なぜ俺がスイレンをカードにしたか。
決まっている。スイレンの魂を魔神とやらに捧げさせないためだ。
俺がスイレンの魂を確保している間は、スイーパーの連中が彼女を魔神に捧げることなどできるはずがない。
よって、魔神復活の可能性はさらに低くなる。
アヤメよりもたらされた、スイーパーの目的と魔神復活の条件。
VSを悪用するプレイヤーの抹殺。そのための手段が魔神復活。魔神復活には精霊の見える者の魂を5つ捧げる。そのうち2つは既に捧げられているという。
あと3人。俺とスイレン、そして誰か1人精霊の見える人間の魂が捧げられたら、魔神とやらが復活するらしい。
正直眉唾ではあるが、できる限り対策は取っておきたいところだった。下手にスイレンの魂を取り込ませ、まだ見ぬ精霊の見える人間が2名現れないとも限らない。
俺とスイレンだって纏まって行動していたわけだしな。わざわざスイレンを敵に渡してリスクを上げることもない。
それに、スイレンの誘拐の罪をスイーパーに擦り付け、それを俺が奪い返したとなればスイレンの父親からの覚えもめでたくなることだろう。
もしかすれば、報酬が貰える可能性すらある。
「しかし……スイレンはハクトさんのことを信用しています。事情を話せば乗ってくれたのでは? 相談だけで100万円を渡そうとしてきたと言っていたではないですか」
「保証がない。スイレンが拒否したら無理やり闇のVSを仕掛けることになるが、その場合、彼女の父親からの信用はただでさえ底を突いたところをぶち破ることになる。娘の信用を失った上で、だ」
まあ、それはあくまで第二の理由でしかない。というか、断られた方がまだマシだ。
一番の理由は、交渉に成功して狂言誘拐を行った場合、スイレンに俺の弱みを握られることになるからだ。
仮に交渉に成功したとして。
周囲を騙してスイレンを誘拐したが、彼女との同意の上だった。そう周囲に説明したとしよう。
スイレンが「それは事実ではない」と言い出したらどうだろう。
加害者と被害者。裏カジノのイカサマ野郎と大企業の令嬢。どちらの証言が信用に値するかなど、論じるまでもない。
まして、真実は俺たち二人にしか知りようがないのだ。
会話内容の録音や契約書等もまず無駄だ。俺が脅してやらせたこと、という話になれば反論の術はない。相手は未成年の弱い女だ。
スイレンからの信頼度が足りていない、わけではない。寧ろ、足りているから問題なのだ。
スイレンは恐らく、おとなしそうに見えて割と我儘なタイプだ。
大企業の令嬢として、(精霊の件でちょっと遠巻きにされながらも)愛を注がれ、何でも与えられて過ごしてきた。
人間関係においてそれが発揮される可能性は大いにある。
例えば、同じ精霊が見える人間。しかも、人間的にも好ましく思っているヤツを、どうしても手元に置いておきたい。が、そいつは仕事が忙しいだのなんだの理由を付けて受け入れようとしない。
だが、どうしてもそいつが欲しい。
そんな時。手元にそいつを脅す材料があった。
それを使うか、使わないか。
これは理屈でもなんでもなく、単なる俺の直感に過ぎないのだが、スイレンは……恐らく使う女だ。
そんな女に、俺を脅迫できる材料なんてとてもじゃないが与えられない。
まあ、他のヤツならいいのかといったらそんなことはないが、例えば俺に絶対服従のアヤメなら場合によっては妥協することもあり得なくはない。
だが、スイレンは駄目だ。あいつ、重そうだもん。
◆
ユヅキの手により、車が用意される。
運転は俺かユヅキかで迷ったが、まず彼女が運転すると言い出した。
まあ……別に構わんかと思ったが、すぐに撤回することとなる。
この女、使用人の癖に運転が死ぬほど荒いのである。
ざけんな、これから決戦に赴こうとする戦士を酔わせるんじゃねーよ!
「このくらい前の職場では普通でしたのに……」
「お前、ソウジロウさんのとこでもこんな運転してんの?」
「……運転の機会はありません。専任のドライバーがいますので」
そう言ってユヅキは視線を逸らした。
「ハクトさんの運転、静かですね、見た目に似合わず」
「静かな方がうめーんだよ運転ってのは。ユヅキちゃんみてーな荒っぽいスピード出しまくりの運転はバカのやることだ、将来運転する時真似すんなよ……イテッ」
「誰がバカですか伊波ハクト。バカって言う方がバカなんですよ」
小学生か。
そんな漫才を挟みながらも、目的地である郊外エリアの廃工場までやってくる。
スイレンの父親の信頼さえ築けていれば、土地と建物の権利を即行で購入してもらい爆弾でも仕掛けて木っ端微塵にしてやったものを……
面倒だが突入するしかない。
「俺が先頭。間にマナブ、ハル。ユヅキちゃんは背後警戒。オーケー?」
陣形を俺から提案する。俺がいつでも体を張れるよう先行し、ユヅキは後方の警戒。ガキ共は間に挟んで守れるようにする。と一見合理的なのがミソだ。
単に俺がキリヒコを見つけ次第叩きに行けるようにしているに過ぎない。
「オーケーではありません。私はあなたを監視するためにいるのです」
「なら子供達を放っておくか? 意外と薄情なんだな」
「……久里浜様、結束様。伊波ハクトのことをよくよく見張っておいてください」
ユヅキはあっさりと折れた。善良な人間っていうのは、こういうとき子供を見捨てられないから大変だよな。
「最重要ターゲットはスイーパーの首領だ。ヤツを倒せばカードにされていた者はスイレンを含めて全て解放され、丸く収まる。次に回収員のキリヒコだが、こいつは身体能力も高く計算高い男だ。VSの強さは置いといて、『厄介さ』という点では首領より上だろう。俺がやる」
「ハクトさんが首領とやるんじゃないんですか……!?」
「ああ。首領は、ハル。お前に任せる。心配すんな、お前の実力は俺より上だ。全力を発揮すればスイーパーの首領にだって負けはしない」
まあ、ハルが負けてもその時はその時だ。キリヒコを倒したら一旦退却し、準備を整えてから再度襲撃をかければいい。
「で、でも……」
「怖いか?」
「こ、怖いですよ。ボク、アヤメさんに負けちゃったし。ハクトさんにも全然敵わないし……」
どうやら、立て続けの敗北で自信をなくしてしまっているらしいな。
どちらの勝負も、ハルは地力で負けちゃいないんだが、俺とのVSに関してはそんなこと知りようもないしな。
「ハル」
「……はい」
「お前、自分が有名人だって自覚してないだろ」
「……へっ?」
ハルは素っ頓狂な声をあげる。
「お前、大会優勝してから大幅にデッキ内容弄ってないだろ。まあ、大会終了してからそんなに時間が経ってないからってのもあるだろうが……相手のデッキ内容が分かってるって、はっきり言ってとんでもないアドバンテージなんだぞ?」
「ど、どういうことですか?」
「だから、俺やアヤメがお前に勝てたのはお前のデッキを中継で把握してたからなんだよ! 対等の条件ならお前が負けるわけないだろうが!」
まあ、アヤメは闇のカードのカードパワー、俺はイカサマという別要因もあるといえばある。そしてその比重も大きかったのだが……
今はハルに自信を付けさせることが大事だ。
VSに限らずあらゆる勝負事に言えることだが、精神状態ってのは勝敗を大きく左右する。
不安定な精神状態じゃ勝てる勝負も勝てない。
「そんなこと……」
「ある! なんなら、証明のためにこの件が終わった後、タダでVSをしてやってもいい。多分お前が勝つぞ」
「……! ハクトさんとVS! 本当!? 本当にいいんですか!?」
さきほどまでの落ち込みようとは一転、ハルは目を輝かせる。
まさか俺とのVSがここまで効果的とは思わなかったが、何も賭けてないVSなんぞノーリスクだ。メリットがあるなら受けるとも。
さて、ハルのメンタル調整は終えた。次はマナブだな。
「マナブ。ちょっとこっち来い」
手招きしてマナブを呼び寄せる。不審がりながらも近付いてきたマナブの肩を無理やり組むと、さらに不審そうな目でこちらを見てきた。
「なにさ、ハクトさん」
「マナブ。これからスイーパーのアジトにカチコむわけだが、俺がお前らを守ってやれるとも限らん」
「え?」
「もし俺と逸れたりしたら、お前がハルを体を張って守れ。お前にしかできない役目だ。……できるな?」
真っ直ぐ、マナブの目を見て伝える。
いくらガキでもマナブも男だ。「惚れた女を体を張って守れ」「できるな?」そう言われてノーと言えるわけがない。
「……分かってる!」
殺し文句ってヤツだ。
これでマナブにも気合いが入った。
まあ、実際コイツがハルを守れるとは1ミリも思っていない。俺がキリヒコを仕留める間に、張り切って首領とやらに突撃かましてくれれば……敵のデッキ内容を見たハルの勝率が、少しは上がるだろう。
お前はVSの実力も足りてねえし、本番でも全く役に立ってねえんだ。今回は利益を出してくれ。
「マナブ、ハクトさんと何を話してたの?」
「男の約束ってヤツさ。な、マナブ?」
「……そうだよ。ハクトさんと約束をしたんだ。男同士の」
なにソレー、とハルは不満そうだ。
良し。これでマナブの俺への印象もかなり上向いたはずだ。
マナブを鉄砲玉にさせ、俺への印象もアップさせる。まさに一石二鳥だな。
俺を先頭に、VSのアジト内に侵入する。
アジトの内部は飾り気もなく埃だらけで、ところどころに廃材が転がって荒れ放題だ。
こんなところをなぜ拠点にしているのだろう。見つかりづらいからか?
「——ようこそおいでくださいました」
疑問に思いながらも廃工場を進んでいると、そんな声がかけられる。前方には、慇懃に礼をする後ろ髪を結いた優男……キリヒコがいた。
奇襲をかけてくるでもなく、堂々と姿を現すとは。何か罠でも仕掛けているのか?
「私はスイーパー首領、
まあ、あってもなくても関係ないか。物理攻撃は闇の力で防げるのはこちらも同じだ。なら先に仕掛けるのが圧倒的有利。
ガキ共の前では極力隠していたかったが、二人の好感度を上げておいた今、このくらいは使っても信頼関係にヒビが入ることはない。
「十文字キリヒコ。今すぐお嬢様を返しなさい」
「お嬢様? はて、一体なんの——」
余計な会話をされると俺の犯行がバレる可能性がある。ので。
パン!
会話を切り裂くように発砲音が響き、銃弾が発射されるが——キリヒコはそれを、闇の力で受け止めた。
狙い通り。銃撃されれば、避けるか闇の力で防ぐか。どちらかだと思っていたが、やはり奇襲を受けたら手慣れた方法を使うよな。
闇の力を強制的に展開させる。銃にはこういう使い途もあるわけだ。
今回は、闇の力を相殺しない。闇のVSを仕掛けてもらった方が都合が良いからな。物理攻撃よりもVSの方が、確実にヤツを倒し、口を封じることができる。
銃撃は通ったけど声を絞り出されるとか、一発で殺しちまってガキ共からの信頼が落ちるとか、そういったリスクもケアできると、闇のVSを受けた方がメリットが大きい。
なにより、ユヅキの前で闇の力を使っちまったら、スイレン誘拐の容疑が再び俺に向きかねない。
「……え?」
「ははははは、ハクトさん!?」
マナブとハルが大いに慌てているが……ユヅキにその様子はない。
俺に気付かれずに側に立っていたことからもなんとなく分かっていたが、やはり鉄火場慣れしているな。突然の発砲にも動じないとは。
「スイレンを取り戻すためだ。これくらいの準備はしてくるさ」
「て、鉄砲……!!」
「立派な心がけではありますが、彼には効いていないようですよ」
ユヅキの指摘通り。キリヒコは既に闇の力を展開している。すぐに闇の空間が広がってくるはずだ。
闇の空間がガキ共とユヅキを捕えると、非常にまずい。
「伊波ハクト……全くあなたは……!」
俺に敵意を向けながら、キリヒコが闇の空間を広げ始める。
「ユヅキ、二人を抱えて5メートルほど下がれ」
一方、俺は逆にキリヒコに接近する。
俺も闇の空間を展開して距離を測ってみたため、空間の大きさは把握している。ユヅキを下がらせる必要はなかったが、使用者や環境の差による微増の可能性もなくはなかったので、そのように指示した。
「ここは俺に任せて先に行け。首領を止めるんだ」
闇の力で空間が遮断される以上、中の会話など聞かれようもない。が、闇が展開し切る前に突っ込んでこられても困るからな。
ソレっぽいセリフで「中に入ってくるな」と意思表示しておく。
「ハクトさん……! ボク、必ず首領を倒します!」
覚悟を決めて真剣な顔つきのハルを最後に、闇の空間は閉じ、俺とキリヒコだけが世界から切り離される。
————勝った。
条件は全てクリアした。こいつ相手に負けはない。
スイーパー共のレアカードは俺のものだ。
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