なんとか意識を失って倒れるだけで済んだ俺を、複数のぺこが寄ってたかって起こしてくれた。
その光景を視界に収めた瞬間、またぶっ倒れそうになるが、今度は必死に気合を入れて踏みとどまる。
「悪い……。ちょっと衝撃が大きすぎて、目眩が……」
「まったく、我を驚かせおって。ちょっと分裂しただけでないか。友人のサムだっていっぱい居たのに、何を驚愕することがあるのだ?」
腕を組んだぺこが、呆れたようにため息をつく。
「いや、驚くだろ……」
思わず即答してしまった。
サムの件も、まだ頭の中で整理しきれていない。あれだって十分すぎるほど非常識だったのに、そこへ追い打ちをかけるような、ぺこの大集団である。
泣き叫びながらその場にへたり込まなかっただけ、自分を褒めてやりたい。
むしろ、しっかりと受け答えをしている俺は、かなり健闘している方ではないだろうか――そんなことを考えて、ようやく少しだけ気分が落ち着いてきた。
「ヴェペリアは喜んでくれたのだから、お前も喜ぶといい」
「好きなものは、いっぱいあったほうがいいからな」
「我が死んでも代わりはいるものだぞ……」
そう言って、にこにことした笑顔が並ぶ。
視界がまたぐらりと揺れた。
「ああ、そうか。食費の心配をしていたのだな。まあ、それは仕方ないだろう」
「ヴェペリアも懸念していたからな……」
「うおォン……今の我は制御不能の核熱エンジンだ……」
ぺこの一人が近づいてきて、俺の胸をツンツンと指で突いた。
ここにいるのは、ぺこ本人ではない。
正確には、全員が“分裂体”なのだという。だが、どれも本体と区別がつかず、意思も感情も完全に共有されているそうだ。便利なことに、全員の胃袋は共有されており、誰が食事をしても満腹感を得られるらしい。
一応、一人に戻ることも可能らしい。
だが、『便利だから』という理由で、今は百体ほどに分裂しているのだそうだ。
「主に、サムに任せるには少々危険な仕事を引き受けていた。地下水を汲み上げる装置を地下深くに設置したり、建物を一から建造したり、あるいは解体や改築をしたりとな。肉体労働ばかりだったが、なかなか楽しかったぞ?」
「そういえば、ヴェークも無人島で家の改修をやってましたね。場所も状況も違うのに、どうして同じようなことをして、しかも楽しんでいるのですか」
淡々と問い返すイリアスに、ぺこは待ってましたとばかりに胸を張った。
「愛だ、愛だぞイリアス……。たとえ離れていようとも、心は繋がっているということよ」
「……ただの偶然では?」
影紬が呆れたように小さく呟く。
だが、ぺこはその指摘など意にも介さず、満足げな表情のままだった。
そのとき、先ほどまで固まって沈黙していたブラディが、ようやく動き出す。
数歩前に出て、柔らかな笑顔を浮かべながら、ぺこの正面に立った。
「ぺこ殿! 我が遊びに来たぞ!」
「ああ、ポンコツドラ──んんっ、ブラディか。よく来たな。我の作ったニューサバサを、存分に楽しんでいくといい」
ぺこはわざとらしく咳払いを一つしてから言い直す。
「うむ! そうさせてもらおう!」
対するブラディは、全く気にする様子はなかった。
「そういえば、元の住民はどうしたんだ?」
天界にいた天使たちと、特異点世界に存在していたサバサの住民がいたはずだ。
魔界のサバサについては、ぺこが『食べ尽くした』そうなので、住民はぺこ一人だけだったはず。そう考えると、複数のサバサが合一した時点で、少なくとも天界と特異点世界――この二つの世界の住民は、確かに存在していたはずなのだが。
「うーむ、実は困ったことになっていてな。まずは、我の本体とヴェペリアが居る城へ向かおうではないか」
そう言って、ぺこは踵を返す。
こうして俺たちは、新たに築かれたサバサの中心――サバサ城へと向かうことになった
・・・・・
城へ向かう道中、ぺこはこれまでに起きた出来事を語ってくれた。
俺がタルタロスで落下した直後、ぺことヴェペリアは後を追おうとしたらしい。
だが、それをミクリとエクレア、そしてアイシスが制止した。
シェーディがハーピーの羽を使い、タルタロスからの離脱を試みることになったのだという。
「しかし、どうにも様子がおかしくてな。まるで洗濯マキナの中に放り込まれたように、我らはしばらくの間、ぐるぐると回転し続けた」
肩をすくめながら語るぺこの口調は、深刻さとは程遠く、どこか愉快そうだ。
「最後に見た光景といえば、回転酔いしたエクレアがキラキラを吐き出し、それがミクリの顔面に直撃するところか……。あまりにも面白すぎて、ヴェペリアと二人で笑っていたら、次の瞬間にはサバサ城に立っていてな」
どうやら脱出の際、ハーピーの羽は本来の役割を果たさなかったらしい。
全員がそれぞれ別の方向へと弾き飛ばされ、その結果、ぺことヴェペリアだけがサバサ城へ辿り着いた、というわけだ。
「そこで、魔界の我と鉢合わせしてな。向こうはひどく困惑した様子で、反射的に我の腕を掴んだ。その瞬間――合一してしまったのだ」
ぺこはあっさりと言う。
「まあ、魔界の我は日頃から分裂を繰り返しておったからな。異なる自分同士での記憶のすり合わせも、特段苦労はせんかったわ」
特異点世界のぺこと、魔界のぺこが一つに戻ったこと自体は、彼女にとって大きな問題ではなかったらしい。
しかし、その直後、天界サバサに駐留していた天使たちとの衝突が発生した。
合一を経たばかりのサバサは一時的に統制を失い、城下は混乱の渦に叩き込まれたという。
もっとも、戦闘が長引くことはなかった。
途中から天使軍とサバサ軍は状況を共有し、互いに協力して撤退を最優先とする判断を下したためだ。結果として怪我人こそ出たものの、少なくとも向こう側の勢力に死者は出なかったらしい。
ぺこ自身にも、それ以上深追いをする理由はなかったので、そのまま彼らを見逃したという。
そして最終的に――サバサは、ぺこの手によって完全に制圧されることになった。
「あの檻に捕らえられているガブリエラは、どうしたのです?」
「少しの合間、戦いになった。だが、ヴェペリアが途中から我に加勢してな。そうしたら、すぐさま逃げようとしたから――パクっと丸呑みにして、捕らえてやったわ」
「ううむ……。やはり、奴と同盟を結ぶのは良くなかったのだな……」
ブラディが渋い顔をして、しみじみと呟く。
「落ち着いたころ、サバサに残っておったのは、我とヴェペリア、それにサムが何人かだけだった」
「サムは……逃げなかったのか?」
「いや。何名かの天使が、そこそこの数を必死な様子で外へ逃がしたが……我が、ほとんど連れ戻した。働き過ぎて弱っているサムに、砂漠は堪えると思ってな。ヴェークの知人に、ひもじい思いはさせたくないと思ったのだ」
サバサを完全に制圧したあと、ぺこはヴェペリアとともに、この地を離れるつもりだったそうだ。
統治は分裂体に任せるようにして、用意が終わった矢先に──問題が発生した。
「街を離れてしばらくしてから気づいたのだが、食欲が以前と同じほどに戻っていてな。まあ、昔よりは多少マシではあるが……合一の影響だろう。我は、回れ右でサバサへ戻った」
軽い口調とは裏腹に、その内容は決して笑い話ではない。
ぺこはサバサから出ることを諦め、ここに留まる選択をした。
そして、手持ちの食糧を食べ尽くす前に、何としてでも早急に食べ物を確保する必要があったのだ。
「そこで、修羅世界でガブリエラが活躍していたのを思い出した……。プロメスティンのように、脳に爆弾を埋め込もうとしたのだが、これが失敗してな。一時期、『あぷぷーぷりぷりー』としか喋らなくなったときは、本当に焦ったぞ……」
「そ、それは危なかったな……」
「『チョワヨーチョワヨー』とも言っていたか……? ともかく、試行錯誤の末、今のガブリエラ・コアを作り上げたのだ。地下水に栄養価の高い水を混ぜ、サバサ中に循環させている」
捕らえていたガブリエラを脅し、さまざまな食用植物を生み出させたらしい。
さらに、サムたちにも協力を仰ぎ、規模を拡大しながら本格的な栽培体制を築き上げていったという。
「最初は苦労したが、今は我の食欲と拮抗する量の作物が収穫できるようになったぞ。今この瞬間も、地上で作られた料理がベルトコンベアで運ばれ、地下に居る複数の我が食事をして、胃を満たしておる」
「良かった。でも……拮抗してる状態なんだな……」
安定ではなく、均衡。
一歩踏み外せば、たちまち崩れてしまう、きわめて危うい状態なのだろう。
俺が持っている食糧の詰まった袋を差し出したところで、焼け石に水に過ぎない。
この状況を根本からどうにかする策を、考えなくてはならなかった。
「それは……困りましたね。その状態では、私たちについて来ることは難しいのではないですか?」
「そうだな。分裂体でついて行ったとしても……距離が開いてしまうと、胃との無線接続が途切れてしまうからな」
「……無線接続?」
影紬が、心底理解できないといった表情で小さく呟く。
ぺこの胃袋はそもそも常識の埒外にある不思議空間だ。俺はこれまでに何度か呑み込まれたことがあるので、その異常さについては身をもって知っている。
「そうなれば、また暴走してしまうだろうな……。さて、あとは城に居る本体の我に聞いてくれ」
「ありがとう、ぺこ」
俺が感謝を伝えたところで、足が止まる。
気がつけば、緑一色のサバサ城の正面に辿り着いていた。
・・・・・
あくせくと働くぺこや、せわしなく動き回るサムの群れを横目に、俺たちはサバサ城の内部を進んでいく。
……途中、やけに白い親方と、紫色の親方が並んで歩いていたような気もしたが、深く考えるとろくなことにならない。
疲れているのだ。
きっと、気の所為に違いない。
「──父上のためなら、エイヤコラー! 母上のためなら、エイヤコラー!」
元気のいい掛け声が、やけに広い空間に響いている。
「お嬢様、ここの土がまだ固いです。それに、正しい姿勢を意識して、もう少し鍬を上手に使えるようになりましょうね」
「ううっ、サムは厳しいですね。ですが、これも農業の発展、そして平等な未来のため──あっ! 父上!!」
「ヴェペリア!」
──サバサ城の三階。
おそらく王の間であったであろう広い部屋に、ヴェペリアはいた。
内部には水路が張り巡らされ、床や壁際のあちこちには畑まで設えられている。天井からは柔らかな光が降り注ぎ、空間全体が温度と湿度を保たれた、巨大な温室のような構造を成していた。
……これを目にしたサバサの人々や王家の方々は、いったい何を思うのだろうか。
想像した途端、胸の奥がひやりとした。俺は少し怖くなり、その考えを意識の外へ追いやる。
ヴェペリアは手にしていた鍬をその場に置くと、弾むような足取りでこちらへ駆け寄ってきた。
俺も反射的に一歩前へ出て、その身体をしっかりと抱き止める。
「元気そうで良かった……。心配をかけたみたいだな、悪かった」
「いいえ。私は信じていましたよ。父上なら、放っておいても帰ってくるって」
「……なんか、言葉に棘がないか?」
「母上を心配させたバツですよ。あっ、ブラディも来てくれたんですね!」
「うむ! ヴェークを送り届けてやったぞ!」
ひと通り言葉を交わし、俺は名残惜しさを感じつつも、ヴェペリアを抱きしめる腕を解いた。
一歩下がった視線の先で、彼女の背後に立つ影が目に入る。
――ぺこだ。
彼女が本体だろう。
「……うーむ。ヴェーク、雰囲気が変わったか?」
探るような視線が向けられる。
ぺこは俺の周囲をぐるりと回り込み、伸ばした触手でペタペタと鎧に触れてきた。その動きは軽いが、視線は鋭い。おそらく、ダークフェニックスの力を感知しているのだろう。
流石は伝説の六祖。
隠しているつもりでも、誤魔化しは利かないらしい。
「分かるか? 実は──」
俺はこれまでに起きた出来事を、順を追ってぺことヴェペリアに話した。
タルタロスを出たあとのこと、そしてダークフェニックスとの接触についても、包み隠さず。
「ふむ、ダークフェニックスか。……少し、そやつと話せるか?」
「多分、呼んだら来てくれると思うけど……」
俺は心の中で、ダークフェニックスの名を呼ぶ。
すると、呼び出し音のような感覚が何度か響き――次の瞬間、体の内側から黒い炎が吹き出した。黒い炎は空中でぐにゃりと形を変え──ダークフェニックスの姿になる。
「要件は分かっているわ……。私と話したいそうね?」
「ああ、そうだ。……一つ、確認しておきたい。お前に伝えたことは、ヴェークにも伝わったりするのか?」
「いえ、それはないわね。……場所を変えましょう」
そう告げるや否や、二人は周囲の反応を待つこともなく、その場から姿を消してしまった。
取り残された形になってしまったが、俺は気持ちを切り替え、ヴェペリアをイリアス様と影紬に紹介することにした。
「イリアス様、影紬。俺とぺこの子供──ヴェペリアです」
「えっ、イリアス様……?」
一瞬だけ目を見開いたあと、ヴェペリアははっとしたように背筋を伸ばす。
そして、慌てながらも姿勢を正した。
「あっ、これは失礼いたしました。私はヴェペリア・ペコ。ヴェーク・ペコと、蛭蟲・ペコの娘になります」
そう名乗ると、彼女は迷いのない動作でイリアス様の前に跪いた。
陽絹に礼儀作法を学んでいるだけあって、その所作は実に丁寧で、隙がない。
その姿を見た瞬間、胸の奥がきゅっと締めつけられる。
立派になったな、と。あまりにも当然の感情が込み上げてきて、俺は思わず涙ぐんでしまった。
兜の中の湿度は、温室なんかよりも、よっぽどシケっている。
一方で、イリアス様はというと、ヴェペリアの所作を前に、わずかに目を丸くしていた。
「……丁寧なご挨拶で。ほんとうに蛭蟲の娘か、少し疑いたくなりますね……」
一瞬だけ言葉を切り、イリアス様は軽く咳払いをする。
「──ごほん。私は創世の女神イリアス。父と同様、これからは私にも奉仕するのですよ」
「はい、イリアス様。それと……」
「ええい、我の背中に隠れるでない。ほれ」
「……どうも?」
ブラディに腋を掴まれ、そのまま差し出される影紬。
その光景を目にしたヴェペリアは、はっとしたように目を見開き、次の瞬間には相手の姿をまじまじと見つめていた。
「あなたが、陽絹さんの娘さん……。そして──私の妹!」
一拍置いて、ヴェペリアの口元がゆっくりと緩む。
「ふふっ……ふふふふっ!!」
「わっ、なっ、何を──」
影紬が何かを言い終える前に、ヴェペリアは目を輝かせ、ブラディの手から影紬を受け取った。
そして──。
「瑠渦さんから話を聞いて、ずっと妹が欲しかったんです! 一緒にやりたいことも、考えたいことも、たっくさんあります! 具体的に言えば、ノート二十冊分ほど!」
「ま、回るのはやめてもらって──」
影紬の制止も届かぬまま、ヴェペリアは高揚した勢いで一気にまくし立てる。
そのまま影紬を高く持ち上げ、勢いよく、その場でくるくると回り始めた。
「さあ、影紬! まずは私と一緒に、サバサの地をすべて緑色に染め尽くしましょう! 一緒に大地と緑に触れることで、豊かな家族愛を育むのです!」
「たすけ──」
最後まで言わせることなく、影紬を掲げるように抱え上げたヴェペリアは、そのままの勢いで駆け出した。
「……」
あまりにも一瞬の出来事だった。
誰もが言葉を失い、ただその背中を見送ることしかできなかった。
唖然として立ち尽くしていると、やがて、ぺことダークフェニックスがこちらへ戻ってくる。
「──伝えるのは私ではなく、あなたのほうが良いでしょうね……」
「そうだな。だが、本当に良かった。これで我らの心配は――どうしたのだ?」
「ああ、いや……。子供は元気なのが一番だなって」
「……?」
俺はヴェペリアが消えていった方向を一度だけ見やり、ぽつりと答える。
ぺこは意味が分からないという顔で首を斜めに傾けた。
・・・・・
戻ってこないヴェペリアと影紬のことはいったん脇に置き、俺たちは腰を落ち着けて話し合うことになった。
通されたのは、おそらく王族の私室であった部屋だ。庶民である俺が気軽に足を踏み入れていい場所ではなく、背中のあたりがむず痒くなるような、落ち着かない居心地の悪さを覚える。
だが、ぺこもイリアス様もブラディも、そんな空気を気にする様子はまったくなかった。
皆それぞれ自然に椅子へ腰掛け、この部屋の格など意にも介さず、当たり前のように場に馴染んでいる。その様子を見て、立場や経験の差というものは、こういうところで如実に現れるのだと痛感した。
俺のすぐ隣に腰を下ろしたぺこは、心底めんどくさそうな様子で頬杖をついた。
「サム……リーパーに偵察をしてもらって分かったのだがな。どうも、サバサ軍と天使軍が手を組んで、この地を奪還しようとしているようなのだ」
「……うーん、それは困ったな」
「まあ、当然の動きでしょうね。向こうからすれば、自分たちの領地を完全に乗っ取られている状態ですから」
イリアス様の冷静な言葉に、俺は腕を組んで唸ってしまう。
向こうから見れば、突然ぺこが現れ、気がついたときにはサバサを支配されていた――そう受け取っているのだろう。一刻も早く奪還したいと考えるのは、至極もっともな話だった。
そして厄介なことに、強奪であるという見方自体、完全に否定できない。
一応、魔界サバサの領主はぺこだ。
邪神様から正式に統治を任されている以上、その立場そのものに偽りはない。だが、世界が合一するという前代未聞の事態を前にして、その“権利”がどこまで通用するのかは分からなかった。
法も前例もない。
事態は複雑怪奇で、どう転ぶのか予測がつかず、どうにも厄介だ。
「世界が合体した場合、土地の領有権はどうなるのだ? 我は邪神様から統治を任された以上、正式にこの地の領有権を持っていると思うのだが……」
珍しく、ぺこが法律や制度といった側面を気にしている。
力で押し通すこともできる立場でありながら、あえて筋を通そうとしているあたり――それは、邪神様の存在を強く意識しての判断なのだろう。
自分の都合ではなく、邪神様の立場や名誉まで考えた上で動いている。
その姿勢に、俺はぺこという存在の根っこのようなものを垣間見た気がした。
母を思い、母の名を汚さぬように振る舞おうとするぺこを、俺は心底、素敵だと思う。
「権利など気にせず、力ずくで奪い取れば良いだろう! ワーハッハッハ! 我の得意分野だ!!」
「お前の城、一週間に一度はクーデターが発生して、城主が変わっているだろうが。爪の欠片たりとも頼る気にならんわ」
即座に切り捨てられ、ブラディは言葉に詰まる。
「……我がここに来る前は、エクレアお姫様が城主になっておったなあ……。最近では、うさこやもふゆ、あのクロムにまで乗っ取られることがあるし……我のカリスマ性は、いったいどこへいってしまったのか……」
ずーん、と音がしそうなほど、目に見える負のオーラを放ちながら、ブラディは机に突っ伏した。
完全に話題が逸れているので、俺はそっと無視を決め込む。
「……このまま占領し続けないか? そうすれば、サバサを勝手に農地にした賠償金も払わなくて済むし、食費を気にしなくていいし……」
「何を言っているのですか、このアホ冒険家は。……ですが、このまま土地を返すのは、私も反対です。空腹のぺこをそのまま放り出すことになりますからね」
「話し合いの場は設けれなかったのか?」
せめて交渉の余地さえあれば、事態はもう少し穏便に進むかもしれない。
そんな淡い期待を胸に、俺は問いかけた。
「一度、我の分裂体にお菓子を持たせて送ったが……天使たちに攻撃されてしまってな。門前払いよ。代わりにサムを送っても、洗脳されたとしか思われんだろう」
その答えに、俺は思わず口をつぐんだ。
状況を知らない相手からすれば、確かにそう見えるだろう。
ぺこの存在そのものが、災厄の象徴として語られてきた存在なのだ。
いまさら『話し合おう』と言われても、信じろという方が無理がある。
「……それは、仕方ないでしょうね。おそらく、自分たちがお菓子にされると思われたのでは? 蛭蟲が話し合おうと言って、それを素直に信じる天使は居ないでしょうから」
そう言って、イリアス様も頬杖をついた。
「だろうな……。こうなれば、裁判所で訴えて解決してやろうか。……弁護は玉藻かアイシスに任せたいが、どこに居るのやら」
冗談めいた様子で、ぺこがそう言う。
アイシスの名前を聞いたことで、俺は別の引っかかりを思い出す。
「そういえば、他の仲間について情報はないのか?」
「我はこの土地を整えるので手一杯だったからな……正直、ほとんど分からん。外の情報を集めようと思っていた矢先に、ヴェークが来たのだ」
「そうだったのか」
どうやら、他の力の同盟の仲間について、ぺこは情報を持っていないようだ。
「向こうの勢力は恵みのオアシスに陣を張り、義勇兵も募っている。完全にやる気だな。……まあ、我が負けることはないが。だが、ヴェペリアや、ヴェークの友人に血なまぐさい思いはさせたくないぞ……」
ぺこはそう言って、また唸る。
俺も同じようにうんうんと唸って策を考えていると──イリアス様が沈黙を切り裂いた。
「……ヴェーク、あなたが行ってみてはどうです?」
「えっ、俺ですか?」
あまりに唐突な提案に、思わず瞬きをする。
「そうです。……思い出したら腹が立ってきましたが、あなたの本は世界で一番のヒット作。名はよく知られていますし、南の勇者として助太刀に来たと言えば、歓迎されるでしょう」
そう言われ、俺はハッとなる。
確かに俺なら、少なくとも門前払いはされにくい。敵意を向けられる前に話を聞いてもらえる可能性はある。上手くいけば、話し合いの場を整えることくらいはできるかもしれない。
「でも、説得しないと駄目なんですよね? 正直、上手くやれる気がしないんですが……」
「そこは私がフォローするので問題ありませんよ。深謀遠慮たるこの私がついているのです。何も心配することはありません」
そう言って、イリアス様は得意げに指を一本立て、堂々としたドヤ顔を決めた。
その自信満々な態度が、かえって不安を煽ってくるが……俺は何も言わず、口を閉じる。口は災いの元とは、よく言ったものだ。
「……本当に大丈夫か……?」
机に突っ伏していたブラディが、ようやく頭を上げ、ぼそりと呟く。
まさに、俺が言いたかったことそのままだった。
「問題なかろう。この女神は、裏でコソコソ立ち回ることに関しては一級品だ。権謀術数に関しては、邪神様でも敵わん」
相手を貶しているのか、それとも本気で評価しているのか、判然としない物言い。
だが、ぺこはどうやら心底そう思っているらしかった。
「ふふ……褒め言葉として受け取っておきましょう。では、早速向かいますよ」
こうして俺たちは、衝突を回避するため――。
サバサ軍と天使軍が合同で築いた陣地へと向かうことになった。