進め! 我らは力の同盟!   作:クラウス道化

77 / 81
(12)空の彼方へ! 力の同盟!

 イリアス様とガブリエラ、それに影紬が状況を解決するための方法を模索している間。

残された肉体労働派のメンバーは、難しいことは考えずに、とりあえず手を動かすことにした。

 

「おーい、もう少しこっちにも粘土をくれー」

 

「ぺたぺた、ぺたぺた♪」

 

「あわわ、また変な跡がついちゃった……」

 

 俺たちは即席で作られた木桶の中からコテで粘土をすくい上げ、管理者の塔のひび割れた部分へと塗り込んでいく。

乾ききる前に押し広げ、隙間を埋めるようにして表面をならす。即席だが、思った以上に頑丈になるのだ。

 

 プルエルは楽しそうに粘土をぺたぺたと貼り付けているが、少し雑だ。

逆にイヌエルは丁寧すぎるほどで、やったそばから気に入らない箇所を見つけては、慌てて修正していた。

 

 そして、塔の上の方では――。

 

「しゅばばばばっ……!」

 

 ミクリが、ものすごい速度で作業をしていた。

ほとんど足の引っかかりもない外壁を、まるで地面を走るかのような軽やかさで移動している。壁面を横へ、上へ、斜めへと自在に駆け回りながら、ひび割れを見つけては粘土を叩き込み、瞬く間に表面を均していく。

 

 動きには一切の無駄がない。

空中へ飛び出したかと思えば、そのままくるくると回転しながら体勢を変え、次の補修箇所を見つける。そして、空気を蹴って再び壁へと戻る。

 

 修羅世界のヤマタイ村で行った訓練が、どうやらしっかり身についているらしい。

忍者ってすごい、俺はそう思った。

 

「…………」

 

「こうやって自分の手で土を練るなんて新鮮な感覚ねえ。災害を防ぐために大きな土壁を作ることはあったけど、シャベルを持ってやってたら日が変わっちゃうから。なんだか、ちっちゃい子供に戻った気分だけど、精霊の子供のころっていつのことを言うのかしら。ノーマレンちゃんは確か、人造の精霊だったわよね? 生まれたときはどんな──」

 

「……………………」

 

「……………………」

 

 少し離れた場所では、シェーディと土の精霊たちが、土をこねて補修用の粘土を作っていた。

そんな単純作業の最中でも、ロアの口は止まらない。

 

 ロアは楽しそうに土をこねながら、ひたすら話しかけ続けていた。

質問は次から次へと湧いてくるらしく、会話というより、ほとんど一方的な雑談の洪水である。それに対して、シェーディも同じようにずっと会話をしている。

 

 土の精霊三名はシェーディに宿っているせいで、彼女の声が聞こえるのだ。

ノームとノーマレンが、露骨に嫌そうな顔をしながら作業を続けている。今回は作業を手伝うため、こうして外に出ているのだ。

 

 この場所も、混沌の力が色濃く影響している。

そのせいで、土の精霊としての力はあまり使用できず、黙々と手作業で行っているのだ。

 

「挨拶が出来ぬ生き物に、建設は出来ぬ! シェーディ殿の娘たちとふしぎなせいぶつたちよ! 今度はこちらをやらせてもらうぞ! 少し我慢をしてくれ!」

 

「さあ! この塔をドロドロに溶かし、燃え盛る業火の海に変えてしまおう!」

 

「きゅー♪ きゅー♪」

 

「ワーハッハッハ!! この赤いふしぎないきものは、火をよぉく! わかっている!」

 

「だから、さっきも言ったじゃない……! 塔を壊さないように補修するんでしょうが……!」

 

 一方で、火の精霊たちは、粘土で補修した場所へと火を当てる作業を行っていた。

 

 ただ塗って埋めるだけでは、すぐに崩れてしまう。

そこで、火の精霊の力を使い、表面を焼き固めるのだ。いわば即席の焼成である。適度に熱を通せば、粘土は石のように硬くなり、ひび割れた部分をしっかりと固定してくれる。

 

 本来ならば、火を軽く当てるだけで済む、簡単な工程のはずだ。

 

 だが、ここにいるのは大雑把な火の精霊が二名。

ギガマンドラは両手を広げ、今にも巨大な炎を解き放ちそうな勢いで構えている。その隣ではサラマンダーが豪快に笑いながら、同じく火を強めようとしていた。

 

 グリモワールは怒りの表情を浮かべ、二体の火の精霊の間を慌ただしく行き来していた。

火力が強くなりすぎるたびに横から制止し、炎の勢いを変えさせ、どうにか補修の範囲に収まるよう調整している。

 

 そんな騒がしい現場の中央では、ブラディが腕を組みながら全体を見渡している。

いつの間にか、どこから取り出したのか分からない黄色い安全ヘルメットを頭に被り、片手にはメガホンまで持っていた。まるで大工事の現場を仕切るかのように、力強い声で指示を飛ばし続けている。

 

「…………」

 

「へえー、家の近所にそんな子が居るのか。トゥーンたちが暮らしている場所は面白いなあ」

 

「トンベリさん、なんて言ってるのー?」

 

「トンベリ一族のご近所さんについて聞いたんだ。山羊娘が住んでて、お供にイヌエルみたいな二人の犬娘が居るんだってさ。結構、強いらしい」

 

 トンベリ娘たちの話を聞く限り、混沌の深淵はただ不気味で危険なだけの場所ではないようだ。

むしろ、妙に個性的な連中が好き勝手に暮らしている、不思議な土地らしい。

 

 マッドな研究者で、特殊な魔術を得意とする真っ白なドラゴン娘。

両手と口に剣を携え、自らを騎士と名乗る巨体の狼娘。そして、会うたびに人数が増えたり減ったりするという、よく分からない四人の自称王様の幽霊娘たち。

 

 どれもこれも、話を聞くだけで頭の中に妙な光景が浮かんでくるような連中ばかりだ。

その中でも、トンベリ娘の一人がさっき話していた山羊娘の話は特に変わっていた。

 

 妙に狭い二階建ての家に住む山羊娘が一人。

その側には、付き従う二人の犬娘。山羊娘が主人らしいのだが、実際にはお供の二人の方がずっと強いらしい。それと、自宅で戦うと負け知らずなのだが、外に出ると弱体化するそうだ。

 

 混沌の深淵。

名前だけ聞けば、もっと殺伐としていて、近づくだけで命の危険があるような場所を想像していた。だが、実際には思っていたよりも、ずっと奇妙で、そして面白そうな光景が広がっているのかもしれない。俺の冒険家としての精神が刺激される。

 

「……あたしも強くなれたら、イリアス様の力になれるのに……」

 

「鍛えるための時間を取れたらいいんだけど、今は長く立ち止まる機会が無いからな……」

 

 俺はイヌエルの言葉に、そう答えた。

 

 プルエルとイヌエルは、正直に言うと非力だ。

前線に立てるような実力はない。

 

 もちろん、それは最初から分かっていたことだ。

だからこそ、二人をサバサに置いていくという案が出なかったわけではない。安全な場所で待ってもらう方が、本人たちにとっても良いのではないか――そんな話が何度も出た。

 

 だが、そのたびに話は立ち消えになった。

二人自身が、強くそれを望まなかったからだ。

 

 そして、もう一つ理由がある。

――イリアス様が、彼女たちと離れたがらないのだ。

 

 その提案が出たときも、イリアス様はあれこれと理由を並べ立てていた。

彼女たちを守れない状況など、自分たちだけで行動していても全滅するだろう、とか。せっかく料理を教えたのに、どうして離れる必要があるのか、とか。

 

 どれもそれらしい言い分ではあるが、よく考えれば少し苦しい理屈だ。

だが本人は真剣そのもので、次から次へと理由を持ち出しては、防壁のように積み上げていった。まるで、彼女たちを置いていくという結論に辿り着かないよう、必死に道を塞いでいるかのようだった。

 

 ……そして、その結果が今である。

本来ならば、どこかで腰を据え、基礎から鍛え直す時間が必要だろう。体力作りから戦い方まで、ゆっくり教えれば、少しずつでも強くなれるはずだ。

 

 だが、そんな余裕は今の俺たちには無い。

訓練をするには、あまりにも世界の状況が慌ただしすぎる。立ち止まりたいと思っても、混沌がそれを許してくれないのだ。

 

「まあ、戦いだけが全部じゃないさ。料理が得意な人が五十人くらい居ればいいなって、旅の中で何度思ったことか……。ぺことヴェペリアは手伝ってくれるけど、それ以上に食べるからなあ……」

 

「ぺこさん、すっごく食べるもんね……。……イリアス様のためにも、お料理もっと手伝うね~!」

 

「あたしも頑張るよ~!」

 

「助かるよ。プルエル、イヌエル」

 

 俺はそう答えながら、木桶の中の粘土をコテで軽く混ぜる。

湿った土が重たくまとわりつき、手首にじんわりとした疲れが溜まっていく。

 

「…………」

 

「へえー、シェーディは料理が苦手なんだな。確かに、前に卵のスープを作ったとき、なぜか海水みたいな味で──うわっ!」

 

 俺の背中で少しの衝撃と、べちょりと湿った音が耳に入る。

手を伸ばして確認してみると、背中に泥がついていた。

 

 振り向くと、遠くでシェーディがジトッとした目でこちらを見ていた。

どうやら、余計なことを言ったらしい。

 

「……藪蛇だな。この話題はもうやめよう。さて、そろそろ終わりに──」

 

「なんで背中が汚れているのです? ついにストレスで限界になって、泥遊びをするようにでもなりましたか?」

 

「ああいえ、違いますよ。ちょっとした事故です」

 

 テント内から、イリアス様たちが出てきた。

どうやら、作戦会議が終わったらしい。俺は背中の泥を払いつつ、三人の方へ向き直る。

 

「一応、塔のひび割れの補修がほとんど終わりました。どうでしょう? なにか策は出ましたか?」

 

「ええ、まあ……」

 

「ふふふ……」

 

「うふふふっ……」

 

 なぜか、影紬とガブリエラが笑っている。

しかも、どこか含みのある笑い方だ。この二人がこういう笑い方をしていると、すごく不安になる。そして、よく見ればイリアス様も、どこか意味深な微笑みを浮かべている。

 

「話し合いの結果──」

 

 イリアス様は静かに言った。

 

「あなたに、死んでいただくことになりました」

 

「……えっ?」

 

 残念──俺の冒険はこれで終わってしまうようだ。

 

 ・・・・・ 

 

 俺はプカプカと宙に浮かびながら、横たわる妙な男の死体を見下ろしていた。

 

 地面に敷かれた布の上に寝かされており、手を組んでいる。

身長は百八十センチは超えており、妙に威圧感のある漆黒の全身鎧を着ていた。兜の奥にある顔は見えないが、おそらく安らかな表情とは言いがたいものを浮かべているのだろう。

 

 死因は、おそらくストレス。

そして──死んだ男の名はヴェーク。

 

 生前はそこそこ名の知れた冒険家だったらしい。

危険な遺跡や未知の地域を渡り歩き、いくつもの武勇伝を残したと聞く。だが、結局のところ――どれほど名を上げようが、死神のお迎えには勝てなかったようだ。

 

「──」

 

「おかしい人を亡くしました……」

 

「ヴェークが生前に好きだった、ラムネを添えとくね……」

 

 影紬が死体の前で、なむなむと小さく呟きながら手を合わせている。

その声はどこかしんみりしているようで、しかし微妙にずれている気もする。

 

 一方のミクリは、そっとラムネの入った瓶を死体の横に置いた。

……よく見るとその瓶のふたには、小さく消費期限が印字されている。今から二年前だ。

 

「何をふざけているのですか。まったく……」

 

「もっとおどろおどろしい魂を予想していましたが、思っていたより綺麗ですね」

 

「それについては、ウラギリエラに同感です。もしも死んだら、イリアス教の聖人に認定しますか。……ついでに、ワールドウォーカーは私の出した本ということにしましょう♪」

 

 ガブリエラが興味深そうに、俺の魂を指でつついた。

触れられても感触は曖昧で、不思議な感覚だけが残る。

 

 それを遮るように、ダークフェニックスが横からすっと割り込み、俺の魂を抱き寄せた。

 

「あんまり触るのはやめなさい……。さて、大丈夫そうかしら、ヴェーク」

 

「──」

 

 俺は声を出すことができない。

代わりに、上下にふわふわと揺れて返事をする。

 

 結局のところ、三人とも明確な解決法は思いつかなかったのだ。

そこで考え出されたのが、内部の状況を直接確認する方法。つまり偵察のやり方だ。

 

 管理者の塔には、ふしぎないきものたちがギチギチに詰まっているので、中に入れない。

ならばどうするか──答えは単純だった。

 

 物理的に干渉されない存在――魂だけの姿で塔の中に入ればいい。

そこで、ダークフェニックスに俺の魂を抜き出してもらい、再びこの姿になった。そして二人で塔の内部を探索することになったのだ。

 

 ダークフェニックスもまた、俺と同じくエネルギー体の状態となっている。

俺の魂とダークフェニックスの魂は、結びついたような状態だ。だから彼女だけが進むことはできないし、俺だけが離れることもできない。現世においては、見えない鎖で繋がれた二人三脚のような状態になっているのだ。

 

「さて、ダークフェニックス。混沌の影響はどうです?」

 

「この程度なら私が守るから大丈夫よ……」

 

「それは重畳です。さて、ヴェーク……危険になったらすぐに戻ってくるのですよ。いくらダークフェニックスの力が宿っているとはいえ、魂だけの状態は脆弱ですからね」

 

 そう言って、イリアス様は頷いた。

どうやらかなり心配をしてくれているようで、その気遣いは素直にありがたい。

 

 ついでに他の連中が何をしているのか気になって視線を向けた。

正確には視線というより、魂の感覚をそちらに向けたのだが。

 

「やっと用意が終わったよ……」

 

 そう言って、ミクリが抱えてきたのは──棺桶だった。

木目の粗い、手作り感あふれる棺桶だ。どうやらガブリエラが生やした大木をくり抜いて作ったらしい。加工の跡もまだ荒く、ところどころ木屑が残っている。

 

 ミクリは俺の死体の足を無造作につかむと、持ち上げた。

まるで荷物でも放り込むかのような軽さで、俺の死体は棺桶の中に投げ込まれた。……扱いが雑すぎないか。

 

「花の用意も終わりましたよ」

 

「では、献花を行いましょう……。おお、偉大なる冒険家ヴェークよ。安らかに……」

 

 ガブリエラと影紬が、棺桶の中にどんどん薔薇を詰め込んでいく。

赤い花弁が鎧の上に散らばり、棘のついた茎が隙間という隙間に押し込まれていく。

 

 別に好きだと言った記憶が無い花をどうして入れるのか。

なぜ棘がある花を選んでしまったのか──葬式にしても、もう少し優しい花があるだろう。

 

 そもそも、俺は生きている。

いや、死んでいるけど生きているのだ。魂だけの状態で活動しているだけで、完全に終わったわけではない。なのに、どうして葬式が進行しているのか。

 

「ああっ! 我が永遠のライバル、ヴェークよ! 須臾の時もその名を忘れることはないだろう!」

 

「──」

 

 ブラディが、酒の瓶を掲げたかと思うと、中身を俺の兜にビシャビシャとぶっかけてきた。

 

 ──何をやっているのだ、このバカ野郎は。

そう思うが、当然ながら声は出せない。いや、もし出せたとしても、たぶん言葉ではなく拳が先に出ていただろう。

 

「小説で読んで、これをずっとやりたかったのだ! まあ、本では本人ではなく墓にまいていたが……誤差の範囲であろう!」

 

 墓と本人の顔面の差は、かなり大きいと思うのだが。

そう思ってブラディに体当たりするが、体をすり抜けるだけで終わってしまう。悔しい。

 

「“騒々のフリーマン”ですか? あれは良き物語でした……」

 

「じゃあ、次はヤマタイでやるお別れの踊りをするね……」

 

 そう言って、ミクリは俺が入った棺桶をひょいと持ち上げた。

そして肩に引っ掛けたかと思うと、サングラスをかけたプルエルとイヌエル、シェーディと並び、同じように肩に引っ掛け、軽快な足取りで踊り始めた。

 

「あいむにんじゃーとぅーとぅーとぅー……♪ とぅとぅー……♪」

 

 楽しげな歌が響く。

軽快なステップに合わせて、棺桶がリズムに合わせて上下している。

 

「こ、これは──六条家に伝わるとされていた、秘匿された鎮魂の神楽……! 以前からどのような舞いか知りたかったのですが、こんなところで見れるとは……!」

 

 影紬は目を輝かせながら、その踊りを食い入るように見つめている。

どうやらかなり貴重なものらしい。嬉しそうな彼女の姿を見れて俺としては幸福なのだが、すごくモヤモヤした気持ちになる。

 

「ふふ、なんとも可愛いらしいですねえ……」

 

 ガブリエラも口元に手を当て、楽しげに微笑みながら踊りを眺めていた。

周囲の空気は、どこかほっこりとしている。俺も同じような気持ちで見たかったのだが、俺の死体が持ち上げられているのだ。

 

 喜怒哀楽で言えば、喜怒怒怒と言った具合だ。

 

「……行きましょう、ヴェーク」

 

「──」

 

 ダークフェニックスの静かな声に、俺は小さく上下に揺れて応えた。

このままここに留まっていたら、本当にストレスで死ぬかもしれない。

 

 いや、もう死んでいるのだが。

そんな馬鹿げたことを考えながら、俺はおもちゃのように振り回されている自分の死体を背に、ダークフェニックスと共に管理者の塔の内部へと進んでいくのだった。

 

 ・・・・・ 

 

「きゅきゅー!」

 

「…………」

 

 みちみちに詰まった、カラフルな通路を進んでいく。

管理者の塔の内部は、まるでアリの巣のようだった。壁際にも床にも、ふしぎないきものたちがぎっしりと詰まり、通路は埋め尽くされている。

 

 ふしぎないきものや、シェーディの娘たちの体を通り抜けて進む。

魂だから物理的には衝突しないのだが、体を通り抜けるたびに相手がくすぐったそうに身をよじる。

 

 本当なら一人ひとりに謝りたいところだ。

だが残念ながら、俺は声を出すことができない。申し訳ないと思いながらも、ただそのまま奥へと進むしかなかった。

 

「──」

 

 徐々に壁や床の色が変わっていく中、俺たちは順調に上へと登っていった。

やがて、最上階へと続いているであろう階段を発見する。

 

「混沌の侵食が激しいわね……。でも、思っていたよりも中に溜まっている様子は──あら、これは……」

 

 だが、その手前でダークフェニックスがふいに足を止めた。

俺も視線を向けてみると、そこには何かがあった。

 

 空気の歪みのような、薄い透明の壁。

よく目を凝らしてみると、確かにそこに膜のようなものが張られているのが分かる。

 

 周囲にいたふしぎないきものたちが、その透明の壁に体を押し付けていた。

むぎゅっと潰れるほど押しつけるのだが、次の瞬間、ぽよんと弾かれている。

 

 どうやら、先には進めないらしい。

 

「結界ね……。物理的な干渉を弾く結界だから、私たちは通れそうね……」

 

「──」

 

 どうやら、最上階には結界が貼られているようだ。

だが、どうしてここに結界があるのだろうかと、俺は少し考えてみる。……もしかすると、誰かが中に居るのかもしれない。そんな予感を抱きながら、恐る恐る結界へと近づく。

 

 そして、そのまま通り抜けてみると――弾かれることなく最上階へと入ることができた。

そこは、これまでの階層とはまったく様子が違っていた。

 

 壁や床は激しく混沌に侵食され、色が不安定に変化している。

紫とも黒ともつかない色が滲み合い、まるで空間そのものが腐食しているかのようだった。だが、不思議なことに、ふしぎないきものやトンベリ娘たちの姿はない。どうやら、あの結界が彼女たちの侵入を防いでいたらしい。

 

 しかし、だからといって安全というわけではなかった。

最上階の空間全体に、濃密な混沌が滞留しているのがはっきりと分かる。まるで、目に見えない霧が充満しているような圧迫感だった。

 

 もしこの混沌が塔の外へ溢れ出したら――。

世界中に広がることを想像すると、心が冷たくなる。おそらく、想像もつかない規模の大災害になるだろう。

 

 俺はゆっくりと視線を上へ向けた。

空に突き抜けた天井の空間に、ひとつの球体が静かに浮かんでいる。内部には無数の光が瞬き、まるで宇宙そのものを閉じ込めたかのようだった。おそらく──高濃度の混沌の塊だ。

 

 そして、その球体をじっと見上げている存在が、すぐそばに立っていた。

見覚えのない、謎の存在だ。

 

「あら……あなたはもしかして……」

 

「……ん?」

 

 謎の存在はゆっくりと振り返り、こちらを見た。

その存在からは、確かに混沌の力を感じた。塔の中に充満しているものと同質の、しかしどこか整えられたような、不思議な気配だ。

 

 だが、俺が最初に思ったのは別のことだった。

――どこか、ぺこに似ているのだ。

 

「──」

 

「驚いたな……。このような状態の中、ここにやってくるとは……。まさか、混沌の力が狙いか?」

 

「別にそんなの求めてないわ……。あなた、混沌の精霊じゃないかしら? 私たちは──」

 

 ダークフェニックスが、喋れない俺の代わりに話を続けてくれた。

謎の存在の名は、ヌール・コギト──ヌルコと言うそうだ。タルタロスでルカ一行に拾われ、ともに旅をしていたふしぎないきもの──いや、正確には混沌の精霊なのだという。

 

「そうか、女神イリアスが下に来ているのか。それは朗報だ……」

 

「見たところ、混沌の力を蓄積して一箇所に集めていたのかしら……?」

 

「その通り……。私がここにたどり着いた当初、もっと混沌の瘴気に満ちあふれていたが……。あの変な緑色の生物のおかげで、だいぶマシになった……。最初は驚いたがな」

 

 そう言って、ヌルコは今までのことを説明してくれた。

彼女はポケット魔王城から脱出したあと、世界中に散開していた混沌をこの場所に集めていたそうだ。

 

 そうしなければ、世界はもっと混沌の渦に飲まれていたらしい。

ヌルコが自らが混沌に侵食されながらも、ここで広がることを防いでくれたことによって、世界は保っていたということだ。

 

 だが、混沌を処理する過程で、どうしても力が漏れ出してしまう。

そして、その余剰の力が形を取り──カラフルなふしぎないきものたちが生まれたのだという。塔の中で見かけた、あの奇妙で賑やかな生き物たち。どうやら、あれはヌルコが意図して作り出した存在ではなく、混沌の力から偶然生まれたものらしい。

 

「今は混沌の収束よりも、この塔が崩壊しないように結界を貼る力を強めている……。何が起こっているのか分からないが、塔が軋んで崩壊が進んでいたのでな」

 

「──」

 

 ヌルコの言葉に、俺は揺れた。

その原因には、しっかり心当たりがある。

 

「……あー、それは解決したから大丈夫よ」

 

「そうなのか……? それは良かった」

 

 ヌルコは小さく頷き、再び空中に浮かぶ混沌の球体へ視線を戻した。

カラフルなふしぎないきものたちが誕生していくのを横目に、ヌルコはひたすら混沌をこの場所へ蓄積し続けていたらしい。

 

 しかし、不可思議なことが起こった。

謎の緑色のふしぎないきものたちが一斉に塔の中へ出現したのだ。ヌルコは慌てて結界を張り、最上階を封鎖。外部からの干渉を遮断しながら、混沌の拡散を必死に防いでいたという。

 

 だが、その最中に──ある異変に気づいた。

 

 混沌がどんどん減っていっているのだ。

急いで調べてみると、塔に現れた謎の緑色の生き物たちが、混沌をどんどん吸い取っていたのだ。

 

「この混沌量ならば、この上にある混沌の塊を世界に拡散すれば、問題は解決だ……」

 

「それは、大丈夫なのかしら……」

 

「問題ない……。混沌はすべての万物の元になっている要素。元々、世界のあちこちに存在していたものが、濃くなりすぎただけなのだ。希釈して放出してしまえば、影響はない……」

 

「──」

 

 どうやら、最悪の事態にはならないらしい。

空に浮かぶ混沌の塊と、この部屋に充満している混沌の力を外へ放出してしまえば、暴走や爆発の危険はないという。

 

 俺はその説明を聞き、思わずほっと一息ついた。

例えるなら、危険な爆弾から火薬を抜いてしまうようなものだろう。爆発の原因さえ取り除いてしまえば、あとはどうにでもなる。

 

「やるなら、早めにやったほうがいいな……。この力を嗅ぎつけ、悪用したい輩が現れたら厄介だ……。拡散させるには一度、結界を解除しなくてはならないのだが……」

 

「塔は心配しなくていいわ……。きちんと補強したから、崩れる心配はないと思う……」

 

「そうか……。では、早速──」

 

 そう言って、ヌルコは両手を上空に掲げる。

すると、部屋を覆っていた重い雰囲気が一気に軽くなり、混沌の気配が遥か上空へと登っていく。そして、ある程度の高度に到達すると、混沌の塊はゆっくりと広がり、細かな粒子となって空へ散っていく。

 

 やがて、その一つひとつが光の粒のように薄れていき、静かに消えていった。

 

「ふう、これで一安心だ……。さて、やっとここから──ん?」

 

「な、何かしら、この揺れは……」

 

「──」

 

 薄れていく混沌を眺めていると、下から微かな振動が伝わってきた。

最初は気のせいかと思ったが、すぐにそれがはっきりとした揺れへと変わっていく。床が、低く唸るように震え始めたのだ。

 

 まさか――塔が崩れ始めているのか。

そんな嫌な予感が頭をよぎり、俺は慌てて外壁の方へ意識を向けた。

 

 だが、目に映った光景は予想とは違っていた。

壁にはひび割れ一つ見当たらない。先ほどと変わらず、きれいなままだ。

 

 つまり、この揺れは――塔の崩壊ではない。

だとすれば、いったい何が起きているのだろうか。

 

「……まさか。ヌルコ、もしかして階段の方に貼ってあった結界も解除したのかしら?」

 

「あ、ああ……。トンベリ娘たちが混沌を吸収したとはいえ、全てではない……。下の階に残っている混沌も高濃度だから、ついでに一緒に排出を──あっ」

 

 ヌルコはそう言いながら、はっとした表情で俺たちの背後を指さした。

つられて振り返る。

 

 すると──。

三つある階段から、何かが押し寄せてきていた。ふしぎないきものたちと、トンベリ娘たちだ。

 

 しかも、ただ上がってきているのではない。

みちみちと音を立てながら、押し合うようにして最上階へなだれ込もうとしている。まるで、振りまくったコーラ瓶の栓を抜いた瞬間に中身があふれ出すような勢いだった。

 

「──」

 

 なるほど。

最上階を塞いでいた結界が消えたことで、下の階に溜まっていた連中にとっては蓋が開いた状態になった。

 

 塔の外壁は、俺たちががっちり補強している。

だから壊れることはない。つまり――管理者の塔に溜まっていた圧力が、補強していない床と上部へ向いているのだ。

 

 例えるなら、この塔の状況は――噴火寸前の火山に近い。

 

「ま、不味いわね……!」

 

「くっ、駄目だ……。混沌の拡散に力を使いすぎて、結界を再び展開する力がない……!」

 

「逃げるわよ……! 今はそれしかできないわ……!」

 

「──」

 

 そう言って、ダークフェニックスは俺を抱えて窓から飛び出る。

続いて、ヌルコも飛び降りてきた。俺たちは塔の外側を滑るように、急いで落下した。

 

 ・・・・・ 

 

 地面まで落ちたあと、俺たちはイリアス様たちのもとへ全力で向かった。

塔の入口まで戻ると、焚き火の煙が見えた。

 

「はふはふ……! ホクホクして美味しい……♪」

 

「そうでしょう、そうでしょう。私が丹精込めて作ったサツマイモですから……」

 

「ガブリエラさん、ありがとー!」

 

「わふう……。あたし、犬だけど猫舌なの……」

 

「…………」

 

 イリアス様とガブリエラ、プルエルとイヌエルの四人は、焚き火を囲んでサツマイモを頬張りながら、すっかりくつろいでいた。

火の中にはまだ何本かの芋が埋められており、ぱちぱちと音を立てて焼けている。どうやらシェーディの分はまだ焼き上がっていないらしく、少し落ち着かない様子で焚き火の周りをうろうろと歩き回っていた。

 

「この状態で死霊術を使うと、どうなるのだ?」

 

「おそらく、普通に発動すると思いますよ。魂が抜けているので、死体も同然ですから。……久しぶりに人形を作りたくなりましたね。ちょうどよい素材もありますし、ここは四代目影紬の技をお披露目しましょうか?」

 

「ん、ヴェークになりすまして、銀行のお金を下ろそう……。いっつも『食費が食費がー!』って言ってるけど、緊急用の貯蓄は別にしてたはずだから、それをカジノに投資するの……。大丈夫大丈夫、倍にして返すから……」

 

「──」

 

 ブラディと影紬、それにミクリの三人は、棺桶の周りに集まって何やら不穏な相談をしていた。

というか、勝手に俺の体と資産が使われそうになっている。

 

 俺は慌てて棺桶の中へ飛び込み、そのまま自分の死体へと突っ込んだ。

 

「──うわっ!! 酒くせえ!! てか、棘が全身に刺さってすっげえ痛い!!」

 

「ああ、お父上よ……。まだ復活の呪文を唱えていないのですが……」

 

「勝手に俺の体をおもちゃにするな!! それに、俺のゴールドを勝手に使おうとするんじゃねぇ! いや、それよりも早く来てくれ!!」

 

 体に戻った瞬間、痛みと鼻を突く酒の匂いに思わず顔をしかめながら、俺は三人に声をかける。

そして急いで、イリアス様たちのいる方へ駆け出した。すでにダークフェニックスとヌルコが、今起こっている状況を説明しているところだった。

 

「ガルダに飛び乗って、私が代わりに結界を? いえ、避難用にガルダは少し遠くに待機しているので、今からでは間に合わない──」

 

「イリアス様!」

 

「ああ、戻りましたか、ヴェーク。話は二人から──」

 

 肉体を取り戻した俺とイリアス様の目が合う。

その瞬間だった。地鳴りのような低い音が、管理者の塔の方角から響いてきた。

 

 反射的にそちらへ目を向けると──塔がぶるぶると小刻みに震えていた。

 

「し、小イリアス様……! ここから避難したほうが良いのでは!? こうなれば、私だけでも脱出を──アツツツツ!? これも駄目なのですか!?」

 

「なんだなんだ!? カラフルブラディタワーが倒壊でもするのか!? 我に説明をしてくれ!!」

 

「いや、倒壊はしないんだけど、このままだと──あっ」

 

「…………!!」

 

 シェーディが突然、ぴょこぴょこと跳ねながら塔の上を指差す。

その指の先には──。

 

「わあ……!! ヤマタイの手筒花火みたい……!!」

 

「ま、間に合いませんでしたか……」

 

 次の瞬間。

塔の上部から、何かが勢いよく空へと射出された。

 

 それも一つや二つではない。

ミクリの言う通り、まるで花火のような勢いで――。

 

 カラフルな軌跡を描きながら、ふしぎないきものと、トンベリ娘たちが空へと飛び出していく。

俺たちはその光景を、ただ唖然としたまま見上げるしかなかった。

 

「これ、大丈夫なのかな……」

 

「…………!」

 

 俺が不安そうに呟くと、シェーディがむふっとした表情を浮かべる。

どうやら、娘たちはとても頑丈だから問題ないらしい。むしろ、着地した先にある建物や地形の方が心配だと言っている。空の彼方へ飛んでいく娘たちに手を振り、上機嫌に見送る。

 

「あー、娘は頑丈だから大丈夫だとシェーディは言っていますね」

 

「……では。ヌルコ、ふしぎないきものたちはどうです?」

 

「……まあ、大丈夫だろう……。彼女たちもかなり頑丈だからな」

 

「そ、そうなのか。それは良かった……良かったのか?」

 

 自分で言っておきながら、俺は思わず首をかしげる。

ヌル語を聞く限り、あのふしぎないきものたちはこちらに友好的だった。人に酷い危害を加えるような存在ではないだろう。

 

 それに加え、ヌルコの話では、縄張りの外では比較的大人しく過ごすらしい。

人のいる場所に飛んでいっても、大丈夫なはずだ。それに、海や山に飛んでいっても、彼女たちの強さなら大丈夫だろう。

 

「なんともまあ、締まらない終幕になってしまったようで……。でも、確かに花火みたいで綺麗ですね……」

 

 そう言いながら、影紬はいつの間にか用意していたお茶を配り始めた。

 

 夜空に広がっていく色とりどりの閃光。

ただの花火だと思えば、なかなか壮観な光景だった。……正体を知っていなければ、もっと感動していたのだろうが。

 

「わーい! またねー!」

 

「わおーん!」

 

「きゅきゅー!」

 

「…………♪」

 

 プルエルとイヌエルが、無邪気に手を振りながら彼女たちを見送る。

 

 塔から彗星のように飛んでいく、ふしぎないきものたち。

世界を覆おうとしていた混沌は、確かに払われた。

 

 だが──その代わりに。

もっと混沌としたものが世界に広がっていったような気がして。

 

 俺は、どこかすっきりしない気持ちのまま、空の彼方へ消えていく彼女たちを見送るのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。