「ハァ? お前、闇の力で視力までイカれたのかよ。俺が精霊にでも見えるのか? それとも、お前と同じように変身しているとでも?」
別世界の人間。そう指摘されたハクトさんは、侮蔑の篭った目で、的外れだと言いたげに淡々と反論する。
「人間か、精霊か。そんなことは関係がない。外側とは精霊界とはまるで別物、異物だ。答えろ、貴様は別世界の人間か?」
「違う」
しれっと、本当に何気なく答えるのと同時。ハクトさんはカードを引いた。あまりに自然な動作だったため、私も、おそらくクルルエルも。いつの間にか手にカードを持っているようにさえ見えた。
そして、そのカードを見て、小さく頷く。
「話と……このVSも終わりだな」
「……何?」
「まっ、先にダイスロールから済ませるか。どうせ俺の勝ちだがな」
ハクトさんはカードを手札に加えてから、ダイスを振る。今回、彼が出した目は、4。
その出目の効果は、スロットを破壊し、破壊したプレイヤーは乗っているCOカウンターの数値分……現在なら14点のダメージを受ける、というもの。
本来なら最も引いてはいけない、最悪の目を引いた。
だというのに、ハクトさんは笑みを深め、クルルエルは苦々しく歯を噛み締めている。
「貴様……持っているな……!」
「ご明察だ。このままだと、生命力が残り6点の俺は大ダメージを受けて敗北。だが——俺は魔力3で補助魔法『リフ・リフレクト・ミラー』を使用。効果によるダメージを受ける時、それをお前に跳ね返す」
悪どい笑みを浮かべながら、ハクトさんはパタパタと一枚のカードを振り翳し、場に叩き付ける。
大会予選で、バイクに乗った須郷シジマを相手に使用したのと同じ戦術。『リフ・リフレクト・ミラー』は相手ターンにも使用できる高速魔法としても使用できるものの、必要魔力が3点と重いため、カード自体の評価は高くない。
高速魔法は相手ターンに使用できる特異な効果を持つが、相手ターンでの発動のためには、自分のターンに使う魔力を制限しておかなくてはならないからだ。
だが、『ジャックポット・スロット・パラダイス』のデメリットである、4を出した時の効果ダメージをケアできる点では優れている。
ましてや、ハクトさんがダイスの目を自在に操れるとすれば……組み合わせることで、超強力なコンボとなる。
「さあ、14点の大ダメージを食らいな!」
「ちぃッ!」
スロットが回り、4が揃う。スロットの上部に取り付けられたピエロの高笑いと共に、スロットが爆発した。
降り注ぐ大量のコインが、クルルエルに大きなダメージを与える。
「だが、まだ私の生命力は残っているぞ。貴様の残り魔力は5点。貴様の切り札であるイザキエルのコスト軽減も足りていない。そして、貴様の場にはクリーチャーは0……このターンでVSを終わらせるなど——」
「不可能、ってか? いいや、テメーを終わらせるカードは、既に俺の手の中にある」
ハクトさんは大仰に左手を振り、自らの潤沢な手札を見せびらかす。
「コントロールを奪う効果の強みは、奪ったクリーチャーは奪ったターンにも行動……攻撃や起動効果の使用が可能だってことだ。まさにたった今、俺の生命力も大きく削られた」
ハクトさんは前のターン、クルルエルの効果で奪われた自身のクリーチャーによって大きなダメージを受けた。
「闇のカードとなったテメーの効果は破格だな……だが、その馬鹿でかいメリットは、クリーチャーを奪い返された時の致命的なデメリットにもなり得る。そいつを見せてやるよ」
ハクトさんは、スロットの効果で大量に引いた手札の中から、一枚のカードを場に出す。
さっきから、やけにハクトさんの身振り手振りが大きい。命懸けの勝負で、アドレナリンが出ているのだろうか?
「俺は魔力4で『糸切り魔人カドラ・ルー』を場に出す」
「……糸切り魔人……!」
「こいつはステータスこそ低いが、場に出た時に発動する効果を持っている。——コントロールが移ったクリーチャーを、全て元の持ち主の場に戻すという効果をな」
自分の背丈よりも大きな鋏を持った魔人は、クルルエルの場にいるディセル、スライムトークンの頭上の空間を鋏で切り裂く。
まるで操り糸が切れたかのように正気を取り戻したディセルたちは、慌ててハクトさんの場に戻ってきた。
「テメーの生命力は残り7点。魔力も底を突いてる。これで決まりだ」
ハクトさんはまずはクルルエルで攻撃を宣言する。8点の攻撃力を持つクルルエル。そして、6点のスライムトークン。
彼の言う通り、クルルエルの魔力……カードの使用に必要なコストは残り0。ハクトさんの勝ち——
「——それはどうだろうな」
クルルエルはそう口にする。ハクトさんのように勝ち誇るでもなく、淡々と。
「私は
「魔力0の高速魔法だと!?」
驚くハクトさんを他所に、クルルエルが使用したカードは彼女の場そのものに作用。ハクトさんのクリーチャーの攻撃が、立ち塞がるクリーチャーによって止まる。
「私の場のクリーチャー全ては、ステータスに+1/3の補正と、ガーディアンを得る。貴様の攻撃は防御させてもらった」
効果自体は、強力だが飛び抜けているわけではない。ただ……闇のカードの力とはいえ、魔力0の高速魔法が存在するなんて。
相手ターンにもカードを使える、という特有の性能を持つ高速魔法の使用のためには
、必要分の魔力を自分のターンでは使用せず、残しておく必要がある。
強力だが、使い所の難しい上級者向け……と言えば聞こえはいいが、正直に言って使いづらい種類のカードだ。
しかし、必要魔力が0なら話は変わってくる。自分のターンで魔力を制限する必要もなくなるし、対戦相手としても、相手の手札が残っている限り、常に高速魔法の可能性を考慮しなくてはならなくなる。
「チッ……俺はクリーチャーのクルルエルと、ハルクを攻撃する!」
ガーディアンがいる以上、直接攻撃でトドメを刺すことはできない。ハクトさんはガーディアンの中でも攻撃力が高いクリーチャーたちを優先して破壊した。
残ったのは、ステータスが2/6となった槍騎士ギーラのみ。
「テメー……随分と面倒な真似してくれるじゃねえか。俺は魔力0で補助魔法『白き再生』を使用。俺の場のディセルを破壊し、その攻撃力分の生命力を回復する」
ディセルの攻撃力、8点の生命力が回復する。
さすが、上手いな……
「なるほど。私自身を警戒したか」
「このまま場に残しておいたら、またテメーの効果で奪われちまう可能性があるからな」
クルルエル自身のカード効果は、ステータスが変化した相手クリーチャー……つまりは、ディセルの効果で大幅に強化されたハクトさんのクリーチャーを奪う。
そうなれば、さっきのターンの焼き直し。どころか、残り僅かとなったハクトさんの生命力を削り切るのには十分すぎる。
それを避けるための、自らのクリーチャーを破壊し、なおかつ生命力を回復させる『白き再生』。
予選でも使っていたが、ハクトさんのエースカードであるイザキエルとも好相性のカード。ハクトさんの手札に、対応できるカードがあったのは幸いだった。
ただし、ピンチであることには依然変わりない。相手の場には、効果を使い切ったとはいえギーラが残っており、またハクトさんの場には強化されたスライムトークンがいる。またコントロールを奪われる危険は、依然存在している。
「俺はこれでターンを終了する」
「私のターン……私は魔力1で『深淵との契約』を使用。生命力を半分支払い、カードを3枚引く」
クルルエルの生命力は残り7。端数切り捨てで3点の生命力を支払い、3枚ものカードを引いた。
「……私は補助魔法『アンサンブル・ソルティレージュ』を使用。必要魔力に2点加算した分の魔力を使うことで、墓場の魔法を再度使用する」
「チッ!」
ハクトさんが舌打ちする。墓場に行った魔法といえば……!
「私は魔力5を支払い、魔法装具『魔剣バリスクレスタ』を槍騎士ギーラに装着!」
苦悶の声をあげながらも、クルルエルは再び闇の力を行使する。魔剣バリスクレスタ。装着したクリーチャーの攻撃力と体力を5点上昇させ、またカード効果による破壊から守る。
白き再生により、ハクトさんの生命力は14点まで回復している。ギーラの攻撃力は7点。
「さらに……ッ、魔力2で補助魔法『ダブルスラッシュ!』を使用! このターン、私のクリーチャー1体……ギーラは2回の攻撃を可能にする!」
「まずい!」
あれはナユタくんも使っていたカードだ。自分のクリーチャーの2回攻撃を可能にするカード。
ナユタくんは魔力0や1で使用していたようだが、やはり闇の力の出力では彼には及ばないようだ。
なんて考えている場合じゃない。ハクトさんの生命力は残り14。7点の攻撃力の2回攻撃で、このままじゃ負ける!
「俺は魔力1で高速魔法『パワーゲイン』を使用。場か手札のクリーチャー1枚を墓場に送り、このターン中、その攻撃力分だけ対象クリーチャーの攻撃力を下げる。俺は手札から分裂するスライムを捨てる」
スライムの攻撃力は2。2点の攻撃力が引かれ、攻撃力5の2回攻撃がハクトさんに襲いかかる。10点のダメージにより、ハクトさんの生命力は残り4点。ギリギリだ。
「対処したか」
「ふう、危ねえ危ねえ。ヒヤッとさせやがる」
「その割には余裕そうだな?」
「まあな。魔力0の高速魔法には驚かされたが、それ以外は想定の範囲内ってトコか」
「……その知能、判断力、技術力……それらも全て外側で身に付けたものか。だとすれば、貴様の強さにも得心が行く」
外側。また、先ほどの言葉を口にした。
そうだ。ハクトさんが別の世界の人間、というのが彼女の主張だった。
「分かんねえヤツだな。外側だかなんだか知らねえが、テメーの妄想だ」
「なら、どうしてニホン人なのに拳銃の扱いに堪能なんだ?」
「海外育ちなんだよ」
ハクトさんは認めようとしない。だが、実際どうなのだろう。
別の世界。見たことも聞いたこともないが、魔神や、闇の力は存在する。カードの精霊も、まさに目の前に存在している。なら、別世界とて存在していても、不思議ではない、のかもしれない。
VSというカードゲームにおいて、クリーチャーは、プレイヤーという魔術師が召喚する召喚獣を指す。なら、別の世界から召喚している、という可能性も……
いや。
さっきクルルエルは、精霊界という言葉を口にした。実際にあるのかは知らないが、恐らくはカードの精霊たちが住まう世界のことだろう。
クルルエルの言う別の世界とは、それとは全く異なる世界だという。
まるで想像が付かない。
ただ、ハクトさんの考えや行動は、あまりにも私たちの常識から外れすぎている。
別の世界の人間。そう聞いて、どこかしっくりきてしまっている自分がいた。
「海外とはどこのことだ?」
「ばーか、敵に情報を与えるかよ。さっさとターン終了を宣言しな」
「……ターンを終了する」
結局、クルルエルの指摘はかわされた。
でも、私の中にはハクトさんの得体の知れない強大さ、その一端を知れたかもしれないという喜びが、俄かに湧き出ていた。
◆
外側ねえ。
確かに俺は別世界の住人だったが……普通に生活する分には、向こうもこっちも大した違いはねえぞ。
精々、カードゲームが異常に浸透していることと、精霊やら闇の力があることくらいしかない。
カードゲーム周りは異常だが、逆に言えばそれ以外は普通だ。前の世界とそう変わりない。
もしあまりに文化水準の違う世界だったら、元の世界に戻ろうとしていたかもしれないが……清潔で飯も旨く、前の世界と似たやり方で金も稼げる。いや、むしろ稼ぎやすいくらいのこの世界から、わざわざ離れようとする理由はなかった。
むしろ、元の世界に戻らされる方が面倒だ。
この世界に来たのが
そんだけ脱走が続いたヤツが出戻ったところで、処分されんのがオチだろ。
かといって
カジノで馬鹿を騙して得た金で豪遊する。美味い飯と美味い酒を飲み食いし、豪華な部屋、豪華なベッドでぬくぬくと過ごせている今の環境を手放す気にはなれない。
だから、外側がどうとか指摘されようが、俺には関係ない。もう過去のことだ。
過去を振り返らない主義……なんてカッコいいことを言うつもりはないが、振り返っても無駄なことをわざわざする必要もない。非効率極まる。
さあ、俺の過去を暴こうだなんて、無駄なことをする輩を排するとしよう。
残り生命力は4点。ハッタリをかましたが、まあピンチだ。
俺は山札に手を伸ばそうとして。
気付く。
山札の一番上のカードが、光り輝いていることに。
……なんだこれは?
敵の仕込み……ではなさそうだ。クルルエルは依然、口を真一文字に結んでいる。
視線を読んでも、不自然なほど俺の山札に目を向けている訳ではない。
アヤメも、これだけ派手に発光している俺のデッキに言及しない。俺のデッキに眠るイザキエルも、口出しをしてこない。
見えているのは、俺だけ?
「長かったこのVSもようやく終わりだ。俺の勝利で、な」
挑発で考える時間を稼ぐ。
ただ、これはあまり上手い手ではない。
ドローまでの時間が長引けば、指摘が入る。そして、ドローする時に、俺の山札に注目が集まる。
せっかく
つまり、考えてる時間はそう長くないってこった。
「私の槍騎士ギーラは、ガーディアンと効果破壊への耐性を持っている。ステータスも7/11だ。これを破る手段を持っている、と?」
分かりきったことをペラペラと、うるせえヤツだ。だが、相手がお喋りで助かった。
状況を整理する。
この発光現象の原因は不明だ。
闇の力の影響?
それにしては、闇の力とは随分雰囲気が違う。そもそも、ナユタでさえカードへの干渉は直接触れないと無理だった。デッキカットの時に仕込んだのか?
いや、闇の力は何度もこの目で見たし、アヤメから性能も聞き出した。手にした情報をテキトーな雑魚相手に試しもした。
闇の力について、俺はアヤメやキリヒコよりも詳しい自信がある。細工をしても気付けたはずだ。
では、精霊による干渉か?
精霊の機嫌如何では、山札の上や底にカードが集まりやすくなる。物理現象を無視しているが、無作為のシャッフルで試したところ、実際に確認できた。山札を全て把握した上でのシャッフルでは起きない現象だが。
しかし、仮に精霊の干渉だとしたらその割にはイザキエルは何も言ってこない。いや、イザキエルでなく、クルルエルが俺のデッキに干渉してきているのではないか?
「まあな。そりゃ、スロットで俺だけ当たりを引きまくってるからなぁ。手札はだいぶ潤沢だ。こんだけありゃ、テメーをぶっ殺すカードも引けるってもんだ」
精霊が干渉できるのは自分のカードだけ。少なくともイザキエルはそうだ。クルルエルも俺のデッキに干渉するのは不可能と考えるべきだろう。
なら、これは何だ?
原因がさっぱり分からん。
だが、何故だろう。
この光り輝いている、山札の一番上のカードには、この状況を打開するだけの何かがある。
俺はそう直感していた。本能で感じ取っていた。
だから。
「おっと。俺のターンだったな」
故に。
「ドロー」
俺は、そのカードを引いた。
山札の