「何やってんだあのクソガキがよぉ……」
アカネと飯に行ってからホテルに戻り、22時。
大会運営からのメールの確認とともに、下僕どもの定期連絡をチェックしたところ、いつもキリヒコより早い時間に連絡してくるアヤメからの連絡が途絶えていることに気付く。
アヤメからの定期連絡は電話が多いが、メールで済ませる場合もある。が、遅くとも22時までにはその日最後の定期連絡を寄越すことになっている。
が、今日の連絡は大会予選終了の後、ターゲットについての報告……夕方で連絡は途絶えている。
俺はすぐに
優秀な男は、ワンコールで電話に出た。
『如何いたしましたか、我が主』
「緊急事態だ。アヤメからの定期連絡が途絶えた」
『……! すぐに探し出します!』
事の重大さが伝わったのか、キリヒコはすぐさま用意を整えたようだ。従順なのは何よりだが、気が早い。
俺もさっさと向かうために準備をしているところだ。たまたま購入していた良い物もあるし、使ってみるか。
「いや、場所は分かってる。送った座標まで来い」
『え……位置が分かってるんですか?』
「まあな」
ある程度仕事を任せてはいるものの、俺はこの下僕どもが裏切らないなんて楽観的なことを考えているわけじゃない。
致命的な証拠は残さないし、さらに言えば逃げられた時の対策も当然している。
この下僕共の所有物にはGPS、発信機を仕込みまくっている。素っ裸に剥かれない限りは居場所を把握できるようになってんだ。本人たちは知らないが。
本当に素っ裸に剥かれていて、所持品の捨てられた場所に向かったってオチになったとしても問題ない。手掛かりなしよりはそこから辿った方が早いからな。
『どうやって……』
「それをお前が知る必要はない」
とはいうが、キリヒコもアホじゃない。自分たち下僕に発信機が取り付けられていた、という可能性にはすぐに辿り着くだろう。
こうなるから発信機での位置の特定はあまりしたくなかったんだが、まあ目の前の緊急事態に比べれば些事だな。
『……分かりました。動きはないのですか?』
やっぱ気付いたっぽいな。俺が発信機やらGPSの類で位置を特定していると思っている口振りだ。
「ああ。定期連絡もしてないのに動いてないってことは、俺から逃げた訳じゃなさそうだ」
『彼女が今更そんなことをするとは思えませんよ。何者かに拉致されたのでは?』
「かもな。とっとと向かうか、時間が惜しい」
『しかし、我が主』
「なんだ?」
『やはり、アヤメを助けようとするのですね』
ん?
「どういう意味だ?」
『以前の私なら、あなたはアヤメを見捨てる選択をするだろうな、と考えていたでしょう。しかし、あなたはそうしなかった。やはり、なんだかんだあなたは慈悲深い人物なのでは?』
んん???
こいつ、俺がアヤメを助けるために動いてると思ってるのか?
マジかよ。こんだけ一緒に動いてるのに、俺という人間の理解度が低すぎるだろ。
「んなわけねえだろ。馬鹿か」
『ご謙遜を。そうでなくてはアヤメを助けに行く必要などないではないですか』
助けに行く必要がないのは同意するが……
どうすっかな。キリヒコは勘違いしているようだが、テキトーに合わせとくか、はっきり言っておくか。
一瞬考えた末、俺が出した答えは……中間だった。
「うるせぇ。黙って働け」
照れ隠しのようなセリフ。だが実際は照れ隠しでもなんでもなく、ただ思ったことを口にしているだけだ。
『ふふ、了解しました。……我が主よ』
「あん?」
『案外、素直じゃないのですね』
そんなことあるわけねーだろ、と思いながら、俺は電話を切り、大会の予選で使ったバイクが停めてあるホテルの駐車場まで向かう。
ナユタという褒美を貰って、キリヒコは勘違いしてしまったのだろうか。俺がツンケンしているだけで実は人が良い上司だとか、あり得ない妄想をしているようだ。
だとしたらこれは俺のミスだな。モチベーション維持のためとはいえ、下手に甘やかしすぎたのかもしれない。
キリヒコが言う見捨てる、という選択肢。危険を犯さないという点では確かにアリだが、多くの情報を握ってる下僕が捕まってるこの状況では悪手も悪手だ。
アヤメが捕まって何が問題なのかと言えば、もちろん俺について話されること。俺の手口。思想。これまでの所業。まあバレたところで証拠は残していないため、言い逃れる術はいくらでもある。
だが、俺が
俺の本性が知られれば、当然イカサマへの警戒も増す。
もちろん、アヤメは優秀な駒だ。仮に捕まっていたとしたら救出し、敵を全て排除できるならそれが一番良い。
だが、仮に拉致だったとして、敵が何人いるかも分かっていない状況だ。もしDSのような大掛かりな組織に拉致されていた場合、排除は現実的じゃない。回収も厳しいだろう。
なら、アヤメの回収が叶わない場合。あるいは予想に反して拉致でなく脱走だった場合は、俺のことを話す前に
正面切ってやり合うより、アヤメ一人を消した方が手っ取り早いからな。
脱走なら言うに及ばず、だ。
◆
という訳で、バイクで移動し、アヤメに取り付けた発信機の反応する座標……島の郊外にある廃ホテルにまで辿り着いた。
キリヒコもバイクのレンタルをして追ってきたようで、俺が着いてから数分する頃に到着。合流する。
廃ホテルか。キリヒコとナユタの拠点を思い出すな。
しかし、その時といい、また廃墟かよ。犯罪を犯しても周囲にバレにくいのは分かるが、不便だろうに。
「夜中の廃ホテル……不気味な雰囲気ですね」
「廃工場で寝泊まりしてたやつがよく言えるな」
「居住スペースは結構綺麗にしてたんですよ? ナユタもアヤメも気に入ってくれていました」
そこまでするならそもそも廃墟になんて寝泊まりしなくてもいいんじゃねえかな。
「もう一人の黒幕ってヤツはどうだったんだ?」
「……彼は、特に喜んではいませんでしたね。顔や声は朧げですが、それは覚えています。……思えば、廃工場を拠点にしようと提案したのも、彼でした」
「ほう」
廃墟の方が落ち着くってか?
俺には考えられないな。良い環境で寝泊まりできるなら、それに越したことはない。
「ま、それはまた改めて聞かせてくれ。まずはアヤメの……状況の確認だ」
「はい。では、どうやって探りますか。私が中を探ってきましょうか」
「ちょっと待ってな」
自分で偵察を提案するとは殊勝な心掛けだが、別で適任がいる。
(イザキエル。中を探れ。分かっていると思うが、
(はい、我が主)
ぼーっと突っ立ってるとキリヒコに不審感を持たれそうだったので、俺はテキトーにスマホを弄りながらイザキエルの帰りを待つ。
5分ほど経った頃、イザキエルが戻ってくる。早いな。
(敵は一人。アヤメを拘束している、夕方に主が話しかけてきた前髪で目が隠れている男です)
あの根暗か。ま、アヤメのことじろじろ見てたもんな。しかし、誘拐なんて思い切ったことをする。
目的は何だ?
(見つかってねえだろうな。あいつ精霊が見えるらしいが)
(ええ、もちろん)
本当だろうな。普段は人間に見えないからって、何も気にせずビュンビュン飛び回ってるが。
(それで、一人だと?)
(はい。ざっと確認した限りでは、他に人はいません。あ、アヤメ以外は)
ちょっと想定外だな。敵が清水たった一人だと?
目的も何も分からない現状、この夜の廃ホテルなんかよりよっぽど不気味だ。
だが、手をこまねいていても仕方ない。明日も早ぇーんだ、とっとと仕事を終えて睡眠を取りたいところ。
「行くぞ。一番デカい部屋だ」
「……どうやって把握を?」
「お前が知る必要はない」
キリヒコの問いかけには答えてやらず、キリヒコを先行させて廃ホテルを最上階まで移動する。ところどころ軋んでおり、移動の際の音で敵に気付かれてしまう懸念はあったが、道は他にない。
廃ホテルだけあり照明は死んでるので、ナイトビジョン……つまりは暗視用のスコープのようなものを装着しながら進む。
ホテルから持ってきたものだ。
キリヒコには双眼式を与え、俺自身には視野が広い四眼式のものを持ってきている。
クッソ高かったが、視野の広さが双眼式とは倍ほども違う。夜に仕事をするならあって損はない、とVS学園講師の依頼料で購入しており、島でのサバイバルが夜間に及ぶ可能性も考慮し持ち込んでいたのだが……思いもよらぬところで役に立った。
そんなナイトビジョンで、先行するキリヒコからも目は離さない。薄い線だが、脱走したアヤメ、清水と共謀し、俺をハメようとしている可能性もなくはないからな。いつでも脳みそを吹っ飛ばせるようにしておく。
キリヒコとアヤメは俺のいない時の互いの接触を禁止しているし、活動範囲も極力被らないようにしている。結託されたくないからな。
誘拐犯と思われる清水だけでなくキリヒコ、アヤメも多少警戒しながら進むが、何も起きないまま目的の部屋に辿り着く。
階段など、分かりやすいところで罠があるかとも思ったが……ないな。
普通は拉致った女の所持品に発信機が付いているとは考えないか。
ハンドサインで部屋の中に突入することを伝える。
指を3本立て、2、1と減らしていき……
キリヒコに扉を蹴破らせる。
ナイトビジョンで見る視界に映るのは、床に横たわるアヤメと、こちらを振り返る清水。俺は握る得物の引き金を絞る。
パス、パスと空気の抜けたような音が僅かに響く。
サプレッサー付きの拳銃による発砲だ。
床のアヤメに何かしようとしていたのだろうか、屈んでいた清水に対する銃撃に遠慮はない。この距離、角度だと場合によってはアヤメに当たる可能性もあったが……当たって死んだら、それはそれだ。
外さないよう2発撃ったが、清水は予想に反して機敏な動きでそれをかわ……しきれず、左手に1発命中。しかし、なんとヤツはそれを意に介さず、部屋の隅に向かう。
銃口で追いかけるも、ホテルの壁はだいぶ脆くなっていたようで、それを突き破り隣の部屋に逃げ込んだ。いや、あらかじめ古い壁を薄くなるよう削っていたのか? 中々やるじゃねーか。
しかし、痛がる素振りもないとはな。どうなってんだよ。
「追います」
床に寝そべるアヤメの方を気にしつつも、自分の役割を理解しているキリヒコは俺に進言する。
「いや、先にアヤメを確保する」
「しかし……」
「
空港や船舶の乗降をマークしてしまえば、ほとんどの逃走ルートは潰せる。あとは個人所有のクルーザーなどが逃げ道となるが、数も限られる。……まあ、さすがに泳いで渡るってこたぁないだろ。
1発腕にぶち当てたし、別の島に行けるほどの距離を泳げば出血で死ぬはずだ。
……死ぬはずだが…………
拳銃で撃たれておきながらのあの機敏な動きは、一体どういうことだ?
普通なら撃たれてあんな動きはできない。一応、確かめておいた方がいいかもしれん。
「キリヒコ、やはりヤツを追う。アヤメの様子を見るから、お前が先行しろ」
「はっ、仰せの通りに」
キリヒコは壁に空いた穴から清水を追う。あいつの身体能力なら、すぐに追い付けるだろう。
問題はアヤメの方だな。床に横たわる彼女の体を揺する。
「おいアヤメ、生きてっか」
呼吸しているのは分かっていたが、そう呼びかける。
生きてはいるようだが、だいぶ弱ってるな。
右手の指の爪を剥がされたらしい。拷問だな。ま、捕まった間抜けには良い薬だ。
激痛か、あるいは別の要因か。ともかく気を失ったようだ。
今はひとまず置いておくか。
キリヒコには拳銃を渡していない。本人も嫌がるだろうし、俺もキリヒコに銃なんか持たせたくはない。
あいつが銃なんか持って、もし反抗するようなら、普通にこっちが殺られる可能性があるからな。
とはいえ、清水も見た限り派手な得物は持っていない様子だった。キリヒコなら素手で十分だろう。
アヤメを置いたまま、キリヒコの方に向かう。
ぶち破られた壁を乗り越えて、隣の部屋に入る。廃墟のはずだが、潜伏のためにある程度の掃除はしていたのか、予想ほどぐちゃぐちゃではない。壁が壊れて破片が舞ってるがな。
出入り口の扉が開いており、そっちから出て行ったと見受けられる。
キリヒコの罠という線も警戒しつつ、拳銃を構えながらそちらに向かう。
廊下を歩いた先、開けられた扉がまた一つ見つかる。
銃を構えながら中を覗き込む。そこには、予想外の光景が広がっていた。
「マジかよ」
ナイトビジョンでも見通せない、闇。
紫黒のモヤのような闇が、部屋を覆っていた。
当然だが、これには見覚えがある。
昨年の秋。俺はこの力を一度手に入れた。
「闇のVSか」
キリヒコが仕掛けた、訳ではあるまい。ナユタの力が失われた以上、キリヒコの持っていた闇のカードは全て消滅している。
ならば、順当に考えれば可能性は一つ。
清水が闇のカードゲーマーだった。
もしかすれば、当たりか?
アヤメを狙った理由も今なら分かる。
アヤメの『精霊が見える者を判別する眼』を欲しがった。とすれば、その目的はスイーパーと同様、生贄を集めての魔神の復活。
つまり、清水は——スイーパーの黒幕か、ナユタのようにそいつに力を与えられた存在である可能性が極めて高い。
まずいな。もしナユタ並に巨大な力を持っているとしたら、少々分が悪い。
状況から察するに、キリヒコは中で闇のVSで清水と戦っているはず。負ければカードにされてしまう。
勝てるならそれに越したことはないが……清水の実力は未知数だ。負けを想定しておいた方が丸いだろうな。
とりあえず、まずはアヤメを回収してから……
「逃げるとするか」
久々のチャカアグロ