コネでの入社は嫌われるらしい
スイーパーの事件から数ヶ月が経過した。
ハルやスイレン、マナブ。そして俺も、それぞれの日常へと戻っている。
裏カジノの従業員と、VS学園への進学を決めている有望な学生たち。コネクションを残しはしたが、それほど関わることも多くはないだろう、と思っていたが……
俺は何故かまた、あいつらと同じ舞台に上がらされている。金という単純にして強大な力によって。
講師なんざやったことはないが、授業の方針も立てたし内容もざっくり考えてある。まあ問題ないだろ。本命の仕事はスイレンのサポートだしな。それすら、ハルたちがいるから俺が何かする必要もない。
準備を終えニュースを見ていると、スマホに連絡が入る。キリヒコからだった。彼は俺の手駒として、普段はフリーターをしている。
ウチのカジノで雇ってやることも検討したが、裏工作をメインで行なってもらう以上、普段の俺との関わりは最低限にした方が尻尾切りもしやすい。
俺はキリヒコからの電話に出た。
「なんだ?」
『例のモノの生産が始まりました。……我が主よ、一体何をするつもりですか?』
「お前は知る必要はない。つーか、大体予想は付くだろ。VS学園でスムーズに仕事をするためのツールだよ」
『全く、あなたという人は……いつか魔神に罰せられますよ』
「それ持ちネタにすんのやめた方がいいぞ」
とは言うが、キリヒコが意外と面白いヤツで、手駒にしたことに後悔を感じないのは嬉しい要素だ。
不快なヤツだったらナユタ共々すぐに売っ払うことになっていただろうしな。
「あと、今日はもう電話してくんなよ。これから顔合わせだ」
『顔合わせ……ですか? 一体何の?』
「VS学園で講師やることになってるから、先輩教師やら学園長やらとのだ」
『前々から聞き及んではいましたが……あなたが教師とは世も末ですね』
「熱血教師ならぬ冷血教師ってか」
『割と笑えない冗談ですよソレ』
まあ、俺が生徒のことを想って体を張る教師になるなど、俺の本性を少しでも知っている人間からしたら全く思わないだろう。
寧ろ、俺は自分の仕事のためなら学生なんて幾ら犠牲にしても良いと思っている人間だ。
ソウジロウ氏は大いに反省すべきだ。俺のような聖職者から一番遠い位置にいる人間を、自らの娘のためとはいえ金で教壇に立たせるんだからな。
◆
VS学園に臨時講師として捩じ込まれた俺は、事前準備のために卒業式を控えた学期末のVS学園を訪れていた。
この時期は最終順位を付けるために学内でも盛んにVSが行われているらしく、VSギアを付けてやればそこら中にクリーチャーのMR映像が飛び出してくる。
「ハクトさん」
「よお、アヤメ。案内頼むわ」
VS学園の2年生でもある手駒、黒崎アヤメに命令し、学園内の案内をさせる。
向かう先は、学園の教員棟。臨時講師として配属されるにあたり、他の教師連中らとの顔合わせがある。
「悪いな、学内戦とやらで忙しい時期に」
「いいえ。ハクトさんの命令より優先することなどありません」
「それはそうだな。俺の命令には最優先で従ってもらう。だが、それ以外は好きに過ごしてくれて構わん。この学園で上位を目指すなりなんなり、好きにしろ」
「……私には無理ですよ。実力が足りません」
「ん、そうか。別に無理強いするつもりはないから、お前がそう思うならそれでいい」
駒として働いてくれるのであれば、別に普段どうしてようが俺がとやかく言うことではないからな。その点、アヤメの働きぶりは駒として全く文句がない。
今も、アヤメは俺の命令通り学園内をナビゲートしてくれている。
教員棟までの道のりを迷いなく歩く様は、休学していたとはいえ彼女がVS学園の生徒であることを実感させられる。
そして、彼女が学園で長く過ごしていたということは、その分友人、知人もいるということ。
「こんにちは、黒崎さん。……そちらの方は? 学園の教師ではないですよね?」
このように、アヤメのことを知る者から声をかけられることも、まああることだろう。
声をかけられた方に目を向けると、気の強そうな吊り目の生徒が、腰に手を当てながら立っている。肩まで伸びた長い金髪を揺らし、こちらを睨め付けていた。
「藤宮さん、こんにちは。ええと、こちらは……」
「伊波ハクトです。来年度からこの学園で臨時講師をさせてもらうことになっています。どうぞよろしく」
できる限り相手に威圧感を与えないよう、柔らかい口調で話す。いずれ口調は戻すにしても、初対面で好印象を与えておいて損はない。
しかし、俺の名前を聞いた瞬間、藤宮の眉が少し動いたのを俺は見逃さない。
「私のことをご存知なんですね」
「……ええ。藤宮キョウカと申します。私は学園長の娘ですから、新しく招いた講師のことも当然把握しています。……招いていない講師のことも」
おっと。
学園長の娘か。しかも、この短い会話で俺のことを良く思っていないことが丸分かりと来た。
これは面倒な予感がするな。
「藤宮さん。伊波先生は、その……」
「黒崎さん。あなた、こんなところで油を売っていていいのですか? 今の学内戦で好成績を残せれば、あなたなら学園の最上位7名……バーテックス・セブンに入ることだって叶いますよ?」
「……私は、その座に興味はありません。実力も足りているとは思っていませんから」
「そうですか。それは残念ですね……あなたなら私の好敵手になり得ると思っていたのですが」
俺だけでなく、アヤメのことも敵視しているのか?
いや、違うな。俺への嫌悪感とは違い、アヤメに対する視線は純粋な闘争心を感じる。VSの実力を認めているらしい。
なんだ、アヤメは自分のことを成績は普通、みたいなことを言ってはいたが……謙遜だったか?
「私の方は、このまま順当に行けば序列5位くらいにはなれると思います」
「——ようやく念願叶ってのバーテックス入り、ってか? 良かったじゃねぇかお嬢様。本当に実力かどうかは疑わしいけどな」
自らの成績を自慢げに話すキョウカに、口を挟む者が現れる。
また知らない学生が出てきた。にやけ面でのしのしと歩み寄ってくる男子生徒。彼は一瞬こちら……俺とアヤメを交互に盗み見ると、視線を外してキョウカの方を向く。
嫌味なヤツだな。『実力かどうか疑わしい』というのは、キョウカが学園長の娘だから、コネで上位入りしようとしているのではないか、という揶揄だ。
「
「はっ、目障りな上級生が居なくなるまで爪を隠してたのさ。これが俺の本来の実力だ」
「その割には、先日私に負けた時も随分悔しがっていましたが。爪を隠すのも大変なようですね」
「……言ってろ。3年になれば、お前にデカい顔はさせない」
三国、と呼ばれた男子生徒はキョウカに対してやたらと突っかかる。なんだか蚊帳の外になってしまった。
俺はアヤメの肩を叩き、小声で聞く。
「アヤメ。コイツらは何なんだ?」
「2年生、つまりは来年の最上級生の中でも実力派の生徒たちです」
はあ、こんなヤツらがねえ。大丈夫かVS学園。
「女子生徒の方は、藤宮キョウカ。この学園の学園長の娘さんです。男子生徒の方は三国カズヤ。もとは中堅どころでしたが、最近になって急激に実力を伸ばしてきた生徒です」
「へえ? 何かきっかけが?」
「すみません、そこまでは……」
ボソボソと二人に聞かれないように小声で話していたのだが……
カズヤの方がこちらをじっと見ていることに気付く。しかも、その視線は険しい。特に俺に対して。
「黒崎。その人は誰だ?」
「この人は……来年度からこの学校の講師になる、伊波先生だ」
「先生……それに、来年度からの? だいぶ距離が近く見えるが」
不審がるカズヤの言葉に答えようとするアヤメに代わり、俺が前に出る。
「ああ、黒崎さんは以前からの知人でね。これから教員棟に向かうから、案内をしてもらっていたところなんだ」
「……なるほど。まあ、俺が来年あなたの講義を受けることもないでしょうから、関係はありませんがね」
表面上敬語を使ってはいるものの、俺に対しては強い敵愾心を感じる。
まだ講師として着任してすらいないというのに、すでに2名の生徒に嫌われているとは。教育者としての適性のなさを感じるな。
まあ、適性がなかろうがなんだろうが、仕事である以上やることはやらなきゃいかん。こちらは前金で莫大な金を貰っているからな。
差し当たってすべきは、こんなところでウダウダやってないで教員の顔合わせに参加することだろう。
「すまないが、今日は事前の打ち合わせで来ていてね。時間に余裕は取ってあるが、早く着くに越したことはない。悪いが失礼するよ。行こうか、黒崎さん」
わざとアヤメの背中に触れ、移動を促す。カズヤの視線が鋭くなったのを感じ取り、俺は内心ほくそ笑んだ。
分かりやすくて助かる。
「はい。では、藤宮さん、三国くん。私はこれで。来年もよろしく」
アヤメも挨拶を済ませ、改めて教務課への移動を開始する。
「学園長の娘、ね。面倒そうなのに目を付けられたな」
「彼女のことを調べますか?」
「そうだな、頼む。ついでに、あのカズヤってのも」
「三国くんも……ですか」
「ああ。あいつ、お前が気になっているみたいだからな。調査は楽だろう」
「やはり、ハクトさんもそう思いますか?」
なんだ、アヤメも自覚はあったのか。
聞けば、三国は復学してからのアヤメにたびたび声をかけてきているのだそうだ。下心があるのであれば、探りを入れるのは容易いな。
「この年頃の男なんて、惚れてる女から声を掛けられたら何でも喋るさ。たとえば、最近やたらVSの調子が良い秘密とかな」
「ハニートラップ、というヤツですか。正直、自信はありませんが……」
「無理はしなくていい。相手に迫られるようなことがあれば、調査は中断しろ」
そんなお優しい言葉を掛けてやるが、もちろんアヤメを気遣ってのこと、というわけではない。
出来るんなら体を使って情報を聞き出すくらいしてくれて構わないが、それは難しそうだからな。アヤメに恋愛経験がないことは既に聞き出しているし、それは普段の言動からも察せられた。
そんなヤツが下手に体を許して、その相手に絆され裏切ったりしたら面倒だ。早々にアヤメを
そうなったらそうなったで構わないが、キリヒコを学園に潜入させるのは手間だ。できるならこのままアヤメを続投したい。
「……はい。ありがとうございます、ハクトさん」
「ああ。4月までまだ時間はある。ゆっくり進めてくれりゃいいさ」
俺も、この学園で講師をするにあたり
◆
「ふむ。しかし君のような何の実績もない男が講師とはな。学園長は一体何を考えているのやら」
どうやら、嫌われているのは生徒からだけではないらしい。俺は教頭から会って早々に小言を言われていた。
想定内ではある。コネで入ったわけだからな。
教頭と聞いて非力な中年を想像したが、彼は座っていても分かるほど背も高く、力強い印象だ。何かスポーツに打ち込んでいたのだろうか。
「それに……何だ、この申請してきた講義内容は?」
「デッキ構築論やプレイング論については既存の講義で十分かと思いまして。私なりに生徒の益になるだろう内容を選びました」
「ふん、まあいい。どうせ1学期だけの付き合いだ。……新垣先生、彼を第3棟まで案内してやってくれないか」
新垣と呼ばれた女は、薄く笑みを浮かべながら、分かりましたと端的に返事をした。
無地のTシャツにデニムパンツ。ラフな格好の上に白衣を身に付け、ショートボブの髪は乱れている。目の下には深い隈が刻まれている、不健康そうな女だ。
「彼女は新垣アカネ先生。君と同じく、選択講義を担当する講師だ。もっとも、正式に雇われた身だがね」
君と違い、と言いたげな言葉だ。
「紹介にあずかった新垣だ」
「伊波です。お手数をおかけしますが、よろしくお願いします。新垣先生」
「ああ、よろしく。では早速行こうか、伊波先生」
白衣を翻し歩き出すアカネに続く。
部屋を出て、教頭の目がなくなった瞬間……彼女はふうと息を吐いた。
「可哀想に。第3棟の教室を割り当てられるとはね。よほどカレの不興を買ったようだ。何をしたんだい? 心当たりはあるかな、伊波くん」
さきほどとは打って変わって、饒舌に話し出した彼女に面喰らいながら、俺は正直に答える。
「コネで講師になったからですかね」
「くはっ! そりゃ嫌われるだろうねぇ!」
急に変えた態度から、この手の話題に嫌悪感を抱かなそうだと思い試してみたが、当たりだったようだ。彼女の機嫌は目に見えて良くなった。
同じ立場にコネでなった、なんて普通なら憤慨ものだろうからリスクある賭けだったが、成功したのは幸運だった。
「第3棟だと何が可哀想なんですか?」
「単純に教員棟、本棟から離れているのさ。学園の地図を見てご覧、端も端にある。移動時間が長いと夏は暑いわ冬は寒いわで、ここでの講義は生徒はもちろん講師にも不人気でねえ」
……なるほど。確かに、体育館を挟んで裏側。繁華街エリアにあるVS学園においても、立地は最悪と言える。
逆に言えば、悪巧みはしやすそうだけどな。それに、どうせ1学期しか講義は行わないのだから、気温のことは特に気にする必要もないだろう。
「……それほどガッカリはしていないようだね?」
「面倒だとは思いますが、コネで入った私にはこれくらいが妥当でしょう」
「殊勝な心がけで何よりだ。逆に言えばこの第3棟は君の貸切みたいなものだから、悲観することはない……と、励ましてやるつもりだったのだがね」
「それは失礼しました」
「構わないさ。むしろ、君の講義を楽しみに思えてきた。何か特殊なことをしようとしているのは、教頭の反応からも分かったことだし」
「大した内容じゃありませんよ。良ければ、講義が始まったら見にきてやってください」
アカネと話しながら歩いていると、やがて第3棟に辿り着いた。教員棟や本棟、その他の建物と比べても建造がだいぶ古いようではあるが、今も使われているだけあり汚いわけではない。講義を行う上で何の問題もないな。
「趣がある、と誤魔化すほど悪い環境でなかったのはありがたいです」
「ふふ、君とは上手くやっていけそうだね」
お世辞なのか、アカネはそんな言葉を口にした。少なくとも、キョウカやカズヤ、教頭と比べれば接しやすいのは確かだった。
修正:ハクトが講師として勤務する期間を半年→1学期中と変更しています。