「強い……これが闇のカードの力か……!」
三国は闇のカードに苦戦しているような口振りだが、違う。
ヤツは私の三国への忠告に反して、
三国は普通に力負けしているだけだ。
元バーテックス・セブンに対して優勢とは……清水の実力は相当なものだ。
しかし、一体なぜ闇のカードを使わない?
確かに素の力で三国に優っているようだが、人気のない場所で夜とはいえ、闇の力が目撃される危険はある。仕掛けた側の心理としては、手早く済ませたいはずだが……
しかし、それでも清水は、三国の実力を上回っていた。
「うわああああああ!!」
生命力が0になった三国が吹き飛ばされる。
闇のVSでの敗北。即ち……
「三国!」
「黒崎……に、逃げ……」
逃げろ、と最後まで言えないまま、三国はカードとなった。それを拾い上げて懐にしまうと、清水は私の方を向く。
一方で、私は……体が竦んで、動けないでいた。
頭では分かっている。三国はカードになった
それでも、私の体はあの無音と暗闇の永劫に刻まれた恐怖を、未だ克服できずにいた。
「さて」
「ッ」
清水が、私に向けて手を伸ばす。私は……ぎゅっと目を瞑ることしか出来ない。
「……フゥーッ……」
しかし、その手が私に触れることはなかった。大きく息を吐いたのを聞いて、私は恐る恐る瞼を開ける。
清水の手に握られていたそれが、私の前に突き付けられていた。
「闇のカードだ。お前をカードにしたくはない。これで私の作った空間を相殺するんだ」
……恐る恐る、それを手に取る。
『緑鳥ビルム』のカード。懐かしい。以前私のデッキに入っていた闇のカードの一枚だ。『病鳥アルボルタ』でないのは……もし私が反抗した時、対処しやすいカードを選んだのだろうか。
私は以前よくやっていたように、闇の力を励起させ、この闇で覆われた空間を相殺した。
同時に、闇の力が私の精神に影響を及ぼしてくるのを自覚する。かつては考えが及んでいなかったが、闇のカードだけあり使用者にもリスクがある、ということか。
闇が晴れても、周囲は夜だけあり薄暗い。人影も見えない。
助けを呼ぶか?
しかし、仮に誰かが助けに入ったとして、三国の二の舞になるだけではないのか?
「行くぞ」
清水が、私の手首を掴んでくる。私は反射的にそれを振り払う。いきなり手首を掴まれては、強い生理的嫌悪感を覚えても仕方ない。
……そういえば、ハクトさんに初めて相対した時。押し倒された時も同じだったな。
まあ、この男にハクトさんに対するような感情を持つことはないが。
「どうした?」
「気安く触れるな。確かに私はかつて貴様の下に付いていたが、もう貴様とは何の関係もない」
「……フゥーッ…………」
清水は心底面倒だ、と言わんばかりに、大きくため息を吐く。そして。
私の腹に、彼の拳が突き刺さる。
激痛。そして、肺から空気が逆流する。
「ぐ、うぇっ……」
「あまり手荒な真似はしたくないんだが……仕方あるまい」
どの口が、と指摘することもできないまま、私の意識は闇に沈んだ。
◆
次に目を覚ました時。
私は薄暗い、ホテルのような場所で椅子に縛られていた。
辺りを見渡すが、僅かなランプの灯りのみで、その先には本のページを捲る清水の姿が僅かに見える程度だった。
「起きたか」
「拉致監禁は犯罪だぞ。……なんて、今更だな」
「その通りだ。既に手は汚れ切っているだろう。私も、お前も。お前が気絶する前の言葉。私とお前には、今や何の関係もないと言ったな。しかし、仮に私とお前が関係ないとしても。お前のやったことが消える訳ではないだろう?」
私の、したこと。清水が言っている内容は明らかだ。
スイーパーとして、何人もの人間をカードに変えた。
何の罪もないハルも一時的とはいえカードにしたし、スイレンやマナブもカードにしようとした。
「今更闇から抜け出そうなど、思い上がりも甚だしい。私たちは払われるべき闇の存在。一度浸かれば抜け出すことはできない。使命を全うした後、最後に命尽きる他に道はないんだぞ」
「…………」
「分かったら、私に再び付き従え」
ああ、確かにそうだ。
私のしたことは許されることではない。いずれ罰を受けるのかもしれない。三国と同じだ。
命で償うことになるのかもしれない。私などの命で、償いになるかは分からないが。
しかし、それはそれとして。
この清水という男の言葉。
「く……くくくっ」
的外れすぎて笑えてくる。
「なんだ? 何を笑っている?」
「いいや。貴様が滑稽に思えてならなくてな」
私が闇から抜け出そうとしているだと?
逆だ。
私は寧ろ、より深い闇へとどんどん足を進めて行っている。
自分に付き従え? それは今の主……ハクトさんを裏切り、自分に付けと言っているのと同じだ。
伊波ハクトさんという今の私の主人は、この男よりも遥かに冷酷で悪辣、残忍にして凶悪。
改心させてやるから自分の方に付け、というならまだしも、私が善に傾いていると錯覚するなど。
はっきり言って、私はどうしようもないクズだ。性根の醜い女だ。
私は、
ただ、私の才能を遠慮なく振るうことができるから。だから付き合っていただけだ。
魔神が復活したら私も殺されるだろうとは当然思い至っていたが、自分が死ぬとかも、どうでもよかった。ただ、新しく手に入れた力で暴れられれば、それで良かった。
「私は貴様には付かないよ。もうスイーパーの仕事なんて飽きてしまった」
「悲しいな。お前もまた、我が身を犠牲にしてまで世を正そうとする同士だと思っていたんだが」
「見当違いだ。それに、私の心なんて、本当はどうでも良かったんじゃないのか?」
「……なに?」
図星、だろうな。清水の髪に隠れた奥の瞳が、動揺に揺れたように見える。
「お前が欲しがってたのは私の目だろう。私がお前に賛同しなかったとしたら、無理矢理にでも従わせようとした。違うか?」
私を勧誘した時の言葉を思い出す。認識阻害の影響か、その時の光景は思い出せないが、言葉は記憶に残っている。
『お前のそのVSの実力と、人の魂を視る目が必要だ』
「私が居なければ、お前は精霊の見える魂を判別できない。だから私の心なんてどうでもいい、だろ? 私の目さえあればな」
「……フゥーッ……確かに、同意してもらえないなら、手段を変えていた可能性は高い。それは認めよう。だが、お前はあの時は同意してくれた」
「あの時はな。だが、言っただろう。
清水は……私の煽りに怒るでもなく、憐れむような目を向けてくる。
「……ああ、嫌だ。嫌だ嫌だ」
彼は立ち上がり、デスクの上に置いていた鞄を漁り始める。
「お前が言うことを聞かないのは、分かった。私に協力しないのもな。それはもう、仕方ない。別の手段を取る」
「……?」
「それはそれとして」
取り出したのは。
ペンチだった。工具箱などでなく、剥き出しの。
「お前が裏切った原因……伊波ハクト。私がカードになっている時、キリヒコにも聞かされたが……彼もまたイカサマを働いた可能性のある人間だと聞く。それも、闇のカードを使うお前を倒すほどの実力者。控室で話した時も思ったが、随分厄介な男のようだ」
何をしようとしているのかは、明白だ。
「——彼について教えてくれ。使うカード。性格。拠点。今までの行動。あらゆる情報を」
拷問。
それも、コテコテのやつだ。映画で悪者がよくやるような……爪を剥ぐ、という拷問。
「随分と悪役のような真似をするんだな。正義を気取っているんじゃなかったのか?」
「正義でありたいとは思っているが、相応しい手段でどうにかするには蔓延る悪が多過ぎる。だから俺は、魔神を復活させるし、闇の力にも手を染める。そしてコレもそうだ。だが、安心しろ」
「安心? どういう……」
聞こうとした瞬間、清水はペンチで、
「なっ……何をしている!?」
私は思わず目を瞑り、顔を逸らした。だが、べり、という嫌に耳に残る音が、ペンチがもたらした結果を嫌でも知らせてくる。
「……ッ! 自分の爪を……!? 馬鹿な、それに何の意味がある!」
「人は、共通の傷を持つ者に共感しやすいらしいからな」
確かに、そうした側面があることは否定しない。ハクトさんの講義でも、似たような概念があるということは教わった。
類似性の原理と呼ばれるそうだが……
「痛いのはお前だけじゃない。話すなら早い方が良い」
こいつ、頭のネジが外れているのか…………?
スイーパー時代はカード化と魂の質の高い人間探しで外に出ていることが多く、清水のことをよく理解できていなかったが、まさかこんなイかれた男だったとは。
……というか、コイツは本当にスイーパーの黒幕、なのか?
いくら認識阻害の影響があるといっても、顔を見て思い出せない、なんてことがあるのか?
巡る私の思考を遮ったのは、私の指先……爪に触れる硬い感触だった。
「本当なら、こんな真似はしたくない。話してくれ、伊波ハクトのことを」
ハクトさんのことを、話す。
私は、それを聞いて……
冗談じゃない!
と思った。
「何も知らない。というか、裏切りがハクトさんによるものだなんて、私は言った覚えがない」
「……何故だ? お前は伊波ハクトに負け、彼に付いた。何があったかは知らないが、ここで義理立てするほどの何かが彼にはあるというのか? それとも、惚れた者の弱みというヤツか?」
私がハクトさんに惚れているのかどうかは、一旦置いておくとして。
もちろん義理立てというか、下僕として主の情報を話すまいとする気概はある。
だがそれと同じくらいに、私はハクトさんの報復を恐れていた。
主の情報を話す。これがどれだけ恐ろしいことか、この男はまるで分かっていない。
下手にハクトさんのことを話しなんてしてみろ。どんな罰が下るか、分かったものじゃない。
彼にはもう闇の力が残っていないはずなのに、カードにされて海に沈められるような気さえしてくる。
私は死を恐れないが、死ぬより辛いこともあると
ハクトさんと私の繋がりが、三国の会話を通して漏れたのはもう仕方ないにしても。拷問で口を割るわけにはいかない。
僅かでも疑わしき下僕は罰せよ。そう言う人だ。
「なら、仕方ない。行くぞ」
清水は私に、白いタオルを噛ませる。
そして、拷問が始まった。
拷問されている間は、あまりの痛みで記憶が曖昧だった。だが、鮮烈な激痛が、爪の先から頭の芯まで響いてきたのと、私の自分のものとは思えないくぐもった声がタオル越しに響いたのが感じ取れた。
爪を剥がされ、私が痛みに悶絶し、それが僅かにだけ収まった頃、清水はタオルを外し再度質問する。
私は目と鼻と口から体液を垂れ流しながら、縛られた手足をバタバタと動かして、少しでも痛みを逃がそうと無駄な足掻きをしていた。
しかし。そんな身体的な反応に反して。
「はっ……ははは」
「何を、笑っている……?」
私は笑っていた。清水も引いてしまうほどに。
痛すぎて、現実から逃避するように笑い声が出てしまった。そんな側面も確かにある。
痛い。確かに、痛い。だが。
この拷問には、
それを耐えることは、私にとっては不可能ではなかった。
永劫の苦痛を体験しかけた私にとって、ゴールの見える拷問は、まだ耐えられるように思えた。
しかも、これに耐えられなければどの道ハクトさんに別の、よりエゲツない拷問を受けることになるのは確実だ。
爪を剥がれるのは
私の感覚も、随分と麻痺したものだな。
「……まさか、爪の数に限りがあるから耐えられる、なんて思っているわけではないだろうな。爪を剥がし終えたら、別の方法で尋問するだけだ」
「ははははははっ!!」
滑稽。この男は滑稽だ。
だが、それは叶わない。この男が強気で居られる時間は、そう長くはない。
なぜなら、定期連絡が途絶えれば、ハクトさんが私の異常に気付き、その原因を排除しに来るからだ。
ハクトさんのことだ。私の体にGPSを仕掛けるくらいのことはしていてもおかしくはない。キリヒコさんにも、ナユタくんを連れて逃げるようなら殺す、と脅しをかけていた。
あれはつまり、逃亡しても分かるようになっているということだ。なら当然、私が捕まった場合の居場所を把握することも容易いはず。
もしかすれば、清水でなく私の方を狙ってくる可能性もある、というか可能性が高いが……どちらにせよ、拷問はそこまで。清水は終わりだ。
結局、拷問は私の右手の爪が全て剥がされるまで続いた。激痛のあまり、泡を吹いて気絶してしまったが。
そして。
顔に水のかかる感触で、私は目を覚ました。
「げほっ、ごほっ!? なっ、なんだ!? 今度は水責め!?」
「おー、起きたかよ」
私の懸念をよそに、私を上から覗き込むのは、世界一恐ろしい私の主だった。