進め! 我らは力の同盟!   作:クラウス道化

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(17)親に会いに行こう! 力の同盟!

「嫌なんですけど?」

 

「まあまあ、そう言わずにさ……」

 

「この状況も不愉快極まりないです。それから、洗濯物を一緒に洗わないでください」

 

「ぐはあ!!」

 

 ポケット魔王城内に作られた、ヤマタイ風の和室にて。

 

 畳の香りがほのかに漂う部屋で、座布団の上にちょこんと座る影紬と向かい合っていた。

俺はイリアスベルクにいるであろう陽絹に会いに行くことを伝え、どのように話を進めるべきか相談するつもりだった。

 

 だが現実は、話し合いというよりも一方的な拒絶を受け続ける時間になっている。

俺が提案を口にするたびに影紬は露骨に嫌な顔をし、そのたびに俺の精神が削られていく。

 

「……まあ、あの女の力が必要なのは、百歩譲って理解しましょう。私がこのような屈辱的なボディになっている今、世界で二番目の人形師であり、腹が立つほど多芸な陽絹の力は必要不可欠」

 

「そうだろう? だから──」

 

「なぜ話をする必要があるんです? 仕事をしてもらったら、そのままポイでいいではないですか」

 

「ポイって……。これから陽絹の助力が必要な場面が出てくると思うんだ。だから、俺たちに付いてきてもらおうと思ってる」

 

 陽絹は、これからの冒険に必要な存在になるはずだった。

彼女の技術力はこの世界でも間違いなく一流だ。人形師としての腕前はもちろん、それ以外の分野においても底が見えないほどの才能を持っている。戦力としても頼もしく、知識面での助けも期待できる。

 

 なによりヴェペリアが喜ぶだろう。

考えれば考えるほど利点の方が多い。だが同時に問題もある。

 

 陽絹が仲間になれば、影紬と顔を合わせる機会は嫌でも増える。

そして二人は似た分野の技能を持っている。衝突する可能性もあるが、逆に言えば協力できれば得られる成果は計り知れない。俺としては、できれば後者になってほしかった。

 

「……」

 

 俺がそう言うと、影紬はうげえと言いたげな表情をする。

話は最初からずっと平行線を辿っている。俺が会おうと言えば、影紬が嫌だと言う。その繰り返しだった。

 

 ……まあ、陽絹がまったく問題がない魔物だとは言えない。

ちょっと倫理観が緩い部分があるが、それでも頼りになる存在であるのは間違いない。

 

「それに、予備のボディをシンギュラリティに取られちゃっただろ? 陽絹なら作り直せるだろうし、俺も影紬が元の体に戻ってくれたら嬉しいんだ」

 

「……はあ。確かに三代目であれば、私の体を作り直すことは可能でしょう……」

 

 不承不承ながらも認めるように影紬は呟く。

その声音には不満が滲んでいたが、少なくとも俺の意見そのものを否定はしていなかった。

 

「ヴェペリアとも並んで遊んでほしいし、元の体に戻るのが最善だと思う」

 

 今の影紬は小さな体のままでも十分に活動できている。

しかし、それはあくまで代用品だ。本来の体を取り戻せるなら、その方が良いに決まっている。そして何よりヴェペリアが喜ぶはずだ。

 

「イリアスには言っているのですか?」

 

「いや、言ってない。これについては独断で決めたんだ。もし反対されても、俺がなんとかするから」

 

 そう言うと、影紬は熟思する。

しばらくして、長いため息をひとつ吐くと、ジトッと湿った視線をこちらへ向けた。

 

「……いいでしょう。あの女と会いましょう。ですが、私が嫌だと言ったらすぐに戻ります。いいですね?」

 

「ああ、それでいい。ありがとう、影紬」

 

「まあ、この体は確かに不便でしたからね。元の体に戻れるなら、そのほうがいいですから」

 

 俺は素直に感謝を伝える。

かつての彼女なら、ここまで譲歩することはなかっただろう。嫌なものは嫌だと突っぱね、そのまま話を終わらせていたはずだ。

 

 だが今は違う。

少しずつではあるが、影紬は変わってきていた。その変化の中心にいるのは、おそらくヴェペリアだ。

 

 自由奔放で、好奇心旺盛で、思ったことをすぐ行動に移してしまう愛娘。

周囲を振り回すことも多いが、不思議と人や魔物を惹きつける魅力がある。

 

 そんなヴェペリアと過ごすうちに、影紬の頑なだった部分も少しずつ和らいでいったのだろう。

本人は絶対に認めないだろうが。

 

「そうそう、洗濯の件ですが……ヴェペリアも同じことを言っていましたよ」

 

「ぐええ!!」

 

「首を絞められたガルダみたいな声ですね。冗談ですよ、冗談」

 

 影紬の口元がわずかに緩む。

どうやら少しは機嫌が良くなったらしい。

 

 そんなこんなで、俺はなんとか影紬を説得することに成功し、イリアスベルクへ向かう方針を固めた。

……だが、その前に対処しなければならない問題がある。部屋の外から伝わってくる、あまりにも分かりやすい気配たちだ。

 

「これは扉を点検しているだけなのですよ……。イリアスイヤーで不具合を調べています……」

 

「…………」

 

「きゅー」

 

「ギギギギギ……! どうしてまた私は挟まれている……!」

 

 障子一枚隔てた向こう側から、複数の生命反応を感じる。

それも一人や二人ではない。まるで人気の芝居でも始まるのを待っている観客のように、ぎゅうぎゅう詰めになっている気配が伝わってきた。

 

 どうやら俺たちの会話を盗み聞きしようとしているらしい。

 

 そしてもう一つ。

先ほどから妙に香ばしい匂いが背後からずっと漂ってきている件についても、そろそろ確認する必要がありそうだった。

 

「影紬、俺の背中はどうなってる?」

 

「白い狐が張り付いて、うな重をバクバク食べてますよ」

 

「え、こわっ。全く気配を感じなかったんだけど……。おい、ミクリ。早く離れろ」

 

 俺がそう言うと、背中に感じていたわずかな重みがふっと消えたような感覚があった。

振り向くと、お箸を片手に持ったミクリが、口に米粒をつけた状態で立っていた。

 

「もぐもぐもぐ……。ミクリはいちりゅーのにんじゃらから、このてーろはよゆ……」

 

 忍者として一流なのかもしれないが、食事マナーはド三流だった。

今度、たまも様に報告したほうが良いだろう。

 

「食いながら喋るな。ほら、どうせ他にも居るんだろ? 出てきて大丈夫だぞ。イリアス様たちも中に」

 

 そう声を掛けた瞬間だった。

待ってましたと言わんばかりに扉が開くと、ぞろぞろとメンバーたちが部屋へ入ってきた。

 

 それだけならまだよかった。

壁の一部が回転し、その裏からさらに別の面々が現れる。挙げ句の果てには掛け軸の裏やら、天井から人影が出てきた。ここはどうやら、プライバシーの欠片もない部屋だったようだ。

 

「いや、多すぎるだろ……。どんだけ話を聞きたかったんだ?」

 

 部屋は一瞬で満員になり、かなり手狭になった。

だが、最近もっとギチギチになった変な塔も目撃してしまったので、あまりいっぱい居るように感じない。感覚が麻痺しているようだ。

 

「私はただ、扉が壊れていないか点検をしていただけですけどね」

 

「…………!」

 

「きゅっ!」

 

「ギギギギギ……! 頭痛が……! 頭痛が痛い……!」

 

「あくまでその理由で通す気なんですか……。それよりも、シェーディにヌルコ。グノーシスさんをそろそろ離してあげないと、凄い顔になってるから」

 

 トラウマを刺激され、この世の終わりのような表情を浮かべるグノーシス。

その両脇にはシェーディとヌルコ。なぜか二人はグノーシスを間に挟み込み、実に満足そうな様子を見せていた。本人たちに理由を聞けば、なんだか収まりがいいからとのこと。

 

「話は終わったか! ならば次は我の話を聞け! このポケット魔王城をビッグブラディミニマムキャッスルと改名する署名を募集中だ!」

 

「ダサいですわ! ダサいですわ!」

 

「建物に自分の名前をつけるなんて、悪趣味……」

 

「……ガブリエラ。あなたの食事をこれから一週間、かぼちゃのみとします。これは神命です」

 

 あれやこれやと好き勝手話し始める仲間たち。

力の同盟だけでもお腹いっぱいだったのに、これからはポケット魔王城の魔物たちとも過ごすことになる。

 

「義弟よ。少し中庭で運動をしないか? なぁに、軽くだ軽く……きっとな」

 

「そんなことよりも、ミクリちゃんは本当に可愛いですね……。もっとうな重を買ってあげますよ、ウフフ……」

 

「おお、白天狐の良さが分かるとは、素晴らしき天使じゃのう! 特別に儂の蛇神社に参拝する許可をやろう!」

 

「この部屋、なんか天井低くね? アタシの拳で改築していいか?」

 

「あら、ご近所さんのヴェークじゃない! 私よ私! 親愛なる隣人のアミラよ! サイコロのゲンにお金を借りたから、またちょっとだけ肩代わりしてもらっていいかしら!?」

 

 部屋のあちこちから飛び交う声。

女神、天使、魔物、精霊、その他諸々。種族も立場も価値観もバラバラな存在たちが、一つの城の中で好き放題暮らしている。

 

 ……今後はしばらく、このカオスな面々と過ごすことになるのだ。

俺はなんだか、猛烈に家に帰りたくなってきた。もっとも、陽絹に会うためにイリアスベルクへ向かう予定なのだから、その願い自体は叶うのだが……。

 

 いろいろな感情が入り混じり、何とも言えない気持ちになる。

俺は再びため息をつきながら、新たな騒がしい仲間たちの姿を眺めたのだった。

 

 ・・・・・ 

 

 久しぶりに訪れた故郷は、思っていたよりも変わっていた。

旅をするのは、自分の故郷を再発見するため――そんな言葉をどこかで聞いたことがある。その時はあまり深くは捉えなかったが、今なら少しだけ理解できる気がした。

 

 離れていたからこそ見えるものもある。

当たり前だと思っていた景色が、実は特別だったことに気づくこともある。

 

 だからこそ、俺は目の前に広がるイリアスベルクを見ながら思った。

──さて、この変化は故郷を見直した結果なのだろうか。

 

「……」

 

「…………」

 

「まあまあ、あなたがこれほど私に対して信心深いとは思っていませんでしたよ。ここは褒めるべきですかね? ふふふっ……」

 

 イリアスベルク中心部からやや離れた郊外。

新たな旅立ちから長い時を経て、ついに素敵な我が家へと戻ってきた。

 

「ワタクシの別荘が! ワタクシの別荘が!」

 

「ほ、ほら……落ち込まないで、ヴェーク……。さっき買ってきた、あまあまだんごをあげるから、元気出して……」

 

「べちょべちょになった串しか残ってないじゃないですか」

 

 同行しているのはシェーディとイリアス様。

エクレアにミクリ、それから影紬だ。

 

 星喰いへの対応が終わるまでは、ハインリヒ一行もポケット魔王城へ滞在している。

そのため本来ならアイシスも一緒に来る予定だったのだが、俺の怖い義姉との“トレーニング”が過熱しすぎた結果、現在は二人揃ってベッドの民になっている。

 

「……」

 

 俺が住んでいた家。

暮らしていた期間は決して長くなかったが、それでも愛着はあった。しかし、その面影はどこにも残っていない。跡地には、圧倒的な存在感を放つ建造物が堂々とそびえ立っていた。

 

「俺の家……神殿になってる……」

 

「…………」

 

 ぽつりと漏れた言葉は、我ながら情けない響きを帯びていた。

シェーディが背中をぽんぽんと叩いてくれるが、それでも落ち込んでしまう。

 

 イリアス教の建築様式を取り入れた壮麗な神殿。

白を基調とした外壁は陽光を反射し、神聖な輝きを放っている。美しく整えられた庭園。中央には見覚えのある噴水が輝いている。

 

 素晴らしい建物だ。

まるで、サン・イリアに初めて訪れた時を思い出す。本当に素晴らしいのだが、問題はそれが、確かに俺の家が建っていた場所に存在していることだった。

 

 現実を認めたくはないが、どうやら俺の家は神殿と融合したらしい。

 

 なぜそんなことになったのかは分からない。

分からないが、なってしまったものは仕方がない。仕方がないのだろうか。いや、やっぱり仕方なくない気がする。

 

「むっ、同胞か……。この時世によくぞ無事に帰還したな」

 

「…………!」

 

 神殿の扉が開き、中から一人の天使が姿を現した。

その視線は真っ直ぐイリアス様へ向いている。

 

 見覚えのある顔だった。

以前に会った、ちょこやケーキ、それになぜかエクレアお姫様の妹になっていたパフェと同じ系統の天使。確か、ワイティエルという名前だったはず。

 

「これ、そこのワイティエル。この私の顔を忘れましたか?」

 

「……はっ! あなたは──小イリアス様! 御身がご無事で何よりです!」

 

 慌てて跪き、祈りを捧げるワイティエル。

その様子にイリアス様は軽く手を振る。

 

「ここには、別の建物があったはずですが。今はどうなっているのです?」

 

「神殿内に、人の居住スペースがポツポツと出現しました。おそらく、それが特異点世界の建物かと。それと、ええっと……」

 

 ワイティエルは言葉を濁した。

何か言いづらいことがあるらしく、視線が泳ぎ、口元がもごもごと動いている。その様子を見たイリアス様が怪訝そうに眉をひそめた。

 

「その、奇妙な鬼族のメイドも一緒に現れまして……」

 

「もしや、追い出したのですか?」

 

「ううん、その、逆と言いますか……」

 

「はっきりしなさい」

 

 イリアス様がそうビシャリと言うと、ワイティエルはキュッと顔を引き締めた。

同時に背筋が伸びる。

 

「皆、陽絹さんの作るお菓子に夢中になり、気がつけば彼女がこの神殿の主になっていました……」

 

「なにやってるんですか、あの人形師は……」

 

 影紬が心底呆れつつ、神殿の入口を睨みつける。

どうやら陽絹はこの神殿の中にいるらしい。しかも単に生活しているだけではなく、実質的な支配者になっているようである。意味が分からないが、陽絹ならやりかねない気もした。

 

「何故かわかりませんが、陽絹さんに頭を撫でられてパンケーキを振る舞われると、好きになってしまうのです……。私は個別名をパンケーキにしてしまうほどで……」

 

「…………」

 

「チョロい……」

 

「まあまあ、あの黄金のパンケーキに逆らうのは、ワタクシでも難しいですからね~」

 

「そうなんだ……。じゃあ、パンケーキさん。実は──」

 

 俺はワイティエル――もといパンケーキに事情を説明した。

ここに自分の家が建っていたこと。陽絹とは昔からの知り合いであること。そして彼女に用事があって訪ねてきたこと。

 

「そうでしたか。ううむ、なら不法占拠しているのは我々になってしまうのでしょうか?」

 

「うーん、サバサでも似たような問題があったな……。まあ、気にしなくていいんじゃないか? 今は気にしてる場合じゃないし、俺も別に追い出そうとか思ってないし」

 

 事故で失ってしまったようなものだし、家を返せと言うつもりはない。

ここは俺の土地でもあるが、彼女たちの土地でもある。今は問題を棚上げすべきだろう。

 

「私を称える神殿を破壊するなんて、許しませんよ。ヴェーク、あなたが出ていくのです」

 

「……俺、家なしになっちゃった。それに、まだローンも払ってる最中だったのに……」

 

 最近、世帯を持ったばかりなのに、俺は家なしになってしまったようだ。

じわじわと不安が込み上げてきたが、今は陽絹に会わなければならないのだ。

 

 ふと隣を見る。

影紬は神殿になった俺の家を見上げたまま、何も言わなかった。いつもの彼女ならもっと皮肉を飛ばしそうなものだが。

 

「影紬、行こうか」

 

「……」

 

 影紬は声をかけても何も言わなかった。

ただ神殿を見つめるその表情には、警戒と緊張、そしてわずかな複雑さが滲んでいる。

 

 それでも会わなければならない。

俺たちは中へと足を踏み入れた。

 

 ・・・・・

 

 中に入ると──とても美味しそうな匂いが鼻に飛び込んできた。

 

 甘く焼き上げられた生地の香り。溶けたバターの芳醇な匂い。

果実の爽やかな甘酸っぱさまで混ざり合い、礼拝堂全体がまるで高級菓子店のような空気に包まれている。

 

 お祈りをするための礼拝堂には長椅子が設置されており、それ自体は不思議なことではない。

だが、その前には何故か長机まで並べられていた。

 

 そして机の上には、所狭しと大量のお菓子が積み上げられている。

パンケーキ、フルーツタルト、シュークリーム、焼き菓子の数々。ここが神殿であることを忘れそうになる光景だった。

 

「これはこれは……とても美味しそうですね♪ ちょっと食べてから行きませんか?」

 

「おお、外からやってきた天使か? 大変だっただろう? 天使はお菓子の割引があるのだぞ。遠慮せずに食べていけ」

 

「イリアス様、また今度にしましょう」

 

 天使たちは楽しそうに談笑しながら、皿に盛られたスイーツを頬張っている。

誰も彼もが幸せそうだった。……大丈夫なのだろうか、この神殿。

 

「見事に餌付けされてる……。天使は単純……」

 

「天使はチョロいですわね~。……はっ! ラ・モード家秘伝のゼリーを使えば、数多の天使たちをワタクシの傘下に出来るのでは?」

 

「なんと背徳的な場所なのでしょう。厳格であるべき建物と天使たちが、七つの大罪の一つである暴食に呑まれている。我が創造主はある意味、自称女神の創造主よりも恐ろしいかもしれません」

 

 影紬が身震いする。

その視線の先では、天使たちが恍惚とした表情でホイップクリームを頬張っていた。まるで宗教画に描かれる最後の晩餐を見ているような気分になる。俺も少し怖くなってきた。

 

 そんな光景を横目にさらに奥へ進む。

礼拝堂の最奥部──内陣へ辿り着くと、そこには。

 

「うふふ、おかわりもいいですよ……」

 

「こっ、ここはイリアス様のための神殿! で、出ていくのだ邪悪なる鬼よ! わ、私はこの程度の誘惑に屈しはしない!」

 

「どうです? 今ならグランドノア産のミルクを使ったホイップクリームをこうして……」

 

「も、もうだめだ! 私には耐えられないっ!」

 

 五段重ねのパンケーキに、丁寧にホイップクリームを絞る陽絹の姿があった。

対峙していた天使は震える手で皿を受け取ると、満面の笑みを浮かべながら空席へと向かう。

 

 完全敗北である。

だが本人はとても幸せそうだった。

 

 陽絹は何故か、シスター風のメイド服を身に纏っていた。

神殿の雰囲気に合わせたのだろうか。相変わらず妖しげな笑みを浮かべているが、こちらへ気付くと珍しく目を見開く。

 

「ああ、ヴェーク。やはりあなたは一流の冒険家ですね。この混沌に満ちた時代でも、あなたには一時の雨にしか過ぎないのでしょう……」

 

「ええっと、久しぶり。相変わらず元気そうで良かったよ」

 

 たぶん、ご無事で何よりですと言っている。

長い付き合いなのでなんとなく分かる。陽絹は柔らかく微笑むと、両腕を大きく広げた。

 

 どうやらハグを要求しているらしい。

これを拒否すると面倒なことになる気がしたので、俺は影紬をイリアス様に預けて応じる。

 

「……凄い殺気を感じました」

 

「俺もだ……」

 

 北の方角から、殺伐とした殺気を感じる。

具体的にはグリーンになった砂漠方面だろうか。深く考えると恐ろしいので、考えないようにした。

 

「陽絹、実は会わせたい子が居てな」

 

「……おやおやおやおや……!」

 

「……どーも」

 

 ふてくされた様子で影紬が手を振る。

俺はイリアス様から彼女を受け取ると、陽絹の前へ出した。

 

 一瞬。

陽絹の目が大きく見開かれる。懐かしい作品を見つけた職人のように。あるいは長年探していた宝物を発見したように。

 

「私の作った体も良かったと思いますが……今のあなたも可愛らしい! 写真、いっぱい取ってもいいですか? うふふ……」

 

「きも」

 

「最近、私の心臓は超合金で作られたオメガコアに換装しましたからね。効きませんよ? それよりも、私が作ったこうもりさんのパンツはどうしてますか? あなたにできた、唯一の贈り物ですが」

 

「きも」

 

「最近、心臓の数を増やしましたからね。今、一つ壊れましたが、まだ六つ残ってます。効きませんよ」

 

「効いてる、効いてる……」

 

「…………」

 

 話は平行線だった。

……いや、これを平行線と呼んでいいのだろうか。少なくとも会話として成立しているかは怪しい。

 

 だが衝突は起きていない。

影紬も嫌そうにはしているが、本気で拒絶している様子ではなかった。それだけでも十分な進歩だろう。

 

「ほら、言い争いはそれくらいにしよう。陽絹、どこかゆっくり話が出来る場所はないか?」

 

「それならば……ヴェークの書斎が奥に残ってます。それと、水晶端末に大量のメッセージが来てましたよ」

 

「そうか……。後でそっちも確認しておいたほうが良さそうだな。イリアス様、行きましょう」

 

「ここは私に任せて、先に行ってください。大丈夫、この強敵はなんとかしておきます」

 

 そう言って口元のホイップクリームを舐めるイリアス様。

いつの間にか手には皿を持っている。周囲を見れば、他の面々も長椅子へ腰掛け、好き勝手にスイーツを堪能していた。

 

 ……一応、三人の時間を確保してくれたのだと解釈しておこう。

俺と影紬は陽絹に案内され、神殿のさらに奥へと足を進めた。

 

 ・・・・・ 

 

 書斎に入ると、やはりここは俺の家があった場所なのだと再認識させられた。

壁際にはワールドウォーカーの原稿が収められた本棚が並び、窓際にはいつも執筆に使っていた机と椅子が残されている。

 

 何度も夜を明かしながら文章を書き続けた場所。

そして、交流に使っていた馴染みの水晶端末も置かれているのだが──。

 

「陽絹、これどうなってるんだ?」

 

「今朝、送られてきたみたいです。高度なプログラミング能力を用いたイタズラの類でしょう」

 

 水晶端末の画面には、プリエステスの顔が大写しになっていた。

しかも松明を片手に掲げた写真が左右対称に加工されている。意味が分からないが、爆音で流れる音楽と合わせて妙な迫力だけはあった。

 

 プリエステスはプログラミングには明るくなかったはず。

だが、こういうことをやらないかと言われれば、絶対にやってくるタイプだ。なら、他の誰かに力を借りて、やったに違いない。

 

 プリエステスと交流があり、こうした分野に詳しい存在。

俺の脳裏には、月面要塞でゲームサーバーの管理をしている少女の姿が浮かんだ。

 

「……まあ、暴走して世界を支配しようとしたりするよりはマシか……」

 

 俺が水晶端末の電源を切ると、途端に部屋は静寂を取り戻した。

改めて影紬を椅子へ座らせると、俺はその左隣へ。そして陽絹は当然のように右隣へ腰を下ろした。結果として、影紬を挟み込む形になる。

 

「なにやってるんですか。あなたは普通、正面に座るものじゃないですか?」

 

「まあまあ。いいじゃないですか。久しぶりに会ったんですから、こうして親子で水入らずで過ごすのも……。大きくなりましたねぇ」

 

「自分の目を間違えてドールアイにでも変えましたか? 前より小さくなってるんですけど」

 

 陽絹はくすくすと笑う。

影紬は露骨に不機嫌そうだが、席を離れようとはしない。

 

 しばらくして。

影紬がぽつりと口を開く。

 

「……怒ってないんですか? あなた」

 

「怒る? 何に怒るんですか?」

 

 陽絹は心底不思議そうに首を傾げた。

その反応は演技でも取り繕いでもなかった。まるで最初から、その可能性を考えたことすらないようだった。

 

「私はその、あなたの心臓を壊して、勝手に影紬の名を奪ったのですよ? 私が逆の立場になったら、憤死するかもしれません」

 

 影紬の声はいつになく小さい。

いつも強気で自分を主張する彼女らしくない弱さが、そこには滲んでいた。

 

「……おやおやおや。影紬、あなたは本当にかわいいですね。私は怒ってなどいませんよ。むしろ、怒られるべきなのは私なのでしょう」

 

 陽絹の笑みに、影が指す。

穏やかな声音だったが、その言葉には確かな後悔が込められていた。

 

 俺は何も言わず、二人の会話を見守る。

これは俺が口を挟むべき話ではない。長い年月を経て、ようやく向き合うことになった二人の話だ。

 

「私はあなたを人形としてしか見ず、娘という役割を押し付けてしまった。むしろ、褒めるべきなのでしょう。自らのアイデンティティを生まれて間もなく見つけ、それを通そうとしたあなたを」

 

「……」

 

「あなたは自由です。雪のように真っ白なキャンバス──我々、芸術家は何者にも縛られてはならない。止まり木は自らが見つけるもの」

 

 陽絹は俺を一度見たあと、そっと目を閉じた。

 

「私はあなたの背中を押すべきでした。人形師としても……親としても。否定ではなく、見届けるべきだったんでしょう。人形遣いであると言うなら、それを応援すべきだった」

 

「……子は、親を選べません。逆もまた然り」

 

 影紬がボソリと、そう呟いた。

その言葉に、陽絹の肩がわずかに揺れた。

 

「否定しているわけではありませんよ。あなたが私を生み出したのは事実ですから。三代目影紬──私にも最近、家族が出来ました。変な冒険家に、姉を自称するこれまた変な魔物ですが……」

 

「それは……良いことですね」

 

 陽絹は微笑む。

今度はどこか安心したような笑みだった。

 

「まあ、彼女と交流して、家族を想う気持ちというのを多少は理解した気がします。あなたが不器用に私を大事にしようとしていた気持ちも」

 

 影紬は陽絹へ向き直る。

 

「赦しましょう。そして、あなたの心臓を壊した件については謝ります。影紬の名を奪い、あなたの手から離れたことを。……ですが、奪ったことに後悔はしていません」

 

 影紬は視線をそらしながら、そう言った。

返事はすぐには返ってこなかった。陽絹は目を見開いたまま固まっている。まるで、そんな言葉を聞けるとは思っていなかったかのように。

 

「──」

 

 陽絹が息を呑む。

同じ顔立ちの二人が見つめ合う。創造主と被造物──親と子。陽絹が怪しい笑みを潜めて、真剣な表情を浮かべる。

 

「……私も謝りましょう」

 

 しばらく影紬を見つめたあと、陽絹の表情から、最後の迷いが消えた。

そして、静かに懐へ手を伸ばした。

 

「そして、ここに宣言をしましょう。あなたを私の後継者──四代目影紬とします」

 

 取り出されたのは魔導懸糸──人形遣いにとって特別な意味を持つ糸。

弟子へ受け継がれる証。技術と想いの継承そのものだった。

 

「五百年に及ぶ人形遣いの技は、あなたの誕生を持って完成とします。自由に生きなさいな、影紬」

 

「そう、ですか……。私は──影紬」

 

 影紬は複雑そうな表情を浮かべる。

手に入れるために、奪い取った名前。それが今、正式に与えられたが、実感が追いついていないのかもしれない。

 

 陽絹は何かを言いかけて、やめた。

代わりに小さく笑うと、魔導懸糸を差し出す。影紬の小さな手の中で、魔導懸糸がかすかに震えていた。

 

「良かったな、影紬。俺も嬉しいよ」

 

「そうですね……」

 

 声音はどこか柔らかかった。

 

「さて、これから忙しくなりますね。ヴェーク、私の助力が必要なほどに困難な事態が起こっているのでしょう?」

 

「ああ、大量のねこまたの手も借りたい状況でな……」

 

 こうして二人の影紬は和解した。

 

 大いなる脅威が刻一刻と、この惑星へ迫っている。

だが、俺には、それよりも家族のわだかまりを解きほぐす方がずっと難しいことのように思えた。

 

 世界の危機は殴ればなんとかなるかもしれない。

だが、親子喧嘩だけはそうもいかない。少なくとも俺は、そちらの方が何倍も胃に悪かった。

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