大会開始の一週間ちょい前。
支配人には大会終了翌日までを空けることを伝え、代わりのVS用心棒を
ウチのスタッフ……アツキやショーマなんかはかなりの力自慢だが、VSは雑魚も良いとこだからな。
というわけで、吉岡の用意したチケットでスナク島までフライトだ。
海外に行くなんて違法な方法か、変態金持ちのプライベートジェットしかなかったからな。俺が大手を振って堂々と飛行機に乗る機会はそうそうない。この世界に転移してからは初めてだ。
背乗りした戸籍でパスポートが取れるかはちょっと心配だったが、スムーズに行った。
さすがにファーストクラスは経費だと無理だったらしい。それでも、用意されていたのはビジネスクラスのシートだった。頑張ったな吉岡。
ただ、これなら飛行機代だけは自費でファーストクラスを予約した方が道中をより楽しめたかもしれない。せっかくVS学園の講師なんてクソ怠い仕事をして金を稼いだんだから、そのくらいの浪費はして良かったかもな。
と若干後悔したものの、ビジネスクラスのシートも快適だった。約10時間のフライトを終え、俺の乗った飛行機は無事にスナク島、ブージャム空港に着陸。空港から出ると、眩い日差しが俺を迎える。
暑い。さすが南の島だ。ただ、じっとりした暑さはなく、カラッとしている。
世間は夏休みシーズンだけあり、観光客らしい姿もそこいら中で見かける。これがあと数日もすれば、大会関係者や観客でさらにごった返すことだろう。
あーやだやだ。早めに来といて大正解だ。
「ここがスナク島……VSチャンピオンシップの舞台ですか。日差しが強いですね」
「お前もサングラス買ったらどうだ? 眩しいだろ」
「いえ、私は……似合わないと思いますし」
「そうか? まあいいけどよ」
空港で合流したのは、下僕のアヤメだ。VS連盟にこいつの分まで料金を払わせるのは無理筋なので、俺の自腹でエコノミークラスの分だけ払ってやった。キリヒコも同様だ。あいつには先に現地入りさせ、島の下見をさせている。
キリヒコには、ガス抜き用にプレゼントも用意してある。こき使ってばかりだし、ほどほどにストレスを発散させとかないと不満が出るからな。
さて、プレゼントもぼちぼち届くはずだが……
「おっ、来たきた」
「え……? あっ」
空港ではもう一人と合流する予定だったが、そいつが姿を現すと、アヤメは大層驚いた。
◆
「さすがリゾート地のビーチ。悪くないな」
白い砂浜に、観光客たちがパラソルを刺し、肌を焼いたりビーチバレーに興じたり、沖にはバナナボートに乗っている姿も見える。賑わっているな。
俺も後でゆっくりビーチを楽しませてもらうとして……キリヒコの姿を探す。
後ろ髪を結いた長身の優男。目立つだろうし、探すのにそこまで手間はかからないだろう。
……と思っていると。
何やら人だかりが出来ているのが見える。VSギアを付けてみると、どうやらビーチのど真ん中で、誰かがVSをしているようだ。
ビーチバレーじゃないが、この世界ではビーチVSも一定の需要があるらしい。ビーチのそこかしこにVS用の台が設置されている。砂やら海風やらが邪魔くさいと思うんだが……
「私のターン! 私は魔力2で補助魔法『幽体化』を使用。場の『大骨竜ルーシアス』に効果を適用します。これにより、ルーシアスはあなたのクリーチャーに攻撃されず、またガーディアンにガードされない!」
「な、なんだとぉっ!?」
「行きなさい、大骨竜ルーシアスで直接攻撃!」
骨で組み上げられたドラゴンの口から、禍々しいエネルギーが放たれる。それが盾を持った戦士のクリーチャーのガードをすり抜け、ガラの悪そうな男にトドメを刺した。
「これに懲りたら、女性に無理に迫るような真似は控えることですね」
長髪を靡かせる、水着姿のキリヒコ。取り囲むギャラリー、とりわけ女性陣から黄色い声援が上がる。
なるほど、なんとなく話が見えてきた。
無理なナンパを受けていた女を助けた。ナンパしていたのは今のVSの相手。インネンを付けられてVSに応じた、ってとこか。無駄に目立つような真似しやがって。
まあ、見つけやすかったから良しとするか。
「すごーい! お兄さんお強いんですねっ」
「もしかして、一週間後のVSチャンピオンシップに出る選手ですか?」
「お名前を教えて貰えませんかっ?」
女に群がられるキリヒコは、苦笑いしつつなんとか流そうとしているが、熱量に押されて振り切れずにいる。
対応に追われて、こちらに気付いてもいないようだ。
ったく。世話の焼ける下僕だな。
俺は隣に立つ彼の肩をトントン、と叩き、キリヒコを呼ぶよう命令する。彼はこくりと頷き、大きく息を吸い込んだ。
「キリ兄!」
その声がビーチに響き、キリヒコに届いた瞬間。彼は勢い良く、こちらに振り返った。
彼はアヤメ、俺、そして俺の隣に立つガキに視線を向ける。
「ナユタ……?」
「キリ兄、久しぶり!」
「ナユタっ!!」
キリヒコはごめんなさい、と女共の囲いから素早く抜け出し、ナユタを抱きしめる。
星雲ナユタ。元スイーパーの首領……扱いされていたガキだ。
闇の力に見初められ、その強大な力でハルとVSをした。まあ、転生召喚の前にあっさり負けたみたいだがな。
その後、下僕となったキリヒコの餌にするために、知人の経営する施設にぶち込んでいたが、今回特別に呼び出した。
キリヒコを囲んでた女どもも、さすがに何やら感動の再会っぽいことは察したらしく、遠巻きに見ているだけだ。
「どうしてここに……いえ、愚問ですね。感謝します、我が主よ」
「でけぇ声で主呼びはやめろ、目立つだろ。ま、感謝は受け取っておいてやる」
「しかし、どうしてナユタを……」
「あー? 俺ぁ優良なご主人サマだからよ。下僕っつってもたまには良い思いしねぇと働き甲斐が出ねぇだろ。ま、馬に人参やるようなモンだ」
モチベってのは中々軽視できるもんでもない。散々コキ使って褒美も出ないとなれば、いずれ爆発する危険があるからな。
無能だったらそうなる前に売っ払うつもりだったが、キリヒコは予想以上に便利な男だった。アヤメもだが、出来るなら使い続けたいところだ。
南の島で逃げることも出来ねぇからな。
ナユタを連れて逃亡しようとするようなら……まあ消すしかなくなるが、そこまで馬鹿じゃねえだろ。
この俺が脱走に何の対策もしてないと考えるような間抜けなら、俺の見込み違い。処分しといた方が今後のためってもんだ。
「3日間は好きに過ごしな。その後は馬車馬のように働かせてやっからよ。ただ、遊んでたから仕事が遅れました、なんて口にしたら二度とこんなボーナスは出ねえからな」
「……ありがとう、ございます……! ほら、ナユタも。ハクトお兄さんにお礼を言うんだ」
「うん。ハクトお兄さん、ありがとうございます!」
「おう。兄貴にいっぱい遊んでもらいな」
ナユタの頭を乱暴に撫でてやる。
しかし、改めてみても、こんなガキが元スイーパーの首領とはねぇ。
来る途中、闇の力について色々聞いてみたところ、澱みない返答が返ってきたから間違いなくはあるようだが。
「んじゃ、兄弟水入らずで南の島を楽しむんだな」
「はい。このボーナスには、必ずや働きで返しましょう」
「当たり前だ。ああ、分かってると思うが、逃げようなんて思うなよ。お前だけじゃなくナユタにまで手を下すのは、俺とて心苦しい(大嘘)」
「
キリヒコからの苦笑混じりの苦言を流しつつ、ナユタに手を引っ張られていく彼を見送る。
わざわざあんな警告をしてやるとは、俺って優しいな。
……んなわきゃない。
「もちろん、お前も好きに過ごしていいぞ、アヤメ」
「あの……いえ、一人では楽しめないと思うので……ハクトさんがよろしければ、ご一緒させてください」
まあ別に構わんが……
「何かしたいことでもあるのか?」
「いえ、ハクトさんのしたいことを優先します」
「遠慮すんじゃねえよ。キリヒコが戻るまでは慰安旅行みてーなもんだ。羽根伸ばしとけ」
「で、では……ビーチVSを」
なんでだよ!!
くそっ、わざわざ海に来てなんでカードゲームしなきゃなんねぇんだよ訳わかんねぇなあ……! 一週間後にたっぷりできるだろうがボケがよ……!
大体、カードが濡れたらどうすんだよ! 資産価値が落ちるだろうが!!
せっかく南の島なんだから、サーフィンとかSUPとかシュノーケリングとかにしとけよそこは!
しかし遠慮するなと言った手前……否定しては今後、似たような状況で萎縮してしまうだろう。
クソが……イカサマしづらい環境である以上、取れる手は限られている。手の内を晒したくねぇつーのに。
仕方ねぇな、カモフラ用のデッキでやるか。
「俺とお前でやんの?」
「それでも構いませんが……せっかくですし、対戦相手を探してやりませんか?」
「さすがにそう簡単に見つから……ないこともなさそうだな」
この世界のVSの普及っぷりを鑑みるに。
そう考えていると、ハーイ! と背後から肩を叩かれる。振り返ると、小麦色の肌をした、金髪と黒髪の女が二人。
「お兄さーん! もしかしてぇ、VSの相手お探しですかぁ?」
「もし良かったら、アタシたちなんかどうですか?」
腕を組んでこようとしてくるが、露骨にならない程度の動きでかわす。
VSの提案こそしているものの、女たちの目に下心が宿っているのが丸見えだった。
よくもまあ、南の島まで来て逆ナンなんてする気になるな。俺のツラが良すぎるのが悪いのかもしれんが。
とはいえ、相手を探すのも面倒だった。手間が省けたな。VSも弱そうだし、サクッとやって追っ払うか。
「それはちょうど良かった、こっちも二人で……」
「——ハクトさん、お下がりください」
「は?」
「私が2人まとめてお相手いたします」
何言ってんだコイツ……
ビーチVSしようっつったのテメーだろうがよぉ……
「いや、ちょうど2対2だろ」
「そーよそーよ」
「お兄さん、ハクトって言うんだぁ。アタシらが勝ったらぁ、泊まってるホテル教えてくれる?」
「ハクトさんから離れていただけますか?」
アヤメはヒートアップしているし、女どももアヤメを鬱陶しがっているし。
対応策を考えていると、さらに余計な火種が白いビーチにやってくる。
「——2対2。あら、それでは西島さんが参戦すれば、ちょうど人数が揃いますね?」
「はい、お嬢様」
なんでしれっと南の島にまで居んだよテメーはよぉ……!
お下げの髪を弄びながら、このクソ暑い中で涼しげに微笑むスイレンは、己の従者である西島ユヅキにVSするよう命令した。
自分もVS学園の生徒だが、従者に任せんのか。ま、スイレンの実技の成績は微妙だったからな。それでもパンピーくらいは捻れると思うが。
「スイレン。ユヅキちゃん。どうしてここに?」
「ふふ。ハクトさん、ここはリゾート地ですよ? 私が
絶対偶然じゃねえだろ。
「伊波ハクト。お嬢様という人がいながら、女性を引っ掛けようとするとは感心できませんね」
「色々ツッコミたいところはあるが……こっちからじゃなく、向こうから声かけられたんだよ。まあ、こんなイケてる男を逆ナンしたくなる気持ちは分からんでもないが」
「ナルシストキモいです」
引っ叩くぞ。
「ユヅキちゃんVSできんの?」
「人並みには。お嬢様の命令ですし、下がりなさい伊波ハクト」
デッキケースからカードを取り出し、ユヅキはアヤメとともに女たちとビーチVSを始めてしまった。もう勝手にやってくれ。
さて、突っ立ってるのもダルいし、デッキチェアで肌焼いて待ってるかな。
適当なデッキチェアを探そうとすると、いつの間にやら従者(ユヅキ以外にも2人が側に控えている)が用意したチェアに寝ているスイレンがにこりと微笑み、トントンと自分の隣にこれまた用意させたらしいチェアを叩く。……まあいいけど。
大人しくスイレンの隣に寝そべる。彼女の方はパラソルで日陰となっており、彼女の従者が俺の方にもパラソルを広げようとしてくれるが、片手を上げて止める。
「大丈夫っす。焼こうと思ってるんで」
「なら、私がサンオイルを塗りましょうか?」
「お嬢様にンなことさせたら、ユヅキちゃんに怒られるわ」
顔側は自分で塗りゃいい。背中側は、後でアヤメにでも塗らせるか。
「ええーっ。いいじゃないですか」
「ダメに決まってんだろ。ねえ?」
「え……わ、私ですか。そうですね、お嬢様がするようなことではないかと……」
ユヅキちゃんの部下らしき従者のネーちゃんに話を振ると、彼女も俺に同意する。スイレンはむう、と頬を膨らませていた。
「夏休みにリゾートを満喫か。ご令嬢らしい、良い休暇の過ごし方だ。ソウジロウさんも来てるのか?」
「ええ。毎年、家族で旅行していますから。今年はVSチャンピオンシップが開催されるということもあり、スナク島に」
「なるほどな。好成績を収めればVS学園の内申も上がるはずだが、お前は出ねえのか?」
「意地悪を言わないでください。ハクトさんやハル、マナブみたいに強くないです、私は」
やっぱ俺が大会に参加することは把握されてるっぽいな。どっから聞きつけたんだか。
「ハクトさんたちのVSを観客席から楽しませていただきます」
そう笑うスイレンの首周りに、何か揺れるものがあるのを見つける。
ネックレス。それ自体はまあ、別にいい。が、問題はその先に付いているモノだ。
「そのネックレス」
「ああ、どうです? 似合いますか?」
「あんまお前にダイスのイメージはねぇなぁ」
ダイスのネックレス。市販品じゃねぇな。
あれは恐らく、俺がばら撒いたイカサマダイスだ。
俺を揺さぶろうってか? クソガキがよお……
「そこは嘘でも似合ってる、って言ってほしいですね」
「嘘で嬉しがるお前じゃねえだろ」
「お世辞でも嬉しいことは嬉しいですよ? ハクトさんの言葉なら特に」
「そうかよ、似合ってる似合ってる」
「もー、投げやりすぎますっ」
怒ったような口を聞くが、フリだろ。俺の反応を観察しているようだな。
「しかし、なんでダイスなんだよ」
「願掛けですかね」
「何の」
「秘密です」
だが、この程度でボロを出す俺じゃない。キリヒコにも身元は徹底して隠させたし、イカサマダイスや偽造カードはDSの仕業ということで報道もされている。
イカサマダイスから俺に辿り着くことは不可能だ。
「なら深くツッコむのはやめとくか」
「どうしてもと言うなら、教えて差し上げてもいいですよ?」
「別にどうしても知りたいってわけじゃねー」
笑みを浮かべながら、スイレンはダイスを指で弄ぶ。
こいつが観ているんであれば、余計にイカサマはやり辛くなってしまった。元々、大会でイカサマダイスなんてバレやすいもんを用いるつもりもなかったがな。
なんてことをスイレンとくっちゃべりながら待っていると、アヤメとユヅキちゃんが帰ってくる。小麦色肌のギャル達はコテンパンにされ、逃げていったようだ。
あの程度アヤメなら楽勝だと思ったが、2対2だとターン経過の時間も倍かかる都合上、まあまあ時間が掛かったようだ。肌を焼くにはちょうど良い時間だったがな。
「お疲れさん二人とも。ああ、アヤメはもう一仕事頼むわ」
ぽい、とサンオイルの容器を投げる。
「これは?」
「サンオイル。背中側塗ってくれ」
そう命じると、アヤメの動きが固まった。
恥ずかしがっているようで頬が赤らんでいる。背中にサンオイル塗るだけだろうが、何意識してんだよ。
「女子高生を侍らせてサンオイルを塗らせるとは。キモいです伊波ハクト」
「じゃあユヅキちゃんが塗ってくれよ」
「お断りです。べー」
今時ガキでもやらないぞ
「西島さん、そこまで言うならハクトさんにサンオイル塗ってあげてよ」
俺の頼みは断ったユヅキだったが、お嬢様の言葉には逆らえないらしい。ものすごく嫌そうな顔で、アヤメからサンオイルを貰おうと手を差し出す。
「いえ。私はハクトさんのしもべですので、お気遣いは不要です。私が塗ります」
「そうは行きません。私とて不本意ですが、お嬢様の命令ですので」
「どっちでもいいから早く塗ってくんない?」
「どっちでもいいって言うなら私が……」
「
結局、角が立たないようユヅキに塗ってもらった。アヤメは若干ショックを受けた様子だったが。
「そうだ。私この後、射撃場で銃を撃ってみようと思うんです。ご一緒にいかがですか、黒崎先輩、ハクトさん」
「キョーミねえ」
スイレンの誘いだったが、バッサリと断る。
「あら、連れないですね」
「伊波ハクト。せっかくの誘いを無下にするとは何事ですか」
「いてててて」
サンオイルを塗るのに
「銃の腕はあるんですから、大人しく着いてきなさい」
「やだね。銃なんて撃って何が楽しいんだよ、あんなもん危ねえだけだろ」
銃なんて、撃って楽しいと思ったのは最初だけだ。的外したらボコられるし。
「それに現地の人間に『ニホン人の癖に銃の扱い慣れてんな』って怪しまれたくねえし」
「あなた、自分が怪しくないとでも思ってるんですか?」
「何言ってんだ、俺ほど信頼できる清廉潔白な男はいないだろ」
「
「おお、難しい言葉知ってんな。偉い偉……いってぇ!」
「自分の立場を弁えなさい。あなたの生殺与奪は今、私が握っているんですよ」
「西島さん? ハクトさんに乱暴はダメですよ?」
スイレンに内心は笑っていなさそうな笑顔で諭され、ユヅキは冷や汗を流しながらオイルを塗る作業に戻った。