「お砂糖、スパイス、素敵なイモをいっぱい……。全部混ぜると、むっちゃかわいい女の子ができる……はずでしたわ」
「だけど、プロメスティン博士は好奇心で余計なものを入れちゃったぜ! それは──」
「カオスニウムX! そして産まれた超強力魔物娘!」
「強くて可愛い正義の味方! みんなのアイドル! パワーパワーガールズですわ!」
三人が声を揃えた瞬間、テントの中に微妙な沈黙が落ちた。
決めポーズまできっちり用意をしているあたり、本気でやっているのか、それとも遊び半分なのか、どうにも判断に困る。
「私は別に、設定の話が聞きたかったわけはないのですが?」
テント内に案内された俺とイリアス様は、自称ヒーローの三人衆と正面から向かい合っていた。
簡易的な布張りの室内はそこそこ広いのだが、彼女たちの存在感のせいか妙に圧迫感がある。
その後ろでは、ハインリヒが困ったような笑みを浮かべ、視線をさまよわせていた。
多分、今の俺も兜の中で彼と同じような表情をしているに違いない。
「興ざめですわね、イリアス。こうして私が世界の平和のために立ち上がったと言うのに……」
わざとらしく肩をすくめ、黒のアリスは不満げに息を吐く。
「あなたが立ち上がっても、ろくなことにならないのは明白です。ハインリヒ、どうしてこんなお祭り娘たちを連れているのですか?」
「それはですね……」
ハインリヒは小さく咳払いをすると、順を追ってこれまでの経緯を語り始めた。
ポケット魔王城を出たあと、ハインリヒは自身の無力さを痛感したそうだ。
そのため世界を放浪し、基礎から修行をやり直しながら、困っている人々を助けて旅を続けていたという。
そんな折に、黒のアリスとアイシスを見つけたそうだ。
二人は宙に浮かぶ黒い渦のような転移ゲートの前で、言い争いにも似た調子で何事かを相談していたらしい。
「ちょっと中を覗いてみたらよお、このアンポンタンが大量に詰まってる屋敷に繋がっててな。アタシは意気揚々と、中のオタンコナスを殴りに行こうとしてたら、トンチンカンが止めてきてよお……」
「大切なお友達が無茶をしようとしているのです。止めるに決まっているでしょう?」
「でも、アタシ……アリスフィーズ8世をいっぱい殴りたかったぜ……」
「……」
黒のアリスはしょんぼりして、手に持ったステッキを所在なさげに弄り始めた。
どうやら、転移ゲートを通ろうとするアイシスを必死に止めていたところへ、ハインリヒが通りかかった、という流れらしい。
「僕たちには手に負えないと結論づけて、三人で転移ゲートを破壊したんです。……問題の先送りになってしまい、申し訳ありません」
語尾を落とし、ハインリヒは申し訳なさそうに頭を下げた。
その態度からは、責任感の強さがうかがえる。
「それを咎めるほど、私は矮小な女神ではありませんよ。むしろ、よくやったと言っておきましょう」
「ありがとうございます、イリアス様」
「あーあー、合法的に嫌な上司を殴り回れる、天国みてぇな空間だったのによお……。アタシのヴァルハラが……」
「……」
黒のアリスはしょんぼりして、クマのぬいぐるみに顔を埋めた。
一方でハインリヒは、その様子を特に気に留めることもなく、話の続きを切り出す。
「旅の途中で、サバサが危機に陥っているという話を耳にしました。道中、野営のために立ち寄ったカルロスの丘でキャンプをしていたエヴァを拾い、僕たちはサバサ奪還戦に参加するため、ここへやって来たんです」
「そうでしたか。……で、この奇っ怪な魔法少女たちはどうしたのです?」
イリアス様は視線を三人へと移し、当然の疑問を投げかける。
「作戦に参加するための、一時しのぎのカモフラージュですわ。ハインリヒはともかく、私たちはヒーローと呼ぶには少し無理がありますから」
「コスプレするだけで時給一万ゴールド貰えるなんて、美味しい仕事よね~♪」
「アタシはやりたくなかったけどよぉ……。すっげぇやりたくなかったけどよぉ……」
恨み言のように言葉を重ねながら、アイシスは力なく机に顔を突っ伏した。
変装ならまだしも、コスプレという発想そのものが、彼女の普段の行動や性格とはどうにも噛み合わない。その経緯が気になった俺は、素直な疑問として口を開いた。
「なら、なんで同じ衣装に合わせてるんだ?」
「こいつが『一緒にコスプレしたら、家に来て妹をファックしていいぞ!』って言うから……」
「そこまでは言ってませんわよ、アイシス。私は『デートをしてもいい』と言っただけですわ。そもそも、リルはあなたが誘えば断らないと思うのですけど……」
「んなわけねぇだろ。顔合わすたびにビンタしてくるんだぞ。脈なし過ぎて心肺停止状態だよ、アタシは……」
「ああ、そう……」
こういった方面の話になると、アイシスは途端に様子がおかしくなる。
それに比例するように、普段は高めの知性が著しく低下するのも、もはやお約束。残念なサキュバスである。
黒のアリスは呆れた様子で、突っ伏したアイシスのつむじを指で何度も突く。
……俺が思っていたよりも、二人は気の置けない仲のようだ。
「事情は分かりました。では、ハインリヒ。また私に同行し、その力を貸して頂けますか?」
「……申し訳ありません、イリアス様。僕はまだ、協力できるほどではありません」
わずかな間を置き、ハインリヒはそう答えて首を振った。
その声音には迷いはなく、逃げの色も感じられない。
「先程述べた通り、今の僕は無力です。……少しだけ、お時間を下さい。必ずや、イリアス様の力になれるよう、精進します」
自分の未熟さを認めながらも、視線は逸らさない。
その姿勢には、誓いに近いものがあった。
「……そうですか。ならば、私はもう何も言いません。あなたの気が済むまで流浪の勇者として活動し、己を磨くのですよ。真の勇者だと胸を張れるようになったとき、我々と合流しなさい」
「──はい!」
そう言って、ハインリヒは丁寧に頭を下げた。
やはり、彼は伝説の勇者と呼ばれるだけの人物だ。エセ勇者の俺とは違い、覚悟というものが心の奥にきちんと据わっている。こういう人間であるからこそ、英雄譚に書かれるのだろう。
「なら、アイシスはどうするんだ?」
「すまねえ、ヴェーク。アタシもハインリヒについて行く。放っておけねぇしな」
「そうか……分かった。そういえば、他の仲間の情報を持ってないか?」
「悪い、全く知らねえ……。でも、旅の中で探しておく! 力の同盟は一旦、お前に任せたぜ!」
アイシスも俺に向かって、頭を下げる。
彼女の力を借りられないのは正直かなり惜しい。だが、自分のやりたいことがはっきりしている相手を引き留めるのは、あまりに野暮というもの。俺は、それ以上何も言わないことにした。
「うふふっ。こうして三人で旅をするのは、私の夢でした……。混沌としたこの世界で、願いが叶うとは思いませんでしたわ……」
感慨深げにそう呟き、黒のアリスは目を細める。
「え~。じゃあ、あたしはヴェークの方について行こうかな? こっちのほうが人数多くて、楽できそうだし!」
「お前はアタシについてくんだよ! 弟子が師匠に逆らえると思ってんじゃねぇ!」
「ぐええっ!? ギブっ! ギブっ!」
首根っこを捕まえられ、エヴァは情けない悲鳴を上げる。
「勇者、魔法使い、格闘家、遊び人……。ふふっ、なかなかバランスの良いパーティーですわね……」
「コスプレ魔法使いが混ざってますけど、本当に良いバランスですか? ともかく、あなたたちが来られないのは分かりました。……サバサの和平会談、何も起こらないと思いますが、頼みましたよ」
そう言って、イリアス様は微笑みかけた。
それに応えるように、ハインリヒは力強く頷いた。
「はい! イリアス様!」
「アタシとエヴァは会談中、そっち側で参加するからな! 力の同盟、その絆は不滅だぜ!」
「そうか。それは良かった。よろしく、えーっと……」
「呼び捨てで構わないよ。君も、勇者仲間みたいだしね」
「アリストロメリアで結構ですわ。うふふ、アイシスの友人である南の勇者……。そのあり方、あなたに自覚はなくとも、間違いなく勇者であると思いますわよ?」
「そうかな……? 分からないけど、そう言ってもらえて嬉しいよ。ハインリヒ、アリストロメリア」
俺は二人と順に握手を交わす。
そこには、新たな縁の確かな感触があった。
・・・・・
サバサ城の王族の私室にて、俺とイリアス様は、ぺこに一連の顛末を伝えた。
向こうが話し合いの席に着くことを正式に承諾したと告げると、ぺこは目に見えて肩の力を抜き、安堵の表情を浮かべる。
「うむ、やはりイリアスに任せて正解だったな」
「一応、俺も一緒に居たんだけど……」
思わず口を挟むと、ぺこはこちらを見て、含みのある笑みを浮かべた。
「まあ、お前に任せれば、何だかんだで最終的には解決するだろう。しかしだな……それ以上に、事態が変にややこしくなり、面倒な方向へ転がる光景が容易に想像できるぞ」
そんなことはない、と反論したいところだが、実際に心当たりがいくつもあるため言葉に詰まる。
力の同盟と行動していた頃は、主に俺以外のメンバーの問題行動によって騒動に巻き込まれていた。
だが、ぺこと二人で旅をしていた時期を振り返ると、トラブルの発端はだいたい俺自身だったと言わざるを得ない。
「そういえば、ヴェペリアと影紬はどうしてるんだ? 帰りにも見なかったんだけど」
話題を変えるように尋ねると、ぺこは小さくうなずき、少し間を置いた。
「……少し待て。むむむ、むむ~ん……」
ぺこは目を閉じ、人差し指と中指を額に当てる。
どうやら、別の分裂体と意識を繋げ、二人の居場所を探っているらしい。
「……今は、サムが営んでいるおしゃれなカフェで過ごしているようだな。その前には、サムの服店で買い物をしていたようだ。ふむ、なかなか良い雰囲気で過ごしているようだぞ」
「そうか、それは良かった。じゃあ、ブラディの方は?」
「城下町で住居を借りたいと言っていたので、我が建築した空き家を紹介しておいた。なにやら、マキナを大量に持ち込んでいたようだが……」
「……うーん、見に行ったほうが良さそうだな。ろくでもないことになってないといいけど」
「我も一緒に向かおう。……それが終わったら、城下町を二人で見て回るのも悪くあるまい。前は滞在できなかったしな」
「では、私はイヌエルとプルエルと過ごしましょうか。明日は、会談のために場所を準備しなくてはなりません。全員で用意するようにしておきましょう」
「はい!」
こうして俺たちは、迫る和平会談の日までのひとときを、それぞれ思い思いに過ごすことになった。
・・・・・
城下町の一角。
吸血鬼パブのすぐ隣に、新しく作られた建物があった。俺とぺこは、その前で足を止める。
屋根には太陽光パネルがびっしり。
建物の裏手からは太いパイプが伸びて、近くのため池へと繋がっている。その光景は、周囲の街並みからは明らかに浮いていた。
「なあ、ぺこ。あの家って、元からあんな雰囲気だったのか?」
「いや、決して違うぞ……。多少の改築は許すと言ったが、あそこまでとは聞いておらん。それに、勝手に水を引きおって……。あのバカドラゴンめ、張り倒してくれるわ」
怒気を孕んだ声でそう言うと、ぺこはずかずかと建物の中へ踏み込んでいく。
俺も後に続き、扉をくぐった瞬間、思わず言葉を失った。
室内の壁一面に、無機質なサーバーラックがずらりと並び、規則正しく点灯するランプが瞬いている。
外から引き込まれていた水は、パイプを通じて各機器へ循環し、冷却用として利用されているようだった。どう見ても、一般住宅の姿ではない。
「ワーハッハッハ!! ブラァァディィィィィィ!! デストロォォォォォォイ!! 我にはチキンがあるぞ!!」
「なにやってんだ、ブラディ」
騒々しい声の主に声をかけると、ブラディは勢いよく振り返った。
「おお、ヴェークにぺこ殿! クロムが作ったオンラインゲームを、こちらの世界にも広めようと思ってな!」
そこには、水晶端末の前にどっかりと座り込み、コントローラーを握るブラディの姿があった。
マイク付きのヘッドホンを耳にかけ、机の上には食べかけのフライドチキンやコーラの瓶が無造作に転がっている。大画面の中では、彼女によく似たアバターが派手に動き回っていた。
思わずため息をつく俺の横を、ぺこが無言で通り過ぎる。
次の瞬間、ブラディの頬を掴み、そのまま容赦なく引き伸ばした。
「ほわあああぁぁぁっ! 痛いっ! 痛いぞっ、ぺこ殿!」
「サーバーの維持に、どれほどの水を使っている?」
「いっぱい!」
「分裂体から、水量が不自然に減っていると報告があったが……!! まさか、お前の仕業だったとはな……!!」
悲鳴を上げるブラディに、ぺこは一切手加減をしない。
サバサでは水資源は貴重品だ。無断使用ともなれば、怒るのも無理はなかった。
しばらくブラディの頬を引っ張ると、ぺこは満足して手を離す。
ブラディはしくしく泣きながら、頬を擦る。
「ううっ……すまぬ。一言、声をかけておけば良かったのだな……」
「まったく、人騒がせなヤツだ……。そもそも、こんな世界情勢で、ゲームなどしている者がいるのか?」
そう言って、ぺこは画面を覗き込む。
オンラインゲーム――それは、修羅世界にいたクロムが生み出した、新しい娯楽だった。
クロムは、かつてブラディに莫大な借金を負っていた。
ブラディの初代魔王城でクロムの姉が実験の最中、制御不能の大爆発を発生させ、城を文字通り木っ端微塵に吹き飛ばしたという。クロムの姉はその事故で命を落とし、クロムの実家であるアルテイスト家に、多額の借金が残された。
ブラディは当初、その借金を返済不要としていたらしい。
姉を失ったばかりのクロムに、重荷を背負わせるのは酷だと思ったのだという。だが、クロム自身が返済の意思を示したため、金額を一割程度まで減額し、肩代わりさせる形にした。
修羅世界での騒動のあと、クロムが新たに開発したのが、このオンラインゲーム。
水晶端末を利用し、大人数が同時に接続して遊べるという仕組みは画期的で、瞬く間に普及。利用者は爆発的に増え、収益も安定し、借金は無事に完済された。
俺も試しに触ってみたが、これがなかなかに楽しい。
やり込もうとすると、かなり時間を取られるのであまり触れてはいないが、ハマる人が居るのも納得の作りだった。
「ふふん、ブラクロストーリーはこちらでも大盛況であるぞ! 見てみるが良い!」
ブラディが誇らしげに端末を操作すると、画面いっぱいにチャットログが表示された。
文字は勢いよく流れ、まるで世界の混乱など存在しないかのような賑わいを見せている。
あす☆みこ『うぇーい!!! レアドロキタ~wwwww 平家の小手ゲット~wwwww』
緑の君『草は生やさないでくれますか????? ブチ燃やしますよ????? それよりも、給料十ヶ月分を課金して、装備を作成しました。どうです?』
あったかぬくぬく『かっこいい……』
イズっち@這い寄る混沌『光と闇が両方そなわり最強って感じ~!』
サバトちゃん『グラッベリソードの素材に使う、黄金の鋼の塊はどこで入手できるのかのう?』
†x特異点系妹x†『レイド募集:火の手裏剣持ち火力極振り忍者。当方:リジェネ盾タンク殴りヒーラー』
Burakku_Tanuki『いるぞっ! ここにひとりな!!』
びっくり☆厄災☆ボックス『はちみつあげます』
次々と流れる発言は、雑多で、自由で、そしてあまりにも平和だった。
世界がどうなっているかなど気にも留めず、装備だのレアドロップだのレイドだのと、各々が好き勝手に語り合っている。……何人か、明らかに見覚えのあるハンドルネームが混じっている気がしたが、俺は見えなかったことにした。
世界は混沌の只中にあるというのに、本当に呑気なものである。
「何をしているのだ、この連中は。こんな状況であるのに……」
ぺこも同じ感想に至ったのか、額を押さえて深いため息をつく。
とはいえ、遊ぶことは自体は悪くない。この世界が終わっていなくて、まだ続いている証拠だ。
「ふはは! こうして仮想世界でも、我は王となるのだ! 運営費を差し引いた利益で、こちらの世界にも立派な城を建設するぞ!」
「あー、そうか……。頑張れ?」
「うむ! 最近、ユーザーの一人が大規模なデータセンターを用意すると声をかけてくれたしな! もっともっと頑張らねばならぬ! では、次はボイスチャット機能を実装するため、アップデートの準備をするか!」
「おい、後で水道代を請求するからな。覚えておけ」
「分かったぞ!! ……その、いかほどになりそうだ?」
やや不安そうなブラディをそのままにして、俺とぺこは建物を後にした。
・・・・・
「わわっ。また転んで──」
足元の土に躓き、ある一名の天使がよろめく。
その瞬間、横で黙々と雑草を抜いていたサムが、自然な仕草で彼女の体を支えた。
「あはは。大丈夫ですよ、天使様。焦らなくていいです。少しずつ、慣れていきましょう」
「ありがとう、サム──いや、今はサミュエル、だったか。それに、私に“様”は付けなくていい」
「では、なんとお呼びすれば?」
「名前、か……。そんなこと、今まで考えたこともなかったな。良かったら、私と一緒に考えてくれないか?」
そんなやり取りを交わしながら、二人は肩を並べて畑仕事を続けていた。
ぎこちない手つきながらも、土に触れ、苗を植えるその姿は、不思議と穏やかで、争いとは無縁の光景に見える。
俺とイリアス様、そしてぺこは、街中のベンチに腰掛け、少し離れた場所からその様子を眺めていた。
──和平会談は、無事に締結されることとなった。
イリアス様がオブザーバーとして両陣営の間に入り、慎重に話し合いが重ねられ、複数の条約が正式に取り交わされるに至った。
現在のサバサは、二名の執政官によって統治されている。
サバサ王、そしてぺこ――その体制のもと、街はようやく落ち着きを取り戻しつつあった。もっとも、一面がグリーンへと様変わりしたサバサの光景に、戸惑いと驚きを隠せない人々が大多数だったのだが。
天使たちは全員、政務から距離を置き、国を治める立場から身を引く道を選んだ。
彼女たちが最後まで強く求めたのは、権力でも地位でもない。ただ一つ――サムたちに危害が及ばないこと。それだけだった。
今は社会の仕組みを学び直したり、農業に従事したりと、それぞれが新たな生き方を模索している。
慣れない作業に戸惑い、失敗を重ねることも多いようだが、それでも表情はどこか明るい。苦労の中に、小さな楽しみを見つけているようだった。
それから、サムの何人かはサバサを離れていった。
自分のやりたいことを探すため、あるいは別の学びを求めて――それぞれの目的を胸に、旅立っていったのだ。
勤勉で誠実な彼のことだ。
どこへ行こうと、きっと道を切り拓いていくだろう。なお、護衛として同行した天使も多くいるらしく、その点については一安心だった。
「さて。サバサも安定したことだし、これで我も旅に同行できる──と言いたいところだが……」
「大丈夫、なんとか方法を探してくるさ」
俺がそう答えると、ぺこは小さく頷いた。
ぺことヴェペリアは、サバサに待機することになった。
ぺこは、ひとたび食欲が暴走すれば取り返しのつかない事態を招きかねない以上、軽々しくこの地を離れるわけにはいかない。
そしてヴェペリアも、そんなぺこが歯止めを失いかけたときのための、最後のストッパーとして残ることになった。
とはいえ、俺はハーピーの翼を使って、そこそこの頻度で二人に会いに行くつもりではある。
「ふふっ……。大船に乗ったつもりで任せてください。慈愛の聖百合の名は伊達ではありません。この私が必ずや、あなたの食欲を減退させる方法を探してきましょう……」
「……本当に大丈夫かなあ。これを連れて行って。後ろから刺されたりしそうなんですが……」
そう呟く俺の横で、ベンチのすぐ脇に立ち、ガブリエラは終始にこやかな笑みを浮かべていた。
席は空いているが、全員が彼女の隣りに座るのを嫌がったので、座っていない。イリアス様も苦虫を噛んだような表情を浮かべている。
和平会談において、最後まで頭を悩ませた存在――それが、ガブリエラだった。
すでに天使たちからの支持は失われ、指導者としての立場も完全に失効している。
サバサを死守するよう命じておきながら、自身は早々に逃げ出そうとした。
その無様な姿を、多くの天使たちに目撃されていたという事実は、致命的だった。
ガブリエラ・コアとしてサバサに留め置き、備品同然の扱いで一生を過ごしてもらう――そんな処遇案が、冗談ではなく真剣に検討されていた。
だが、ガブリエラを街に置いておくこと自体が、天使たちにとっては辛い記憶を呼び起こすことになる。
それはあまりにも酷だ、という意見が出た結果――最終的に、俺たちの旅に同行させる、という結論に落ち着いたのだ。
ガブリエラ・コアは、完全とは言えないものの、リファイールが部分的に代行できる能力を備えている。
そのため、定期的にガブリエラをサバサへ連れ帰り、いわば“湯通し”のように水へ浸すことで、機能の維持と保全を行うことになった。
「問題ないでしょう。頭に爆弾を埋め込むより、よほど良い釘を刺していますからね」
「その通りです、小イリアス様。私は心を入れ替え、これからは素晴らしき世界のために働きましょう……」
ガブリエラは柔らかな笑みを浮かべ、殊勝な言葉を並べる。
「……ほんとかなあ……」
ガブリエラの首元には、棘の付いた首輪を思わせる黒い紋様が刻まれていた。
これは、ダークフェニックスとイリアス様がやってくれたものだ。
誓いの紋章──。
本人の意思と魂そのものに直接干渉し、誓いに反する行動や、悪意ある企てを起こそうとした瞬間、即座に罰が発動する仕組みになっているらしい。
誓いの内容は、極めて単純だ。
──裏切らないこと。
もしも、誓いを破った場合、紋章は炎となって顕現する。
植物系の天使であるガブリエラにとって、深刻なダメージを免れないだろう。あまり、心地よいものではないが、彼女のやってきたことを考えると、妥当な措置ではあるかもしれない。
「腐っても、かつて七大天使だった存在……。その力は、私たちにとって有益なはずです」
「あの、小イリアス様? どうして過去形になっているのですか……?」
「今までやってきたことを考えろ。お前が我の仲間であったなら、とっくに処刑しておるぞ」
ぺこの容赦のない言葉に、ガブリエラの顔色が一気に青ざめる。
「ヒェェ……! わ、私は七大天使などと名乗る価値もございません……! 心機一転、一番下の階級からやり直させていただきます……!」
「私としては、一番下にさえ配置させたくないのですが」
「ま、まあまあ。その辺にしておきましょう、イリアス様。ほら、ガブリエラ。いろいろあったみたいだけど、これからは気持ちを入れ替えて、やっていこう。よろしくな」
そう言って、俺はガブリエラに向かって手を差し出す。
すると彼女は、差し出された手と俺の顔を交互に見比べ、きょとんとした表情を浮かべた。
「どうして下等な人間と握手をしなければならないのです?」
「……おーい、ダークフェニックスー」
「ウワアアア! お許しを……! お許しを……!」
即座に態度を翻し、悲鳴のような声を上げるガブリエラ。
……今さら、多少の厄介ごとが増えたところで驚きはしない。それに、最終的に連れて行くと決めたのは俺だ。なんとか……なんとかしてみせよう。
こうして俺たちは、新たな――そして非常に厄介な仲間を輪に加え、再び世界を救うための冒険へと、歩き出した。