進め! 我らは力の同盟!   作:クラウス道化

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(6)戦争を回避しよう! 力の同盟!

 なんとか意識を失って倒れるだけで済んだ俺を、複数のぺこが寄ってたかって起こしてくれた。

その光景を視界に収めた瞬間、またぶっ倒れそうになるが、今度は必死に気合を入れて踏みとどまる。

 

「悪い……。ちょっと衝撃が大きすぎて、目眩が……」

 

「まったく、我を驚かせおって。ちょっと分裂しただけでないか。友人のサムだっていっぱい居たのに、何を驚愕することがあるのだ?」

 

 腕を組んだぺこが、呆れたようにため息をつく。

 

「いや、驚くだろ……」

 

 思わず即答してしまった。

サムの件も、まだ頭の中で整理しきれていない。あれだって十分すぎるほど非常識だったのに、そこへ追い打ちをかけるような、ぺこの大集団である。

 

 泣き叫びながらその場にへたり込まなかっただけ、自分を褒めてやりたい。

むしろ、しっかりと受け答えをしている俺は、かなり健闘している方ではないだろうか――そんなことを考えて、ようやく少しだけ気分が落ち着いてきた。

 

「ヴェペリアは喜んでくれたのだから、お前も喜ぶといい」

 

「好きなものは、いっぱいあったほうがいいからな」

 

「我が死んでも代わりはいるものだぞ……」

 

 そう言って、にこにことした笑顔が並ぶ。

視界がまたぐらりと揺れた。

 

「ああ、そうか。食費の心配をしていたのだな。まあ、それは仕方ないだろう」

 

「ヴェペリアも懸念していたからな……」

 

「うおォン……今の我は制御不能の核熱エンジンだ……」

 

 ぺこの一人が近づいてきて、俺の胸をツンツンと指で突いた。

 

 ここにいるのは、ぺこ本人ではない。

正確には、全員が“分裂体”なのだという。だが、どれも本体と区別がつかず、意思も感情も完全に共有されているそうだ。便利なことに、全員の胃袋は共有されており、誰が食事をしても満腹感を得られるらしい。

 

 一応、一人に戻ることも可能らしい。

だが、『便利だから』という理由で、今は百体ほどに分裂しているのだそうだ。

 

「主に、サムに任せるには少々危険な仕事を引き受けていた。地下水を汲み上げる装置を地下深くに設置したり、建物を一から建造したり、あるいは解体や改築をしたりとな。肉体労働ばかりだったが、なかなか楽しかったぞ?」

 

「そういえば、ヴェークも無人島で家の改修をやってましたね。場所も状況も違うのに、どうして同じようなことをして、しかも楽しんでいるのですか」

 

 淡々と問い返すイリアスに、ぺこは待ってましたとばかりに胸を張った。

 

「愛だ、愛だぞイリアス……。たとえ離れていようとも、心は繋がっているということよ」

 

「……ただの偶然では?」

 

 影紬が呆れたように小さく呟く。

だが、ぺこはその指摘など意にも介さず、満足げな表情のままだった。

 

 そのとき、先ほどまで固まって沈黙していたブラディが、ようやく動き出す。

数歩前に出て、柔らかな笑顔を浮かべながら、ぺこの正面に立った。

 

「ぺこ殿! 我が遊びに来たぞ!」

 

「ああ、ポンコツドラ──んんっ、ブラディか。よく来たな。我の作ったニューサバサを、存分に楽しんでいくといい」

 

 ぺこはわざとらしく咳払いを一つしてから言い直す。

 

「うむ! そうさせてもらおう!」

 

 対するブラディは、全く気にする様子はなかった。

 

「そういえば、元の住民はどうしたんだ?」

 

 天界にいた天使たちと、特異点世界に存在していたサバサの住民がいたはずだ。

魔界のサバサについては、ぺこが『食べ尽くした』そうなので、住民はぺこ一人だけだったはず。そう考えると、複数のサバサが合一した時点で、少なくとも天界と特異点世界――この二つの世界の住民は、確かに存在していたはずなのだが。

 

「うーむ、実は困ったことになっていてな。まずは、我の本体とヴェペリアが居る城へ向かおうではないか」

 

 そう言って、ぺこは踵を返す。

こうして俺たちは、新たに築かれたサバサの中心――サバサ城へと向かうことになった

 

 ・・・・・ 

 

 城へ向かう道中、ぺこはこれまでに起きた出来事を語ってくれた。

俺がタルタロスで落下した直後、ぺことヴェペリアは後を追おうとしたらしい。

 

 だが、それをミクリとエクレア、そしてアイシスが制止した。

シェーディがハーピーの羽を使い、タルタロスからの離脱を試みることになったのだという。

 

「しかし、どうにも様子がおかしくてな。まるで洗濯マキナの中に放り込まれたように、我らはしばらくの間、ぐるぐると回転し続けた」

 

 肩をすくめながら語るぺこの口調は、深刻さとは程遠く、どこか愉快そうだ。

 

「最後に見た光景といえば、回転酔いしたエクレアがキラキラを吐き出し、それがミクリの顔面に直撃するところか……。あまりにも面白すぎて、ヴェペリアと二人で笑っていたら、次の瞬間にはサバサ城に立っていてな」

 

 どうやら脱出の際、ハーピーの羽は本来の役割を果たさなかったらしい。

全員がそれぞれ別の方向へと弾き飛ばされ、その結果、ぺことヴェペリアだけがサバサ城へ辿り着いた、というわけだ。

 

「そこで、魔界の我と鉢合わせしてな。向こうはひどく困惑した様子で、反射的に我の腕を掴んだ。その瞬間――合一してしまったのだ」

 

 ぺこはあっさりと言う。

 

「まあ、魔界の我は日頃から分裂を繰り返しておったからな。異なる自分同士での記憶のすり合わせも、特段苦労はせんかったわ」

 

 特異点世界のぺこと、魔界のぺこが一つに戻ったこと自体は、彼女にとって大きな問題ではなかったらしい。

 

 しかし、その直後、天界サバサに駐留していた天使たちとの衝突が発生した。

合一を経たばかりのサバサは一時的に統制を失い、城下は混乱の渦に叩き込まれたという。

 

 もっとも、戦闘が長引くことはなかった。

途中から天使軍とサバサ軍は状況を共有し、互いに協力して撤退を最優先とする判断を下したためだ。結果として怪我人こそ出たものの、少なくとも向こう側の勢力に死者は出なかったらしい。

 

 ぺこ自身にも、それ以上深追いをする理由はなかったので、そのまま彼らを見逃したという。

そして最終的に――サバサは、ぺこの手によって完全に制圧されることになった。

 

「あの檻に捕らえられているガブリエラは、どうしたのです?」

 

「少しの合間、戦いになった。だが、ヴェペリアが途中から我に加勢してな。そうしたら、すぐさま逃げようとしたから――パクっと丸呑みにして、捕らえてやったわ」

 

「ううむ……。やはり、奴と同盟を結ぶのは良くなかったのだな……」

 

 ブラディが渋い顔をして、しみじみと呟く。

 

「落ち着いたころ、サバサに残っておったのは、我とヴェペリア、それにサムが何人かだけだった」

 

「サムは……逃げなかったのか?」

 

「いや。何名かの天使が、そこそこの数を必死な様子で外へ逃がしたが……我が、ほとんど連れ戻した。働き過ぎて弱っているサムに、砂漠は堪えると思ってな。ヴェークの知人に、ひもじい思いはさせたくないと思ったのだ」

 

 サバサを完全に制圧したあと、ぺこはヴェペリアとともに、この地を離れるつもりだったそうだ。

統治は分裂体に任せるようにして、用意が終わった矢先に──問題が発生した。

 

「街を離れてしばらくしてから気づいたのだが、食欲が以前と同じほどに戻っていてな。まあ、昔よりは多少マシではあるが……合一の影響だろう。我は、回れ右でサバサへ戻った」

 

 軽い口調とは裏腹に、その内容は決して笑い話ではない。

 

 ぺこはサバサから出ることを諦め、ここに留まる選択をした。

そして、手持ちの食糧を食べ尽くす前に、何としてでも早急に食べ物を確保する必要があったのだ。

 

「そこで、修羅世界でガブリエラが活躍していたのを思い出した……。プロメスティンのように、脳に爆弾を埋め込もうとしたのだが、これが失敗してな。一時期、『あぷぷーぷりぷりー』としか喋らなくなったときは、本当に焦ったぞ……」

 

「そ、それは危なかったな……」

 

「『チョワヨーチョワヨー』とも言っていたか……? ともかく、試行錯誤の末、今のガブリエラ・コアを作り上げたのだ。地下水に栄養価の高い水を混ぜ、サバサ中に循環させている」

 

 捕らえていたガブリエラを脅し、さまざまな食用植物を生み出させたらしい。

さらに、サムたちにも協力を仰ぎ、規模を拡大しながら本格的な栽培体制を築き上げていったという。

 

「最初は苦労したが、今は我の食欲と拮抗する量の作物が収穫できるようになったぞ。今この瞬間も、地上で作られた料理がベルトコンベアで運ばれ、地下に居る複数の我が食事をして、胃を満たしておる」

 

「良かった。でも……拮抗してる状態なんだな……」

 

 安定ではなく、均衡。

一歩踏み外せば、たちまち崩れてしまう、きわめて危うい状態なのだろう。

 

 俺が持っている食糧の詰まった袋を差し出したところで、焼け石に水に過ぎない。

この状況を根本からどうにかする策を、考えなくてはならなかった。

 

「それは……困りましたね。その状態では、私たちについて来ることは難しいのではないですか?」

 

「そうだな。分裂体でついて行ったとしても……距離が開いてしまうと、胃との無線接続が途切れてしまうからな」

 

「……無線接続?」

 

 影紬が、心底理解できないといった表情で小さく呟く。

ぺこの胃袋はそもそも常識の埒外にある不思議空間だ。俺はこれまでに何度か呑み込まれたことがあるので、その異常さについては身をもって知っている。

 

「そうなれば、また暴走してしまうだろうな……。さて、あとは城に居る本体の我に聞いてくれ」

 

「ありがとう、ぺこ」

 

 俺が感謝を伝えたところで、足が止まる。

気がつけば、緑一色のサバサ城の正面に辿り着いていた。

 

 ・・・・・ 

 

 あくせくと働くぺこや、せわしなく動き回るサムの群れを横目に、俺たちはサバサ城の内部を進んでいく。

……途中、やけに白い親方と、紫色の親方が並んで歩いていたような気もしたが、深く考えるとろくなことにならない。

 

 疲れているのだ。

きっと、気の所為に違いない。

 

「──父上のためなら、エイヤコラー! 母上のためなら、エイヤコラー!」

 

 元気のいい掛け声が、やけに広い空間に響いている。

 

「お嬢様、ここの土がまだ固いです。それに、正しい姿勢を意識して、もう少し鍬を上手に使えるようになりましょうね」

 

「ううっ、サムは厳しいですね。ですが、これも農業の発展、そして平等な未来のため──あっ! 父上!!」

 

「ヴェペリア!」

 

 ──サバサ城の三階。

 

 おそらく王の間であったであろう広い部屋に、ヴェペリアはいた。

内部には水路が張り巡らされ、床や壁際のあちこちには畑まで設えられている。天井からは柔らかな光が降り注ぎ、空間全体が温度と湿度を保たれた、巨大な温室のような構造を成していた。

 

 ……これを目にしたサバサの人々や王家の方々は、いったい何を思うのだろうか。

想像した途端、胸の奥がひやりとした。俺は少し怖くなり、その考えを意識の外へ追いやる。

 

 ヴェペリアは手にしていた鍬をその場に置くと、弾むような足取りでこちらへ駆け寄ってきた。

俺も反射的に一歩前へ出て、その身体をしっかりと抱き止める。

 

「元気そうで良かった……。心配をかけたみたいだな、悪かった」

 

「いいえ。私は信じていましたよ。父上なら、放っておいても帰ってくるって」

 

「……なんか、言葉に棘がないか?」

 

「母上を心配させたバツですよ。あっ、ブラディも来てくれたんですね!」

 

「うむ! ヴェークを送り届けてやったぞ!」

 

 ひと通り言葉を交わし、俺は名残惜しさを感じつつも、ヴェペリアを抱きしめる腕を解いた。

一歩下がった視線の先で、彼女の背後に立つ影が目に入る。

 

 ――ぺこだ。

彼女が本体だろう。

 

「……うーむ。ヴェーク、雰囲気が変わったか?」

 

 探るような視線が向けられる。

ぺこは俺の周囲をぐるりと回り込み、伸ばした触手でペタペタと鎧に触れてきた。その動きは軽いが、視線は鋭い。おそらく、ダークフェニックスの力を感知しているのだろう。

 

 流石は伝説の六祖。

隠しているつもりでも、誤魔化しは利かないらしい。

 

「分かるか? 実は──」

 

 俺はこれまでに起きた出来事を、順を追ってぺことヴェペリアに話した。

タルタロスを出たあとのこと、そしてダークフェニックスとの接触についても、包み隠さず。

 

「ふむ、ダークフェニックスか。……少し、そやつと話せるか?」

 

「多分、呼んだら来てくれると思うけど……」

 

 俺は心の中で、ダークフェニックスの名を呼ぶ。

すると、呼び出し音のような感覚が何度か響き――次の瞬間、体の内側から黒い炎が吹き出した。黒い炎は空中でぐにゃりと形を変え──ダークフェニックスの姿になる。

 

「要件は分かっているわ……。私と話したいそうね?」

 

「ああ、そうだ。……一つ、確認しておきたい。お前に伝えたことは、ヴェークにも伝わったりするのか?」

 

「いえ、それはないわね。……場所を変えましょう」

 

 そう告げるや否や、二人は周囲の反応を待つこともなく、その場から姿を消してしまった。

取り残された形になってしまったが、俺は気持ちを切り替え、ヴェペリアをイリアス様と影紬に紹介することにした。

 

「イリアス様、影紬。俺とぺこの子供──ヴェペリアです」

 

「えっ、イリアス様……?」

 

 一瞬だけ目を見開いたあと、ヴェペリアははっとしたように背筋を伸ばす。

そして、慌てながらも姿勢を正した。

 

「あっ、これは失礼いたしました。私はヴェペリア・ペコ。ヴェーク・ペコと、蛭蟲・ペコの娘になります」

 

 そう名乗ると、彼女は迷いのない動作でイリアス様の前に跪いた。

陽絹に礼儀作法を学んでいるだけあって、その所作は実に丁寧で、隙がない。

 

 その姿を見た瞬間、胸の奥がきゅっと締めつけられる。

立派になったな、と。あまりにも当然の感情が込み上げてきて、俺は思わず涙ぐんでしまった。

 

 兜の中の湿度は、温室なんかよりも、よっぽどシケっている。

一方で、イリアス様はというと、ヴェペリアの所作を前に、わずかに目を丸くしていた。

 

「……丁寧なご挨拶で。ほんとうに蛭蟲の娘か、少し疑いたくなりますね……」

 

 一瞬だけ言葉を切り、イリアス様は軽く咳払いをする。

 

「──ごほん。私は創世の女神イリアス。父と同様、これからは私にも奉仕するのですよ」

 

「はい、イリアス様。それと……」

 

「ええい、我の背中に隠れるでない。ほれ」

 

「……どうも?」

 

 ブラディに腋を掴まれ、そのまま差し出される影紬。

その光景を目にしたヴェペリアは、はっとしたように目を見開き、次の瞬間には相手の姿をまじまじと見つめていた。

 

「あなたが、陽絹さんの娘さん……。そして──私の妹!」

 

 一拍置いて、ヴェペリアの口元がゆっくりと緩む。

 

「ふふっ……ふふふふっ!!」

 

「わっ、なっ、何を──」

 

 影紬が何かを言い終える前に、ヴェペリアは目を輝かせ、ブラディの手から影紬を受け取った。

そして──。

 

「瑠渦さんから話を聞いて、ずっと妹が欲しかったんです! 一緒にやりたいことも、考えたいことも、たっくさんあります! 具体的に言えば、ノート二十冊分ほど!」

 

「ま、回るのはやめてもらって──」

 

 影紬の制止も届かぬまま、ヴェペリアは高揚した勢いで一気にまくし立てる。

そのまま影紬を高く持ち上げ、勢いよく、その場でくるくると回り始めた。

 

「さあ、影紬! まずは私と一緒に、サバサの地をすべて緑色に染め尽くしましょう! 一緒に大地と緑に触れることで、豊かな家族愛を育むのです!」

 

「たすけ──」

 

 最後まで言わせることなく、影紬を掲げるように抱え上げたヴェペリアは、そのままの勢いで駆け出した。

 

「……」

 

 あまりにも一瞬の出来事だった。

誰もが言葉を失い、ただその背中を見送ることしかできなかった。

 

 唖然として立ち尽くしていると、やがて、ぺことダークフェニックスがこちらへ戻ってくる。

 

「──伝えるのは私ではなく、あなたのほうが良いでしょうね……」

 

「そうだな。だが、本当に良かった。これで我らの心配は――どうしたのだ?」

 

「ああ、いや……。子供は元気なのが一番だなって」

 

「……?」

 

 俺はヴェペリアが消えていった方向を一度だけ見やり、ぽつりと答える。

ぺこは意味が分からないという顔で首を斜めに傾けた。

 

 ・・・・・ 

 

 戻ってこないヴェペリアと影紬のことはいったん脇に置き、俺たちは腰を落ち着けて話し合うことになった。

通されたのは、おそらく王族の私室であった部屋だ。庶民である俺が気軽に足を踏み入れていい場所ではなく、背中のあたりがむず痒くなるような、落ち着かない居心地の悪さを覚える。

 

 だが、ぺこもイリアス様もブラディも、そんな空気を気にする様子はまったくなかった。

皆それぞれ自然に椅子へ腰掛け、この部屋の格など意にも介さず、当たり前のように場に馴染んでいる。その様子を見て、立場や経験の差というものは、こういうところで如実に現れるのだと痛感した。

 

 俺のすぐ隣に腰を下ろしたぺこは、心底めんどくさそうな様子で頬杖をついた。

 

「サム……リーパーに偵察をしてもらって分かったのだがな。どうも、サバサ軍と天使軍が手を組んで、この地を奪還しようとしているようなのだ」

 

「……うーん、それは困ったな」

 

「まあ、当然の動きでしょうね。向こうからすれば、自分たちの領地を完全に乗っ取られている状態ですから」

 

 イリアス様の冷静な言葉に、俺は腕を組んで唸ってしまう。

向こうから見れば、突然ぺこが現れ、気がついたときにはサバサを支配されていた――そう受け取っているのだろう。一刻も早く奪還したいと考えるのは、至極もっともな話だった。

 

 そして厄介なことに、強奪であるという見方自体、完全に否定できない。

 

 一応、魔界サバサの領主はぺこだ。

邪神様から正式に統治を任されている以上、その立場そのものに偽りはない。だが、世界が合一するという前代未聞の事態を前にして、その“権利”がどこまで通用するのかは分からなかった。

 

 法も前例もない。

事態は複雑怪奇で、どう転ぶのか予測がつかず、どうにも厄介だ。

 

「世界が合体した場合、土地の領有権はどうなるのだ? 我は邪神様から統治を任された以上、正式にこの地の領有権を持っていると思うのだが……」

 

 珍しく、ぺこが法律や制度といった側面を気にしている。

力で押し通すこともできる立場でありながら、あえて筋を通そうとしているあたり――それは、邪神様の存在を強く意識しての判断なのだろう。

 

 自分の都合ではなく、邪神様の立場や名誉まで考えた上で動いている。

その姿勢に、俺はぺこという存在の根っこのようなものを垣間見た気がした。

 

 母を思い、母の名を汚さぬように振る舞おうとするぺこを、俺は心底、素敵だと思う。

 

「権利など気にせず、力ずくで奪い取れば良いだろう! ワーハッハッハ! 我の得意分野だ!!」

 

「お前の城、一週間に一度はクーデターが発生して、城主が変わっているだろうが。爪の欠片たりとも頼る気にならんわ」

 

 即座に切り捨てられ、ブラディは言葉に詰まる。

 

「……我がここに来る前は、エクレアお姫様が城主になっておったなあ……。最近では、うさこやもふゆ、あのクロムにまで乗っ取られることがあるし……我のカリスマ性は、いったいどこへいってしまったのか……」

 

 ずーん、と音がしそうなほど、目に見える負のオーラを放ちながら、ブラディは机に突っ伏した。

完全に話題が逸れているので、俺はそっと無視を決め込む。

 

「……このまま占領し続けないか? そうすれば、サバサを勝手に農地にした賠償金も払わなくて済むし、食費を気にしなくていいし……」

 

「何を言っているのですか、このアホ冒険家は。……ですが、このまま土地を返すのは、私も反対です。空腹のぺこをそのまま放り出すことになりますからね」

 

「話し合いの場は設けれなかったのか?」

 

 せめて交渉の余地さえあれば、事態はもう少し穏便に進むかもしれない。

そんな淡い期待を胸に、俺は問いかけた。

 

「一度、我の分裂体にお菓子を持たせて送ったが……天使たちに攻撃されてしまってな。門前払いよ。代わりにサムを送っても、洗脳されたとしか思われんだろう」

 

 その答えに、俺は思わず口をつぐんだ。

状況を知らない相手からすれば、確かにそう見えるだろう。

 

 ぺこの存在そのものが、災厄の象徴として語られてきた存在なのだ。

いまさら『話し合おう』と言われても、信じろという方が無理がある。

 

「……それは、仕方ないでしょうね。おそらく、自分たちがお菓子にされると思われたのでは? 蛭蟲が話し合おうと言って、それを素直に信じる天使は居ないでしょうから」

 

 そう言って、イリアス様も頬杖をついた。

 

「だろうな……。こうなれば、裁判所で訴えて解決してやろうか。……弁護は玉藻かアイシスに任せたいが、どこに居るのやら」

 

 冗談めいた様子で、ぺこがそう言う。

アイシスの名前を聞いたことで、俺は別の引っかかりを思い出す。

 

「そういえば、他の仲間について情報はないのか?」

 

「我はこの土地を整えるので手一杯だったからな……正直、ほとんど分からん。外の情報を集めようと思っていた矢先に、ヴェークが来たのだ」

 

「そうだったのか」

 

 どうやら、他の力の同盟の仲間について、ぺこは情報を持っていないようだ。

 

「向こうの勢力は恵みのオアシスに陣を張り、義勇兵も募っている。完全にやる気だな。……まあ、我が負けることはないが。だが、ヴェペリアや、ヴェークの友人に血なまぐさい思いはさせたくないぞ……」

 

 ぺこはそう言って、また唸る。

俺も同じようにうんうんと唸って策を考えていると──イリアス様が沈黙を切り裂いた。

 

「……ヴェーク、あなたが行ってみてはどうです?」

 

「えっ、俺ですか?」

 

 あまりに唐突な提案に、思わず瞬きをする。

 

「そうです。……思い出したら腹が立ってきましたが、あなたの本は世界で一番のヒット作。名はよく知られていますし、南の勇者として助太刀に来たと言えば、歓迎されるでしょう」

 

 そう言われ、俺はハッとなる。

確かに俺なら、少なくとも門前払いはされにくい。敵意を向けられる前に話を聞いてもらえる可能性はある。上手くいけば、話し合いの場を整えることくらいはできるかもしれない。

 

「でも、説得しないと駄目なんですよね? 正直、上手くやれる気がしないんですが……」

 

「そこは私がフォローするので問題ありませんよ。深謀遠慮たるこの私がついているのです。何も心配することはありません」

 

 そう言って、イリアス様は得意げに指を一本立て、堂々としたドヤ顔を決めた。

その自信満々な態度が、かえって不安を煽ってくるが……俺は何も言わず、口を閉じる。口は災いの元とは、よく言ったものだ。

 

「……本当に大丈夫か……?」

 

 机に突っ伏していたブラディが、ようやく頭を上げ、ぼそりと呟く。

まさに、俺が言いたかったことそのままだった。

 

「問題なかろう。この女神は、裏でコソコソ立ち回ることに関しては一級品だ。権謀術数に関しては、邪神様でも敵わん」

 

 相手を貶しているのか、それとも本気で評価しているのか、判然としない物言い。

だが、ぺこはどうやら心底そう思っているらしかった。

 

「ふふ……褒め言葉として受け取っておきましょう。では、早速向かいますよ」

 

 こうして俺たちは、衝突を回避するため――。

サバサ軍と天使軍が合同で築いた陣地へと向かうことになった。

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