イカサマが闇のカードゲーマーに通用した   作:レイトントン

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人事考課はしっかりすべき

 手札に加えたカードを確認しつつ、クルルエルの様子を窺う。イカサマの指摘は、ない。

 

 良し。

 

 山札の方に視線は向けない。イカサマを想起させるような動作は絶対NGだ。デッキが光ってるかどうかなんざ、視線を向けずとも確認できる。

 

 カードの輝きは収まっていた。

 あれは一体何だったんだ。

 

 俺の直感としては、あれに嫌な感じはしなかった。引いていれば、それはそれで勝っていたかもな。

 

 だが、()()じゃダメだ。話にならない。

 俺は今、命を賭けたやり取りをしている。

 

 あの謎の発光が自然現象なのか、精霊か何かの意思なのかは知らねえが……後者なのだとしたらソイツに言ってやりたい。

 

 

 

 余計なお世話だ、引っ込んでろ。

 

 

 

 俺に特定のカードを引かせたいなら、せめて金も命も掛かってないゲームでやるか、そのカードがどういう性能か、その場面でどう活かせるかまできっちり説明(プレゼン)するくらいはしてもらいたいもんだ。

 

 それで勝てるなら、喜んでこき使ってやるよ。

 

 ……いや、説明されたカードと引いたカードが同じである保証もないか。

 

 

 やっぱダメだな。他人任せと、運や直感頼りは。

 

 

 もちろん、直感や偶然に頼らなければならない場面も存在する。が、極力そうならないよう場を組み立てるべきだ。

 

 実力で100%確実に勝てるんであればイカサマする必要すらないが、現実はそう甘くないからな。

 

 VSは40枚の山札の中から、5枚のカードを引いてゲームが始まる。

 その時点で普通にやったんじゃ、運の要素からは逃れられない。

 

 無論、偶然による振れ幅に期待し、心躍らせるという心理は、共感できずとも把握はしている。

 

 人間は適度な不確実性に快感を覚える生き物だ。カジノに集う客なんて、まさにその熱を求めている典型例と言える。

 

 これが単なる遊びなら、気持ち良いだけでも良い。カード()()()とは本来()()なのだから。

 というか、たかが遊びでイカサマするヤツの方がどうかしている。

 

 だが。今の状況で言うなら、この遊戯は遊びで済まされるものではない。負けたら魂を取られるゲームなんだからな。

 

 金や命がかかったVSで、運に身を任せるような真似はしたくない。少なくとも、俺は。

 

 むしろ、自らの命を天運に任せることこそ、俺からすれば狂気の沙汰だ。

 

 そんなにズレた考え方ではないと、自分では思っているが……この世界ではそうとも限らないらしい。

 

 だからだろうか。クルルエルが、俺を外側の存在だと。異物だと忌々しそうに話したのは。もしかすれば、俺とこの世界の人間とは何かが根本から違うのかもしれない。

 

 ま、別に構わないけどな。その方が仕事がやりやすいし。

 

 

 

 

 さて、無駄な思索はこの辺にして……ここらで決めてやるか。

 

 

「俺は手札から補助魔法『無謀な挑戦』を使用。お前の場に『無垢の魔人』を2体を生み出す。そして、カードを2枚引く」

 

 山札からカードを2枚引き、確かめる。先ほどカードが光っていた現象は今をもってなお原因不明だが……引いたカードに特に異常はない。

 一応、()()はしておいたが問題なさそうだな。これで俺の勝利は揺らがない。

 

 また魔力0の高速魔法なんて撃たれたらクソ面倒だが、相手の手札は1枚。それが有効な高速魔法で、かつ魔力0で使用できるカードである可能性は低い。

 低いが、念のため対策はしておく。

 

「わざわざこちらの防御を厚くした、だと……?」

「テメーの防御がどれだけ堅かろうが関係ねえからな。俺は手札から補助魔法『アンサンブル・ソルティレージュ』を使用する」

「そのカードは……!」

「テメーもさっき使用してたな。必要魔力に2点追加で支払うことで、墓場の魔法を使う。俺が使うのは領域魔法『ジャックポット・スロット・パラダイス』だ」

 

 俺の場に再び、ピエロの顔が乗った絢爛豪華なスロットが現れる。

 そして、スロットは開始早々回り始めた。

 

「スロットには発動時にCOカウンターが5つ乗る。そして、発動時に効果選択のためのダイスロールが発生する。これがどういうことか、分かるよなぁ?」

「……! 私は魔力0で高速魔法『天使の囁き』を使用。貴様の魔法を無効化する!」

 

 なるほど、そう来たか。

 だが、魔力0でも高速魔法が来る、と分かってりゃ対処は容易い。

 

「俺は魔力1で高速魔法『カウンターロール』を使用」

「……くっ!」

 

 もはや俺が必要なダイスの目を出すのは当然とばかりに、クルルエルは歯を噛み締めている。

 ダイスを振った出目は6。『天使の囁き』は無効となった。

 

「さあて、お楽しみの時間だ。スロットの効果でのダイスロール。……出た目は5。もう一度ダイスを振り、その分のCOカウンターをスロットに乗せる」

 

 再びダイスロール。出目は6。これでスロットが破壊されれば、11点のダメージとなる。

 

「当然、俺の手札には2枚目の『リフ・リフレクト・ミラー』がある。終わりだな」

「まだだ。貴様の残り魔力は3。次のターンで私が貴様を仕留めれば……」

「こりゃ傑作だ。テメー、次のターンなんてもんがあると思ってんのか?」

「なんだと……!」

 

 さっきは高速魔法で邪魔されたが、今やクルルエルの手札はネタ切れ、枯渇している。今度こそ打てる手段はない。

 ……墓場から使用できる高速魔法、なんてもんはないよな?

 

「俺は魔力3で補助魔法『魔力抽出』を使用。場の魔法を一枚破壊し、そのコスト分だけ魔力を得る」

 

 スロットを破壊すれば、魔力3が得られる。

 そして、スロットによるダメージも魔力3のリフレクトミラーで防ぎ、かつクルルエルに与える。

 

 俺の勝ちは決まった。

 

「伊波、ハクトぉ……ッ!」

 

 忌々しげに俺の名を呼ぶクルルエルだが、それで彼女の敗北が避けられるわけではない。

 意味のない雑音だ。

 

 スロットが本日3回目の爆発を起こし、クルルエルの生命力を根こそぎ奪い取る。

 

 勝者は俺で、敗者は天使だ。MR映像が消えていく。と同時に、闇の力が収縮を始めた。向かう対象は、クルルエル。

 

「……私は、また…………」

 

 何か言いかけたのを最後に、クルルエルの姿は闇に包まれ……夜を覆っていた闇が晴れる。

 変な話だが、闇の空間の中は不気味な雰囲気が漂っているものの、カードを把握するには困らない程度の輝度は確保されていた。

 しかし、それが晴れた今、俺の視界は夜の闇に閉ざされている。だから、ナイトビジョンを付け直した。

 

 しかし。

 

「ッ」

 

 俺は咄嗟に、意味がないと分かっていても拳銃を構えていた。

 クルルエルの体が、その場に残っていたからだ。

 地面に倒れたまま、動かない。

 

 なぜカードになっていない?

 いや、その疑問は後だ。目の前のクルルエルは、ぴくりとも動かない。

 

 死んだフリ……か? それとも、気絶しているだけか。

 

 試しに、一発発砲してみる。衝撃で僅かにクルルエルの体が動いたが、それ以外に反応はない。

 しかし。発砲に意味があったのかなかったのかは分からないが、それを契機にボロボロと体が塵のように朽ち始めていく。

 

 ひとまず、拳銃が効かず、変身すらしてしまうあの厄介な体は滅んだようだ。

 

 俺はクルルエルの使っていたカードだけでも回収すべく、綻ぶ彼女の体の近くまで寄り、膝を折る。

 地面に散らばったカードをかき集めようとしたタイミングで、闇の力から解放されたか、キリヒコと……ああ、そうそう。三国カズヤの体が、カードから飛び出してくる。

 

 地面に倒れる二人だが、一旦それを放ってカードを拾い集める。

 

「ちっ。しけてやがる」

 

 レアカードの数はまあまあと言ったところか。売ったら端金にはなるだろうが、こんな深夜に働かされた報酬としては、しょっぱいもいいところだ。

 

 だが、何より大きな成果があるのは事実。

 俺は、()()の『断罪の天使 クルルエル』を拾い上げ、見比べる。

 先ほど体が朽ち果てたから死んだかとも思ったが、魂は別でカードに囚われたらしい。

 VSじゃ、同名カードは3枚までしかデッキに入れられないからな。4枚目は、ヤツ本人で間違いないだろう。

 俺のように、イカサマしていたってんなら話は別だが。

 

「よう。カードに戻った気分はどうだ?」

 

 意識があると見えるカードに向けて、そう話しかける。

 問いかけるまでもない。クルルエルは、青い顔で震えていた。最悪の気分なのは間違いあるまい。

 

 だが、妙だな。人間であるアヤメと違い、コイツは元々カードだった。今更カードに閉じ込められたくらいで、なぜ顔色を悪くする必要がある。

 精霊として外に自由に出ることもできないから……ということなのか?

 

「なんとか言えよ」

『……殺せ』

「あ?」

『殺せ。私はもう……うんざりだ。貴様ら悪人の、悪事の片棒を担ぐのは!!』

 

 カードの中のクルルエルは、目に涙を溜め込みながら、そう訴えてきた。

 ふぅん。

 

「それが悪人を消そうとしてた理由か。大変だなァ、カードの精霊ってのは。自分の意思じゃ使い手は選べないってか?」

『……ッ』

 

 図星かよ。

 なるほどねぇ。暗闇に囚われたことじゃなく、自分のカードが俺に……つまりは悪事に使われることが我慢ならない訳だ。

 真面目ちゃんそうだしな。イザキエルも真面目ではあるが、あいつはどこか俺を哀れんでいるというか……勘違いしている節がある。

 別に、俺は自分が可哀想だなんて思っちゃいないんだがな。つーか、余計なお世話だって話だ。

 

「素直に俺の質問に答えるなら、テメーをVSで使うのは勘弁してやってもいい」

『……何を企んでいる?』

「さあなぁ。どっち道テメーの行く末はロクなもんじゃねえことは確かだが……俺の利益になるなら、利用のされ方くらいは選ばせてやるよ」

 

 カードになった今、わざわざ殺さずとも、こいつには色々と利用価値があるからな。さすがにカードとして売っ払うような真似は危険すぎてできんが。

 情報を絞り取るのもそうだが、コイツ自身が交渉材料にもなる。

 大人しくしてくれんなら、それに越したことはない。

 

『…………』

「ま、夜明けまでくらいなら待ってやる。じっくり考えな」

 

 クルルエルに対してはこんなもんで良いだろう。後は、処理すべき問題が残っている。

 

 俺は使えねー下僕を蹴り転がして仰向けにして、アヤメにやったのと同じように気付け代わりに顔面に水をぶち撒ける。

 

「ブハァッ!?」

「いつまでも寝てんじゃねえぞ、起きろアホ下僕が」

 

 俺だってねみーんだよ。

 

「その声は、我が主!? ここは……いえ、そうでした。私は清水に敗北し……」

「ヤツは始末した。テメー、あっさり負けてんじゃねえぞクソボケ役立たずが」

「め、面目ない……」

 

 キリヒコは肩を落とす。

 言い訳しないのは立派だが、今回のこれはちょい減点だな。

 とはいえ、駒としては有能だから処分するほどじゃない。

 

「まあいい。すぐに仕事だ、ちょい待ってな」

 

 カズヤの肩を揺さぶって起こす。このガキはまだ現実感がないのか、ぽやっとした瞳で辺りを見渡し、やがてはっとこちらを向いた。

 

「伊波、先生? どうしてここに……」

「カズヤ。起きて早々悪ぃな」

 

 俺はDSから受け取った腕輪を起動する。

 

「俺とVSしろ」

 

 

 

 

 

 VSの結果は言うまでもない。

 再び気絶させられたカズヤが地面を転がる。これで24時間分の記憶が消えたことになる。

 

 便利なもんだ。これがなければコイツは殺しているところだった。

 しかし、殺しはデメリットがでかすぎるから、必要な時以外はあまり取りたくない手段だ。

 

「キリヒコ。カズヤをテキトーなとこ……そうだな。島の反対側の道路脇にでも捨ててこい。車は手配してある」

 

 アカネに依頼したため、DSの所持している車だ。

 こういう時、組織に加入しているってのはまあまあ便利だな。

 

「分かりました。しかし、ここに放置ではダメなのですか?」

「ホテル内には俺の銃痕やアヤメの血痕が残ってるからな。今更言う必要もないだろうが、足が付くような下手は打つなよ。あと、運転手と余計な話はするな」

「はっ。かしこまりました」

 

 キリヒコは迎えに来た車までシーツに包んだカズヤを運び、彼を犯行現場から遠ざけるべく移動を始めた。

 次はアヤメだな。

 

 

 

 

「アヤメ。こっちこい。右手処置してやるから手ェだせ」

「し、しかし……ハクトさんにそんなことをさせるわけには……」

「面倒くせぇな、いいからそこに座って手ぇだせ」

 

 ハクトさんは、回収した私のポーチから包帯と消毒液を取り出した。

 ハクトさんは普段から、この手の医療器具を色々なところに仕込むよう指示している。当然、私も持たされている。

 

 枯れた噴水の端に座らされ、私は右手を差し出した。隣に災害時用の簡易ライトを置き、視界を確保する。

 

 ハクトさんはまずは消毒をしようと、左手に握った消毒液を開けた。

 

「うへえ。痛そ」

 

 散々、人を殺そうとしたり、銃を撃ったりしていた人が、私の右手を見ただけでそんなことを口にする。

 そのギャップがちょっと面白くて、右手が痛むにもかかわらず、つい笑みが溢れてしまった。

 

「ちょっと、痛むんですから。面白いこと言わないでくださいよ、ハクトさん」

「言うほど面白いこと言ったか?」

「ハクトさん、すっごく計算高いのにたまに天然ですよね」

 

 クレープが好きだったり、ちょっと成金みたいだったり。いつものハクトさんに対してのギャップを感じる時がたまにある。

 私しか知らない、多分素のハクトさん。

 

「俺が天然だ? んな訳ねえだろ。つーか天然はお前だっての」

「痛っ!」

 

 気に障ったのか照れ隠しなのか、ともかく指先に向けて無造作に消毒液をかけられる。ビリビリと痺れるような痛みが、剥き出しの肉から発せられて、思わず涙目になる。

 

 それを見て嗜虐的に笑いながら、ハクトさんは指先に丁寧に包帯を巻いていく。

 人間の体の中でも、特に神経が集まる過敏な場所は指先だと言う。ハクトさんの指と、私の指が触れ合う。痺れる痛みと、くすぐったいような感触が一度に来て、私の脳は混乱する。

 心臓が跳ねているのは、痛みから?

 

 ハクトさんの手は厚く大きいものの、器用に包帯を巻いていく。ピアノとか上手そうかも。ハクトさんは楽器とか弾くのかな。

 指先から視線を離して、彼の顔を盗み見ようとする。しかし、

 

「んだよ」

 

 ハクトさんは視線に気付いたのか、まっすぐ私の顔を見ていた。

 鳶色の綺麗な瞳。

 彼はきっと、その瞳に映る全てをつぶさに観察している。私の視線の動きで、心の動きまで見透かされるような、丸裸にされるような気恥ずかしさを覚えて、私は思わず再び視線を落とす。

 

「いえ、なんでもありません。今回の失態、本当に申し訳ありませんでした」

「おう、精々挽回してみせな」

「……怒っていないんですか?」

 

 ハクトさんは普段から冷静だが、別に怒らない訳じゃない。ナユタくんが倒された後、レアカードが手に入らないと分かって、普通にキリヒコさんにキレていたし。

 今回の件なんかは怒って当然だと思うけど、怒っているようにはまるで見えない。

 

「捕まったって聞いた時はイラついたけどな。結果的に被害はお前の爪くらいだ。怒るほどのもんじゃない。もちろん、ミスの分お前の評価は下がるが、俺は人事考課はきっちりしてる方だと自負してんだ。これまでの仕事がまともだから、今回の失態はチャラにしといてやる」

「……しかし、私には、ハクトさんにわざわざ助けていただくほどの価値はありませんよ」

 

 VSしか取り柄のない女だ。ハクトさんが、明日の仕事に差し支えるような真似をしてまで助けに来る価値はない。

 

「ああ? お前の価値を決めるのはお前じゃねえ。俺だ」

「……けど…………」

 

 言い淀む私に、ハクトさんは大きなため息を吐いた。うっ。面倒くさいと思われてる……

 

 ハクトさんは何やらスマホを取り出して、何かのサイトを開き私に見せてきた。

 

「これは……懸賞金?」

「テメーら元スイーパーに掛かってるもんだ。見てみろ」

 

 構成員の身柄……2000万!?

 

「認識阻害のせいで、顔も名前も分かっていない。にもかかわらずこの額だ。よほど面子を潰されたことに怒り狂ってるんだろうな」

 

 しかし、ハクトさんが今これを見せた意図が分からない。

 そんな私の様子を察したのか、ハクトさんはトントン、とスマホの画面を叩いた。

 

「テメーをヤクザに売れば2000万が手に入る。だが、俺はお前を売っていない。どういうことか分かるか?」

「あ……」

 

「少なくとも、俺はお前に2000万以上の価値を見出している」

 

 これ以上ない、明確な数字だった。

 人の価値をお金で表すなんて、普通なら酷い話だと思う。

 

 けれど……

 

 私は、顔を俯かせる。

 

 私は、ハクトさんに明確に、数字で評価されるのが、お金に換算されて価値を見出されるのが、堪らなく嬉しかった。

 

「ま、自分に価値がないと思い込むのは勝手だが、それで軽く命を投げ打つような真似はするな。意図せず手駒を失ったら、色々と計算が狂う」

「肝に銘じます」

「ん、なら良い」

 

 その後は、沈黙が場を支配する。

 ハクトさんは黙々と私の指の処置を進めていく。なんというか、怪我の処置も手慣れた様子だ。一体、どんな環境で過ごしてきたんだろう。

 

「うし、処置終わり。じゃあ帰るか」

 

 ハクトさんに続いて、ホテルの敷地外に出る。少し歩いた先には、エンジンが掛けっぱなしのバイクが止まっていた。ハクトさんは、これでここまで来たんだ。

 

「ほらよ。後ろに乗れ」

 

 ヘルメットが投げ渡され、それを被る。

 ハクトさんの後ろに乗って……ど、どこ掴めば良いんだろ。

 

「腰に手ェ回して、しっかり掴まっとけ。あぶねーからな」

「はいっ!」

「おし。行くぞ」

 

 ハクトさんがアクセルを回す。

 

「きゃっ」

 

 風が吹き抜ける。

 凄い勢いで景色が流れていく。電車に乗ってる時と同じくらいだろうか? でも、その勢いを身一つで感じるのは初めてで、私は思わず声をあげた。

 

「さっさと帰って寝てえんだ。悪いが飛ばしてく」

 

 大きな声を出さなきゃ聞こえないくらいに風が流れていく中、ハクトさんは宣言通りかなりスピードを出して進んでいく。

 思わず、私はハクトさんの背中に思い切りしがみついた。

 

 大きい背中。抱きついて、彼の体温を感じながら、私は自らの鼓動が高鳴っているのを感じた。こんなに心臓が激しく胸を叩いていれば、ハクトさんに伝わってしまうんじゃないかと思うほどに。

 

 

 

 ハクトさんの手駒となり、彼に、多分一番近いところにいたのは私だ。

 

 ハルより。マナブより。スイレンより。藤宮さんより。キリヒコさんより。

 

 ハクトさんは主。彼に褒められ、良くやったなと声を掛けられれば、それでいい。そのはずだった。

 

 じくじくと右手の先が痛む。私はハクトさんのお腹の前で、痛む右手を左手で押さえ、思い切り抱き付く。

 

 今なら、私の言葉も風に流されて、ハクトさんには聞こえない。

 

 顔が熱い。

 自分の言葉を反芻して、気持ちを形作る。

 私はこの人に好意を抱いている。

 

 頭では分かっている。ハクトさんは恐ろしい人だ。

 私を拷問したし、人も殺す。確実に私を駒としか見ていない。

 

 けど、私は彼にとってはどうやら使える駒らしい。

 彼に愛用される駒として、これからも側においてほしい。手放されたくない。

 

 あわよくば……駒以上の存在に。

 

 そんな欲を掻く。ハクトさんの背中で。

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