久しぶりの故郷を満喫したあと。
俺たちはすぐにロストルム村の郊外にある採掘ポイントへと戻った。
俺たちが離れている間も、採掘は順調に進んでいたようだ。
以前はただの大穴だった場所には頑丈な補強が施され、資材を運ぶための道も綺麗に整備されている。あちこちには資材が積み上げられ、魔物たちが忙しそうに行き交っていた。
あちこちには祭りの屋台を思わせる露店まで並び始め、現場は活気に満ちた空気に包まれている。
ポケット魔王城から派遣された魔物たちは、概ねきっちりと仕事をこなしているようだ。……もっとも、横を見れば酒盛りを楽しんでいたり、スポーツに興じていたりする姿も目に入るのだが……。
「…………!」
「きゅきゅ!!」
「きゅ! きゅ!」
「きゅっ!」
「みゅっ!」
「ええ、ええ。その手筈で問題ありませんよ。集めた石は、加工組の前に置いてください」
穴の入口付近では、色とりどりの戦隊スーツに身を包んだふしぎないきものたちが立っていた。
彼女たちは陽絹に対して敬礼をしており、その横には、膝をついた姿のカムラッド・プライムが堂々と鎮座している。
陽絹はミニマムストーンを利用した装置を、わずか数時間で完成させてしまった。
もちろん、デミウルゴスへ搭載する本番用ではない。あくまでも試験運用のために作られた、小型の試作品だ。そしてイリアス様が持ってきていた少量のミニマムストーンを使い、まずはその性能を試すことになった。
陽絹は試しに、その光をカムラッド・プライムへ照射した。
巨体だった機体はみるみる縮み、手のひらに乗るほどの大きさになる。無事に成功したことを確認すると、そのままポケット魔王城へ収納し、この採掘場まで運んできたというわけだ。
このロボットを使って、採掘した大量のミニマムストーンを運び出す寸法である。
今までは掘り出した石を各自で運搬していたが、カムラッド・プライムが加わることで、更なる効率化が期待できるだろう。
ちなみに、リーダーは緑色のトンベリ娘でヌルレッド。
他の子たちはヌルの眷属で、黄色い子がヌルブルー、青い子がヌルイエロー、赤い子がヌルグリーン、そして白っぽい子がヌルピンクらしい。
「いや、分かりにくいな! 普通に自分の色で合わせるんじゃ駄目だったのか?」
「人間に生まれたからって、人間が好きになるわけではないでしょう? 自分の色よりも、他の色を好きになることは大いに起こるものですよ」
「まあ、うん……。それはそうだろうけど……」
何とも言えないモニョモニョした気分にはなったが、この気持ちは胸の奥にしまっておくことにした。
それよりも、今は目の前の採掘について聞くべきだろう。
「それで、ミニマムストーンの結晶はどうだ? 作れそうか?」
「もちろんです。勇者ルカは良き仲間を持ちましたね。ポケット魔王城に居る魔物たちのおかげで、当初の予定よりも更に短縮できそうです」
そう言って、陽絹は手に持った設計図へ視線を落とす。
そこには難解な計算式と見慣れない文字が隙間なく書き込まれており、図面の上には細かな修正跡が残っている。眺めてみても、俺には何が書かれているのかさっぱり分からなかった。
装置の開発に必要な資材は、基本的にポケット魔王城から持ち出している。
ただ、それだけでは足りなかったため、シンギュラリティへ支援を要請。すると、ほどなくして月面要塞ムーンベースBBからマキナが詰め込まれたコンテナが射出され、この採掘場まで正確に届けられた。
その輸送システムは“ムーンショットキャノン”と言うらしい。
家から持ってきた自分の水晶端末を通じて、シンギュラリティから得意げに紹介されたので、よく覚えている。
「影紬も……順調かな」
「便りがないのは良い便りと言いますからね。タービンも回ってますし、大丈夫ですよ」
「ちょっと違うんじゃないか? それと、どういう理屈なんだ、その安心感は」
影紬の方は近くのテントに籠もり、その中で機械のパーツを製造している。
デミウルゴスとミニマム光線発射装置をドッキングさせるための機構を作っているそうだ。作業中に不用意に入れば、間違いなく滅茶苦茶怒られる。なので、俺は大人しくしておくことにした。
「よっしゃー! 次のを持ってきたぞー! うおおおおー!」
「ずずーん……あたしも、もってきたよ……」
巨大なエルフと、これまた巨大な巨竜娘が背中いっぱいに石を背負い、穴の中から姿を現した。
その足元では、小柄で足の速さを活かした魔物たちが穴底と地上を何度も往復し、休む間もなく資材を運び続けている。
「かつて、ダチョウ拳法を生み出したダッチョー師範は、重い岩を背負い、牛乳配達をして体を鍛えたと伝えられています! ヴェークさんも一緒にいかがですか!」
「いや、俺はやめとくよ……。エクレアと二人で楽しんできて」
「新たな鉱脈が見つかったそうですわよ~! ワタクシのあとに続きなさいな~!」
「むむっ! では、そちらに向かいましょう~! デリャ~!」
久しぶりに再会したダチョウ娘のミューとエクレアが、風のような速度で駆け去っていく。
ポケット魔王城には、これまでの冒険で出会った沢山の魔物たちが暮らしていた。最初に建物へ入ったときは、久々の再会に喜んだ知り合いたちにもみくちゃにされ、なかなか大変な目に遭ったものだ。
「…………!」
「流石であるぞ! シェーディ殿! 我も剣の使い手として、その精度は見習わねばならんな!」
「うふふ、刀を使ってみるのはいかがですか? 良き好敵手になりえるかもしれません……」
地上へ運び上げられた石を、シェーディが包丁で次々とカッティングしていく。
ミニマムストーンの純度が高い部分を見極め、その境界に沿って寸分違わず刃を走らせる。石は吸い込まれるように切り分けられ、美しい断面をさらしていた。
その傍らではブラディと黒のアリスも、それぞれ剣と刀を振るい、同じように石を切り裂いていた。
ミニマムストーンを含んだ岩石は極めて硬度が高いのだが、彼女たちにとっては大した障害ではないらしい。
いつもは変なことばかりしている連中だが、やはり実力者なのだ。
ちなみに俺も刀で挑戦してみたのだが、斬りつけた場所から急激に魔力を奪われ、せっかくのミニマムストーンがただの石ころになってしまったため、それ以上は止められることになった。
「ビビビビビ……!」
「はあああ……!」
加工された石は機械の中へ放り込まれ、ビームによってゆっくりと溶かされていく。
ミクリとコズミックウーマンが目から放った光を浴びた溶解鉱石は、眩い輝きを放ちながら結晶化していく。機械は大量の蒸気を噴き出し、低く唸るような駆動音を響かせていた。
「絶対にビームを交差させてはなりませんよー!」
「なあ、陽絹。さっきから交差させないように口酸っぱく言ってるけど、具体的には何が起こるんだ?」
「陽子転換が発生し、この辺り一帯が核熱由来のエネルギーで吹き飛びます。おまけに、近くに存在する生物の細胞分子が光の速度で爆発しますね」
「……ミクリー! 絶対に! 絶対に興味本位でやろうとするなよー!」
「ビビビビビ……! 善処はしてみる……!」
本当はカニ光線の使い手であるソープもこの場に居た。
だが彼女は、労働者の権利として休暇を要求し、今は近くのテントでのんびり休んでいる。
最近、タルタロス内で拾った赤い本から色々と学んだそうだ。
ソープ曰く、労働者を働かせすぎると、セントラ大陸に幽霊が出るとかなんとか……。修羅世界で冒険していたときのように、またアイシスと殴り合いにならないことを俺は祈った。
これから力の同盟の仲間たちは、他の魔物たちへの指導役も務める予定だ。
交代制で休息を挟みながら装置をフル稼働させ、なんとしても星喰いの襲来までにミニマムストーンの巨大結晶を完成させる。それが今の作戦だった。
「ふむ……なかなか良い品質です。正直、このサイズを作るのは不安だったのですが、杞憂でしたね」
陽絹は装置から漏れ出たミニマムストーンの結晶を拾い上げ、太陽の光に透かして眺める。
様々な色へ反射する美しい小さな欠片を見つめ、満足そうに小さく微笑んだ。その表情には、職人としての確かな手応えが浮かんでいる。
「こちらはもう任せておいて大丈夫ですよ。ヴェークには、ふふ……。大変な仕事がありますからね」
「うーん……行かなきゃ駄目か? 駄目だよなあ……」
そう言って、俺は腕を組みながら考え込む。
頭では分かっている。けれど、どうしても足取りは重くなってしまう。
「こんなところに居たのですか。行きますよ、ヴェーク。あなたが好きな家族に会いに行くのです」
俺が悩んでいると、イリアス様がひょっこりと後ろから姿を現した。
彼女の言葉を聞き、俺は少しだけ表情を強張らせる。
そう、家族に会いに行くのだ。
ぺこやヴェペリア、陽絹や影紬──のことではない。
「義弟よ。さあ、まずは誰に会いに行く? 不思議と……楽しみであるな」
「妖星デミウルゴスを動かすためには、禍撫と華音の力が必要です。まずはこの二人に会いに行きますよ」
「……はい」
ひょっこりと現れたイリアス様の後ろから、包帯を巻いた義理の姉が、またひょっこりと姿を見せた。
俺が言っている家族というのは、ぺこ──蛭蠱の姉妹のことだ。
ぺこは末っ子らしいので、全員が義理の姉と呼べる。
一応、たまも様とはすでに会っているので、五人の姉のうち二人には会っていることになる。とはいえ、たまも様は現在二人居るらしく、いつかは魔界の玉藻様とも会うことになるのだろう。
「じゃあ──」
情報と直感を頼りに、俺は一人の義姉を選ぶ。
その決断を、イリアス様と魅凪は興味深そうに見つめていた。
・・・・・
「アタシはもう治ったって! 退院させてくれよー!」
「ちゃんと寝てないと駄目ですよ! アイシス様! いいですか、落ち着いて聞いてくださいね。アイシス様は全治……二日です」
「……待てねぇよー!」
「それくらい待てよ」
目的地へ向かうまでの間、俺はポケット魔王城の中で過ごすことになった。
今いる場所は、城の二階にある医療室だ。
部屋には薬草を煎じた柔らかな香りが漂い、壁際には薬品や治療道具が整然と並んでいる。部屋の中央にはベッドが一つ置かれ、包帯姿のアイシスが横になっていた。その傍らではナーキュバスのナビスが腰に手を当て、厳しい表情で説教を続けている。
本人は元気になったつもりらしいが、怪我が完全に癒えたわけではない。
それでも大人しく寝ていられないあたり、いかにもアイシスらしい。以前、修羅世界でも入院した際に、ずっとジタバタしていたのを思い出した。
先程までは、白衣を着た黒のアリスもこの部屋に居た。
だが、『ハインリヒに見せに行く』と言い残し、不敵な笑みを浮かべながらスキップして出ていってしまった。
「まだ時間はあるんだからさ、ゆっくりしとけって」
「そうだぞ、アイシスよ。よく食べてよく遊び、よく働く……。必要なときに体を休めることが出来てこそ、一流の魔族であるぞ」
「ヴェークにご先祖までぇ……」
さすがのアイシスも言われては反論できなかったらしい。
項垂れたまま、渋々といった様子で再びベッドへ身を預けた。
そのベッドの隣には椅子が置かれており、青白い肌をした多腕の魔物が腰掛けている。
穏やかな眼差しでアイシスを見守るその魔物は、どこかアイシスとよく似た顔立ちをしており、燃えるような赤い髪もまた共通していた。
「それにしても、生きているうちに我が子孫に出会えるとはな。正確には、特異点世界の我の子孫ではあるが……」
「確かに、不思議な感覚かもしれませんね」
「アタシはすっげぇ嬉しかったぜ! ご先祖!」
「うむ。我も同じ気持ちであるぞ。それにしても──どの娘との子なのだろうか……。す、少し怖くなってきたな……」
そう言って、うーんと本気で悩み始めたのはシヴァだった。
大昔には闘神とも称えられた上級妖魔。
邪神様の親衛隊としても活躍していた、圧倒的な実力者である。
そして同時に、アイシスのご先祖様でもある。
再会したときのアイシスは、それはもう大喜びだった。長い間尊敬していた存在との出会いに、迷うことなくシヴァへ抱きついた姿は、今でもはっきり覚えている。
残念ながら特異点世界では、シヴァ一族はどこかの食いしん坊女神によって滅ぼされてしまったらしい。
だが、彼女は魔界からルカくんの仲間となったことで、こうして時と世界を超えたような形でアイシスとの対面を果たしたのだ。
「それにしても、なんとも不思議なものよな。我の血脈から、あの魅凪様と張り合えるような存在が現れるとは」
「ご先祖が残してくれた文献のおかげだぜ! それを見てアタシは強くなったんだ!」
「ふむ、この世界の我は几帳面だったのだな……。我が書いているものといえば、日記くらいのもので──んん?」
アイシスは体を起こし、ベッド脇の戸棚から一冊の古びた分厚い本を取り出した。
長い年月を感じさせるその表紙には、堂々とした文字で『我輩は獣である』と記されている。
「それって、もしかして……」
「いやー! この二十二ページの内容がすっげぇ格好良くて! それに、この甘酸っぱいメイドとの恋模様が堪んねえんだ!」
「──ア、アイシスよ! 一度、我に貸すのだ!」
シヴァは耳まで真っ赤に染めると、アイシスの持っていた本を勢いよく奪い取った。
それから本を閉じ、一ページずつ読み進めていく。部屋の中に紙をめくる音だけが響き、シヴァは終始無言のまま最後のページまで目を通した。
そして──パタンと静かに本を閉じた。
「……これは、我が一時的に預かっておく」
「ええ!? まだまだ読み返したい場所があるんだけどな……。ヤマタイサムライメイドエルフとの話とか……」
「アイシス……ここはシヴァさんの言う事を聞いてあげよう。な?」
「……うーん。他ならねぇ、ご先祖本人がそう言ってんだしなぁ。分かった」
俺がそう言うと、アイシスは渋々といった様子で枕へ頭を戻した。
その時、シヴァさんの手の一つが俺の背中をぽんぽんと叩く。俺が彼女の方へ視線を向けると、シヴァさんはグッと四つの親指を力強く立てた。
俺もシヴァさんの言いたいことは何となく分かったので、何も言わず静かに頷くのだった。
・・・・・
「治ったぜー!!」
「…………!」
「凄いね……! 筋肉……!」
「素晴らしいですわ 素晴らしいですわ!」
「流石は熱く気高き拳を持つアイシスだ! わっしょい! わっしょい!」
ポケット魔王城の玄関ホールにて。
すっかり元気になったアイシスが、力の同盟の仲間たちによって盛大に胴上げされていた。
ガブリエラから貰った薬草がよく効いたらしく、怪我は完全に回復している。
つい先ほどまで医療室で寝かされていたとは思えないほど、本人は元気いっぱいだった。……むしろ、元気になりすぎている気がする。
「良かったな! アイシスよ! 我が子孫は立派である!」
「よし、ならば今度は力の同盟と連携して我と訓練を……」
「そのようなことはさせませんよ」
アイシスを負傷させた張本人である魅凪も、何食わぬ顔で胴上げに参加していた。
……物騒なことを言い始めたため、すぐさまラファエラによって止められていた。最近ではミクリを巡って、頻繁にガブリエラと殴り合いになっている彼女だが、やはり頼りになる部分もある。
「わんわん! おめでとー! アイシスさん!」
「おめでと~♪」
よく見ると、他の魔物たちも胴上げに加わっている。
イヌエルとプルエルも参加し、玄関ホールはかなり賑やかだ。ポケット魔王城のエントランスは祝いに集まった魔物たちで埋め尽くされ、皆がアイシスの回復を心から喜んでいた。
その光景を、俺とイリアス様、それにガブリエラは少し離れた場所から眺めていた。
「毎日こんな調子なのですか? 力の同盟は」
「まだマシな方ですかね。この中にぺことヴェペリアが居て、あとは白天狐に、途中から無理やりついてきたベリアルが居ましたから。一日に数回トラブルが起きるなんてザラでしたよ」
「異なる世界のミクリちゃん……。聞いたところ、魔界の玉藻に似ているようですし、あまり可愛くないようで……残念です」
そう言って、ガブリエラは目を細めた。
白天狐は可愛らしいというよりも、妖艶な美女と言った方がしっくりくる。ミクリと白天狐は、それほど年齢が離れているわけでもないのだが……どうしてここまで差が出ているのだろうか。
やはり、育った環境の違いなのだろう。
……いや、どうしてギャンブル中毒で筋肉信仰な狐と、人々の信仰を集める聖なる狐に分岐しているのだろうか。同じ存在とは思えないほどの差だ。正直なところ、かなり不思議ではある。
「それにしても、これでも数が減った方なんて……凄い仲間の数だったんですね」
俺は玄関ホールを埋め尽くすほど集まった魔物たちを見て、思わず呟いた。
これでも、数は減っている方なのだ。
以前、ポケット魔王城が侵略を受けた際、一部の仲間たちは城の崩壊に巻き込まれ、そのまま外へと放り出されてしまったそうだ。もし全員が揃っていたのなら、今よりさらに賑やか……いや、騒がしい光景になっていたことだろう。
「あのニセ勇者が干物になりかけたりしつつ、節操なしに集めてましたからね……。毎日お世話と散歩をするからと言って、次々と連れてきて……」
「ペットじゃないですか。ともかく……いいじゃないですか。旅の仲間は多いほうが楽しいですよ」
これは俺が修羅世界で学んだことの一つだ。
人数が多ければ多いほど、楽しいことは増えていく。笑い声も、問題も、馬鹿騒ぎも──全部ひっくるめて悪くなかった。もちろん、その分だけ苦労も何倍にも膨れ上がるのだが……。
「そういえば、ヴェーク。どうしてポケット魔王城の中でも鎧を着てるんです? 拠点なのですから、もう少しリラックスしてもいいのでは?」
「いや……それは不味くないですか? 多分、俺が今まで過ごした場所の中でも、トップクラスに危険な場所ですよ、ここ」
俺はそう言って、鎧を軽く叩いた。
ここは魔物の胃袋の中だと言っても過言ではない。古今東西、様々な魔物たちが集まり、それぞれ好き勝手に過ごしている場所なのだ。……もっとも、俺の知る魔物の胃袋の中は遊園地のようで、意外と楽しい場所だったのだが。
「それに、もしも浮気したなんて勘違いをされたら、ぺこが泣いちゃいますよ」
「……蛭蟲と付き合っている人間に手を出すほど、愚かな魔物はここには居ませんよ。……おそらく」
イリアス様はそう言って、呆れた様子を見せる。
だが、警戒しておいて損はないだろう。
……名前を出したせいで、ぺことヴェペリアに会いたくなってきた。
きっと、この場所を見たら喜んだだろう。いろんな料理が用意された食べ放題みたいで楽しそうとか言い出しそうだ。
「話は変わりますが──どうして最初に会いに行くのを華音にしたんです?」
「ああ、それは……」
高く胴上げされすぎて、空中で豆粒のようになったアイシスを眺めながら、俺は頭の中で理由を整理する。
正直に言えば、最初は二人のどちらでも良かった。これは俺個人の感情ではなく、今の状況を考えた上での判断だった。
「エクレアから聞いたところ、禍撫さんはグランドノアから離れています。それに、スライム族は今、分裂してますからね」
「……スライムは分裂するものでしょう?」
「ガブリエラ……言葉をそのままの意味で捉えてませんか?」
「──えっ。……ええ! もちろん冗談ですよ!」
「……」
ワタワタと慌てて誤魔化すガブリエラを、イリアス様がじっと見つめていた。
ともかく、グランドノアを後回しにした理由の一つは、今なら大きな衝突が起きにくい状況にあることだ。
戦力になるスライム族の半分はエクレアに連れられ、現在はグランドールで滞在している。
一方、グランドノアを支配しているのは、あのウリエラだ。
七大天使の中でも別格の実力を持つ彼女へ、戦力が整っていない状態で攻め入るほど愚かではないはずだ。
「お寿司大好きサリエラさんなら、華音さんを捕らえると思いますけど……万が一がありますからね」
「そうだぜ! あのお寿司大好きサリエラは、ご先祖の拳と同じくらい熱い魂を持ってるからな! 無益な殺生はしねえよ!」
「お寿司大好きサリエラさん……。ヤマタイ寿司の用意をしなくちゃ……」
「そうですわね~! こちらでも喜んでくれると嬉しいですわね! お寿司大好きサリエラさん!」
どうやら胴上げ大会は終わったらしい。
魔物たちはぞろぞろと魔王城の中へ戻っていき、代わりに力の同盟の仲間たちがこちらへ歩いてくる。どうやら、満足したようだ。
「そうであるな! 我の炎と同じくらい熱い魂を持つ、あのお寿司大好きサリエラであれば、華音とやらを捕縛に留めるに違いない!」
「…………」
「シェーディが『お寿司大好きフレンズに会えるのが楽しみじゃんね☆』だって」
「……なんで、全員が揃ってお寿司大好きだと口を揃えて言うんですか?」
ガブリエラが疑問を口にする。
その言葉を聞いた瞬間、修羅世界で出会ったサリエラさんとの思い出が、俺の脳裏によみがえってきた。
「うう、あれは可哀想でしたわね……」
「うん……。アホのベリアルがキャッチボール下手下手で良かった……」
「ああ、本当にな。アタシも長い間封印されてたけど、あんなにひどい目に遭ってたらと思うと、ゾッとするぜ……」
そう言って、力の同盟の仲間たちはしんみりとした空気を漂わせる。
俺も思い出してしまい、少しだけ胸が締め付けられた。そういえば、この話は無人島でイリアス様にも聞かせていたのだった。
修羅世界におけるサリエラさんの──悲しき封印生活を。
・・・・・
「修羅世界でのサリエラさんは、玉藻様に首だけの状態で封印されててな──」
俺はその悲劇を、ガブリエラへ語り始めた。
修羅世界で勃発した聖魔大戦において、サリエラさんは玉藻様と対峙した。
相性の悪い相手だったにもかかわらず、その熱い魂で真正面から立ち向かい、玉藻様をあと一歩のところまで追い詰める。しかし最後は強力な封印術を受け、首だけの姿でヤマタイのとある場所へ封印されてしまった。
やがて、その場所で何があったのかは長い年月の中で忘れ去られ、ぽつんと封印の祠だけが静かに残されることになる。
しかし、ある日──その近くに人と魔族が共に暮らす村が作られ、封印の祠は人々の目に留まった。
信心深いヤマタイの人々は、それを神聖なものだと思い、定期的に掃除をするようになった。
さらに後になって古参の魔物たちが『あれは玉藻様が何かを封印した場所だ』と語ったことで、祠はますます畏れ敬われるようになる。
だが、それが却って──。
「……別に、悪いことではないのでは?」
「いや、あれに関しては……悪いことだったんだ。人に悪意はなかった。でも、それが……」
「…………!」
「そうだな、シェーディ……。お腹が空くのは辛いことだもんな……」
村の人々は祠を綺麗に整え、立派な神社を建てた。
そこまでは、サリエラさんも特に気にしていなかった。むしろ、自分が大切に扱われているようで嬉しかったらしい。
だが、そのあと、人々は定期的にお供え物として食べ物を供えるようになった。
よりにもよって、封印されたまま意識を保ち続けるサリエラさんの目の前へ──。
「神社に忍び込んだ魔物や子供たちが、美味しそうに目の前でお供え物を食べていたそうで……。それが、何百年も続いて……」
美食家であるサリエラさんにとって、それは想像を絶する苦しみだったに違いない。
空腹は癒えず、香りだけが鼻をくすぐる。
目の前には手の届かない御馳走が並び、それを他人が笑顔で平らげていく。
しかも、何の因果か特に好物である寿司がお供えされることが多く、そのたびに血涙を流していたそうだ。
「うっ、うっ……。なんて辛い話だ……。アタシは思い出すだけで、心が裂けそうだぜ……」
「お寿司大好きサリエラさん……かわいそうだった……」
「辛いですわ! 辛いですわ!」
「イリアスヴィルの酒場に連れて行ったときのことを思い出すと……。我も涙が……」
本来のサリエラさんは、熱い魂を宿しながらもクールな性格だったらしい。
しかし、封印から解放されたばかりの彼女にその面影はなく、何を言うにも二言目には『腹が……減った』と呟き、焦点の合わない目でぼんやりと遠くを見つめるようになってしまっていた。
唐突に『そろそろ寿司を食べないと、死んでしまう』と口にすることもあった。
とにかく、常に錯乱状態と言っても過言ではなかったのだ。
それに加えて、料理を口にするたび、堪えきれないように涙を流すのだ。
修羅世界のウリエラも最初はその様子を見て笑っていたが、あまりにも悲痛な姿が続いたせいか、次第に本気で心配するようになり、どう慰めればいいのか分からずオロオロしていたのが印象に残っている。
「あのサリエラが……」
「もしもその世界に行く機会があれば、ねぎらいの言葉を贈らねばなりませんね。……言葉よりも料理を贈ったほうがいいのでしょうか?」
「ぺこが料理を作って、自分の分まで分け与えるほどに心を痛めてましたからね……。そっちの方がいいと思います」
ガブリエラは信じられないという様子で黙り込んでいた。
イリアス様はこの話を聞くのは二度目だが、それでもやはり悲しそうな表情を浮かべている。
「……俺、元気なサリエラさんと会ったら、泣いちゃうかもな……」
「そうだな……。アタシもハンカチの用意しとくか……」
「ワタクシも……そうしておきますわ」
「スライムだから要らないでしょ……」
目的地は──グランゴルド。
あのお寿司大好きサリエラさんと、もうすぐ会える。
そう思うと俺は、嬉しいような、それでいて少しだけ胸が締めつけられるような──そんな複雑な気持ちになるのだった。