出発に先立ち、待機していたイヌエルとプルエルを迎えに行った。
安全面を考えて、二人にはサバサで待機してもらう。
サバサ混成軍は、サバサから北東へ進んだ先にある、“恵みのオアシス”と呼ばれる場所に陣を敷いているという。
俺たちはガルダに乗り、その陣地の少し手前で降下した。直接乗り込めば、接触する前に警戒心を煽ってしまう恐れがあったためだ。
なお、ブラディもサバサで待機している。
彼女はワールドウォーカーでは明確な悪役として登場する存在であり、その雰囲気も相まって、敵側と受け取られる可能性が高い。加えて、以前に陽絹がやっていたクオリティの高い人形劇の影響もあり、どこかで彼女の顔を覚えている者がいても不思議ではなかった。
もし同行させれば、相手の態度を硬化させる要因になりかねない。
そうした諸々の事情を踏まえ、結果的に俺とイリアス様の二人だけで向かう形になった。
「物々しいですね。本当に入れてもらえるかな……」
「即席にしては見事なものです。流石はサバサ軍と言ったところでしょう。砂と樹脂を混ぜて建材を作り、それを固めて壁にしているのですね」
恵みのオアシスの周囲には、ぐるりと取り囲むように壁が築かれていた。
自然の地形を巧みに利用しつつ、短期間で構築されたとは思えないほどの完成度だ。さらにその外側には尖らせた丸太が隙間なく並べられ、侵入者を拒む意思がはっきりと示されている。
ガブリエラの配下には植物系の天使が多いと聞く。
ならば、この木の設置や壁の設営にも彼女たちが関わっているのだろう。
「現在、天使軍を率いているのはリファイール。そしてサバサ軍は、サバサ王かサラ女王のいずれかが指揮を執っているでしょう。どこかの天使と違って、どちらも理知的で誠実な人物です。話し合いの余地は、十分にあるはずですよ」
「なら、良かった」
サバサ王については、これまでに見聞きしてきた印象からしても、問題になるような人物ではないという確信があった。
その点に関しては、正直なところ、ほとんど心配していなかった。
ただ、リファイールに関しては話が別だ。
ガブリエラの部下であるという事実が、どうしても一抹の不安を呼び起こす。だが、イリアス様がここまで断言するのなら、大きな懸念と捉える必要はないのだろう。
俺とイリアス様は、天使と人間の兵が並んで警備に当たっている区画へと向かった。
上空から確認した限り、陣地の四方には出入り用の検問所が設けられ、いずれも相応の人員が配置されているのが見て取れた。そのうちの一つへ、俺たちは足を運ぶことになった。
近づくにつれて、こちらの存在に気づいた兵たちの空気が目に見えて変わる。
サバサ混成軍の兵士たちは一斉に俺たちを視認し、姿勢を正す。
「ここはサバサ奪還のための前線基地となっています。もしや、志願兵の方ですか?」
俺が応じようとするよりも早く、イリアス様が一歩前に出て兵士に語り掛けた。
「彼は、かの有名な南の勇者であり、冒険家のウォークです。此度のサバサの危機に、助力をしに参りました」
「──な、なんと! 高名な冒険家、南の勇者様でしたか……! し、失礼いたしました! 少々、お待ちください!」
驚愕を隠しきれない様子でそう言い残すと、兵士の一人が慌ただしく奥へと駆けていった。
それを合図にしたかのように、周囲の視線が一斉にこちらへ集まる。
気づけば、警備に当たっていた兵士や天使に、いつの間にか囲まれる形になっていた。
向けられる視線には、好奇心と警戒、そして期待が入り混じっている。その一つひとつがはっきりと感じ取れてしまい、俺はどう振る舞うのが正解なのか分からず、思わず立ち尽くしてしまった。
「へえ、あんたが南の勇者か! 表舞台には滅多に出ねえって話だが、こんなところで会えるなんて嬉しいねぇ!」
「……なんて覇気だ。本当に人間か? ともかく、来てくれて助かった。我々だけではどうにもならん」
「武王杯でのご活躍、拝見しておりました! あのグランベリアと刃を交えるお姿、今でもはっきり覚えております!」
「先程、北の勇者様が来られないとの連絡があり、士気がやや落ちていたのですが……南の勇者様が味方に付いたとなれば、心強いことはありません!」
「あー、ありがとう……」
矢継ぎ早に向けられる称賛と期待の言葉に、俺はどう反応していいのか分からず、曖昧な礼を返すしかなかった。
兵士や天使兵たちの歓待が純粋な善意から来るものだと分かってはいる。それでも、向けられる視線の数と熱量に、身体のあちこちがむず痒くなるような居心地の悪さを覚えてしまう。
とはいえ、少なくとも敵意は感じられなかった。
この場の空気であれば、こちらの話を頭ごなしに拒まれることはないだろう。その点だけは、素直に安心できる。
そんな中、先ほど奥へ引っ込んでいった兵士が戻ってきた。
その後ろには、明らかに立場の違う人物が控えている。サバサの紋章が刻まれた堅牢そうな鎧に身を包み、立ち姿にも無駄がない。纏う雰囲気からして、階級の高い騎士であることは一目で分かった。
「私はサバサ軍の将、サモンと申します! ようこそお越しくださいました、南の勇者殿! サバサ王がお待ちです。さあ、どうぞ中へ!」
こうして俺たちは、大勢の視線に見送られながら迎え入れられ、サバサ混成軍の陣地の奥へと進んでいくのだった。
・・・・・
騎士に案内され通されたのは、大型テントだった。
外観からして指揮所であることは明らかだったが、一歩中へ足を踏み入れた瞬間、その印象は確信へと変わる。空気が張り詰めており、否応なく俺の背筋が伸びた。
テントの中央には大きなテーブルが据えられ、その上には何本ものピンが打たれたサバサの地図が広げられている。
ここが単なる野営地ではなく、戦況を統括する中枢であることが一目で分かった。
「よくぞ来られた! 南の勇者よ!」
力強い声とともに、部屋の中央に立つ屈強な男がこちらを迎えた。
以前見かけたときは遠目だったが、その姿ははっきりと記憶に残っている。赤いマントを背負い、獅子を思わせる金髪をなびかせた威容──サバサ王だ。
その隣には、サバサの元女王にして現元首であるサラ女王が控えている。
さらに視線を移すと、植物を思わせる台座に腰掛けた天使の姿がある。柔らかな雰囲気とは裏腹に、静かに見定めているような眼差し──リファイールも、そこに居た。
「このような未曾有の危機に立ち上がってくれたことを、心より感謝する!」
「私もお父様と同じ気持ちよ。サバサ軍の兵士たちも、皆湧き上がっているわ」
俺は反射的に、深々と頭を下げようとした。
だが、その動きを待たず、サバサ王が一歩前に出て俺の手を取る。そして、豪快な笑みを浮かべたまま、彼は何度も俺の手を上下に振った。
「えっと……お会いできて光栄です、サバサ王。南の勇者です」
名乗りながらも、内心ではわずかな居心地の悪さを覚えていた。
立場だけを見れば、俺はどちらかと言えば、こちらの勢力にとって敵に近い存在だ。そう思っていると、イリアス様がリファイールに近づいていった。
「さて、私から改めて挨拶する必要はありますか?」
「──っ! 再びお目にかかることができますとは……。このリファイール、心より嬉しく思います。小イリアス様……」
リファイールははっとしたように息を呑み、慌てて台座から降りると、その場に跪いた。
サバサ王とサラ女王は、揃って目を見開き、驚愕の表情でイリアス様を見つめた。
「なんと……! イリアス様! ご無事であられましたか!」
「ポケット魔王城が襲撃され、離れ離れになったと聞いて心配していました。またお会いできて、本当に嬉しく思います」
そういえば、この二人もルカくんの旅に同行していたのだった。
俺がサバサ王の手を離した、そのわずかな間を見計らうようにして、イリアス様が一歩前へと進み出た。
「今回、私たちはサバサを救うため、この地に赴きました」
その一言で、場の空気がさらに引き締まる。
「サバサを我が物顔で蹂躙する蛭蟲は、我々にとって忌まわしい存在。このまま見過ごすわけにはいきません。それに、連れ去られたサムについても心配です」
「奇跡的に、サバサの民を全員退避させることに成功しましたが……。住居と食糧の不足が深刻な状態であり、早急に手を打たねばなりませぬ」
「グランドールや周辺の村々に疎開させていますが、あくまでも一時的な措置。このままでは、いずれ限界を迎えてしまうでしょうね……」
三者は揃って深刻な表情を浮かべた。
国を占領されている状況なのだから、無理もない。イリアス様は腕を組み、三人の言葉を受け止めるように、静かに、しかし何度も小さく頷いている。
「荒唐無稽だと思うかもしれませんが……。その問題を、一挙に解決する方法があると言えば……どう思います?」
その言葉が投げかけられた瞬間、リファイール、サバサ王、サラ女王の表情が一斉に変わった。
驚きと戸惑い、そして僅かな希望が入り混じった眼差しが、イリアス様へと集まる。
俺はそのやり取りを邪魔しないよう、壁際に立ち、存在感を極力薄めて成り行きを見守った。
「小イリアス様……本当に、そのようなことが可能なのでしょうか?」
抑えた声色ではあるが、そこには切実な疑念が滲んでいた。
「……なにか、具体的な作戦がお有りのようだ。ぜひ、お聞かせ願いましょう」
重々しい空気の中、サバサ王がそう促す。
「簡単な話です。蛭蟲──いえ、ぺこと和平を結ぶのですよ」
イリアス様はそう言うと、三人は更に驚嘆した様子を見せた。
・・・・・
イリアス様は、現在のサバサが置かれている状況。
そして蛭蟲──ぺこについて、三人に順を追って説明していった。
俺も、要所要所でイリアス様から話を振られ、そのたびに補足する形で会話に加わる。
今の蛭蟲が無差別に暴れる存在ではないこと、見境なく人や物を食べたりしないこと、そしてきちんとした意思疎通が可能であることを、できるだけ具体的に伝えた。
「いや……まさか、そのようなことが……」
「ありえるのですよ、リファイール。現に私たちはサバサに立ち寄り、こうして無事にここへやって来ました。サムたちは全員無事でしたし、蛭蟲はこちらに一切手出しはしませんでした」
「俺も保証します。ぺこは食欲をきちんとコントロールしていますし、これから誰かを傷付けることもありません」
「むう……しかし……」
サバサ王は難色を示す。
それもそうだろう、食糧を大量生産しているとはいえ、今のぺこは薄氷の上に立っているような状態。
国を担う立場にある者として、希望だけで決断するわけにはいかない。
その慎重さは、王として極めて真っ当なものだった。
「到底足りないと思うのですが……。もしもの場合、南の勇者ヴェークと、サバサ城に滞在している変なドラゴンが腹を切ってお詫びすると約束しましょう」
「──!?」
俺は思わず物凄い速度で首を動かし、イリアス様を見た。
それに対し、彼女はにっこりとした笑顔で俺を見て答える。その表情には、一切の冗談めいた色がなかった。
……まあ、自分の命をかけるのはそれほど惜しいとは思わない。
ぺことヴェペリアのためになるのだ。それくらいの覚悟は決めていた。
「現在、サバサは蛭蟲とサムの手によって、大規模な改築が行われています。見たところ、サバサの民と天使を受け入れても、まだ十分な余裕があるでしょう。食糧についても、問題はありません」
「しかし……蛭蟲が消費しているのでしょう?」
「ぺこの食べる量を1%でも削れば、ここの人たち全員が食べる分は確保できると思いますよ。それに、許可をいただければ、サムとぺこの分裂体で農地や牧場を拡大する手筈も整えられます」
「……我々が、サムに救われるとは……。なんたる皮肉よ……」
そう呟くと、リファイールは静かに目を閉じた。
天界サバサでの、サムのことを悔やみ続けている天使が多いと聞く。彼女もまた、その一人だったのだろう。
「……お父様。ここは一度、人を派遣してみるのはどう?」
「ふむ……」
サバサ王は顎に手を当て、しばし考え込む素振りを見せた。
おそらく、断った場合はどうなるか考えているのだろう。
やがて、サバサ王は力強く頷いた。
「──では、南の勇者殿とイリアス様を信じ、ここは一度、話し合いの場を設けよう」
「ありがとうございます!」
思わず声が弾み、俺は深く頭を下げて三人に感謝の意を示した。
これで、出会い頭に衝突する最悪の事態は避けられる。状況は、確実に前へと進んだ。
「会談に関しては、首脳陣が直接向かおうと思う。今のサバサの状況を自分の目で把握したい。それに、我々が矢先に立つことで民や兵に示しもつく。それと……」
そこまで言って、サバサ王は言葉を切り、やや申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「今回、我々は義勇兵を多く募っていてな。その中に、“ヒーロー連合”と呼ばれる集団も含まれているのだ。はるばる来てくれた彼らに、何もなしで帰すのは忍びない。そこで、彼らに護衛を頼みたいのだが……」
「十五人ほどだから、ついてくるのに丁度いい人数じゃないかしら?」
「……」
イリアス様はしばらく考えたあと、答えを返した。
「問題ないでしょう。では、会談の日時を──」
場の空気が定まった。
こうして、イリアス様が主導する形で、和平会議が行われることが正式に決定したのだった。
・・・・・
しばらく話し合いを重ねた結果、和平会談は三日後に行われることになった。
サバサ王はこの決定を受け、兵士や天使軍の前に立って自ら演説を行い、正式に発表。
最初は戸惑いや懐疑の色を隠せなかった兵たちも、王の真摯な言葉と態度を前に、やがて全員が納得してくれた。
ぺことイリアス様の話を聞いていた限りでは、もっと強引で、あくどい方法を取る可能性もあるのではと思っていた。
だが実際に示されたのは、驚くほど誠実で、正面から向き合うやり方だった。それを少し不思議に思っていると、隣を歩くイリアス様が、こちらの考えを見透かしたように口を開く。
「目には目を、歯には歯を……。サバサ王は清廉潔白な一方で、現実主義的な人物。だからこそ、こちらも正攻法で臨むのが妥当でした。娘のサラも、同じ気質ですしね」
「ああ……。サバサ王とは初対面でしたけど、確かに、そういう方でした」
「懸念点はリファイールでしたが、ガブリエラの配下にいた天使にしては、とても穏健で誠実な性格です。ですから、話もすんなり進んだのです。――これも、計算通り。完璧ですね」
「……もし、うまく行かなかった場合は、どうするつもりだったんですか?」
「プランBです。首脳陣を監禁し、変身させたぺこにすげ替える予定でした」
「慈愛の心とか無いんですか?」
「……冗談ですよ、冗談」
しばらく二人で歩いていると、やがて目的の場所へと辿り着いた。
そこは、ヒーロー連合が集まっている区画だった。
会談を前に、一度顔合わせを兼ねた挨拶をしておこうということで、俺たちはここへ来ている。聞くところによれば、分裂したサバサ王を頂点とする組織らしい。問題ないはずだが、念のため確認しておくに越したことはない。
「最近、増え過ぎじゃないですか? 分裂する人……」
「それほどまでに、今の世界は混沌としているのですよ……。さて、ヒーローたちの顔ぶれを確認しましょうか。おそらく、こちらも知る人物が何名か居るはずです」
その言葉に頷きつつ、ヒーロー連合が集まっているという大型テントの前に立った。
警備に当たっていた兵士に声を掛けると、特に問題もなく中へと案内される。
そこには──。
「──あっ! ヴェーク!」
「わ~☆ 久しぶり♪」
「ジャスカに、まりんちゃん!」
椅子に並んで座っていた二人が勢いよく立ち上がり、こちらへ駆け寄ってくる。
モンテカルロで商売をやっている友人、エルカの娘──ジャスカ。
正義感がやたらと強く、その情熱のままにジャスティスカイザーを名乗って活動している女性だ。
そのせいで定職に就かず、エルカの頭痛の種になっていたのは記憶に新しい。
もっとも、こうして改めて見ると、彼女の在り方は確かに“ヒーロー”と呼ぶに相応しいのかもしれない。父親は泣いていたが。
俺はジャスカとガッチリと握手を交わし、もう一人とも視線を合わせて軽く頷く。
魔法少女──マジカルまりんちゃん。
ゴッダールのご当地ヒーローであり、かつて俺と肩を並べて戦った仲だ。
その時の相手はブラディだったが、今では彼女もこちら側の仲間になっている。
思い返せば、あの戦いから随分と状況が変わったものだ。敵味方の境界が、こんなにも曖昧になるとは。
「二人とも、無事で何よりです」
「あっ! イリアス様もご無事で何よりです!」
「エヴァも喜ぶわね!」
まりんちゃんがイリアス様の前に出て、挨拶をする。
そうしていると、テント内にいた他のヒーロー連合の面々が、こちらへと集まり始めた。
「やあ、南の勇者よ! 話はサバサ王から聞いている! 私はサバサマン! 君もぜひ、ヒーロー連合に加入しないか?」
「ええっと、考えておきます」
「そうか! では申請書を渡しておこう! 戦いだけではなく、対話で争いを回避しようとする君の姿も、まさにヒーロー! いつでも声をかけてくれ!」
「ありがとうございます、サバサお──サバサマン」
俺の言葉を聞くと、サバサマンは豪快に笑い、満足そうに去っていった。
……どう見ても、少し前に別のテントで会話していた人物だった気がするが、深く考えないことにした。最近はもっぱら、この方法で現実を乗り越えている。
「私はサイバーナイト。サン・イリアより派遣されましたサイボーグです。生体スキャン実行──対象、南の勇者。機密情報開示許可を確認。……やあ、ダニエル!」
「ヴェークです。それにしても……サイボーグ、ですか」
科学の粋を集めたそのサイバーナイトの姿に、俺は思わず息を呑んだ。
マキナをここまで自在に扱えるようになるとは──人間の学習速度は、つくづく恐ろしい。前世で人類が辿った結末が脳裏をよぎり、同じ道を再び踏みしめないことを、ただ祈るしかなかった。
もっとも、サイバーナイトは信仰の都から来たらしいが。
それに、祈る対象である女神も近くにいる。こうなれば、誰に祈ればよいのか分からない。
「正直なところ、現段階で我々が蛭蟲に勝つ可能性は、限りなくゼロに近かった。対話で事態を収められるのであれば、それに越したことはない。期待しているぞ、ハンク」
「ヴェークです」
「……すまない。ここ最近、空から妙な電波が飛んできていてな。ジャミング機能を使うと、どうしても記憶装置の混濁が発生してしまうんだ」
「ええっと……お大事に?」
「ありがとう。……定期報告の時間だ」
サイバーナイトはそう言って、目を閉じてコインで遊び始めた。
俺は彼女から離れると、また別の二人組が近づいてくる。
「やっほ~☆ ミクリちゃんのニセ旦那様! お祭りでは、大変そうだったね~! あたしはゴーストフォックス! 正体不明のアンノウンキツネヒーローだよ~!」
「南の勇者、あなたの名前は我が故郷──ヤマタイでも広く知られている。それに、あなたの著書は何度も拝読した。拙者は人斬り狐華……人々はそう呼ぶ」
どうやら、二人とも俺のことを知っているらしい。
先に名乗った妖狐――ゴーストフォックスは、軽やかな調子で距離を詰めてくる。一方で、狐華と名乗った人間は軽く一礼した。
二人とも、どうやらミクリの知り合いらしい。
「よろしく頼む」
軽やかに尾を揺らしたゴーストフォックスが、思い出したように首を傾げる。
「よろしくね~。そうだ、ミクリちゃんは一緒じゃないの?」
「まだ見つかってないんだ。この騒動が終わったら、探しに行くつもりだ」
「そうか……。拙者も白天狐殿のことはよく知っている。無事であると良いのだがな……」
「ミクリちゃん、チョー儚い系の見た目だけど図太いからね~♪ 地獄からの使者だって追い返せるよ!」
「はは、そうだな。出来れば、気にしておいてもらえると助かる」
「オッケー☆ この親愛なる隣人に任せときなさい!」
俺は二人に頭を下げると、また別の人物に会いに行く。
仮面を付けたサキュバスと、赤いマントを纏った凛とした女性。
この二人で、最後のようだ。
「あら、あなたが南の勇者なのね。私はメルティバット……夜に潜む大怪盗よ。今回は、国を盗んだ悪党を懲らしめに来たのだけど……蛭蟲の心はもう盗まれちゃってるみたいね♪」
「そう言われると、なんか恥ずかしいな……。よろしく、メルティバット。それに……」
「……」
赤いマントの女性は何も語らず、ただ静かにこちらを見返してくる。
強大な不思議な力を感じるのだが……どうにも、今まで感じたことのある力の波動だ。それに、彼女自身にもどこか見覚えがあった。
「私はコズミックウーマン。滅んだ星から飛来した、唯一の生き残りだ。そう言いたかったが──」
そこでコズミックウーマンは言葉を切ると、ためらいもなく胸元へ手を差し入れた。
予想外の行動に俺は困惑し、視線の置き場に困っていると、彼女はその谷間から何かを取り出した。
「これで分かるのではないか?」
「……あっ!」
取り出したのは、ぐるぐるとした模様の入った丸メガネ。
コズミックウーマンはそれを目の前に掲げ、ゆっくりとかける素振りを見せる。その顔を見て、俺は彼女が誰か分かった。
ミダス村在住の鉱石学者──メイ・カラットさんだ。
以前、力の同盟と共にミダス廃坑へ赴き、一攫千金を狙った金採掘に挑んだことがある。
だが、目の前に立つ彼女は、俺の知るメイ・カラットさんとはあまりにも違っていた。
記憶の中の彼女は、白衣に身を包み、どこか気だるげで、研究に没頭する学者然とした女性だったはずだ。
それが今は、赤いマントを翻し、身に纏うだけで周囲の空気を震わせるほどの力の息吹を放っている。
以前は、こんな圧倒的な存在感など、微塵も感じなかった。
「スポンサーであるあなたには、報告しておかなくてはな。少し前のこと、空から隕石が降ってきた。それに触れ、私はこのような力を授かったのだ。調査した結果……以前、ミダス廃坑で見つけた鉱石と同じものである可能性が高いことが分かった」
「……あれ、隕石だったのか……」
「調査のために、あなたの家に持ち帰った隕石をもう一度、確認したいのだが……」
俺は少し気まずく視線を逸らし、頭をかく。
「えーっと……目の前にあるこれじゃ駄目かな? 実は、全部自分たちの装備と焼肉用のプレートに加工しちゃったんだけど……」
そう言いながら、俺は自分の胸元を軽く叩いた。
どうやら、俺の鎧は隕鉄で作られていたらしい。まさか自分が、隕石を身に纏い、挙句の果てには焼肉まで焼いていたとは。
「……うーむ、加工されていては調べようがないな……。それにしても、隕鉄を加工するとは、なんとも腕利きな鍛冶屋が居たものだ。……では、和平が成就したあと、私の家に来てくれると助かる。頼みたいことがあるのだ」
「ああ、分かった。かなり先になるかもしれないけど、大丈夫か?」
「問題ない。出来れば、私以外の科学者を呼んで、分析が出来るようにしてほしい」
「科学者か……。分かった」
その要望に、俺は頷いた。
話はそれで一区切りとなり、コズミックウーマンとの会話は終わる。
こうして、ヒーロー連合との顔合わせは終わった。
それぞれ性格が違ったり、能力が違っていたりするが、正義の心を持っている。彼らなら、ぺこと顔を合わせても大丈夫だろう。
「……あれ、イリアス様?」
テント内を見てみると、イリアス様が居ないことに気がついた。
俺が首を傾げながら視線を彷徨わせていると、まりんちゃんが声をかけてきた。
「イリアス様なら、私の後輩に会いに行ったよ。このテントの裏に、もう一つテントがあるんだ」
「後輩? へー、ついに魔法少女の後継者が? 前に探してるって話してたっけ」
「うーん、後継者はもう別に居るよ。三人組の子たちなんだけど、そのうちの一人が魔法少女に興味があるって言ってね。ここで待機中に、レクチャーとか衣装の用意をしてあげたんだよ♪」
どうやら、まだ把握していないヒーローが居るらしい。
「あの勇者ハインリヒのお供をしてるらしいよ! うーん、私の教え、必要だったのかなぁー?」
「勇者ハインリヒ……」
その名前を聞いて、俺はイリアス様が居なくなったことに納得した。
勇者ハインリヒ――その名は、誰もが知る伝説の勇者だ。ルカくんのあこがれの存在であり、彼の冒険では大きな貢献をしていたと聞く。イリアス様は、確認せずにはいられなかっただろう。
俺はまりんちゃんに礼を言うと、テントを後にした。
・・・・・
裏手へ回ると、ひと回り小さなテントが設営されているのが見える。
おそらく、まりんちゃんが後輩と呼んでいた魔法少女たちと、勇者ハインリヒが滞在しているのだろう。
俺はそちらにも挨拶しに行こうとして、足を止めた。
入口にイリアス様が立っており、何やら唖然とした様子で中を眺めているのだ。
何をそこまで驚いているのだろうか。
疑問を抱きつつ、俺はイリアス様の隣に立ち、同じようにテントの中へと視線を向けた。
「ほら、まじかる☆イシス……揃いましたわ」
「……クッソ! クッソォ! ハアー! 分かった! やりゃあいいんだろ!」
「本当にこれで時給一万ゴールド貰えるのよね!? さあ! やるわよ!!」
そこに居たのは、三人の女性だった。
赤、青、黄――それぞれ異なる色を基調とした魔法少女風の衣装を身にまとい、横一列に並んでいる。いずれも動きやすさより演出を優先したような作りで、肌の露出がやや多い。
そして、次の瞬間──。
「私は魔法少女まじかる☆アリス♪ うふふっ、サバサの地に平和をもたらしますわ……」
「ア、アタシは……まじかる☆イシス! パ、パワーで敵を黙らせるぜっ……」
「まじかる☆エヴァよ! 救い料は一億ゴールド! ローンも可能よ!!」
魔法少女たちが、一斉に決めポーズをとり、こちらに挨拶をしてきた。
そのうち二人は、とてもよく知っている淫魔だ。あの腹筋は間違いなく──。
「……ふっ、ふふ。何やってんだ、アイシス?」
「──あー!! あーあー!! 忘れろっ!! 忘れろっ!! まじかる☆ボディブロー!!」
「ぐえええぇぇぇ!!!」
あまりにも唐突な暴力に、不意を突かれた俺は成す術もなく悶絶することになった。
「むっ、駄目ですわよ……まじかる☆イシス。相手が知古とはいえ、今の私たちは魔法少女……。同じヒーローを攻撃してはいけませんわ」
「いいじゃない! ヴェークは頑丈だから大丈夫よ! それよりも、ここに高級薬草があるんだけど、千ゴールドで買わない?」
悪びれもせずそう言い放ったのは、黄い衣装のエヴァだ。
いつの間に用意していたのか、小袋をひらひらと揺らしている。
「定価の十倍じゃねえか……! 酷いヒーローだな……!」
なんとか立ち上がり、俺は奇妙な魔法少女たちを見る。
赤い衣装のアイシスにエヴァ──。
そして、青色の衣装を着た金髪の目が怖い妖魔。
その姿を見るに、彼女が黒のアリスなのだろう。
「……ああ、すいません。幻覚を見ているか、冥府か何かに迷い込んだのかと思い、固まっていました」
「イリアス様……。まあ、その気持ちは分かりますけど……」
再起動したイリアス様が、まだ困惑した表情を浮かべつつも、こちらを向く。
一体どういうことなのだろうかと考えていた──その最中。
樽の影から、ひょっこりと一人の男性が姿を現した。
柔らかい顔立ちで、どこかルカくんを思わせる雰囲気がある。
「もう終わったかい?」
「ハインリヒ、なにをしているのですか……?」
軽い調子で問いかけてきた彼は――勇者ハインリヒだった。
「イリアス様、ええとですね……。これには色々ありまして……」
これは一体、どういう状況なのだろうか。
俺とイリアス様は顔を見合わせ、ひとまず話を聞くことにした。