イカサマが闇のカードゲーマーに通用した   作:レイトントン

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好感度調整は難しい

 目を覚ます。仰向けになると、ここ一週間ほどで見慣れた、ホテルの天井が目に入る。

 

 ハクトさんがどこからか用意したという鎮痛剤が効いたのか、私の眠りは痛みに阻害されることはなかった。

 とはいえ、帰ってきた時間も遅く、疲れ切っていた私は、アラームをセットしてすぐに寝てしまった。睡眠時間はギリギリまで取っても3時間程度。拷問を受けたこともあって、体力が回復し切っていないようで、まだ体が重い。

 

 しかし、今回のVSチャンピオンシップ参加はハクトさんにとって重要な仕事だという。なら、寝ているわけにはいかない。

 

 シャワーを浴びて、身を清めてから準備を手早く済ませようとして。ハクトさんに処置してもらった右手が目に入った。

 包帯が綺麗に巻かれている。解いたら、左手ではこんなに綺麗に巻ける自信はない。

 

 ……外れたら、また交換してくれるだろうか?

 

 下僕としては、主に怪我の処置をしてもらうなんて論外だ。けれど、ハクトさんは下僕が怪我でパフォーマンスを落とすより、包帯を巻く手間をかける方を好むタイプだから、頼めば案外やってくれそうな気もする。

 

 ……うん、頼んで、みよう。外さないとシャワーも浴びれないから、仕方ない。

 

 私は軽くシャワーを浴びてから身支度を整え、大会の会場、スナクスタジアムへ向かった。

 

 スタジアムに到着し、選手用出入り口から選手用の大控室に入る。個人用の控室とは別に、試合観戦用と組み合わせ表用のモニターがある、選手全員が自由に出入りできる部屋だ。

 

 既に多くの選手が集まっている。私は後発組だったようだ。

 

「黒崎ちゃん。結構ギリギリだったじゃん」

 

 片手を上げて話しかけてきたのは、泣き黒子が特徴的な男子……橘だった。

 

「昨日は緊張で寝付けなくてな」

「その割には落ち着いてね?」

「覚悟を決めるのに、少し時間がかかった。今日はお互い頑張ろう」

 

 お互い頑張ろう。そんな前向きな言葉が自然と口から出てきたことに、私自身驚いていた。

 橘のことは、正直……苦手な相手だと、そう思っている。

 

 入学直後、私は彼に自らの増長を砕かれた。木っ端微塵に。あまり、良い思い出ではない。

 

「……そうだ、伊波先生は?」

「イナ先? あっちで藤宮と話してるけど」

 

 ……藤宮と?

 嫌な感じだ。私はハクトさんの下に急ぐ。

 控室の一角で、ハクトさんは、藤宮と一緒にいた。

 藤宮は金の髪を揺らしながら、楽しそうにハクトさんに学校での出来事を話している。

 

「そうか、キョウカも皆も、元気そうで何よりだな」

「あとは伊波先生さえいれば、もう言うことないんだけどね」

「勘弁しろよ。講師なんて完全にド素人だったんだ、ちゃんとした教師になるなんてどんだけ掛かるか分かったもんじゃねえ」

「何言ってるのよ、あんなに講義上手だったのに。それに……」

 

 藤宮は、ハクトさんの耳元に口を寄せた。

 思わず、肩が跳ねる。

 

「先生が望むなら、私からお父様に話を通すことだってできるわ」

「お前なぁ……コネ採用がどんだけ白い目で見られるか、お前が一番分かってんだろ」

「先生ならそんな評判ひっくり返せるってことも、私が一番よく知ってるわ」

「買い被りすぎだっつーの。……お、アヤメじゃねえか。遅かったな」

「……いえ」

 

 ぶっきらぼうな声が出る。しまった、そんなつもりじゃなかったのに。

 ……でも、ハクトさんも、らしくなくあからさまだ。私を話題逸らしの種に使ったのは、藤宮にもバレバレじゃないのかな。

 

「あと数分で組み合わせ発表だってよ。ハルとミカドと当たらねえようにお祈りしなきゃな」

「えー、何でだよ。またVSやろうぜ、イナ先」

「やだよ、予選で負けたし。やるならもっと強いヤツと戦ってもらって、データ集まってからじゃねえと」

 

 あわよくば、ハルと潰しあってくれたら最高……そんな心の声が聞こえてくるようだ。

 

「ちぇっ。まあいいや、俺も戦ってみたい相手はいるんで」

「それは——」

 

 突然だった。

 場の空気ががらっと変わり、私の声を遮る。

 原因は明白。集まった30名近くの選手、そのほとんどが。控室の出入り口付近に一斉に注目したからだ。

 

「おはようございます!」

 

 ぺこ、と元気良く頭を下げたのは——前回大会優勝者、結束ハル。

 ……大きい。彼女の小さな体躯に反して、その存在感は凄まじいプレッシャーを放っていた。

 

 大会、という場における彼女は、普段の学園生活にもまして、やたらと大きく見えた。

 彼女へのライバル心を募らせる選手も多くいる中、初めに歩み寄ったのは、前回決勝で彼女と戦った嵐山選手だった。

 

「おはよう、結束くん。昨日はよく眠れたかい?」

「嵐山選手! はい、ばっちりです。体調もデッキ構築も!」

「はは、それは頼もしい。けれど、万全なのは俺も同じ。昨年よりもデッキも強化されたし、今回は勝たせてもらう」

「ボクだって、去年とは違いますよ! とっておき、嵐山さんに見せてあげます!」

 

 嵐山選手との会話を皮切りにして、前大会の参加者たちが続々とハルの下に集まっていく。

 そして、前回大会の思い出話に花を咲かせていた。

 

「結束、すげーなぁ」

 

 ぼそり、と橘が呟いた。その目は。ハルを見る目は、言葉に反してどこか寂しげな響きを宿していた。

 私の視線に気付いたか、彼は慌てて笑顔を作り直す。

 

「俺も戦いてえな、結束と。そのためには勝ち上がらなくちゃな!」

 

 お前の実力なら、何も心配要らないだろう。

 そう言いかけて、口を噤む。誰にも、絶対の保証なんてない。自らのカードを信じて戦いの場に挑む橘に対して、あまりに無神経な物言いをするところだった。

 

「さっきも言ったが、お互い頑張ろう」

「おう!」

「——やあやあ、集まっているね!」

 

 爽やかな声が響き、ざわめいた控室のそこら中から聞こえていた声がぴたりと止まる。

 いつの間に控室内に入っていたのか。予選終了時に姿を見せた、VS連盟の副会長……ケネス・ワトスン氏が、満面の笑みでひらひらと選手たちに手を振っていた。

 

「早速だけど、今日の本戦の組み合わせを発表させてもらうよ。いない人いる? 手ぇ挙げて! ……うん、いないね! オッケー、それじゃ公開しちゃおう!」

 

 無茶苦茶なこと言ってる。

 有無を言わさぬ勢いで、ケネス氏はドーン! と背後のスクリーンに本戦トーナメントの組み合わせを発表した。

 

 本日の対戦は、2回。32人の参加者から、ベスト8……つまりは明日の決勝トーナメントまで残る選手を決める戦い。

 予選を勝ち抜いた選手たちが猛者であることは疑いようもない。そんな選手たちを下しての2勝。高いハードルだ。

 

 しかし、ハクトさんからは、本戦への出場が目的であると話された。私の実力でも、組み合わせ次第では……

 

 そう、考えていたのだが。

 

「……ッ」

 

 1回戦の対戦相手は、予選で下した無名選手。

 これに関してだけ言えば、幸いだった。相手の実力はよく分かっている。私が負けるとは思えない。

 

 それはいい。好都合だ。

 

 しかし。問題は、2回戦。

 

 私のふたつ隣に並ぶその名前に、私は慄いていた。

 

「……お互いに、ってのは難しかったみたいだな」

 

 どこか残念そうに、泣き黒子の青年は呟く。

 

 橘ミカド。VS学園最強の生徒が、恐らくは私の2回戦の相手となる。

 

「……私も、まずは1回戦を勝つところからだがな」

 

 橘からの言葉を誤魔化すように、私はそう口にした。

 

 橘が相手、か……

 私の中に、黒い絶望感がじわじわと溢れ出てくる。

 VS学園に入学したての、彼とのVSを思い出す。

 完膚なきまでの敗北だった。まるで歯が立たなかった。勝利の道筋が全く見えなかった。

 

 私はVSで、己の価値を証明するのを諦めた。

 

 そんな相手と、戦うのか。

 

 ……そうだ。

 自分の組み合わせにばかり気を取られていたが、ハクトさん自身はどうなんだろう。

 

 トーナメントの組み合わせ表の中から、ハクトさんの名前を探す。

 ……あった。1回戦の相手は、よく知らない選手だ。ハクトさんならきっと、問題なく勝つだろう。

 そして、2回戦の相手となるだろう選手は……

 

「……!」

 

 ハクトさんの名前の隣には、これまた無名の選手。そして、その選手と戦う選手は——結束ハル。

 

 2回戦で、恐らくはハクトさんとハルの対戦カードが実現する。

 

 ……私は、恐る恐るハクトさんの方を見た。

 

「あちゃー。くじ運悪ぃなあ」

 

 額を手で押さえながら、そんなことを言うハクトさん。隣の藤宮は苦笑しているが……ああ、恐ろしい。

 きっとハクトさんは内心、ブチ切れていることだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ざっけんなクソ運営がよぉ!!!

 

 普通は優勝者と予選通過の上位はバラけさすだろ!!!

 

 なんで山が8つあんのにシードのハルと上位通過の俺が同じ山なんだよ、嫌がらせか!?

 つーか興行的にも『ハルに勝ったことのある選手』の触れ込みの俺とハルを当てるのは決勝トーナメントの方が美味しいだろうが、商売のセンスねぇのか!?

 

 だから運に身を任せるなんて嫌なんだよ、クソが!!!

 

 

 

 ……いや、冷静になってみれば、運営からしたら俺が勝ち上がる保証なんてないな。

 なら、2日目の内に当てておいた方が、注目度のある試合を組み損ねるということがない、と考えれば、理のない組み合わせではない……いやいや、俺と同じくハルに勝ったとされるアヤメが、ハルと当たる前に消えそうな時点でそんなことまで考えてなさそうだ。

 くそッ。こんだけデカい大会で、テキトーな組み合わせしやがって。

 もしかして、本当に完全ランダムに抽選したんじゃないかと疑いたくなるくらいだ。

 

 

 とはいえ、しくじったな……

 予選通過上位の選手は山をバラされる可能性が高いので、分の良い賭けだと思っていたのだが……当てが外れた。

 ターゲットがVS連盟側の人間である以上、賄賂やらの仕込みでトーナメントの組み合わせを操作するのは極めて難しかったため、予選通過順位で調整したつもりだったが、大失敗だ。

 

 しかも、運の悪いことにサブプランとして仕込んだアヤメの方も、ミカドとぶつかる形になってしまっている。

 アヤメが予選突破できるようなら、ヤツに取り付けを指示するなり、ボディガードとして、あるいは保護者代わりとして同伴するなりなんて真似もできただろうに。

 

 くそっ。どうする。

 DSを使って大会に爆弾なり襲撃なりでも仕掛けさせ、混乱のどさくさに紛れてケネスに接触するか?

 いや、DS側のリスクが大き過ぎて受け入れられないだろう。交渉材料が幾つかあるとはいえ、構成員が捕まるリスクを冒してまで俺の案に乗ってくるとは思えない。つーか、そんな緊急事態なら要人はガードされるだろうしな。余計接触しづらくなっちまう。

 

 ケネスに接触する機会はそう簡単に作れるもんじゃない。前夜祭を逃せば、俺の仕事は失敗に終わるだろう。

 そうなれば俺の評価に差し障る。それはつまり、給与にも響いてくるってことだ。減給は避けたい。

 

 どうにかして、前夜祭に潜り込む手段を考えなければ……

 

「ハクトさん。1回戦突破すれば当たりますね」

 

 策を練っていると、1回戦の相手に挨拶を終えたハルが、こちらに歩み寄ってきた。直接会うのはまあまあ久しぶりだな。

 

「勘弁してくれ。俺はらくーに本戦出場したかったってのによ」

「戦う前から弱腰なんてらしくないですよ! 今のところ一勝一敗ですが……ボク、去年からかなり腕を上げたと思います。ハクトさんなら、ボクの全力……受け止めてくれますよね?」

 

 ムリ。

 

 イカサマなしでお前の相手なんかできるかよ。

 1対1とはいえ、大会という衆人環視の中でイカサマするのは難しい。まあ、全く不可能ってわけじゃないが……バレるリスクがあまりにデカ過ぎる。DSに振られた仕事のために、そんな馬鹿でかいリスクを負う気は毛頭ない。

 

「ま、俺が1回戦勝ち上がれたらの話だけどな」

 

 口ではそう謙遜しておく。

 相手選手の情報はざっくりだが頭に入れている。俺が負ける可能性は極めて低い。

 

 俺はとりあえず、控室を出ようと入り口に向かう。

 

「ハクトさん? どこに行くんですか?」

「精神統一だ」

 

 どこに、には答えず、何をしにを伝えて誤魔化す。

 俺の言葉を皮切りにしてか、選手の何人かはぞろぞろと自らの個別の控室に向かおうと扉まで歩いていく。

 

 俺も、自分の控室……ではなく、人気のない場所に向かおうとしたところ、付いてきていたアヤメと目が合う。

 しかし、パッと顔を背けられてしまった。

 なんだ? ……いや待て、顔が赤いぞ。

 

 嫌な予感がひしひしとする。一応、確認しておくか。予定を変更し、俺に付いてくるよう合図する。

 

 しばらく歩き、スタジアムの外の人目につかない場所まで移動する。

 

「ハクトさん、控室ではなく外なのですね」

「まあ、(ターゲットが厄介そうなヤツだったから)念のためな」

 

 スイレンのように盗聴器を仕掛けている、なんてことはさすがにないだろうが、あの男……ケネスは相当隙がなかった。

 予選突破後に接触した時に顔は覚えられているだろうし、もしカメラなりが仕掛けられていて、俺が盗聴器やらカメラやらを探る様子を撮られたら、無駄にあちらさんの警戒心を煽ることになるからな。

 

「ハルやミカドと当たる可能性は低いと考えてたんだが、この組み合わせはちょいと想定外だった」

「……意外でした。ハクトさんなら、組み合わせに介入する、くらいのことをされるかと思っていました」

「出来るならやりたかったがな」

 

 VS連盟には手駒もいないし、ターゲットの所属組織である以上は賄賂も使えない。

 

「私に……」

 

 アヤメが何か言いかけ、口を噤む。

 

「どうした?」

 

 アヤメの顔を覗き込みながら、俺がそう問いかける。目と目が合い、アヤメは頬を赤くして、慌てて顔を下げた。

 

 …………おかしいな、昨日そんなに好感度を上げた覚えはねえぞ。

 

 まあ、確かに颯爽と拷問を受ける中から救い出したってのはあるし、ヘラッてるところを具体的数値で評価してやったってのもあるが……前者はともかく後者は、好意に結び付くようなことじゃない。

 

 前者の方も、救出後に見た目キリヒコのクルルエルの脳天に銃弾をぶっ放したりで、トントンくらいになってるもんだと思っていたんだが……

 

「いえ、その……体を洗った時、包帯を外してしまいまして。申し訳ないのですが、もう一度処置をお願いしてもいいですか?」

 

 雑に包帯を巻いた手を差し出してくる。

 あー、医者に見せると事情を探られるから、連れてかなかったんだよな。

 

 責任は俺にあるし、そのくらいはしてやるか。

 道具の手入れも持ち主の仕事だ。

 

「おう」

 

 昨晩と同じように処置してから包帯を巻いてやる。

 

「帰ったら、ちゃんとし……てはいないが、腕の良い医者に見せてやっから。ちょっと我慢しろ」

「もちろんです。捕まった私が悪いので」

「良い心がけだ」

 

 丁寧に巻かれた包帯。アヤメはそれを抱き寄せ、左手でぎゅっと握る。

 ……仕草がめちゃくちゃ恋する乙女みたいなんだが……

 これやっぱり、気のせいじゃなく好感度上がってるよな?

 

 調整しとくか……自分に恋愛感情を抱いてる下僕とか、暴走して余計なことしそうだし。

 

「ああ、そうだ。この大会はもうテキトーに負けていいぞ」

「え……? でも、私かハクトさんが、決勝トーナメントまで勝ち上がらないといけないんですよね?」

「その予定だったが、この組み合わせだと厳しいだろ。別のプランを考える」

「しかし——」

「お前がVSでミカドに勝てるとは思ってない」

 

 はっきりそう言ってやる。

 アヤメは……目を見開いて、やがて顔を伏せた。

 さっきの照れからくるものとは違う。現実を叩き付けられて、忘れたかった事実を思い出したことだろう。

 

「また別に指示を出す。それまでは待機だ。観戦するなりなんなり、好きにしろ」

「……了解、しました」

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