イカサマダイス・偽造カード事件から1ヶ月ほどが経過した。
30人以上の生徒が偽造カード及びイカサマダイスの所持・使用により停学処分となったことはメディアにも取り上げられ、一時期はVS学園にバッシングの声が集まり、校門にはマスコミも押しかけた。が、今ではそれもすっかり収まっている。
人の噂が終わるのは七十五日よりも早いらしい。あるいは、藤宮学園長の手腕なのか。
忙しかった審判科の生徒たちだが、イカサマダイスの指摘ができた生徒には多くのポイントが与えられたようだ。(不正防止のため、審判科のポイントは一般生徒とは共有されない)俺もイカサマの手口を暴いたとして、学園長からの評価をまた上げていた。
そのせいで一部教師陣からはより強い嫉妬ややっかみの視線を受ける可能性があったが、例の名演技のお陰で特にそういったこともなく、仕事は順調そのものだ。ガキの相手が鬱陶しいことに変わりはないが。
俺の講義を受ける中にも、停学になった生徒がいた。よって参加人数は減ったが、当然俺の評価には影響しない。
俺は現状維持のため、いつも通り講義を行なっていた。
「『神々の遊技場』などの領域魔法のように、VSには相手にも効果を使用するか否かを委ねるカードがある。そういったカードを使う時に有効なのが、フレーミング効果を利用した会話術だ。フレーミング効果とは、情報の提示の仕方……心理的な枠組みが意思決定に作用することを指す。超ざっくり言っちまえば、同じ情報でもどこを強調するかによって相手の選択の結果に影響を及ぼすんだ。メリットを強調すると効果を使用する可能性が上がるし、デメリットを強調すると下がる」
説明が雑すぎたか、生徒の中には理解し切れていない様子の者が多い。これは追加で分かりやすい例を出した方が良さそうだな。
「そうだな。たとえば、『伊波先生の講義は生徒の90%が満足した』……と聞くと、なんか俺がすげー講師に聞こえるだろ? だが、『伊波先生の講義、受けた生徒の10%は満足してないんだって』こう聞くと、俺の講義って微妙なんじゃないの、って気になるだろ? 今話した内容は強調する箇所が違うだけで、どちらも同じ情報なのにだ」
「同じ情報でも、伝え方によって受け取られ方が違うんですね。なんとなく覚えがあるような気がします」
「まあ、VSだけじゃなく日常生活、社会生活においても『伝え方』ってのは死ぬほど大事な概念だからな。よく『正しい事・情報を伝えているのになんで誰も聞いてくれないんだ』ってヤツがいるが、どんなに正しい情報でも、伝え方が下手くそだと誰も話なんか聞いちゃくれねえぞ」
生徒たちは真剣に俺の話にメモを取りつつ、気になることがあれば適宜質問をしてくる。
「先ほどの例のように、VSでもこうした『伝え方』が活きる。カード効果の使用を宣言する際、カード効果を説明するだろう。虚偽の内容を述べるのはルール違反。ジャッジによる処分対象だが、正しい内容をどのように説明するかまでは細かい規定があるわけじゃない。それを上手く利用して、相手を思う方向に転びやすくなるよう工夫し、誘導してやれ……と、今日の講義はここまでだ」
いつものように、生徒たちが質問しに来る。外面を繕い笑顔を浮かべながら、それに応じてやる。
この面倒くせぇガキ共への接待もあと一月の我慢だ。あー、マジで早く終わらねえかなぁ。
生徒たちが次の講義に向かう。俺もまた、荷物をまとめて教員棟に戻ろうとする。
「ハク……伊波先生っ」
「結束か。どうした?」
そんな中でハルに声をかけられたので、歩きながら話す。
ハルは入学早々、学園頂点の7人の一角を落とした。結果、バーテックス・セブンの連中と学園内闘争を繰り広げているらしいと噂は聞いている。
「キョウカと、序列4位のヤツを倒したらしいな」
「はい。藤宮先輩はポイントを持て余していたとのことで、大量のポイントを賭けての勝負になりましたが……その結果、ボク自身も序列6位になりました」
「やるじゃねえか。1年でバーテックス・セブン入りって、過去にも今の序列1位のヤツしかいないんだろ?」
「いえ、まだまだです。序列1位……橘ミカド先輩とは一度だけ顔を合わせましたが……あんな人は今まで見たことがありません。彼は、恐ろしく強い。恐らく、ハクトさんにも並び得る」
「俺に並ぶ程度ならお前の方が強いじゃねえかよ」
イカサマしている時の、初対戦時の俺を想像しているのだろうが。
「なんでそうなるんですか!」
「スイーパーの件が終わった後のVSはお前が勝ったじゃん」
キリヒコたちのアジトに突入する前、俺はハルのメンタルケアのために事件解決後、彼女とのVSを受けることにした。
そして、互いに丁度いいタイミングでVSを行ったんだが、結果は俺の負けだった。
「まだ一勝一敗ですよっ。それに、ハクトさんも真剣じゃなさそうでしたし」
「んなことねーよ。真面目にやってアレだ」
イカサマはしてなかったが、手を抜いたわけじゃない。
「『リィンカーネーション・フォース』を初めて使用したタイミングでもありました」
「初見のカードに対応できないから負けた、なんてのは言い訳にゃならないな。この世界にはまだ見ぬカードなんて幾らでもある」
なんて言いつつ、内心では「転生召喚ってなんだよ!!」って思いっきり叫んでたがな……
ぐぬぬ、と反論され続けたハルは悔しがっている。俺が無理やりそうさせたからというのもあるが、ハルはやたら俺を信頼している。
「もう。ハクトさんVSについては謙遜が多いですよね。前から言ってますが、大会に出ればいいのに!」
「謙遜ではないんだがな。大会も出る気はない」
「むぅ。……なら、見ててください、橘先輩にも勝って証明しますよ。ボクとハクトさんの方が強いって」
「待て待て、なんで俺も含まれてんだよ」
「ボクもハクトさんも、互いに一勝ずつしてるじゃないですか! つまりハクトさんはボクと互角以上に強いってことです。なら、ボクが1位ならハクトさんも1位相当ってことになりますよね?」
そうはならないと思うが……
まあ、下手くそながら早速フレーミング理論を活用しようとしているところを見るに、真面目に講義を受けているところは褒めてやりたい。
本人のやる気のためにも、余計なツッコミはしないでおくか。
「だから、ボクが橘先輩に勝ったら……何かご褒美ください」
「何かって?」
「えっ!? う、うーん……内容は、考えておきます」
「ダメだ」
「ええっ! なんでですか!」
「条件の後出しなんぞ俺が許すわけねえだろうが。どうせ『デカい大会に出場しろ』とか言うつもりだったろ、話の流れ的に」
図星だったらしく、ハルは気まずそうに視線を逸らした。
「気持ちだけ受け取っとくわ。サンキューな」
プロのジャッジにギャラリーのいる試合なんて、イカサマしづらいことこの上ないからな。
◆
以前より存在が噂されている秘密結社。精巧な偽造カードの製造、流布。レアカードの強奪。VSを強制し負けた方に気絶するレベルの電流を流す機械や、負けた方が記憶を消されるというヤバい道具まで作っているとのこと。
また、カードの精霊についても研究を行っているとか。
人智を超えた科学技術を持っているとか言われているが、眉唾レベルの噂もあり、構成員が超能力者だとかサイボーグだとかって話もある。映画かよ。
DSは規模の大きい組織だという話だが、その割にキリヒコに調べさせても実態が見えるような情報は出てこない。さすがは秘密結社というところか。
(我が主。何を見ているんですか?)
イザキエルがひょこりと覗き込んでくる。今日は精霊の顕現を阻害する現象は起きていない。
(例の偽造カードさ)
そう答えると、イザキエルの顔が露骨に嫌悪に染まった。
(まさか私の偽物ではありませんよね?)
(そんなわけないだろ。お前が自分のコピーが大嫌いだってのはこの間の件で分かってる)
ほら、と手に持ったヴォーパルソード・ドラゴンの偽造カードを見せてやる。イザキエルの眉根に寄せられた皺は消え、落ち着いた表情に戻った。
(なら良いですが……)
(安心しろよ。お前の偽造カードなんて、いつまでも放置してはおかないさ)
そう言って宥めておいてやる。表面上は怒ったり文句を言っていてもそこまで大きく感情が揺れ動くことのないイザキエルだが、彼女の機嫌がここまで悪いのも珍しい。
それだけ、カードの精霊にとっては自分の偽造カードというのは許し難いものなのだろう。
(カズヤがお前の偽造カード使ってた時、めちゃくちゃキレてたもんなあ)
(当然です。偽物を使用されるなど気持ちが悪くて仕方がありません)
おかげでカズヤの使用するレアカードが偽造だと確信できたんだがな。
入学早々のハルとカズヤのVS。それをイザキエルに見せた時点で、カズヤが偽造カードを使用している生徒であるということは特定していた。精霊は自らのカードなら、偽造かどうかなどぱっと見ただけで判別できる。
(俺の着任前の時点でアヤメから、カズヤが『他人に言いづらいような方法で、安価でレアカードを確保している』ことは聞いていた。可能性としては窃盗か偽造が濃厚だった)
(それを私に確認させたのですね)
(ああ。不快なものを見せて悪かったな)
偽造カードなんてものを使ってくれたカズヤには、使い途が幾つかあった。
ハルが負けそうなようであれば、勝負に待ったをかけて注目が集まる中、俺が偽造カードの使用を指摘。名前を売り、講義への申請者を増やすつもりだった。しかしハルが正面から勝ったので、キョウカの信頼を得るための駒にシフトさせた。
DSの情報も多少は吐き出してくれたことだし、存分に利用できた。それ以外のもの(ダイスとか)も吐き出していたが。
ついでに、ヤツらのおかげで俺は不正に手を染めた生徒に手を差し伸べる聖職者サマとなっている。
アヤメを使い、意図的にそういう噂を流しているからな。
表面的な事実には何も反してはいないから、教師たちも誰も否定しない。それはつまり、肯定しているのと同義。信憑性の担保された噂が学園中に蔓延している。
今回の件で、俺はこのVS学園において盤石の地位を築いた。学園長からの覚えめでたく、教頭からは一目置かれ、学園長の娘を絆し、俺に敵意を向ける成績上位の生徒は排除した。
これで、何の憂いもなく講師の仕事を終えることができるだろう。俺も枕を高くして眠れるというものだ。
「ハクトさん」
「アヤメ。どうした?」
今回の件で、アヤメも問題なく機能した。まだ売り払う必要はなさそうだ。
「三国くんの調査・誘導が終了しましたので、引き続き例の……精霊の見える生徒を探していたんですが……」
「見つからないか」
アヤメには、学園内で精霊の見える生徒を探してもらっていた。
彼女がスイーパーに勧誘された理由は、その特異な目にある。アヤメには、人間を見ると魂の量とやらが見えるらしい。
それが多い者は、精霊が見えるのだとか。俺とスイレンに対しても、笛吹組事務所でそんなことを言っていた。
ちなみに、精霊の見える人間を探しているのはスイレンの相手を押し付けるためだ。
あいつが俺に執着するのは、精霊が見えることによる部分が大きい。なら、同じような存在を探し、なすり付けることが出来るのではないかと考えたわけだ。
「まあ、これだけ生徒数が多くても精霊が見える人間の割合を考えたら見つからなくても無理はないだろ。もうぼちぼち捜索は打ち切るか」
「……ハクトさん」
アヤメは、文字を打ち込んだスマホを差し出してくる。以前にあった、盗聴を警戒しての行動だろう。
『スイレンが邪魔なら、命じていただければ私が道連れにします』
「馬鹿、やめとけ」
確かに面倒な相手ではあるが、ヤツは金蔓でもある。消された上にアヤメも換金できず終いでは、もったいないことこの上ない。
それに、アヤメが俺の下僕であることはユヅキにも把握されている。そんなヤツが下手な真似をすれば、責任の所在は俺に及ぶ。冗談じゃねー。
「しかし……」
「余計な真似はするな。お前を失うと手痛い損失になる」
「……分かりました。差し出がましい提案、失礼しました」
「分かりゃいい。あと、そういうことを考えてると普段の態度に出て気付かれるぞ。もうこのことは忘れろ、俺はそこまで気にしちゃいない」
スイレンは勘が鋭いところがあるからな。
アヤメの視線から敵意を感じ取る可能性もある。
とっとと忘れさせるために、話題を変えるか。
「さて、俺の方もそろそろ仕事を進めるかな」
「仕事……ですか?」
「ああ。インセンティブが入る、DSの構成員確保の方だな」
問題は幾つかあるが……まあ、そこさえ超えてしまえば、安全かつ確実に大金が手に入る。
リスクは大きいが、リターンもデカい。なかなか大きな仕事になりそうだ。
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