

「おお! ヴェペリアの母上殿の了承を得た! ヨシ!」

 

「最終的な目的地は決めてなかっただろ? はあ、本当に……」

 

 高笑いしながら腰に手を当て、意気揚々と先頭を歩くブラディ。

その背中に呼応するように、エクレアとミクリもまた高笑いし、同じ調子で大股に歩いている。

 

 アイシスは呆れ果てた表情で、そのすぐ後ろに続いた。

さらにぺこ、ヴェペリア、白天狐が列を成し、ぞろぞろと歩いていく。

 

 こうして今日もまた、力の同盟の旅路は、騒がしくも賑やかに進んでいる。

 

「さっきの腹ペココールもあったことだし、そろそろ野営の準備をしようか」

 

「ヴェーク、メニューはなんだ! 我は今日も肉とコーラがいいぞ!!」

 

「我も肉がいいぞ」

 

「肉を肉で挟んだサンドイッチが食べたいです」

 

「──おわあああああ!!!」

 

 いつも通り、容赦なく飛んでくる要望の嵐。

俺の悲鳴は、修羅世界の大地に虚しくも元気よく響き渡った。

 

「おお、旦那様……。なんとおいたわしい……」

 

「飯の時間になるたびにこれだよ……。アタシも手伝うから、な?」

 

 そんなこんなで、修羅世界の旅は今日も続いている。

楽しいのは間違いないのだが――俺の胃と精神には、あまり優しくなかった。

 

 ・・・・・ 

 

 とんでもなく大変な食事の用意を終え、焚き火を囲んで早めの夕食にありついた。

ブラディから、この世界で売れたワールドウォーカーの売上は受け取っているものの、この食事量では、そう遠くないうちに底をつきそうだった。

 

「どうする……? 本の外伝を出すか……?」

 

「なら、我がタイトルを考えてやろう。うーむ……“どんと来い! 恐怖の大王”はどうだ!?」

 

「どういう内容にすればいいんだよ……」

 

「嫌か? なら“なぜマトンを尽くさないのか”はどうだ!?」

 

「羊を尽くしてどうするんだよ……」

 

 バチバチと焚き火が弾け、赤い火の粉が夜気に舞う。

煙は風に靡きながら、ゆっくりと空へ昇っていった。俺はブラディをどうにか月面あたりにでも置いてけぼりにできないものかと、現実逃避じみたことを考えていた。

 

 そのとき、ガサガサと茂みが揺れる音がした。

雑談の空気が一瞬で張り詰め、他のメンバーも同時に気づいたらしい。誰一人言葉を発さず、焚き火越しに、茂みのほうへと視線を集中させていた。

 

「──ドッ、ドドドド!! ドッペルゲンガーが出ましたわ~!!」

 

「なんだ、エクレアか……」

 

「驚かすでないわ。まったく」

 

 茂みから勢いよく飛び出してきたのは、ウチのエクレアだった。

枝葉をかき分けながら現れた彼女は、手足をばたばたと動かし、顔を赤くして必死に何かを訴えかけている。切迫した様子だが、何にそこまで慌てているのかは分からない。

 

「んで、どうしたんだ? ドッペルゲンガーが出たって。また水辺に映った自分を見てビビったんじゃねえだろうな~?」

 

「ちっ、違いますわよ! こちらに! こちらに来てくださいまし!!」

 

 エクレアは興奮冷めやらぬ様子で、茂みの奥を指差しながら、何度も来いと手招きする。

ただ事ではなさそうだと感じた俺たちは、顔を見合わせ、無言で頷き合ってからエクレアの後について行った。

 

「それにしても、このあたりはまだ森が残ってるんだな」

 

「この辺りはイリアスヴィルと同じように、豊かな水源が残っていますからね。もっと北の方、ゴルド火山の付近は本当に酷い状態です」

 

 ヴェペリアの淡々とした解説を聞きながら、俺は周囲を見渡した。

鬱蒼とした森林の合間を縫うように川が流れ、湿った土と草の匂いが鼻をくすぐる。緑に満ちたこの景色は、元いた世界と比べても遜色がなく、ここが異なる世界であることを一瞬忘れそうになるほどだった。

 

 エクレアに導かれるまま歩き続けると、水の流れる音が次第に大きくなっていく。

やがて視界が開け、森を抜けたその先には──。

 

「なんだこりゃ……」

 

「これは確かに、エクレアだが……」

 

「お、大きい……」

 

「…………!」

 

 巨大な湖の中心。

そこには、エクレアの姿をした山よりもなお大きい超巨大な石像が、堂々と鎮座していた。

 

 ・・・・・ 

 

「ドッペルゲンガーと出会ってしまったら、死んでしまうと聞きましたわ! うう……プリンとその他の妹たちには、エクレアはお姫様として立派に散ったと伝えてくださいな……」

 

「エクレア殿、あれはどう見ても石像であるのう」

 

「──ええ!? ……ですが、ワタクシと同じくらい立派な身長ですわよ!!」

 

「自分のことをもう少し客観的に見てほしいもんだな」

 

「…………」

 

 俺はエクレアにそう言いながら、頭痛を抑えるように額に手を当てた。

この場に立ち込める空気は、どう考えても厄介ごとの前触れだ。見なかったことにしようかと考えていたところ、ぺこが触手を伸ばして湖の水面にそっと触れた。

 

「ふむ……」

 

「ぺこ、何か分かったか?」

 

「どうやら結界の類が張られているようだな。触手が底に入って行かぬ。それに、見てみろ」

 

 言われて水面に視線を向ける。

そこには、さざ波に合わせて歪みながらも、はっきりとした輪郭を保つ巨大な城が映り込んでいた。水中に沈んでいるというより、水面そのものに映像が投影されている――そんな不自然さを感じさせる光景だ。

 

「これは……幻影魔法かのう。この規模の結界に加え、これほど精緻な幻を維持するとなれば、相当な魔力を要するはずじゃ」

 

「うーん……。誰か、この場所について心当たりはないか?」

 

 俺は、この世界で長く暮らしてきた三名に視線を向けて問いかける。

しかし、白天狐とヴェペリアは揃って首を横に振った。どうやら知らないらしい。

 

 そして、最後に残ったのはブラディだ。

彼女は何かと顔が広い。こういう怪しげな場所について、一番事情を知っていそうな人物でもあった。

 

「……確か、噂に聞いたことがあるぞ。あれは今から三十六日……いや、四週間前に耳にした話だったか」

 

「結構最近だった。それで、どんな噂だったんだ?」

 

 ブラディはゆっくりと腕を組み、思い出すように目を閉じて語り始めた。

曰く――おかしな見た目をした人形を持つ者だけが足を踏み入れられる、秘密の世界が存在するらしい。その世界は楽園のように美しく、世界で一番強くて美しいお姫様が、争いのない平和な統治を行っているという。

 

 そして、その世界への入口は、見たこともないほど巨大な城の“絵”。

それに触れた者は例外なく姿を消し、二度と戻ってこなかった――そんな不穏な話だった。

 

「うさこもその噂を知っておってな。おとぎ話だと言っていたぞ?」

 

「でもよお……目の前にあるこれがそうなんじゃねえか?」

 

 アイシスは同じように腕を組み、湖の水面を覗き込む。

 

 絵は何も、真っ白なキャンバスに描かれるものだけとは限らない。

揺れる湖面をキャンバス代わりにして、巨大な城を描いている――そう考えれば、今見えている光景は、噂話と一致していた。

 

「ううむ……。目を凝らさねば気付かぬほど微弱ではあるが、魔物や人を遠ざける結界も張られておるのう。この術式は……特定の“何か”を鍵として、結界を通れるようにしているようじゃ」

 

「そうなの……? ミクリにはぜんぜん分かんないや……」

 

「……どのような育ち方をすれば、妾はこのようになるのだ? あの玉藻殿を師としておるのだろう?」

 

「オババの話はしないで……」

 

 二人の白狐が戯れているの見ながら、俺は唸る。

もし噂話が本当だとすれば、おかしな見た目をした人形を持つ者だけが、この場所に近づけるはずだ。

 

 つまり、俺たちはすでに“条件”を満たしている可能性が高い。

 

 だが問題は、その“おかしな見た目の人形”にまったく心当たりがないことだった。

いつの間に、誰が、そんなものを持っていたというのか。

 

「なあ、誰か変な人形を持ってたりしないか?」

 

「我の趣味ではないぞ」

 

「アタシも知らねえなー」

 

「知りませんわ~!」

 

「うーん……。忍術のための人形は持ってるけど……」

 

「妾も同じく」

 

「…………」

 

 シェーディは無言のまま、尻尾を左右にゆっくりと振った。

どうやら、誰も思い当たる節はないらしい。

 

 だが、噂が事実なら――その人形を失えば、元の世界に戻れなくなる可能性すらある。

あるいは、それ以上に厄介な事態に陥るかもしれない。だからこそ、その存在をはっきりさせておきたいのだが……。

 

「ヴェペリアよ。クロムへの土産はどれが良いと思う?」

 

「うーん……どれも微妙ですね。ガラクタばかりです」

 

「なんだと! 我は宝物と呼んでいるぞ!」

 

 俺の悩みなど意に介さず、ブラディはヴェペリアとの会話に興じていた。

大きな布を地面に広げ、その上にごちゃごちゃとした小物を並べている。道中で拾った品や、どこかで購入した道具の類だろう。

 

 まるで蚤の市だ。

別のことを始めた二人に注意しようかとも思ったが――ヴェペリアは可愛いので、今回は見逃しておくことにした。ブラディは後で怒る。

 

「……なあ、これは?」

 

 雑多に並んだ品々の中から、俺はひとつの木箱を手に取った。

一部がガラス張りになっており、中の様子がはっきりと見える。その中には、驚くほど精巧に作られた、人形が収められていた。

 

「これか? これはうさこへの誕生日プレゼントに買ったのだ。とある人形師が作ったらしくてな、とてもよく出来ておるのだ!」

 

「……これじゃねえのか?」

 

「……おお! 言われてみると、そのような気がしてきたな! では、開けてみるか!」

 

 ブラディはウキウキとした様子で木箱を開け、人形を取り出した。

やや青みを帯びた肌に、ヤマタイ風のメイド服。加えて――なぜか腕が六本も伸びているという、強烈な個性の塊だ。

 

「ふむふむ、やはり美しい人形であるな。我の髪と同じくらい――」

 

「私の前で肉臭い息を吐くな。消えろ、下郎が」

 

「えっ……?」

 

 次の瞬間、人形がひとりでに動き出した。

ブラディの頬を叩き、さらに六本ある腕のうちの一本が伸び、無遠慮に人形自身の鼻をつまむ。

 

「父上、ブラディの心が砕けました。彼女は豪胆な自分をよくアピールしていますが、その内面は意外とガラスのように繊細なのですよ。いわば裏返しですね」

 

「そうなんだ……。じゃなくて──」

 

 あまりにも予想外の出来事に、ブラディは目を見開いたまま硬直し――そのまま、手から人形を取り落としてしまった。

俺は咄嗟に拾おうと身を乗り出したが、その前に白天狐が術を使い、人形をふわりと宙へと浮かび上がらせた。

 

「ふむ……。これは陽絹殿が作られた人形ではないか?」

 

「本当か? ……言われてみれば、このフリルとか、たしかに陽絹が好みそうなデザインだな。えーっと、こんばんは?」

 

「そのデカい図体で、人形に話しかける趣味があるのか? とんだ匹夫に拾われたものよ」

 

「なあ、白天狐……。俺も心が折れそうなんだけど……」

 

 俺は、人形から途切れることなく浴びせられる罵倒を聞き流しながら、白天狐に小さく弱音を漏らした。

 

 ・・・・・ 

 

 この人形はどうやら、相手の姿を認識し、的確に罵倒する機能が備わっているらしい。

とはいえ、自我があるわけではなさそうだ。真面目に相手をすると心が響くので、箱に戻して黙ってもらうことにした。

 

「よーし、準備は出来てるか?」

 

「ヴェペリア、浮き輪はきちんと持ったか? 準備運動はきちんとしたか? 何かあれば、すぐに我を呼ぶのだぞ?」

 

「だ、大丈夫ですよ……」

 

 野営の後片付けを終え、俺たちは湖の畔へと足を運んでいた

時刻は朝になっており、昨晩は全員ぐっすりと体を休めた。今日はとりあえず、この湖の調査を行うことにしたのだ。

 

「じゃあ、人形を持って近づいてみるか」

 

「うむ!」

 

「…………」

 

 ブラディは人形の入った箱を抱え、慎重に歩を進めていく。

俺たちは万が一に備え、少し距離を取ってその様子を見守った。やがて、湖面にブラディの姿がくっきりと映るほどまで近づくが──特に異変は起こらない。

 

「うーむ……。何も起こらぬな!」

 

「ん~、どうなってんだ?」

 

「こうなったら、ブラディを蹴落として確認してみよう……」

 

「聞こえておるぞ! 小さい白天狐!」

 

 ブラディは箱を抱えたままミクリを指さし、露骨に怒りをあらわにする。

そのやり取りの間も、俺は湖面から目を離さず、波紋や気配の変化を探っていたが、やはり何も変わった様子はない。少なくとも、これ以上近づいても問題はなさそうだ。

 

「よし。今のところ危険はなさそうだ。俺たちも行ってみよう」

 

「行きますわよ~!」

 

「……ん? よくよく考えると、未知の穴に投げ込まれる松明のような役割を我はさせられて──」

 

「ブラディ殿。朝食はどうでしたかのう?」

 

「あれか? 美味かったぞ! 我の部下はあまり料理が得意ではなくて──」

 

 あれやこれやで、結果的に一番槍になっていたブラディの意識を、白天狐が見事に逸らす。

その隙に、俺は他の面々とともに、静かに湖の畔へと歩み寄っていった。

 

 水面は穏やかで、昨日の夕方に見たのと同じように、巨大な城の姿が映り込んでいる。

揺らぎのないその光景は、あまりにも現実感がありすぎて、逆に違和感を覚えるほどだ。少なくとも今は、特別に前と変わった様子は見受けられない。

 

「…………」

 

「うーん……思い切って、飛び込んでみるか? 俺たちの世界だと、この辺りは地下に洞窟が──」

 

 そう言いながら、俺は仲間たちの方へ振り返り、湖を背にした。

調査案を口にしている最中だったのだが、何故か全員が一斉に、目を見開いてこちらを凝視している。

 

「……? どうした?」

 

「ヴェーク、後ろに……」

 

 ぺこは俺の背後を指し示し、そのまま頭上へと視線を移した。

嫌な予感が背筋を走る。俺はゆっくりと振り返り──。

 

 そこには、湖面を突き破るようにして現れた水で作られた巨大な手があった。

その手は、迷いなくこちらへ伸びてきている。

 

 反射的に攻撃すべきかと判断し、武器へ手を伸ばしたが──。

 

 次の瞬間、俺たちはまとめて掴み取られ、そのまま湖の中へと引き摺り込まれていった。

 

 ・・・・・ 

 

 何かに優しく頭を揺すられる感覚に包まれ、俺はゆっくりと目を覚ました。

重たい瞼をこじ開けて顔を上げると、すぐ目の前にシェーディとエクレアの姿がある。どうやらシェーディが、俺の兜を控えめに揺すっていたらしい。

 

「どれくらい気を失ってた?」

 

「…………」

 

「しっ。少し静かにしなさいな」

 

 エクレアは口元に指を添え、小声で俺を制した。

われるまま周囲を見渡すと、いつの間にか俺たちはどこかの路地裏に立っていた。先ほどまでいた湖畔とは打って変わり、周囲には石レンガ造りの壁が連なっている。どうやら、どこかの街の中に入り込んでしまったらしい。

 

 上を見上げると、太陽の光を受けてキラキラと輝く水面が広がっていた。

どうやら湖が空のように頭上に浮かび、その下に巨大な空間が形成されているらしい。エクレアは建物の角からそっと顔を出し、何かを警戒するように周囲を注意深く見渡していた。

 

「他の皆は?」

 

「分かりませんわ。ワタクシも、つい先程シェーディに起こされたばかりでして……。ほら、見てくださいまし」

 

 促されるまま、俺は息を殺して別の通りを覗き込んだ。

そこには――エクレアによく似た姿をしたスライムたちが武器を携え、集まって何かを話し合っている光景があった。

 

「残りの侵入者は、どちらに居るのでしょうか?」

 

「よくわからないのですわ~!」

 

「とにかく捜索を続けますわよ! 侵入者は必ず捕まえて、お姉様の前に引っ立ててみせますわ!」

 

「お菓子が食べたいですわ~! パクパクですわ~!」

 

 スライムたちは声を上げながら、ドタドタと足音を立てて走り去っていった。

その姿が完全に見えなくなったのを確認してから、エクレアはようやく、安堵したように小さく溜息を吐いた。

 

「なんとかバレずに済みましたわ!」

 

「あのスライムってさ……エクレアに似てなかったか?」

 

「ええ。ちょくちょく見覚えのあるお顔がありましたので、おそらくこの世界の妹たちでしょう!」

 

「やっぱりか……。どうも、あんまり歓迎されてない感じだな。外から来た連中は」

 

 “侵入者”という呼び方からして、こちらに対して友好的とは言い難い。

捕まえるとは言っていたものの、即座に危害を加えるつもりがないだけで、決して油断できる状況ではなさそうだった。

 

「“残り”って言ってたよな。ってことは、誰かもう捕まってるってことか」

 

「困りましたわね……。ワタクシたちも探しましょう!」

 

 俺とエクレアは、手分けして捜索するべきか考え始めた、その時だった。

突然、シェーディが俺の腕をぐいと引き、足を止める。

 

 見ると、シェーディは壁の一点を指さしていた。

俺たちは訝しみながら、その細い指先の先へと視線を向ける。

 

「なんだ、このポスター……」

 

 そこには、エクレアが大きく描かれたポスターが貼られていた。

ティアラを冠った彼女がこちらを真っ直ぐに見据え、指を差している。その下には『ビッグ・シスターがあなたを見守っていますわ!』と、やけに堂々とした文字が添えられている。

 

「この世界のワタクシ、なかなか良いセンスをしていますわね!」

 

「…………」

 

「そうかな……。まあ、それはさておき、他の誰かと──」

 

 誰かと合流しよう、と言い切る前に、背後から声がかかった。

 

「お待ち下さい。皆さん」

 

 振り返ると、そこにはフードを深く被り、顔を隠した小柄な人物が立っていた。

俺たちが一斉に警戒の色を強めたのを察したのか、その人物は慌てた様子でフードを外す。

 

「力の同盟のヴェークさんに、エクレアさん。それから、シェーディさんですよね? お久しぶりです」

 

「えっと、パフェ……さんだったか?」

 

「ええ、正解です。ワイティエルは皆、似た姿をしていますのに……よく分かりましたね」

 

「ああ、うん……」

 

 俺は彼女の髪に留められた、パフェの形をした飾りを見ながら、曖昧に頷いた。

 

「まあ! お久しぶりですわ~!」

 

「し、しーっ! です! エクレアさん!」

 

「二人とも、声が大きいぞ……」

 

「…………」

 

「……ご、ごほん。ぜひ聞いていただきたい話がありますので、こちらへ来てください」

 

 そう言って、パフェは周囲を気にしながら手招きした。

俺たちは視線を交わし合い、警戒を解かぬまま、彼女の後を追って歩き出した。

 

 ・・・・・ 

 

 向かった場所は、路地裏の行き止まりだった。

周囲を見渡しても、あるのは無機質な壁だけで、通路らしきものはどこにも見当たらない。だが――パフェは慣れた様子で背伸びをすると、壁のレンガを一つひとつ、順番に押し込んでいく。

 

 最後のレンガが沈み込んだ瞬間、ズゴゴゴと腹に響く重苦しい音が鳴る。

そして、壁がゆっくりと割れるように動き、暗がりの奥へと続く通路が姿を現した。

 

「おお、隠れ家って感じだな」

 

「こういうの、好きですわ~! 胸が高鳴りますわね!」

 

「ふふん。これは猫ちゃんを追いかけているときに、偶然発見したのですよ。ささ、早く行かないと自動で閉まりますので」

 

「…………」

 

 パフェは得意げに鼻を擦り、胸を張る。

俺たちは口々に彼女を褒めながら、半ば探検気分でその秘密基地へと足を踏み入れた。

 

 階段を降り、ひんやりとした空気の中を突き当たりまで進むと、視界が一気に開ける。

そこは想像以上に広い、大きな部屋だった。

 

 天井からは豪奢なシャンデリアが吊るされ、淡い光が部屋全体を照らしている。

壁際には所狭しと本棚が並び、古書から新しそうな本までぎっしり詰まっていた。

 

 さらに、その合間には数体のマネキンが静かに佇み、それぞれが異なる衣装を纏っている。

その光景は、まるで秘密の展示室のようでもあった。

 

「ここはかの伝説の人形師、陽絹の工房の一つです。こちらにどうぞ」

 

「陽絹の……ああ、ありがとう」

 

 パフェが音も立てずに椅子を引いてくれたので、素直にそこへ腰掛ける。

エクレアとシェーディも同じように席に着いた。少しだけ豪奢な装飾が施された机を挟み、パフェは俺たちの正面に座る。

 

 パフェは一度、小さく咳払いをし、場の空気を整えるように背筋を伸ばす。

 

「さて、本題です。この場所のことについてですが、皆さんは知っていますか?」

 

「いや、偶然迷い込んだだけだ。ここは一体、何処なんだ?」

 

「ここは“ラ・モードお姫様帝国”……。ラ・モード家が支配する、地下帝国なのですよ……!」

 

「ワタクシの帝国……! なんと素晴らしい! こうなれば、この世界のワタクシを打倒し、入れ替わって──冗談ですわよ~!」

 

 調子に乗って妙なことを言い出したエクレアを睨む。

やや困惑した様子を見せたパフェだったが、すぐに気を取り直すようにもう一度咳払いをし、話を続けるのだった。

 

「この地下空間は、かつて伝説の人形師、陽絹の工房として作られたようです。ラ・モード家はこの空間を偶然発見し、さらに拡張を重ねて拠点として発展させました」

 

「なるほど。それが、ここまで大きな場所になったわけか……」

 

「…………」

 

 続きを待っていると、パフェが視線を泳がせ、もじもじと落ち着かない様子を見せ始めた。

何か言い出しづらい事情でもあるのだろうか。

 

「その……私は、可愛い人形を集めるのが趣味でして。イリアスヴィルを出たのも、新たな人形を探すためだったのです……。この地下空間を発見したのも、残された文献の情報を頼りに探索していた結果なんです」

 

「まあまあ、なんて可愛らしい趣味ですの~!」

 

「…………」

 

 次の瞬間、シェーディが無言のまま立ち上がり、とんでもない速度でパフェに接近する。

そして何の前触れもなく、その頭を優しく撫で始めた。

 

「う、うう……」

 

 耳まで赤く染めながら固まるパフェだったが、すぐに気を取り直すように姿勢を正した。

 

「ともかく! この地下帝国は、この世界のエクレアさんが支配しておりまして、偶然迷い込んだ魔物や人たちを無理やり働かせているのです!」

 

「誰も抵抗しなかったのか?」

 

「抵抗しようとした者もいました。しかし、この空間には“精神安定フィールド”というものが張られていて……。暴力行為や脱走を働こうとすると、意思とは関係なく体が止まってしまうのです」

 

「まあ、そうでしたの? ──えいっ!!」

 

「ぐええええっ!?」

 

 真横から突然、脇腹に鈍い衝撃が走った。

エクレアの容赦のない拳が深々と突き刺さり、肺の空気が一気に吐き出される。俺は耐えきれず、その場に蹲った。

 

「全く、そのようなことはありませんわね?」

 

「な、なんで!? ……そっか! このフィールドの効果があるのは部外者だけ……。エクレアさんは、お姫様と同一人物だから……」

 

「い、いてえ……。帰ったら覚えてろよ……」

 

 脇腹を押さえながら恨み言を漏らす俺を、エクレアは呆れたように見下ろす。

 

「この程度で怒るなんて、器が小さいですわねぇ。ともかく、他の仲間たちを助けに行きませんと!」

 

「おそらく、他の皆さんは“エクレアお姫様城”に捕らわれているはずです。捕まったばかりの部外者は、まず城へ運ばれ、身体検査とテストを受けさせられます。そのあと、適材適所で働かされる仕組みになっていますので」

 

「そうか……。なら、早く助けに行かないとな」

 

 そう答えると、パフェは真剣な表情になり、いくつかの注意事項を説明し始めた。

今いるこの場所は城下町にあたる区域で、エクレアの妹たちが大量に徘徊し、常に目を光らせているという。完全に見つからずに行動するのはほぼ不可能で、複数人で固まって移動すれば、かえって目立ってしまうらしい。

 

 それと一緒に、パフェは手書きの地図を差し出してきた。

どう見てもクレヨンで描かれているが……細かいことは突っ込まないでおくことにした。

 

「危険だけど、バラバラになって行動したほうが良さそうだ。誰かが見つかっても、陽動になるからな」

 

「そうですわね……。では、ワタクシは変装しておきましょう。このままでは目立ってしまいますから」

 

 そう言うと、エクレアは道具袋をごそごそと漁り始める。

そして取り出したのは、ふわふわとした白い付け髭。それを迷いなく顎に装着した。

 

「騙せるのか……? それ……?」

 

「完璧ですわ! 完璧ですわ!」

 

「エクレアさん……凄いです! これで誰か分かりませんね!」

 

「…………」

 

 シェーディは無言のまま、何とも言えない視線を向けていた。

一方でエクレアは、ドヤ顔で髭面を見せつけるようにポーズを決めている。

 

 ……本当に大丈夫なのかという不安を胸の奥に押し込めつつ。

こうして俺たちの救出作戦は、幕を開けたのだった。

 

 ・・・・・ 

 

 ──ダメだった。

 

「そこをどきなさいな~!! ワタクシが通りますわよ~!!」

 

「サンタが暴れてますわ~!!」

 

「応援を呼んでくださいまし!!」

 

「労働者たちを家に戻し、外に出ないよう厳命しておきなさいな!」

 

「お菓子をくださいな~!!」

 

 エクレアの妹たちが次々と宙を舞い、巻き添えを食らったその他のスライムたちも空高く吹き飛ばされていく。

スライムは色が多種多様なせいか、その光景はまるで夜空に打ち上げられた花火のようで、場違いなほどに綺麗だった。

 

 本来は、こっそりと隠密で進もうという話だった。

 

 しかし、それをエクレアに求めるのが無理だったのだろう。

結局、彼女は正面突破という、最も彼女らしい方法を選んでしまっている。しかも、飛び交う声の方向から察するに、目的地の城とは正反対へと突き進んでしまっていた。

 

 とはいえ、これは必ずしも悪い展開ではない。

俺たちと違い、エクレアは包囲されても力でねじ伏せられる。あれだけ派手に暴れてくれれば、敵の注意も完全にそちらへ向くだろう。陽動役として考えれば、これ以上ない働きだった。

 

「なんだありゃ……」

 

 人影の消えたガラガラの城下町を駆け上がり、ようやく目的の城が視界に入った。

そして、その城の天辺には――何故か、足が生えている。

 

「ああ……石像の足か、あれ。像がデカすぎて湖からはみ出てたのか」

 

 下半身しか見えていない、何とも間抜けな状態の石像だ。

とはいえ、遠くからでも一発で分かる目印としては申し分なく、俺はその足を目掛けて一直線に進む。

 

「不審者が目撃されましたわ! 警備を強化しますわよ!」

 

「でも、もうすぐお菓子の時間ですわよ?」

 

「カニゾンで頼んだ、新作のスイーツでしたわね。朝、段ボールで搬入した……」

 

「そ、それは……。いけませんわね。こ、これは城の中を確認するだけですわ……!」

 

「仕事中ですが、プリンを二十個も食べちゃいますわ!」

 

 城門の前にいた警備らしきエクレアの妹たちは、言い訳めいた会話を残して慌ただしく城の中へ引き返していった。

その結果、正面の警備は見事なまでにガラガラになり、侵入は驚くほど容易になる。

 

 好機を逃す理由はない。

俺は勢いのまま城門を駆け抜けて中へと滑り込んだ。

 

 ・・・・・ 

 

 城の中は、特に変わった様子もない、ごく普通の城だった。

壁一面にはエクレアの肖像画がずらりと掛けられ、通路のあちこちに石像がぎっしりと並んでいるが。

 

 俺は足音を抑えながら城内を進む。

途中、エクレアの妹たちが詰め込まれた部屋を見つけたが、全員そろって菓子を頬張り、優雅に休憩していた。

 

 どうやら警備よりもおやつの方が重要らしい。

これ幸いにと、俺は山積みになった段ボールを横目に先へと進んでいく。

 

 しばらく進んだところで、床を擦るような、何かを引きずる音が耳に入った。

気付かれないよう壁越しにそっと覗き込むと、そこには──。

 

「おーい! いつまで我らはこれをすればよいのだ!?」

 

「ヴェペリア、疲れてはおらぬか?」

 

「母上、大丈夫ですよ。楽しいですね、これ」

 

 ブラディとぺこ。

そしてヴェペリアが、鉄格子の中に閉じ込められていた。

 

 三人は柱に繋がれた謎の棒を手に、ぐるぐると回し続けている。

何の装置なのか、何をさせられているのかはさっぱり分からない。

 

 俺は鉄格子に近づき、声をかけた。

 

「大丈夫か? 三人とも」

 

「おお! ヴェーク!」

 

「遅いぞ、ヴェーク。とっとと我とヴェペリアをここから出せ」

 

「父上。私は結構楽しんでますよ」

 

 ヴェペリアはそう言って、ニコニコとした笑顔のまま棒を押し続けている。

元気そうなのは何よりだが、今は一刻も早く脱出させるのが先決だ。

 

 俺は鉄格子に両手をかけ、力任せにこじ開けようとする。

しかし、踏ん張った途端、情けないほどに力が抜け、体がヘロヘロと崩れ落ちた。精神安定フィールドの効果だろう。

 

 横を見ると扉もあるにはあるが、案の定、しっかりと施錠されている。

どうやら、力技では無理そうだった。

 

「うーん、駄目だ……。鍵を持ってこないと駄目そうだな。エクレアとシェーディは外にいるんだけど、他の皆は?」

 

「アイシスはこの城の図書館で本の管理だ。白天狐は城外で結界の補強とやらを任された。ミクリは……知らん」

 

 ぺこから事情を聞き、俺は顎に手を当てて少し考える。

今から城の外へ出てしまえば、再び中に戻れなくなる可能性が高い。状況を考えると、選択肢は限られていた。

 

「白天狐を探すのは難しそうだな……。まずはアイシスを見つけるか。図書館はどこにあるか分かるか?」

 

「地下にあるそうだ。さあ、早くこのつまらん作業から我を解放してくれ」

 

「ちなみに、これは胡麻をすり潰す臼だそうだぞ!! 我はやりたくないのに、ゴマをすっておる!! ワーハッハッハ!!」

 

「ふふふ……」

 

 思っていたより余裕そうな仲間を一旦置いて、俺は図書館を目指すことにした。

 

 ・・・・・ 

 

 城の地下へと足を進めた。

薄暗い通路の途中で何度かエクレアの妹たちと鉢合わせになりかけたが、そのたびに俺は鎧の置物のフリをして、なんとかやり過ごすことに成功した。自分でも、なぜ通用しているのかは分からない。

 

「おー、こっちの“シャーリー婦人の恋人”は結末が違うんだな! プリンはどの本が好きなんだ?」

 

「わたくしは“ムニエル夫人”が好きですわ! 自由奔放な主人公に憧れますの!」

 

 本棚の陰に身を隠し、そっと部屋の奥を覗き見る。

そこではアイシスと、エクレアの妹であるプリンが、楽しそうに会話を弾ませながら本棚の整理をしていた。緊張感の欠片もないその光景を前に、俺は思わず肩の力が抜ける。

 

 俺は物音を立てないようにこそこそと近付き、アイシスに小声で声を掛ける。

 

「一応聞いておくけど、大丈夫か?」

 

「おっ、思ってたより早かったな! プリンはアタシらの味方になってくれるから、心配はいらないぜ。おーい、プリン~!」

 

 アイシスに呼ばれ、プリンがこちらへと振り返る。

 

「初めまして、プリンと申しますわ。アイシスからお話は伺っていましたけれど、本当にここにいらっしゃるなんて!」

 

「いざというときは役に立つからな、ヴェークは!」

 

「いつもは役立たずみたいな言い方はやめてくれ」

 

 軽口を叩き合う俺たちを前に、プリンはくすりと微笑み、丁寧にお辞儀をした。

以前、自分たちの世界のプリンと会ったことがあるが、そのときと変わらず、礼儀正しい振る舞いだ。

 

「お姉様は外に向けて、戦争を仕掛けるおつもりなのです。そのようなことをすれば、わたくしたちは無事では済みませんわ。そこで、皆さんのお力をお借りして、お姉様を止めたいと思っておりますの!」

 

「なるほど……」

 

 以前、俺はラ・モード家の反乱を止めたことがある。

当時とよく似た空気を感じ取り、嫌な予感と同時に妙な既視感を覚えた。どうやら今回も、身内の揉め事に首を突っ込む羽目になりそうだ。

 

「なら、他の三人を解放するために鍵が欲しい。それか、精神安定フィールドを停止させる方法を知りたい」

 

「うーん……。どちらも、お姉様のいらっしゃるお姫様ルームにありますわ」

 

 話を聞く限り、鍵はエクレアが直接持ち歩いているらしい。

この世界のエクレアはブラディの存在とその力を把握しており、相当警戒しているとのことだ。加えて、精神安定フィールドを展開しているマキナも、同じ部屋に設置されているという。

 

「ガチガチに固めてるな……。そのマキナ、プリンは停止させられないのか?」

 

「無理ですわね。ぱすわーどはお姉様しか知りませんもの。それに、にゅ~くりあ? という力で動いているそうで、壊すと大変なことになると聞きましたわ」

 

「それは……やめておいたほうがいいな。下手に触るのは危険すぎる。どうする……?」

 

 頭をフル回転させてみるが、妙案は浮かばない。

鍵は本人が所持、装置は破壊不可。正面から突破するには、条件が悪すぎた。

 

「とりあえず、この世界のエクレアに会ってみねえか? もしかしたら、対話で何とかなるかもしれねえし」

 

「うーん……。かなり無謀な試みになりそうだけど……やってみるか」

 

 アイシスが、半ば賭けのようにエクレアとの直接交渉を提案する。

正直なところ、こういう手段が上手くいった試しはない。だが、ここで立ち止まっていても、状況は悪くなる一方だろう。

 

「わたくしが先導いたしますわ! お二人は、わたくしに捕まったフリをしてくださいな。それと、お姉様をお呼びする場合は必ず、“エクレアお姫様”とお呼びするように」

 

 こうして、俺たちはこの世界のエクレア──“エクレアお姫様”に会いに行くことになった。

 

 ・・・・・ 

 

 城内の廊下を進み、最奥部にある一枚の重厚な扉の前に辿り着く。

そこは、二人の赤いスライムが警備をしている部屋だった。扉の前でぷるんと身体を揺らしながら待ち構える姿からして、ここがただの部屋ではないことがうかがえる。

 

 どうやら、この部屋こそが例のお姫様ルームらしい。

 

「お疲れ様ですわ、ベスにブロブ。外からやってきた侵入者を捕らえましたの。お姉様に報告したいので、通していただけるかしら?」

 

「いいよ~♪」

 

「立派な鎧だね~! ホラーに出てきそう! 通って通って!」

 

 軽い調子でそう言われ、拍子抜けしつつも、プリンが先陣を切って部屋へと足を踏み入れる。

俺とアイシスもその後に続いた。

 

 部屋の奥には玉座が据えられており、その上にはこちらをじっと見据えるエクレアの姿があった。頭には黄金で作られた王冠が載っているのだが……あまりにも縦に長く、まるでやりすぎたコック帽のようだった。

 

「おや、プリンではありませんか。ワタクシに何か用ですの?」

 

「お姉様! どうか、わたくしの話を聞いて下さいな!」

 

「……むう。いくらワタクシの可愛いプリンであっても、戦争を止めるという話は聞けませんわね」

 

 ため息混じりにそう言い、エクレアは玉座に深く腰掛け直す。

 

「こちらの居る、アイシスから外の話を聞きました! 外の世界は今、平和な方向に向かっています! わざわざ戦争など、起こさなくても良いではありませんか!」

 

 必死に言葉を紡ぐプリンの声は、次第に震えを帯びていく。

しかし、この世界のエクレアは話を聞いてはいるものの、その瞳には明らかな関心の色がなかった。

 

 プリンは唇を噛み、涙をこらえながら、それでも叫ぶように訴え続ける。

それに対し、エクレアは目を細めると、まるで子供をあやすかのように手を横へ振った。

 

「争いの無い世界など、風の吹かぬ凪の海と同じ! 停滞はいずれ、破滅を招くことになりますわ~!」

 

「おお、こっちのエクレアは何か……賢そうだな! アタシらの知ってるエクレアとは、大違いだぜ!」

 

「そんなこと言ってる場合か? ……エクレアお姫様、少しでいい。俺たちの話を聞いてくれないか?」

 

 そう言って、俺は一歩前に出ると、最近外の世界で起きた出来事を語り始めた。

かつて最大勢力として戦乱の中心にいたアスカノミコトが、今では大人しくなっていること。武力ではなく対話を選ぶ勢力が増え、平和的な同盟の輪が、確実に広がりつつあること。

 

 それは、エクレアお姫様が掴んでいるであろう古い情報とは、明らかに異なる現状だった。

今この状況で戦争を起こせば、火種は一気に燃え広がり、取り返しのつかない事態になりかねない――俺はそう訴え、必死に説得を試みる。

 

「……なるほど。それは、それは……」

 

 意味深に言葉を切り、エクレアはしばし思案するように視線を宙へ泳がせた。

 

「エクレアお姫様……。お紅茶をお持ちしました……」

 

「あら、気が利きますわね」

 

「……何やってんだ、ミクリ」

 

「あっ、おヴェーク……。おミクリもお好きでやってるわけじゃない……。こうしておけば、お待遇が良くなるから……」

 

「“お”をつけ過ぎて違和感が凄いぞ」

 

 別の部屋から、メイド服に身を包んだミクリが現れた。

どうやら召使いとしてエクレアお姫様に仕えているらしく、手を擦り合わせながら、媚びるような笑みを浮かべている。必死に機嫌を取ろうとしているあたり、こちらもこちらでゴマをするのに忙しかったようだ。

 

 エクレアお姫様は、ミクリから差し出されたティーカップを優雅に受け取ると、ひと口だけ口に含む。

そして、静かにカップを置き――再び口を開いた。

 

「プリンの言い分も、侵入者さんの言い分も、よ~く分かりましたわ」

 

「……! お姉様! では、考え直してくれたのですか!?」

 

 エクレアお姫様は、玉座からゆっくりと立ち上がる。

その動きはやけに優雅で――だからこそ、嫌な予感が胸をよぎった。

 

 そして──。

 

「──答えは!! ノー!! ですわ~!!」

 

 次の瞬間、エクレアお姫様は一気に距離を詰め、俺に向かって全力のタックルを敢行した。

衝撃と同時に視界が反転し、俺の身体は軽々と吹き飛ばされ、部屋の奥まで転がされる。

 

「お、お姉様!!」

 

 俺は床を転がりながら何とか体勢を立て直し、慌てて立ち上がる。

そして、仲間に来ないように手で制す。

 

「ワタクシのタックルはどうですか!?」

 

「やっぱり、ただのお姫様じゃ……!」

 

「精神安定フィールドはこの部屋では無効化されていますわ! さあ! かかって来なさいな!!」

 

 予想はしていたが、こちらのエクレアもやはり異様に強い。

迫りくる鋭い拳を、反射的に体を捻っていなすが、弓を取り出す暇などまるでない。そもそも、この距離では弓使いに分が悪すぎる。

 

 俺は歯を食いしばり、相手と同じく拳で応じるしかなかった。

 

「ワタクシはプリンセスですわよ!! そこらのお姫様とは鍛え方が違いますわ!!」

 

「ぐう……!」

 

「ワタクシがその気になれば──神だって、ぶっ飛ばせますわ!!!」

 

 叫ぶと同時に、エクレアお姫様の拳が異様なほど大きく膨れ上がる。

振り下ろされた一撃は、空気を裂くような風圧を伴い、避けたはずの俺の身体すら宙へと浮かせた。その直後、腹部に強烈な蹴りが打ち込まれる。

 

「ワタクシが目指すのは真の自由ですわ! 力を好き放題に使い、平和など必要ありませんわ! それこそがワタクシの望む──真の闘争の世界ですわよ!」

 

「ぐっ──虐げられる弱者たちはどうなっても良いと!?」

 

「社会には、常に変革が必要ですわ! ですが変革には、必ず犠牲が伴いますの! 拳を交えて、はっきりと感じましたわよ! あなたもまた、力で敵を黙らせながら進んできた人間ですわね!!」

 

「──おらあ!!」

 

 叫びと同時に、アイシスが横合いから飛び出した。

俺に猛攻を加えていたエクレアお姫様へ、渾身の一撃が叩き込まれる。

 

 ――だが。

 

 エクレアお姫様は、一歩たりとも動かなかった。

殴られたはずの部位から響いたのは、ぷるぷるしたスライムの体が打たれる音ではなく、乾いた金属音だった。

 

「ぐう!? アタシの拳が──」

 

「無駄ですわよ!! “なのましん”なるものを吸収したワタクシは、もはや無敵のスーパーお姫様!!」

 

「まさか、伝説の人形師が開発した“なのましん”を……!? あれは使えないはず……!」

 

 プリンが思わず声を上げる。

アイシスは苦悶の表情で握りこぶしを開き、ぶらぶらと手を振った。どうやら、殴った側が逆にダメージを受けているらしい。

 

 それを見て、エクレアお姫様は楽しげに高笑いしながら、自身の胸元を軽く叩いた。

次の瞬間、叩いた部分が黒く変色し、ぬめりを帯びた金属質へと変化していく。

 

「こりゃ不味いぞ、ヴェーク。スライムの再生能力に、あんな装甲を組み合わせたら──」

 

 言葉の途中で、アイシスの姿が視界から消えた。

代わりに、拳を突き出したままのエクレアお姫様が、そこに立っている。

 

「アイシス!!」

 

「仲間思いですわね! ですが――無意味ですわ~!!」

 

 次の瞬間、視界いっぱいに迫る拳。

回避する間もなく衝撃が走り、思考が白く弾けた。

 

 俺の意識は、一瞬で闇に呑み込まれた。

 

 ・・・・・ 

 

 ぼんやりと意識が水面に浮かび上がり、重たい瞼がゆっくりと開く。

それと同時に、耳障りなゴリゴリという、何かを削るような音が頭の奥に直接響いてきた。

 

「おお、ヴェーク!! やっと起きたか!!」

 

「ああ、ブラディ……ちょっと音量を下げてくれ……頭に響く……」

 

「分かった!!!」

 

「下がってませんよ」

 

 軽く眩暈を覚えながら、ゆっくりと上半身を起こす。

視界に入ってきたのは、見覚えのある牢屋だった。ブラディ、ぺこ、ヴェペリアは相変わらず、謎の棒を両手でぐるぐると回し、無心で胡麻を擦っている。

 

「アイシスはまだ目を覚まさん。話は、そこのスライムから聞いたぞ」

 

「ヴェークさん……。申し訳ありません」

 

 部屋の隅に目を向けると、プリンが肩を落とし、俯いたまま座っていた。

その膝の上には、未だ気を失っているアイシスの頭がそっと乗せられている。エクレアお姫様から反省するよう言い渡され、罰としてこの牢屋に一緒に閉じ込められたらしい。

 

「ごほっ……。場所が悪かったとはいえ、こんなに一方的に負けるなんてな」

 

「それでも我のライバルか! ……と、言いたいところだが。熱く気高き拳を持つアイシスと、二人がかりで敗れたのだ。相手が上手だったと、素直に認めようぞ!」

 

「ブラディやアスカノミコト以外にも、このような強者が居たのですね。世界とは、思っていた以上に広い……」

 

 ヴェペリアは胡麻を擦る手を止めることなく、どこか感慨深げに呟いた。

声音だけ聞けば、思索に耽る聡明な哲学者のようだが、実際には棒を回し続けているため、どうにも締まらない。

 

「まったく、ミイラ取りがミイラになってどうする?」

 

「うっ……反論が出来ないな……。まあでも、心配しなくても大丈夫だ、ぺこ。外にはまだ、三人──」

 

 俺が話していると、牢屋の外から複数人の足音が聞こえた。

視線を向けると、そこにはエクレアの妹たちの姿があった。彼女たちは何やら中で暴れている樽を抱え、こちらへと歩いてきていた。

 

「出してくださいまし! 出してくださいまし!」

 

「にゃ~! にゃ~!」

 

「ああ、素晴らしいですわ! サンタさんをこの手で捕まえるのが夢でしたの!」

 

「プリンお姉様。檻の中は退屈でしょうし、ささやかなプレゼントですわよ~」

 

「可愛い可愛い猫ちゃんもおまけですわ! エクレアお姉様もお喜びになりますわね! きっと、明日から家族の一員ですわ~!」

 

 扉が開き、樽が牢屋の中に放り込まれる。

鈍い音を立てて転がった樽は、ひとりでに蓋が外れる。

 

 中から現れたのは、白いヒゲをたくわえたエクレアだった。

しかもなぜか、その背後からは猫耳を頭に装着したパフェまで這い出てくる。

 

「あら、力の同盟がほぼ勢揃いですわね! これで目標達成ですわ! ──あら、プリンではありませんか!」

 

「話には聞いていましたが……本当に、お姉様と同じお姿ですわ!」

 

「うう、私の完璧な猫の変装が、こんなにもあっさり見破られてしまうなんて……」

 

「……それで、ヴェーク? 何を心配しなくても大丈夫だと?」

 

「すまん……」

 

 短い一言しか返せなかった。

状況は、どう見ても、音を立てて悪い方向へ転がり落ちている。

 

 エクレアの妹たちは満足そうに頷き合うと、施錠を忘れることもなく牢屋から離れていった。

残されたのは、増えた囚人と、さらに狭く感じられる牢屋だけだった。

 

「でもほら! まだ、シェーディが外に居るからさ! 何とかなるんじゃないか?」

 

「なら、何も心配することはないな! ワーハッハッハ!!」

 

「シェーディさんが……。それなら安心です。父上と違って、慎重な方ですし」

 

 娘の容赦ない一言が、静かに俺の心をひび割れさせる。

……いや、今は気にしている場合じゃない。

 

 それはそれとして、脱出については外にいるシェーディに任せるしかないだろう。

ならば俺たちが牢屋の中でやるべきことは一つ。

 

 ――エクレアお姫様を、どうやって止めるか。

その策を練ることだ。

 

 俺は力の同盟の仲間たちに、先程起きた出来事を一つ残らず話した。

エクレアお姫様が外での戦争を望んでいること。そして、彼女のスライムボディがナノマシンによって、異常なまでに強化されていること。

 

 話している最中、アイシスが意識を取り戻した。

 

「いてて……。拳を痛めるなんて久しぶりだぜ……。ありゃあ、必殺技を使っても、歯が立たねえかもしんねえな」

 

「陽絹め……。厄介なものを残してくれたものだ」

 

「ありとあらゆる衝撃を探知し、即座に硬化するなのましんですわ。それに加えて、魔法にも非常に高い耐性を持つと……残されていた文献には、そう記述がありました」

 

「むう……我の炎が仮に通ったとしても、相手はスライム。すぐに再生されてしまうか」

 

 全員でエクレアお姫様の倒し方を考えてみるが、良い案は一向に浮かばない。

スライムの弱点はことごとく消され、もはや完全無欠。仮に全員で挑んだとしても、数の上でも相手のほうが圧倒的に多い。

 

 嘆いていても仕方がない。

俺たちは頭を切り替え、どうにかしてこの状況を打破する方法を探り続ける。

 

 そんな中、エクレアが心底不思議そうな表情を浮かべていることに気が付いた。

 

「エクレア? 何か、考えがあるのか?」

 

「簡単なことですわ。──この世界のワタクシも、お姫様ですのよ?」

 

 一瞬、何を言い出すのか分からず、皆が黙り込む。

 

「でしたら、武力ではなく……別の方法で、上下関係を決めればよろしいのですわ!」

 

「べ、別の世界のお姉様……! まさか……!」

 

 プリンがわなわなと肩を震わせ、信じられないものを見るような目でエクレアを見つめる。

 

「──ダンスで勝負するのですわ!!」

 

「……それで、大丈夫なのか?」

 

「ラ・モード家の姉妹の間では、正式に採用されている決闘方法ですわ! 断ることは出来ませんので、エクレアお姉様も受けざるを得ないと思います……。ですが、勝てるでしょうか?」

 

「心配には及びませんわよ、プリン!」

 

 エクレアは自信満々に腰へ手を当て、胸を張る。

 

「ワタクシはコズミックな宇宙レベルの完璧で究極のアイドル! 敗北などありえませんわ!」

 

 ・・・・・ 

 

 聞くところによると、ラ・モード家ではダンスの腕前が非常に重要視されているらしい。

拳で決着をつけるのと同じ感覚で、ダンスによる決闘が行われることもあるという。

 

 そこで敗北した者は、相手の実力を潔く認め、上下関係を受け入れなければならない。

武力ではなく、踊りで序列を決める――そんな奇妙で、それでいてどこか気品を感じさせる、いかにも貴族らしい風習なのだそうだ。

 

「これまでにお姉様は、一度もダンスで負けたことはありませんの……。それほどまでに、研ぎ澄まされた技をお持ちなのですわ」

 

「なるほど。こちらの世界のワタクシも、相当ダンスに磨きをかけていますのね! 面白くなってきましたわ~!」

 

「戦う以前に、まずはここから出られれば良いのだがな……」

 

「おー、これは面白いな! ヴェークも回そうぜ!」

 

「なんで皆そんなにハマってるんだ? はあ、シェーディはまだ来ないのか」

 

 外に脱出できない俺たちは、胡麻を擦りながら時間を潰していた。

気がつけばかなりの量を擦っていて、これを一体何に使うのかと疑問に思い始めた、そのときだった。

 

 鉄格子の外から、コツ、コツと規則正しい足音が近づいてくる。

目を向けると、そこにはシルバートレイを手にしたミクリの姿があった。

 

「もしかして、助けに来てくれたのか? ミクリ」

 

「うーん……。そうしたいのは山々なんだけど、無理みたい……。もぐもぐ……」

 

「ならば、何をしに来たのだ?」

 

 ぺこが心底不思議そうに問いかける。

 

「エクレアお姫様が、差し入れを持っていけって……。もぐもぐ……」

 

「……なあ、そのトレイに乗ってたんじゃねえだろうな。アタシらへの差し入れ」

 

 その一言に、ミクリの動きが一瞬だけ止まった。

口をモゴモゴさせたまま頬を膨らませ、気まずそうに視線を逸らす。

 

「ラ・モード家秘伝のゼリー、すごく美味しい……。もぐもぐ……」

 

「おい! 我らの分まで食べたのか!?」

 

「ミクリさん……! それは許すことが出来ませんよ……!」

 

 ぺことヴェペリアが鬼の形相で牢屋の扉に詰め寄る。

ミクリは、それを見てにっこりと笑うと、何も言わずにくるりと背を向け、そのまま軽快な足取りで走り去っていった。

 

「あ、逃げた」

 

「逃げましたわね」

 

「私も食べてみたかったです……。美味しいゼリー……」

 

「わたくしが作ってあげますわ、とても可愛い天使さん」

 

 落ち込むパフェの肩に、プリンがそっと手を置いて慰める。

ブラディは何も言わなかったが、その代わりにお腹の虫が盛大に鳴り、無言の主張をはっきりと示していた。

 

 ミクリが去ってから、しばらくの静寂が流れる。

俺たちは気を紛らわせるように、外に出たら何を食べたいかを言い合っていた。

 

 そんなとき――。

牢屋の外で、何かがかすかに動いたような気がして、俺は思わずそちらへ視線を向けた。

 

「今、何か動かなかったか?」

 

「怖いことを言うな、ヴェーク! 我はホラーが苦手なのだ!」

 

「前に城で幽霊騒動があったとき、腰を抜かしていましたね。それよりも父上、一緒に棒を回しましょう」

 

「流石にハマりすぎだろ……。少し見てくる」

 

 俺は鉄格子越しに、外の様子をじっと観察してみる。

視界に入るのは、エクレアお姫様の肖像画、ずらりと並んだ石像、そして――尻尾が生えた謎の段ボール。

 

「……ん?」

 

「どうした、ヴェーク」

 

「いや、あんな箱あったかなって……」

 

 ぽつんと、廊下のど真ん中に置かれた段ボール。

妙に場違いで、しかもその尻尾が、わずかに揺れているようにも見える。

 

 気になって目を凝らした、その瞬間――。

段ボールはカサカサと、思いのほか高速で動き始めた。

 

「ひええええ!! おそらくローチですわ~!!」

 

「来ないで下さいまし! 来ないで下さいまし!」

 

「なんだと!? ひええええ!! 助けてくれ!! 我はローチが大嫌いなのだ!!」

 

「いや、違うと思うぞ? 多分──」

 

 とんでもない速度で動く段ボールは、派手な音を立てて壁に激突した。

……どうやら、前がほとんど見えていなかったらしい。

 

「むっ、まさか」

 

「ぺこの想像してるとおりだと思うぞ」

 

 しばらく見ていると、段ボールの上部が開いた。

そして中から、両腕を斜め上方に大きく広げ、天を仰ぐようなポーズで──シェーディが現れた。

 

 まるで、太陽を全身で浴びているような姿だ。

 

「…………」

 

「シェーディ! 来てくれたか!」

 

 むふっとした満足げな表情を浮かべ、シェーディはゆっくりこちらへ歩いてくる。

その手には、じゃらりと音を立てる鍵束がしっかりと握られていた。

 

「お姉様の部屋に入って、気づかれなかったのですか!? 警備の方々も大勢いらしたはずなのに……!」

 

「流石だな、シェーディ!」

 

「頼りになりますわ~!」

 

「…………」

 

 さらにむふむふっとした表情になり、自慢げに鍵束を揺らす。

ともかく、これで俺たちは自由になったのだった。

 

 ・・・・・ 

 

 全員で廊下を駆け抜け、エクレアお姫様の部屋を目指す。

途中、警備に見つかるかと身構えていたが、不自然なほどに誰も居なかった。

 

「この時間でしたら、お部屋のバルコニーから演説をなさっているはずですわ!」

 

「なるほど、好都合だな」

 

「ですが、その分、警備はお部屋に集結しています。くれぐれもお気をつけください!」

 

「問題ありませんわ~! とお~!」

 

 勢い任せにエクレアが扉を蹴破る。

砕け散った扉の向こうには、エクレアお姫様の妹たちがずらりと立っていた。こちらに気づいた瞬間、全員が武器を構える。

 

「脱走ですわ!」

 

「プリンお姉様と言えど──むぎゅうっ!?」

 

 言い終える前に、ぺこの触手が妹の一人を素早く絡め取った。

卑怯な手だとは思うが、今は彼女に人質になってもらうしかない。

 

「は、離しなさいなー!」

 

「そういうわけにはいかんな。──ほう、あれがこの世界のエクレアか」

 

 視線の先、バルコニーの方からゆっくりと振り返る影があった。

 

「今日はずいぶん騒がしいですわね。……おや、先程の……」

 

 背を向けていたエクレアお姫様が、こちらを正面から見据える。

その表情は、一目で不機嫌と分かるほど露骨なものだった。

 

「──ダンスで勝負ですわよ! エクレアお姫様!!」

 

 宣言と同時に、エクレアが手の形をした粘膜を生み出し、勢いよく投げつける。

それはエクレアお姫様の足元に落ち、ぬめっとした痕跡だけを残して、すぐに消え去った。

 

「おやおや、サンタさんから挑戦状ですか。ワタクシの相手になれば良いのですが……」

 

「ふふん、残念ですわね。ワタクシはサンタではありませんわ!」

 

 そう言って、エクレアは顔につけていた白いヒゲをひょいと外す。

その瞬間──部屋中が一拍遅れてざわめきに包まれた。

 

「お、お姉様!?」

 

「ゆ、唯一無二で唯我独尊のお姉様が……分裂していますわ!?」

 

「ド、ドッキリかしら……? それとも夢……?」

 

 妹たちは目を見開いたまま、エクレアとエクレアお姫様を交互に何度も見比べる。

あまりの光景に思考が追いついていない様子だった。

 

 そんな中、当の本人であるエクレアお姫様は──。

 

「──ドッ、ドドドド!! ドッペルゲンガーが出ましたわ~!!」

 

「ああ、やっぱり同じ存在なんだな……」

 

「だな!」

 

「…………」

 

 エクレアお姫様は両手を頬に当て、心底怯えたような悲鳴を上げた。

 

 ・・・・・ 

 

 俺たちは一時的に、牢屋から解放されることになった。

パニック状態からようやく落ち着きを取り戻したエクレアお姫様は、こちらの勝負を受諾。それまでは監視付きとはいえ、城内での自由な行動が許されることになったのだ。

 

「しょぼい方のワタクシ!」

 

「成金趣味のワタクシ!」

 

「何を見せられてんだ……」

 

「争いは同じレベルのやつ同士でしか発生しねえって聞くけど、本当だったんだな!」

 

 場所は城の大劇場。

豪華なテーブルが用意され、俺たち力の同盟はティータイムを楽しんでいた。

 

 テーブルを挟んで向かい合うのは、エクレアとエクレアお姫様。

しかし和やかな空気になるはずもなく、二人は互いをどう呼ぶべきかという、どうでもいいようで絶対に譲れない問題を巡って、早くも火花を散らし始めていた。

 

 エクレアの妹たちは準備に追われており、俺たちはその間、待機という形になっていた。

 

 仲間たちはテーブルに並べられたゼリーを楽しんでいる。

俺も一口、口に運んでみたが――とんでもない美味しさだった。口の中で今にも溶けてしまいそうなほど滑らかなのに、しっかりとした噛み応えもある。なんとも不思議な食感だ。

 

「ワタクシはお姫様ですわ! ワタクシ以外がその名を使うなんて、許せませんわね!」

 

「ワタクシもお姫様ですわ! 高貴なプリンセスのスライムですわ!」

 

「おお、これは美味いゼリーだな! 部下が喜びそうだ! 包んで持って帰りたいぞ!」

 

「私もちょことケーキに持って帰りたいです!」

 

「…………」

 

 俺はゼリーからそっと目を離し、別の方向へ視線を向けた。

そこには大きな緞帳が垂れ下がっており、その向こう側では、エクレアの妹たちが慌ただしく行き来している。舞台の最終準備を進めているらしく、その動きは影となって緞帳に映し出されていた。

 

 緞帳の奥には舞台があり、その上でダンス対決が行われることになっている。

今は照明や設備の最終調整の最中のようで、時折、光の強さが変わるのが分かった。

 

「幕を開けて確認を!」

 

「了解ですわ~!」

 

 合図とともに幕が上がる――舞台が姿を現した。

デザインは意外にもシンプルで、白を基調とした空間の中央に、スポットライトがくっきりと光を落としている。俺はもっとゴテゴテで、これでもかというほど豪華なものを想像していたせいか、思わず拍子抜けしてしまった。

 

「中々良い雰囲気じゃないか?」

 

「もぐもぐ……」

 

「もぐもぐ……」

 

 ぺことヴェペリアに声を掛けてみたが、二人ともゼリーに夢中で反応がない。

視線は完全に器の中に釘付けで、まさに花より団子といった様子だった。

 

「プリン、勝負はどうやって勝ち負けを決めるんだ?」

 

「投票ですわ! 九人の妹たちを無作為に選出し、どちらのダンスが良かったかを判断してもらいますの」

 

「へえ、そうなのか。でもそれって、不正が起こったりしねーのか?」

 

「純粋にダンスの技量を見て決めていますわ。誰かを贔屓するのは、ラ・モード家にとって最大の恥とされていますの」

 

「なら、安心だな」

 

 正直なところ、エクレアお姫様の実力はまだ分からないので、楽観視はできない。

それでも、審査が公平に行われるというのなら、少なくとも理不尽な結果になる心配はなさそうだ。そう思い、俺はひとまず胸を撫で下ろした。

 

「準備が整いましたわ~!」

 

 エクレアの妹の一人がこちらへ歩み寄り、丁寧にお辞儀をする。

これで、いよいよ準備が整ったようだ。

 

 エクレアお姫様は静かに立ち上がり、舞台へと歩き出す。

観客席から舞台へ上がるための階段を登りかけ――途中で、ピタリと足を止めた。

 

「最後にもう一度、確認しますわ。──“死”さえも覚悟の上なのでしょうね?」

 

「もちろんですわ! 真のお姫様となるためには、すべてを乗り越えなければなりませんわ!」

 

「愚問でしたわね。──さあ、舞台に上がりなさい! 異なる世界のワタクシ!」

 

 エクレアお姫様はそう高らかに言い放ち、先に舞台の上へと立つ。

張り詰めた空気の中、視線が二人に集まった。

 

 こうして――世界を異にする二人のエクレアによる対決が、ついに幕を開けたのだった。

 

 ・・・・・ 

 

 穏やかな曲調の音楽と共に、舞台の中央に二人のエクレアが並ぶ。

こちらの世界でも有名な曲であり、ダンスの基礎練習によく使われている。誰もが一度は耳にしたことのある旋律だ。

 

 ──だからこそ、実力差がはっきりと分かりやすいだろう。

 

 同時に始まった二人のダンス。

両者共に洗練されたステップを踏み、美しい表現を魅せる。

 

 エクレアお姫様のダンスは完璧だ。

寸分違わず、鏡写しのように一挙手一投足が定められた動き通り。長年積み重ねてきた鍛錬の成果が、そのまま形になっている。

 

 俺に出来ることは、信じて祈ることだけだ。

舞台の上の光景に息を吞みつつ、固唾を呑んで見守る。ほんの一瞬の踏み外しすら許されない空気が、客席にまで張り詰めていた。

 

 対するエクレアのダンスは、情熱的だ。

しかし、基礎からは逸脱してしまっている。──だが、そこにはエクレアお姫様には無い魅力があった。勇壮で、衝動的で、見るものの視線を離さない何かが、確かに宿っていた。

 

「ははは……やはり美しいな。それに、グランドールで見たときから、さらに洗練されている」

 

「理想のアイドルだからな。エクレアは」

 

 その言葉を口にした瞬間、俺の中から余計な緊張がすっと抜け落ちた。

俺はもう勝負について心配することをやめることにした。これからは、ただダンスを純粋に楽しむことにしたのだ。

 

 ダンスは最高潮に達した。

エクレアお姫様は冷静さを保ちながら、正確無比なステップを刻み続ける。一方で、エクレアの感情的な動きは次第に熱を帯び、観客の心を強く掴んでいた。

 

 その差が如実に表れたのは、ダンスの後半だ。

 

 エクレアお姫様の動きは、依然として完璧だった。

しかし、その完璧さ故に、次に何が起こるのか読めてしまう。予定調和の美しさ──それは確かに完成されているが、驚きはない。

 

 それに対してエクレアのダンス。

多種多様な感情が織り交ぜられており、喜びや焦燥、衝動までもがそのまま動きとなって溢れ出していた。見ているものたちは、その一瞬一瞬から目を離すことが出来ない。

 

「むふふ……エクレアはミクリが育てた……。勝つのは当然……」

 

「ミクリ、いつの間にアタシの隣に……」

 

「…………!」

 

 気が付けば、いつもの和服姿のミクリが、当たり前のようにそこに座っていた。

シェーディは上機嫌そうに尻尾を振り、身を乗り出すようにして舞台を見つめている。その瞳は、完全にダンスに釘付けだった。

 

「良き舞いであるな。我もダンスを嗜んでおるが、ここまで上手くは踊れん」

 

「美しくて、素敵なダンスですね。私も陽絹さんに舞踊を習いましたが、ここまで上達はしませんでした」

 

「エクレアお姉様……」

 

「ホルミエル様と天使長にお見せたかった……」

 

 ──二人は同時にポーズを決め、踊りは幕を下ろした。

エクレアお姫様はちらりと横を見やり、どこか困ったような、それでいて清々しい笑みを浮かべる。

 

「……先程の技は?」

 

「学びたいのでしたら、教えて差し上げますわ」

 

 エクレアはそう言って、静かに手を差し伸べた。

それを見たエクレアお姫様は目を見開き、少し逡巡したあと、おずおずとその手を握る。

 

「参りましたわ……」

 

 九人の妹たちは迷う様子もなく、すぐさま判定を下した。

その結果──エクレアが九票を獲得。

 

 こうして、俺たちの世界のエクレアが勝利したのだった。

 

 ・・・・・ 

 

 ラ・モードお姫様帝国は、無事に鎮静化に成功した。

ダンス勝負で敗北したエクレアお姫様は、約束通り世界を掌握することを止めてくれた。それだけでなく、イリアスヴィルとの和平も正式に結ばれることになった。

 

 大きな火種は消え、世界はひとまず平穏を取り戻した。

これで、またエクレアお姫様が世界征服に乗り出すようなことはないだろう。

 

 ……おそらく、だが。

 

「いやー、やっぱり太陽の下が一番だな! 風も気持ちいいし! すっげー乾燥してるけど!」

 

「ワタクシは地下も好きですわよ! 秘密基地感があって、なんだか胸が躍りますもの~!」

 

 そんな他愛のないやり取りを交わしながら、俺たちは地上へ戻り、広がる荒野を歩いていた。

戦いは終わり、肩の力が抜けた足取りは、自然と前へ進んでいく。

 

 目的地のない旅に、また戻ったのだ。

 

「妾もぜひ、ダンスを見たかったのう……」

 

 白天狐が明らかに不機嫌そうな様子で、じっと俺の方を見ている。

彼女はずっと遠くで作業をしていたため、ダンス勝負を見ることができなかった。そのことについて、先ほどから延々と文句を言い続けているのだ。

 

「いや、白天狐がどこに居るかなんて分からなかったし……」

 

「よよよ、旦那様は薄情者じゃ……」

 

「ミクリ2号かわいそう……。ヴェークの鬼畜……」

 

「ド畜生であるな!」

 

「そこまで言われないと駄目か……?」

 

 俺はため息をつきつつも、ふと気になって尋ねる。

 

「……そういえば、白天狐はその間、何をしてたんだ?」

 

 結界の補強をしている、という話は聞いていたが、具体的にどんな作業だったのかまでは知らない。

俺がそう聞くと、白天狐は待ってましたと言わんばかりに胸を張り、誇らしげな表情で語り出した。

 

「魔導師として、あの結界は面白いと思ってのう。あれは本来、もう少し狭い空間向けの術式であった。それを、ラ・モード家は地下空間を広げすぎてしもうて、維持が困難な状態になっておったのじゃ」

 

「へー、そりゃあ興味も湧くのも分かるな! そんな無茶な状態でも保ってる結界なんて、珍しいってモンじゃねえしな!」

 

 アイシスの言葉に、白天狐は満足そうに小さく頷く。

 

「じゃろう? 流石は陽絹殿よ……あのような結界を作り上げただけでなく、肉体を強化するマキナまで生み出したのじゃからのう。正確には、ナノサイズの人形と呼ぶべき存在かもしれんが」

 

「こっちの世界でも多芸だったんだなあ、陽絹は」

 

 俺は感心しつつも、ふと引っかかるものを覚える。

 

「……あれ? 白天狐にナノマシンのこと、話したっけ?」

 

 その疑問が、頭の中で膨らんだ。

他の仲間たちと違い、白天狐はその場に居なかったはずだ。俺はエクレアお姫様がマキナによって異常なまでに強化されていた、という程度の話はしたが――ナノマシンの詳細について語った覚えはない。

 

 なのに、なぜ白天狐がその情報を知っているのだろうか。

俺が考え込んでいると、他の仲間たちも同じ疑問に行き着いたのか、不思議そうな表情を浮かべていた。

 

「最初に城へ連行された際に、ナノマシンの入った箱を渡されてのう。何とかして開けられぬか、と相談を受けたのじゃ」

 

 なるほど、だから知っていたのかと俺は納得する。

 

「どう考えても、エクレアお姫様が自分のために使いたいと思っておったのは、妾にもすぐ分かった」

 

「ほう……ならば、脅されて開けてしまったのか?」

 

「いや、無理なら無理で良いと言われてのう。妾には開けられぬ、と誤魔化すことも出来たのじゃが……」

 

 白天狐は、妙に晴れやかな笑みを浮かべると、親指をぐっと立てた。

 

「──好奇心に抗えず、開けてしもうた!」

 

「……」

 

 どうやら、エクレアお姫様が超強化された原因は──。

ほかでもない、白天狐だったようだ。

 

「それはもう素晴らしき、てくのろじーであった! 魔導とマキナの融合に──い、痛いのじゃ~!」

 

 俺は白天狐の頬をむにーんと引っ張った。

ミクリと同じ感触に、俺はなんだかほっこりした気分になってしまったのだった。

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