伊波ハクトは謎が多い
イカサマを行う上で最もしてはならないことは何か。そう問われれば、俺はこう答える。
バレることだ。
当たり前のことだが、イカサマは絶対にバレてはならない。更に言うなら、そもそも疑われないことこそが最良と言える。
なら、バレないため、疑われないためにはどうしたら良いのか。
物理的、心理的に他者の目線がどこを向いているのかを知ることだ。
人の視線は常に動いている。
VSで言うなら、手札を見て。場を見て。乗り越えるべきクリーチャーを見て。倒すべき相手のプレイヤーを見る。
そして考える。どの手を使うか。相手はどんな手を使ってくるのか。これを使った時のリスクは、勝つための道筋は、と。思考を巡らせている時は視線は遠くを向く。
そんな隙を突いてイカサマは行われる。
視線の隙を突くという点でいえば、手品と似ているかもしれない。
VSにおけるカードの配置は、ドローに関していえば比較的イカサマのしやすいものであると言える。
VSの山札は自分から見て右手側、相手から見ると左に置かれる。これは利き手に依らず、公式で定められた配置だ。プレイマットにも見て取れるように、山札の位置は厳密に決められている。
そして、右手側に山札があるため、俺含む大抵のプレイヤーは右手でカードを引き、左手の手札に加える。
この山札が右手側……つまり相手から見て左側にある、という点。これが視線誘導においては、意識を逸らしやすい配置となっている。
情報を把握しようとする人間の視線は、アルファベットのZ字、あるいはN字に動きやすいという法則がある。また、Z字に動く際には、視線の動きの中で興味の湧きやすい箇所、興味の薄れる箇所があるという理論も存在する。
グーテンベルクダイアグラムと呼ばれているものだな。
これに基づいて考えるなら、普段は山札のある辺り……相手から見て左下のゾーンは、最も関心の薄くなる領域となる。
相手側としても普通に考えたら、相手がするのはカードを引くだけの行為だしな。そこまで気にするような箇所ではない。それよりはフィールドや相手の手札の方が関心の強い領域と言えるだろう。
必要なら話を振って俺の顔に視線を向けさせてもいい。ともかく、セカンドディールなど山札に細工をするイカサマは、相手の視線の動きからしても比較的バレづらいのだ。
……と、話が逸れてしまった。
要するに、イカサマをバレないようにするためには、視線を読むことが大切だということ。
そして、最もやりやすいのが一対一の対戦だ。目の前の相手の視線にさえ気を付けていればバレる可能性はほぼないからな。
逆に一番やりづらいのは、衆人環視の中で行うイカサマだ。
逐一何かで視線を誘導してやらないと、小細工はしづらい。周囲を観客に囲まれての手品などでは、大きな布などを使って視線を遮っていることが多いが、VSではそうはいかない。
だから俺は大きな大会などのギャラリーの目がある大会には参加しない、ようにしていたのだが……
まさか、俺ともあろう者が表の大会に参加することになるとは。それも、テレビ中継をされるような大規模の大会に。
◆
「それで、どうかしら西島さん? ハクトさんのことは調べがついた?」
掌で何かを弄びながら、スイレンは問う。この頃、ソウジロウの秘書である西島ユヅキはスイレンの護衛をしている。スイーパーの件があったからだ。
元々、そうした仕事をしていたこともあり不満はなかったが、スイレンはユヅキに様々な要求をしていた。
主に、伊波ハクトについての調査。
兼ねてからソウジロウの命で、ハクトの素性については捜査を続けていたが、それをスイレンにも伝えるよう命じられたのだ。
念のためソウジロウに確認を取るも、伝えて問題ないとのこと。埃が出て娘が彼から興味を失えばちょうど良いと思っているのだろう。
「……申し訳ありません。有意義な情報は得られませんでした」
「あら。ハクトさんを学園に縛り付けておけば、西島さんはフリーで動けると思ったんだけど」
スイレンがハクトを学園に迎えた目的の二つ目がそれだった。
ハクトがいる中で彼の身辺調査をしようとすれば、嗅ぎつけられかねないとスイレンは危惧していた。
だからこそ、ハクトが学園にいる間。本人が不在の間に、彼の周辺の情報を集めていた。
結果としては振るわなかったが、彼女の判断は間違っていない。
ハクトはアヤメとキリヒコという持ち駒のリソースも仕事に注ぎ込んだ。これがなければ、3人の内誰かがユヅキの怪しい動きに勘付いていたことだろう。
「……恐らく、探られて痛い腹は完全に隠しているのでしょう。その自信があるから、調べられることに抵抗がない」
「完全って。そんなに調べが付かなかったの?」
「はい。彼の素性はさっぱり分かりませんでした。17歳以前の彼は、まるで
「ふぅん……実はカードの精霊だったりして」
「もしそうなら、お嬢様以外には見えませんよ」
「それもそうね。ふふ、ミステリアスな人って素敵。西島さんもそう思わない?」
スイレンの言葉に肯定も否定もせず、ユヅキはハクトの調査結果のデータカードを取り出す。
「口頭で伝えてもらっていい?」
「……はい」
主の娘の命令に従い、ユヅキは自らの調査結果を報告する。
「調査対象についてですが……伊波ハクト。年齢は24歳。誕生日は4月17日」
「あら、もう誕生日は過ぎてしまっているんですね。残念」
「……家族構成、出身地は不明です。現住所はニホン、トウキョウ都ボードウォード・ウェストエリア3ー15、ボード・ロゼッタ607号室。職業は月乃条ツバキの経営する裏カジノ『クレセント・ナイト』従業員、用心棒兼ディーラー。使用カードはエースである『背徳の天使イザキエル』と、それをサポートするカードを好んで使用……身長は179cm、体重73kg」
そこまではスイレンも把握している。
ハクトの家には行ったことがない彼女だが、部屋情報は調べて知っていた。
(お父様からの報酬もそうだけど。お金を稼いでいるだけあって良いお部屋に住んでいるみたい)
「好きなものは……」
続けようとしたユヅキは苦い顔をする。
「好きなもの、ハクトさんの。知ってるわ」
くすくすとスイレンは笑って、ユヅキの考えているものを当ててみせる。
「お金、でしょ?」
「大正解です。ちなみに、趣味は稼いだお金を使うこと、だとか。良い部屋に住む、美味しいご飯を食べる、ブランドの服や小物を揃える……と言えば可愛いものですが、その使い方はとても荒いそうで。とんだ成金野郎です」
「別に良いじゃないですか。稼いだお金を何に使おうがその人の自由だわ。……でも、そんなにお金が好きなら、お父様(と私)の下で働けばいいのに」
カジノよりは良いお給料を出せると思うんだけどなあ、とスイレンはハクトの連れない態度を残念に思う。
「0〜17歳までの来歴は完全に不明です。拳銃の扱いに長けることから、ニホン育ちではない可能性が高いですが……」
「17歳までは完全に不明、ってことだけど。それ以降は?」
「裏社会を転々としつつ……その、
用心棒。ハルとハクトが出会ったのが、まさにそんなシチュエーションだったらしいと思い出す。
スイーパーを追うハルが辿り着いた裏カジノで、大立ち回りを演じたハルを倒したのだと。それに、ハルを倒したアヤメを、ハクトは倒してみせた。
スイレンはVSが得意ではなかった。ゆえに、単純にハルを倒したハクトは彼女よりもVSが強いと認識する。
それだけの実力がありながら、どうして表舞台に出ようとしないのだろう。
「その後はお嬢様もご存知の通り、スイーパーの件で結束様と接触。笛吹組事務所でスイーパーとVS、勝利した後に本格的にスイーパー壊滅に乗り出しました。スイーパーを倒した後は、お嬢様からの依頼によりVS学園臨時講師を勤め、7月半ばごろ退職、今に至る……といったところでしょうか」
「17歳以前の経歴が完全に不明なこと以外はほとんど分からず終いかぁ……ディーラーから用心棒に変わった理由は?」
「ディーラーの後継が育ったから、ということらしいです。用心棒の方は、腕っぷしが強い者を集めはしたもののVSの強者が不足していたため、そちらにローテーションしたとか」
「ふぅん……なら、次はVSが強い用心棒を雇用するつもりなのかな?」
その後は……カジノを続けるのだろうか。
スイレンの誘いやVS学園からの依頼も断り、ハクトはカジノ従業員であることを続けている。
カジノにこだわりがあるのか、気まぐれなのか。
さて、ハクトをVS学園に縛り付けた数ヶ月、得られた情報は皆無だった。どうあの鉄壁の守りを切り崩したものか考えていると、ユヅキの何か言いたげな視線を感じ取る。
「どうかした、西島さん?」
「いえ、その。先ほどから弄っているそれは?」
「ああ、ごめんなさい。話してる最中に、失礼だよね」
カラン、と硬質の音がする。スイレンは
出た目は、6。
「例の、VS学園で起きたイカサマダイス事件のものなんだけど」
「お嬢様、僭越ながら進言させていただきますがイカサマは——」
「私じゃないよ!!」
慌てて容疑を否認する主の姿を見て、ユヅキはほっと胸を撫で下ろす。
しかし、イカサマダイスとは。試しにユヅキも持ち上げてみるが、確かに重心が妙だ。1の面の方がやたらと重い。転がしてみると、6の目が出る。
「これは……なるほど、ズルいですね」
「ふふっ、イカサマダイスですものね。でも、ちょっとアテが外れちゃった」
「と、いうのは?」
「これ、もしかしたらハクトさんが作ったんじゃないかと疑ってたんだけど……
そのニュースにはユヅキも覚えがあった。
なんでも、秘密結社DSの構成員1名が詐欺容疑で逮捕・起訴されたとのこと。詐欺、とはカードの偽造、そしてイカサマダイスの流通がそれに当たる。
VS……特に学校での成績に関わるようなものや、大会、プロの試合など重要な試合にイカサマを持ち込むことは、それだけで警察、VS連盟に捕まる恐れのある、リスクのある行為だ。
「これを、伊波ハクトがやったと?」
「冤罪だったみたいだけどね」
「分かりません。伊波ハクトがVS学園にイカサマダイスをばら撒いて、なんの意味が?」
「あの事件を解決して、ハクトさんの評価はものすごく上がった。もし、これがハクトさんの仕込みなら? ……と思ったんだけど。DSの構成員がちゃんと逮捕されてるからね。私の考えすぎだったみたい。以前ハクトさんにも指摘されたけど、ダメだね、勘だけで推理するのは」
「……伊波ハクトが元よりDSの構成員だった、とするなら、話は繋がるのではないですか?」
「それはないね。学園に派遣する前の事前調査で白だったし。それにVS学園には、ハクトさんが関わるもっと前から偽造カードが流通してたんだよ?」
なるほど、とユヅキも納得してしまう。
まさか講師としてVS学園に勤務している最中に秘密結社に加入したなど想像だにしない彼女らは、惜しいところまで伸ばした手を引っ込めてしまう。
「なかなか握れないなー、ハクトさんの弱み」
「スイレンお嬢様、あの男のどこが良いのですか?」
「えー? なんか恥ずかしいなぁ」
頬を赤らめて照れながら、スイレンは指折り数えて伊波ハクトの美点を数える。
精霊について語る時と同じ素振りを見て、しまったと思ったのも後の祭り。そこから1時間以上解放されずに延々と話を聞き続けるハメになるとは、従者であるユヅキも想定していなかった。
◆
スイレンによる惚気からようやく解放されたユヅキは、事務室に戻っていった。語り終えたスイレンは満足してソファに深々と座り直した。そこに、プライベートのスマホが光り、友人からの連絡を通知する。
「ハルから?」
スマホを取り、ハルからのメッセージを確認する。
「……ふぅん」
そこに書かれていた内容は、さきほどまでハクトのことを話していたスイレンにとっても寝耳に水だった。しかし、彼のことを調べる上では、ハルの相談は渡りに船と言える。
「……こうしちゃ居られない。すぐに用意をしないと」
今さっき事務室に戻ったユヅキを呼び戻す。ユヅキはうんざりとした顔を隠そうともしていなかった。思わずスイレンも笑ってしまう。
「酷いですよ西島さん」
「酷いのはスイレンお嬢様ですよ……もう伊波ハクトトーク、略してハクトークはウンザリです」
このメイドはたまに変なことを言う。
「すぐにチケットとホテルを予約してほしいの」
「……? どこかに行かれるのですか?」
「ええ。お父様に、今年の夏はスナク島に行きたいと伝えて」
スナク島。
ニホンから10時間ほど飛行機で移動した先にある、南の島。有名なリゾート地だ。
確かに、旅行先としては妥当なラインだ。スイレンとソウジロウらに着いて、ユヅキも何度か行ったことがある。
それに、確か今年はスナク島でイベントもある。
「もしかして……」
「ええ。今年はスナク島で開催されることになったの。VSチャンピオンシップが」
昨年、ハルが優勝し話題を攫った、国内でも有数のVSの大会。昨年大会はトウキョウの街中で行われたが、今回は南の島。
ハルの話題性は相当なものらしい、とユヅキは分析する。
友人の応援。去年もスイレンは、ハルとマナブの応援にスタジアムのチケットを取っていた。何もおかしいことはない……が。
「今年もハルとマナブの応援をしに行くわ。ただ、ちょっと
「工夫……ですか?」
「ええ。今年のVSチャンピオンシップにはハクトさんも出てもらいましょう」
「伊波ハクトを?」
それは、厳しいのではないだろうか。
自分は裏の人間であるとして、表の大会には出ないとハルに宣っていたのをユヅキは知っていた。だからこそ、テレビ中継まで入るVSチャンピオンシップになど出るはずがないと考えている。
ただ、報酬が美味ければ乗ってくることはありそうだが……
「伊波ハクトの身辺調査には、かなり時間とお金を掛けました。もう彼の身辺調査のため、という理由ではソウジロウ様も納得されないのでは?」
「そうかしら? お父様はなんだかんだ私に甘いから……とは言っても、同じ手ばかりじゃハクトさんにも怪しまれちゃうわ。大丈夫。別の手段は一応、考えてあるの」
スイレンはスマホの画面上で指を走らせ、ハルの相談に対して、アドバイスを授けた。
お久しぶりです。
第3章VSチャンピオンシップ編になります。
2日に1話投稿ペースで行けたら良いなあ