「……もう大丈夫そうだな」
「あっ……」
俺が離れると、キョウカは切なそうな声を漏らした。
恋愛感情まで行くと、いざ裏切った時や俺の本性が発覚した時、好感度が反転してマズいことになる時もある。
できるならアヤメのように服従か、ハルのように強い信頼くらいの感情がベストだったが、情報を引き出すためだ、仕方ない。
スイレン? ああうん……
好感度を上げるのは簡単だが、上げすぎないよう調整するのって難しいんだよな……
ある程度まで上がると、悪態をついても好意的に受け止められてしまう。恋は盲目ってのは、事実だが厄介だ。
「伊波先生! 生徒がイカサマをしたというのは本当ですか!?」
丁度良いタイミングで、教頭をはじめ、何人かの教師連中が教室に集まってくる。外に出ていたカズヤと高橋も一緒に中に入ってきた。高橋はしっかり与えた仕事をこなしてくれたらしい。
「はい。高橋と藤宮が証人ですし、物証も確保してあります」
カズヤの使用した台は、回収したディセルなどの偽造カード以外はそのままにしてある。俺が割ったダイスも含めて。
「三国の所持していたダイスを割ったところ、重心に偏りがあるイカサマ用のダイスであることが分かりました。また、彼は偽造カードの使用も行っています。明確なイカサマです」
「まさか……三国!」
VS学園はマンモス校だ。特にVS科の生徒は1000人以上いる。通常であれば自分に関わる生徒以外はさすがに覚えてられないだろうが、一月前まで序列7位に名を連ねていた生徒は記憶にあったらしい。
教頭に名を呼ばれるも、カズヤは俯いて答えようとしない。
「三国だけではありません。今、無茶な賭けVSを行っている生徒の多くは、恐らく同じように不正なダイスや偽造カードを所持、使用していることでしょう」
「なんということだ……一刻も早く止める必要がある。審判科の生徒に連絡し、現在行われているVSを即座に中止。生徒たちをその場に留めるよう指示するんだ!」
◆
教頭の判断は適切なものだった。
俺たち教師はバラけ、VSを行っていた生徒たちのところに向かう。そして、ダイスを使った生徒のそれを改めたところ、やはりイカサマダイスが使用されていた。
ジャッジが不審に思いイカサマが判明したVSも合わせ、実に31人もの生徒がイカサマダイス、偽造カードの所持により摘発された。
俺も生徒をぶん殴るという、講師として通常なら処罰対象となるような行為を働いたが、この事態の前では軽微な注意に留められた。譴責にすらなってはいない。
それだけ、学園側もイカサマを重く見ている。
「まさかここまでの数の生徒がイカサマなどに手を染めていたとはな……」
「なんと嘆かわしいことだ」
教員連中がウダウダと現状に文句を垂れているが、そんなことより先にすることがある。
彼らは現在、3つの教室に分けられ待機している。俺は彼らからカードとイカサマダイスを全て回収し、誰からどのカードを回収したかを纏めたリストと共に教頭に渡した。
生徒たちは、順番に駆け付けたVS連盟と警察から呼ばれ、事情聴取を受けることとなった。
こちらはこちらで、聞いておかなければならないことがある。
「三国」
手招きしてカズヤを呼び出す。彼は何も言わずに俺に着いてきた。別の教室に移動し、二人きりの状態を作る。
「ッ……一体、なんですか」
「お前に聞きたいことがある。警察やVS連盟の聴取でも話すだろうから、同じ話ばかりさせて悪いが」
「別に……殴られたのに比べれば、そんなのはどうだっていいですよ」
VSの直後は声も出せなくなっていたが、時間が経ち少しだけ落ち着いたようで受け答えははっきりしているし、嫌味も言えている。投げやりになってしまってはいるが。
何度も見た光景だが、イカサマがバレたヤツってのは惨めなもんだな。
「俺が聞きたいのは一つ。お前に偽造カードやイカサマダイスを使うように唆したのは誰かってことだ。大人しく話せば、俺が学園長に退学は勘弁してもらえるよう掛け合ってやる」
「はっ。たかが臨時講師が学園長と交渉? 望み薄ですね」
「そうかい、なら大人しく退学しな。別におまえじゃなくても、情報源は30人以上いるんだ。じゃあな」
「……良いでしょう、話します。俺は去年の暮れ頃まで、実力としては中堅程度。
言葉の節々からプライドの高さが感じ取れる話ぶりで、カズヤは俺の目的の情報と、それに至るまでのどうでもいい話をし始めた。
半分くらいそれを聞き流しつつ、相槌は打っておく。肝心の『
「……そんな時、卒業した先輩に誘われて、VSのカード交換会に参加したんです。ただ、ちょっと怪しいというか……非合法な感じはしてました。俺含めて全員、仮面を着けるのを強要されていましたし」
「ほう。仮面ね」
「そして、参加者の一人にカードの販売を申し込まれました。しかも、『ヴォーパルソード・ドラゴン』や『背徳の天使イザキエル』なんて超レアカードを売っても良いって」
「そりゃ怪しいことこの上ねぇな。で、蓋を開けてみたら偽造カードだったわけだ」
「……知らなかったんです、あれが偽造カードだなんて」
はい嘘。
しおらしくすりゃ誤魔化せると思ってるようだが甘い。
アヤメに格安でレアカードを手に入れられる、と自慢してたのは調べが付いてんだよ。
そうでなくとも、そうと知らないヤツが偽造カードを指摘された時、あんなにブルブル震えるわけないだろ。
こいつ、この場面で嘘を吐いて同情を引こうとは結構強かなヤツだな。嫌いじゃないぜ、そういう足掻きは。
「で、レアカードの偽造品を手に入れたお前は、成績をぐんぐん上げたわけだ」
「はい。結果、俺は序列7位にまで食い込んだ。その時は、レアカードの数が足りずに埋もれていた俺の実力が認められて嬉しかったですよ。俺だってカードさえ揃っていれば、これだけやれるんだと見返してやった気分でした」
「そりゃ間違いだな。強いカードを集める能力も実力の内だ。プレイングだけ上手くても強いことにはならない」
まあ、こいつのプレイングも別に飛び抜けて上手いわけじゃねえけど。
この世界、VSのカードは一枚でウン十万、ウン千万するものもある。カードの収集もまたVSプレイヤーに問われる資質の一つ。俺が金を集める理由の一つでもある。
カードは銃などと違って合法的に所持できる。手にしておかない理由がない。
「……ッ」
「それで? その偽造カードを掴ませてきたのはどんなヤツだった」
「さあ……?」
「ふざけてんのか?」
「ふ、ふざけてませんよ! 会場のボーイに案内されて、曇りガラスのある個室に案内されてのことだったんです。タブレット越しにやり取りするくらい徹底していて……男か女かも分かりませんでした」
さすがデカい悪の組織の構成員だけあるな。その辺の身バレ防止策は徹底してるか。
会場とやらとボーイの情報、卒業した先輩について詳細を聞き出す。ここから辿れれば良いが。
「で、成績が上がったお前は調子に乗って結束に挑んだ結果、バーテックス・セブンから落ちましたと」
「…………まだ上がる目はありましたが、また結束と同じようなことになってはいけないと、また同じような機会を探していたんです。そして、つい2週間ほど前、イカサマダイスと『賭博天使ディセル』の偽造カードを手に入れたんです」
「そうか。情報提供ありがとうよ」
「えっ……も、もういいんですか?」
「ああ。あとは警察とVS連盟に伝えてくれ」
大した情報はなかったな。まあ、そう簡単に尻尾を出す相手でもないか。
その後、聴取は夜まで続いた。なにせ31人もの生徒が相手だ。警察、VS連盟からも多くの人員が配備されたにもかかわらず、だいぶ長丁場となった。
「もう遅いし、選択講義の講師はもう帰りなさい」
教頭からありがたい言葉をもらい、正式な教員でない俺たち講師は先に帰宅することとなった。
流れでアカネと肩を並べて帰路に就いている。
「んん……っ。いやぁ、こんな大事になるとはねぇ。偽造カードに不正なダイスとは。物騒な世の中になったものだよ」
彼女は大きく伸びをして、そんなことを溢した。
随分平和なもんだと思うがな。
「VS教育の最高峰でこんな事態が起こるなんて、夢にも思いませんでしたよ」
「伊波くんはVS学園に憧れがあったのかい?」
「はい。学生の時は入学することは叶いませんでしたが、今は臨時とはいえ、講師という形でこの学園に関われたのを嬉しく思います」
心にも思っていないことを口にしながら、校門に向かう。
すっかり暗くなってしまったが、学園敷地内の街灯が切れるのはまだまだ先になる。普段、教師がどれだけ残業しているのかが分かるようで、微妙な気分になる。やっぱ教師ってブラックなんだな。
「学園長は君のことを高く評価しているようだ。頼み込めば講師を続けることも叶うと思うよ。いや、ワタシのように必修講義の教師になるよう打診される、ということもあり得るかもね」
「それはありがたいことですが……いざ本当に講師になってみると、自らの適性のなさが恨めしいです。続けられる自信がありません」
「君に適性がない? はは、その謙遜はちょっとイヤミだぞ、君」
うりうり、とアカネは俺の脇腹を肘で突いてくる。
適性がないのは本気で思ってたんだがな。講義内容は自己流だわ、何も知らない子供相手に小狡い手段を伝授するわ、俺が講師に向いてるわけなさすぎる。
そもそもガキ相手の仕事ってのはかったるくて仕方ない。
「何か悩んでるのかな? よぅし、お姉さんが聞いてあげようじゃないか。飲みに行くぞ」
「え、この時間からですか?」
「良いじゃないか、お互い明日は講義もない。こんな美人おねーさんに悩みを聞いてもらえるなんて、幸せ者だぞ伊波くん」
パワハラで訴えるぞ。
……と言いたいところだが、ツラの良い女なだけマシか。素直に付き合うとしよう。良い機会だしな。
◆
翌日。講義のないオフではあったが、俺は学園を訪れていた。
藤宮学園長が今日にでもカズヤたちの処分を決める可能性があるからだ。
「おや、伊波先生。今日は君の講義はなかったはずだが」
教員棟に入ったところで、教頭に捕まる。
昨日は遅くまで聴取の付き添い等で忙しかっただろうに、この時間に学校に居るということは泊まり込みか。やはりブラック……
「例の件、生徒たちのことが気になりまして。私も、イカサマを暴いたという点で関係者ですから」
「そうか……彼らには相応の処分が下るだろうが、君に非はない。気にするな、と言っても難しいだろうが」
自身も酷く疲れているだろうに、俺の精神を気遣ってくれているようだ。心配せずとも、元より僅かもあいつらのことなんて気にしちゃいない。
「——そのことだが、彼らの処分を決めた」
俺たちの会話を聞いていたのか、通りがかった学園長は、厳かな表情で言った。
俺も教頭も、処分が相当に重いものであることを察する。
「学園長。彼らの処分は……」
「退学だ」
「ッ……やはり、ですか」
退学は生徒に科される処分としては最大限に重いもの。しかし、この世界でイカサマをするというのはそれだけ重い罪となる。
厳正な処分をしなければイカサマは軽んじられ、手を染める者が増えるという判断だろう。学園長の裁定は、このカードゲームの力が強い世界においては全く正しいものだ。
しかし。
「待ってください、藤宮学園長」
「伊波くん?」
俺はそれに待ったをかける。
「確かに、彼らはイカサマという最低の行為に手を染めてしまいました。到底許されることではありません……ですが! 彼らには被害者の側面もあるのではないでしょうか!?」
俺は身振り手振りを交えながら、馬鹿でかい声で大仰に訴えかける。全く心にも思っていないことを。
「被害者、とは?」
「学園長も心当たりがお有りでしょう。恐らく、この件にはDSが関与している……だとすれば、生徒たちは狡猾な犯罪者によって、心の弱さにつけ込まれてしまったのでは?」
「確かに、一理あるかもしれんな。しかし……」
「もちろん、年齢を考えれば善悪の区別は付いて然るべきというのは分かります! 私も、イカサマを暴くためとはいえ、愚かにも生徒に手を挙げてしまうほどの行為でした。それでも、彼らはまだ高校生、子供です。判断を間違うことだってある。処分は必要ですが、せめて取り返しのつくものに……寛大な処分にすべきではないでしょうか!?」
俺の必死の訴えに、学生棟にいた教師たちが何事かとやってくる。
いいぞ、もっと集まれ。せっかくデカい声を張ってやってるんだ。俺がイカサマに手を染めた奴らにも手を差し伸べようとする教育者の鑑だと認識しろ。
「まさか君がそこまで生徒思いだとはな、少し感心したよ」
「いえ、私は……ただ、過ちを犯した生徒に、名誉挽回のチャンスを与えてあげたいと思っただけです」
「良い心がけだ……しかし、今回の件はあまりに度が過ぎている。VS学園の長として、イカサマを容認するわけにはいかんのだ」
周囲の教師らも、それには渋い顔をしつつも頷く。
イカサマが許されない行為だからこそ、処分を重くしなければならない。
「なら……なら、彼らの過ちが、より大きな悪を止めるきっかけとなったとすればいかがです?」
「なに?」
「私が、彼らの提供してくれた情報をもとに、DSの構成員を捕らえてみせます」
学園長と教頭は息を呑み、様子を見守っていた教師らもざわめく。
「本気かね? 確かに君には、以前からその依頼をしていた。が、あくまで警察やVS連盟が失敗した時の保険のようなもの。君が彼らを出し抜けると?」
「出し抜くだなんて、そんな。ただ……生徒たちの情報と協力があれば、DSに迫るのは不可能ではないと考えています。何より、私は生徒の未来を守りたいのです!」
俺の熱弁に、教頭と学園長は心を打たれている様子だった。
それは周囲の教師も同じで、彼らは俺の言葉を受けて涙ぐむ者、拍手する者まで現れている。
「ふむ…………良いだろう」
「学園長……!」
「私としても、未来ある生徒たちに重い罰を下すのは本懐ではない。もしこの若者が、生徒たちと共に諸悪の根源を捕らえてくれるのなら……イカサマに手を染めた生徒たちが更生に向かうのも期待できよう。それに、DSを捕えることで同じ悲劇を回避したとなれば、情状酌量の余地はある」
「ありがとうございます! 皆さんも、ありがとうございます!」
俺は学園長と、周囲の教師たちに頭を下げる。
よし。これで教師たち、特に教頭の好感度もバッチリ稼いでやった。
最近の俺は、講師業も上手くいっている上に学園長から目をかけられ、遂には学園の大事件を解決する一助を担った。
目的あってのこととはいえ、少々目立ち過ぎている状態だ。教師たちからのやっかみも増えている状態。残り2ヶ月とはいえ、何かしらトラブルが発生しかねない。
そこで、厳しそうに見えて人情派の教頭に擦り寄り、なおかつ生徒思いの聖職者サマたちに取り入るため、子供達の将来を案じる熱血教師を演じてみせたわけだ。派閥に入っておけば、何かあった時庇われる可能性が上がるからな。
効果はテキメンだった。演説を終えた俺に近づいてきた教師たちは、俺の背中を叩いて頑張れよ、と声を掛けてくる。もちろん、面白くなさそうな教師たちもいるが、極少数派だ。
ガキ共の将来なんぞクソほどどうでもいいが、講師としてのポーズはしっかり取っておいて損はない。
それに、ガキ共を下手に退学させては行動に予測が付きにくくなる。停学で留め自宅、あるいは寮での謹慎という形で大人しくさせておく方が、余計な真似をしないでくれるというものだ。
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