「キョウカ。とりあえず一緒に来い」
「え……」
「色々気になることもあるだろうから、説明してやる。だが、ここに留まるわけには行かないんでな」
伊波先生は、手慣れた様子で私の手に手錠のようなものを掛けつつ、そう言って手を離した。
気になること。そんなの、幾らでもある。
「伊波先生ッ、どうして……!」
「騒ぐな。状況が分からないのか? お前は強盗に捕まっているんだぞ」
強盗。伊波先生は、自らをそう称した。
「下手に騒いだらどうなるか、想像してみろ。お前に拒否権はない」
「ッ……」
ドラマや映画を想像してみる。
『騒いだら殺す』
そんなセリフは古今東西、ありふれている。
まさか、伊波先生が、私を……?
そんなの、あり得ない。あり得ない、けど……現実に今、伊波先生は私の目の前で強盗を働いている。
昨日なら、いや、数分前まで想像すらしていなかった『あり得ない』ことだ。
「分かった……着いていくわ」
説明してもらえるなら……ここで無理に抵抗するよりは、大人しく着いて行った方がいいのかもしれない。
少なくとも、伊波先生の体格相手に、錠を付けられた状態で逃げられるとはとても思えない。
「目隠しもさせてもらうぞ。それと、叫んだりするなよ。口を塞ぐことになる」
叫ぶ……助けを呼べば……いや、やめた方がいい。
目隠しをされてすぐに、車の走ってくる音が聞こえてくる。私はそれに乗せられた。
「新垣さん、伊波さん、回収お疲れ様です。その子は……藤宮?」
運転席から、男の声が聞こえてくる。
私を知っている……? それに、声も聞いたことがあるような、ないような……
「偶然にも見つかってしまってね。顔も見られたし、措置をしないといけない」
「そうでしたか……」
措置。先ほどから新垣先生が何度か口にしているけれど……
その内容は、正直私にとって明るいものだとは思えない。
「アジトに帰る前に、テキトーに邪魔の入らない場所に寄ってくれ。そこでVSする」
VS……?
「了解です。ウチが持ってるホテルが近くにあったので、車の乗り換えついでに済ませましょう」
「伊波先生……」
「大丈夫だ。お前が考えているようにはならない。あと、スマホを調べさせてもらうからパスコードを教えろ」
伊波先生に言われて、私はスマホのパスコードを伝えて、それ以降は黙り込む。
暗闇の中、どれだけ走ったんだろう。
色々な考えがぐるぐると頭を回り続ける。
付いてきてしまって本当に良かったんだろうか? 一か八か、逃げ出すべきだったんじゃ?
結局、新垣先生たちはDSなの? 伊波先生はいつから? なんでさっきは怖かったのに、車の中では優しかったの?
……伊波先生は敵なの? 味方なの?
分からない。分からないまま、車が止まった。
「キョウカ」
伊波先生に手を引かれて、歩く。
しばらくそのまま歩き続け、エレベーターの駆動音や、何回かの扉を開ける音を耳にした。やっぱり、目隠しをされている状態じゃ、とてもこれまでの経路なんて把握できそうもない。
やがて、最後に扉を閉める音がしたあと。
「目隠しは外していい」
言われるまま、目隠しを外す。
久々の光に一瞬、目を細める。
そこは、どこかのホテルの一室だった。
なんだろう。ベッドが大きかったり、派手な照明があったりする割には壁や天井は汚く、あまり掃除も行き届いてないような。粗末な部屋というか……ちぐはぐな感じ。
あまり良いホテルではなさそうだ。
「まあ座れ」
伊波先生はガラス製のテーブルの前、一人用の椅子に。新垣先生は隣のソファに座っている。
私は、手錠を付けられたままだ。
大人しく、伊波先生の対面に座った。
「伊波先生、説明してください。これは一体、どういうことなんですか!? どうして先生がジャバウォックのカードを——」
ずっと車に揺られ、目隠しのまま歩かされる中で聞きたかったこと。私は大きな声をあげた。
「その前に、しておくことがある」
伊波先生の手首に付けられた腕輪から、光の縄のようなものが伸び、私の手首に纏わり付いた。
「これは……!?」
「VSによって、相手の記憶を消去する道具だ」
「なっ……」
「色々制限もあるがな。今回は……『負けた方は24時間分の記憶を失う』『持ち時間は1ターン100秒』『BO1』『物理攻撃禁止』『その他条件はVS
負けたら記憶が失われる?
確かに、DSについてそんな噂もあったけど、本当にそんな道具があるの?
……いや、そうでなければ、ここでVSを挑んでくる必要なんてないか。記憶が消せる。だから、私の前で色々と話していたんだ。
「持ち時間を超えれば、当然敗北となる。早速始めよう。VSスタートだ」
伊波先生は山札をテーブルの上に置いた。
私もそれに続くべきなのか。このまま黙っていれば、VSが始まらずに、時間稼ぎができるのでは……
いや、番外戦術の講師である、あの伊波先生がそんなに甘いはずがない。
私も手錠を付けられた手で器用にデッキを取り出し、テーブルに置いた。そして5枚のカードを引く。
「先攻は俺だ。魔力1で『ふわくも』を場に出す。ターン終了だ」
「私のターン、ドロー。…………」
まだ、ターンエンドは宣言しない。
「1ターン目から長考か。時間稼ぎだね。タイマーを用意しようか?」
新垣先生が提案してくる。しかし、この何十分かで、私はすっかり彼女に敵愾心を抱いていた。有用な提案ではあったが、拒否する。
「余計なお世話です」
「そうか、それは失礼した」
1ターン1ターン、たったの100秒でも持ち時間は全て使う。少しでも時間を稼いで、私を見つけてもらう可能性を上げないと。
——そう思っていた時。
「俺がなぜジャバウォックのカードを盗んだか、だったな」
伊波先生が話し出した。それまではぐらかし続けた、真相を。
「簡単に言えばDSとの契約。仕事だ」
「……!」
「新垣先生はDSのメンバーだった。俺は彼女にスカウトされた」
ただ、スカウトされたから……?
そんな、そんな理由で……
「私たちを、裏切ったの?」
「そういうことになるな。講師として結んだ契約に違反しているわけではないが、犯罪組織に隠れて加入するのは、世間一般的に考えて間違いなく裏切りと言えるだろう」
分からない。
伊波先生が分からない。
そこまで分かっていて、どうして簡単に私たちを裏切ることができたのか。
「なんで……っ」
問い詰めようとして、気付く。
まだ、私のターン中。そして、制限時間は……!
「た、ターンエンド!」
「俺のターン。俺は魔力2で分裂するスライムを召喚し、ふわくもで直接攻撃。ターン終了」
「くっ……私のターン……!」
そういうことか……!
真実を私のターン中にだけ話すことで、こちらをプレイに集中させない気だ!
しかも、こっちが制限時間を長く使う気だったことも読まれてる。せめてタイマーがあれば……!
感情的になって、新垣先生の提案を断ってしまったのは大失敗だった。
「私は、魔力2で『メカラプトル』を場に出すわ。……先生、なんで秘密結社なんかに!?」
「なんで、か。そうだな……提示された契約条件も悪くないし、組織としての規模もデカい。この腕輪のような超常的な技術も持っているし、コイツらの目的が果たされる可能性は低くはない。こちらに着いておいた方が得だと判断した。講師も肌に合わないと思っていたし、曜日固定でもない。副業にはもってこいだ」
「副業!? は、犯罪組織なのよ!?」
「だからどうした?」
「え……?」
「今更だな。犯罪がどうとか」
「どういう……ッ! くっ、ターンエンド……!」
たった100秒じゃ、伊波先生から話を聞き出すには短すぎる。
それに、伊波先生は今回のVS、かなり速攻に寄せて来ている。プレイングの時間も短い。私に思考の時間を与えないために。
「俺のターンだ」
「先生、犯罪が今更だっていうのは、一体——」
「俺は魔力3で『惰天使グテル』を召喚。お前のメカラプトルの攻撃力を下げる。そして、スライムとふわくもで直接攻撃。ターンエンド」
「……私のターン!」
あくまで、伊波先生が話してくれるのは私のターンの間だけ。
徹底している。本気で、私の記憶を消しに来ている。
涙が滲む。
「だって、犯罪なんて、伊波先生には似合わないわ!」
「は? お前、俺の何を知ってるんだよ」
伊波先生は不快そうに私を睨み付ける。けど、それにも負けず、私は声を上げる。
「伊波先生は……散々、私がコネだって言ってもへこたれなくて、あっという間に生徒を集めて、あんなに面白い講義をして……! VSだって凄く上手くてっ! ——私を助けてくれたじゃないっ!!!」
「助けた? ああ、カズヤとのVSのことか。イカサマダイスを見抜いた」
「そうよ! 私っ、私が、あの時どれだけ救われたか……!」
「キョウカ。
あのイカサマダイスをカズヤたちに与えたのは俺だ」
「……え…………」
頭が真っ白になる。
何を、言っているの?
「正確には手駒に指示して渡した。あとはディセルなんかのダイス関連のカードも渡したんだが——」
よく聞き取れない。眩暈がする。吐き気も。
「色々と目的はあって——」
どうして?
どうして?
どうして!?
「その一つは、お前を助けた
——気付けば、私の手からは全てのカードがこぼれ落ちていた。
へたり込み、力が入らない。
思考が纏まらない。
伊波先生。伊波先生。伊波先生。
「そうしないと、嫌々やってた講師を降ろされるかもしれないと危惧したからだ。それは避けないといけない。あと一月は続けないといけないからな。このくだらない
そうだ。目の前のこの人はきっと偽物だ。よく似ているだけだ。伊波先生はどこか別のところにいる。
伊波先生。
「助けて……」
「ああ、助けてやる。これでちょうど、100秒だ」
バチッ、と。私の手首から強い衝撃が走った。
「辛い現実から目を背けて、楽しい夢の中に戻るといい」
それが最後だった。
私の意識は途切れた。
◆
目を覚ます。
ここは……どこ?
見覚えのない路地裏で、私は倒れていた。
どうして?
思い出そうとしても、さっぱり思い出せない。たしか昨日は、伊波先生のためにクッキーを焼いて……そうだ、今日渡そうと思ってたんだ!
……で、なんで見たこともない路地裏に?
制服だし……
スマホを確認する。
「え?」
そこには、ものすごい数の着信と、私の認識より1日先に進んだ日付が表示されていた。
「なっ、……何これ!?」
とりあえず……お父様に連絡することから始めよう。
でも、なんだろう。気のせいかな。
何か、とても大切なものを、失ってしまったような……