「ありがとうございました。良いVSでした」
「おう」
負けをすぐに受け止めて、ハルは近づいてきた俺に握手を求めてきた。それに応じてやる。
良いVS、ね。俺がイカサマをしていたなんて露ほども疑っていないようだ。
あの迷惑客を徹底的にダメ出ししておいた甲斐がある。あいつのことだ、あることないことハルに吹き込んでいたことだろう。
が、すっかりそのことは頭から消え去っているようだ。
「それだけの強さがあって、ハクトさんはどうしてチャンピオンシップに出なかったんですか?」
「俺のデッキは結構運頼みなところがある。トーナメントのように連続で試合する大会を勝ち抜くのには向いていない」
事実だが、本音ではない。
運要素の強いカードにおいては、メリットとデメリットが隣り合わせとなる。『神々の遊技場』などは最たる例だ。
そこをイカサマで無理やり通しているわけだな。俺からイカサマを取り上げたら……溢れ出る知性と巧みな戦術と選び抜いたレアカードくらいしか残らんぞ。
……まあ、それでもあの迷惑客程度ならさすがにどうとでもなるが。
そして、野良のVSと公式戦では決定的に違う点がある。
ジャッジ……つまりは審判員の存在だ。
公式戦の場には、イカサマやレギュレーション違反の対策にプロの審判を付けている。彼らが目を光らせている中では、イカサマを行う難易度は野良のVSと比べ天と地ほども違う。
もしデカい大会でVS連盟にイカサマがバレれば、当然VSプレイヤーとしては表舞台から永久追放。以降いかなる公式大会にも参加はできず、永遠にイカサマをしたという記録が残る。
なにより、一度イカサマがバレれば、以降はそれを行なっていなかったとしても常にイカサマを疑われることになる。仕事がやりづらい事この上ない。
要約すれば、イカサマがバレやすいから。そういう理由で、俺は表の大会に出る気はない。
「あなたならマスターズ世界大会だって……」
「無理だって言ってるだろ。地力でおまえに勝ったとは思ってない。10回やれば俺に良いように見積もっても7:3でお前が勝つ。今回は『神々の遊技場』がたまたま噛み合っただけだ」
「……そう、ですか」
ハルは納得はしていないようで、少々不満そうだ。まあ、そんなことはどうだっていい。リスクとリターンが見合わない話を続けても仕方がないからな。
「そんなことより。約束を忘れるなよ?」
「はい。本当に、渡すのは持ち主の分からないレアカードだけで良いんですよね?」
「ああ」
持ち主の特定なんてできるはずがないからな。もし持ち主を特定できたと主張するようなら、徹底的に証拠の提示を求めさせてもらうとしよう。
まあ、数人分くらいのレアカードなら特定も可能かもしれないが、その程度であれば渡しても痛くはない。
「その、ススムさんのデッキは……」
「返さんぞ。そういう約束だからな。売っ払って支払い分の金にする」
「ッ……はい……」
反対したいのだろうが、負けた手前何も言えない様子だ。
まあ、別に今すぐ60万を支払うというなら渡してもいいのだが……所詮は借金のカタに貰ったものだし。
とはいえ、ススムは金が用意できないようだった。それではお話にならない。
「ススムとやらへの説明は俺がしてやるから安心しな。喚くだろうが、気にするな。あんなヤツの言うことなんて聞くだけ無駄だ」
「ススムさん、がっかりするでしょうね……」
「気にするなって言ってんだろ。ギャンブルでスッたんだ、あいつの自業自得だよ」
「2人ともお疲れ! いやー、楽しい試合だったわ!」
肩を落とすハルと対照的に、上機嫌の支配人が後ろから俺たちの肩を叩く。
「ハルちゃんは残念だったわね。良かったらまたハクトとVSしてあげてね!」
「なんで俺がしてもらう側なんすか。逆でしょ」
「……ボク、ハクトさんにリベンジしたいです。是非またやりましょう」
ハルはメラメラと瞳に対抗心という炎を宿している。口調や態度は丁寧だが、どうやらかなりの負けず嫌いらしい。
やはりまだガキだな。
「やだね、次やったら負けそうだし。勝ち逃げさせてもらうわ」
「そんな……大人気ないですよハクトさん!」
「そうよそうよ。やってあげなよハクト」
あー、うるせえうるせえ。メリットもないのにわざわざ負け濃厚の試合なんてしてやらん。
俺と再戦したいならファイトマネーでも用意するんだな。
さて、賭け試合の後だったが支配人のおかげで和やかな雰囲気のまま、カジノの裏手に向かう。ショーマとアツキ……後輩二人に、迷惑客ススムの相手をしてもらっているところだ。いつまでもカジノの入り口周りに居座られちゃ迷惑だからな。
決まり悪そうに座り込んでいたススムだったが、俺たちの姿を認めると立ち上がって笑顔を見せた。
「あっ……ハルくん! デッキ取り返してくれた!?」
「それは……その」
言いづらいだろうから、俺が間に入ってやる。このくらいはサービスしてやるか。
「VSは俺が勝った。デッキは売っ払うからテメェはとっとと帰れ」
「……はぁ? おまえみたいなカジノの一従業員が、大会優勝者に勝てるわけないだろ!?」
このススムとかいう男はアホだが、今の言葉だけはド正論すぎてちょっと笑いそうになる。
表情を作るのに気を取られ、言葉が出るのが一瞬遅れた。
「ほ、本当です。ボクが負けました……お力になれず、すみません」
ハルの自己申告。それを聞いたススムは……見る見るうちに顔が真っ赤になった。
「ふざけんなよ……なんで負けてんだよ! 手を抜いたんじゃないのか!? 僕のデッキが戻ったら次の大会で脅威になるから、わざと負けたんだろ!」
「お前ごときがハルの脅威になるわけないだろ」
つーかお前のデッキ内容や実力なんてハルは知らねえし。
「黙れよ! 期待して損したわ……このっ、やくた——ムギュッ」
言い切る前に、ススムの口元を片手で掴み発言を中断させる。
「中学生への言葉じゃないな。デッキを金にすることは決まったし、お前に構う暇はもうない。さっさと消えろ」
ぶん、と手近なゴミ山に向けて放り投げる。コンクリに向けて投げないだけの優しさを見せつけてやると、ゴミまみれになったススムは何か言いたそうにこちらを睨む。
しかし、お返しにひと睨みしてやると、言いかけた言葉を飲み込んで、よろけながら去っていった。
「ハル、今日は帰んな。スイーパーのことはまた改めて教えてやっからよ。嫌な思いしただろうが、まあ気にすんな」
「は、はい。あの……ありがとうございました!」
今の俺の行動に対してだろう、ハルは頭を下げる。その表情に俺への敬意と僅かな憧憬を感じ取り、俺は
俺とハル、そして何故か支配人で連絡先を交換しつつ、肩を回すショーマに声をかける。迷惑客の相手で疲れてるだろうが、もう一仕事を命じさせてもらう。
「おいショーマ、今日はもう上がっていいから、治安がマシなエリアまでハルを送ってやれ」
「ッス。行こっか、ハルくん」
「あ、はい」
ん?
今ハルくんって言ったか?
「おいショーマ。念のため確認しとくが……ハルがどこの誰かは知ってるんだよな?」
「え? もちろんッス。なんとかってVSの大会の優勝者ッスよね?」
……こいつ、ちゃんとチャンピオンシップの中継観てなかったな? ススムといい、失礼なヤツらだな。
ちょっと遠回しにして伝えとくか……
「ショーマ。
「はいッス……って、ええっ!? ハルくん女の子だったんスか!?」
「おいコラ」
せっかく遠回しに伝えたのに台無しだろうが。
パカ、とショーマの頭に拳骨を落とす。前時代的? 知らんね。俺は裏カジノの従業員だぞ。
「言われてみれば……女の子みたいな顔立ちだと思ってたッスけども!」
「チャンピオンシップの選手紹介でちゃんと女の子だって紹介されてんだよ」
まあ、試合中実況や解説にも結束選手としか呼ばれないから、間違えるのもギリ納得はできるが……
「ごめんねハルく……ハルちゃん」
「い、良いんです。帽子被ってるし、格好も男の子っぽいし、口調もこうだしでよく間違われるので……」
「間違えるヤツにはしっかり言ってやった方がいいぞ」
「そうよ。ハルちゃん可愛いんだから、もっと自信もって」
俺や支配人の言葉に照れている様子のハルは、ぺこりと控えめに頭を下げると、ショーマに連れられてカジノから去っていく。中学生であの実力か……羨ましいね。
「今日はあの迷惑客に振り回されっぱなしだったな。仕事に戻るか」
「うっす」
アツキがカジノ内に戻っていく。俺もそれに続こうとしたところ、とんとん、と支配人に肩を叩かれた。
「なんです?」
「あの子に随分優しいじゃない。なにか感じ入るところでもあった?」
「まさか」
支配人はツンツン、と俺の頬に人差し指を突き刺してくる。照れ隠しだとでも思っているのだろう。
実際、ススムの言葉を遮ったのはハルへの配慮から
あいつは当初、自分が負けたことに対して「イカサマだ」と騒いでいたからな。あいつとのVSについては的外れだったが、ハルとの試合では何重にもイカサマをしたのは事実。
もしヤツがヒートアップし、「イカサマ」というワードを使おうものなら、せっかくこちらを信用してきているハルに疑念を持たれかねない。その前に口を封じたわけだ。
しかも都合の良いことに、あのカスは俺でなく恩人のハルに当たるという考える限り最低なムーブを取った。それを途中で遮ってやれば、ハルから俺への信頼は鰻登りというわけだ。
大切な金蔓から信頼を得る餌となってくれ、さらに60万円以上の価値のあるデッキを提供してくれたススム氏に感謝だな。
お前が持っててもネコに小判、豚に真珠だ。このレアカードたちは俺が有効活用してやるよ。
◆
「くそっ、くそっ、くそっ。あいつら、僕のデッキを……許さないぞ……! ハクトに、結束ハル……!」
とある路地裏。『クレセント・ナイト』から這々の体で逃げ出したススムは、ハクトと、そしてあろうことか彼を助けようとしたハルへの恨み節を口にしていた。
「メインデッキは取られたけど、まだサブデッキがある。これでどうにか……」
「貴様、VSプレイヤーか」
突如声を掛けられたススムは、驚きと同時にバッと顔を上げる。
「だっ、誰だ!」
ひんやりと。夜の路地裏で元々涼しかったが、目の前の黒いフードの人物が現れてから、温度が下がったような気すらする。
そんな怖気を感じながらのススムの誰何に対して、黒フードはVSのカードデッキの提示によって応える。
「おまえにVSを申し込む」
「は、はぁ? いきなりなんだよ。そんなこと急に言われても僕は今デッキがこれしか——」
「拒否はさせない」
翳したカードが怪しく光り、ススムと黒フードの間に一本の光の筋が繋がる。そして、夜より深い闇が二人の周囲を包み込んだ。
「なっ、なっ、なんだよコレぇ!?」
「我らスイーパーの『闇のVS』から逃げることは叶わん。逃れたければ勝つが良い」
「スイーパーって……あの……!?」
「おまえが勝ったなら、私のデッキを持っていくといい」
ひたすら怯えていたススムだったが、その条件を聞いて体の震えを止めた。
メインデッキを奪われた今、サブデッキの強化は必須。それが思わぬ形で叶う。
直前までの恐怖をどこかに置いてきたように、にま、と下卑た笑みを浮かべた。
彼は忘れていた。噂で聞いた、スイーパーとのVSで負けた者が辿る末路を。
「ただし。私が勝てば、おまえのレアカードと……魂を貰う」
「え? あ……」
「VS、スタートだ」
数分後、闇の中にススムの絶叫は溶けて消えた。
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