スイーパーの一件は懸念を残しつつも一旦収束した。
スイレンを取り戻すのに大きな貢献をした、とユヅキからスイレンの父親であるソウジロウ氏に説明されたようで、俺は彼との食事に呼ばれていた。
ユヅキに連れられ、中心街エリアでも指折りの高級料亭に、俺、ソウジロウ氏、スイレンで集まり食事を取ることとなった。
女将に個室まで案内される。戸が開かれると、中にはかなり若々しく見えるスイレンの父親……ソウジロウ氏と、おめかししたスイレンが座っていた。
「やあ、直接会うのは初めてだね」
「本日はお招きいただきありがとうございます」
「礼を言うのはこちらの方だ。娘を取り戻してくれて、本当にありがとう。感謝に堪えないよ」
物腰柔らかな言葉遣い。先日の電話でも感じたが、ウチのカジノに来る金持ち連中とはどこか違った雰囲気を纏っている。やり手の若手実業家というのはこういうものなのか。
促されるまま席に着く。
「当然のことをしたまでです。スイレンさんとは
「はは。最近はスイレンも君の話ばかりしているよ」
「も、もう。やめてよお父さん」
外堀埋めに来てないか?
勘弁してくれ、ガキは趣味じゃねー。どうせならユヅキの方をくれ。
その後は世間話に花を咲かせるが、こんな話をするためだけに呼んだわけじゃないだろう。
早く礼を寄越せよ、礼を。
「お父様、ハクトさん。少しお化粧を直してきます」
スイレンが離席したタイミングに、ソウジロウ氏は待っていたとばかりに口を開く。
「ハクトくん。改めて今回はありがとう。本当に、感謝している」
「いえ。お嬢さんが無事で良かったですよ」
「それで、君に礼をと考えたんだが——」
おっ、幾らだ? 数千万とか貰えたりしないか?
「どうかな? ウチの娘と正式に交際なんて」
クズ親か?
いや、違うな。コイツ、口では礼がどうとか言って、こちらを試してやがる。ここで了承するようなら、娘狙い、つまりは逆玉狙いの詐欺師扱いに戻っちまうだろう。
元々お断りだが、余計に受ける意味もなくなった。
「ご冗談を。大企業のご令嬢とカジノの一従業員では釣り合いませんよ」
「スイレンは君を相当良く想っているよ?」
「だとしても、お嬢さんのためになりませんよ。こんなのと交際なんてね」
「そうか、それは残念だ。なら、何か別の形で礼をしよう。西島くん」
「はい」
ユヅキが何やら仰々しいスーツケースを持ってくる。
金か? レアカードか?
「開けてみるといい」
言われるがまま、スーツケースを開けてみる。
中には、何やら円盤から板が飛び出しているような機械が入っている。
「これは……ドローンですか? 羽根がついてないタイプの」
「ああ、静音性と安定性にかなり拘っていてね。なにせ
「……はい?」
「それはね、最新式のVSフィールド用ドローンなんだ」
VSフィールド用、ドローン……ってことは……
「この上にカードを置くってことですか?」
「その通り。逐一カードを置く台がある場所まで行くのも面倒だろう? いつでもどこでもVSができるように開発したものでね」
それでこの機械持ち運ぶのもそれはそれで面倒な気もするが……
「へぇー、凄えや。よく考えますね。でも、持ち運びが大変そうだ」
「軽量化にもかなり気を遣っているし、普段はカバンに入れておけばなんの問題もないと思うよ。付属品を使えば腕に装着したり、デッキケースと同じように腰にぶら下げたりもできるし」
なるほど。この飛び出した板の部分は円の中に収まるようになっているわけか。こうしてみるとサイズ的にはそこまで大きいわけでもないな。
いや普段の生活には邪魔だと思うが。持ち歩きたくはない。
「将来的には常にVSプレイヤーに追従して飛行させ、持ち運びすら不要にしようと思っているんだけどね。もしくはこの辺のエリアだけなら、ウチで一括管理して、VSギアでVS開始を宣言したら勝手に飛んでくるようにすることもできる」
なるほど。ただ前者はバッテリーがそこまで続くのかとか、後者は飛んでくるまでまあまあ時間かかりそうとか、色々問題点はありそうだが。実現すれば持ち運びの手間すらなくなるのは良いな。
「こんなの貰っていいんすか? 俺が心無い人間で、他者に売っ払ったりしたら技術流出しますよ?」
「問題ないよ。ドローンの技術自体はそれほど重要じゃないし、結局VSギアと連携が必要になるからね」
へえ。ま、貰えるもんは貰っとくか。
……ただ、娘さんを取り返してこれだけなのはちょっと、ねえ?
期待を込めた眼差しを送ってみると、ソウジロウ氏はもちろん別で礼もする、と金も包んでくれることになった。
その後スイレンも戻ってきて、また談笑タイムに戻る。貰うもんは貰ったしとっとと帰りたいところだが、そういうわけにもいくまい。
「……はは、スイレンは本当にハクトくんを信頼しているようだね。父親としてはちょっと複雑だな」
「ハクトさんはVSも凄く強いんだから。こんなに頼れる人いないよ。ねっ、西島さん?」
「……使える人材ではありますね」
「ほう……西島くんがそこまで認めるのは珍しいかもしれない。やるね、ハクトくん」
嘘だろ……? チョロかったぞこの女。
「いえ、そんなことは。スイレンさんを取り戻すため全力を尽くしただけですよ」
「ハクトさん……!」
「……西島くんから、脅威はまだ完全に去ったわけではない、というのは聞いているよ。どうかな? 西島くんと同じようにボディガードとして働かないかい?」
冗談キツい。ガキのお守りなんざ御免だ。
「申し訳ありません、俺は今の仕事が気に入っておりまして……転職の予定は今のところないですね」
「君が居てくれるなら、スイレンも安心すると思うんだが……それなら仕方ないね。無理を言って済まなかった」
ホントだよ。
とまあ、そんな勧誘等々挟みつつ、会食はつつがなく進んでいった。
「そろそろ解散しようか。改めて、ありがとうハクトくん。君は娘の恩人だ、何かあればぜひ相談してほしい」
「楽しい食事でした。こちらこそありがとうございます」
「自宅まで送ろう」
「いえ、それには及びませんよ」
「そうかい? 分かった、気を付けて帰りたまえ」
ユヅキやスイレンとも挨拶を交わし、さて帰るかと踵を返す。
その時、きゅっと袖を後ろから掴まれた。面倒くせぇな……なんだよ……
「どうした、スイレン?」
見れば、ユヅキとソウジロウは車に向かっている。
今日初めての、スイレンとの二人きりの状況。嫌な予感しかしないな。
「ハクトさんに、どうしてもお伝えしたいことがあるんです」
もじもじ、と手を弄り、頬を染めながら何か言いづらそうにしているスイレン。
彼女は俺に耳を貸すように要求する。俺は黙って膝を折る。
スイレンは両手で音が漏れないようにしながら、俺に耳打ちした。
「私を誘拐したのって、ハクトさんですよね?」
それを聞いた俺は……
スイレンにデコピンした。
「いたっ!?」
「なーに言ってんだ、お前のことを救けた恩人に対して失礼すぎんだろ。ぶっ飛ばすぞ」
平静を装っているが……俺の脳は全力で稼働していた。
バレた? いや、そんなはずはない。
あの時……スイレンを襲撃した時は、闇の力による認識阻害を使用。デッキも別のものを使用し、言葉遣いからなにからあらゆる要素をキリヒコに近付けてるよう変装しておいた。俺と特定する手段はないはずだ。
唯一警戒していたのは、精霊による特定。精霊が見える人間なんて限られているからな。例えば、俺がキリヒコにしたようにすれば相手の視界を封じることができる。それを嫌がる素振りを見せれば、精霊が見えると確認するのは容易だ。
だが、スイレンとのVS中も、あいつをカードにした後もそれはなかったし、他にも精霊による特定するような行動もなかった。
バレる要素はない。つまりこれはハッタリだ。
クソガキが……この俺に心理戦を仕掛けようなんざ百万年早ェよ。
「俺がお前を誘拐? 馬鹿も休み休み言え」
「そ、そうですよね……ごめんなさい、変なこと言って」
「お前、大企業のお嬢様だからって何でも言っていいわけじゃねぇからな? フツーに失礼すぎんだよ。今回はガキ相手だから許すが、次似たようなこと言ったら流石の俺もキレるぞ」
「うう……」
「大体、なんで俺がお前を誘拐したなんて結論に至ったんだよ。意味分かんねえだろ」
念のため、探りを入れておく。
まあ、どうせロクな理由じゃねぇんだろうが……
「えっと……私が狙われたのって、精霊が見えるからだと思うんです。でも、私が精霊見えるのちゃんと知ってる人ってそこまで多くないんですよ」
「まだ狙われた理由がそうと決まった訳じゃないと思うが……それで?」
「ハクトさんも、知ってる中の一人で……VSもとても上手です。私じゃとても敵わないくらい」
「それだけじゃ疑われる理由にゃならんと思うがな。大体お前はカードにされたんだぞ? 俺じゃ無理だろ」
「でも、ハクトさんは闇のカードをアヤメさんから奪いましたよね……? ハクトさんくらい凄い人なら、闇の力を使いこなすこともできるかな、って……」
マジかよ。状況証拠でしかないが、かなり良いところまで推理してきてやがる。
……世間知らずのクソガキだと思って見くびっていたな、スイレンを。テキトーな仕事をしたつもりも油断したつもりもないが、もう少し念を入れるべきだったかもしれない。
「俺が闇の力を? 無茶言いやがる」
「あはは、そうですよね……ただ、ハクトさんは今回、結果としてお父さんから色々と報酬を貰いましたよね? そこまで考えていたのかも、なんて。それに——」
「それに?」
「もしハクトさんが私を拐ってくれたなら……私にとっても
…………スイレンの周辺で悪事を働くときは、もう少し慎重にやるとするか。コイツに脅迫材料を与えるわけには絶対いかねぇ。
やっぱコイツ、俺と同じで目的のためなら脅迫とかそういう行為に躊躇いがないタイプだ。
女子中学生に囲われるなんざ御免だ。捕まってたまるか。
「結論ありきの無理筋の推理かよ。それで冤罪吹っかけられる側の気持ちにもなってくれ」
「う……ご、ごめんなさいハクトさん」
「次はねーからな。じゃ、気ぃ付けて帰れよ」
内心ヒヤヒヤではあったが、表情にはおくびにも出さずに送ってやる。
あっぶねぇ……
「良いものを貰いましたね、我が主」
ヒヤヒヤしていた俺と違い呑気そうなイザキエルが、ひょっこりと顔を出してくる。
丁度いい。俺も雑談して気を紛らわせたいところだった。
「ドローンのことか? まあ面白い機械ではあるよな」
「どこでもVSができる……良いことです」
「いや、持ち運ぶ気ないけどな」
「えっ!? どうしてですか、せっかく貰ったのに!」
「スイレンの父親は俺を疑っていたんだ。そんな人間が渡してきた機械をおいそれと使えねぇよ。カメラやら盗聴器、GPSなんかが付いてても驚かない」
まあ、疑ってくる云々は関係ないけどな。俺は他人の手作り料理は食わないし、他人から貰ったもんは必ず一度バラしてから元に戻す。
「かと言って貰いもんだし、精密機械だし改造したら後が怖いだろ。俺の普段使いには邪魔だから、公の場でのVSにしか使えない代物だな」
しかし、俺は公の場でVSなんざする気はない。無用の長物ってヤツだ。
「そんなぁ……」
「なんでお前が落ち込むんだよ……まあ、次のハルとのVSでくらいは使って良いかもしれないがな」
「やった! 乗ってみたかったんです」
カードを乗せてもコイツの中では乗った判定なんだ……
◆
「あー、失敗した!」
車の後部座席に飛び込む。良い線行ってる推理だと思ったんだけどなぁ……
「どうしたんだい、スイレン」
「ううん、なんでもない。ちょっと賭けに負けたっていうか」
「か、賭け!? ダメだよスイレン、ハクトくんは頼れる人かもしれないが、悪い影響を受け過ぎちゃ……」
あわあわしているお父さんを尻目に、ハクトさんのことを考える。
闇の力を使えるようになってるとか、さすがに無理筋すぎたよね……反省反省。ハクトさんも、不意打ちで指摘しても全く動揺している様子がなかったし、やっぱり冤罪だったんだ。
ただ、もしほんとにハクトさんが私を拐って
「……そうだ。お父さん、ちょっと相談なんだけど」