イカサマが闇のカードゲーマーに通用した   作:レイトントン

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私の主人は意外と甘党かもしれない

 伊波ハクトさんは、我が主人ながら恐ろしい人間だ。

 スイーパーの一員として彼と戦った際。そしてその後彼に捕まった後。共に過ごした時間は数日に過ぎないが、それでも彼に逆らう気を失うには十分過ぎた。

 

 初めて彼と出会った時。スイーパーとして、笛吹組にてスイーパーへの攻撃を企図していた連中を全滅させた後、侵入者を余裕の態度で待ち構えていた私に対し……突如ドアを蹴破り、組み伏せられた。さらに、闇の力で吹き飛ばした後も拳銃によって命を狙ってくるという徹底ぶり。

 あれだけVSが強くて、物理的攻撃を行う理由が彼にはあるのだろうか。

 

 また、私に対して拷問した時もそうだ。彼には良心の呵責のようなものは一切ないし、こちらを甚振って楽しむような加虐性もない。

 ただ、情報を引き出す行為としての拷問を淡々と行う。合理性というか、それが必要だと思ったら一切の感情を排してそれを行うことができる。

 

 VSに対する姿勢すら、常識を超えている。彼はVSで敗北することを何とも思っていない。

 わざと敗北し情報収集を行う、相手を油断させるという、理屈では理解できるが誰しもがやりたがらないようなことも平気で行う。

 VSを完全に道具として見ている。精霊が憑いているとは思えないほど、VSに対してドライな人だ。

 

 

 彼は常識から完全に外れている。いや、それは正確ではない。

 彼は常識や倫理を理解し、なおかつそれを踏まえた言動を行いながら、それをいつでも踏み躙ることができる。

 それでいて、他者の気持ちも理解できている。理解した上で、それを無視して行動できる。

 

 

 ハルやスイレン、果てはマナブまで、少年少女たちは完全にハクトさんのことを信用している。気難しい年頃の青少年に対し、常に望む言葉を与え、頼れる兄貴分のような行動を取り、信用を勝ち取っている。

 また、私に対しても同じだ。彼は拷問で精神が崩壊しかけた私に対して、鞭に対する飴のように優しい言葉をかけ続けた。

 

 恐ろしいことに……私は、ハクトさんが全く心からそれを言っていないと分かっているのに、褒められて心地良く感じてしまっているのだ。拷問を受けたというのに嫌悪感がないどころか、逆に彼に好感さえ覚えている。

 そうなってくると、ハクトさんの恐ろしさを知らない少女たちなど、彼に心酔するのは全く自然なことだと思える。

 

 

 ハクトさんほど恐ろしい人は他にいない。

 彼は残酷にして冷酷で、私が反逆するようなら躊躇いなく殺すことだろう。

 では、私は彼に対する恐怖から彼に従っているのか。

 

 

 そう問われれば、間違いなくそうだと言える。そもそも、ハクトさんに逆らうなんて発想が起こらない。あの暗闇を思い出しただけで、体が震える。

 

 だが……

 私の頭は多分、あの時の拷問で壊れてしまったのだと思う。

 

 閉ざされた闇。完全な無音。発狂しそうな中でかけられたハクトさんの声と、与えられた光。そこに映る、慈悲深い……ように本人が見せているだけの、無機質な瞳。

 彼の声を聞きたい。姿を見たい。私を見て欲しい。それが私にとって、最も大きな原動力だった。

 

 

 暗闇に囚われた私は、彼がいないと生きていけなかった。恐らく、それが骨の髄まで刻み込まれてしまったのだろう。

 

 今も、彼の声が聞けない夜は不安になる。

 

「……電話、してみよう」

 

 誰もいない部屋。光も音もある。それだけで十分なはずなのに、私は心がざわつくのを抑えきれない。

 ハクトさんに電話をかけると、彼はすぐに電話に出てくれた。

 

『どうした?』

「その……今日の調査報告を」

『別にメールで良いんだが……まあ良い、聞かせろ』

 

 調査報告といっても、一学生である私にできることは限られている。キリヒコさんでさえ、例の一人目については痕跡を追えていない。そして、もう一つ……ハクトさんの望む情報についても、VS学園の生徒を調べているが、まだ見つかってはいない。

 簡単に見つかるものだと思っていたのだが……思ったように上手くはいかない。

 

 けれど、ハクトさんは私の調査報告を蔑ろにしたことは一度もない。僅かな違和感も見落とさないようにしているのか、あるいは私の信用獲得のためのポーズなのか……

 それでも、私はそれをどうしようもなく嬉しいと思ってしまう。ハクトさんの声を聞けるのが、私の精神を安定させる。

 

『……そうか。まあ、成果がすぐ出るとは思っていないから、焦らなくていい。それより、明日直接顔合わせするぞ。少し打ち合わせしたいことがある』

「打ち合わせ……ですか」

『新しい仕事だ。お前の協力があるとスムーズに事が運びそうでな』

 

 新しい仕事……一体なんだろう。ともかく、私が力になれるというのは、素直に嬉しい。

 少し興奮して寝付けなかったが、それでもきっちりと必要な睡眠時間を取ってその日は眠った。

 

 

 

 

 

 

「よう」

「ハクトさん、こんにちは」

 

 ハルたちとよく会うカフェではなく、VS学園近くの大きな公園で、歩きながら話す。

 

「復学した後はどうなんだ?」

「それが……意外にも前より成績が良くなったんです」

「ほう」

「闇のカードなんてものを使っていたから、パワーカード頼りになって腕が落ちてないかな、と思ったんですが……」

「試合数がそのまま経験になってんだろ。それに、常にアウェーの状態でのVSで度胸が付いたんじゃないか」

「なるほど……確かに、VSの時のメンタルは強くなった気がします。まあ、それでもランキング上位には入れてないんですが……」

 

 来年、3年生が卒業した後であれば、ランキング入りも夢ではないかもしれないが、あまり志が高いとは言えないな。

 

「ハルは入学したら、恐らくすぐにでもランキング上位に入れるでしょうね」

「まあ、チャンピオンシップ優勝者だしなぁ……そうそう、打ち合わせってのはガキども関連だ」

「……? ハルの?」

「いや、スイレンの方だ。今更入学した後が不安だ、って言い出したらしくてな。スイレンの父親から、スイレンが入学してから1学期だけVS学園で臨時の非常勤講師をやって様子を見守ってくれって依頼が来た」

 

 ……八代スイレンの父親は、確かにVS学園へ多額の出資を行なっていると聞く。けれど、まさか非常勤かつ臨時とはいえ、教師を捩じ込むほどの強権を振るえるほどとは思わなかった。

 まあ、VS学園は通常の高校と大学を併せたような仕組みになっているため、外部からの講師も多い。ハクトさんもそうした選択授業の講師という扱いになるのだろう。

 だけど、ハクトさんがそんな依頼を受けるイメージはない。

 

「断ったのですか?」

「いや、初めはハルやマナブもいるから心配いらねーだろって断ろうとしたんだが、ちょっと報酬が美味すぎてな……3ヶ月程度であの額は、さすがに断る理由が思い付かなかった。支配人にもその期間空けることを事前に通してやがったし、しかも成功報酬じゃなくて前払いだって言うしな」

「逃げ道を塞がれていたんですね」

「くそっ、なんか泥沼にハマってる気分だ」   

 

 ガシガシと頭を掻くハクトさん。だが、言葉と裏腹に態度には余裕がある。尻尾を掴ませるような真似はしない、という自負があるのだろう。

 

「スイレンの学校生活のサポート。まあ、学校に馴染めてるか見守ってやってくれってことらしいが、達成条件は特に指定されてない。さすがに友達100人作るようサポートしろ、とか言われたらお手上げだったから助かった。のらりくらりと学校で過ごしてても文句は言われんだろうよ。……ただな」

「スイレンのお父様から紹介という形で入る以上、講師としてはある程度の成果はあげないと顔に泥を塗ることになる、ということですね」

「そういうことだ。ほどほどに優秀な講師として認知されるのが理想だな。俺、講師なんてやったことねーけど」

 

 ハクトさんは、常に自信に満ち溢れている。今も、私はどうして講師の経験もないのにそれができると思っているのか、甚だ疑問だ。

 が……ハクトさんが教壇に立つ姿を想像すると、様になっているように思えるから不思議だ。

 

「お前の協力があれば成果をあげるのは簡単だ。ぽっと出の実績も何もない臨時講師の授業を受けたい、なんて生徒はほとんどいないだろうが、数人だけでも授業を受けていれば文句は言われないだろ」

「はい。私も友人は多くはありませんが、かき集めて来ます」

「おう、よろしく頼むわ」

 

 ハクトさんの声が心地良い。

 脳が痺れるような感覚に支配されつつ、ハクトさんと並んで歩く。

 大きい公園だけあり、家族連れや大学生らしき集団、デートしているカップルなど様々な属性の人たちががやがやと賑わいを見せている。

 その様子を眺めていると、ふと視線に移動販売のクレープ屋が目に入った。

 甘いものは別段好きなわけではないけど、なんだか体が甘味を求めているような気がする。

 

「食いたいのか?」

「え?」

「じっと見てただろ、クレープ屋」

 

 ……ハクトさんの前じゃ、隠し事はできそうもない。こんなにあっさり視線を読まれるなんて。

 いや、私も迂闊だったけれど。

 

「ええと……はい。食べたい、です」

「言えばクレープくらい買ってやるよ。遠慮すんな」

 

 ハクトさんに連れられて、クレープ屋の前に辿り着く。何を頼もうか……と思っていると、ハクトさんが先に注文していた。

 

 ……ハクトさんは、意外に甘いものが好きなのだろうか?

 主人の思わぬ一面を見た私は、えも言われぬ高揚感に包まれる。

 

「おい、さっさと注文決めろ」

「は……はいっ。では、メイプルバターシナモンで」

 

 近くのベンチに座りながら、二人で黙々とクレープを食べる。

 

「あの、ありがとうございます」

「別に。このくらいで手駒のモチベーションが上がるなら安いもんだ」

「はあ……」

 

 この態度だ。なのにもかかわらず、私は全くハクトさんに嫌な気持ちを抱けない。

 なんだ、洗脳されているのか私は? いや、ある意味拷問で洗脳されたようなものではあるが……

 あるいは、私はマゾヒストなのか?

 ハクトさんに首輪を付けられて、引っ張られる自分を想像する。

 

「……なんだよ。何ヒトの顔じっと見てんだ」

「な、なんでもありませんっ」

 

 顔が熱くなり、思わず目を逸らす。

 ……ハクトさんは、まあサドな性格だろう。

 案外、私たちは相性が良かったりするのだろうか……

 

 いやいや、何を考えているんだ。

 雑念を紛らわせるように、クレープを一気に食べ切ってしまう。

 甘い……

 

「そんなに慌てて食わなくても良いだろ。口元にクリーム付いてんぞ」

「なっ!?」

 

 慌ててハンカチで口元を拭う。

 は、恥ずかしい……なんだか今日は醜態を晒してばかりのような気がする。

 一方、ハクトさんは粗暴に見えて食べ方は綺麗で……私のようにクリームを口に付けるようなこともなく、完食していた。

 

 なんか納得いかない……

 

 

 

 

 そんな形でハクトさんと直接話した訳だが……学園近くの公園で会ったのは失敗だった。

 クラスメイトにハクトさんといたところをばっちり見られていたらしく、後日登校した際に質問責めに遭う羽目になった。

 ハクトさんが学園に来るまでにはかなり期間があるので、その頃までにはほとぼりが冷めているだろう。いや、そうしておかなければ、ハクトさんの仕事に支障が出る。

 

 しばらくの間、噂の火消しに励むこととなった。

 ……次から、密会の場所はもう少し考えるとしよう。






次話から第二章VS学園編となります。
次話投稿まで期間が空くと思いますが、ご容赦ください。
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