漂着してからしばらく周囲を歩き回った末に、ようやく自分の現在地を特定することができた。
ここは、セントラ大陸の南端に位置するナタリア海岸。
目的地としていたナタリアポートのすぐ近くにある場所だ。てっきり無人島のどこかに放り出されたものと思っていたが、どうやら想像していたよりも、ずっと目的地に近い場所まで漂流してきていたらしい。
「あわあわあわ……♪ はい! 洗い終わったわよ! それにしても、大変だったのね。嵐に巻き込まれるなんて」
「いやあ、本当に大変で……」
全員で海岸線をトボトボ歩いていると、カニ娘のソープに出会った。
彼女から場所の情報をもらい、それに加えて汚れた服を洗ってもらったのだ。この辺りはソープのテリトリーらしく、服を洗い終えるまでの間、ゆっくりと過ごしていても問題ないとのこと。俺たちはそのご厚意に甘えることにした。
「うーん。やっぱりあの嵐さあ、怪しくなかったか?」
「怪しい?」
「おう。だってさ、アタシらが来るまで時化る気配なかっただろ?」
アイシスは岩場に腰を下ろし、静かに海を眺めながら語った。
俺はその言葉を聞き、確かにあの嵐には妙な違和感があったことを思い出した。スコールのように遠くから雲が迫ってきたわけでもなく、ただ一瞬で嵐が発生したように見えたのだ。
「もし人為的なもので、あの規模だと……クイーンクラスの仕業か? それとも強力な魔法?」
「……まっ、考えすぎも良くないよな~。アタシらはこっちの大陸に来れた。これだけでも良しとしようぜ」
「うーん、そうだな……」
俺は、ソープから手渡されたミクリの着物を木の枝に引っかけた。
空模様は悪くない。風もほどよく吹いているし、すぐに乾くだろう――そう思った、そのときだった。
「じゃあ、パパっと仕上げちゃうわね。──カニ光線!」
「おお……! ソープさんも忍法ビームの使い手でしたか……!」
「俺は忍者がビーム出すなんて聞いたことないけどな」
ソープの手から、まばゆい光が放たれた。
その光は木に引っかけた服に照射され、みるみるうちに水分が蒸発していく。
──どうしてカニがビームを出せるのか。
俺は一瞬疑問に思ったが、力の同盟の大半がビームを出せることを思い出し、深く考えるのはやめておいた。
「はいどうぞ♪ ヤマタイの着物を洗うのは初めての経験だったから、楽しかったわ!」
「さらさらで真っ白になった……! ありがとう……!」
一分後、すっかり綺麗に仕上がった衣服が手渡された。
ミクリは目を輝かせて出来上がった着物を手に取り、いそいそと着替えていく。
「これでサン・イリアに直接向かえます。ソープさんにはお世話になりました! これ、お礼です」
「それじゃあ、ありがたくいただいておくわね。じゃあね!」
俺はゴールドをソープに手渡した。
ソープは嬉しそうに微笑むと、海の中へ去っていった。
「もぐもぐ……拾い終わったぞ。大半の荷物が近くに流れ着いておったわ。無くなったのは、エクレアが持ってきた筋トレグッズがみちみちに詰まった袋くらいだ」
「そんなもん持ってきてたのか!? なんか一袋だけ妙に重かったのはそのせいか……」
「ふふん、筋トレグッズは乙女の嗜みですわ! 今回は、深海の魔物娘たちに寄付をしたと思っておきますわ~!」
ぺことエクレアが、荷物を回収してきてくれた。
二人は服を洗う必要がないので、待っている間に周囲を探し回ってくれていたのだ。それぞれの手荷物が入ったカバンを受け取り、中を確認していく。
「……よし。全部入ってるな。地図も無事だ。方向は──こっちだな。よし、今日中にサン・イリアに辿り着くぞ!」
「おー……!」
「おー! ですわー!」
「おおー!」
「おー。さて、サン・イリアでは何を食べられるのだろうな」
俺は先頭に立ち、砂浜を歩いていく。
目指す先は──聖堂国家サン・イリアだ。
・・・・・
疲れた体を動かし、やっとの思いでサン・イリアにたどり着いた。
門の前には、衛兵たちが整然と並んでおり、街に入る人々一人ひとりを注意深く監視している。
「ふう、日が傾く前に着けて良かった。今日は野宿したくなかったからなぁ」
「お風呂が恋しいですわ~」
「相変わらず遊びのない街だな。なんだか、入るだけで萎縮しちまうぜ」
俺を含め、力の同盟一行はへとへとに疲れ果てていた。
一晩中、狭い樽の中で海を漂流した挙げ句、そこから陸路をほぼノンストップで移動。疲れないほうが無理というものだ。
やっとの思いで街に入ろうとしたとき、とある光景が俺の目に入った。
衛兵の数名と、一人のエルフが一枚の紙を持ち、なにやら深刻そうに話をしていたのだ。
「はい、これが描いてもらった絵よ。この不審者のせいで、森のみんなが怖がってるのよ。森の外に出るかもしれないから、こっちでも気をつけるように呼び掛けておいて」
「貴重な情報をありがとうございます、クローディアさん! こちらでも手配書を作成し、捜索と警戒を行います!」
「……しかし、こんな不審者が本当に存在するのですか?」
「何人ものエルフと妖精が目撃してるわ。この恐ろしげな鎧の狂戦士をね。さて、そろそろ戻らないと。仲間が心配して──」
俺が横を通り過ぎようとしたとき、クローディアと呼ばれたエルフが振り返った。
視線が交差し合う。俺は首を傾げつつも、そのまま歩き続けようとしたが、彼女はこちらに向かって鋭い視線を送ってきた。そしてそのまま駆け寄ってくる。
「ええっと……何か?」
「──たわ」
「どうかされましたの?」
「不審者が居たわー!! 衛兵! そいつよ! そいつが森の不審者よー!!」
「えっ……! えぇぇぇぇ!?!?」
俺のことを指差し、クローディアが怪物だと叫ぶ。
なんのことかわからず困惑していると、続々と衛兵たちが集まってきた。
「そ、そんなっ……。たまたま護衛として雇った人が犯罪者だったなんて……! ミクリはまったく知りませんでした……!!」
「速攻で保身に走るんじゃねぇ!! ちがっ、違いまーす!! 俺はただの旅人で──」
俺が必死に釈明しようとする中、さらに次々と衛兵たちが集まってきた。
クローディアは持っていた紙を高く掲げ、誰の目にも見えるように示した。
そこには、俺の鎧にそっくりな絵が描かれていたのだ。
それを見た街の人々は、口々にヒソヒソと囁き合い、ざわめき始めた。
「あー、その、とりあえず詰め所まで同行してもらえるかな?」
「ん~、抵抗したらでっけぇ騒ぎになりそうだな! ヴェーク、保釈金はすぐ用意するから、ちょっと冷たい飯で我慢しててくれよ!」
「牢に囚われるのは、お姫様か犯罪者だけですのに……。せっかく同じ属性に並べたと思ったら、こんな形だなんて……。ふふ、運命は意地悪ですわね」
「なんで俺がやらかしたことになってんだよ!? しかも今、完全に見捨てる前提で話が進んでるし……! 何も悪いことしてないからな!? 本当に! ぺこ、お前なら庇って──」
俺は振り返ってぺこの方を見たが──なぜかそこに彼女の姿はなかった。
「ぺこは腹が減ったから食堂を探すってさ」
「……」
俺は衛兵たちに連れられ、詰め所へと連行された。
・・・・・
冷たい檻の中で、俺は三角座りをしながらため息をついた。
俺には精霊の森と呼ばれる場所で、エルフや妖精を恐喝した疑惑が掛けられているらしい。取り調べは明日行われるそうで、今晩はこの無機質で冷たい檻の中で一夜を過ごすことになった。
なぜ、こんな目に遭っているんだろうか。
これもまた経験と割り切ろうとしたが……あまりにも不条理すぎた。
「あーあ。あいつら、今ごろ宿の快適なベッドでゴロゴロしてるんだろうなぁ。ぺこはどっかで飯食ってるだろうし……。俺も外で旨い飯食ってゆっくりしたかったなぁ~」
俺は壁に体重を預け、天井をぼんやり見上げた。
鉄格子付きの小さな窓から差し込む月明かりが唯一の光源で、サン・イリアに張り巡らされた水路から聞こえる微かなせせらぎと、自分の声以外には何も聞こえない静寂な空間だった。
もう二度とここに来られない覚悟で、鉄格子を捻じ曲げて逃げ出そうかな──。
そう思っていると、月明かりが何かに遮られた。顔を上げて窓を見ると、エクレアが興味深そうな顔でこちらを覗き込んでいた。俺は急いで駆け寄り、鉄格子を握り締めた。
「エクレア……! 助けに来てくれたのか!」
「ふっふっふ……囚われの身を助け出すのも、最近の力強いお姫様らしくて良いですわよね! さてさて……」
エクレアが鉄格子に体を押し付けると、にゅるりとその間を抜けて牢獄に入ってくる。
スライムらしい便利な能力だ。全身が入り終えると、エクレアは満足げなドヤ顔で手を差し伸べてきた。
「さあ! 優雅に脱出しますわよ!」
「……えっ、どうやって?」
「それはもう、ワタクシと同じようにこの鉄格子から──あっ……」
エクレアは照れくさそうに笑いながら視線を逸らした。
どうやら、俺が鉄格子を通ることが出来ないと気づいたようだ。
誤魔化すようにエクレアは笑顔のまま、部屋の中心で軽やかに踊りだした。
一曲分の踊りを披露したあと、誇らしげにダブルバイセップスを決める。
「明日、ワタクシたち全員で取り調べを受ける予定ですの! 必ず完璧な弁護しますわ~! なので安心してくださいまし!」
「あー、うん……ありがとう」
「それでは、良い夜を──あら? 弾かれてしまいましたわ?」
エクレアが来た時と同じように、窓の鉄格子を潜ろうとした。
しかし、突如バチリと電撃が走り、彼女の手が弾き飛ばされた。魔法による結界かと思ったが、どうやら違う様子だ。
「こ、困りましたわね。犯罪者と狭い密室で二人きりだなんて……」
「だからなんで俺が犯罪者だって前提で話が進んでんだよ!? ……それにしても、これは──」
言葉を続けようとしたその時、廊下から足音が近づいてきた。
「センサーに反応があったと思えば、仲間が助けに来たのか? そう簡単に脱獄させたりはしないぞ」
「なんでエクレアが来たって分かったんだ?」
「ん? それはな、この部屋にセンサーが……それだと分からないか。えっと、マキナが設置されてるからだ。何かが侵入すれば警報が鳴って、すぐに分かるってわけよ」
俺は衛兵の言葉に驚きを隠せなかった。
『マキナ』──俺の前世で言うところの機械。『タルタロス』と呼ばれる、世界各地に点在する七つの大穴から発掘されたオーパーツの総称だ。ファンタジーなこの世界にはそぐわない、機械技術の塊である。
サン・イリアでは、すでにこの技術の導入がかなり進んでいるらしい。
軍事面で他国を押しているグランゴルドならまだしも、この国でここまで普及しているのは意外だった。しかも、センサーや部屋から出られなくする仕組みは、相当高度な技術が使われているようだ。
「えっと……電磁バリア? だっけ。まあ、分かりやすく言えば……雷の結界みたいなのが部屋に張られててな。異常を感知したら発動するようになってる。今日は二人で、大人しくそこで過ごすんだな」
「あらあらあら……! これで名実ともに囚われのお姫様に……! 胸が高鳴りますわ~!!」
「ウキウキしてる場合じゃねえ! 厄介なことになったぞ……」
また踊りだすエクレアをよそに、俺は思わず頭を抱えた。
・・・・・
衛兵の詰め所の一室。
力の同盟の面々が、横一列に並んで椅子に腰掛けていた。
その正面には、俺が捕らえられる原因となったエルフのクローディア。
さらに、複数の衛兵と、立派な顎髭をたくわえた神父がひとり、厳かな雰囲気で立っていた。
「ふむ、イリアスベルクに住むヴェーク、と。職業は?」
「冒険家です」
どうやら、神父が尋問の取り仕切りを務めるらしい。
俺は次々に投げかけられる質問に、すべて素直に答えていった。出身地、生い立ち、冒険家となった経緯。この国を訪れた理由──そして、一緒に旅している力の同盟との関係まで。
「では、ここからが本題だ。君はこの五年間の間で、精霊の森に訪れたことは?」
「……あります」
「やはりっ! 貴様が同胞を襲った──」
「待たれよ、クローディア殿。まだ話の途中である」
神父は声を荒げたクローディアを、落ち着いた動きで制止した。
「では……その際、誰かと同行していたかね?」
俺は、その言葉を待っていた。
最後に森へ立ち寄ったのは、冒険に一区切りをつけてイリアスベルクへ帰郷する途中のこと。
つまり──ぺこが一緒にいたのだ。俺がそのことを伝えると、神父は深くうなずき、今度はぺこの方へ視線を向けた。
「では、ぺこ殿に質問を。精霊の森に滞在中、ヴェーク殿は妖精に危害を加えたりしただろうか?」
ぺこは少し間を置いてから俺の方を見て、首を横に振った。
その様子を見て、ホッと息を漏らした。
「いや? だが、若くて幼気な妖精たちの尻を一日中追いかけ回しておったわ」
「……んんんん!?」
「なんと……!」
「幼い子!? ただでさえちっちゃい……妖精の!?」
部屋の空気が一気に氷点下まで冷え込むのを感じた。
俺は慌てて訂正をしようとするが、クローディアが信じられないものを見る目で、俺のことを叱責した。
「見下げ果てたヤツだ! 私には救えないっ! きっと鎧の下は全裸なんだろう……! 変態めっ!」
「変態さんだったなんて……! ミクリ、失望しました……!」
「ちがーう! 言い方! ぺこの言い方が悪い! 確かに妖精を追いかけたけど、それは大事な荷物を盗まれたからで! 妖精が目的だったわけじゃなくてですねー!」
「空腹の我を置いて、夢中で楽しそうに追い回しておったなぁ?」
どうやら、ぺこは放置されたことを根に持っていたようだ。
ジットリとした視線を俺に向けてくる。だって仕方ないじゃないか。大事な原稿の束を盗られたんだから。
俺は頭をフル回転させながら、必死に言い訳を考えていた。
これ以上変なことを言われたら、冗談じゃ済まない──本当に監獄に入ることになるかもしれない。神父が手をパンッと叩き、混乱しかけた場を再び仕切った。
「は、話を戻そう。ぺこ殿、目撃された鎧の狂戦士は……時折、言葉にならぬ咆哮をあげていたという情報があるのだ」
「ヴェークの得意技だな。それでよく魔物を追い払っておるわ。ははは」
「分かった! 分かったから! 森で放置したことは謝る! だから誤解を招くような発言はもうやめてくれー!!」
「もう言い逃れは通じないわよっ! この最低の変態ケダモノ鎧男を、さっさと監獄へ突っ込みましょう!」
ひたすら火種に油を注ぎ続けるぺこのせいで、現場はもはや完全な混沌と化していた。
・・・・・
「出られて良かったですわね。ヴェーク」
「はあ、一時はどうなることかと……」
俺は詰め所を後にし、他の四人が手配してくれた宿に身を落ち着けていた。
取り調べの末、アイシスが俺のアリバイを証明し、さらに見事な弁護で無罪を勝ち取ってくれたのだ。
「感謝しろよ~? アタシがいなきゃ、無罪はムリだったかもだぜ?」
「いや、本当にありがとう。マジで助かったよ。それにしても……あの弁護、素人とは思えなかったな」
「ふふん。これでも昔、魔王法典──魔物の法律を勉強してたことがあってさ。その流れで、弁護のノウハウもちょっとね」
「えっ。アイシスにそんな属性があったのか? カッコいい……」
「だろ? だろ~っ!」
アイシスは自信満々のドヤ顔を浮かべながら、俺の背中をパシンと叩いてきた。
今回ばかりは、本気で感謝しなければならない。アイシスがいなければ、どうなっていたことか。──ただひとつ気になったのは、弁護中、いつもは掛けもしないメガネを何度もクイクイッと上げていたことだ。何だったんだ、あれは。
「ミクリは信じていました……。ヴェークが無実だって……!」
「いの一番に他人のフリをした奴がよく言う!」
「イタタタタっ……! み、耳を引っ張るの犯罪なんですけど……!」
「まあまあ、最後には開放されたのだから、良かったではないか」
「お前はもっと罪深い!」
「やへよ……やへよ……」
なんとか疑いは晴れ、今夜は久しぶりに温かなベッドで眠れそうだ。
冷たい牢屋での夜は、まあ……貴重な経験だったのかもしれないが、正直、もう二度とご免こうむりたい。右手でミクリの狐耳を引っ張り、左手でぺこの頬をむにっと引っ張りながら、俺は心の底からそう思った。