先程まで、俺の眼下にはどこまでも続く青い大海原が広がっていた。
それが今ではどうだ。
視界に映るのは、鋭く隆起した岩山とひび割れた荒野。赤く煮え立つ溶岩の池が点在し、腐臭を放ちそうな毒沼がその合間に口を開けている。かと思えば、少し離れた場所には雪に覆われた森まで見えるのだから、統一感もへったくれもない。
世界が“合一”によって無茶苦茶になったとは聞いていた。
しかし、こうして実際に空から眺めると、その異常さが嫌というほど実感できた。複数の世界を無理やり混ぜ合わせたと聞いたが、この景色を見ていると納得できる。
もっとも、完全に別物というわけでもない。
元は同じ世界だったらしく、ところどころに見覚えのある地形が残っていた。
ミニはさっき『火山で遊びたい』と言っていた。
となると、今飛んでいるのはゴルド地方の上空で、目的地はゴルド火山――たぶん、そのはずだ。
「あたしは一流のアウトローになるぞ! これからはビック・ミニと呼ぶのだ! 悪っぽい響きで良いのだ!」
「大きいのか小さいのか……? それよりミニ、さっき“悪いことをした”って言ってたよな。何をやらかしたんだ?」
「よくぞ聞いてくれたのだ! これを見るのだ!」
そう言うと、ミニは俺の肩を掴んでいた片方の足を外した。
バランスが一瞬崩れてヒヤッとするが、次の瞬間、俺の目の前に突き出されたその足に視線を奪われる。
そこには――ドラゴンが剣に巻き付いた意匠の、金色に輝くアクセサリーが、これでもかというほど大量に引っ掛かっていた。
「フフフ……お土産屋さんで強奪してやったのだ! これでミニも一流の悪だぞ!」
「強盗したのか……?」
「一応、尻尾をいっぱい毟って置いてきたのだ!」
「それならいいか……」
先程から兜に何かが当たって金属音がしていたのだが、原因はどうやらこれだったらしい。
ミニの足にぶら下がったアクセサリーが、飛行の揺れに合わせて俺の兜にぶつかっているのだ。
この手のアクセサリーは各地のお土産屋で定番の商品だ。
フェニックスの尾よりも安価で、旅の記念として雑に買われる類のものでもある。正直、強盗と呼ぶには被害が軽すぎる気もするし、まあ……問題はないだろう。たぶん。
それにしても、先程からミニは、やけに“ワルになった”ことをアピールしてくる。
成長して、悪をカッコいいものだと勘違いする尖ったお年頃になったのかとも思ったが……。
それにしては様子がおかしい。冗談や悪ふざけの域を越えた、妙な高揚感がある。
まるで、すべてを燃やし尽くすかのような――。
核熱を思わせるエネルギーが、ミニの体から溢れ出しているように感じられた。
「あとは……ぺこさんと、ぺこさんに似た人が持っていた唐揚げにレモンを絞ってやったぞ。最高に気分爽快だったのだ!」
「まあ、それくらいなら──待て待て! それっていつの話だ!?」
「三日前なのだ! そういえば、ぺこさんもおっきくなってたぞ! 成長期だったんだな!」
ミニの話を聞き、俺は安堵した。
どうやら、ぺこは無事に特異点世界へ帰還してきているらしい。
それに――“ぺこに似た人”と言えば、答えは一つしかない。
ヴェペリアだ。
「二人はどこに──」
「新しく借りたミニのお家にご招待なのだー! あたしもまだ中を見てないぞ!」
俺の言葉は、あっさりと遮られた。
視線の先には、赤黒く煙を噴き上げるゴルド火山の姿が見えてきている。何度か改めて問いかけようと声を掛けるが、ミニはご機嫌な鼻歌を歌うばかりで、こちらの話がまるで耳に入っていない。
一番標高の高い火口から、そのまま火山内部へと降下していく。
鎧越しでもはっきりと分かるほどの熱気が押し寄せ、体温が否応なく引き上げられていった。
俺は以前にも、このゴルド火山を訪れたことがある。
だが、記憶にある熱とは明らかに違う。確かに灼熱ではあったが、ここまで攻撃的な熱量ではなかったはずだ。
何か――厄介な事態が、内部で起きている可能性が高い。
・・・・・
やがて、俺たちはゴルド火山の最深部へと辿り着いた。
そこは、溶岩の池に囲まれた孤島のような場所で、岩壁の至るところを赤熱した溶岩が絶え間なく流れ落ちている。空気そのものが熱を帯び、呼吸するだけで体温が上がる。
その光景を前にして、俺は思い出す。
かつてここで、火を司る精霊――サラマンダーと契約を交わしたこと。
以前、ブラディが起こした動乱の時と同じように力を貸してもらえるのなら、心強い。
それに――ミニの身から感じる、核熱を思わせる異質な力についても、相談できるかもしれない。
「さあ着いたのだ! ここが新しい──」
「ワーッハッハッハ!! 見ろ! フェニックスが降りてきたぞ!」
「おお、あれはヴェークか! フェニックスに捕まって登場とは、何とも派手な! ワーッハッハッハ!!」
「ワーッハッハッハ!! 我が永遠のライバル、ヴェークではないか!! ワーッハッハッハ!!」
「たすけて……たすけて……」
爆発したような甲高い笑い声の嵐に、ミニの声が消し飛ばされた。
空間の中心では、二名の精霊と見覚えのある魔物が円を描いて輪になっている。手にはガラスのコップが握られ、真っ赤な液体が揺れていた。
その輪の中央には、青い炎を思わせる精霊が一名。
両手で耳を塞ぎ、地面にしゃがみ込んでいる。
「なっ、どこから来たのだ! ここはミニの新しい縄張りなのだ!」
「そんなことはどうでも良いだろう!! 陰気な水の精霊とは違って、私たちは懐が広い! 皆で土地を分け合おうではないか!」
「どうでも良くないが、どうでも良いということにしておこう! それにしても、ヌルいワインだな!」
「我らの熱で沸騰しているのであろう! しかし、いいだろうそんなことは! ほら呑め呑め! ワーッハッハッハ!!」
「……なにしてんだ、ブラディ」
俺は思わず、こぼすようにそう言った。
修羅世界で死闘を繰り広げ、力の同盟に無理矢理加入した――ブラディが、そこにいた。
・・・・・
ミニは俺を地面に降ろすと、そのまま素早く俺の背中へと回り込み、ぴたりと張り付いた。
ついさっきまでの勢いはどこへやら、尻尾まできゅっと縮こまっている。
見覚えのない精霊たちと、変なドラゴンを前にして、警戒心が働いたのだろう。
「何をしていると聞かれれば……我らは酒盛りを楽しんでいるのだ!」
「それは見たら分かる。どうしてこっちの世界に?」
「貴様のところに遊びに来たに決まっているだろう! 改良型どこでもてれぽくんを使ってな! まあ、ヴェークの前ではなく、ここに出てしまったのだがな!」
「そうだったのか……」
どうやら、ブラディは修羅世界から遊びに来たようだ。
呼んでいないが、やはりこちらの特異点世界にやって来たらしい。
力の同盟でも屈指のトラブルメーカーなので、非常に不安がある。
しかし、その実力は高く、修羅世界の旅で何度も助けてもらった。助けてもらう以上に問題を持ってきたので、プラスマイナスすっごくマイナスではあるが。
「……ん? どうして我は最初に、どこでもてれぽくんを使わされたのだ? プロメスティンが試金石と言っていたし、もしや……我は最初のペンギンのような役割を──」
「よく来てくれたな! ブラディ!」
「おお、ヴェークよ! 歓迎してくれるとは! うむうむ、感無量だ!! ふははは!!」
不都合な真実に辿り着く前に、強引に話題を逸らし、俺は全力でブラディを歓迎した。
「それで……他のお二人は?」
「話は聞いているぞ! 私はギガマンドラ! その煮えたぎるように輝く魂! 流石はサラマンダーが認めた人間だ!」
「えっと、どうも……」
勢いに気圧されつつ手を差し出すと、ギガマンドラは満面の笑みで握手をしてきた。
そのまま肩をバシバシと叩かれ、衝撃とともに、じわりと熱が伝わってくる。彼女は天界世界の炎の精霊らしく、存在そのものが燃え盛る火の塊のようだった。
「たすけて……たすけて……」
「床に転がっているのは、炎のくせに陰気な──炎の精霊のグリモワールだ!」
サラマンダーは楽しそうにそう言って、床に転がる青い精霊を指差した。
「たすけて……ずっと私の周りを回ってるかと思えば、急に酒盛りし始めて呑まされて……。それに暑苦しいドラゴンも追加されて……」
「なんか……かわいそうなのだ……」
俺の後ろにいるミニがボソリと呟く。
グリモワールは魔界世界の炎の精霊らしい。
だが、ギガマンドラ、サラマンダー、ブラディ――。
三者三様の過剰な熱量に挟まれ、完全に圧されてしまっているようだった。
同じ炎の精霊であるにも関わらず、その在り方は全然違うようだ。
「──いやいや! のんびりしてる場合じゃない! ミニの様子がおかしくて……誰か、診てもらって──」
「わああああっ! いきなり何をするのだ、ヴェーク! あたしはどこも悪くないぞ! いや、すっごくワルいぞ!」
俺はミニを抱え上げて、ブラディの前に掲げる。
ミニはじたばたと手足を振り回して抵抗するが、今は構っていられない。
「どっちなのだ? ふむ、これは──核熱か。それに、我が司る炎と近しいものを感じるな……」
ブラディの笑みが消え、赤い瞳が細くなる。
「このフェニックスが持つ、本来の力ではないな。……この娘、何かに取り憑かれているようだ」
「本当か!? ミニ、封印されし漆黒の力がどうとか言ってたけど、何か心当たりが──」
「うううぅぅぅっ!!」
返事はなかった。
代わりに、ミニの体がびくりと大きく震える。
「か、体が……熱いのだ!!」
次の瞬間だった。
ミニの体表から、噴き上がるように漆黒の炎が溢れ出した。
赤でも橙でもない、光を拒むような黒。滅びを呼び寄せるような、不吉な炎。
「あたしは世界を焼き尽くし──銀河の使者となるのだ!!」
漆黒の炎が、うねるように空間を歪ませる。
その中心で、ミニの声だけが異様に澄み切って響いていた。
「むう、このままでは満足に診ることが出来ぬな……。ヴェークよ! ここは我と協力し、この娘っ子を一度弱らせようではないか!」
「そうするしかないか……!」
俺の言葉と同時に、三名の炎精が駆け寄ってくる。
「なんという禍々しいオーラ! だが、この力は間違いなく炎に関わるもの! ならば、ここは私たちも手伝うぞ!」
「ブラディと戦った時を思い出すな、ヴェークよ!! まさか、今度はかの竜と共闘することになるとはな!」
「頼むから……静かにして……!」
「あたしは止まらないぞ! この世界を焼き尽くし、再生する銀河の使者に──!!」
「ちょっと痛いけど、我慢してくれよ! ミニ!」
漆黒の炎を纏って暴走するミニに、俺は弓を構えた。
・・・・・
今まで感じたことのない熱風が、ゴルド火山の内部で唸りを上げて渦巻いていた。
赤黒い岩肌は白熱し、流れる溶岩ですら熱に耐えきれず、表面から泡立つように蒸発していく。
ブラディとミニが互いの炎を真正面からぶつけ合い、衝突のたびに足元の岩盤が低く唸った。
「ふはははは!! なかなかやるではないか、変な鳥よ! これはどうだ!? ガンマテンペスト!!」
「ぼわわわわー!」
圧縮された熱量の奔流が、ミニへと襲いかかる。
それに対し、ミニは一歩も引かず、全身から吐き出すように灼熱のブレスを解き放った。
「手伝うと意気揚々と言ってみたが、これは間に入るのは難しそうだな!」
「溶岩すら溶けて蒸発するほどの熱量だ! うむ、下手したらこの火山ごと跡形もなく消し飛ぶ!」
軽い口調とは裏腹に、二体の火精の視線は真剣そのものだった。
それほどまでに、目の前の戦いは常軌を逸している。
俺の眼の前では、二つの太陽が衝突している。
そんな表現が、決して大げさではないほどの光景が繰り広げられていた。
「ブラディを援護しようにも、矢が溶けちゃうな……」
試しに放った矢は、狙いを定める間もなく空中で赤く焼け、次の瞬間には形を失って消え去った。
何度か攻撃を試みたものの、放つ端から溶け落ち、まるで意味を成さない。俺と火精たちは一度、岩陰に隠れて様子を見ることにした。
「私としては、平気な顔で人間のあなたがここに居るのが不思議で堪らないんだけど……」
「まあ、暑いですけど……何とか気合で耐えられますよ!」
「あなたも他のバカと同類ね。でも、このままじゃ……」
言葉の途中で視線が戦場へと戻る。
驚くことに、押されているのはブラディだった。
いつも余裕たっぷりに優雅な馬鹿笑いを浮かべているその顔に、今は明確な焦りの色が浮かんでいる。
「なんと……! この我が、サウナ以外で汗を搔く日が来るとはな!」
冗談めいた言葉とは裏腹に、その声には余裕がない。
「うるさいぞー! 早く溶けてなくなるのだ!」
甲高い叫びと同時に、ミニの周囲の炎が一段と膨張する。
ミニの方は、まだ余裕がありそうだった。体から溢れ出す漆黒の炎は、まるで生き物のように蠢きながら熱量を増し、どんどん巨大化していく。
「こうなれば──ヴェーク! 他の二精霊とも契約を交わし、炎にさらなる耐性をつけるのだ!」
「……!」
サラマンダーの提案を聞き、ギガマンドラとグリモワールは無言で顔を見合わせた。
精霊と契約を結ぶと、強力な力を得られるのだ。
しかし、肉体と魂への負担が大きく、俺はすでに四体の精霊と契約を交わしている。これ以上精霊と契約してしまうと、耐えられるか分からない。
だが、これ以外に方法は無いように思えた。
ここで黙って見ているだけでは、状況が好転するはずもない。このままでは、ブラディも、俺たちも、そしてゴルド地域そのものさえも無事では済まないだろう。
そして何よりも――ミニを、助けなければ。
「二人とも、俺に力を貸してくれないか!」
「正気? 死ぬかもしれないわよ、あなた……」
「分の悪い賭けは……力の同盟の十八番ってヤツなんだ」
「はははっ! 良い! お前の魂は燃えたぎっている! 炎の精霊ならば、受け入れることが出来るだろう!」
豪快な笑い声と共に、ギガマンドラは一歩踏み出す。
グリモワールは深いため息をつき、呆れ返ったような表情を浮かべる。だが、しばらくの沈黙のあと、彼女は頷いた。
ギガマンドラと並び、俺のもとへと歩み寄る。
次の瞬間、二体の精霊が同時に俺の体へと触れた。
その刹那――。
爆発するような炎の息吹が、直接体内へと注ぎ込まれる。
「──ぐあああぁぁぁっ!!」
「や、やっぱり駄目だったかしら……!」
「いーや! ここからがヴェークなのだ! かつてブラディと対峙したときと同じように、マグマの中から起き上がるのだ!」
今まで経験したことのある頭痛が、膨れ上がって襲いかかってきた。
それと同時に──胃の奥から突き上げる吐き気と、足元が崩れるような強烈なめまい。
「ふ、二日酔いの感覚だっ、これ……!」
「──そうか! 私たちは先程まで酒盛りを楽しんでいた……。そのせいで、精霊の力を譲り受けた際に、高濃度のアルコールも体内に移動させてしまったのだろう!」
「なんと! 私たちは魔物用の酒を呑んでいたのだぞ! 頑張れ! ヴェークよ! アルコールで体のエンジンを動かせ!」
「私たちの譲った力に、無関係な体調不良じゃない……!」
俺の体は、精霊の炎と同時に、とんでもない量の酒精まで受け取ってしまったらしい。
俺は膝から崩れ落ち、必死に腕を動かして兜を外す。
次の瞬間、溶岩の中へと、キラキラと輝くものを盛大に吐き出した。
「オエー!!」
「おーい! ヴェーク!! 遊んでないで我を援護してくれ! いや、一人でも大丈夫だがな!」
「へ、変な臭いがするぞ! 炎の竜巻ー! ばさばさばさっー!」
俺は何とかスッキリして、震える膝を叩いて起き上がる。
そして、灼熱の嵐が渦巻く戦場の中心へと、再び足を運んだ。
・・・・・
先程まで肌を刺すように感じていた熱気が、今では少し暑い程度にまで和らいでいた。
俺は深く息を吸い、矢に炎の精霊の力を込めた。
熱を帯びた魔力が弓を伝い、指先までじんわりと痺れる。そのまま狙いを定め、ミニへ向けて矢を放つ。
今度は途中で溶け落ちることもなく、一直線に飛んだ矢はミニの翼を正確に射抜いた。
「遅いぞ! ヴェーク!」
「悪い! 援護する!」
声を張り上げながら、俺は次の矢をつがえる。
ブラディが口元に滲んだ血を乱暴に拭い、まるで挑発するかのような意固地な笑みを浮かべていた。相当な攻撃を受けているはずなのに、まだまだ元気な様子だ。
矢には、特殊な麻痺毒を塗り込んであった。
翼を射抜いた以上、動きは鈍る――はずだった。
「ビリビリするぞ……! やー!」
ミニが甲高い声を上げた次の瞬間、その体が漆黒の炎に包まれる。
炎は瞬く間に膨れ上がり、球体となって激しく回転し始めた。空気が震え、熱波が肌を打つ。
そして、黒い炎が霧散するように消え去ると、その中心からミニが何事もなかったかのように姿を現した。
翼は再生し、先ほどまでの不調が嘘のように動いている。
どうやら、自らの体を一度焼き尽くすことで、体内に回った麻痺毒ごと消し去ったらしい。
あまりにも力技な解決法――だが、フェニックスらしい。
「まるで効果がないではないか! もっと強い麻痺毒はないのか!?」
「これが一番強いやつだ! まいったな……回復もしてるみたいだ!」
俺はブラディの後方に移動し、空に浮かぶミニを睨む。
どうにか熱そのものには耐えられるようになったが、今度はフェニックスの再生能力が立ちはだかっていた。
「そんなちんけなの、ビック・ミニには効かないぞ! フフフ、楽しくなってきたぞ!」
嘲るような声とともに、ミニは大きく翼を広げる。
その動きだけで周囲の空気が揺れ、熱が渦を巻く。
次の瞬間、ミニは一直線にこちらへ突進してきた。
俺は咄嗟に身を投げ出すように回避し、その動作の流れで何本もの矢を放つ。
矢は吸い込まれるようにミニの体へと突き刺さっていく――が、手応えは皆無だった。矢は命中している。確かに当たっている。それでも、ミニはまるで痛みを感じていないかのように動き続ける。
「合わせろ! ヴェーク!」
「分かった!」
俺が牽制を続ける間に、ブラディが一気に距離を詰める。
ブラディは尖剣を構え、迷いなく突貫した。
刃には核熱が纏わりつき、周囲の空気が歪むほどの熱量を放っている。その一撃が、真正面からミニを捉えた。
核熱を纏った剣をもろに喰らい、ミニの体は弾き飛ばされるようにして壁面へと叩きつけられた。
「うぐっ!! この程度、効かない──」
「はあ!!」
言葉が終わる前に、俺はすでに次の動作に移っていた。
間を与えれば、再生される。
放った矢は炎を纏い、左右の翼を正確に射抜いた。
そのまま勢いを失わず、壁面へと突き立ち、ミニの体を縫い止める。
本来なら、炎を纏わせるつもりはなかった。
どうやら炎の精霊の力を、俺はまだ完全には制御できていないらしい。
「チャンスか!? こうなれば、魔煌炎舞を──」
「待て! 様子がおかしい!」
壁に釘付けにされたミニへ、ブラディが追撃を仕掛けようとする。
だが、俺は咄嗟に彼女の肩を掴んで制止し、目を凝らした。
「う、ぐぐぐ……!! も、もう限界なのだ! ふ、封印が……!!」
ミニの声は、これまでの余裕を完全に失っていた。
苦しげに身をよじるたび、体の内側から何かがせり上がってくるのが分かる。
「むむ!? あれは……フェニックスの体の中に取り憑いていた力か!」
「なんだ、あれ……」
次の瞬間、ミニの体表から禍々しい漆黒の炎が噴き出した。
それは単なる炎ではなかった。まるで生き物のように蠢き、うねり、形を変えながら空間を侵食していく。
炎は次第に一つの輪郭を持ち、人の姿へと変形していった。
やがて現れたのは、一体のハーピーだった。
だが、その翼は肉でも羽でもなく、すべてが漆黒の炎で形作られている。近づくだけで背筋が凍るような、禍々しい気配が漂っていた。
ハーピーはゆっくりと翼を動かし、音もなく地面へと降り立つ。
その姿は、大きくなる前のミニのようでもあり、“小さな”フェニックスを思わせる。見た目は幼い子供のようだというのに、放たれる存在感は圧倒的で、どこか神々しさすら感じさせた。
「ふふ、久しぶりね──■■■■■……」
「──!」
「むむ? なんて言ったのだ?」
漆黒のハーピーが紡いだその言葉を耳にした瞬間、俺は思わず息を呑んだ。
■■■■■──もう二度と耳にすることはないと思っていた、前世の俺の名前だった。