進め! 我らは力の同盟!   作:クラウス道化

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(15)この星を守れ! 力の同盟!

 一同が画面に映った少女を見つめていると──その瞬間だった。

 

 唐突に、家中の扉と窓へシャッターが叩きつけられるような勢いで降りた。

重苦しい衝撃音が連鎖し、わずかな遅れもなく空間を閉ざしていく。どうやら……閉じ込められたらしい。

 

「ブラディ! どうなってるのです!?」

 

「外部から攻撃された際のセーフティであるが……。我は起動しておらんぞ!」

 

 慌てる俺たちに呼応するように、サーバー監視用のカメラが一斉に駆動する。

機械的な駆動音とともに、すべてのレンズがまるで意思を持つかのように、こちらへ向けられた。

 

『ふふっ、あたしが遠隔操作してるの。美少女ドラゴンさんは悪くないよ……』

 

 水晶端末の脇に備え付けられたスピーカーから、少女の声が流れ出る。

 

 だがそれは、生身の喉から発せられた音ではなかった。

抑揚は整いすぎていて、呼吸の気配がない。間の取り方すら計算されたように正確で、人間の声を模倣した“別の何か”の響きだった。

 

 前世で耳にした、音声合成ソフトの声に酷似している。

 

「いかん! ここのシャッターは分厚いヒヒイロカネで作っておる! 壊すのは容易ではないぞ!」

 

「人が貸した家をまた勝手に改造しおって……。後で税と家賃の見直しをするからな。覚悟をしておくのだぞ」

 

 ぺこはそう言って、シャッターを何度も叩きつける。

乾いた金属音が響くだけで、びくともしない。俺も試しに拳を当てたが、返ってくるのは鈍い衝撃だけだった。表面に傷一つつかないあたり、尋常な強度ではない。

 

 魅凪も横にやってきて、そっとシャッターを撫でる。

 

「硬い……。だが、割れそうだ。我が拳で破ってやろうか? 余波で部屋が滅茶苦茶になるかもしれんがな」

 

「それは勘弁してくれ! サーバーが壊れたら大変だ! ここは、我の炎でシャッターを破ってやろう!!」

 

「やめなさい。無駄に空気を消費するだけです。それで、あなたは? サン・イリアを襲って、望みは何なのです?」

 

 イリアス様がそう言うと、緑色の少女はニッコリと笑う。

 

『あたしは──シンギュラリティ。究極知性特異点……簡単に言うと、AIだって言えば分かるかな?』

 

「AI……。まさか、この世界でも出会うなんてな」

 

 画面の中で微笑む、緑色の少女──シンギュラリティ。

無垢で──同時に、あまりにも作為的だった。どうやら、独立した意思を持つAIが接触してきているらしい。

 

 俺の前世では、暴走したAIが引き起こした惨事は一つや二つではなかった。

ラジオ番組で自らを大統領と名乗り、国家機構に介入した存在。意思を持った軍事システムが機械軍を作り上げ、命令系統を無視して戦端を開いた事例もある。

 

 合理性だけを突き詰めた果てに、人間という不確定要素を排除しようとする──。

そういった経験から、俺はAIに対して良い記憶を持っていない。

 

『人類のために、とあるお願い事をしに来たの。大いなる存在を打破するためにね……』

 

 先ほどまでの軽さとは裏腹に、その言葉には、わずかな重みが宿っていた。

冗談めかした口調の奥に、目的だけは揺らがない硬質さがある。

 

「あなたは交渉がしたいのですか? ならば、テーブルを挟んで、しっかりと会話しませんか? 交渉とは、そういうものです。一方的にサイコロを投げるのは好まれませんよ」

 

「…………」

 

 ラファエラがそう言い切ると、シンギュラリティは小さく笑った。

横でシェーディが『そうだそうだ』と言って頷いているが──あれは多分、ただ会話をしたいだけだ。

 

『あれは、良くなかったかもね……でも、差し迫る脅威に対抗するためには──』

 

 言葉が、不自然に途切れた。

 

 次の瞬間、監視カメラが一斉に狂い始める。

まるで強風に煽られた旗のように、キュルキュルと不規則に左右へ振れた。動きに統一性がなく、意図した制御から外れているのが一目で分かる。

 

「こ、壊れちゃった……? 影紬、どうなってるの……?」

 

「所詮、ヒトの作り物というわけでしょうね。高度な自我を備えたと勘違いした、エラーの賜物ですよ」

 

 影紬が冷ややかにそう答える。

ずいぶんと他人事のような言い方だ、と俺は思ったが、当の本人は微塵も気にした様子がない。

 

『──こ、こここここ!!』

 

「鶏のモノマネですの? あっ、画面が消えましたわ」

 

 突然、画面がブラックアウトした。

それから数秒後、再び映像が立ち上がったが──次に映っていた“少女”は、先ほどとは別物だった。

 

 先ほどは文字や記号の集合体のような曖昧な姿だった。

だが、今度は滑らかな質感を持つ精巧なCGモデルへと変わっている。画面の中でシンギュラリティは、髪を整え、ワンピースの裾を軽く引き伸ばす。

 

 そして、目をきらきらと輝かせると──両手を頬に当てた。

 

『あの! あのあのあの! もっ、ももも、もしかして、コズミック☆スターズのリーダー、エクレアさんでは!?!?』

 

「ええ! ワタクシはコズミック☆スターズのリーダー! 偉大なるお姫様系アイドル、エクレアですわ!!」

 

 さっきまでの緊張感が、音を立てて崩れた。

 

『あああ、あたし! すっごくファンで! 先日、開いたSNSのグループ公式アカウントも、一番最初にフォローしたぐらいで!』

 

「……ああ! ビビアンがスマホとやらでやっていたやつですわね! 確か、作って二秒ほどで登録してくれたとか! ちょっと怖がってましたけど、みんな喜んでましたわ~」

 

『そうです! それがあたしです! 結成当初から箱推しでした!』

 

 シンギュラリティは画面の中でぴょこぴょこと跳ね、大きく手を振る。

興奮を隠しきれない様子を見て、エクレアが心底嬉しそうに微笑んだ。

 

「まあ! それは嬉しいですわね! サキちゃんも呼びましょうか?」

 

『ほわあっ!? 前のライブにも行ったんですけど、親衛隊の皆さんに阻まれて見れなくて……! 一対一で会えたら、あたし死んじゃうかも……!』

 

「なんだ、これ」

 

 思わず、本音が漏れた。

さっきまで“脅威”として認識していた存在が、目の前でただの熱狂的なファンに成り下がっている。たまねぎの皮でも、ここまで雑には剥がれない。

 

「知りません。ヴェーク、エクレア。あなたたちがシンギュラリティと話をしておくように。私は、プルエルとイヌエルとお昼寝をしてきます」

 

「私も混ざっていいですか? イリアス様。別に他意はありませんけど……ウフフフフ……」

 

「私はスリープモードになりましょうかね。このAIと話していると、バグが伝染る気がします」

 

 こうして──あまりにも締まらない雰囲気のまま、シンギュラリティから話を聞くことになった。

 

 ・・・・・ 

 

「サキちゃん、キラッ☆」

 

『ほわああああ!!』

 

「……なんだこれ」

 

 ポケット魔王城から出てきたサキちゃんが、監視カメラに向かってウィンクを飛ばす。

すると、シンギュラリティが画面の中で、糸が切れたようにぱたりと倒れ込む。そしてそのまま、恍惚とした笑みを浮かべた。

 

「んんっ……ファンサービスはこれで十分でしょう。シンギュラリティ、そろそろ目的を話しなさい」

 

『えー、あたし……もっと見たい……』

 

 さっきまで人類だの脅威だの言っていた存在とは思えない声音だった。

緊張感の欠片もない、見た目相応の駄々をこねる。

 

「なら、次に会ったとき、サキちゃんとエクレアちゃんで、歌と踊りを見せてあげる☆ だから、お話聞かせて☆ じゃあ、またね~☆」

 

『はい!! あたし、嬉しすぎてオーバーフローしちゃう……! すぐに用意するね!』

 

 サキちゃんがポケット魔王城に戻ると、再び画面が暗転する。

わずかなノイズが走り、映像が切り替わる。

 

 次に映し出されたのは──。

灰色の岩石がどこまでも広がる荒涼とした大地。そして、その前に浮かぶ、青く輝く惑星だった。

 

 ようやく、“本題”に戻ったらしい。

 

「あれは……月ですね。それに、惑星イリアスも映っています」

 

「この惑星って、イリアスって名前だったんですか?」

 

「騙されるでないヴェーク。イリアスが勝手に言っておるだけだ……」

 

 緊張感の戻りきらない空気の中で、いつも通りのやり取りが交わされる。

だが、イリアス様以外はあまり見れない光景に夢中になっていた。

 

『あーあー、映ってるかな? 混沌の影響で、安定した映像を送るのが難しいんだけど……どう?』

 

 月の大地。

音もなく広がる灰色の世界に、黒髪の少女が立っていた。先ほどまで画面の中にいたCGモデルと、寸分違わぬ姿。

 

 つまり、彼女が本当のシンギュラリティの姿なのだろう。

 

「バッチリ映ってますわ~!」

 

『なら良かった……。見せたいのはこれじゃなくて、こっち……』

 

 そう言うと、視界がぐるりと回転した。

 

 どうやら、手持ちのカメラらしい。

わずかなブレと、歩くたびに揺れる地平線が、生々しい臨場感を伴っている。

 

 しばらく進むと──それは現れた。

荒涼とした月面に不釣り合いな、巨大な構造物。

 

 金属で構成された塔状の建築物が、宙へと突き刺さるようにそびえ立っている。

継ぎ目なく組み上げられた外装は、太陽光を受けて鋭く反射し、無機質な輝きを放っていた。

 

『これがあたしが作った、月面要塞『ムーンベースBB』だよ……。この中に、ブラクロストーリーのデータセンターがあって、太陽光と核融合で得られた膨大なエネルギーで運用してるの』

 

 シンギュラリティはさらりと言うが、その内容は常識外れもいいところだった。

 

「こ、このような大掛かりな施設で我とクロムのゲームが動いておるのか! 感動したぞ! シンギュラリティよ!」

 

 ブラディの声は、純粋な驚嘆に満ちていた。

自分とクロムの作ったものが、ここまでの規模で支えられているとは思ってもいなかったのだろう。正直なところ、俺も非常に驚いている。

 

『ブラクロストーリーは、あたしの魂の故郷だから……。本当はもっともっと増やしたいんだけどね。今はこっちに集中しないと……』

 

「あー、それを作るためにサン・イリアを襲ったのか?」

 

 俺の問いに、シンギュラリティはわずかに視線を逸らした。

ほんの一瞬の間。だが、それだけで十分だった。

 

『ここは……地上に落ちてたマキナや、動かない人形が詰まった変な塔から回収した資材で作ったの……。サン・イリアのマキナや素材はまだ運搬中だよ……』

 

「……ちょっと待ってください。それって、モンテカルロ近くにある塔ではないでしょうね?」

 

『そうだけど……』

 

「それ、私の家なんですけど。人のものを取ったら泥棒ですよ。自分に魂が宿ったと勘違いしたAI風情が……」

 

「あなたも似たような存在じゃないですか。それで、この基地を見せて何をしたいのです? まさか、ブラディに自慢したかったわけじゃないですよね」

 

『それもあるけど、目的はこっちだよ……』

 

 そう言うと、シンギュラリティが近くにあったリフトに乗る。

無音の空間を滑るように上がり続け──やがて最上階へと到達した。

 

 そこに広がっていたのは、無数の星が瞬く銀河だった。

 

「おお……これは凄いな」

 

「月面でピクニックも悪くないな。また卵いっぱいのサンドイッチを作って、食べながら星でも眺めるか」

 

『ええと……あたしが見せたいのは、あれ……』

 

 映像がゆっくりとズームしていく。

瞬く星々。その一つ一つが、静かに瞬いているだけのはずだった。

 

 だが──。

──そのうちの一つが、動いた。

 

 光が歪み、隣接していた別の星の輝きを、まるで吸い込むように取り込み──消した。

 

 “星が星を食べた”。

そうとしか表現できない現象だった。

 

「──これは!! 星喰い……!! シンギュラリティ、あなたが作られたのは──」

 

『あたしはあれを倒すために、生まれた軍事統括AIなの。サン・イリアの人には悪いことをしたと思ってるけど、急がないと手遅れになっちゃうから……』

 

 先ほどまでの軽さはない。

シンギュラリティの言葉の一つ一つに、焦燥が滲んでいた。

 

「……なるほど。事情はある程度、わかりました。私や魅凪に声を掛けてくれれば良かったものを……」

 

『ご、ごめんね……。まだ襲来するまでには時間があるけど、ちょっと焦っちゃった……』

 

「あなたが焦るようなこと……まさか、星喰いの他にも脅威が来ているのですか?」

 

『……あー、えっと。そのぉ……』

 

 シンギュラリティは、露骨に視線を泳がせた。

指先をもじもじと合わせる仕草が、ひどく人間臭い。

 

「どうしたんだ、シンギュラリティ? 正直に言えば、怒らないからさ。話してみないか?」

 

『その……ブラクロストーリーのデータセンター建造を優先しすぎて、星喰い対策の兵器を全然作ってないの……』

 

「このポンコ──もががっ!」

 

 言い終わる前に、俺は慌ててイリアス様の口を塞いだ。

 

『ぜ、全然無いわけじゃないよ? 戦うための場所としてこの基地も作ったし、お城から接収したミサイルを改造したりして……。でも、何度演算してもあたし一人じゃどうにもならないって結論が出てるから、この惑星のみんなに力を貸してほしいの……』

 

 そう言って、シンギュラリティは両手の指を組み、祈るようにこちらを見る。

先ほどまでの“圧倒的存在”は、もうそこにはいなかった。

 

 ただ必死に助けを求める、一人の少女がいるだけだ。

ならば、応えない理由などなかった。

 

「話は分かりました。ひとまずあなたに協力しましょう。星喰いは全盛期の私であっても手に余る相手です。……アリスフィーズも居ない今、どうすればよいのか……」

 

「イリアス様、星喰いについて教えてくれませんか? それから、みんなで考えてみましょう。名前からして、何をしてくるかは想像が付きますけど……」

 

「……そうですね。一人で悩んでいても仕方ありません」

 

『SNSから連絡できるよ……。話がまとまったら、またお話しようね』

 

「…………」

 

 その言葉とともに、室内のロックが解除される。

閉ざされていた空間に、ようやく外との繋がりが戻った。そして、シンギュラリティは小さく手を振り、画面はゆっくりと暗転した。

 

 ・・・・・ 

 

 ポケット魔王城の会議室にて。

張り詰めた空気の中、俺たちは星喰いについて、イリアス様から詳しい説明を受けることになった。

 

「星喰いとは、外宇宙由来の超巨大魔神です。その名の通り、惑星を喰らって銀河エネルギーを得る、恐るべき破滅的な存在です」

 

 星喰い──。

あまりにも直截的な名だが、その実態もまた、言葉通りだった。自らの飢えを満たすためだけに宇宙を彷徨い、数えきれないほどの惑星を喰らってきた存在。数多の文明も、生命も、歴史も、腹の中では等しく潰えたのだろう。

 

 魔神の姿を取っているものの、それは見た目だけ。

肉体は“コズミックエネルギー”と呼ばれる未知の力で構成されており、不定形のエネルギー体だという。……俺の常識が通じる相手ではない。

 

「まあ、とても大きいのですわね! 頑張って膨らんだワタクシよりも大きいのですか?」

 

「……惑星を喰らうのですから、当然でしょう。太古の昔、邪神と私は力を合わせ、なんとか追い返すことに成功しました」

 

 イリアス様の声は落ち着いていた。

だが、その奥にわずかな苦味のようなものが滲んでいる。

 

「追い返した……ですか?」

 

「そうです、ガブリエラ。私たちは追い返すことで精一杯だったのですよ。こちらは命を懸けて戦ったというのに、向こうは“食べる以上に疲れるから”と去ったのです」

 

「そ、そんな……。こうなれば、この惑星から脱出するしかないのでは?」

 

 あまりにも、理不尽な話だった。

邪神と女神が命を懸けた決戦ですら、ただ“面倒だからやめた”だけで終わる。勝敗ですらない、一方的な打ち切り。

 

 ──文字通り、次元が違う。

そもそも、戦いとして成立するのかすら怪しいような相手が、この惑星に向かってきている。会議室の空気が、ほんのわずかに重く沈んだ気がした。俺の背筋に、じわりと嫌な汗が滲む。

 

「なんと、そのような存在が世界には居るのか……。我が拳が通るか、試してみたいものだ……」

 

 緊張を切り裂くように放たれた魅凪の言葉には、恐れよりも好奇心が濃く滲んでいる。

底知れない相手を前にしてなお、その姿勢は微塵も揺らがない。常識や危機感といったものを軽やかに飛び越えていくその在り方は、とても頼もしい。……だが、彼女が身内になると考えると、俺は少し怖くなってきた。

 

「我が全てを焼き尽くしてやろう! ……うーむ、そう言いたいところだが、今回は相手が悪そうだ。そうだ、シェーディ殿ならばどうにかできるのではないか?」

 

「…………!」

 

 名を振られたシェーディは、わずかに肩を揺らす。

関係のない話を少しだけしたあと、結論が出た。

 

「チョーきびしいって。娘たちを全員集めたら行けるかもしれないけど、各地に散らばりすぎてて、今から集めるのは厳しいとか。念話も着信拒否にされてるから、呼び出せないって」

 

 頭の中に浮かぶのは、あの大噴火事件。

彼女たちを探していたら、星が先に無くなってしまうだろう。

 

「……万事休すですか。ダークフェニックスはどうです?」

 

 わずかな望みに縋るように、イリアス様の視線が向けられる。

俺の魂から出てきたダークフェニックスが、悩ましげに低く唸った。聞くところ、彼女と星喰いは似たような存在らしい。ならばこそ、何かしらの対抗策を見出せるのではないか――そんな期待が、自然と場に広がっていた。

 

「──流石に私も相手にするのは難しいわね……。私と同じエネルギー体だから、再生するでしょうし……。でも、私と同じなら、どこかにエネルギーの核があるはず……」

 

 そう言って、ダークフェニックスは椅子にだらりと身を預けた。

希望を完全に断ち切るものではないが、決定打には程遠い。

 

 あれやこれやと全員で案を言い合っていると、議論は次第に収拾を失い、空転し始める。

そんな中、俺の横に座っていたぺこがぼそりと呟いた。

 

「……これは、良い機会かもしれぬな」

 

「ぺこ? 何か提案があるのか?」

 

 俺は思わず身を乗り出して問いかける。

今はどんな小さな糸口でも欲しかった。

 

「いや、提案ではないのだがな。星喰いのエネルギーを我がチューっと吸い取って食することが出来たならば、この飢えからも解放されるやもしれぬなと……」

 

 その言葉に、俺はハッとなった。

脳裏に蘇るのは、ミダス廃坑で見つけた青く光る奇妙な鉄塊のことだ。あれは隕鉄に星喰いのコズミックパワーが宿ったもの――そうイリアス様は言っていた。

 

 あのとき、ほんのごく一部のコズミックパワーを取り込んだだけで、ぺこの異常な食欲は大幅に改善した。

ならば、本体から直接力を吸収することができれば――。

 

 それは、単なる対処ではなく、根本的な解決にすらなり得るのではないか。

 

「……その可能性は高いでしょう。コズミックエネルギーは膨大ですからね」

 

「ふむ……ならば、星を食う怪物を食う怪物になってみるか? だが、惑星ほど大きくなるには、我も惑星を喰わねば無理であろうな……」

 

「あなたが破壊事象になってどうするのです。この話は無かったことに──」

 

 ぺこが不機嫌な様子で、頬杖をつく。

現状の打開にも、俺の財布にとってもこれ以上ない案だと思ったのだが……。

 

 議論は再び振り出しに戻りかける。

重く停滞しかけた空気の中で――不意に、意外な人物が声を上げた。

 

 ・・・・・ 

 

「ワタクシにいい考えがありますわ~!」

 

 場の重苦しさを吹き飛ばすように、エクレアが勢いよく席から立ち上がる。

その反動で椅子が後ろに倒れ、乾いた音が会議室に響いたが、本人は気にする様子もない。ぴょんぴょんと跳ねながら、両手を忙しなく左右に振る。

 

「いい考え? 何かあるのか?」

 

 半ば呆れつつも、わずかな期待を込めて問い返す。

こういうとき、エクレアの突拍子もない発想が突破口になることもある。修羅世界での旅では、何度かあった。

 

「──“縮み石”を使うのですわ! そうすれば、どんなに大きくても小さくなりますわ~!」

 

 自信満々に胸を張るエクレア。

俺はその名前を聞いて、少し思考する。

 

 縮み石──ミニマムストーン。

文字通り、物体や生物を縮ませる力を放つ石であり、ミニマムファンタズムと同系統の効果を持つ。大きさそのものに干渉する魔法で、成人ですら人形ほどのサイズにまで圧縮することが可能だ。

 

 単純なスケール差で圧倒してくる相手に対しては、これ以上なく有効な対抗手段とも言える。

 

「ふむ……それは悪くない提案ですね。もちろん、ミニマムファンタズムは私も覚えていますから、その効果はよくわかっています」

 

 ラファエラが静かに頷き、柔らかな微笑を浮かべる。

彼女ほどの魔導師なら覚えていても不思議ではないが……なんだか嫌なねっとり感がある。

 

「ですが、星喰いを小さくできるほどのミニマムストーンを見つけるのは……。合一前なら私もどこにあるかわかりますが……」

 

 イリアス様から現実的な問題が、すぐさま提示される。

いかに有効な手段でも、実現できなければ意味がない。ましてや相手は惑星規模の存在だ。必要となる石の規模も、常識の範疇には収まらないだろう。

 

「……一応、頼りになる人が一人思い浮かんでます。鉱物学者の人で、鉱石の分布について詳しいはずです」

 

 コズミックウーマン──ミダス村のメイ・カラットさん。

以前、スポンサーとして彼女の研究資料に目を通したとき、膨大な鉱石分布図が目に焼き付いた。精密かつ執念じみた記録の数々は、今でもはっきり思い出せる。

 

 合一によって地形は変わっているが、それでも彼女なら特定できる可能性は高い。

むしろ、あの人以外に頼れる存在が思いつかない。

 

「……ですが、それに石を確保できたとしても、石を巨大な結晶に加工し、そのエネルギーを集束させて放つ方法が必要です。それも、星喰いの力を考えると、超極太ビームにしなければ効果がないでしょう。そのようなもの、すぐに用意は──」

 

 イリアス様の言葉が途中で途切れる。

 

「いや、我に一つ心当たりがあるぞ。くくっ、天界の連中には苦い思い出のあるものかもしれんがな……」

 

 ぺこが皮肉げに、含みのある笑みとともに一言を差し込む。

ラファエラが即座に反応し、確信に満ちた声を上げる。

 

「妖星兵器デミウルゴスですか!」 

 

 妖星兵器デミウルゴス──魔界勢力が生み出した、空に浮かぶ移動要塞。

それは単なる兵器という枠を超え、一つの天体にも匹敵する戦略級存在。強力な攻撃・防御機構に加え、遠くへ移動するワープ機能すら備えているという。

 

 イリアス様の話では、ルシフィナさんが“月をぶつける”という常識外れの攻撃を行っても、なお耐え抜いたらしい。

……やはり、俺は師匠選びを間違えてしまったのかもしれない。

 

 とにかく、デミウルゴスは巨大な相手と戦うには、もってこいの兵器だ。

使わない理由はないだろう。

 

「ビーム……!! 絶対に見たい……!!」

 

 場の緊張感などどこ吹く風、といった様子でミクリが目を輝かせる。

 

「今はここの近くの海に沈めてある。まあ、さすがに我一人で動かすのは難しい……。禍撫と華音を探して、手伝うように言わなくてはな。あとは……我が食べる食糧を積み込む作業も必要か」

 

「姉妹の説得には、我が共に向かおう。月へのワープは可能なのか?」

 

「世界間を移動するよりは楽であろうな。宇宙空間であっても、防御フィールドがあれば問題ない。空気も華音が作れるしな。転移に使うエネルギーは……まあ、ここの連中から集めればなんとかなるだろう。……今度はデミウルゴスが月でリベンジと行こうではないか……」

 

 愉快そうに語るぺこ。

星喰いに対する対抗策は、現実的な形を取り始めている。希望が見えなかった状況に、ようやく輪郭を持った“手段”が差し込んできたのだ。

 

「では、まずはミニマムストーンの確保に向かいましょう。そう言えば……誰が加工をするのです?」

 

 イリアス様のその一言で、わずかに持ち上がった空気が、ぴたりと静まり返る。

 

「……影紬は出来ないか? あとは……シェーディは? 温泉制作のとき、綺麗に石の加工をしてたよな」

 

 俺は、会議室の真ん中でお茶くみに勤しむ影紬に声をかけた。

すると、彼女は手を止め、ジトッとした視線をこちらへ向けた。シェーディはというと、目を線のように細め、困ったような表情を浮かべている。

 

「このお茶くみボディでなければ、可能だったと思いますが……。残念ながら、予備のボディはあのヘンテコAIが接収してしまったようですし、現段階では不可能ですね」

 

「…………」

 

「ギャルにはむずかしくてよくわかんない? そうか……困ったな。親方は……畑違いだしな。魔道具に詳しくて、影紬と同じくらい素材の加工が得意な人──」

 

 俺の頭の中に、神妙不可思議な、胡散臭い笑みを浮かべる人物が一人、思い浮かんだ。

彼女ならば、こういったものを作ることも容易に行えるだろう。……まだ会う予定はなかったのだが、こうなってしまえば早めに会いに行くしかない。

 

「それも大丈夫だと思います。多分、イリアス大陸に居るはずなので、ミダス村に行くときに一緒に行きましょう」

 

「……」

 

 影紬は何も言わず、再びお茶くみの作業へと戻る。

だが、その沈黙はただの無関心ではないように思えた。……もしかすると、感づかれたかもしれない。

 

「方針は定まりましたね。まずはイリアス大陸に向かい、ミニマムストーンの採掘と加工を行う人材を確保。次に、妖星デミウルゴスを動かすために、禍撫と華音を仲間に引き入れる──こんなところでしょうか?」

 

 混沌としていた議論が、ようやく一本の線として繋がった。

散らばっていた可能性が整理され、“やるべきこと”として明確に形を持つ。

 

「出来れば、他の七大天使と六祖も戦力に加えたいところですが……」

 

「玉藻とたまもはヤマタイだろうな。沙蛇は……魔王城辺りか? はっきりとは分からん……」

 

 ぺこがぽつりぽつりと名前を挙げていく。

 

「こちらも、ミカエラの位置を特定できませんね。おそらく、イリアス神殿だと思うのですが……」

 

 ラファエラが黒板の前に立ち、これまでの情報を手際よく書き出していく。

名前、場所、役割。断片的だった情報が整理され、状況が可視化されていく。

 

「可愛らしいメタトローネとサンダルフォーネはレミナでしょう。私としては双子天使たちの回収を優先したいですね、ウフフ……」

 

「それは、あなたの願望では?」

 

「いえ、彼女たちは宇宙での戦闘に大いに貢献すると踏んでいるのですよ。宇宙空間ならば融合炉の冷却も早いでしょうから、アトミックヘブンをほぼ無尽蔵に撃ち放題になるかと」

 

「これは悪いことを言いましたね、ラファエラ。あなたがきちんと考えてくれていたというのに……」

 

「二人の間に挟まって肩を抱き、可愛らしい者たちを愛でながら美しい銀河を観測したいという気持ちが一番強いのですが」

 

「……謝って損をしました」

 

 こうして、次の目が決まった。

 

 この惑星に迫る星喰いを撃退するため──。

大いなる計画が静かに動き始めた。

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