(1)新たな冒険へ! 力の同盟!
「へえ、そんなことがあったんですね」
「へえ~、そんなことがあったんですねぇ~──ではありません!!」
雷鳴のような一喝が部屋に響いた。
さっきまでの和やかな雰囲気はどこへやら、小さくなったイリアスは鋭い視線でこちらを射抜いてくる。
「イ、イリアス様……。俺は勇者じゃなくて、冒険家で──」
「たとえ始まりが自称であったとしても、重要なのは民草が勇者だと認めるかどうかなのです! そして今──」
一拍置いて、イリアスは指を突きつける。
「不本意であっても、あなたは“南の勇者”と呼ばれている以上、その立場から逃れることはできません!」
俺はヴェーク・ペコ。
しがない……とは、もうさすがに言えない程度には名の知れた冒険家だ。
そんな俺は今、砂浜で正座をしたまま、イリアス様にお叱りを受けていた。
本人曰く『勇者に対しての反省会』であるそうだ。
俺は勇者ではないと、もう何度も訂正している。
だがそのたびに言葉尻を捉えられ、結果として火に油を注ぐ形になり、さらに怒りを買ってしまっていた。
まずは怒られる。
そのあと、これまでこの世界で起きた出来事の説明を聞かされる。そして話が一段落したと思ったところで、また怒られる。そんなループを、かれこれ何度繰り返しただろうか。正座のせいで足の感覚もそろそろ怪しく、立ち上がった瞬間に倒れる未来が、鮮明に想像できてしまう。
ちらりと横を見ると、ぷることわんこ──もとい、プルエルとイヌエルと改名された二人が、水辺ではしゃいで遊んでいた。
笑い声を上げて水を掛け合う姿は、今の状況を忘れさせるほど無邪気だ。そのすぐ隣では、変な鳥……いや、神鳥ガルダが大きなあくびをひとつし、我関せずといった様子で羽を休めていた。
どうやら俺たち、力の同盟が修羅世界を旅している間に、こちらの世界は想像以上に大変なことになっていたらしい。
自分たちの世界──特異点世界と呼ばれているそうだが──それを巡って、二つの世界が争う事態にまで発展していたという。驚くことに、女神が支配する天界と、邪神が統べる魔界が全面戦争をしていたらしい。
だが、そのどちらが勝ったとしても、事態は好転しなかった。
混沌は膨れ上がり、世界はじわじわと侵食されていく。勝敗は、滅びをほんのわずか先延ばしにするだけの意味しか持たなかったそうだ。
そこで、ルカくんとその仲間たちは第三の道を模索することになる。
その際に立てられた作戦が──混沌そのものを神として降臨させ、黒幕として顕現させるというものだった。その存在を倒す、あるいは説得することで、世界そのものを救う。無茶な話だが、希望はそこにしか残されていなかったらしい。
しかし、この試みは上手くはいかなかった。
混沌の神──カオスは無事に誕生したものの、友好的とは程遠い存在だった。
それどころか、圧倒的な力を持ち、カオスに仕える五名の使徒までが同時に誕生してしまう。使徒たちは世界の滅びを宣言し──天界と魔界、そして特異点世界の三つを、強引に一つへと合一させてしまったそうだ。
ルカくん一行はなんとか使徒から逃げ延びたものの、そのうちの一人が執拗に追撃してきた。
使っていた拠点である、『ポケット魔王城』の中は混沌に侵食され、多くの仲間たちは内部に閉じ込められるか、あるいは世界の各地へと散り散りになってしまったらしい。
イリアス様は、ガルダに乗って辛くも脱出。
お供のプルエルとイヌエル、そして可愛らしい影紬を連れ、世界中を飛び回りながら情報を集めていたという。
そしてその途中、偶然にも無人島で過ごしていた俺を発見した──という流れだそうだ。
「まったく……。変に素直な部分があるかと思えば、妙に反抗的な部分がありますね」
「えーっと、ありがとうございます?」
「褒めてはいません! やはり、ルシフィナとの訓練で頭の大事な器官が壊れたのでしょうか?」
さらっと酷いことを言われた気がするが、訂正する勇気はなかった。
それに訓練の内容を思い出すと、否定もしづらい。
「この男は島に置いておくべきですよ、イリアス」
「あなたには聞いていませんよ、影紬。それにしても……容赦がないですね。この男は一応、父親のようなものでしょうに」
イリアス様がそう言うと、彼女の手の中にいる影紬が、露骨に嫌な顔をした。
俺の心に、鈍い音を立てて大きな傷が付いたのが分かった。物理的な攻撃より、よほど致命的である。
「ほら、影紬。こっちに来ないか?」
「嫌です」
即答だった。
間も、揺らぎも、情け容赦もない。
「そ、そうか……。嫌だったらしょうがないな……。うん……」
「目から血が出てますよ。はあ、長話をして疲れました。ヴェーク、流石にこの島にも休む場所はあるのでしょう? そこで、あなたたち、力の同盟の話を聞きます」
「分かりました。この島のすぐ中心に、俺の住処があるので行きましょう。でも、その前にジェサイアさんを──」
俺はイリアス様を案内する前に、氷漬けのジェサイアさんを回収しようとした。
なんとか氷が溶けないか、この時間はいつも天日干しをしていたのだ。彼女を置いてあるはずの場所に目を向けると──そこには、海に続く引きずったような跡だけが残っていた。
「あ、あれ? ジェサイアさん? おかしいな……確かに、そこに置いてあったはずなんだけど……」
「ジェサイア? それは聖魔大戦の際に戦死した天使の名ですよ?」
イリアス様が心底不思議そうな顔をして、俺を見る。
「えっ。ですが……エリゴーラさんから生きているって話は聞きましたし。それに俺、この目で確かに見たんです。氷漬けになったジェサイアさんを。一緒に、この無人島で過ごしてたんですよ?」
「エリゴーラ……あのルシフィナを慕う妙な天使ですか。彼女が言っているのならば、生きている可能性は高いでしょうね。しかし、氷漬けになってこの島に居るなどと……さすがに、ありえない話です」
「ああ、なんと嘆かわしいことでしょうか。かの伝説の冒険家は、ついに幻覚を認識する病を患ってしまったみたいですね。孤独とは人を壊すもの……なんたる悲劇」
影紬にそう言われ、俺は顎に手を当てて少し考え込む。
孤独が辛すぎて幻覚を見る――確かに、まったく心当たりがないとは言えなかった。
気が付くと、そこらの岩に向かって『今日もいい天気だな』などと挨拶していたことがある。
浜辺に流れ着いた野球ボールを『ジェイソン』と名付け、延々と話しかけていた夜もあった。
……今思い返すと、我ながら危うい。
「うーん……。言われてみると、ちょっとおかしくなってたのかも?」
「……影紬に同意したい気分です。この男を連れ出すのは、リターンよりもリスクの方が高いような気がしてきました」
「そうでしょう? 伝説は伝説のまま、静かに眠らせてあげるのが一番良いのですよ」
「各地で魔王の墓荒らしをしていたあなたが言いますか? ……ヴェーク、案内を」
「その話も気になるんですが……分かりました。案内します。こちらへどうぞ」
「イヌエル、プルエル! 行きますよ! ガルダは……少し砂浜で休んでいてください」
俺は突然現れた訪問者を連れて、長らく一人で使っていたねぐらへと帰還することになったのだった。
・・・・・
「こちら、ミダス村の最高級ランクの牛肉を使用した、ビーフウェリントンになります」
「まあ、実に美味しそう──ではありません!!」
「も、もしかして嫌いな料理でしたか? それとも、コース料理のほうが良かったとか……」
「違います!! これは美味しくいただくとして! 私が言いたいのはこの状況についてです! なんですか、この快適すぎる空間は! あなた、無人島で生活しているはずでしょう!」
俺はイリアス様御一行を連れて、自らのねぐらへと戻ってきていた。
元々は木で作られた簡易的な小屋で、おそらく昔この島に立ち寄った漁師が休憩に使っていたのだろう。漁で冷えた体を温めるための囲炉裏があり、壁際には銛や投網が無造作に立てかけられている。住み心地よりも用途を優先した、実用一点張りの小屋だった。
――だった、というのが正しい。
この島では、時間だけは腐るほどあった。その結果、俺はこの小屋を徹底的に改築することになった。
周囲の森から木を切り出し、簡素ながらも実用的な家具を製作。
床板を張り替え、隙間風を防ぐために壁を補修し、雨漏り対策も万全にした。調理用とは別に手作りの炉を小屋裏に設え、砂鉄と鉄バクテリアを利用して鉄釘を精製したのも、今となっては良い思い出だ。
「旅に必要な道具は仲間に預けてたんですけど、ぺこに食べさせる食糧の袋だけは持ってまして」
「ぺこ……ですか」
仲間には、ひとりひとつの袋を持たせてあった。
その中身は食糧でパンパンだ。すべては、ぺこが空腹になった際の緊急用――非常に大切な生命線である。他の道具は持ってこれなかったものの、これだけは持参することができたのだ。
海で魚を捕っていたのは完全に気分だ。
保存食ばかりだと飽きるし、新鮮な魚は美味い。リュウグウノツカイは……刺激的な味ではある。シェーディが喜びそうだ。
「わふぅ♪ とっても美味しい♪」
「ヴェークさんのお料理は美味しいね~!」
「それは良かった。おかわりもあるし、リクエストがあればなにか作るぞ? ああ、そうだ。ガルダにも作ってあるから、後で渡すように時魔法で……よっと」
「──ぶぶっー!!」
「わわっ、イリアス様だいじょうぶ?」
「はい、タオル!」
俺は時魔法を使い、料理を出来立ての状態のまま保管した。
時間を止め、温度も香りも、仕上げた瞬間から一切変化しないよう固定する。やり慣れた手順だ。
すると突然、イリアス様が飲んでいたぶどうジュースを吹き出した。
プルエルから差し出されたタオルを受け取り、イリアス様は何事もなかったかのように口元を拭う。
その一連の動作は実に優雅で、さすが女神としか言いようがない。
もっとも、白を基調としたその服は、しっかりとワイン色に染まっていたが。
「ヴェーク。……今、あなたが何をしたか分かっていますか?」
「え、いや……料理を作りたての状態で提供しようと思って。時魔法で時間を停止させました」
「……はあ。もう突っ込むのは疲れました」
「興味深いですね。明らかに人間が使える魔術を超越しています。私に元の体があれば、その肉体を“調査”できたのですが」
「プロメスティンみたいなことを言わないでくれ……」
俺が思わずプロメスティンの名を口にすると、イリアス様はぱちりと目を丸くした。
そして、そのまま隣の椅子に座らせていた影紬へと視線を移し、目を合わせる。
「なんでも、魔界や天界とも異なる――“別の異世界”に行っていたのだとか。その話、簡潔に聞かせなさい」
「それは構わないんですけど……本当に、簡潔でいいんですか?」
「世界は混沌に飲み込まれようとしているのですよ? 無人島で能天気に過ごす、あなたのようにのんびりと――」
そこまで言いかけて、イリアス様はふっと言葉を切った。
俺は苦笑いを浮かべながら、ゆっくりと視線を横に逸らす。
それにつられるように、イリアス様も同じ方向を見ることになる。
「ヴェークさんの話、いっぱい聞きたいな~!」
「わんっ! あたしも、あたしも! ねえねえイリアス様! いいでしょ~?」
「うっ……」
プルエルとイヌエルが、期待に満ちたきらきらの瞳でイリアス様を見上げる。
これに耐えるのは、頑丈なドラゴンだって難しいだろう。イリアス様は口をもごもごと動かし、しばし真剣に悩んでいる様子を見せる。
そして最終的には、小さく溜息を吐き――観念したように、首を縦に振った。
「ふふ……。なんとも甘いことで……」
影紬が、いかにも楽しそうにくすくすと笑った。
人の隙や弱みを見つけると、途端に生き生きするタイプらしい。
なるほど、陽絹にそっくりだ。
そう思った瞬間、こちらの思考を読んだかのように、ジトッとした目で睨まれたので、俺は慌てて頭を搔き、視線を逸らして誤魔化した。
「ああ、影紬。あなたにお茶くみ人形としての仕事を頼みます。ガルダに料理を運んできてください」
「えっ。こ、この量は流石に──ぐえっ!」
「だ、大丈夫か? 影紬……」
明らかに重量オーバーな料理を載せたお盆が、容赦なく影紬の腕の上に置かれていた。
「問題ありませんよ。このボディを作ったのは私です。限界は分かっています」
イリアス様はこともなげに言い放つ。
「お父様。この邪智暴虐の女神を打倒し、可愛い可愛い娘を助けてくれませんか?」
「急に態度が変わったな」
イリアス様のお供二人に負けないほど、目をキラキラさせる影紬。
お父様と呼ばれて感情が揺れるが、ここは心を鬼にする。
「話に聞く限り……今まで、相当とんでもないことをしてきたんだろう? 小さなことでもいい。これからは、ちゃんと善行を積まなくちゃな」
「……」
一瞬の沈黙。
そのあと、影紬はふっと表情を和らげ、にこりと微笑んだ。そして何も言わず、料理を抱えて小屋の外へと運び出す。
去り際、こちらに中指を立てられたような気がしたが、きっと気のせいだ。
俺の目の奥が妙に熱く、何かの液体が滲んでいる気もするが、それもきっと気のせいに違いない。
「……さて」
イリアス様が、場の空気を切り替えるように手を組んだ。
「さあ、聞かせてもらいましょうか。今まで、あなたが何をしていたのかを」
「はい。俺は力の同盟と旅に出てから──」
こうして俺は、これまで歩んできた旅路を、一つずつ語ることになった。
・・・・・
「プロメスティンとアイシスの共同研究の結果、シェーディはギャルである可能性が非常に高いと判明したんです。それをイリアスヴィル総合大学で発表したところ、なぜか学会で激震が──」
「どこに向けた話をしているのですか? 次に行きなさい。次です」
「ミクリが作ったカジノに巨大すごろく場がありまして。お披露目式にエデンさんも参加したんですけど、なぜか出目が三しか出なくて……。それに憤慨して、近くにいたエヴァを──」
「それは、それは。ふふっ、なんとも愉快な」
「ヤマタイ村でエクレアとベリアルがキャッチボールしていたときの話なんですが。投げたボールが変な方向に飛んでしまって。玉藻様が封印したと伝承に残る祠が壊れて、中から首だけで封印されていた、お寿司大好きサリエラさんが──」
「わ、わふう……! それで? それで?」
「何とか現世と冥府を繋ぐ門を修繕したんですけど、今度は帰れなくなりまして。原因は、黄泉比良坂の住民の皆さんに振る舞われたキノコ鍋だったんです。出してもらうために、死神に会いに行くことに──」
「そんな場所があるんだね~♪」
「カニ労働者組合との会談中、アイシスが突然『本当のパワーゲームを教えてやる』と言い出して、相手を殴ったんです。そのまま魔王城から逃げることになったんですけど、途中でサテライトカニ光線が──」
「ふむ……人形劇の脚本に良さそうですね。すべて喜劇ですが」
「アフロから戻らなくなったブラディの髪を治すために、妖精の島へ向かうことになったんです。その途中で、嵐の女王を自称する超巨大なマンタ娘が現れて──」
「そ、それで? どうなったのです?」
・・・・・
「──それで、こっちの世界に戻ってきたんです」
話し終えると、外はすっかり暗くなっていた。
ガルダには小屋の横の、少し開けた場所へ移動してもらっている。多少手狭ではあるが、羽を休めるには問題ない広さだ。
俺の話を聞き終えたイリアス様は、思案に耽るように目を閉じていた。
プルエルとイヌエルは黄色い声を上げながら、今の話の感想を言い合っていた。一方、影紬は楽しげな様子で手帳を開き、何かを熱心に書き込んでいた。
「これが、今までの経緯です。何か他に聞きたいことはありませんか?」
「そんなの──山程あるに決まっているでしょう! ……まあ、あなたをこれ以上咎めるつもりはありません。異なる世界での冒険、それが勇者たる使命に準じたものであることは分かりました」
「俺は冒険家……いえ、何でもありません」
反射的に口を開きかけて、やめる。
流石にもう学習したのだ。
「修羅世界においての活躍、女神イリアスの名において讃えましょう。しかし、一番聞きたいことがあります」
イリアス様はそう言うと、真面目な表情で俺を見る。
まるで洗礼を受けるような気分になり、俺も姿勢を正す。
「あなたが“ぺこ”と名付け、交際している魔物は……“蛭蟲”であることに、間違いありませんね?」
「……はい」
俺は息を呑み、静かに頷いた。
イリアス様から見れば、ぺこは決して肯定できる存在ではないだろう。六祖の中でも最悪の部類に位置し、その在り方そのものが災厄と呼ばれる魔物。その危険性は、俺自身が一番よく分かっている。
それでも、俺はぺこを愛している。
デートだって、もう何度かした。最近では手を繋いで仲良く歩くこともある。結婚も視野に入ってはいるが、今は清いお付き合いを楽しんでいる段階だ。
もっとも、交際する前に娘が誕生しているという、ショットガンマリッジも真っ青な状況ではあるのだが。
「……まあ、正直に言うと、あまり反対はしていません。以前の私であれば、裁きの雷を百は落としていたでしょうが……。どちらかと言えば心配の感情のほうが強いですね」
俺はほっと肩の荷が下りたような気持ちになる。
イリアス様は続けて、溜息交じりでこう言った。
「それよりも、問題があります。蛭蟲──いえ、ぺこの現在です。私が予想するに、ぺこは魔界の蛭蟲と合一した可能性が高い。そうなると、どちらの意思が優先されるのか──」
俺はその言葉を聞き、はっとした。
魔界のぺこは昔の悪逆非道だったころのぺこそのものだ。その二人が合一してしまっている──。その意志は混ざり合い、今はどのような状態になっているのか。
「ぺこが、誰かに危害を加えることはないと思いますよ」
「……あなたがそう思う根拠はあるのですか?」
「だって、俺たちの間には──ヴェペリアが居ますから。以前のようには、もうなりませんよ」
脳裏に浮かぶのは、ヴェペリアの笑顔。
過剰なほどに可愛がるぺこの姿。少し呆れるくらい、でも微笑ましい光景だ。
たとえ半分が“不良時代”のぺこだったとしても、その愛情まで薄れるとは思えない。
まあ、多少やさぐれている可能性は否定できないが。
「でも、街とか国とか拾い食いしてるかも……。そうなったら、賠償金とかどうすればいいんだろう。まだ料理本も執筆してる最中なのに……」
「心配する部分はそこなのですか……。まあ、あなたの言葉を信じます。私もこの姿になり、色々と変わりました。考えられないことですが……蛭蟲もまた、変わったのでしょう」
イリアス様はそう言って、プルエルとイヌエルに微笑む。
その表情はまさに、女神と言って差し支えないほどの輝きを持っていた。
「ヴェーク、明日からは私の忠実な部下となり、迫る悪鬼羅刹を追い払うのですよ。それにあなたは……第八世界の出身だとか。マキナについて説明する必要がない相手は楽ですね」
「マキナについては、俺もそんなに詳しくないですよ? この世界の特有のマキナもありますし」
「そうなのですか? ですが、フロッピーディスクやCDについては説明しなくとも知っているでしょう?」
「CDは分かりますけど……。フロッピーディスクは初めて聞きました。新しい記憶媒体ですか?」
「……あなたは私の心を深く傷つけました。死刑です」
「ええっ!?」
突然の死刑判決に戸惑っていると、イリアス様がくすくすと笑う。
「冗談ですよ、冗談」
「そ、そうですか。それは良かった」
「……まあ、半分ほどですけど。さて、今日はもう遅いので、明日の昼、出発するようにしましょうか。ここは大陸に近いですしね。さて、寝床はありますか? 無ければ寝袋を使いますが」
「地下室にベッドが十台ほどありますよ。仲間が来たときに泊まれるように作ったんです」
「あなたは本当に何をしているのですか……。もういいです。イヌエル、プルエル。歯磨きをして寝ましょう。私はガルダに声をかけてきます」
「はーい!」
イリアス様はそう言うと、小屋を出ていった。
続いてイヌエルとプルエルも、外の水洗い場へ向かって小屋を出る。楽しげな足音と声が、次第に遠ざかっていった。
扉が閉まり、外の気配が薄れる。
小屋の中に残されたのは、俺と影紬の二人だけだった。
「影紬」
「なんですか? まさか、この私に欲情を? 無人島で男一人、何も溜まらないはずがなく……」
「違うわっ! これは真面目な話だ。陽絹と会ったら一度……三人で話そう」
俺の言葉に、影紬はビクリと反応する。
「……会って、何になるのですか? あの女は私を人形遣いだと認めることはありませんでした。お前はただの人形だと……そう言いたかったのですよ」
「違う! ……これだけは言っておく。陽絹はお前のことを愛してた。心臓を無くした今もな。だからこそ、人形遣いだと認めなかったんだ」
「なんですか、それは。……今日はもう話す気はありません。あの女が生きていたと聞かされた上に、自称父親の変人に説教される羽目になるとは。今日は厄日です」
そう言い残し、影紬は目を閉じる。
次の瞬間、気配がふっと途切れた。どうやら、自ら電源を落とし、眠りについたらしい。
「はあ、ヘレロールに夢中なヴェペリア並みに大変かもしれないな……」
俺はふうと息を吐き、窓から月を見た。
相変わらず煌々と輝いている。よく見ると、小さな黒い点のようなものが見えた。あんなのあっただろうかと考えながら、俺はベッドの用意を始めることにした。