「うふふ……これで決めましょう──リーチです」
そう言って、ガブリエラが捨て牌を横向きに置き、不敵な笑みを浮かべる。
ポケット魔王城の娯楽室──。
スロットマシンやポーカーテーブルが並び、ちょっとしたバーやダンスステージまで備えられた空間だ。ポケット魔王城の住民たちにとって、憩いの場となっている。
その一角にある雀卓で、グランゴルドへ着くまでの暇つぶしとして勝負をしていた。
卓を囲んでいるのは、ガブリエラ、ラファエラ、ミクリ、そして魅凪。俺はというと、その対局を観戦している立場である。
ガブリエラは自信満々な様子だった。
だが、全員の配牌を横で見ていた俺は、内心で『あちゃー』と呟き、額を押さえた。そして、無慈悲な声がその場に響き渡る。
「ロン……大三元……」
「うふふっ、四暗刻単騎です」
「国士無双だ」
ガブリエラ以外の全員が倒牌する。
輝かしい役満が三つも並んだ光景を前にして、ガブリエラは不敵な笑みを浮かべたまま、ゆっくりと首を横へ傾けた。どうやら、現実を直視できないらしい。
やがて、その表情のまま、こてんと後ろへ椅子ごと倒れる。
その姿はまるで、電池切れを起こしたおもちゃのようだった。流石の俺も、ちょっと可愛そうだと思ってしまう。
「ガブリエラ……ちゃんと約束どおりの額、きちんと耳を揃えて持ってきてね……」
「ミクリちゃんとのグランゴルドデートは、私が独占しますね。あなたはひまわりの種でも齧って、その様子を木陰で見ていてください」
「……まあ、元気を出せ、ガブリエラ。永く生きていれば、こういう日もある……」
倒れたガブリエラの鼻先を指でつつきながら、金銭を要求するミクリ。
ラファエラは倒れ伏した姿を見て勝ち誇った笑みを浮かべ、魅凪は不器用ながらも慰めの言葉を掛けていた。
ガブリエラの悲しげな鳴き声が娯楽室に響き渡る。
何事かと周りの魔物たちが覗き込んでくるが、『またガブリエラが賭けに負けてボコボコにされたのか』と事情を察すると、何食わぬ顔で場へ戻っていった。
「どうだ、ヴェークよ。お前も戯れにやっていかないか?」
「ヴェークが参加するなら、ベット額を百万倍にする……」
「なんでだよ。ギャンブルをするのも怖いのに、なんでさらに怖い状態にするんだ」
とんでもなく恐ろしい賭けへ放り込まれそうになる俺。
……よくよく考えれば、ミクリにお小遣いを渡しているのは俺だ。
勝っても自分が渡したゴールドを回収するだけで、負ければ新たにゴールドを失うだけである。
本当に、とんでもない狐だ。
「なんともまあ、謹厳実直なことですね。ワールド・ウォーカーは拝読しましたが、本の中の人物よりも控えめなようですね?」
そう言って、ラファエラがくすくすと笑う。
早くグランゴルドへ着いてくれないかな──そう思っていると、イリアス様がひょっこりと姿を現した。床に咲いているガブリエラを見て呆れた表情を浮かべたあと、こちらへ振り返る。
「グランゴルドが見えてきました。そろそろ、ポケット魔王城から出る準備をしておきなさい」
「ほう。ついに華音との対面か。さて、ヴェークよ。一応、我の妹について軽く話しておこう」
そう言って、魅凪がバーの席へと移動して腰を下ろした。
俺もそれに倣って隣へ座る。ヴィジョン──魔術で作られたらしいバニーガール姿の女性が、オレンジジュースを差し出してくれる。それを互いに一口飲んだあと、魅凪は再び口を開いた。
「そうだな……我から見た華音は──無邪気さを残した幼い妹だ。だが、姉として可愛いとも思っている」
俺は小さく相槌を打ちながら、魅凪の言葉に耳を傾ける。
「沙蛇や玉藻は“三馬鹿”と、禍撫、華音、それに蛭蟲をまとめて語ることが多かったが……。蛭蟲はもう大人になった。禍撫は同族のことに夢中だからな。つまり、それさえ刺激しなければ比較的大人しい方だ」
「……」
「しかし、華音は違う。弱者の立場が見えず、本人も無意識のうちに『強ささえあれば、どれほど理不尽なことをしても許される』と思っている節がある……。統治者としては、失格も良いところだ」
俺は魅凪の言葉を静かに咀嚼する。
イリアス様からは、魔界で華音が行ってきた非道の数々を聞いている。
無邪気だからこそ残酷な行いに躊躇がない──。
それはまるで、幼い子供が遊び半分で小さな虫を潰してしまうようなものだ。彼女のしてきたことは、その延長線上にあるのではないかと俺は思った。
「それは……少し厄介かもしれませんね」
「まあ、今の我はそこまで心配しておらん。蛭蟲がああいうふうに成長したのだ。華音も、いずれ変われよう。今回に関しては……首根っこを掴んで引きずって連れて行くことになるかもしれんがな」
「最悪、それしかないですかね」
強さこそが正しい──まさに弱肉強食を地で行く思考の持ち主。
ふと思い返せば、昔のぺこにもそのような一面があった気がする。力こそがすべてである──そんな考え方だ。
今のぺこは、もうそんな考えを持ってはいない。
以前から少しずつ薄れてはいたが、ヴェペリアと出会い、その傾向はさらに強くなった。……きっと本人は、自覚していないのだろう。力の同盟という絆が生まれたことも、大きかったに違いない。
「では、往くがいい」
「ええ」
空になったグラスをカウンターへ残し、俺たちはその場をあとにした。
・・・・・
上空から見たグランゴルドは、俺の想像よりも大きな変化はなかった。
混沌の影響を受けていることを除けば、街には緑が少し増えた程度だ。
ほかには、特異点世界では見かけなかったヤマタイ風の建物が、あちこちに点在しているのが目についた。
まずは聞き込みを行うため、力の同盟とイリアス様の少人数で街の様子を見ることになった。
いきなりラファエラやガブリエラ、魅凪が姿を現せば、どんな騒ぎになるか分からないからだ。
イリアス様も顔は知られているものの、彼女に気づかない天使も多いらしい。
本人は大いに不満そうな表情を浮かべながら、そう説明してくれた。
「止まれ! ……天使に魔物、それに人間か。なんとも珍しい組み合わせだな。まあ、今の混沌の世では、それほど珍しくもなくなるのかもしれんな……」
門番を務めていたのは、修羅世界でも見かけたことのあるタイプの天使だった。
重々しい鉄兜に身を包み、鍛え上げられた肉体を誇る──ザビリエルたちだ。門番が天使であるということは、この街は魔物の支配下にはない可能性が高いだろう。
「ええっと、俺たちはこういう者で──」
俺は懐から、一通の手紙を取り出した。
これはラファエラに書いてもらった紹介状だ。
彼女の使者として活動していること、そして同じ七大天使であるサリエラさんと面会できるよう取り計らってほしいことが記されている。
一応、魔物側が街を支配していた場合に備え、魅凪にも同じような内容の手紙をしたためてもらっていた。
だが、今回は使う機会はなさそうだ。
「……ふむ。『食べたくなるほど愛らしい天使を使者として送る』と書いてあるが……」
「……後ろの変な連中は、私の護衛です」
イリアス様が、手元のポケット魔王城をじろりと睨む。
俺は本当にこれで大丈夫なのかと少し不安になったが、ザビリエルたちはイリアス様の顔を見ると、小さく頷いた。
「街への通行を許可しましょう。手紙はこちらでお預かりしてもよろしいですか? グランゴルド城へ迅速に届け、面会の調整をするよう連絡いたします」
「ええ、ぜひそうしてください……!」
「イリアス様……ここは落ち着いて……」
不機嫌になったイリアス様を小声でなだめる。
ともかく、これで問題なくグランゴルドへ入れるようになった。一つ目の関門は、無事に突破したと言っていいだろう。
「はあー、やっぱ可愛いなぁ、あの天使ちゃん! むふー!」
「もう修羅世界での出来事を忘れましたの? またお腹をグサグサ刺されても知りませんわよ~」
「…………」
「アホのアイシス……」
「そういえば、ベリアルはいつこちらに来るのだろうな! 我と同じく、別の場所へ出たのだろうか?」
すっかり力の同盟の仲間たちは緊張が解け、好き勝手に話している。
しかし、そのくらい自然体のほうがいいのかもしれない。肩肘を張るよりも、そのほうが周囲に溶け込みやすいだろう。俺も時折話に加わりながら、街の様子へ目を向けた。
「イリアス様」
「言わなくても結構。多少は肩の力を抜いても良さそうですね……」
グランゴルドの通りには、天使や人間、それに植物系の魔物たちが行き交っていた。
魔物たちも、不当な弾圧を受けているようには見えない。むしろ、人間や天使たちと共に暮らし、この街の一員として穏やかに過ごしているように感じられた。
その光景を見れば、この街を統治しているのが華音ではなく、サリエラさんであることは明らかだった。
よく観察してみると、人間の兵士たちと肩を並べて警備に当たっているのは、天使たちであることに気がつく。つまり、グランゴルドの中心となり、支柱の一つとなっている存在が、魔物ではなく天使であることが理解できた。
「天使だけではなく、人間も警備に当たっています……これがどういう意味か分かりますか?」
「うう~ん──ハッ! 分かりましたわ! 再就職に成功したのですわ~!」
「めでたいね……!」
「……違います。おそらく、人間側の権力者とも協力関係を築いているのでしょう」
「もしかして、グランゴルド王ですか?」
俺の脳裏に、優しげな青髪の青年が思い浮かんだ。
以前、旅の途中で彼がパレードのためゴッダールを訪れたことがある。そのとき、軽い怪我をした少女を魔法で癒やしている姿を見かけた。その姿を知っているからこそ、四大国戦争を引き起こしたなどとは、とても信じられなかった。
「……あー」
「どうしました、ヴェーク。また肉体から魂がニュルッと抜け出しましたか?」
「いや、違います。というか、『ニュルッ』ってなんですか。『ニュルッ』って」
あの大戦争を裏で操っていたのは、魔界の玉藻様とリリス三姉妹だったそうだ。
つまり、俺の義理の姉と姪っ子たちがどっぷり関わっていたということである。そう思うと、なんとなく街を歩きにくい気分になってしまう。
よくよく考えれば、俺は砂漠で肉汁まみれのまま、初対面の姪っ子へ抱きついたオジさんになる。
モリガン──あのときは服泥棒だと勘違いしていたのだが……再会するのが非常に怖くなってきた。
「グランゴルド王が統治に関わっているのであれば、話は早いですね。彼に国を任せ、サリエラと華音を引っ張り出しましょう」
「そういえば、旅に同行してたんでしたっけ。女神様に王様、それに伝説の魔物たちと肩を並べてるなんて……。俺、場違いじゃないですかね?」
「私より十二分にヘンテコな存在ですからね、あなた。つついたら魂と不死鳥が飛び出す面白人間なんて、どの並行世界を探してもいませんよ。むしろ、私たちのほうが場違いなくらいです」
「そうだぜ、ヴェーク! お前は前から……すっげー変なヤツだ!」
そう言って、アイシスが俺の肩をバシバシと叩く。
また病院送りにしてやろうかとも思ったが、彼女なりに励ましてくれているのは分かっている。だから今回は、大目に見てやることにした。
「見て、お城が見えてきたよ……」
「サバサみたいにグリーンになってますわねー」
「我のブラディ城も今度、緑色にしてみようかのう。最近はカニ労働者組合に赤色へ塗り替えられたし、目と気分転換に良さそうだ」
しばらく中央通りを進んでいると、グランゴルド城が見えてきた。
城壁自体は以前と変わらないように見える。だが、よく目を凝らすと、城の内部から淡い緑色が漏れ出していた。
おそらく、魔界グランゴルド城の影響なのだろう。
最近、植物族のクイーンになったらしい、あの悲しき緑色のモンスターが放火しに来ないか、少し心配である。
「…………!」
「シェーディがパタパタしてますが……何か言ってますか?」
「何も言ってないときのほうが珍しいですよ……。『ウチの懐で、おみあげの古代寿司を温めておいたモンニ! ウェーイ!』って言ってます。……いや、寿司は温めちゃ駄目だろ」
ついに、サリエラさんとの対面だ。
そのあとには、義理の姉の一人との初めての顔合わせも待っている。俺は少しだけ緊張しながら、城門を守る天使たちのもとへ歩み寄った。
・・・・・
「なあ、ウイスキーちゃん。本当にこっちで合ってるのか? ここ、さっきも通った気がするんだけど……」
「す、すいません……。こっちで合ってると思うんですけど……」
グランゴルド城へ通された俺たちは、ウイスキーという名のワイティエルに案内されながら、城内を進んでいた。
三つのグランゴルド城が合一した結果、上層は緑に覆われ、下層は大監獄となってしまい、城内の移動は以前よりずっと大変になっているらしい。
「サバサ城に負けないくらいグリーンだな。ブラディ、絶対に果実とかキノコを拾い食いしたら駄目だぞ。大体、毒だったり、体から実が生えてくるようになる植物ばっかりだからな」
「ふん! この我が! そのような卑しいことをするわけなかろう!」
「ブラディ、頭から花が生えてる……」
「可愛いですわ! 可愛いですわ!」
「…………!」
後ろを振り向くと、頭から向日葵のような花を生やしたブラディがいた。
イリアス様は、もう突っ込むことに疲れてしまったのか、先程から無言でとぼとぼと歩いている。
「あー、プリエステスが見たら、絶対に面倒なことにだろうなあ、ここ」
「それは……そうでしょうね。それにしても歩き疲れました。まだたどり着かないのですか?」
イリアス様がそう言うと、ウイスキーがハッとした表情を浮かべた。
「──あっ! そういえば最近、ワープ装置をグランゴルド王に直してもらったのでした! それを使えば、すぐにたどり着けますよ!」
「……」
「わわ~! 羽を引っ張らないでください! イリアス様!」
どうやら、楽に最上階へ行ける手段があったようだ。
俺たちは来た道を戻り、ワープ装置を使ってサリエラさんが待つ謁見の間へと向かった。
謁見の間には、空席となった玉座が置かれていた。
その前には大きなテーブルが据えられ、天使と魔物が一名ずつ向かい合う形で座っている。
「イリアス様、よくぞご無事で……!」
「そちらも健在なようで何よりです、サリエラ」
どこか陰気な雰囲気をまとった天使──サリエラさんが立ち上がる。
そして、イリアス様の前まで歩み寄ると、静かに片膝をついた。
「すげえ……あのサリエラさんが普通に話してる……」
「特発性お寿司発作も起こっていませんわね……」
「すごい……」
「…………」
俺たちはイリアス様の後ろで控えていた。
すると、顔のない魔物も音もなく立ち上がり、こちらへ歩み寄ってくる。なんだか圧があったので、一歩下がってしまいそうになるが、俺はなんとか踏みとどまる。
「イリアス様、よくここまで無事で来てくださった」
「あなたも無事だったようでなによりです。グランゴルド王」
「……えっ!? グランゴルド王!?」
思わず声が漏れた。
俺の記憶にあるグランゴルド王は、優男のような青年だった。だが、目の前に立っている姿は──どう見ても人間ではない。遥か未来を感じさせる、新型のゴーレムのような姿だった。
「ああ、君たちは最近仲間になった子たちかい? こういう反応をされるのも久しぶりだね。僕はグランゴルド王。ちょっとしたことがあって、こんな姿になっちゃったんだ。よろしくね」
「えっ、あっ……。ええと、冒険家のヴェークです。よろしくお願いします、グランゴルド王」
俺はぬっと差し出された大きな手を握り返し、握手を交わした。
ちょっとしたこととは──色々と聞きたいことはある。だが、今はそんなことをしている場合ではない。
ふと横を見ると、シェーディがお寿司の入った桐箱をサリエラさんへ差し出していた。
それに対し、サリエラさんは困惑した様子でイリアス様へ視線を向ける。
「あの、イリアス様……。この者たちは……」
「ああ、紹介しましょう。最近、私の下僕になった面白集団──力の同盟ですよ。その箱には、おみやげのお寿司が入っています。受け取ってあげてください」
「あ、ああ……ありがとう。──こ、これは古代寿司か……! 感謝しよう……」
「…………!」
「シェーディが『喜んでもらえて嬉しいじゃんね、ワホー!』だって」
少しだけ表情を和らげながら、サリエラさんは寿司の入った箱を受け取った。
彼女はこちらのことを知らない。けれど、やはりこの世界でも食べることが好きな、素敵な天使なのだ。そう思うと、なんだかほろりと涙が出てきそうになった。
「うっうっ、こっちのサリエラさんは元気そうで良かったぜ……!」
「そうですわねぇ……。ミクリ、ハンカチを貸してくださいまし。──ズビー!」
「あっ……! 粘液でベチャベチャになった……! アホエクレア……!」
「イ、イリアス様……。どうしてこの者たちは、私を見て号泣しているのです……?」
「色々あったのですよ、色々。それにしても、本当に元気そうで本当に良かったですね……」
「……???」
困惑するサリエラさん。
それでも俺たちは、目の前で元気な彼女の姿を見られた喜びを、どうしても隠すことができなかった。
・・・・・
力の同盟の一行が泣き止んだあと。
イリアス様と俺は、星喰いの襲来に備え、華音を迎えに来たことを伝えた。そして、ポケット魔王城から魅凪とラファエラを呼び出す。ガブリエラは賭けに負けたショックで寝込んでいるため、そのままだ。
「感謝しよう、サリエラ。我が妹を丁寧に扱ってくれたようだ」
「魅凪……。こうして肩を並べる日が来るとはな……」
「うふふ……。流石に第三の目でも、これは見通せませんでしたか?」
「ラファエラ……。お前は相変わらずだな……」
ワープ装置を使い、俺たちは大監獄の最下層へと移動した。
建物はあちこちがボロボロになっていたものの、監獄としての機能は十分に保たれているようだ。時折、収監されている植物族の魔物たちがこちらを睨みつけてくる。どうやら彼女たちは人を食べようとしたらしく、そのためにこうして閉じ込められているのだとか。
「うわっ、カニバルボブだ……」
「あの凶悪犯と知り合いなのですか?」
「俺が監獄送りにしたんですよ。なんか、俺の魂は太ってて、魂の年齢も中年だとかなんとか言って襲ってきて……。あれ以来、ポルノフへ行くのは控えるようになったんでしたっけ……」
「ヴェークもよく牢屋に閉じ込められてるから……。お友達がたくさんだね……」
「ヴェーク、あなた……」
「風評被害とか勘違いで閉じ込められただけです!」
様々な囚人たちの前を通り過ぎ、最奥へたどり着く。
二重の鉄格子を抜け、封印装置を横目にさらに奥へ進むと──。
「ふんふふーん♪」
四つの封印具が置かれた部屋の中に──華音はいた。
足をぱたぱたと動かしながら豪華なベッドへ寝転び、手にはファッション雑誌を持っている。真新しい戸棚には本が並び、机の上には水晶端末まで置かれていた。
「あら、もうご飯の時間──って、魅凪! あんたも捕まっちゃったの!?」
「……ずいぶんと楽しそうにしているな。愚妹よ」
華音は勢いよく立ち上がり、鉄格子を両手で掴んだ。
そして、驚愕の眼差しでこちらを見つめてくる。……俺には、どう見ても快適な生活を送っているようにしか見えなかった。
「街中で喧嘩をして、反省のために上層へ放り込んである妙なトリとネコと同じくらい騒ぐのでな……。こうして差し入れを充実させ、大人しくさせてある……」
「なによ! 人を問題児みたいに言っちゃって! セレブなあたしには、まだまだ不遇な待遇よ~!」
「はあ……」
サリエラさんが深いため息をつく。
俺は改めて華音へ目を向けた。すると、ちょうど視線が合う。
「ふーん。その鎧……あんたがあのヴェーク? ここに入ってる間、ワールド・ウォーカーを読ませてもらったわ。なかなか面白かったわよ」
「あー、それはありがとう。華音って呼んでも?」
「別にいいわよ。ふふ、結構イイ感じじゃない。どお? 世界中で嫌われてる蛭蟲より、あたしのほうが──って、なんか急に寒気が……」
そう言って、華音はぶるっと身を震わせ、自分の肩をさすった。
「悪いけど、俺は蛭蟲──ぺこから離れる気は無いよ」
「ふーん、そう。まあいいわ。それで? ちっちゃいイリアスなんかも連れて、あたしになんか用?」
「今は──」
鉄格子越しに、魅凪が現在の状況を説明した。
星喰いが襲来すること。妖星デミウルゴスを動かすために華音の力が必要なこと。そして、そのために彼女を迎えに来たこと。
すべてを聞き終えた華音は、腕を組んで少し考え込んだあと、にやりと笑った。
「……仕方ないわねぇ。あたしも協力してあげる。だけど、条件があるわ。協力する代わりに、あたしをここからずーっと出すこと! それが条件よ!」
「……まあ、そうでしょうね」
イリアス様がため息をつく。
魅凪も華音の要求は想定済みだったのか、特に驚いた様子はない。ラファエラはいつものようにニコニコと微笑み、サリエラさんは難しい顔で黙っていた。
「どうしたの? あたしの力が必要なんでしょ~♪ それくらい、出来るわよね?」
「……」
華音をこのまま外へ出して、本当にいいのだろうか。
またどこかで、話に聞いた"植物園"のようなことを起こさないか──俺はどうしても不安になる。だが、彼女の力がなければデミウルゴスは動かない。
「イリアス様。ここは一度、要求を聞いては?」
ラファエラにそう言われ、イリアス様は目をつぶって小さく唸った。
やがてゆっくりと目を開き、サリエラへ視線を向けた。
「……いいでしょう。サリエラ、牢の鍵を開けなさい」
「承知しました……」
イリアス様の命を受け、サリエラさんが鍵束を取り出す。
そして鉄格子の扉を開き、四つの封印具を解除した。華音はにっこりと笑うと、ゆっくりと牢の外へ足を踏み出した。
・・・・・
「あーあ。窮屈な生活だったわねぇ。久しぶりに太陽の光を浴びて──」
「…………」
「シェーディ? どうしたんだ?」
華音は大きく伸びをすると、こちらへと近づいてきた。
そのとき、珍しくずっと黙っていたシェーディが、一歩前へ出る。
「あら、あなたも緑だけど、もしかしてあたしの同族? それにしては魚っぽい尻尾──」
「…………」
お互いに、無言のまま見つめ合う。
そして数十秒後、シェーディがそっと両腕を広げた。
「なによ……ギュッとしたいってこと? なら、お望みどおりしてあげるわよ。出てきて気分がいいから、特別にね」
「…………」
華音はふらふらとシェーディへ歩み寄る。
そして──その腕の中へ飛び込んだ。
「……なんです? 新手の催眠術ですか?」
「さあ……なんでしょう……」
困惑する俺たちをよそに、二人は無言のまま抱き合っている。
そして数分ほどの沈黙が流れ、華音はそっとシェーディから離れた。
その瞳には──うっすらと涙が滲んでいた。
「──あなたは、私のママね!」
「……は?」
魅凪が間の抜けた声を漏らす。
俺はというと、声も出ずに固まっていた。周囲の全員も目を丸くし、俺と同じように硬直している。
「今、言葉じゃなくて魂で通じ合ったわ……。ギャルで緑色──なら、あたしのママに決まってるじゃない!」
魅凪を含めた全員が、まさかと言わんばかりの表情でシェーディを見る。
当のシェーディは、いつもどおり無表情のまま立っていた。……しかし、ムフーと鼻息だけは妙に荒く、どことなく得意げである。
「華音……それは流石に聞き捨てならんぞ。お前の母は邪神様──ただお一人だ」
「えー、いいじゃない! 母親が二人いても! 好きなものは多いほうがいいわ!」
「なんか複雑な家庭だな……」
「ヴェーク、あなたの家庭も似たようなものでしょう?」
「……そうだった」
華音は再びぎゅっとシェーディへ抱きついた。
何がどうなっているのか分からない。俺たちは一体、何を見せられているのだろう。ただ困惑することしかできなかった。
「いや、シェーディは魚だから……」
「でもよぉ。トンベリ娘って、いい土に種を植えて、水やりすると生まれるんだろ? じゃあ、植物なんじゃねえか?」
「そうかな……そうかも……」
「ワタクシにはよくわかりませんわ!」
「我にもよくわからん!」
一体全体、どういうことなのか──。
俺たちは、あまりにもカオスな状況に頭を悩ませるのだった。