アカネに取り入り、DSに加入して一月近くが経った。
そう。もうすぐ夏休み。つまり一学期が終わる。ようやくかったるい講師の仕事から解放される時が来るのだ。
「最近、ハクトさん機嫌良いですよね」
「そうか? そうかもなぁ、ぼちぼち仕事も終わりだからな。講師も中々重労働だったし」
「講義とっても楽しかったですよ、先生!」
久々にハル、マナブ、スイレンの三人組揃っているところに出会した。いや、彼女らは頻繁に固まっているんだろうが、講師業もあり俺が加わるのは久々だった。各個人と話すことは多かったんだがな、特にスイレンとは。
「ハクトさん、裏カジノの従業員なのにあんな話どこで聞いたのさ」
「さあ、どこだったかな」
「先生なのにそれは教えてくんないの?」
「何でもご丁寧に教えて貰えると思うなよ」
「教師のセリフじゃないでしょ……」
前いた世界で読んだ本の内容だったし、この世界に同じ本が存在するとも限らない。下手な事は口にしないのが一番だ。
……思えば、本当に妙な世界に転移したものだ。まあ、この世界に転移できたことは悪い要素ではなかったんだが……
「ハクトさん?」
「なんだ?」
「いえ、なんか苦い顔してませんでしたか?」
「ああ、マナブがグチグチと小言を言うから……というのは冗談で、学園長から呼び出されているのを思い出してな」
テキトーな言い訳を付けて、その場しのぎをする。俺としたことが、顔に出ていたとは。
「ふふ、もうすぐ一学期も終わりですものね」
「ああ。契約期間も終わりだし、その話だろう」
「ハクトさん、講義も好評ですし、先生続けたらどうですか?」
「はっはっは。無理無理、俺じゃ務まらねえだろ」
冗談じゃねえ。こんな面倒くせえ仕事なんて願い下げだ。
「そんなことないと思うけどなぁ……」
「ありがとよ。じゃ、とっとと悩みのタネを取り除くとさせてもらうか。学園長んとこ行ってくるわ」
スイレンの見守りも、ここいらで終わりで構わないだろう。ハルとマナブ以外の生徒ともそれなりには絡んでいるようだし。
講師の仕事も好評を得た上、DSの構成員を捕えるという追加の仕事もこなした。完璧な仕事ぶりと言えるだろう。
DSに加入はしたが、特に契約条件に違反したわけじゃない。……というのは完全に詭弁だが。そもそも、常識的に考えて悪の組織に加入して良いわけないからな。
良くなくても俺はするが。
考え事をしながら歩いている内に、学園長室の前までたどり着く。ノックをすると、中から入りなさい、と学園長の渋い声が聞こえてきた。
「失礼します」
「来たな、伊波くん。まずは座りたまえ」
促されるままソファに座る。学園長は上機嫌で笑っている。
「君を推薦してくれた八代社長には感謝せねばな。講義内容のみならず、DSの件まで解決してくれるとは。あれ以来偽造カードの流通は止まったようだ」
アカネも目的は果たしたからな。もう偽造カードを流す理由がなくなり、結果俺が事件を解決したように見えている。
根本的なところは何も解決していないがな。
「お力になれたのでしたら幸いです」
「生徒たちの処分を軽くして救い、悪の組織から学園を守る。まるでヒーローだな」
俺がヒーロー?
いかん、思わず噴き出しそうになった。不意打ちはやめてくれ。
「とんでもない。生徒たちや皆さんのご協力なくしては成し得ませんでしたよ」
「そう謙遜しなくてもいいさ。それで、今回呼び出したのは契約満了を知らせるため……ではあったのだが」
ではあった、という引っかかる物言い。しかし、その割に学園長の顔はにこにこと笑っている。
「何か仕事に不備がありましたか?」
「いや、いや。君の仕事は完璧だったとも。うむ。完璧だからこそ、だ。君さえ良ければ、ぜひ学園で講師を続けないか?」
ちっ……!
来るかとは思ったが、最悪な提案をしてきやがる。
ちょっと上手くやりすぎたか。
初講師にして選択授業は満員。講義内容も超好評、生徒たちからは高い信用を得ており、おそらく講師の人気投票でもあればトップになる。
学園長の娘からも信頼厚く、また追加で、それもダメ元で出された仕事も(表面上)完璧にこなした。
生徒たちを想う熱く真摯な心を持った(ように見せかけた)講師と認識されてもいる。
もう少し手を抜いていた方が良かったか……?
いや、それはそれで失敗のリスクがあった。失敗するよりは、上手くやり過ぎてしまった方がマシだ。
さあ、とっとと断るとしよう。
ただ、即決で断っては、せっかく積み上げた信用に傷を付ける。延いては、八代ソウジロウとのコネにヒビが入りかねない。ここは少しは躊躇うフリをしなければ……
「この学園で講師ができたのは得難い経験でした。しかし……この仕事に就いてみて私自身、講師としての知識の不足を実感しました。続けるには私は未熟すぎるかと……」
「何を言うんだね。まだ君は若い。未熟、良いじゃないか。これから経験を積み立派な講師となれば良いのさ。君は何より大切な、生徒を思い遣る気持ちを持っている」
ミリも持ってねえんだよなあ。
「それに、君が残ってくれれば、奪われたカードの奪還を任せようかと……」
「ちょちょちょ、さすがにそれは無理ですよ」
いや、奪ったのも俺たちだから奪い返すこと自体はそう難しくはないのだが。なんならジャバウォックの偽造カードを作らせて、そいつを持ち帰ればいいからな。封印されてたカードの真偽なんて誰も見抜けねえだろうし。
だが、もう学園の講師なんてダルい仕事をしてまでインセンティブを求めることもない。十分な金を稼いだし、良い転職先も見つけた。
「はは、冗談だとも。ただ、新垣くんからも、君がVS学園に強い憧れを抱いていると話を聞いているものでな。もしかすれば続けたがるかと思ったのだが」
あのクソアマぁ……
何をテキトーなことを、と思いながら過去の会話を思い返してみると、そういやそんなこと言ったな……話の流れで。
いや、講師を続けられる自信がないとも言ったはずだが。
「確かに憧れはありましたが、自分の能力を考慮しても、講師を続けるに値するとは思えません」
「最近の若者は謙虚だな。が、君ほど講師に向いている人材もそうはいないと思うがね。VS学園の学園長である私が保証しよう」
いらねえんだよンな保証は。
クソ面倒くせえな……本人がやりたくないっつってんだからとっとと諦めろってんだ……!
「とてもありがたいお話ですが……」
「伊波先生!」
きちんと断ろうとしたところに、バン! と扉を勢い良く開ける音。
入ってきたのは、肩で息をして慌てた様子のキョウカだった。一月前、ジャバウォック強奪事件の際に誘拐、路地裏で発見され検査入院していたが、1週間ほど前に退院したばかりだというのに元気が有り余っているようだ。
「こら、キョウカ。今は伊波先生と大切な話をしている」
「ごめんなさい、お父様。伊波先生が辞めるって聞いて、居ても立っても居られなくなって……! 伊波先生、どうして!?」
「元々、一学期だけの契約だったんだが……知らなかったのか?」
思えば、一学期我慢しておけばいいものを、退学をかけたVSを仕掛けてきたりしていた。あれは我慢ならなかったわけではなく、俺の任期を知らなかったが故の行いだったわけか。
「キョウカ、伊波先生のことは事前に話したはずだが」
「えっと、その……き、聞き漏らしていたんだわ。それより、伊波先生。私たち、もっと先生の講義を聞きたいです!」
「そう言われてもな……ほんとに一学期の分しか講義内容も用意していないし」
「伊波先生!」
「先生!」
講師を続けない理由を積み上げようとしているところに、さらに生徒たちが押し寄せてくる。
嫌な予感しかしない。
「先生、辞めちゃうんですか!?」
「ああ。元々そういう契約だったからな」
「そんな! 先生の講義、すごく楽しいし、ためになります。もっと色々教えて欲しいです」
「辞めないでよ、先生!」
見れば、ハルやスイレン、マナブも同じように駆け付けている。てめえらは一学期だけだと知っていただろうがよぉ……
少々ガキ共の好感度を稼ぎ過ぎたようだな。だが、ソウジロウ氏からの依頼が終わる以上、学校の教師なんざ大した金にならない仕事をするつもりは全くない。
悪の組織の方が金払いも良いし。
「いや、今回の仕事で自分の勉強不足を実感した。少なくとも、今のまま講師を続ける事はできないな。もし戻ってくるとしたら、もっと講師について学んだ後だ。もっと面白え講義ができるようになったら、その時は戻ってくるさ」
そんな時は一生来ねえがな。
しかし、俺の熱血教師ごっこに感化されたのか、生徒たちは感動に涙ぐんでいる。
こいつら……チョロすぎて心配になるな。
「先生……!」
「俺たち、待ってます!」
ペッ、二度と戻ってくるかよこんなとこ。
ガキ共も口ではなんだかんだと言ってるが、一月も経てば俺のことなんざすぐ忘れるだろ。学生ってのは忙しいらしいからな。大体、お前ら長くても2年先までしかいねえだろうが。
「ふむ……そういうことなら仕方あるまい。だが、君の優秀さは十分に分かった。君ならいつでも教師として歓迎しよう、伊波くん」
「私にはもったいない言葉です、藤宮学園長。今回、臨時講師として得難い経験ができました。ありがとうございました」
心にも思っていないことを口にして、俺は熱血教師・伊波ハクトとしてのVS学園講師生活を無事に終えることとなった。
のだが。
「伊波先生!」
生徒たちを散らし俺も学園長室を後にした直後、キョウカから声を掛けられる。
「なんだ、藤宮」
「えっと……その。これ」
硬い動きで、袋を突き付けられる。その袋に近いものに見覚えがあった。
ジャバウォック強奪の時に見た、クッキーの袋。さすがに中身は新しく作り直しているだろうが、あれと似たものを渡される。
てっきり諦めたものと思っていたが……
「クッキー、焼いたの。良かったら食べて」
「ああ、サンキュー」
「あの……できたら、今食べてくれない? 感想を聞かせてほしくて」
もじもじと人差し指を突き合わせながら、キョウカはそんな提案をしてくる。
それは無理だ。俺、他人の手作りとか食えねえもん。
「悪い、今ちょっと腹がいっぱいでな。後でゆっくり食べる」
「……そう。なら仕方ないわね……でも、味がどうだったか知りたいから。その、連絡先を教えてほしいの」
「…………まあいいか。ほらよ」
面倒な予感がしたが、連絡先を交換してやる。だが、俺の連絡先が映るスマホの画面を眺めるキョウカの瞳には、仄暗いものが覗いているように思えてならない。
「伊波先生。私ね、あの日誘拐されて目覚めた直後、なんだか不安に駆られたの」
…………まさか、記憶処理が甘かった?
いや、そんなはずはない。手駒どもで何度も試したし、記憶を消せるのを良いことに色んなヤツに仕掛けて本当に記憶が消えるかも試した。
なんなら、最終的には俺自身で試しさえもした。腕輪の効果なら、VSの勝敗で最大24時間の記憶が消せるのは確認済みだ。
「その原因が何なのか分からないんだけどね。欲しいものが手に入らないかもしれない、っていう、漠然とした不安」
「お嬢様がよぉ。普通は欲しいものが全部、絶対に手に入るなんてことはねえんだよ」
「もちろん、全部は無理だって分かってるわ。でも……たった一つ。どうしようもなく譲れないもの、他の何を捨てても手に入れたいものってあるじゃない?」
それに対しては肯定も否定もせず、ただ耳を傾ける。
「私、自分がコネ女だとか、学園長の娘だからとか言われるのが、凄く悔しかったの。だから、お父様は関係ない。自分だけを見て欲しいって……ずっとそう思ってた。でもね。気付いたの」
キョウカは自らの腕で自分を抱くように、強く強く両手を握る。
「そんなこと、お腹の底から湧き上がるような……この欲望に比べたら些細なことだって! この欲を満たすためなら、コネでも、盤外戦術でも、イカサマでも! なんでもできる気がするの!!」
彼女の瞳には狂気が宿っている。
……記憶処理云々は、どうやら関係なさそうだ。単純に、キョウカにそういう素質があったらしい。
与し易いチョロいガキだと思ったが……なんか最近でも同じようなことがあったな……
「……イカサマはやめとけ。ロクなもんじゃねえぞ」
「ふふ、それは冗談よ。伊波先生には見抜かれちゃうものね。それくらい本気になれるものを見つけた、って例え話!」
「なら良いけどな。精々頑張れよ。遠くから応援してやっから」
「ありがとう。じゃあ、
キョウカは妖しい笑みを浮かべると、再び会うことになるのを確信しているかのような物言いで立ち去っていった。
……元々食う気もないが、このクッキー絶対口にしたくねぇな…………
次話で2章は終了予定です。