力の同盟のメンバーたちの所在がすべて判明した翌日。
大劇場の前は、昨日の喧騒以上に騒がしくなっている。そんな街の一角に、ガルダを含めたイリアス一行は集まっていた。
朝一番でドン・ファーザーの邸宅を訪ねたものの、残念ながらラザロさんの姿はなかった。
どうやら各地で勃発している抗争を鎮めるため、なんとボス自らが各地を飛び回っているらしい。邸宅にいた部下の一人によれば、いずれ戻ってくるとのことだった。
それまでの間、ここで待つこともできたが、悠長に時間を費やしている余裕はない。
俺たちはいったん街を離れ、ある程度時間が過ぎたら再び戻ることにした。それに、ハーピーの翼を使えば、距離の問題はさほど大きくはない。
出発の準備を整える一行の背に、見送りの声が飛ぶ。
「リーダー! 世界を救って帰ってきてね~!」
「にゃっ! それまで街はミーが守るのにゃ!」
「きゅー!」
「…………!」
俺たちはしばしのお別れを惜しんでいた。
コズミック☆スターズのビビアンとミー、それに親衛隊の面々は、このグランドールに残り、街を守る役目を担うことになった。エクレアとサキちゃんは、誰かから手渡された花束を胸に抱え、舞台の上にいるかのような笑顔を振りまいていた。
「コズミック☆スターズの絆は永遠ですわ!」
「イェ~イ! コズミック☆スターズ最高!」
軽やかな掛け声に応えるように、周囲の空気が一段と弾む。
「うおおおおお!!! グランドールの誇りよ!!! いざ世界へ征かん!!!」
「わわわわーい! わわわわーい!」
「世界でいちばんのお姫様ですわー!」
大劇場の支配人さんが腹の底から響くような声で雄叫びを上げれば、それに釣られるように歓声が幾重にも重なっていく。
集まった街の人々やスライムたちは、まるで祝祭の只中にいるかのように騒ぎ立て、その中心で俺たちを送り出そうとしていた。
ガルダへと乗り込むと、歓声はさらに大きく膨れ上がる。
背を押されるようなその音に、自然と胸の奥が熱を帯びた。
「むう……。私だって天界に戻れば、これに似た感じで天使たちが聖句を唱えて褒め称えてくれます。まあ、あまり楽しいものではなかったのですが……」
「楽しくないのにやってたんですか?」
「みんながやってくれてるのに、水を差すのは嫌じゃないですか」
「つまらない演目以上に価値のないものはありません。ここは一度、私のサーカスを参考にしては?」
「あなたの行いよりは楽しかったですよ」
「……」
影紬はすっかり落ち込んでしまい、シェーディの方に行ってしまう。
そうこうしているうちに、ガルダは上空へと飛び立った。
・・・・・
力の同盟の捜索が終わったことの報告を行うため、サバサへ向かうことになった。
そのあと、サン・イリアへと進み、魅凪とラファエラに会う予定だ。
本来であれば、ハーピーの翼を使って一気に移動することもできた。
しかし、エクレアが『どうしても空を飛びたいですわ~!』と強く主張したため、今回はガルダでの移動となった。
「ああ! こうして下界を眺めるのは気分がいいですわね~! いつかすべてをワタクシのものに……。ふふふ……」
満足げに景色を見下ろしながら、エクレアはいつもの調子で物騒なことを口にする。
「世界を支配したら、全部の街に自分のカジノを建てたいな……」
「それは良い案ですね、ミクリちゃん。では、静かなる侵略の第一歩として、私が考えた“ヤマタイクローンヤクザ計画”を──」
「俺の目が黒いうちはそんなことさせないからな」
案の定、ろくでもない方向へ話が転がり始めたところで、慌てて釘を刺す。
俺が注意すると、三人は顔を見合わせ、何事もなかったかのように揃って口笛を吹き始めた。その露骨なごまかし方に、思わずため息が漏れる。
「どうしてこう……クセが強くて厄介なヤツばかり仲間になるんだろう」
「うむ! まったくであるな!」
力強く同意するブラディの様子に、思わず視線を向ける。
いや、お前もその一人だろう──その言葉が思わず出そうになるが、頑張って飲み込んだ。
「…………」
その背を、シェーディがじっとりとした目で見つめている。
非常に珍しく何も言わないまま、その視線だけで多くを物語っていた。ふと横を見ると、イリアス様もまた、同じような表情を浮かべている。
しばらく空の旅を楽しんでいると、やがて視界の先に、砂を食い破るような緑の地帯が見えてきた。
以前この地を訪れたときよりも、明らかに緑の範囲は広がっていた。ガブリエラは不在だが、農地の拡大は順調に進んでいるらしい。
この勢いでいけば、サバサ近郊にあるピラミッドすら、いずれは緑に飲み込まれる日が来るかもしれない。
砂漠の中にぽつりと佇むあの姿も悪くはなかったが、緑に囲まれたそれは、また違った趣を見せるのだろう。そんな想像が、俺の頭をよぎる。
「……ん?」
何気なく地上を見ていると、違和感が引っかかった。
「どうしました、ヴェーク」
「大規模な商隊かと思ったんですけど……。違いますね、あれ」
俺はグランドールで買った単眼望遠鏡を取り出し、地上の様子を覗き込む。
砂の大地と緑の境界に、人々の列が続いていた。ぞろぞろと歩くその姿は統率が取れているようでいて、どこか疲れ切っている。着ている服も煤け、ところどころ傷んでいるのが見て取れた。
「それを貸しなさい。……モンテカルロからの難民でしょうか? いえ、それにしては様子がおかしいですね」
「神官が多くないですか?」
「……裸眼で見えているなら、いらなかったのでは? んん、あれはおそらく──サン・イリアの民でしょう。それに、天使とサキュバスの姿もチラチラ見えますね……」
そう言われ、俺も目を凝らして地上を見下ろす。
木々がところどころ視界を遮っているが、その隙間から確かに人間以外の影が見えた。
天使とサキュバス――本来ならばあまり協力することのない存在たちが、同じ方向へと進んでいる。
しかもその動きは慎重で、どこか警戒しているようにも見える。
上空からの視線を避けるためか、意図的に木陰を選んで進んでいるようだった。
「小イリアス様、あれはラファエラの部下たちのようです」
「むむ、魔界のサン・イリアで見かけたことのあるサキュバスがおりますわ! ワタクシ、魔界のサン・イリア城でよく公演をしていましたの!」
「魔界……なら、彼女たちは魅凪の部下になるのか?」
「……これは、良くないことが起こっているようですね。あれを見てください」
そう言って、イリアス様は視線の先を指差す。
互いに肩を支え合いながら歩く、傷だらけの天使とサキュバス。敵対していたはずの両者が、境界もなく寄り添っている。
敵同士が肩を並べるときは決まっている――もっと厄介な何かが現れたときだ。
「イリアス様、あの……」
「言いたいことは分かっています。サバサへ急ぎましょう」
「くええー!!」
イリアス様の意志を汲み取り、ガルダが大きく羽ばたく。
空気を裂く音とともに速度が一気に増し、景色が後方へと流れていく。
サン・イリアにいたはずの二つの勢力。
彼女たちに、一体何があったのだろうか。胸の奥に広がるざわめきを振り払えないまま、俺はただ、近づいてくるサバサの街を見つめ続けていた。
・・・・・
ぺこが用意してくれた街中の着陸地点へと、ガルダはゆっくりと降下していく。
地面に降り立つと同時に、ざわめきがよりはっきりと耳に届く。大通りへ出た瞬間、その理由がすぐに分かった。
街全体が、慌ただしく動いている。
特異点サバサの人たちに、天界サバサに居た天使たち。それに、サムとぺこの分裂体の姿もある。その手には、包帯や衣料品、食料といった生活物資が抱えられている。この街が今、ただ事ではない状況に置かれていることは明らかだった。
誰かに事情を聞こうにも、声をかける隙がない。
皆一様に忙しなく動き回り、立ち止まる余裕など持ち合わせていないように見える。ひとまずサバサ城へ向かうべきか――そう考え始めたところで、正門の方角からこちらへ歩いてくる、一人のぺこの姿が目に入った。
「ヴェーク、戻ったか。歓迎したいところだが、今は見ての通り忙しくてな」
足を止めたぺこは、いつもの調子を保ちながらも、その声音にはわずかな疲労が滲んでいた。
「ぺこ、何があったか分かるか?」
「詳しいことは知らんが、どうにも──サン・イリアが何かに襲われ、陥落したらしい。避難民の一部はモンテカルロに滞在しているらしいが、数が多すぎてこっちにも流れてきているのだ」
短く告げられた内容は、あまりにも重い。
あの大きな都市が陥落したとなると、この混乱具合にも納得だ。だが、一体何があったのだろうか。
「陥落? まさか、また黒のアリスか混沌の使徒が──いえ、それにしては犠牲者が少なすぎる……」
イリアス様が思わず声を上げる。
その表情には、驚きと困惑が入り混じっていた。それに対しぺこは腕を組み、神妙な面持ちで頷く。
「死者は出ていないらしいが、街そのものが壊滅状態だそうだ。もはや住めるような状態ではなくなり、こちらへ避難してきたというわけだ。我や他の連中は、一時的な受け入れのために動いている」
「それは……。あのラファエラと魅凪が居たのにですか?」
ラファエラは卓越した魔導師。
魅凪もまた、高い戦闘技術を誇る格闘家だ。
立場や思想の違いから、すぐに足並みを揃えられたかは分からない。
だが、戦力という観点で見れば、その組み合わせは極めて理にかなっている。
そんな二人が揃っていながら、サン・イリアが陥落する――。
それが意味するものは、単純な敗北以上の何かだ。
「ちょうど今、城に二人が来ておるぞ。我の本体とサバサ王と話しているはずだ。お前たちも行ってみるといい。我は配給係のヴェペリアを手伝いに向かう」
「そうか、ありがとう。良かったら、ヴェペリアに俺たちが来ていることを伝えてくれ」
「分かったぞ。……お礼に、あとで両手を繋いでもらうか……」
礼を告げると、ぺこの分裂体はすぐに踵を返し、再び忙しなく人の流れの中へと消えていった。
「偉大なる淫魔の武人に、律法の守護者たる七大天使──彼女たちは、いったい何者に敗北を喫したというのか? イリアス一行は新たなる危機に立ち向かうのだった……」
「いつも楽しそうであるな! 影紬よ! 我もやってみるか?」
「やめてください。私のお茶くみ以外の貴重な仕事を奪うのは……。人が機械の仕事を奪うなんて、とても残酷なことですよ……」
「仕事だと思ってたんだ、それ。いや、今はそんなことよりも、城に行こう」
慌ただしく行き交う人々の間を縫うようにして、イリアス一行はサバサ城へと向かった。
・・・・・
サバサ城にたどり着くと、すぐに警備の人と天使たちが俺たちを通してくれた。
途中、嫌な虫を見るような視線を送られて落ち込むガブリエラが居たが、気にせずにいくことにした。
「イリアス様、どうぞこちらに。ぺこ行政長官とサバサ王が、ラファエラ様と魅凪のお二人と会談を行っています」
城内に入ると、リファイールがやってきて案内をしてくれる。
彼女に連れられて辿り着いたのは、城の最奥部にある応接室だった。
「──仮設住宅については問題ないだろう。建築があまりにも楽しく、多く作りすぎて後悔しておったとこだが……。まさか、こんなに早く役に立つとはな」
「ふふ……。お前にこうした形で助けられる日が来るとは思っていなかったぞ」
「サバサ王、この度は援助をしていただき、ありがとうございます。敗走した身ではありますが、これからは我々も防衛の一助になれればと思います」
「気にすることではないでしょう、ラファエラ殿。しかし、敵は遥か上空から飛来したとなると……我々では対処が難しい。最新鋭の飛行艇でも、報告にあったような速度で動くとなると──おお!! イリアス様に南の勇者ヴェーク! よくぞ来てくれた!」
室内にいたのは四人。
ぺことサバサ王がこちらに向いて腰掛け、その対面には見覚えのない二人の背中があった。
一人の背には、妖しくしなやかな淫魔の羽。
もう一人の頭上には、淡く光を放つ天使の輪が浮かんでいる。
サバサ王が勢いよく立ち上がり、空いているソファへと手を向けた。
俺とイリアス様はそれに従って腰を下ろし、他の仲間には背後に控えてもらう。
ガブリエラが何か言いたげにこちらを見ていたが、俺は視線を合わせなかった。
「なにやら、大変なことになっているようですね、ラファエラ」
「ああ、これは……小さなイリアス様。この度は──」
「長い挨拶はナシにしましょう。単刀直入に聞きます。サン・イリアが陥落したというのは本当ですか?」
「それは……事実です。申し訳ありません、イリアス様……」
「あなたが対処したというのに解決しなかったということは、よっぽどの相手だったのでしょう。サブイリアスはともかく、私はそれを責めるほど卑小な女神ではありませんよ」
有無を言わせぬ声音でそう告げ、イリアス様は天使を気遣うように視線を和らげた。
どうやら彼女がラファエラらしい。……だが、その佇まいはどこか天使らしからぬ艶やかさを帯びており、むしろサキュバスに近い印象さえ受ける。
そんなことを考えていると、ラファエラの隣に座る淫魔が、興味深げにこちらを見据えていることに気づいた。
そして次の瞬間、口元に愉悦の色を浮かべる。
「ふむ、お前が噂の冒険家か。なるほど、なるほど──」
次の瞬間、俺の目の前に拳が迫っていた。
俺は反射的に腕を動かし、軌道を逸らす。直後、逸れた拳から放たれた圧縮された闘気が天井へと突き抜け、鈍い衝撃とともに粉塵がぱらぱらと降り注いだ。
「あの、魅凪……さん? 俺、なにか恨みを買うことでもしましたか?」
「いや? ちょっとした戯れよ。しかし、避けることは予想していたが、逸らすとは思わなかった。よい……よいぞ、我が弟よ」
「おい、魅凪……。誰がこの城を直すと思っている……?」
「くくっ、蛭蟲に物を壊して怒られる日が来るとは。おお、怖い怖い……」
そう言って魅凪は、指の関節を鳴らすように何度も手を開閉し、座り直した。
どうやら彼女が六祖の魅凪で間違いないらしい。
あまりにも豪快すぎる初対面に、思わず苦笑が漏れそうになる。
そういえば、現クィーンサキュバスであるアルマエルマとの出会いも、似たようなものだった気がする。……俺の中でのサキュバス像が、どんどんおかしな方向へ塗り替えられていく。
「弟……」
「今は祝い事をするような状況ではないからな……。だが、ゆくゆくは我が妹と結婚するのだろう? ならば、我ら六祖の弟──邪神様は義母になるのだぞ」
「あー、そうでしたね……」
「……言われてみると、アリスフィーズは私の姉妹のようなもの。すると、この変な冒険家は私の甥っ子に──んんっ! 無駄話はこれで十分でしょう? ラファエラ、魅凪。何があったのか聞かせなさい」
場の空気を切り替えるように、イリアス様が言葉を差し挟む。
ラファエラは頷いて、真剣な顔を浮かべた。
「ここで話すよりも、適切な場所があります。そちらに向かいながら、事の顛末を話しましょう」
・・・・・
ラファエラを先頭に、俺たちはサバサ城を後にした。
「あの日……我々は、サン・イリアの分割統治を行うべく、会談を重ねていました。しかし、特異点世界の国王であるサン・イリア王がご不在のため、妥協案として停戦協定を煮詰める段階へと進んでいたのです。しかし──」
ラファエラの言葉を追いながら、俺たちはサバサの街中を抜けていく。
人々のざわめきが次第に遠のき、建物の密度もまばらになり、やがて郊外へと出た。
そこで、足が止まる。
広く開けた地面の中央に、大きな帆布に覆われた何かが鎮座していた。
大きさは、ちょっとした噴水ほど。周囲には天使とサキュバスが配置されていた。
「空から突然、これが大量に飛来してきたのです。ユリエル、布を」
「はい、ラファエラ様。グレイヌ、反対を持ってくれないか?」
命を受けた天使が帆布の端に手をかける。
反対側では、サキュバスが同じように布を掴んだ。
一瞬の間。
そして、息を合わせるようにして──一気に引き払われる。
「これは……円盤?」
露わになったのは、巨大な金属製の円盤だった。
上部には丸い突起があり、全体として滑らかな曲面を描いている。
継ぎ目らしいものは見当たらず、まるで一体成型されたかのような不気味な完成度だ。しかし、側面には無理やり穿たれたような大穴が空いており、そこからはケーブルのようなものが無造作に垂れ下がっている。
「小イリアス様にも見当がつかない物体なのですか?」
「……いいえ、私は全知全能ですので分かります。これは……未知の円盤です」
「……ごほん。これは街中を襲い、人々を吸い上げて拉致しました。それに加えて、サン・イリアの街を破壊し、マキナや金属で作られたインフラを奪い去ったのです」
「幸い、拉致された者は郊外に降ろされていてな、犠牲者はおらん。この円盤は我の拳でなんとか落としたものよ。魔術も生半可な攻撃も通らず、我以外には対処できなかった」
その言葉を聞きながら、俺は目の前の物体に既視感を覚えていた。
「これって、UFOじゃないか?」
「ああ……。ヴェークが拉致されそうになったやつ……。でも、こんなのだっけ……?」
「あれは面白かったですわね~!」
「我は焦ったがな。……もしや、あのときの宇宙人が襲撃に来たのか? いや、しかし……」
かつて修羅世界を旅していたとき、俺は似たような円盤に遭遇している。
吸い上げられそうになり、必死に地面にしがみついていたところを、仲間たちが駆けつけてくれたのだ。岩や木を投げつけてどうにか撃退し、そのあとUFOから降りてきた筋骨隆々の宇宙人と殴り合いになり──最終的には河原で寝転がって和解した。
……今思い返しても、俺には意味が分からない。
「その話も気になりますが、後にしましょう。ヴェーク、これに見覚えが?」
「ええ。でも、色はもっと白っぽかったし、こんなに光沢もなくて──ブラディ?」
ふと隣を見ると、ブラディが小刻みに震えているのに気づいた。
恐怖ではない。むしろ、何かを堪えきれないような震え方だ。違和感を覚えて声をかけた、その瞬間──。
「──こ、これは!! フライングゼータ!! フライングゼータではないか!! 何と言う完成度!! 素晴らしいぞ!!」
「…………」
次の瞬間、ブラディは弾かれたように飛び出していた。
一直線に円盤へと駆け寄り、その巨体に抱きつく。頬を擦り寄せる勢いで、感嘆の声を上げた。その熱力に、シェーディが引いている。
「おお~!! この質感、この色、この大きさまで! 百点満点の完成度であるぞ!!」
「……あー、ブラディ? これが何か分かるのか?」
「分かるも何も──これは我が考えた敵キャラであるからな!!」
誇らしげに言い放つと、ブラディはそのまま早口で語り始めた。
内部構造の再現度、設定通りの硬度、細部の意匠──次から次へと、止まる気配がない。
「おやおや、仲間に裏切り者が居たようですよ、ガブリエラ。これで一人ぼっちではなくなりましたね……」
「別に嬉しくないのですが……」
「その声、もしや影紬か? お前には色々と話したいことがある……」
「イイエ、ワタシはタダのお茶くみ人形デス……」
その後ろでは、影紬が魅凪に絡まれていた。
何やら、因縁があったらしい。
「ブラディ、興奮してるところ悪いんだけどさ。これについて知ってること、教えてくれるか?」
「もちろんだ! 我について来い! 皆の衆よ!」
そう言い放つや否や、ブラディは踵を返し、全力で走り出した。
こちらがついて来られるかどうかなど、一切考慮していない速度で。
・・・・・
なんとかブラディの背中を追いかけ、たどり着いたのは──。
彼女がサバサに借り受けている家だった。
扉を乱暴に開け放つと、ブラディはずかずかと中へ入り、そのまま一直線に水晶端末の前へ向かう。
椅子に腰を下ろすや否や電源を入れ、慣れた手つきで端末を操作し始めた。
「水晶端末がどうしたのです? まさか、急にゲームがしたくなったわけではありませんよね?」
訝しげな視線を向けるイリアス様。
その隣で俺も、黙ってブラディの背中を見つめる。
やがて操作の手が止まり、ブラディは勢いよく椅子を引いた。
そのまま画面へと両手を突き出す。
「これを見てみろ!」
促されるまま、俺たちは一斉に画面を覗き込んだ。
そこに映っていたのは──外で見た円盤と、寸分違わぬ存在だった。
崩れかけた廃墟のようなフィールドを、複数の円盤がゆっくりと徘徊している。
その下には、『フライングゼータ──Lv:55』とはっきり表示されていた。どうやら、ゲーム内の敵キャラクターのようだ。
「これは……あれと同じ円盤ですね。動きも全く一致しています」
「我も同意見だ。あの円盤は光線を放って攻撃してきたのだが、それも見られるか?」
「こちらが攻撃すれば──」
ブラディはコントローラーを手に取り、自身のキャラクターを操作する。
そして、フライングゼータに一撃を加えた。直後、円盤の下部が淡く光り──虹色の光線が放たれる。
「うむ……色まで同じであるな」
「もしかして……ゲームの中から出てきた? いや、さすがにそれはないか。ブラディ、本当に自分が考えたキャラなのか?」
「一から全てではないがな!! このデザインは、ヴェークが襲われた円盤を元に我が構築したものだ!」
どうやら、本当にブラディのオンラインゲームで出てくる敵キャラらしい。
しかし、現実で現れたのはどういうことなのだろうか。しかも、あの場にいた天使やサキュバスたちでさえ歯が立たない強度である。
「……この場所は、誰でも入れるのですか?」
「入ること自体は可能だが……ここは実装されたばかりの高難易度エリアだ! 道中でユーザーの大半が脱落するであろうな!」
「ならば、到達者の特定は容易なのでは? ……それにしても、可愛らしい白狐さんですね……」
ラファエラがそう言いながら、そっとミクリの肩に手を置く。
次の瞬間、その手がガブリエラによって笑顔のまま払い落とされた。
静かな攻防が、何度も繰り返される。
当のミクリは、心底嫌そうな顔をしていた。
「あの二人は放っておきましょう。ブラディ、管理者権限でこのエリアに入った人物を特定できませんか?」
「……不可能ではない。ログを辿ればな。だが……ユーザーの個人情報を外部に開示するのは……」
「この部屋の冷却装置を破壊しましょうか?」
「ちょうど我もイリアスと同じことが考えていたぞ。いや、それよりも月々の水道代を百倍にしたほうが良いか?」
「よし! すぐに調べるぞ! 待っていろ!!」
ブラディは即座に端末の入力装置を叩き始めた。
画面上を高速でウィンドウが切り替わっていく。
「……おお、実装直後に四人パーティーが到達しているぞ! だが、途中で一名脱落しているな……。しかし、これには驚きだ……。実装から三日は突破されぬと思っておったのだが──」
「ゲームの話はあとだ。ハンドルネームは分かるか?」
「……まずは“緑の君”。プレイ時間は少ないが、とんでもなく莫大な課金で装備を補っておる。我の上客であるな!」
「違うな。次」
「次は……“あす☆みこ”。圧倒的なプレイ時間と重課金を兼ね備えたハイブリット型廃人だぞ! ゲーム内では通称、超ねとげ姫と呼ばれている!」
「それも違う。次だ」
推定知り合いの二人は置いておいて、先を促す。
「次は……“†x特異点系妹x†”か! サービス開始から、二十四時間ずーっとプレイしているぞ! 以前、AIによる自動操作を行っているチーターかと思ったことがあったが、誤解であったのだ。それに、彼女は特別だ!」
「特別?」
「うむ! 以前話した、大規模データセンターを提供してくれたユーザーが──この者なのだ!」
その言葉を聞いた瞬間、空気が変わった。
「……ラファエラ。サン・イリアで最も攻撃が激しかった場所はどこでしたか?」
イリアス様が声をかけた先では、ガブリエラにチョークスリーパーを決めているラファエラがいた。
「サン・イリア城と郊外にあるマキナ研究所です。……なるほど、そういうことですか」
「ぐええっ! ギブ! ギブですよ!」
「いけ、ラファエラ……! 百五十ゴールド賭ける……!」
「ワタクシはガブリエラに二百ゴールドですわ~! 大穴狙いですわ~!」
「なかなか良い筋だな、ラファエラ。我の手ほどきを受けてみぬか?」
何がどうなっているのか分からないが、また変なことが起こっていた。
俺はもう指摘するのも疲れたので、口をつぐんだ。
「ミ、ミクリちゃん……。どうして、守ろうとした私じゃない方を応援──いたたたたっ!? そ、その腕は治ったばっかりなので、攻撃はやめるのです!」
「ミクリは常に強い者の味方だから……。それに、ラファエラがサン・イリア再建のときに、ミクリにカジノをプレゼントしてくれるって……」
「うふふっ。これがあなたと私の知略の差というものですよ、ガブリエラ……」
混沌とした光景の中で、イリアス様は静かに思考を巡らせている。
俺もまた、同じ結論に辿り着いていた。
サン・イリアに存在する、大量のマキナ。
それを狙う存在がいるのだとすれば──今回の襲撃は、あまりにも合理的だ。
「──ん? 何か様子が──」
そのときだった。
水晶端末の画面が、唐突に暗転する。
次の瞬間──緑色の文字列が雨のように流れ始めた。
「な、これはハッキングされておるのか!? クロムが作ったファイアウォールを突破するとは!」
「だ、大丈夫なのか、これ……」
「これは一体──」
ただ、画面を見守ることしかできなかった。
数秒後。
文字列がぴたりと止まり、すべてが消える。
そして──画面中央に、一文だけが浮かび上がった。
『Hello world...and dear friend──』
それが数秒間表示されたのち。
今度は、緑色の文字と記号の集合体によって──“少女”の輪郭が描かれ始めた。