進め! 我らは力の同盟!   作:クラウス道化

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(13)アイドル・スターズ! 力の同盟!

「ギギギギギギ……!」

 

「だ、大丈夫ですか? グノーシス……」

 

「シオンが持って来る苦労に比べれば、問題ありませんとも……」

 

 ふしぎないきものたちの大噴火を見送ったあと。

改めて管理者の塔の中を捜索していると、くたくたになって倒れていた天使のグノーシスを発見した。俺たちは一瞬言葉を失い、それから慌てて彼女を担ぎ上げ、塔の外へと搬出した。

 

 介抱を行った甲斐もあって、すっかり元気になっている。

 

「歯をすべて超合金にしていなければ、危なかった……」

 

「俺も歯が駄目になったら、超合金のインプラントにしようかな。そのうち、怒りで砕けたりしそうだし」

 

「人間は面倒だな! 我はヴェークの必殺技を受けるまで、欠けたことも無かったぞ! 仮に駄目になっても生えてくるしな!」

 

 グノーシスはなんと、あの噴火を乗り越えたのだ。

その方法は、壁の僅かな突起にかじりつき、ひたすら上昇気流に耐えきるという荒業だった。

 

 正直なところ、俺たちは一緒に空の彼方へと吹き飛んでしまったのではないかと思っていた。

だが、さすがは熾天使だ。エデンさんもかなりタフだったし、それが熾天使という存在の前提なのかもしれない。

 

「ともかく、合流できたことを喜ばしく思いましょう。グノーシス、その力……この私に捧げるのですよ」

 

「無論です、イリアス様。……あの、聞きたいことがあるのですが……」

 

 言葉の終わりに、わずかな逡巡が滲む。

グノーシスの視線は、はっきりと一人の天使へ向けられていた。

 

「……ああ。あれについてですか。最近、天使の序列に変更がありましてね。彼女はガブリエラ。最も序列の低い、駄天使の冠を持つ天使ですよ。ちなみに、彼女の次に偉いのはきゅうりです」

 

「こんな私に七大天使の座など大きすぎたのです……。グノーシス様、これからはあなたの部下として、誠心誠意──手取り足取りフレンドリーに働きましょう……」

 

「……。プリエステスから胃薬を貰わなくては……」

 

 媚びを売ってくるかつての上司に、困惑気味のグノーシス。

 

「きゅー! きゅー!」

 

「…………」

 

 その横で、シェーディがヌール・コギト──ヌルコを抱きしめていた。

彼女は混沌の処理の際に力を使いすぎたらしく、現在は消耗を抑えるため、力を極限まで落とした“ふしぎないきものモード”とでも言うべき状態になっていた。外見も振る舞いも簡略化され、その分だけ存在としての負荷が軽くなっているらしい。

 

 本人曰く、この姿の方が楽で、なおかつ食事も美味しく感じられるとのことだ。

 

「……うーん。やっぱり、どこか似てる気がするな……」

 

「どうしました?」

 

 不意に漏れた独り言に、影紬が首をわずかに傾げる。

 

「ああいや。ヌルコってさ、ぺこに似てる気がするんだよ。影紬もそう思わないか?」

 

「……。全く似ていないと思うのですが。魂が抜けた影響で、眼球に何か問題が生じたのでは? 死体になると、一番最初に駄目になるのは目だと言いますし」

 

「えっ? 本当か? 酒が目に染みて痛いくらいで、なんともないと思うんだけど……」

 

 俺は思わず、自分の目を兜越しに擦りながら答える。

そんなやり取りをしていると――。

 

「影紬の言うとおりですよ。あのふしぎで無害そうないきものと蛭蟲のどこが似ていると言うのです?」

 

「え、えっと……」

 

 突然、イリアス様が割って入ってきた。

あまりに唐突だったので、俺は少し困惑してしまう。

 

「きゅきゅ、きゅきゅきゅー」

 

「ほら、ヌルコも親近感を感じたって言ってますよ」

 

「こっちにおさかながありますよ……」

 

「きゅ!? きゅきゅ~♪」

 

 俺の主張を遮るように、影紬がどこからともなく魚料理を取り出す。

食べ物の気配を察知した瞬間、ヌルコの意識は完全にそちらへと向く。影紬はそのままヌルコを誘導し、少し離れた場所へと連れていった。

 

「──ごほん!! 今はあなたの妄想を聞くよりも重要なことがあります。次の目的地についてです」

 

 わざとらしい咳払いとともに、イリアス様が話を引き戻す。

 

「あれ、普通にグランドールに行くんじゃないですか?」

 

「……そうでしたね。では、今日の夕飯をそろそろ食べたいので、プルエルとイヌエルと作って来なさい。これは神託です」

 

「……はい」

 

 なんだか、話を意図的に逸らされたような気がする。

まあ、そのような気がするだけなのかもしれない。

 

 俺は薔薇の棘が刺さってチクチク痛む体を動かし、夕飯の準備に取り掛かった。

 

 ・・・・・ 

 

 無事、管理者の塔の問題を解決した俺たちは、次の目的地――グランドールへ向かうことになった。

塔の前で一晩を過ごし、疲労をどうにか癒やした翌朝。

 

「うーん、あんまり変わっている様子はないですね」

 

「そうですね。これならば、サバサと同じように安心して過ごせるかもしれません」

 

 ガルダの背の上から、イリアス様が眼下に広がるグランドールを見下ろしながらそう言った。

俺も身を乗り出すようにして下を覗き込むが、異変は感じられない。

 

 サバサのときもそうだったが、どうやら砂漠地帯は混沌の影響を受けにくいらしい。

イリアス様曰く、生命の密度が低い場所ほど、その干渉は弱まるのだという。

 

「せまい……。これならウサギ小屋のほうがマシ……。ガブリエラ、今すぐ飛び降りて……」

 

「ミ、ミクリちゃんのお願いでも、ちょっと聞けないですね……」

 

「じゃあ、下に自由落下をして……」

 

「それって、一緒なのでは……?」

 

 ガブリエラに抱えられたミクリが、露骨に不機嫌そうな声で文句を垂れている。

イリアス一行は現在、ちょっとした問題を抱えていた。

 

「……狭いですね」

 

「はい……」

 

「不愉快の極みです」

 

 端的に言えば、ガルダの背の上の面積が足りていないのだ。

新たにミクリ、ヌルコ、そしてグノーシスが加わったことで、もともと余裕のなかった空間は一気に圧迫された。立ち位置を少しずらすだけでも互いの肩や腕が触れ合い、バランスを崩しかねない。

 

「おしくらまんじゅうだよ~♪」

 

「くぅん、砂漠だからあついよお……」

 

 ちいさな者たちは誰かが抱えることでどうにか収まっている。

イリアス様にはプルエルとイヌエルが身体を寄せ、俺は影紬を抱え込む形で体勢を維持している。

 

「申し訳ありません、イリアス様。この速度に追いつくのは、難しいので……」

 

「むう、困ったことになったな。我は飛べるから良いが、たどり着くまでに少し疲れてしまうぞ」

 

「…………」

 

「きゅー! きゅー!」

 

 自力で飛べるブラディが、シェーディを掴んでガルダの横を飛んでいる。

シェーディの腕の中では、ヌルコが楽しそうにパタパタしていた。

 

「やはり、ポケット魔王城を修理する必要がありますね。これが終わったら、ヌルコに修理を頼みますか」

 

「それがいいですね。──あっ、見えてきましたよ」

 

 俺はそう言って、前方に見え始めたグランドールを指差す。

ダリアとミニが、この場所で待機しているはずだ。それに加え、黄色い大量のスライムの目撃情報もある。まだ合流していない力の同盟の仲間、エクレアがここに居る可能性が高い。

 

 やがて街の外縁に差しかかったところで、人目を避けるため、やや離れた地点に着地した。

 

 ・・・・・ 

 

 グランドールは合一の影響をそれほど受けていなかった。

天界にも魔界にも存在しなかった街だそうなので、当然と言えば当然だろう。

 

「……あまり、変わった様子はありませんね」

 

「イリアス様……現実を見ましょう」

 

 目の前の光景は“変わっていない”では済まされなかった。

 

「おお!! ブラディタワー並みにカラフルな街であるな!」

 

「グギギ……トラウマが……」

 

「大丈夫ですか、グノーシス……? また胃薬が必要ですか?」

 

 各々の反応がばらばらな中で、俺は改めてその街――グランドールを見渡す。

グランドールは──完全に、カラフルになっていた。

 

「ブーメラン♪ ブーメラン♪」

 

「わわわ~い! ライブチケットはまだ売ってるよ~!」

 

「偉大なる我がお姉様が率いる、コズミック☆スターズを応援しなさいな~!」

 

 そして、その中心にいるのは――大量のスライムたちだった。

 

 赤、青、黄、緑、紫──。

とにかく色とりどりのスライムが、通りという通りを埋め尽くし、思い思いに騒いでいる。踊りながら歌うもの、露店を広げて魚を売るもの、意味もなく跳ね回るものまで、統一感はまるでない。

 

「サキちゃん、キラッ☆」

 

「コズミック☆スターズ最高!!」

 

「きゅきゅー!」

 

 街に暮らす人たちも、どこか浮ついた熱気を放っている。

それを不思議に思いながら歩いていると、街中にポスターが貼られていることに気がついた。

 

「えっと『混沌を打ち倒せ! コズミック☆スターズ!』……?」

 

「これって、エクレアのあんぽんたんじゃない……?」

 

 ポスターには、見覚えのあるスライムと、何人かの魔物たちが描かれていた。

それぞれが舞台役者のように、思い思いのポーズを決めていた。

 

 そのうちの一名は間違いなく、エクレアだ。

自信に満ちた表情と、見慣れた立ち姿は見間違えようがない。

 

 それに、以前この街で知り合ったサキちゃんの姿もある。

他にも、見覚えのないねこまたっぽい子と、褐色のサキュバスも描かれている。

 

「エクレア、こんなときに何やってんだ……」

 

 思わず呆れた声が漏れる。

 

「サキちゃんとスライムはともかく、残りの二人は魔界で見た魔物ですね。おそらく、ぺこと同じように魔界の自分と合一してしまったのでは?」

 

「それは……どうなってるんだろう」

 

 イリアス様の仲間の中には、エクレアの妹のプリンが居たそうだ。

彼女は魔界で仲間になったらしい。ということは、姉であるエクレアもまた、魔界に存在していたのだろう。……二人が混ざり合って、どのような化学反応が起こっているのか。

 

「とりあえず、ダリアに会いに行きましょう。たしか、入ってすぐのテントに……あれかな?」

 

 ミニから事前に聞いていた、ダリアが居るテントを目指す。

その途中で、大きな建物が見えた。裏社会の長である、ドン・ファーザーが暮らす屋敷だ。俺は彼の正体を知らなかったが、イリアス様から面識のある人間だと聞いて、驚いたものだ。

 

「ラザロさんが裏社会のドンだったなんてなあ」

 

「ただのカードゲーム同好会のおじさんだと思ってたのに……。どうしよう、ミクリはドン・ファーザーと敵対中のヤマタイヤクザと関係がある……」

 

「世界がこんな状況なのに、抗争などやっている場合ではないでしょう。……いえ、こういう状況だからこそ、争っているかもしれませんね。しばらくしたら屋敷に行って、ラザロが居ないかどうかも確認しないといけません」

 

 ガブリエラは、露骨に不満そうな視線を屋敷の方へ向ける。

 

「あのようなごろつきを拾うのですか? 小イリアス様。ここは、ミクリちゃんと関係の深いヤマタイヤクザを支援するべきでは?」

 

 半ば呆れたように、イリアス様が小さく息をつく。

 

「本当にその白狐を気に入ってますね……」

 

「ええ、それはもう……。この子は魔物ではありますが、天使と同じく聖なる力を備えている……。つまり、愛らしい天使であると言っても過言ではないでしょう。うふふ」

 

 ガブリエラはそう言って、ミクリを見つめる視線を柔らかく緩める。

 

「おい、ガブリエラ……。ちょっとその場でジャンプして……。カジノで遊んでくるから……」

 

「も、もう、お金はすべて渡しているのですよ……?」

 

 面白いことに、ガブリエラはミクリのことをすっかり気に入っていた。

実は、これはそれほど珍しい話でもない。ミクリは見た目だけなら愛らしい白狐であり、小柄な体躯と相まって、初対面の相手に警戒心よりも親しみを抱かせやすい。

 

 加えて、その身にまとっているのは、どこか神聖さを感じさせる不思議な気配。

魔物でありながら、天使にも似た清らかな雰囲気――それが、ガブリエラに強く刺さったのだろう。

 

 もっとも、その内面が見た目通りかどうかは、また別の話なのだが。

俺はイリアス様の背中を見ながら、そう思った。

 

「おっ、居た居た……。おーい! ダリアー!」

 

 街中で視線を巡らせていると、ちょうどテントの前で洗濯をしているダリアの姿を見つけた。

干された洗濯物が風に揺れ、その下にはやや大きめの壺が置かれている。壺の口からは、かすかに熱気のようなものが立ち上っていた。

 

 おそらく、中にミニが入っているのだろう。

下から熱を送り、洗濯物を乾かしているに違いない。妙に合理的というか、なんとも言えない光景だ。

 

 俺の呼びかけに気づいたダリアは、ゆっくりとこちらを振り返った。

その瞬間、あからさまに機嫌の悪い顔が浮かぶ。そして地面を踏み鳴らしながら、一直線に詰めてきた。

 

「この馬鹿野郎──いってぇ!」

 

「そりゃそうなるだろ……大丈夫か?」

 

 人の顔を見るなり、ダリアは勢いよく俺のスネを蹴り飛ばした。

だが、今の俺は全身鎧を装着している。鈍い音とともに衝撃はそのまま弾かれ、蹴った側のダリアへと返っていった。

 

 次の瞬間、ダリアはその場で足を押さえ、顔を歪めている。

久しぶりに見る幼馴染の姿は、相変わらず騒がしくて、そして元気そうだった。変わっていないことに少し俺はほっとする。

 

「クッソー、人が心配してたのに、呑気にトボトボ歩いてきやがって……。本当にムカつくな! お前は昔からそこんとこが抜けてんだよ!」

 

「それは……悪かった。俺も色々あって、なかなかこっちに帰れなかったんだよ」

 

 俺は軽く頭をかきながら答える。

 

「ったく、分かった分かった。これで話は終いにしてやるよ……。それよりもよお、ちょっと困ってんだ。おーい!」

 

 ダリアは一方的に話を切り上げると、くるりと踵を返し、テントの中へ向かって声を張り上げた。

切り替えの早さも、昔から変わらない。

 

「まあまあ! イリアス様にヴェークさんではありませんか!」

 

「君は……エクレアの妹の、プリンじゃないか?」

 

「そうですわ! これで会うのは二度目ですわね~。……その、会ったばかりで申し訳ないのですが、ご相談したいことがありますの」

 

 にこやかな態度はそのままだが、言葉の端にわずかな緊張が混じる。

 

「あー、もしかして……」

 

 俺は、申し訳なさそうにするプリンに向かい合う。

なんとなく、彼女が次に何を言うのか──予想できたのだ。

 

「……お姉様が率いる、アイドルグループ『コズミック☆スターズ』を止めてほしいのですわ!」

 

 ・・・・・

 

 プリンの話をテント内で聞くことになった。

この街は今のところは安全だとのことなので、俺とイリアス様以外は思い思いに街を散策している。

 

「それで、今度は何をしようとしているんだ?」

 

「それを説明するには、わたくしたちがここにたどり着くまでの過程を説明せねばなりませんわ!」

 

 そう言って、プリンは今まであったことを話してくれた。

 

 三世界合一後、大多数のラ・モード家の一族はライラの滝に集結。

その中には、魔界の自分と合一したスライムも多く含まれていたという。だが、元々の性質が似通っていたため、人格に大きな変化は見られなかったらしい。

 

「それもそうでしょうね。スライム族は群体生命体。体に多数の生命を宿しているのですから」

 

「へえ、そうなんですね……。えっと、プリン。それで?」

 

 続きを促すと、プリンは小さく頷き、引き続き説明をしてくれた。

 

 スライムたちは当初、スライム族の祖であり、六祖の一角でもある禍撫のもとに結束を固めていたそうだ。

 

 だが、そこに待ったをかける存在が現れた。

その名は──エクレア・ラ・モード。スライムの自称名門貴族出身にして、自称お姫様。

 

「スライム族は二つの派閥に分かれました。世界を支配し、スライム族を頂点とする過激派と──スライム族のことだけを想う穏健派ですの」

 

「禍撫は同族を非常に大事にしていますからね。同胞を守るためならば、世界を敵に回すのも考えられるでしょう」

 

「過激派を率いるエクレアお姉様は、穏健派である禍撫様とエルベティエ様と衝突し、この地まで一度撤退、今はここで再起を図っている途中なのですわ……」

 

「ああ、エクレアの方が過激派だったのですか……。私はてっきり──ごほん、続けてください」

 

 スライム族は現在、二つの勢力に分かれたまま決別状態にあるという。

そして、このまま放置すれば、再び衝突するのは時間の問題だ。それを止めたい――それが、プリンの願いだった。

 

「でも、負けたんだろう? エクレアは脳筋なところがあるけど、一回負けたらそれなりに考えると思うけどな……」

 

 エクレアの性格を思い浮かべながら、率直な疑問を口にする。

無謀ではあるが、学習しないタイプでもない……はずだ。

 

「そこなのですわ! エクレアお姉様はアイドルグループを結成し、その名声を持って他の魔物たちを集っていますの! ですが、ここは砂漠の地……あまり集まることはありませんでした。ですが、状況が変わったのですわ!」

 

「……」

 

「空から降ってきた──多くのふしぎないきものたち! とても愛らしく、とても強い彼女たちがコズミック☆スターズに釘付けになり、支持を始めたのですわ!」

 

 俺はその話を聞いて、無言で視線を外に向けた。

通りの向こう、色とりどりのスライムたちの群れの中に――確かに見覚えのある姿が混じっていた。

 

 ヌルの眷属と、トンベリ娘たち。

管理者の塔での噴火のあと、空から世界各地へ散らばった。どうやら、その一部がこの街に流れ着き、そして――厄介なものに目を付けてしまったらしい。

 

「……つまり、また面倒なことになってるってことか。これって俺たちのせいですかね?」

 

 思わず、俺はぼそりと呟く。

 

「……知りません。ですが、我々が来たのは幸運でしたね。ふしぎないきものたちの生みの親を連れているのですから」

 

「もしや、解決する方法がありますの!?」

 

「まあ、なんとかなるんじゃないかな? ──あっ、イリアス様。今の状況って不味くないですか?」

 

 テント前で分かれる直前、ガブリエラとミクリは大劇場の二階にあるカジノに行くと言っていた。

そして、アイドルグループが拠点にする場所といえば、この街ではほぼ間違いなく大劇場だ。キラキラを顔面に浴びせられたことを根に持っているミクリがエクレアと出逢えば、発生する出来事は一つだろう。

 

「……行ってみましょう。もしかしたら、サキちゃんあたりがいい感じに仲裁してくれているかもしれません」

 

「そうだといいんですけど……」

 

 こうして、俺たちは急ぎテントを後にし、大劇場へと向かった。

 

 ・・・・・ 

 

 散策していた仲間たちに声をかけ、大劇場に到着した。

建物内に入ると、場内にはとんでもない熱気と浮ついた空気が満ちていた。

 

「もぅぅぅぅん!! もがもがもがもが!!」

 

「無様ですわねぇ! ミクリ! 今のワタクシは魔界のワタクシと合一した存在! その強さはイチ足すイチで二百! つまり、十倍ですわ~!!」

 

 視線を上げれば、大劇場のステージの中央。

そこには多種多様な種族が集まっていた。ミクリは舞台の一角で金属の鎖に幾重にも拘束され、身動きも取れずにもがいている。その隣では、ガブリエラが苦悶の表情を浮かべ、片腕を押さえて膝をついていた。

 

「う、腕の骨が折れました……」

 

「腕の骨がどうしたというのですか! 天使には、ええっと……いっぱい骨がありますわ! 一本ぐらいどうということはありませんわよ~!」

 

「…………♪」

 

「きゅー♪」

 

 ガブリエラの周囲には、トンベリ娘たちとヌルの眷属が取り囲むように集まっていた。

彼女たちは皆、頭に同じ鉢巻を巻いている。そこには『ラブ! コズミック☆スターズ!』と、やけに力の入った文字が躍っていた。手には色とりどりのサイリウムが握られ、光がちらちらと舞台を照らす。

 

 どうやら、ガブリエラは彼女たちに集団で襲いかかられて、やられてしまったようだ。

 

「ふふん、七大天使がこうも容易く撃破できるならば、ワタクシたちが世界を支配するのも時間の問題ですわね!」

 

「リーダー! かっこいいー!」

 

「にゃあー!」

 

「わーお☆ サキちゃん、この勢いで世界デビューしちゃうよー☆」

 

 エクレアの後ろには、ポスターで書かれた魔物たち。

どうやら彼女たちこそ、エクレアが率いるアイドルグループ――コズミック☆スターズのメンバーに違いない。

 

 俺は声をかけるべきか迷ったが、ここは割って入ることにした。

おそらく、最初に手を出したのはミクリ側だろう。少なくとも、エクレアたちが完全な加害者というわけでもなさそうだ。

 

「おーい、エクレア!」

 

「その声はヴェークに、シェーディではありませんか! 久しいですわ! おや……いろんな方々を連れているみたいですわね!」

 

 余裕に満ちた態度で、エクレアがこちらを振り返る。

 

「ああ、久しぶりだな。一応、想像はできるんだけど、何があったんだ?」

 

「このおマヌケな白狐が急に殴りかかってきたのですわ~! ワタクシ、開口一番に謝罪しましたのに~!」

 

「もが~……!! もがもがもが……!!」

 

 ミクリが抗議するように激しく身をよじり、鎖を鳴らして暴れ回る。

だが、すぐさまヌルの眷属とトンベリ娘たちが群がり、手慣れた様子で押さえ込む。そして、彼女たちはミクリを使ってキャッチボールを始めた。くぐもった抗議の声が、虚しく宙を行き来する。

 

「…………!」

 

「…………」

 

 シェーディが一歩踏み出し、制止する。

目の前のトンベリたちは一瞬だけ動きを止め、わずかに気圧されたように視線を揺らした。

 

 だが、その迷いは長く続かなかった。

すぐに小さく首を振り、互いに顔を見合わせると、強く自分たちの意思を示す。

 

 ――自分たちはコズミック☆スターズの親衛隊。

たとえ相手が“母親”であろうと、コズミック☆スターズ以外の話は聞かない。その言葉を聞き、シェーディは『反抗期になっちゃった!』と、驚いた様子を見せる。

 

「きゅきゅー!」

 

「きゅ! きゅきゅっ!!」

 

 続けてヌルコも間に入り、説得を試みる。

だが返ってくる反応は、トンベリ娘たちとほとんど変わらない。どうやら、崩せそうにはなさそうだった。

 

「ううん、これは困ったことになったぞ……」

 

「翻訳をしてくれませんか?」

 

「えっと、自分たちはコズミック☆スターズのファンだから、彼女たちだけに従うと」

 

「なんと、反抗期であるか! これは面白くなってきたな!」

 

 ブラディがそう言って、くつくつと笑う。

 

「なあ、エクレア。とりあえず、話し合わないか? なんか、怖いことをしようとしているみたいだし」

 

「──いいえ! 今のワタクシたちに話し合いなど必要ありませんわ~!」

 

 きっぱりと言い放つエクレアの瞳には、一切の迷いがない。

 

「力の同盟──その名の通り、力を至上主義としているならば! この場において、力を持って上下関係を決めてしまいましょう!!」

 

「……あっ! もしかして、みんなで練習していたあれをやるの!?」

 

「にゃっ! ついに刻が見えたのニャ!!」

 

「さあ、行くよ~☆」

 

 次の瞬間、コズミック☆スターズの面々が、息の合った動きで一箇所に集結する。

そして──。

 

「ビビアン、ミー、サキちゃん! アイドルドリームアタックを仕掛けますわよ~!」

 

 高らかな号令と同時に、空気が弾けた。

その瞬間──場の雰囲気がガラリと変わる。

 

 コズミック☆スターズと、その親衛隊たちが一斉に踏み込んできた。

 

 ・・・・・ 

 

「いてて……。まったく、人騒がせな……」

 

「本当ですね。ああ、ウラギリエラ。回復の用意を。彼女たちはこれから、私の下僕になるのですからね」

 

 イリアスはいつも通りの落ち着いた口調でそう言い、視線を倒れ伏すコズミック☆スターズへと向ける。

 

「ま、まだですわ! たかが全員やられただけですわ!」

 

「それを全滅と言うのでは? ですが、あの連携は素晴らしかったですね。今度、人形劇に取り入れましょう……」

 

 影紬が淡々と呟く。

 

 戦いの結果、イリアス一行の勝利で終わった。

コズミック☆スターズは確かに見事な連携を見せていた。動きは洗練され、掛け声ひとつで流れるように陣形を変える。その様子は、戦闘というより一つの完成された“演目”のようですらあった。

 

 だが、俺たちの力のパワーによって、すべてねじ伏せた。

 

 拘束されていたフリをしていたミクリが後ろから奇襲。

忍者らしくその場をかき乱し、場を混乱させる。

 

 その中でシェーディとヌルコ──ヌール・コギトが親衛隊たちを容赦なくボコボコにした。

あとは全員でコズミック☆スターズをタコ殴りにして、この戦いは終結となった。

 

「やっぱり、サキはこういうの向いてないや☆ 清純派アイドルだから☆」

 

「私もサキュバスだし……。踊りは得意なんだけど、荒事はねぇ……」

 

「にゃあ~♪ 美味しいものが食べられて嬉しいのニャ♪」

 

 サキちゃんとナンキュバスのビビアンは呆れたように笑う。

 

 一方で、猫神のミーは完全に別世界だった。

ブラディがどこからともなく取り出した高級かつお節を差し出された途端、あっさりと降伏。今も夢中になってそれをかじっており、先ほどまでの戦いなどなかったかのようだ。

 

「うう、悔しいですわ……! このような有象無象にワタクシたちコズミック☆スターズがやられるなんて……!」

 

「…………」

 

「きゅう……」

 

 その傍らで、頭にいくつもたんこぶを作ったトンベリ娘とヌルの眷属が、しょんぼりと肩を落としている。

申し訳なさそうにエクレアを見上げる姿は、どこか痛々しい。彼女たちの情熱は、決して嘘ではなかった。なんだか、俺が悪者になった気分である。

 

「ほら、エクレア。これで決着はついただろ? 俺たちの旅についてこないか?」

 

 ともかく、これで力の同盟は全員無事が確認できた。

俺はほっと一安心して、エクレアにそう言う。

 

「むぎぎぎ……はっ! まだ! まだですわ~! 勝敗は何も力だけで決まるものではありませんわよ!」

 

「最初にそっちが力がうんぬんって言って襲いかかってきたんだけどな」

 

「これで勝ったと思わないでくださいな!」

 

「もう勝負ついてるから……。ミクリの軍門に降って……」

 

 エクレアは納得していない様子だ。

場合によっては、宵の明星をもう一発叩き込んででも理解させるべきか。そんな考えが頭をよぎり始めた、そのときだった。

 

 大劇場の扉が、バタリと大きな音を立てて開かれた。

 

「ワハハハハ!! この大劇場で、我のアジドルとしての第一歩が──ん?」

 

 異様な存在感と、場違いなほどの上機嫌。

その両方を纏いながら、竜とラミアが混ざったような妖魔は悠然と歩み入ってくる。

 

「あなたは……アジ・ダハーカ! 何をしに来たのです!」

 

 イリアス様の声が鋭く響く。

 

「なんと、イリアスか! この大劇場に来たからには、我がすることは一つ! 完璧で究極のアジドルになるのだ! その第一歩としてこの場所を占領し、舞台の上で頂を目指すまでよ!」

 

 彼女の名はアジ・ダハーカというらしい。

 

 確か、混沌の力を得た黒のアリスの配下だったはずだ。

イリアス様とは敵対関係にあったため、詳しい事情までは把握していないらしいが──少なくとも、本来はルカ一行に加わっていた存在のはずだった。

 

「ほう! なんとも酔狂な妖魔よ! ふーむ、ゲームの次は劇場に着手するのも悪くない! そこなアジドル! このブラディがスポンサーとなってやろう! エンタメ界の注目を一身に集めるブラディスタジオ──その柱となれ!」

 

「おお! まだデビュー前の我に目をつけるとは! なんたる慧眼! そして、分かるぞ! お前は強き竜であるとな! つまり、我と血を分かち合った友人になれるということだ!」

 

「ワーハッハッハ!!」

 

「ワハハハハ!!」

 

 ──なぜか、意気投合していた。

 

 初対面のはずのブラディとアジ・ダハーカは、まるで旧知の仲のように肩を組み、大劇場中に響くような大笑いをあげる。

そのまま二人は、何の迷いもなくバーカウンターの方へと歩いていった。あまりにも自由すぎる流れに、場に残された側が困惑する。

 

「……あれはどういうことなのですか?」

 

「考えるだけ無駄ですよ、イリアス様。ほら、エクレア。お腹も空いたし、みんなでご飯を食べないか?」

 

「そういえば、ヴェークの料理を久しく食べていませんでしたわね! さあ、早く用意をしなさいな!」

 

 エクレアはぱっと顔を明るくし、さっきまでの悔しさなどなかったかのように踵を返す。

そのまま迷いなくテーブルへと向かっていった。合一したらしいが、相変わらず単純で良いことだ。

 

 ・・・・・

 

 俺の食事が出来上がる頃には、場の空気はすっかり変わっていた。

ちょっとした宴のような状態である。

 

 エクレアはというと──料理と引き換えに、あっさりと降伏した。

だが、それにも一応の理由はあったらしい。

 

「力試しの一環ですわよ。これから、世界を破壊せんとする混沌に立ち向かうというのに、ワタクシたちに負けてしまうなら、言語道断!」

 

 エクレアは胸を張りながら言い放つ。

 

「そゆこと☆」

 

「にゃあ~♪」

 

「本当はもう一回戦う予定だったけど、急になくなったからびっくりしたわ。まあ、私は戦いが得意じゃないから、嬉しいけどね」

 

 どうやら、コズミック☆スターズが戦いを仕掛けてきたのは、単なる気まぐれではなかったらしい。

俺たちの“力”を見極めるため。これから相対することになる“混沌”に対抗できる存在かどうかを、自分たちの目で確かめる必要があったのだという。

 

 世界を支配するという言葉にも、きちんとした理由があった。

その実態は、力による支配そのものが目的ではない。各地に散らばる勢力を自分たちが取りまとめ、来たるべき戦いに備えるための“統制”──言い換えれば、戦うための土台作りに近い構想だったらしい。

 

「……寄り道ついでに世界を支配できないかとは思ってましたが。言わなきゃバレないですわ~!」

 

 その一言で、せっかくそれらしくまとまりかけていた話の格が、一気に軽くなる。

 

「言ってる、言ってる……」

 

「まあ、その理屈は理解しました。私たちもこうして各地を周り、仲間を再び結集させているのですからね。これ、ヴェーク。私たちに特大ハンバーグをよこしなさい」

 

「はい、どうぞ!」

 

「相変わらず料理が得意だな、おめぇは」

 

「美味しいのだ!」

 

 イリアス様とプルエル、イヌエルが嬉しそうに料理を頬張る様子を眺めながら、ダリアが感心したように言う。

騒動もひとまず収束したということで、イリアス様のお供組にダリアとミニもこちらに合流している。

 

「んで、どうすんだ? これからはよお」

 

「当面は、私たちの仲間の回収を行いましょう。力の同盟は全員所在が分かったことですし、ヴェークも異論はないでしょう?」

 

「そうですね。こちらを優先してくれて、ありがとうございます。イリアス様」

 

「ふふん、従順な下僕が居るのは気分がいいですね。最近はルカもルシフィナに似て、私に対して辛辣なことが多いですし」

 

 そう言って、イリアス様がドヤ顔をする。

だが、口にハンバーグのソースがたくさんついており、威厳は感じられなかった。

 

 宴の前に、ヌルコにポケット魔王城の修理をしてもらった。

これが想像以上にとんでもない代物だったのだ。

 

 外見は手のひらに収まるほどのミニチュアの城。

しかし一度中に入れば、その内部は文字通り“魔王城”そのものであり、広大な空間が広がっている。しかも収容人数は数千人規模。生活に必要な設備も一通り揃っているらしく、もはや移動拠点というより一つの街に近い。

 

 これで、ガルダから誰かが落ちる心配をしなくてもよくなった。

 

「そのような便利な魔道具を持っていますの? エセイリアス様」

 

「私は本物の創生の女神イリアスです! エセなのはあなたの方でしょう! エセお姫様!」

 

「むぎいー!! ミクリのようなことを言ってますわね! このエセイリアス様!」

 

「やーい! エセお姫様!」

 

「そこまでにしませんか? 次の大きな目標も決めないと」

 

 幼稚な言い争いをするエクレアとイリアス様を止め、俺はそう言った。

 

「うーん。どうしましょうね? 各地を巡って仲間を拾いながら……四大国を巡るのが良いかもしれませんね。特に七大天使と六祖、彼女たちの力は必ず必要ですから」

 

「私だけで十分では? 小イリアス様」

 

「ぺこ以外、まだ一人も会っていないですし。あるいは、邪神と女神が混沌の使徒に討たれた地点に向かうか。おそらく残されているはずの膨大な力を回収するのも悪くは──」

 

「あの、私……」

 

 これで、俺の当初の目的だった力の同盟との合流は無事に果たされた。

ならば、次はどうするのか──。

 

「おお! 華麗なステップであるな、ビビアンにミーよ! お前たちもブラディスタジオに入れ!」

 

「ふむ、魔界ではよく見れませんでしたが、確かにレベルが高いですね。これも人形劇の参考にしましょう」

 

 影紬は冷静に観察しながらも、どこか楽しげに頷いている。

頭の中では新たな演目の構想でも練っているのだろう。

 

「きゅー!」

 

「…………」

 

「ヌルコとシェーディは、どうして私を挟んで座っているのだ……。これではあの塔のよう──うっ、頭が……」

 

「思い出したら、また腹が立ってきた……。エクレア、また一発殴らせて……」

 

「嫌ですわ! 嫌ですわ!」

 

 どんどん増えていく仲間たち。

世界は混沌に満ちているが、不思議と上手く行くような気がしてきた。

 

「イリアス様、俺が言い出した手前悪いですけど、今は楽しみませんか?」

 

「そうですね。ルカも戻ってきていませんし、必要以上に焦る必要はありませんか。では、今度は特大ステーキを……♪」

 

 笑い声と賑わいに満ちた宴は、その後も途切れることなく続き──。

大劇場の夜は、ゆっくりと更けていった。

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