レアカードを見たい。
そう言われてカードを渡すなんて、基本的に俺はしない。イザキエルを始めとした、デッキの中に眠るレアカードたちは貴重品だ。一枚で数十万以上するカードだってある。
盗まれる危険や破損汚損させられる危険が伴う以上、信用できない相手にカードを渡せない。
が、こと今回に関しては……
「構いませんよ。どうぞ、新垣先生」
俺は素直にカードを渡していた。
3枚のイザキエルを。
「ありがとう」
柔らかくはにかんだアカネは、それを手に取り、まじまじと見つめる。また、スリーブの表面を指でなぞっている様子も見受けられる。
キョウカもレアカードを見てみたいのか、横からそれを覗き込んでいた。
「ほう、これが……素晴らしい。強力な効果もそうだが、イラストのデザインも美しいね。細部まで拘り抜かれている羽根の筆致などは、感動さえ覚えるよ」
「綺麗なカード……スリーブ越しだけど、状態が良いのが一目で分かります」
アカネの前だからか、敬語に戻ったキョウカもイザキエルのカードをそう評した。
ひとしきりカードを眺めると、アカネは俺にカードを返してくる。
「これは間違いなく本物だね。ありがとう、伊波くん。いや、VSの実力だけじゃなくカードの扱いも丁寧だなんて、プレイヤーの鑑だね君は」
「褒めすぎですよ。スリーブは俺の趣味みたいなもんです。剥き出しでカードを使うのはどうにも抵抗感がありましてね」
VSのカードは滅多なことじゃ傷なんて付かねえけど。一応資産価値を下げないためと、あとはイカサマのためでしかない。
とはいっても、
「君たち、これだけの好カードのVSを内々で済ませたらもったいないじゃないか。学園全体の水準を引き上げるためにも、今後はぜひもっと開けた場所で行い、周囲にそのテクニックを披露したまえよ」
「それは……申し訳ございません、あくまで私が、私的な理由で申し込んだVSなので」
「私的な理由? まさか、教師と生徒……禁断の恋ってヤツかい?」
「違いますッ!」
キョウカは慌てて否定するが、どう見てもアカネは本気で思っているわけじゃない様子だ。
相変わらず読めない女だ。
日夜自分の研究室に閉じこもっている……というわけでもないらしい。学園内のそこいら中をうろうろと歩いているのをよく見かける。
掴みどころがない女。
……そう思っていたが、今日は思わぬ収穫があった。
「新垣先生。実は藤宮とのVSを受けたのは、彼女から相談を受けるためのアイスブレイクの意味もありまして」
相談、というのは大袈裟だが、キョウカからVSを吹っかけられた以上、何かしら話したいことがあるのは明白だ。
なので、視線でキョウカの口を噤ませつつアカネに事情を話す。
「ほう? 講義2回目で、もう相談を受けるほど藤宮くんの信頼を勝ち得ているとは。優秀な教師だね、君は」
「いえ、そんなことは。たまたまタイミングが合っただけですよ。ただ、彼女も大人が雁首を揃えている前では、相談もし辛いでしょう」
「ああ、すまない。気が利かなくてね。ワタシは退散しよう」
少しシュンとしながら、アカネは申し訳なさそうに退室していった。
「キョウカ。お前、新垣先生の講義って取ってるか?」
「え? う、ううん。受けてないわ。でも、去年の彼女の講義、受ける人数は少なかったけど凄く評判が良かったの」
「へえ……どんな講義なんだか」
「……ねえ。私がアンタに話したいことがあるって、どうして分かったの?」
「ああ? そりゃお前、何も言わずに突然VSしろ、なんて自分の中で何かしらの整理を付けたいヤツの言葉じゃねえかよ。んで、整理が付いたら何かしら話したいと思うもんだ」
「はぁ、なんでもお見通しってわけね。別に……大したことじゃないんだけど」
VSをして一定の気持ちの整理は付いたはずだが、それでもなお言いづらそうに言葉を選んでいる。
こちらもそれを急かすような真似はしない。真剣な顔を作り、キョウカの言葉を待つ。
「アナタの講義、まだ2回しか受けてないけど……凄く勉強になった。なったし、今のVSで、実戦の実力もあるって分かったわ。悔しいけど、それは認める」
「そうかよ」
「ちょっ……それだけ?」
「他に何か言って欲しかったのか?」
「そういう訳じゃないけど……」
何か別の話題の足がかりにしたかったのか、キョウカは少々不満そうだ。しかし、既に覚悟を決めていたのか、小さく息を吸うと、本題に入った。
「少し、聞かせてくれない?」
「何をだ? 答えたくない質問もある」
「うっ……その。アナタなら、コネなんて使わなくてもちゃんとした教師になれると思うの。どうしてコネなんて使ったのよ? せっかく実力があるのに、後ろ指をさされるだけじゃない」
よし。良いタイミングで聞いてくれた。
俺がコイツを負かした、キョウカが最も俺の実力を信用しているタイミング。ここでコネの件の真相を話すのが、好感度を上げるためには最も効果的だろう。
「……誰にも言うなよ?」
「う、うん。もちろんよ」
「俺が教師がやりたくて八代氏のコネを使ったわけじゃない。八代氏側の依頼で臨時講師をしているだけだ」
スイレンのことを話すとそちらにヘイトが向く可能性もあるので、そこは伏せておく。
「……!? 講師になりたかったわけじゃなかったの!?」
「講師は、八代氏の依頼だからしているだけだ。本業は別にある。本来なら俺は教師なんてやるつもりじゃなかった」
「そう……そうなんだ……!」
キョウカの顔つきが目に見えて明るくなった。
たった数日。それも、合計すれば数時間にも満たない間柄だが、その短い間でもキョウカの人となりはざっくりだが把握できた。
大方、学園長の娘という立場で昔から色々言われてきた口だろう。それを跳ね返すために、真面目に必死に努力をしてきた。
その前に、コネを隠そうともしない俺。さぞ気に食わなかったことだろう。
しかし、コネを使ったのは事実ではあるが、本意ではなかった。他人に強制されていた。とくれば、実力的には認めたい相手だ。嫌悪はたちまち消え去る。
コイツにとって都合の良い情報と俺の現状が一致していたのは幸いだった。身の上話をするだけで、好感度は鰻登りだ。
「だが、この事は俺とお前の秘密だ。良いな?」
「秘密……ふふ、分かったわ。そうよね。まさか、講師は嫌々やってるなんて生徒には聞かせられないわよね」
「嫌々ってわけじゃないが、まあ完全にビジネスだからな。教育者の端くれとしては、あまり公言することじゃない」
嘘だ。キョウカの言う通り、超嫌々やってる。ほんと、ビジネスだから真面目にやっているが、講義2回目にして既に講師業なんてうんざりしているくらいだ。
早く終わんねぇかな、一学期。
「今日はVSに付き合ってくれてありがとう。……伊波先生」
「おう。じゃあ、また講義でな」
キョウカは今までの態度が嘘のように丁寧な礼をして、VSフィールド用の教室から立ち去った。
2分待ち、扉を開けて周囲にキョウカやアカネが残っていないことを確認する。
そして俺は自分が使用していたスペースの台まで近付くと、その下に潜り込む。
「よっと」
ベリベリと粘着性のテープを剥がし、
念を入れておいて正解だったな。
アカネが教室の外にいることに気付いた瞬間から決めていたことだが、俺はVSが終わった後すぐに使用したイカサマスリーブのデッキを素早く片付け、この台の下に隠した。
今、俺の手元には2つのデッキケースがある。
イカサマスリーブデッキのものと、通常スリーブデッキのものだ。
デッキ内容は全く同一。違いは、スリーブにマーキングがされているかされていないかでしかない。アカネに渡したのは、通常スリーブのデッキに入ったイザキエルだ。
もちろんこれは、イカサマを疑われた時にカモフラージュするための工作だ。
元々、イカサマスリーブの方も素人にはシャッフル時に触った程度では分からないような細工しかしていないが、それでもよく調べられれば事は露呈する。
それを防ぐためのダミーデッキというわけだ。ただし、中のカードはちゃんと全部本物だがな。
誰も、まさかまるっきり同じデッキを2つ持っているなんて考えない。
加えて言えば、俺のデッキは金にモノを言わせて手に入れたレアカードが大量に入っている。イザキエルなんかは1デッキに3枚あるわけだから、デッキ2つで6枚は手元にあるわけだ。
俺のVSを見てレアカードの存在を知っている者ほど、この単純な罠に引っかかりやすい。
目の前の
人が「あり得ない」と思うことにこそ、そこに騙す余地が生まれる。
アカネがイカサマを疑っていたかどうかはまだ確定とまではいかない。カードが偽物ではないかと疑っていたような言葉もあった。
が、疑わしきは何とやら。イカサマなんて綱渡りをしている以上、警戒を解くわけにはいかない。
「新垣アカネ……ね」
しかし、ユヅキに劣らずツラの良い女だな。少々不健康そうではあるが。
◆
「あの、ハクトさん。少し相談したいことが……」
三度目の講義のあと。スイレンから相談があると話を受けた。
仕事である以上、無視はできない。素直に聞いてやるため、スイーパーの件の時より常連のカフェで休日に待ち合わせることにする。
「相談ってのは?」
「はい。ハクトさんならもう気付いてるかもしれませんが……トラちゃんのことです」
トラちゃんとは、スイレンのカードに宿る昆虫の精霊のことだ。
『トライホーン・デス・ビートル』という物騒な名前のクリーチャーで、なかなか強力な効果を持っている。
そんな精霊についての相談。スイレンの言う通り、内容に予想は付く。イザキエルも同じ目にあっており、最近機嫌が若干悪いからな。
「精霊が表に出てこれなくなることか?」
「や……やっぱり。イザキエルさんもそうなんですね!?」
スイレンの言葉に応じるように、俺のデッキケースから人魂のようなものが浮遊し、やがて天使の姿となった。
「はい、VS学園で度々、カードの中から出られなくなるか、強制的にカードの中に戻されることがあります」
選択講義の申請期間以前から、それは発生していた。講師の顔合わせの時からだ。初めは原因不明ということで保留していたが、4月に入りこの学園に来る機会が増え、明確に原因がこの学園にあることが分かった。
「だが、原因は全くの不明だ。調査はしているが結果は芳しくない」
「そうですか……」
「原因の特定は俺一人では難しい。お前も手伝ってくれるか?」
「もちろんです。私にできることがあれば、なんでも言ってください!」
スイレンは花が咲くような笑顔を見せる。
最初に出会った時と比べ、随分と明るくなった。精霊のことを気兼ねなく話せる相手がいなかったが故の内向性だったようだな。
明るくなったのはいいが、そのせいで盗聴器を平気で仕掛けるなど、行動が大胆になっているのはいただけないが……幸い、教室に仕掛けたもの以外は特に設置はしていないようだった。それも既に外したしな。
「そうだ、VS学園に入学してみて、学園生活はどうだ? 俺の講義は楽しそうに聞いてくれてるみたいだが」
「はい! ハクトさんの講義、とても興味深いです。私、デッキ構築やプレイングの方はからっきしで……でも、盤外戦ならなんとかできそうな気がします」
こいつに盤外戦はできたらやらせたくないんだがな……
「当たり前だが、対戦相手に金を渡して負けてもらうとかはダメだぞ。賄賂になるからな」
「ふふ、そんなことしませんよ。向こうから持ちかけてきたらジャッジや学校側に伝えますけどね」
「それがいい」
スイレンのことだ、俺が言わずとも会話内容の録音くらいはするだろうし、証拠についても問題ない。
貧乏人相手なら、わざと『八代スイレンは多額の賄賂で白星を譲ってもらっているらしい』と噂を立てて、罠に引っ掛けに行くこともできるだろう。
普段の学校での生活などもヒアリングしつつ、俺が見ていた中での彼女の様子とギャップがないか擦り合わせる。
が、問題はない。概ね楽しい学生生活を送っているようだな。元々ハル、マナブという幼馴染もいることだし、ソウジロウ氏の心配は杞憂だったようだ。
◆
講師とスイレンの見守りを続けて1ヶ月が過ぎる頃には、俺の講義も大変好評を得ていた。
また学園長の娘であるキョウカも講義内容を高く評価していることから、学園長の態度も随分と丸くなっていた。
「八代くんから君の話を聞いた時は、彼に若干の失望さえ覚えたものだが……いやはや、慧眼だったのだな、彼は。講義への申請数、出席率ともに新任講師とは思えんよ、伊波くん」
「お褒めに預かり光栄です。八代氏の面子を潰さずに済んで、ホッとしましたよ」
「おっと、まだまだ油断は禁物だぞ、若者よ。まだ契約期間は終わっていないのだからな」
初めこそコネでの臨時講師ということで不審に見られていたが、今やこの態度だ。手の平返しってやつだな。
まあ、ソウジロウ氏の紹介とはいえコネで入った臨時講師なんて信用できるはずもないから、最初の態度で正解ではあるんだが。
「肝に銘じます」
「うむ、先人の忠告を素直に受け入れるのは良いことだ。それで、今回呼び出した理由なのだが……これを見て欲しい」
藤宮学園長は、俺に一枚のカードを差し出してくる。カード名は『疾走のワイバーン』。古いカードだが、かつての世界大会優勝者がデッキに入れていたこともあり、非常に人気の高いレアカードだ。
「……これは……偽造カード、ですか?」
半ば確信してはいたが、あえて自信なさげに、そう口にする。
「分かるのかね?」
「偶々、このカードだったからというだけですよ。私たちの世代のプレイヤーは、皆ショーケースに入ったワイバーンのカードを穴が開くほど見つめたものです」
それらしいエピソードトークだが、俺はそんなことをしたことは一度もない。
正直、これが偽造カードだなんてのは予想を立てて見てみないと判断が極めて難しい。それほど精巧な作りだ。わざわざこちらに見せてきたことと、これまでの講師生活からの予測がなければ、見抜けていたかどうか。
「だとしても、これほど精巧な偽造カードを見破るのは容易ではない。やはり君に頼りたいな」
「頼る……というと?」
「これはウチの学園の生徒から没収したものでね。どうやら、昨年の夏休みあたりから偽造カードが出回っているらしい。君には、この偽造カードの出所を探ってもらいたい」
「それは、警察やVS連盟の役目では?」
「もちろん、既に捜査に入ってもらっている。だが結果は芳しくなくてね。ただ、秘密結社『
秘密結社。中々ユニークな響きではあるが、この世界ではそういった組織が実在する。
クレセント・ナイトで客から噂だけなら聞いたことがあるが、精巧な偽造カードを生み出す技術力と強力なVSプレイヤーを多く抱える、謎多き巨大組織……らしい。
「DSが我が学園の生徒にも接触している、というのは由々しき事態だ。警察とVS連盟も動いてくれてはいるが、解決には至っていない。しかし……八代くんに詳細は伏せながら相談してみたところ、君のことを推薦されてね」
チッ。あのクソジジイ……余計なことばっかりしやがってよぉ……!
ただでさえ講師なんて面倒ごとをこなしながらスイレンの様子も見てやってんのに、加えて秘密結社の調査だと!?
どんだけ仕事振るんだよぶち殺すぞ!!
「なんでも、君はあのスイーパー壊滅に一役買ったそうじゃないか。ぜひその手腕を振るってくれないか?」
「しかし、私は初の講師の仕事で手一杯でして……」
ペッ。インセンティブもねーのに余計な仕事なんて誰がするかよ。
「ふむ、それは残念だ。もし君がこの件を解決してくれたら、ボーナスを支払おうと思っていたのだが」
「詳しい話をお聞かせ願えますか?」
あるじゃねーか! インセンティブ!!
それなら話は別だ。
ボーナスは巨大犯罪組織の尻尾を掴むという危険な仕事に対する報酬だけあり、かなりの額を提示された。
「『解決』の具体的な条件は? 偽造カードが紛れ込んだ以上、トレードの可能性まで考慮すると根絶は不可能かと思います」
「その通りだな。偽造カードの学内からの根絶は条件には含まん。DSの構成員最低1名の身柄の確保。これでどうだ?」
……中々難しい条件を吹っかけてくるな。
解決とまではいかずとも、構成員さえ捕らえてしまえばその糸口くらいは掴めるだろうという魂胆か?
「構成員がまだ学園近くに潜伏しているかも分かっていないではないですか。それに、仮に構成員を捕らえたとして、どう証明させるつもりです? 秘密結社に社員証なんてものがあるとも思えませんが」
「そこも含めての依頼だ。できるか?」
俺を探偵かなんかだと勘違いしてやがんのかこのクソジジイ。
まあやるけど。
「……保証はできませんが、やるだけやってみますよ」
こちらの仕事はしくじっても特にデメリットはない。警察やVS連盟でも尻尾を掴めてない相手だ。俺が失敗したからとて、責められる謂れはない。
なら、賞金首を捕まえるのに立候補するだけしておくのもアリだろう。使えそうな仕込みもあるし、立証もこちらに投げてくれたのは幸いだった。
「連中の狙いに心当たりは?」
「……いや、特にはないな」
嘘吐け!
今のは
どうやらこのクソ学園長は何かしら秘密を抱えているらしい。こっちに問題の解決を投げといて、協力はしないとは素晴らしい上司で泣けてくるな。
まぁいい。テメェが非協力的なら、テメェのガキを堕として聞くまでだ。
この一月でキョウカとは着々と信頼を積み上げてきている。もう既に俺を学園から追い出す気などないだろうが、さらにあと一押し。あと一つ何かがあれば、秘密くらいは容易くペラペラと喋ってくれることだろう。
学園を揺るがす事件が起こったのは、そんなことを考えていた、約2週間後のことだった。
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